結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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81話 JGP第一戦オーストラリア 前編

―――オーストラリアに向かう機内

 

 8月も終わりにかかった週、JGP第1戦オーストラリア大会が行われた。

 狼嵜光にとっては海外初戦となる。ノービスでもトップ選手は、イタリアのエーニャ春杯やハンガリーのサンタクロース杯等、海外のノービスクラスのある大会で経験を積む者が少なくないが、夜鷹は自身の現役時もそのようなランキング等にも影響しない経歴積みに積極的ではなかった。

 とは言え、ロシアにバレエ研修に行ったりと海外経験がないわけではないので、飛行機の中でも落ち着いたものである。同行する中では司の方が落ち着きがないくらいだ。

 

 時差も少なく環境の整った先進国で、フィギュアスケート人気も低くなく、応援に来てくれる日本人も多い。狼嵜光の世界デビュー戦にはもってこいだ。

 光は機内から気合い十分である。先にジュニアデビューしたいのりには負けられない。

 

 何より、誰にも負けられない。氷の上で自分が自分でいる為に、常に金メダルを取り続ける。

 

 夜鷹がいなくても。

 

 光は隣の席のライリーに出場選手の確認をする。

「今回のオーストラリア戦で強い子、誰でしたっけ?」

 ライリーは資料で説明する。

「やはりこの子ね。

 アメリカのミーア・オセロット。前回大会のファイナリストよ。

 パフォーマンスに優れたタイプね。動画もあるわよ」

 

 光はライリーからタブレットを受け取りつつ確認する。

「去年のシリーズでは、オーストラリアでいのりちゃんと戦ったんでしたっけ?」

 ライリーが訂正しつつ答える。

「オーストリア戦。いのりちゃんが4S決めて海外初V獲った時の2位だったわ」

「それは負けられませんね」

 

 既にインパクトあるジュニアデビューをしたいのりに対し、それ以上の鮮烈なデビューを成し遂げる「狼嵜光」を見せてあげなければならない。いのりにも「あなたのライバルは私」と再認識させてあげなければ。

 

 全ジュニはもちろん。全日本、世界ジュニアでも金を狙う。シーズン初めのJGPシリーズで負けてはいられない。

 そう腕を撫す光の姿をライリーは満足気に見守った。

 

 司の方は隣の席の最住薫氏と話していた。

 最住父は息子のフィギュア転向を認めるや、今度は息子をフィギュアでのエリートにすべく英才教育を施しにかかった。

 そして、トップ選手の戦いを教えるべく、夏休みを活用し、オーストラリア戦に急遽同行したのだ。当の鷹彦少年は後ろの席で母親と一緒だ。

 

 こちらでもタブレットを使ってミーア・オセロットを見ている。こちらは司による最住父へのルール解説だ。

「なるほどねぇ。だから、観客の盛り上がりに比して点数は高くないと」

「そうです。弱点はコンポジション。本来技術力は高い選手なので、修正できればスケーティングスキルでも高得点を取ってくるはずです。

 噂では、元金メダリストで叔父であるリアム・オセロット氏と主任コーチのダニエル氏が不仲で、育成方針が定まっていないとか。

 今大会で修正できているかもしれませんが」

 

「ふむ。元金メダリストの叔父とはいえ、名コーチとは限らないってとこか。親族のサポートはアスリートに絶対に必要なものだ。僕も頑張って勉強くらいはしないとな」

 この父親、息子が初級も取らないうちから異様に勉強熱心だ。母親も保護者兼ライリー付き人として同行している。

 クラブが旅費を出しているわけではなく、父親の経済力もなかなかなのだろう。ただ、帰りは父親はオーストラリアで仕事で残り、母親と鷹彦で帰るようだ。

 

 司は最住父の相手をしつつ、光の仕上がり、戦略の詰めを確認する。

「光さんは今シーズン、ジャンプ構成を落としていますが、それでも3Aがあり、それもコンビネーションにできる。今年はプレゼンテーションも伸び、PCSも期待できます」

「ふむ、死角なし、というところか」

「ええ。ミーア選手が弱点を克服してきたとしても、光さんがまだ上手かと。ただ、勝負はやってみるまではわかりませんから」

「世界という大舞台、初戦というところもあるからだね」

「はい」

 

 同じ大会には、日本から子出藤絃選手が出る。

 こちらも一戦派遣選手だが、テクニックに優れた決して油断できない選手だ。先日のジュニア合宿ではパフォーマンスも伸ばしてきているのを見せた。

 

 光は初めての世界戦、強者達と競えあえる楽しさに髪を揺らしていた。

 

―――

 

 ホテルにて、夕食の席に並んだ料理を見て、光は言った。

「オーストラリア料理とか食べられないんですか?」

 驚き、不服そうな顔をする光に司が説明する。

「食べなれないもの食べて体調崩したらダメだからね。現地の料理食べられるのは試合後だね」

「そうなんですか」

 

 隣のテーブルではライリーが最住一家の相手をしている。ライリーにとってこの一家は太客である。本人の指導は始めたばかりだが素質を感じさせるし、何より父親の研究心と行動力がすごい。ついでに身の回りをさりげなく固めたブランド品を見るに、経済力もかなりのものだ。

 

 今はコーチの司の事を聞かれている。

「なるほど、最初は選手とのコミュニケーションに優れた指導者と思われてたわけですね」

「はい。そこが間違っていたわけではありませんでしたが、コミュニケーション能力だけでなく、観察力や研究力もずば抜けて高いですね。また、コーチ本人の運動の再現性も素晴らしく、見取り稽古相手として最適。さらにハーネスを用いた氷上ジャンプ指導もできる、稀に見る多角的に優れたコーチと言えます」

「なるほど。彼が教えている結束選手の動画も見させていただきましたが、稀に見る急成長を遂げた選手と聞きます。そのような急成長は、やはり本人のセンスの良さがあったのですかね? それとも、指導者である司先生の力量ですか?」

 なかなか難しい質問だ。

「今なお成長中の選手で、一概に言う事はできませんが、ノービス時代の脅威的な伸びについてはやはり、スケーティングという基本に執着と言っていいレベルでのめり込めたところにあると感じますね。

 司先生のレッスンは、先生がアイスダンス出身という事もあり、派手で楽しいジャンプより地味なスケーティングに非常に重きを置かれている。同じ時間配分のレッスンを普通のノービス以下の子にやらせたら、まあ、スケートが嫌いになってしまうかもしれませんね。

 しかし、いのりちゃんは違います。むしろ、スケーティングに一番の誇りと情熱を持っていると言えるでしょう。そして、ステップシーケンスレベル4をコンスタントに取れる選手にまでなった。ここが凄いところです。

 そして、エッジを捉える感覚を極めたことが、4Sをはじめとするジャンプの速い成長にも繋がった」

 最住父は納得顔になった。

「なるほど。幼い選手ではなかなか身が入らないような地道な基本に、お家芸と言えるレベルで打ち込めたという事ですか」

「そうです、競技を始めるのが遅かったという苦境を跳ね除けられた大きな要因はひとつ、そこにあるかと思います」

 

 そんな指導論談義に花を咲かせた食事が終わり、部屋に戻る途中、ふと、ライリーはホテルのバーに気になる人物を見かけて足を止めた。

「どうしました? 先生?」

 司が聞くとライリーは少し言葉を濁して答えた。

「いえ。気になる方を見かけたもので。先に光ちゃん帰しておいてください」

「はい、わかりました」

 

 一方で、すぐ後ろにいた最住父も、バーにいた人物に気づいたようだ。

「あの方。金メダリストのリアム・オセロットさん?」

「そうですね」

 ライリーが答えると、最住父は母子に言った。

「先に鷹彦と部屋に戻っていてくれる? 僕、ちょっとひっかけていくから」

 

 そう言うと、最住父はバーの中に入っていく。

 リアムに声をかけるかどうか迷っていたライリーも後を追った。

 

 ライリーが先にリアムの隣に座り、英語で話しかけた。

「リアムさん。お久しぶり」

「ライリー!? そうか、カミサキはこのホテルか」

 既にかなり酔っていたリアムは赤い顔を上げて驚いた顔をした。

 

 ライリーは質問を続けた。

「ミーア選手もこのホテルだったの?」

「いや、指導陣は隣のホテル」

 『指導陣は隣のホテル』。その答えの真意はすぐわかった。リアムは今回指導陣ではないのだ。そもそも、指導陣なら前日にこんな深酒をしないだろう。

 

 リアムは自分からべらべら事情を説明してきた。

「ミーアが新しい振付師を連れてきたんだ。俺は用済みだとさ」

「それでヤケ酒飲んでるんですか?」

 呆れるようにライリーが言うと、リアムは向き直り、グラスを掲げて言った。

「ヤケ酒? いや、違うね」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 リアムはそのまま芝居がかった大袈裟な身振りを交えて答えた。

「超一流のパフォーマーはお仕着せのプログラムなぞ選ばない。自分のインスピレーションに導かれるままに、自ら振付師やコーチから選ぶ……」

 そのまま、ウィスキーグラスを回す。

「だから、これは……」

 そこで、リアムの声は消え入りそうに、ウィスキーグラスの回転と共に薄れていった。

「……これは、祝い酒なのさ」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 そう言って、リアムは一口、グラスから苦酒をすすった。

 

 リアムはグラスから口を放すと、憐憫の表情を浮かべたライリー達に聞いてきた。

「そっちの男は? ライリーの恋人? 何かの選手?」

 ぶしつけな質問に顔をしかめるライリーに代わって、最住父が英語で答える。

「観戦に来たクラブの生徒の親です。3年前まで日本の小さなサッカークラブでプロ選手でした」

 

「はははっ。サッカーかい?」

 鼻白んだように笑うリアムに最住父は冗談めかして答える。

「そうです。息子にもサッカーやらせたかったのに、フィギュアスケートに取られちゃいました」

 そこで真顔になって続けて言う。

「自分で道を選べる子に育ってくれた事が嬉しい反面、自分と違う道を選ばれたことは寂しいですね。半分半分の気分ですね」

 

「ははっ。半分半分かい?」

 リアムは笑いをつくって答えると、バーテンダーを呼び、飲み物を注文した。

「俺と同じものを彼に。新しい世代の成長に幸あれ、だ」

 こうして、前日の夜は更けていった。

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