結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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69話 ジュニア合宿 その4

 ジュニア合宿初日

 消灯前の自由時間で選手たちは思い思いの時間を過ごしていた。集まったのはいのりとミケの部屋だ。

 

 いのりは白花と夕凪を巻き込んで文化祭のボードゲームの練習だ。初めてやる子へのルール説明から経験を積む。

「このゲームはサイコロ4つを振って……」

 

 ミケの方は光が相手をして占いを始める。こちらも文化祭のための練習だが、ミケはやくたいもない事を占わせようとする。それをすずと蘭が後ろから見守る。

「なっちんはいつ結婚できるら?」

「え、えと。那智コーチね。今何歳だっけ? ええと……」

 

 光はすぐにこのオラクルカード占いの問題に気がついた。「インスピレーションで一枚引いて、引いたカードから得られたインスピレーションで答える」ということは、自分の臨機応変さが試されるという事だ。

 

 引いたカードは男女2人の天使が金属の輪を掲げて持っている「栄光」のカード。コレでどうやって結婚年齢を占えと?

 

 思いつきで答えるしかないので、思いつきで答える。

 2人いるし、2年後でいいや。オリンピックイヤーだし、金属の輪も五輪の輪っぽい

「2年後、冬季オリンピックの年かな?」

「どんな人と結婚するら?」

 

 カードの男性の天使は線は細いがたくましい。アスリートっぽい。

「何かの選手の人だね。フィギュアかも」

「イヤなヤツだと困るら」

 

 もうこのへんになると口から出まかせにも磨きがかかる。

「ミケちゃんも間違いなく、その人を気にいるね」

「……まさか、司先生とかじゃないら?」

 

 光はなぜかものすごく冷たい表情で答えた。

「絶対違う。まだ知らない人だね」

「そうなのら?」

 

 一方で、やはり今日から急遽入った高難度ジャンプ練習については皆の気になることしきりのようだ。

 

「夕凪ちゃんは今日の3A挑戦どうやったの?」

 すずの質問に、夕凪は包み隠さず話した。

「司先生も手伝ってくれたから、跳び出しの方はもうほとんど修正できてて、明日にもハーネス外せそう。

 でも、ハーネス外してからが大変だって聞いてる……」

 

 すずは同情するように遠い目をした。

「そうやなぁ。確かに1、2コのステップ楽になるけど、特に最後の着氷まで持っていくステップはハーネスではどうにもならんよなぁ。

 コーチも大変やで。

 うちのクラブもジャッキー先生がハーネス指導練習してるけど、指導法練習で練習台のアシスタントコーチの人、吊りミスで骨折させてるし、本人も自分見ただけで顔面ダイブ2回やってるわ」

 

 夕凪もゾッとした顔でうなずく。

「うんうん……わかる。慎一郎先生は顔面ダイブはないけど何回か受け身取れずに前に倒れた事あった……」

 

 そこに話に入ってきたのは蘭だった。

「それ、『シングルしか経験のない選手が重いハーネス持って踏ん張るとエッジ感覚バグって酷い転倒することあるのかも』って、うちの蕨一ヘッドコーチが分析してたよ。

 それでうちの兎太コーチ、『じゃあ、氷上で重い棒振る感覚鍛えるか』って、リンクで木刀の素振りやりだして。そしたら大変な事に……」

 

「何々? どうなったの?」

「貸切の日だったのに、どこからかリンクに通報されて『リンク上での素振りはおやめ下さい』って管理人に言われた」

 皆大爆笑だった。

 

「くくく……おかしい。それで素振りはやめたん?」

 腹を抱えて聞くすずに蘭は答えた。

「うん。今は普通に練習生の子相手にリフトの練習して鍛えてる」

「キレイなオチがついたな。『なんで最初からそれにせんかった?』って後から考えたら思うけど、考えたらうちらのジャンプや練習方法って、そんなモンなんかもしれへんな」

 すずは真面目な顔でそう言った。

 

「どういうこと?」

 夕凪がそう聞くと、すずは得意気な顔で自説を語った。

「いや、ウチら4回転の話とかフツーにしてるけど、そもそも30年前までは『男子ならともかく女子が4回転は無理だろ』って言われてたりしてたのが今はバンバン飛んでるやろ?

 時代が変わって練習方法とか指導法とか用具の質とか発達したら、『昔はなんであんな練習してたんだろ』とか『こんな簡単な練習方法でこんなに簡単に跳べるのに』とか言われるようになるのかもな、って」

 

「ふーん。でも、さすがにこの4回転の時代ではそんな事ないんじゃない? 跳び方も練習方法も用具も、今の時代ってすごく洗練されてて、ハーネスだって一長一短の選択肢の一つくらいだと思うけど」

 蘭がそう言うと、すずは『ちっちっちっ』と可愛らしく指を振った。

「まあ、そりゃみんな未来見てるわけやないからそう思うけど、それかて将来になって長い歴史から見れば『なんで思いつかなかったんだろ?』って思うかも知れへんってことや。

 例えば、ジャンプ6種類、最後に発明されたジャンプは何か知っとる?」

 

 蘭は頭をひねる。

「そう言うってコトは、ルッツやアクセルじゃないな。フリップ? さすがにループじゃないよね?」

 すずはニヤニヤ顔で答えを言う。

「アクセルは最初に発明されたジャンプで1882年。最後に発明されたジャンプはトゥーループで1920年代やな」

 

 さすがに6種類の中で一番簡単なジャンプであるトゥーループが最後の発明というのは蘭も予想外だった。

「うわ、それは知らなかった」

「やろ? スポーツの歴史にはこんな事ザラにあるねん。一番有名な話は『クロールより背泳ぎが先にできた』やな」

 

 蘭は疑わしそうな顔をした。

「本当? さすがに嘘でしょ」

「本当やで。ググったらわかるで。クロールは意外に歴史浅いねん」

 蘭はググって結果に衝撃を受けた。

 

「まあ、そんなモンやから、そのうちみんなハーネスやり出したり、リンクで木刀素振りしたり、シングル選手もリフトで鍛えたり、はてはリンクの上でバトルロープやり出したりするかも知れへんな。なあ、いのりちゃん?」

 すずがいたずらっぽい顔でそういのりに話をふると、いのりは顔を向けずに怒って答えた。

「もう、うるさいなあ! いまいいところなんだから話しかけないで!」

 

 そう言ってむくれてボードゲームを続けるいのりの様子を見て、光がすずに聞く。

「いのりちゃん何かあったの?」

「ふふ、そこの窓から見えるで」

 

 光が窓から外を見ると、すずが解説する。

「いのりちゃん、『上半身はまだ疲れてないし、お風呂の前にバトルロープやろう』って、向こうの駐車場の柵にバトルロープ引っ掛けてトレーニングして……」

「うわ……」

 光も気づいた。駐車場の柵が数メートルに渡り内側に少し傾いている。

 

「まあ、『土台がゆるんでたんでしょ。次からトレーニングルームでやってね』って許されてたから。いのりちゃんの成長とフィギュアの発展のための尊い犠牲やね」

「……はは」

 光は引き攣った笑いを浮かべた。

 いのりは恥ずかしそうにむくれたままだ。

 

 そこへ、白花がいのりへの援護か、ただのノンデリか、口を挟んできた。

「やっぱし、ハーネス使わない昔ながらのやり方で3Aさ跳んだすずさんが言うと賢しく聞こえるすね」

 

「そうそう、何事も昔ながらが一番……って、なんでやねん! 昔ながらのやり方って、わしゃおばあちゃんか!」

 すずは見事なノリツッコミで返しつつ、白花の顔をマッサージしてすずフェイスにしてしまった。

 

―――

 

 男子選手の方は朱蒴と理凰の部屋で朱蒴をからかって遊んでた。

「いや、いのりちゃんに逆リフトされる朱蒴センパイ、カッコ良かったなあ」

「将来絶対に尻に敷かれるタイプだよな、朱蒴センパイは」

 いのりとのことを揶揄われるのは朱蒴もイヤだったが、いのりと仲が良いと思われるのはまんざらではなかった。

 

「へへへ、いや、いのりちゃんは可愛くて強くて優しくて、でも、僕の事センパイ呼びしてくれる礼儀正しい子で、へへへ」

 鼻の下が伸びっぱなしの朱蒴を見て、他の男子たちは『ごちそうさまでした』と言わんばかりの辟易とした顔だ。

 

 男子たちはそうやって朱蒴をからかいつつも、気になっていたのは横のベッドで横になったままの同部屋の理凰だった。

 3Aが調子悪かったようで練習中から元気がなく、今も自分のベッドで横になりずっとじっとしている。

 

 鴎田隼翔が様子を伺うために理凰に話を振る。

「そう言えば、理凰君は名港ウィンドで狼嵜光ちゃんと一緒だったんだよね。一緒に生活してたって聞くけど、2人はどういう親戚?」

「……」

 

 少しの沈黙と共に理凰から衝撃の答えが返ってきた。

「親戚じゃない。父さんの知り合いから預かってる子ってだけ」

 

 朱蒴含め男子はどよめく。

 光の事情を知ってる者は名港にもおらず、一緒に住んでいると知ってる者も皆漠然と「そりゃ、いとこかなんか親戚なんだろ」と思っている者ばかりだった。

 フィギュアスケートをやらせる経済力があるのに親戚でもない他人に子供を預ける保護者は誰にも普通に想定外であった。

 

 だから、隼翔が地雷を踏み抜いてしまった事もせんなき事と言える。

「!! ……そ、そうなの? はは、いいね。あんなかわいい子と一つ屋根の下なんて、なんか夢みたいな生活だね」

 

 理凰はベッドからピクリとも動かず、自傷にも近い独白を垂れ流した。

「そう。あれは夢だった。

 2人で一緒に金メダル取ろうなんて約束しあって。

 自分なんて狼嵜光の足元にも及ばないのに」

 

 完全に自信喪失状態の理凰の様子に、男子たちは顔を突き合わせて小声で「誰か励ましてやれよ!」と励まし役の押し付けを始めた。しかし、最適任の同室の朱蒴が最も引っ込み思案の陰キャなのでそれ以上進まない。

 

 そうするうちに、理凰の自傷行為は行き着くところまで行き着いてしまった。

「光が東京に行くって言った日、どうしても受け入れられなくて『俺と結婚しよう』なんて言ってしまって。呆れて拒否されて……」

 

 !!??

 "結婚しよう"って……

 果敢にラスボスに挑んだ想定外に痛々しい勇者のエピソードに、基本陽キャながら理凰の勇者レベルには足元にも及ばない男子たちは

『ダメだ。勇者の戦いにはもう、俺たちは足手まといだ』

 と悟り、「朱蒴センパイ、後は任せたぞ!」と、そそくさと退場した。

 

 後に残された朱蒴は「どうやってフォローしろと……」と頭を抱えた。

 

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