―――スタッフルームC
光は萌栄に、タブレットで理凰の3A練習動画を見せた。
「私の元クラブメイトの鴗鳥君、ジュニア合宿中、ずっと3Aの調子が悪かったんだけど……」
「……『鴗鳥君』じゃなくて『理凰』って呼んであげたらいいやん。2人はラブラブなんでしょ?」
「いいや! そういう関係じゃないから!」
珍しく語気を強める光に構わず、萌栄は動画を見る。
しばらく練習動画を分析した萌栄は険しい顔で言った。
「あー、こりゃひどいパンク。いってるねぇ……。
こっちで習得した時はちゃんと跳べてたのにねぇ」
「そうなの。司先生も直そうとしてたけど役にたたなかったし。
でも、萌栄ちゃんならわかるんじゃないかと思って」
光が前にジャンプ練習で珍しく転倒した時、萌栄はその失敗の理由をすぐ言い当てたことがあった。光はそんな萌栄の特殊能力に一縷の希望を懸けたのだ。
萌栄はしばらく何度も練習動画を見返して首を捻る。
「ごめんね。萌栄ちゃん。大事な時間使って」
申し訳なさそうな光に、萌栄はタブレットに視線を向けたまま返した。
「気にしないでいいよー。『自分だけじゃなく、他の人の演技も見て、良いところ悪いところ考えられるようになったら、萌栄ちゃんきっともっと上手くなる』って、ライリー先生も言ってくれてるから」
「そうなの……お願いね」
光も萌栄に期待して見守る。
いくつか動画を通して見て、萌栄は光に質問した。
「この、ちょっと跳べるようになった時って、何があったの? なんか、ライリー先生手拍子してるけど」
「えっと……それはちょっと、聞かないとわからないな」
「司先生は何て言ってるの?」
「……聞いてない」
「うーん」
萌栄は席を立ちながら言った。
「このタブレットじゃわからないし、司先生とかにお願いして、大きい画面で見せてもらおう!」
「え……」
―――多目的ルーム
司は多目的ルームのモニターをパソコンに繋いでセットしながら、萌栄と光に確認した。
「そうなんだ。理凰君の為に。偉いね。
合宿の時に、確かに少し跳べるようにはなったんだけど……まだ、2〜3割ってとこだったね」
「その、跳べた時って何がキッカケだったんですか?
なんか、ライリー先生手拍子してますケド」
萌栄の質問に、司は思い出しつつ答える。
「確か、朱蒴君の3Aを見てみたいって言って、見せてもらったね。それから、シンクロジャンプでやってみたら手拍子だけでも跳べて……」
「それで跳べるようになったんですか?」
「少しはね」
光の問い詰めに対する司の表情は硬い。まだ、あまり成功していないと聞く。
「やっぱりタイミングかな?」
司が頭を掻きながら自信なさそうにそう言うと、萌栄はマウスを操作しつつ首を傾げた。
司が指導時にやったように、いくつかの成功ジャンプと失敗ジャンプを並べて再生するが……
「……タイミング取れてないとかじゃないと思うなぁ。
跳ぶリズムも助走速度も揃ってるし、跳び出しとか、司先生もハーネス持って見てたんでしょ? そこ狂わないと思うけどなぁ……」
萌栄が語るのを司は黙って聞く。萌栄の観察眼はかなりのものがある。また、その観察眼を自己分析に使えるようになれば、萌栄は伸びると思っている。
そうこうしていると、いのりと朱蒴が多目的ルームに入ってきた。
「あ、いたいた。司先生……あれ? 光ちゃんと萌栄ちゃん? 何してるの?」
「ジャンプ研究。鴗鳥君、ここで3A覚えていったけど跳べなくなっちゃってたでしょ? 司先生にちゃんと責任取ってアフターケアしてもらおうと思って。ついでに、萌栄ちゃんも誘ってジャンプ研究してるの」
「そうなのー。理緒君の為やね」
光がそう答えるのを、萌栄はニマニマしながら横目で見る。
朱蒴がちょっと心配そうに言った。
「そうなんだ。理凰君とは同室だったけど、合宿中3Aで悩んでたなぁ」
「理凰君、調子悪かったもんね……早く戻せるといいね」
3Lzでイップス経験のあるいのりも同情し、そのままジャンプ研究に加わった。
「……萌栄ちゃん。理凰君の不調の原因、見当つく?」
先ほどまで、男子で別クラブのライバル選手ということで気を遣って「鴗鳥君」呼びしていた光も、自分以外の皆が「理凰君」呼びなのを聞いて、呼び方を戻したようだ。
先程から何か掴んだかのように思案する様子をチラチラと見せていた萌栄だったが、やがて思い出すように語り始めた。
「3Aのパンクにしては跳び出し方向は合ってるし、ジャンプ高さも変わってないから。消去法? カンやけど、上半身の方かな……」
萌栄の語り口が変わってきたのを見て、皆は食い入るように注目する。
そのうちに萌栄は関係ない話を始めた。
「うちの母さん。昔女子格闘技やってたんだけど、長嶺選手とかいう選手との試合で大怪我して引退しちゃったんだけど……」
それが何の関係あるの? と、口にしかけた朱蒴をいのりが止める。萌栄がこの調子で何か話し始めた時は、何か言語化しようと頑張っている時だ。
いのりも皆も、聞きに回って萌栄の言葉を待つ。
「長嶺選手はハードパンチャーだって話だったけど、試合してみたら全然大したパンチじゃなくて、うちの母さん有利で試合進んでたんだけど……」
ここで、萌栄は拳を自分のこめかみに当てながら続けた。
「試合終盤、パンチは全部見切ったと思って、『あ、同じパンチが来るけど、さっきと同じカスいパンチだから、くらっておいて返し技かけよ』ってパンチくらったら、それで病院送り。眼窩骨折、網膜裂孔で引退」
思わぬ痛々しい話に一同背筋を凍らせる。
「後でわかったことだけど、長嶺選手って極度のあがり症で、試合序盤は実力出せないタイプだったみたい。だから、スピードもフォームも同じように見えるパンチでも、終盤のそれは序盤と全然威力が違ってたってこと」
ここで萌栄はジャンプの話にもどってきた。
「ウチ、最初いのりちゃんの4S見て、腕の振り方がキモだからそれを真似てみようとしたら、パンクしちゃってた。
いのりちゃんのフォーム、腕の振り方含めて全部同じにできていても、何度もやっても必ずパンクしちゃってたんだ。
で、いのりちゃんにコツ聞いてびっくり。腕の振り方は真横じゃなくて、ほとんど真上に振り上げるって、捻り上げた手を振り上げるって、やるまでわからなかった」
萌栄は腕を横にぶんぶん降りながら回想を締め括った。
「跳べるようになって動画見ても違いわからなかった。腕の振りって同じように見えても全然違うなって。上半身の力の伝わり方? とかかな?」
光は話が終わるのを待って聞いた。
「つまり、理凰君も緊張が何かで腕の振りに見えない不具合起こしてるってこと?」
「そやねー。なんで不具合起こしてるかわからないけど」
そこが肝心なのに……光はため息を噛み潰した。
司はその場にいる皆に聞いた。
「理凰君も跳び方の手順が狂わないようにジャンプ前に色々ルーティーン入れているんだけど、どこかできてないのかもしれないね。みんなは腕の振り等になんかルーティーン入れてる?」
回答はまちまちだった。
「一度、助走前に手の甲で腰を触るのが僕のルーティーンかな。振り付けもそこだけは忘れないよう気をつけてるね」
「私は特に……」
「ウチは指の握る力チェック入れるよ」
いのりだけやたら細かかった。
「指の力チェックは私もやるけど、チェックの前に一度フルパワーでぎゅっと握るかな。その日の調子でブレが出ないように。あと、チェックする時は肩甲骨からの繋がり意識して薬指から曲げて……」
それが萌栄のレーダーに引っかかった。
「あ、わかった!」
「萌栄ちゃん!? 何かわかったの?」
驚く光を後目に、萌栄は動画を操作して確認する。
しばらく操作した後に、萌栄は弾む声で言った。
「違いはジャンプ前ー。跳べたジャンプは助走前に一度軽く握り拳作ってるけど、失敗している時はバレエの手のまま。拳見えてない動画もあるけど、コレ、当たってるでしょ?」
司も目を丸くした。
「驚いた……確かに相関性がある。
跳べなくなったのはちょうど振付けに合わせ始めた時期だから……まさか、無意識にやっていたルーティーンが振り付けの動きに潰されたまま固定されちゃった?」
光は跳ね上がるような勢いでスマホを手に取ると、周りに目もくれず電話をかけた。
「……慎一郎先生! 光です。
あの、スターフォックスでジャンプ研究していたら、理凰の3Aの不調の原因、これじゃないかというのがわかって。……はい、そうです。司先生も動画確認して、これじゃないかと……」
―――スターフォックス近くの路上
理凰の問題が解決し、光は萌栄やいのり、朱蒴にパフェを奢ることになった。
「何か、僕はほとんど何もしていないのに。悪いね」
「気にしないでください。ジャンボパフェなので、4人くらいでシェアしないとカロリー超過なので」
萌栄はウキウキだ。
「夜パフェって憧れるけど、カロリー怖いからなかなか手が出せないよね。みんな、付き合ってくれてありがと!」
いのりも苦笑いだ。
「私もほとんど何もしてないなあ。帰ってからカロリー消費しないと」
「またバトルロープ?」
光の質問にいのりは元気いっぱいで答える。
「うん、今度は柵を壊さないようにしないとね!」
「あはは!」
いのりの「バトルロープ駐車場柵破壊事件」を知らない朱蒴と萌栄が聞いてくる。
「柵を壊さないようにって、いのりちゃん、何かあったの?」
「ジュニア合宿で何かあったの? ウチも聞きたーい」
4人は店に入ると、ジャンボパフェをシェアして食べながらジュニア合宿の話で盛り上がった。
理凰から3Aが戻せた報告のメッセージが届いたのは、ちょうどパフェがなくなった頃だった。