結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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77話 恐るべき幼児たち 前編

 巷では夏休みということもあり、スターフォックスのリンクはそれなりに混んでいた。

 通常営業時の土日祝日等繁忙期なら、選手用リンクも午後から数時間は一般客に開放される時間をとり、選手はコーン等で区切られた区画で自主練をする。

 

 が、今朝はちょっと違った。

 早朝の練習を終えた光は気づいた。

「あ、今日から体験教室始まってて、メインリンク使えないんですね」

 胡荒コーチがコーンを抱え、体験教室の準備をしながら答える。

「そうなんです。大会も近いのにごめんなさいね」

「いえいえ。息抜き時間も必要ですから」

 

 実叶もやってきて胡荒コーチの準備を手伝う。

「看板設置終わりました。もう、一人エントランスにお母様と来てます」

「早いですね。先にヘルメットと手袋の準備お願いします。まだリンクに入れないでください」

「はい」

 

 一方で、今日のスケジュールを熟知していた他の選手は帰り支度を整えていた。

「光ちゃん。また夜ね」

「亜子ちゃん。またね」

 

 いのりも実叶に声をかけてから帰る。

「お姉ちゃん。お仕事がんばってね」

「はーい。夜に待ってるよ」

 

 光は一旦帰って何をしようかと思案していたが、エントランスから入ってくる幼児の集団を見て、気が変わった。

 光はライリーのところに行き、尋ねた。

「ライリー先生。体験教室、お手伝いしていいですか?」

「いいよー。参加者増えちゃって転んだ子を起こす係いくらいてもいいから。バイト代は出ないけどね」やわ

 光は幼児の群れを見て、何かこう、衝動のようなものに駆られたのだ。

 

―――

 

 

【挿絵表示】

 

 体験レッスンでリンクに並んだ十余名の幼児の前で、胡荒コーチが自己紹介をする。

「はーい、みなさーん。みんなにスケートをおしえる、せんせいのこあらです。よろしくおねがいしまーす」

「「よろしくおねがいしまーす」」

 子供たちが揃って返事をする。皆、ちょっと良いところのお嬢さん、おぼっちゃまといった感じの子ばかりだ。3才から6才の子供で、男女比率は4対6程度で女子が多い。

 

 胡荒コーチは続いて他のコーチ等を紹介する。

「こちらはおてつだいしてくれる先生です。つかさ先生に、みか先生。そして、ひかるお姉さんです。よろしくおねがいします」

「「よろしくおねがいしまーす」」

 

 リンクサイドの保護者たちがざわめく。子供たちも何人か気づいたようだ。

「光お姉さんって狼嵜光ちゃん?」

「ひかるちゃんって、かみさきひかるせんしゅ?」

 

 もちろん、子供たちは知らない子の方が多かった。

「かみさきひかるせんしゅって、だれ?」

「しらないの? すごいせんしゅだよ。ママが言ってた」

 

 光は、小さい子も自分の事を知ってくれている事が嬉しかったが、知らない子に自分の事を教えてあげたい衝動に駆られた。

「あ、知ってくれてる子いるんだ。嬉しいな。中学2年の狼嵜光です。自己紹介の代わりに、フィギュアのすごい技、見せてあげるね」

「あ、光ちゃん……」

 そういうと光は、胡荒コーチが止める間もなく助走を開始した。

 

 ……シュタッ

 見事な3Lzだった。

 

「わー! すごい!」

「きれーい! すごーい!」

 賞賛の声を上げる子供たちをよそに、胡荒コーチは眉を顰め、子供たちに目を向ける。

「あ、ゆうたくん! マネしちゃダメ! かなちゃんも!」

 胡荒コーチが止める間もなく、マネしようとして転ぶ子供が続出した。

 

 司が慌てて転んだ子を助け起こしつつ呼びかける。

「はいはーい。今の技はすごく危ない、すごい選手しかできない技だからマネしちゃダメだよ!」

「あわわ。ゆうたくん、泣かないで……」

 実叶も子供たちも助け起こしなだめるのにてんやわんやだ。

 

 光も自分の失敗に気づいた。

 マネしようとする子がいないわけがないのだ。

「あわわ……。マネしちゃダメ! 危ないからね……」

 慌てて子供たちのところに戻って、フォローに入る光。

 

 ひとしきり子供たちの騒ぎが収まると、胡荒コーチは気を取り直して指導に入る。

「はいはーい。お姉さんのジャンプ、すごかったね。うしろむきにすべってからとんでたの、わかった子、いるかな? まえにもうしろにも、びゅーんってじょうずにすべれるようになったら、ジャンプもできるようになれるよー。じゃあ、まずはならんでー。そしてー、まえにゆっくりすべってみようねー……」

 

―――

 

 胡荒コーチの指導の下、子供たちは基本的な滑り方を教わっていく。最初は手すりから手を離して進むのがやっとだった子も、なんとか進んだり止まったりできるようになってきた。

 司や光が意外に思ったのが、胡荒コーチの幼児指導能力の高さである。わかりやすい言葉とゆっくりと聞きやすい呼びかけで、20余名いる子どもたちの視線を切らさない。

 普段はライリー先生の陰で目立たない存在の胡荒コーチだが、自らも全日本を経験した選手であるし、娘の亜子をあれだけの選手に育てた指導者でもある。母親としての経験も、幼児の扱いに長けている理由なのかもしれない。

 

 司は胡荒コーチのアシスタントとして指示に従い、大きな身体で少し大げさだがわかりやすい実演をして見せる。

 やはり身体が大きいと見本として一目瞭然であり、伝えたいポイントを判断して誇張できる柔軟さも司にはある。

 

 対して、光は「私、邪魔だったかも……」と少しへこんだ。

 最初のジャンプの件もあるが、「きれいなお姉さん」である光はどうしても子供たちの目を余計に惹いてしまい、指導する胡荒コーチから注意を外らせてしまう。身体が覚えている「正しい」姿勢はできても、誇張した「わかりやすい」姿勢はやりにくいし、「ダメな例」の表現も得意ではない。

 

 しかし、光は楽しかった。転んだ時に立ち上がりを手伝うような簡単なことしかできないアシスタントだが、たくさんいる子供たちの世話をしていると、なんだか群れの中にいるような安心感を感じる。

 そこに光はなんだか家族を得たような、不思議な充実感を感じていた。

 

 子供たちが氷の上に慣れてくると、胡荒コーチは子供たちを楽しませる「仕掛け」を披露した。胡荒コーチが手にしたリモコンを操作すると、氷上に大きな赤いライトの輪が映った。

「はいはーい。こんどは、この赤いライトを追いかけるゲームでーす。赤いライトが動くから、その中に入ってついていこうねー。でも、おともだちとぶつかったり、ひっぱったりはだめだよー」

 

「すごーい!」

「おもしろーい!」

 見栄えのする仕掛けに、子供たちははしゃぎながら「ゲーム」に興じる。リンクサイドから見ている保護者たちも、これには感心の笑みを浮かべる。

 

 ステージ照明設備まで気軽にレッスンに使えるのは自前リンクを持つスターフォックスの強みである。

 設定変更等のために実叶が適時操作室に入る必要はあるが、設定切り替えさえすれば、今胡荒コーチがやっているようにリモコン操作でライトの位置操作までできる。

 

 胡荒コーチはこれを最大限に活用し、子供たちをうまく誘導して指導する。

「いいなあ……」

 光はそんな胡荒コーチの姿に憧れを覚えた。なんだろう。夜鷹を見て感じた憧れとはまた全く別の感情だ。

 なんだろう。不安定な氷上で群れを率いる存在に何か親近感を覚えるというか、使命感のような昂りを感じるというか。

 

 そんな中、また一人男の子が転んだ。

 光はすぐに駆け寄り、助け起こす。

「はいはい。大丈夫よ」

「ありがとうございます」

 育ちの良さそうなふくよかなその子は、ぺこりと頭を下げるとまたライトとの鬼ごっこに戻った。

 

 光はいのりと初めて滑った時の事を思い出した。

 まだスケートを始めたばかり、周りの大人の陰口に傷つき、泣いていた彼女。なぜ、自分は彼女を励ましたのだろうか。

 

 衝動

 

 何故だかわからないが、自分は群れの先頭を走り率いるような存在になりたいと感じているのかもしれない。と、光は思った。

 

 光がそんな思索に耽っていると、体験レッスンは佳境に入った。実叶の操作室での設定作業が終わり、胡荒コーチがリモコンを操作すると、音楽と共に氷上に、今度は大きな赤い十字が映し出された。

 

「はいはーい。では、さいごのレッスンはみんなでおどりまーす。こんなふうに……」

 前奏が終わると、赤い十字はゆっくり回り始めた。

「あかいひかりがまわるから、みんなはおててをつないですべってついていってねー、そして、さいごのポーズはあっちの、おかあさんたちのほうみて、わーっとおててをふろうねー」

 そう言うと、胡荒コーチは、子供たちを4つのグループ分けした。さらに、並び方を指示する。

 子供たちやらせるのは、中心点を軸に風車のように回転するシンクロナイズドスケーティングの技「ウィール」、それのごくごく簡単なものだ。数人のグループが手を繋いだ横隊で1本の風車の羽になり、それが4本回転するような形になる。

 

 この隊列だと、羽の先側の子が一番速く動かなければならず、難しい位置になる。胡荒コーチはそれを計算して上手い子を羽の先側にして、4本の羽根の一番先側に自分、司、実叶、光を配置する。それで手を繋いでスピードコントロールをする寸法だ。

 

 光の隣に来たのは、子供たちの中で一番大きな男の子だった。男の子は照れくさそうに光と手を繋ぐ。この子は年長の子で運動神経がよく、滑りも上手だった。連れて来た両親もスポーツマンっぽかった。

 

 男の子はおどおどしながら光に喋りかけてきた。

「ひかる選手は……」

 

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