結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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7話 胡荒亜子も夜の獣

―――スターフォックス、選手用リンク

 

 いのりが亜子に連れられて選手用リンクにやって来た。

「これが、選手専用リンク……」

 いのりがこのスターフォックスに移籍してきた理由も、この選手専用リンクだと聞いている。

「いのりちゃんも今日からもう曲かけのソロ時間あるからね!」

「うん! 楽しみ!」

 

 それからのリンクでの練習の間、亜子は隣でいのりの様子をつぶさに観察した。解っていたことだが、氷上では別人だ。

 まず、スケーティングが抜群に上手だ。基本のターン一つ一つ磨きをかけているのがわかる。そして、スケーティング練習にも真剣な事がわかる。

 例えば、不真面目な子なら、スケーティング練習をウォーミングアップ程度に捉えてて、早くジャンプ練習したいと言う子も少なくない。しかし、いのりちゃんは違う。基本のターン一つにせよ、エッジコントロールや姿勢から指先一つに至るまで理想が高いのだ。

 対して、ジャンプ練習は本当に少ない。もっともこれは成長痛もあり、ジャンプ練習量を厳しく制限しているからだ。

 その代わり、一本一本のジャンプを丁寧に見直している。このリンクサイドにはハイスピードカメラと通常カメラ各2台があり、ジャンプ等の動画がすぐにサーバに送られ手元のタブレットで見られるようになっている。この動画の分析もコーチ任せの子がほとんどだが、いのりちゃんは操作をすぐに覚えて自分で確認している。これも、普段の鈍臭い様子からは想像できない事だった。

 

「『一射絶命』って言うんだって」

 いのりちゃんはそう説明してくれた。

「弓道の言葉で、えっと、しくじったらもう矢がないとか、相手に殺されちゃうとか、練習の時もそれぐらいの気持ちでやりなさい。って意味で……」

 たどたどしくも、一生懸命説明してくれた。

「例えば、ショートで最初に3F+3T失敗したら……もうリカバリーできないから」

 そう口にした時の表情ですぐに解った。

 去年の全日本ジュニアでの失敗。まだ悔しいんだ。

 

 少し、いのりちゃんが理解できた気がしたが、まだ、納得のできるものではなかった。リンクにかける執念は確かに並外れたものではあるが……

 それだけが、光ちゃんがいのりちゃんを特別視する理由じゃない。それくらいはわかる。

 

 いのりちゃんを観察しても、答えは出なかった。

 これからずっとクラブメイトなんだから、そのうちわかるかもしれない。そう考えもしたが……

 

 狼嵜光の曲かけが始まった時、亜子はふと思い出した。

『光ちゃん。いつも曲かけの時、すごく気合い入ってるね』

『ん? ……あ、えっと。ちょっと前まで、夜の曲かけで転倒したり金メダル取り逃がしたらコーチ辞めるって……あっ!』

 言った瞬間、『しまった!』という顔

『コーチ辞める!? 鴗鳥先生がそんな厳しい指導を?』

『違う! 違う! それくらい真剣に曲かけやらされてたことがあったってこと! 鴗鳥先生とかじゃないから! そんなコーチ、もしいたら人格破綻者だよ!』

 慌てて取り繕っていたが、あれはどういう事だったのか? やはり、光ちゃんには何か秘密がある。

 

 亜子はそう悩んだ末、ライリー先生に相談してみる事にした。正直、何事も見透かしている上でとぼけてみせるこの女狐先生にこんな悩みを聞いても、普通ではごまかされてしまうだけだと思うが。

「ピカるんがいのりちゃんを特別に見てる理由? えーと、そんな事ないんじゃない?」

 やはり、ライリー先生はとぼけてきた。

 ここで、亜子は賭けに出た。コーチ間関係とかで絶対に触れられたくないであろう……ここでは光の元コーチの話……に話をふって、元の亜子の質問に答えさせる方向に燻り出し、誘導する作戦だ。

「光ちゃんって名古屋にいた時、曲かけで失敗したり、優勝逃したりしたらマズい事になるコーチに教わっていたと『風の噂』で聞きますが、いのりちゃんや司先生も名古屋のクラブでしたし、光ちゃんとの間に何かあったんでしょうか? お母さんなら知ってるかなぁ?」

 たちまちのうちに焦った表情のライリー先生に、亜子は作戦成功を悟る。もちろん、亜子は人格破綻者のコーチについて知りたいわけでも、アシスタントコーチである母を通じて噂話を広めたいわけでもなかった。

 

「え、えーと。ピカるんはコーチとか関係なく、純粋に1位争いが好きなだけだと思うよ」

 亜子は、冷たく責める視線を返す。

「それがいのりちゃんじゃなきゃならない理由は何でしょうか」

「えっとね。例えば、亜子ちゃんがいのりちゃんに勝った一昨年のノービスだけど……いのりちゃんの最後の3A、絶対に予定構成であり得ないジャンプでしょ?」

「あり得ないって?」

「だって、いのりちゃん3A跳べないじゃん。あれ、ぶっつけ本番で跳ぼうとしたんだよ。3Lz転倒のリカバリーで。

 いや、先生も現役時代、練習で跳べないジャンプを本番で跳んだ事あったけどさぁ。練習もしてないジャンプを試合中の判断で『これに変更しないと勝てないから』跳ぼう、ってのはギャンブラーすぎるよね。

 でも、光ちゃんもあの時、負けるかもって肝冷やしたんじゃない?」

 

「……マネしたくないですね。だって、表彰台逃さなかったら、亜子のように推薦出場のジュニアで再戦できるじゃないですか。光ちゃんはそんなにギャンブラー好きなんですか?」

「そうなんじゃない? だから去年の全日本ジュニアの圧倒演技、あれ、ピーキング目的もあるけど」

 ココでライリーはワザとヘタクソな光のモノマネをして言った。

「『な、なんてこと!? いるかちゃんはケガで、いのりちゃんはショート落ち? 去年の4Sみたくなんかすごい飛び道具出てきた時の為に、4Lz仕込んで来たわたしの立場は? ……秘密兵器は秘密のままにしておくか……いや! それだと、頑張ってきたみんなに申し訳ない。わたしは本気だし、みんなの本気も疑ってなんてないよ! うおお! コレが本気の4Lz!』……くらいの気持ちがなきゃ、痛いのに4Lz飛ばないでしょ。コーチとしてはカラダ大事にして抑えて欲しいけどねー」

 

 そんなライリーの怪演が終わると、亜子は後ろを向いて肩を振るわせた。

「あら? 亜子ちゃん、笑い堪えてる? ウケた?」

「……はい」

 

 亜子は泣きそうだった。

 

 ライリー先生は私を傷つけないように、おどけて『ギャンブラー』なんて言葉使ってるけど、言わんとするところは明白だった。

 光ちゃんは自分に勝とうと立ち向かって来る怖い子が好きなんだ。そして、そんな子達に負けないように、自分を追い込めるから強いんだ。

 

 そんな光ちゃんに、後の滑走でノーミスで表彰台に登った自分は。

 言い換えれば、ノーミスでも光ちゃんに勝てない編成で臨んでしまい、その後の全日本ジュニアでも同じ編成だった自分はどう映っただろう。差し詰め、後ろを付いて来る愛玩動物か?

 いつから、「光ちゃんやいのりちゃんのライバルという特別な存在」なんて幻想の椅子にこだわってしまっていたんだろう。光ちゃんやいのりちゃんのライバルの椅子は

 

 

 1番の椅子に決まっているじゃないか。

 

 

「あ、亜子ちゃん。曲かけの順番来たよー」

 ライリーの呼びかけに亜子は振り向かずに答えた。

「……最初の3A。コンビネーション入れます」

「おお! good challenge! 頑張って!」

 滑り出す亜子のエッジの軌跡に迷いはなかった。

 

 

 わたしは誰だ?

 

 〝夜の森〟スターフォックスFSCの胡荒亜子は

 

  油断したスケーターを食べてしまう夜の獣だ

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