結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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8話 ピラニア釣り

―――トレーニングルーム

 

 いのりが鏡の前でジャンプのフォーム確認をしていると、一人の少女が話しかけてきた。

「へっへー。いのりちゃん、ウチのこと覚えてる?」

「……あっ! 平新谷ちゃん!」

 

 いのりは思い出した。強烈な印象が残っていたからだ。

「一昨年の全日本ノービス! 平新谷萌栄ちゃん! 4回転サルコウ跳ぼうとしてた! 司先生も驚いてたよ!」

「うっわー。さすが4回転ジャンパー! ちゃんと覚えてくれてたの? うれしー!

 で、4回転ジャンパー様に一つ相談なんだけど……」

 萌栄はいのりをおだてつつ言った。

「ウチ、次のシーズンには、4S飛べるようになりたいんだけど、飛び方教えてくれたらなーって……」

 最後の方は遠慮がちに消え入りそうな声だった。

 

「うん。いいよ」

 いのりの即答に、萌栄の方が逆に驚いた顔をする。

「え!? 本当に!?」

「うん。でも、必要な準備があるから……司先生に頼んで来るね。

 胡荒先生ー。ちょっとスタッフルーム行ってきまーす」

 そう言って、いのりはスタッフルームに行って戻ってきた。

「ライリー先生もオッケーだって」

 

 トントン拍子に進む話に、萌栄は信じられないような顔で恐る恐る確認する。

「ウチも来シーズンからジュニアだし、自分が不利なことになるけど……いいの?」

「……もちろんだよ」

『光ちゃんなら、絶対ダメなんて言わない』

 最後のつぶやきはいのりが自分自身に言ったものだった。

 

「リンク練習までに、ちょっとだけフォーム教えるね。萌栄ちゃんが気づいているとおり、大事になってくるのは腕の構えで……」

 いのりの解説を萌栄以外の子も耳をそば立てて興味深々に聞いていた。

「次に振り上げる方向は、こう。ほとんど真上。回転軸の先の方目掛ける感じ」

「あぁ……そこは見てもわからなかった。だからパンクしちゃってたんだ」

 聞いている子たちにも、少しずつ何かが組み立てられていくのがわかった。

 

 

―――スタッフルーム

 

「では、司先生は萌栄ちゃんの事、覚えていらしたんですね」

「ええ。もう、手を構えた瞬間にいのりさんと2人でびっくりしてましたよ」

「ふふふ。手を構えただけで、ですか」

「はい。その後のキスクラで、公式練習で見ただけでマネしようとした、と聞いて2度びっくりです。

 見ただけでジャンプのキモを見抜く観察力、本番で試す度胸に、失敗してもその後ミスなく滑りきる地力、どれをとっても怪物級ですが……何より、彼女の挑戦を大事にしたライリー先生の器の大きさに驚かされました」

「ふふふふふ……褒めても何も出ませんよ」

 ライリーの表情が得意げに輝いた。

 

「ここ数日で見させていただきましたが、平新谷選手はスピンの速度は十分です。ステップの精度も必要分あると思います。俺は、挑戦しても問題ないと思いますが」

「わたしも同意見です。彼女、あれからコツコツ積み重ねてましたから」

「あとは、コレを使えば、成功までの道筋をこじ開ける事ができると思います」

 司が取り出したのはハーネスだった。

 

「これを使えるとは知りませんでしたわ」

 ライリーはハーネス師の魚淵は知っていたが、司もハーネスが使えるとは全く知らなかった。司の能力を活用して指導の幅を広げられるアイデアが既にいくつかあったが、こんなガジェットまで持っているとは、夢にも思ってなかった。

 これは、期待を遥かに超える優秀なコーチを引き入れたのかも知れない。ライリーは自分の人生に次々と舞い込む幸運に狂喜した。

「使える、と言っても研修も資格もあるものではありませんから、リスクを背負った上での使用になります。

 自分はいのりさんの他にも何人かの生徒の指導に使用した事がありますし、自分の肋骨を折った事もあります。ですが、例え生徒にミスがあっても生徒にだけはケガをさせないように努めます。あとは、ヘッドコーチが許可いただければ」

「もちろん許可しますよ」

 ライリーは、ぴょこぴょこと尻尾を動かす、興奮を隠しきれない小狐のようだった。

 

 

―――スケートリンク

 

 許可が下り、空けられたリンクの一角で萌栄にハーネスが装着され、いよいよ司の指導が始まった。ライリーもそばで見守る。生徒たちも見慣れないハーネスに興味深々だ。

「じゃ、まずは先生と慣らしから入ろうか。まずはモホークからの1Sやってみて」

「はい! 司先生、お願いします」

 

 司が注目を集めているのを見て、いのりはまたニンマリ得意顔になっていたが、光の視線に気づくとすぐ気を取り直した。

「ダメダメ、 自分の練習に集中しなくちゃ」

 

「いいね。じゃ、さっき確認したところに気をつけてやってみよう」

「はい!」

 指導を進めるにつれ、司は萌栄の能力を把握してきた。

 いのりにも負けないジャンプ力があり、タイプもよく似た幅飛びタイプだ。ハーネスでの練習がやややりにくいタイプだが、いのりのジャンプで慣れているので問題なかった。スケーティングも、ジャンプに入るところだけは磨いたとのことで、ここも合格点。ここまでは、想定していたとおりだった。

 

 だが、一つだけ予想もしていない事があった。

 この子も、タイプは違うが、俺や狼嵜選手、夜鷹と同じ、特殊な能力の持ち主だ。




ファンブック2で、いのりより一つ下の「小学5年、7/20生」となっている萌栄ですが、それだと年齢おかしいので、いのりと同学年とします。
(小学5年で7/20生まれだと、スケート年齢でいのりの2つ下となり、いのりと同じノービスAの大会に出られない)
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