結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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72話 ジュニア合宿 その7

―――ジュニア合宿、3日目

 

「うにゃー!」

 気合いの入ったミケのスリーターンだが、ミケにとっては物足りないものだった。

 

 一度ハーネス付き着氷を成功させたミケは悟った。

 今の自分では跳べない。

 一度跳べたのは偶然だ。あのまま練習を継続させても10回に1回しか成功しない形にしか仕上がらないだろう。

 必要なのは「安定した発射台」、跳び出し前の体勢だ。

 

 特にスピードが必要だ。だが、スリーターン直後に跳ぶミケのサルコウの跳び方ではここに難がある。スリーターンはモホークに比べ、ターン時に減速しやすいのだ。

 今までのミケは個々のターンをそれほど磨いておらず、3S時のスリーターンも荒削りだった。3Sはジャンプ力等他の面で十分カバーできて跳べていたので、それでも何も問題なかったのだ。

 

 しかし、4Sとなれば話は違う。3S時のスリーターンの必要点が30点だったとすれば、4S時のスリーターンは80〜90点のスリーターンが求められる。

 元々センスはある子なので、ちょっと頑張って詰め直せばそこそこまではすぐ伸びるもの。今日は、サルコウの跳び出しに関しては60〜70点のスリーターンができている。頭が良い子がちょっと勉強すれば良い点取れるようなものだ。

 しかし、ここから詰めてこれ以上点数を伸ばすのは地味で根気のいるものであった。持ち前のセンスだけでは限界があるのだ。

 

 氷上に何度も数字の「3」を黙々と刻むミケ。それを見守る鞠緒。

 そんな彼女らに司は声をかけた。

「ミケさん。昨日に続き、今日も頑張ってますね。ずっとスリーターンですか」

 鞠緒は目をミケに向けたまま答える。

「ええ、必要なものは全部自分で作り出さなさればいけないのがフィギュアスケートですから。

 本人が自ら気づいて修正にかかっている今の状況は大変いい状況です」

 

 言外に「大丈夫です。心配しないでください」という意味がこもっていたが、司は鞠緒が心配だった。

 貸切も十分にできない、一人クラブでここまでの選手を育てるのは大変だっただろう。しかし、性格に難のあるミケの才能を伸ばすにはそれしかなかっただろう。

 今やノービスの覇者となり、Aに上がっても優勝の最有力候補と名高い選手となったミケは日本スケート界の宝である。鞠緒が困ってるなら手伝ってあげたいと司は思っている。

 

 そんなふうに考えていると、ミケがおもむろにリンクの隅でうずくまってしまった。

「……飽きた」

 司は驚き、ミケに声をかける。

「ミケさん? 大丈夫?」

 鞠緒は落ち着いた様子で説明した。

「ミケは大丈夫です。ちょっと集中力切れたので、少し休んでスリーターン続けるか、他のターンにするか本人に決めさせます」

 ミケの気難しいところには慣れている鞠緒だ。本人が進んではじめた地味な練習。ちょっと途切れたと慌てて口出しすべきでないと考えた。

 

 そうこうして1分ちょっと、リンクの逆側から蛇崩コーチがやってきた。

「やあ、司先生。どうですか、調子は?」

「はい。おかげさまで順調です」

「こちらも司先生のおかげで順調です。天音もおかげで4Lo、跳べるようになりました」

「はは。すごいですね。おめでとうございます」

 

 そこで、蛇崩は切り出してきた。

「今日、この後のジャンプ練習のサブリンク、いのりちゃんとミケちゃんがハーネス練習で使うと聞いて、見学させてもろてもいいか、聞きに来ました……ところで、ミケちゃんは?」

 リンクの隅でうずくまるミケに視線を向ける蛇崩に鞠緒が答える。

「4S練習見ていただくのは構いません。ミケは4Sのためにスリーターン練習しているところで、地味な練習なのでちょっと集中力ためているところです」

 

 その説明が耳に入ったのか、ミケはやおら立ち上がり、スリーターン練習を再開する。それを見た蛇崩は鞠緒に聞いた。

「跳び出し時のスピード不足ですか?」

「そうなんです。ちょっとそこそこのスピードまでは出せるところにきているんですが、あと一歩が。

 うまい方法ないですかね?」

 

 そう、顔を顰める鞠緒に、蛇崩は微妙な表情で答える。

「……ミケちゃんの跳び方だったら、使えるかもしれない手がありますが」

「「え?」」

 鞠緒と司が驚いた表情になる。

 

 ミケも今の会話が聞こえたのか、リンクサイドに近づいて物欲しそうなドラ猫の睨みで蛇崩を見上げる。

 蛇崩はたじろぎながら、説明する。

「ちょっと、スピードの出方に違いがある、特殊なスリーターンがありまして、お見せしますね」

 そういうと蛇崩はスリーターンを実演して見せた。

 

 ……スーッ、シャッ

 

「なんか、ターン中におしり振ってたのら」

「ターン中にあまり減速してませんでしたね。最後に急減速しましたけど」

 司は、ミケや鞠緒と違い、一度でこの特殊ターンの性質を見破った。

「ターン中に腰の縦の動きを入れて、一時的に加速するが、その後急減速……あ! ミケさんの跳び方ならすぐ跳び出しだから、スピードのピーク時に跳べるんだ!」

 

 蛇崩は解説した。

「そやな、司先生の言うとおり。スリーターンに腰の縦の動き加え、一時的に加速するのがこのターンやな。そのややこしい動きの分加速できるけど、力の総量増えてるわけではないからすぐ減速する。

 でも、サルコウの跳び方によっては減速前に跳び出せる。それなりに大腿部のバネ等フィジカルが必要だけど、まあ、これはミケちゃんのフィジカル的には問題ないな。

 一応不利点挙げておくと、サルコウの跳び出し前にややこしい動き窮屈に詰め込む分、ジャンプの難易度は上がる」

 

 ここで蛇崩はチラリと鞠緒や司を見つつ補足した。

「ここ内緒な。寧々子もこのターン持ってるけど、4Sには使ってへんで。こんな小技で一瞬スピード稼ぐより、スケーティング全体磨いた方が応用利いてラクやしな」

 司が冷静に分析する。

「なるほど。でも、フィジカルやスケーティングテクニックで助走スピードを急に伸ばす事ができないところを、ジャンプがちょっと窮屈になる事を引き換えにカバーできるというのは割といいですね。他に使う場面はすごく限られますが」

 

 蛇崩が呆れたように言う。

「限られるどころかほとんどないで。寧々子が覚えてるのもペアで次のエレメンツに入り、ターンしながらカップルに近づく時に大回り側で追いつく時の小技として覚えてるだけやな」

 

 いつの間にか近づいてきていたライリーも話に加わってきた。

「私もペアで使ってるの見た事ありますね。ペアで振り付けの中でやってたので、男性側もお尻振ってて何やってるんだろと思ったら、振り付けに見せておいて女性側をさりげなく急加速&急減速させてたわけですか」

「そう言うことです。男性は全身の力使った方がいいから、フリだけでこんな小技は要らへん使わへん。で、非力な女性の技でありがらも、大腿部や大臀筋にはある程度パワー要るのも、このなんとかターンがあまり知られない、使われない理由やな」

 

 そこまで聞くと、ミケが我慢できないとばかりに蛇崩に詰め寄った。

「やってみる! そのターン!」

 鞠緒も蛇崩に頼み込む。

「そのターン、教えて下さい!」

 蛇崩は小粋に指を立てて答えた。

「ええで。じゃ、教えるわ。このなんとかターン」

 

 ここで、司が余計な事を聞いた。

「『なんとかターン』って名前なんですか?」

 蛇崩は目を逸らして答えた。

「うちらがちゃんと呼ぶ時は『プリケツターン』やな」

 途端にミケの目が曇った。

「もっと良い名前ないの?」

 

 ライリーがここで口出ししてきた。

「英語での呼び方を直訳すると『にゃんこターン』と訳せるね。猫を表す幼児語で表現するから」

 ミケはその名前に飛びついた。

「『にゃんこターン』!? 良い名前なのら! ミケの為にあるターンなのら! 絶対覚えて、それで4S跳ぶ!」

 

 気合いの入ったミケを見て、蛇崩はライリーに、

「ライリー先生はやり方指導できます?」

 と聞いたが、あいにくライリーはやり方は知らなかった。

 

―――

 

 リンクサイドで蛇崩の『にゃんこターン』指導が始まった。

 

 その指導を見て司は『なるほど。ライリー先生が指導できないか確認するわけだ』と納得した。

 このターン、見てわかりにくい大臀筋の使い方を教えるのにお尻を触りまくり、時には尻肉を掴んで『このタイミングでこっちの筋肉をこう』と教える必要があるのだ。

 このターンが別名『セクハラターン』とも呼ばれる所以である。

 

 ミケは大人しく指導を受け入れていたが、くすぐったいのか時折「うにゃっ!?」等、声をあげてしまっていた。

 蛇崩も困り顔で指導を続ける。

 

 ミケは指導を受けつつ、蛇崩に聞いてきた。

「蛇崩コーチは独身?」

「え?」

 指導で仕方なくお尻を触りまくっている最中の女子選手からそんな事を聞かれると、蛇崩も困ってしまう。

「ど、独身やけど……」

「恋人はいるの?」

 

 流石にここまでの質問は鞠緒が咎める。

「こら、ミケ。このお兄さんがいくらイケメンだからって、そんな事聞いたらダメ。指導で触ってるだけだからね」

 蛇崩も笑い飛ばしにかかる。

「ごめんな、ミケちゃん。こうやって触らないと教えにくい技やねん。でも、責任とって結婚してとか言われても、俺困るねん」

 

「いや、そうじゃなく。次になっちんにも教えておいてほしいのら」

 ミケの言葉に蛇崩は納得した。名古屋に戻っても指導受けやすいように、鞠緒にも伝授してほしいとのことで、気を回してさっきの質問か。

 

「ええで」

 苦笑いする蛇崩に鞠緒も赤面して頼み込む。

「じゃ、蛇崩さん。私からもお願いします」

 

 ミケは余計な計算をしていた。

『光ちゃんの占いだと、なっちんが結婚するのは2年後、選手らしいけど司先生じゃない人ら。このイケメンコーチも可能性があるから、きっかけ作っておくにこしたことはないずら』

 

 その様子を見て、『ミケちゃんは偉いな。自分が指導を受けるために必要なことに気を回して』と受け取ったライリーは、自分も蛇崩に頼み込んだ。

「蛇崩先生。『にゃんこターン』、後でで良いので司先生にも伝授いただけますか?」

 

 天音の件で借りがあるので、蛇崩もイヤとは言えない。

「……いいですよ」

「……はい。お願いします」

 司もライリーに逆らうことはできるわけもなく、蛇崩が司の尻を触りまくる事が確定した。

 

 『プリケツターン』改め『にゃんこターン』。『セクハラターン』『Pussy turn』等とも呼ばれるこのターンがマイナーな理由は、こうして同性の尻も触りまくらないと伝授ができないところにもあった。

 




2話続けてヤヲイオチ!
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