結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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73話 ジュニア合宿 その8

―――ジュニア合宿3日目、サブリンク

 

 蛇崩はハーネスで吊られたいのりの3Lzを見て感嘆の声を上げた。

「鴗鳥式ルッツを練習してたのは見ましたが、3回転までいきますか」

 

 司は誇らしげに答える。

「そうです。なかなか難しいルッツでフォーム修正に手こずってましたが、慎一郎先生から色々ポイントご教授いただけたもので。

 こういう、コーチ同士の情報交換を実践を通じてできるところが、合同合宿のいいところですね」

 

 蛇崩は苦笑いだ。

「確かに。自分も今こうしてハーネス指導見学さしてもろてるところですし。こちらからお出ししている情報がショボイ小技のターンとかで申し訳ないですわ」

 

 そこにいのりが口を挟んだ。

「司先生。見学してる人いるところ悪いですが、そろそろハーネス外してやってみたいです」

「そうだね。そろそろのタイミングだね。じゃ、蛇崩先生。こっちはもうハーネス外してみますので」

 司はそう言っていのりのハーネスを外す。

 

 いのりがハーネスなしで跳ぶのを蛇崩は眼を凝らして観察した。

 やはりこの子はうまい。スケーティング、エッジコントロールが抜群で、エッジに神経が通っているかと思うくらいだ。

 

 正直なところ、昨年から身長の伸びが急すぎるいのりを選考会で見た時は、試技が始まるまでは蛇崩含めかなりの者が「今シーズンの結束選手はあまり期待できないかも」とすら思っていた。

 

 それを覆して、ナタのような重量感を見せた4Sで皆認識を改めた。この子は伸びる手足の重量を使いこなしている。そういった演技やジャンプができている。

 こういう子は例え身長が伸びても大きくパフォーマンスを落とすことはない。むしろ、まだまだ伸びしろが大きい怖い選手と言える。

 

 何より怖いのはその練習風景である。身体を動かしている時間に比べ、考えたり指導者と確認し合ってる時間が長い。身体への負担を抑えつつ、なるべく効率的な練習をすることを追求しているようだ。

 これは長い成長痛やシンスプリントの経験からくるものだろうが、我慢してしっかりと練習量を抑えられる選手は強い。隙が感じられない。

 

 いのりに最初出会った頃はその進歩の速さに驚いたものだったが、その後シンスプリントでしばらく休まざるを得なかったと聞く。その苦い経験もあってか、今のいのりはをしっかりとコーチと2人で練習量をコントロールできているように見える。

 

 昨シーズンから成長痛で膝サポーターをしているところもよく見られた。おそらくは練習量も抑えざるを得なかったはずであり、身長の伸びからジャンプの逐次の見直しも欠かせなかったはずだ。が、その上でこの上達ぶりである。

 

 ウサギとカメで言えば、コース取りもペースメイクもできるようになったウサギ。このような選手に、どうやったら絵馬のような普通の選手が追いつくことができるだろうか。もう、怖いどころか少し暗澹とした気分にすらなってしまう。

 

 そのいのりはちょうど今3Lzの連続着氷に成功し、ハイタッチしにリンクサイドの司の所に戻ったと思いきや、残りのジャンプの本数制限と連続ジャンプにステップアップする際に注意すべきポイントの確認を2人で進めている。

「今日の残り本数だと……目標はここまでくらいですか?」

「そうだね。残りの時間で……じゃあ、15分になったら再スタートで。集中していこう」

 

 今シーズンの試合に向けて息の合った歩みを見せている師弟2人である。

「負けてられへんなあ」

 蛇崩は今ここにいない絵馬のことを思い、気合を入れ直した。

 

 今シーズンでは強化選手に選ばれなかった絵馬ではあるが、蓮華茶FSC内でもすずや絃、環に並ぶ実力者として認められている。

 もう、あと一息。しかし、焦ってはダメだ。自分もしっかりしないと。

 蛇崩はそんなことを考えつつ、ミケたちの方に目を向けた。

 

 ミケの方はにゃんこスリーターンを使った4Sで何度かハーネス付き着氷を成功させている。心配されたジャンプ前の手順取りについては問題なく、むしろ、にゃんこターンで手順を詰めこんだ事で跳び出し前の時間がちょうどよく埋まり、タイミング取りまで最適化できてしまった感がある。

 

 この子は今シーズン中には4Sを跳ぶだろうと蛇崩は確信した。自分も少し手助けしたとはいえ、手強いライバルを作ってしまった感はある。

「頑張らずに勝ちたいが、そうもいかんなぁ」

 蛇崩はアゴを掻きつつ、作戦を練った。

 

―――しばらく後、メインリンク

 

 メインリンクで合宿最後の一人曲かけ練習が始まった。若い者順で始まり、最初はカンナからだった。

 

 カンナが最初のジャンプで4Tを跳んだ時には拍手が上がった。が、この日になると、彼女がノービスBで4Tを跳べる理由が「奇形にも近い異常な脚」にあると皆に知れわたっていたので、感心する者はいても驚く者はいなかった。

 

 次にミケが4Sにチャレンジした時は、転倒したにもかかわらず皆から大きな励ましの声が上がった。

「ナイスチャレンジ!」

「もう少しだったよ、ミケちゃん!」

「かわいい4Sだったよ!」

 

 ただ、そんなミケの4Sを一人違った視点から見ている者がいた。

「あざとい……」

 渋い顔をしてそんな事を呟く鹿本すずに、隣にいた蛇崩が思わず問いただす。

「あざといって、何言うてんねん?」

「いや、あのプリケツターン」

「あー、あれな。あの子、アレやらんと助走スピード足りへんねん。俺が教えたったんやけどな」

 

 どうやらすずは、ミケがにゃんこターンでおしりを振っているのを、愛嬌を振り撒くためと誤解してしまっていたらしい。

「あ、すぐ跳ぶサルコウなら助走に利くんか」

「そういうことや。すずの跳び方には合わへんからな」

 

 釘を刺す蛇崩に、すずは大真面目な顔でキテレツな見解を述べる。

「いや、おしりを振ってかわいいで許されるのはあの年頃までやな。ウチがやったらセクシーすぎて審査員悩殺してまうで。

 それはそれでポイント高いかも知れへんが、ウチが目指すんはあくまで『かわいい』の世界一や。

 おしり振って色仕掛けしてくるジャリに目くじら立てるわけとちゃうけど、若さを武器に挑んでくる洒落臭い子には年上の魅力というものを教えてやらんとあかんね」

 

 蛇崩はすずが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。

 『これが中ニ病というやつか』とも思ったが、ウカツにすずの哲学をからかった男子が脳を焼かれるほどの説法を食らったのを知っているので、口には出さず見守る事にした。

 

「次はうちのミサミサが出るで。見といたれよ」

「うい」

 続くノービスの2人、蓮華茶FSCの真砂みさとスターフォックスの潤羽凛はよく似たタイプの選手で、スケーティングが売りの選手だ。

 2人とも結束いのりに傾倒していて、合宿中もスケーティングやステップに注力する練習スタイルをしていた。

 

 2人とも派手な技は無いものの、堅実で安定した演技を見せた。これからが楽しみな選手だ。

 

 続いて一戦派遣選手、白花からだ。

 天才肌の選手でパフォーマンスに優れている。光のような派手なジャンプもいのりのような正確で美しいスケーティングもないが、圧倒的な表現力で魅せる選手である。

 

 そんな彼女の演技、後半になって皆異変に気付いた。

「あれ? まだアクセル跳んでないし、3連コンビも跳んでない……」

「この軌道、次のジャンプがアクセル? でも……」

 

 ……シュタッ、シュタッ、シュタッ

 美しい2A+Eu+3Sが決まった。

 

 蛇崩は勘づいた。

「……今のジャンプ。なんか狙っとったな」

 すずもカンを利かせた。

「跳び出しの狙い方が2回転のそれとちゃうで」

 

 続いてのジャンプでそれは明らかになった。

「……最後のジャンプ、またアクセルやな」

 蛇崩の見立てでは、最後の単独ジャンプは……

 

 ……シュタッ、カカッ、ドテッ

「3A!? 転倒したけど惜しかった!」

 皆から歓声が上がった。

 

 しかし、すずや蛇崩は見抜いていた。

「ダウングレードやったね」

「ああ。しかし、そもそも3A練習してはいなかったよな。……まさか、本番ぶっつけで跳んだんか? あの子」

「その場のノリで跳んだんちゃう? そういう子やよ。白花ちゃん」

 

 続いて絃。同クラブからの絵馬や環の追い上げ厳しい中、すずに追いつこうと頑張ってる選手だ。

 白花の3A挑戦で盛り上がった異様な雰囲気に呑まれないよう、激しい曲に合った情熱的な演技を魅せるが……

「なんでアイツ、あんなに邪悪な顔で滑るねん」

 目を伏せる蛇崩。すずの評価も厳しかった。

「表情に気を配れないようでは3人組アイドルのセンターとしてはまだまだやね」

 別に子出藤3姉弟はアイドル3人組ではない。

 

 いよいよ八木夕凪。この合宿で3Aを習得して、練習でも成功させてきているが、曲かけに入れてくるかはわからない。

「入れてくるなら最初やね」

「あの目配り、間違いないな」

 

 すずと蛇崩の分析どおりだった。

 

 ……シュタッ

 見事に決めてみせた。今日一番の歓声と拍手が上がる。

 

 さらに続くジャンプも大技だった。

 

 ……シュタッ、シュタッ

 3Lz+3Lo。世界トップレベルのジャンプを連続で決める夕凪にさらなる拍手があがるが、伴う声は歓声ではなく、もはやどよめきに近かった。

 

 今のジャンプ、狼嵜光の3Lz+3Loより洗練されているんじゃ……

 目を見合わせる観衆たち

 

 ただ、その後の演技は疲労もあってか、2回転等回転を抑えて流していた。

「夕凪ちゃん。高難度ジャンプを連続で入れてフルで滑り切るところまでは、流石にまだみたいやね」

「ああ。でも、慎一郎先生の選手やし、間違いなくそこは全ジュニまでに改善してくるやろな」

 

 もはや全ジュニの前哨戦のような雰囲気に呑まれてしまったのは大蜘蛛蘭だった。

 最初の3Fからのコンビネーションで転倒してしまうとその後のジャンプでも転倒が続き、コンビネーションも一本落としたままの演技終了となってしまった。

 

「あらあら。ちょっと空気凍ってしもうたね。ここはウチが一発かまして真打が誰か教えてやらんとね」

 すずは落語家のような事を言ってジャージを脱ぐと、リンクの中央に向かった。

 

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