結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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79話 恐るべき幼児たち 後編

「お父さん! つべこべ言わずに勝負です!」

 

 これには室内の皆のみならず、部屋の外で耳をそばだてていた実叶や光まで度肝を抜かれた。

「勝負!? タカヒコ何言ってるの?」

 母親が驚いて掣肘を加える。

 

 タカヒコ少年は構わず続けた。

「お父さんは『男はだいじなことは、つべこべ言わずに勝負で決める』と言ってます。だから勝負です」

 

 勝負?

 

 スターフォックスの皆が首を傾げていると、父親が乗ってきた。

「いいね。勝負なら納得できる。タカヒコもそれで納得するんだな?」

「うん! でも、何で勝負するか決めてないけどフィギュアの話だし、フィギュアの何かで……」

 

 父親は笑いつつ言った。

「ははは。それではダメだぞ。勝負はやる前に半分以上決まってる。自分の勝てる所で勝負するようにしないとな。

 まあ、ここはフィギュアの話だし、フィギュアでの勝負とするか。

 よし、タカヒコ。このクラブで父さんに勝てる人を連れて来なさい。父さんとその人でフィギュアの技勝負して、その人が勝ったらタカヒコの勝ちでいいか?」

「うん!」

 

 おいおい、フィギュアの技勝負?

 ライリー達は耳を疑った。元サッカー選手という事だが、フィギュアの技で勝負って……本当は息子にフィギュアやらせたいのか?

 いや、それはないな。この父親の目を見る限り勝つ気マンマンだ。

「すいません。先生方、少し息子のワガママにお付き合いいただけませんでしょうか?」

 ライリーは慇懃な父親の態度の奥の、怪しげな目の輝きを見逃さなかった。

 

―――

 

「ふんふんふん〜♪」

 フィギュアの靴を履き、ヘルメットと膝当てまで着け、鼻歌を歌いつつリンクに降りた父親にライリーは聞いた。

「どこかでフィギュアを習ったことが?」

 

 父親はニヤリと笑いつつ答えた。

「いや。恥ずかしながら全くの我流で」

「……」

 嘘センサーは反応しない。リンクに降りた滑りを見ても、エッジに全く乗れず力任せで進んでいる。スケート靴は自前だが、完全なドシロウトだ。

 

 父親は構わずタカヒコ少年にルール説明をする。

「じゃ、選手でも先生でもいいから、一人連れて来なさい。お父さんが、その人の前でフィギュアの技を一つやる。タカヒコが連れて来た人がその技をお父さんより上手にできれば勝ち。できなかったら負け。それでいいね?」

「うん。いいよ」

 なぜか、タカヒコ少年も父親も自信満々に見える。

 

 このドシロウト、何をやる気だ?

 怪訝な目のライリーが見る中、父親が勝負のルールの細部を詰める。

「お父さんはシロウトだから、ハンデで防具あり、3回やって1回でもできればOK、タカヒコが連れて来た人は1回だけでやってもらう。審判はお母さんでいいかな? わかりやすい技だから、勝負つきやすいと思うけど」

「うん」

 タカヒコ少年は構わずうなづくだけだ。大丈夫か?

 

「お父さんは何の技をやるんですか? シングルの技ですか?」

 ライリーは探りを入れる。

 ペアの技とか、すごくマイナーな技とか、ニースライドの距離勝負とかキワモノ勝負仕掛けられたら困る。

「一人用の技ですよ。何の技か前もって言うと勝負にならないので秘密ですが。すいませんね。本当に面倒くさいことに付き合ってもらって」

 この父親の丁寧な言葉ぶりの裏に見え隠れする強気が不気味すぎる。

 

 入会相談を立ち聞きしていた実叶や光も近くで心配そうに様子を伺い、コソコソ話している。

「あのお父さん元サッカー選手なんですか……それはタカヒコ君も大変ですね」

「すごく才能あると思ったら、小さいころからアスリートとしての英才教育されてるみたいで」

「それは、サッカー辞めてフィギュアとか言い出してもお父さんなかなか納得しないですよね」

「でも、子供が勝負とか言い出したのに乗るあたりは、完全に脈なしではないんじゃないですか?」

 

 それが聞こえたのか、父親はライリーの前でつぶやく。

「まあ、僕も元サッカー選手として、息子がサッカー辞めるかもって時に自分を納得させるにはコレくらい必要なんで。僕にも男の意地ってのがあるんで」

「負けたら納得してタカヒコ君にフィギュアやらせてあげられる、と?」

「はい。もちろん」

 その言葉に嘘は無いようだ。

 

 だが、ライリーは先程この父親から色々言われて頭に来ている事もあり、絶対タカヒコ少年を入会させてやると鼻息を荒くしている。

 そこで、勝ち筋を拾うべくさらに色々と小石を投げてみる。母親はそれ程フィギュアに否定的ではないようだが、審判のズルをしないかは確かめておく必要がある。

「お母様は審判は大丈夫ですか? フィギュアにはわかりにくい採点基準とかあって、ややこしいんですよね」

「えっと、どうなんでしょ?」

 母親は戸惑っている。少なくとも何か示し合わせてはなさそうだ。

 

 そこに反応して父親が口を滑らした。

「大丈夫だよ。尻もちとかお手つきとかの着地ミスで勝負決まると思うから。細かい基準とか僕もわからないし、母さんがわかるところで」

 

 尻もち。お手つき。着地ミス。コレは十中八九ジャンプ技だな。

 そう推測したライリーは次の手を打った。

「タカヒコ君は誰を選ぶかな? ちなみにこのクラブでジャンプが一番上手いのはあっちにいる光お姉さんで、滑りが上手いのは、……やっぱり光お姉さんかも?」

 ジャンプ勝負を見据えて、タカヒコを光に誘導する。

 光も心得たと胸を張ってタカヒコを見る。

 

 だが、タカヒコの選択は違った。

「うーんと。いのりちゃんのコーチの司先生! お願いします」

「俺かい? もちろんいいよ」

「……」

 思惑が外れ、腑に落ちない表情のライリーは司にハッパをかけた。

「司先生。絶対負けないで下さいね」

 

 そんなライリーに司は一人ごとのように言った。

「俺は、自分がなかなか指導者に巡り会えなかった事もあり、『自分が幼い頃に出会いたかった指導者』になりたいと思ってるんですよ。任せて下さい。

 じゃ、タカヒコ君よろしくね」

「うん! お願い!」

 

 いよいよ、父親の技の披露となった。

「なんか、ギャラリー増えてて恥ずかしいな。でも、息子の前ではカッコ悪いとこ見せられないしね。

 あ、では司先生。自分は防具あり、3回やって1番いいのということで」

「はい、どうぞ」

「お母さんもちゃんと見て、動画撮っておいてね」

「はい。あなた、気をつけてね」

 

 観衆の目の前で父親は見栄を切ってひとりごちる。

「僕は現役時代。身体は細いが敏捷性がある『軽業師』なんて言われてましてね。ドリブル突破力にも自信ありましたが……」

 そう言って、少し身体を沈ませ、下半身をトゥピックも駆使して静止状態でしっかり固定する。

「?」

 この静止状態から何をする気だ?

 

 不思議な目で見る皆の前で父親は技を披露した。

「ファンが気に入ってくれたのは、この……」

 少し沈んだ体勢から、後方に縦に跳ぶ。

 皆があっと言う間もなく、後方に一回転すると脚を前後に大きく開き、片膝着地した。

「……このバイシクルキック。オーバーヘッドキックとも言いますね」

 

「バックフリップ……」

 ライリーは「やられた」という表情をした。この技があるから父親はフィギュア勝負を受けたのだ。

 

 バックフリップは確かにフィギュアの技ではあるが、危険な為昨年までは禁止技として減点対象だった。最近解禁はされたが、技として加点があるわけでもないので、こんな危険度の割に見返りのない技に練習時間を費やす選手はまずいない。

 できるスケーターはごくわずか。アイスショーのキャスト等だろう……できる選手を日本中から掻き集めても、二桁やっといくくらいじゃないか?

 

 もちろん、今父親がやってみせたのは、完全にフィジカル頼りの、ギリギリフィギュアの技と言えるかどうかの力技。最初から滑走を捨てて固定した体勢から、ブレードでの着地も捨てて防具での片膝着地に割り切った、荒技にも程があるものだが……

 

「お、1回で手付きなしでできた。もう2回目なしでいいや」

 そう言って、防具を外す父親に家族の賞賛の声がかけられる。

「お父さん、すごーい! 初めて見た!」

「あなた、大丈夫?」

「ああ、大丈夫さ。レガースの下にタオルまで入れてたからね」

 

「……」

 対して、ライリーは顔を曇らせた。

『やられた……。バックフリップとは……元サッカー選手の運動能力恐るべし、ね。これは勝てない……』

 バックフリップは危険な技だ。防具も練習も無しにやらせられる技ではない。もし、タカヒコ少年が指名していたのが狼嵜光だったら、勝負放棄せざるを得なかっただろう。

 

 もちろん、司にも……と、ライリーが思ったところで司が言ってきた。

「大丈夫ですよ。ライリー先生」

 え?

 

 ライリーは驚いた。

「まさか、司先生。バックフリップできるんですか?」

「サッカー選手には負けませんよ」

 そう言うと、司は父親に確認した。

「お父さん、1回でいいんですか?」

「ああ。僕の跳び方だとどうしても膝ついちゃうからね」

「じゃあ。俺が膝つかなかったら勝ちですね」

 

 そう言うと、司は滑走を始めた。

 まさか、この男……

 

 皆の目の前で司の完璧なバックフリップが決まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

―――

 

 勝負に負けた父親は先程との態度とは打って変わって、息子のクラブ入会を積極的に進めた。

「こんないい先生と出会えるなんて、タカヒコは本当に運がある。タカヒコ、明日から頑張るんだぞ。去年から始めた子にも負けるな」

「うん! お父さんありがとう!」

 タカヒコ一家は満面の笑顔で帰っていった。

 

 無事男子1名様特別コースご入会と、幸先の良い夏季休暇間体験レッスンとなり、ホクホク顔の胡荒コーチは司を褒め称えた。

「司先生すごいですね。バックフリップなんてどこで覚えられたんですか?」

「……選手を辞めた後、アイスショーのキャストを目指していた時期がありまして、その際に覚えました」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

「??」

 司の珍しい嘘反応にライリーが確認を入れる。

「まさかぶっつけ本番で跳んだ訳ではないですよね?」

「まさか! あんな危険な技跳んだ事も無しにやりませんよ」

 司はそう答えつつ、バックフリップを自分に教えた夜鷹純に心の中で礼を言った。

『今回ばかりはあの男に感謝だな……』

 

 ここで、胡荒コーチは疑問を口にした。

「なんか、うまくまとまりましたけど、何でこんな勝負になったんでしたっけ?」

 ここで、司は思っていた事を言った。

「あの少年、フィギュア勝負と言いだせば父親が自分からバックフリップ勝負を仕掛けてくる事を予想していたんじゃないですか? 実は、最初少し話した時に『司先生、後宙返りできる?』って聞かれてました」

「?? 勝負の方法決めたのお父さんですし、バックフリップもタカヒコ君初めて見たって」

 

 司は思案顔で想像を語った。

「お母さんがタカヒコ君とテレビでフィギュア見てた時、『お父さん、実は後宙返りできるよ』って言ってたみたいなんですよ。あの父親の性格上、機会あれば子供に見せて驚かせたいと思いますよね」

 

 ライリーは目を丸くした。

「まさか、タカヒコ君はそれを見越していきなり『勝負だ』なんて言い出した? というか、父親にお願いする前にもう、バックフリップできる人に目を付けてた?」

 司は自信なさそうに答えた。

「あくまで憶測ですよ」

 

―――

 

 ライリーは翌日、レッスンに来たタカヒコに聞いてみた。

「タカヒコ君。昨日の相談の時、『勝負だ!』って言えば、お父さんバックフリップするって思ってた?」

「まさか!? そんな事ないですよ」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 

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