結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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82話 JGP第一戦オーストラリア 中編

 JGP第一戦オーストラリア。ショートプログラム女子が始まった。各国の少女が技を競う。

 

 日本からのトップバッターとなったのは子出藤絃だった。ジュニア合宿の時より表現力が増し、全身で表現ができている。ジャンプも3Lz+3T、3F、2Aをミス無く跳んでみせた。

 

 解説も手放しで賞賛している。

 ジュニアデビューの選手がこれほどのパフォーマンスを見せた事に驚いた。フリーの出来しだいでは表彰台に食い込むかもしれない、そうなればファイナル進出もあり得る。昨年の結束いのりに続く新たなスター誕生じゃないか。

 などと、期待の声を上げ、そして……

 彼女が1戦派遣選手らしいと言う事を知り、驚愕した。

 

 それも無理もない。ジュニア初年度とは言え3Lz+3Tを跳べて、PCSでも弱点らしい弱点のない彼女レベルの選手が1戦派遣選手に甘んじなければならない日本のレベル、狼嵜世代が明らかにおかしい。

 

 各国の選手や指導陣がにわかにざわめき、日本のレベルに冷や汗を流す中、狼嵜光の滑走が始まった。

 『カミサキヒカル』と言えば、「4Lzを跳んだ少女」「オカザキイルカやユイツカイノリも負かしている日本の新たな女王」としてその名を世界に知られている。

 が、世界戦はこれが初めて。世界の目が注目した。

 

 いや、注目させられた。

 曲が始まるとすぐ、観客達は高い技術に裏打ちされた、背筋が凍るような鋭いオーラを放つ彼女の滑走に目を奪われた。

 テーマ曲「群狼」の凄惨な戦いを思わせる、心胆を寒からしめる演技が会場の空気を支配する。

 そして、最初のジャンプ。

 

……シュタッ、シュタッ

「!!!!」

 

 3A+3T

 観客が息を呑む。

 ジュニアのショートでは3Aは単独では跳べないが、連続ジャンプならコンビネーションに入れて跳べる。そう、ルールを理解している者も、実際にそれをやってのけるジュニアを目にするのはほとんどが初めてだった。

「これが日本の新女王か……」

 

 ジャンプ以外の要素一つ一つも格が違う。ジュニア離れした出来栄えだ。上位にいた選手が、滑走の途中から「これは抜かれた……」と落胆する。それ程明らかにレベルの違う演技だった。

 

 演技が終わり、キスアンドクライに腰掛けた光は司からのねぎらいの言葉を遮って文句を言った。

「光さん、お疲……」

「いちいちはしゃぎ過ぎです。演技中気が散るからやめてください」

 

 突き放された司は、

「俺、そんなはしゃいでた……?」

 と、弱々しく抗弁しようとしたが、すぐスクリーンに光の3A+3T成功に狂喜乱舞する司の映像リプレイが映し出されたので、司は赤面して顔を伏せた。

 

 すまし顔の光がスクリーンを眺める中、点数が発表される。

 2位以下に大差をつけ、当然のように1位に躍り出る。

「光さん! やったね!」

 司は拳を差し出して喜びを分かち合おうとするが、光は取り合わずに席を立つ。

 空振った司は「俺、お飾りのコーチだな。明日は目立たないようにしよう」と、しょんぼりしょげかえった。

 

 圧倒的な演技はその後の選手を呑み込み、しばらくミスする選手が続出した。

 

 その流れを断ち切ったのが、昨年のファイナリスト、ミーア・オセロットだった。

 テーマ曲は人気弁護士ドラマシリーズ「サンダース法律事務所」のメドレー。演じるはヒロインのコーリエ・サンダース。事務所オーナーの娘コーリエは、普段は冷淡を装うが実は惚れている主人公を陰から温かく支える二面性のある人物。

 冷淡で涼やかな滑走と、懊悩するような情熱的なステップで、二面性ある女性の役をスケートの表現の中に見事に落とし込んでいる。

 

 構成も緻密な計算が行き届いており、彼女のパフォーマンス力からテクニックの高さまでをしっかりと引き出す振り付けになっている。

 この振付師はチェックしておくか……。

 と、司は振付師の名前で検索して、驚いた。

「去年まで選手だったのか。シニア初年度で引退。若い……」

 ライリーも気づいた。

「あのコーチのそばにいる男の子が振付師のようね」

「そうですね。昨年まで選手だったようですが、今年からミーアさんの振付師に転向したようで。なかなか計算された構成を作ってきている」

「そうね。リアムには悪いけど、こっちの子の振付の方が明らかに上だわ。

 あと、このドラマ好きにはたまらないわね。コーリエの見返りポーズまでしっかりと、表情違いまで全身で表現してて。コメディチックなところから、優美なところまで」

 

 そう言いつつ、ライリーは先程見つけた観客席のリアムの方を見た。食い入るように姪っ子の演技を見つめ、歯噛みしている。

 金メダルを取った男なら分かっただろう。新たな振付師の力量、情熱、そして選手の特性の把握と魅力の引き出し、それを実現させるコミュニケーション面の良好さ。全て揃ってなければこれほどまでの出来にはならない。

 自分が選手である時には、リアムもしっかりとコーチと共にルールへの落とし込みができていただろう。それが、指導に回るとできていなかったのは、金メダリストであるが故の奢りや自己撞着があったのかもしれない。

「難しいわね……。金メダリストになったがために失うものもある、か。私も気をつけないとね」

 

 ライリーもあまりにも若くしてコーチ転向し、正直経験不足がある。金メダルがもたらしたカリスマ性と、そこに集まってくれたコーチ陣等で支えられて、日本有数のクラブとなったが、そこにあぐらをかいていてはリアムのようになるかもしれない。

 実のところ、日本では嘘ハッタリも良く効いて独自リンクまで持たせてくれる太スポンサーにも恵まれたが、アメリカでは冷静に指導力を見られて、アシスタントコーチ止まりだったかもしれない。

 

 ともあれ、このミーアの仕上がりには脱帽だ。新たな力を得たライバルとして刮目して見なければ。

 ミーアの滑走はノーミスで、終始大盛り上がりだった。プレゼンテーション面だけなら光より上で、PCS全体でも上回ってくるかもしれない。

 ライリーと司が息を呑む中、ミーアの点数が発表される。光と3点差で2位。PCSで詰められたが、やはりジャンプ構成の差を詰め切るほどではなかった。

 

 ライリーも司もほっと胸を撫で下ろす。ショートで上回れば、ジャンプ構成の自由度の高いフリーで突き放すだけ。4回転を封印しても十分お釣りが来る。あとはミスなく演技をすれば良い。

 

―――

 

 その夜のミーティング。司は光と最後の詰めを行った。

 ミーアの力量はほぼ掴めた。あとはミスなく演技をするだけだ。……ミスなく、というのも普通は難しいものだが、光に限ってはミスがある方が珍しい。

「もし、ミスジャンプしちゃったらどうします?」

 光が聞いてきたが、司は安全策を提示する。

「予め決めておいたコンビネーションのリカバリー以外はやらない方がいい。今日のショートで貯金あるし、3位以下に大きく差を開けている。例え転倒しても2回までなら、まず2位以内は取れる」

 光は不満げな表情をつくる。

「1位じゃないと嫌なんですけど」

 司も困った顔だ。

「氷の上に100%はないよ。でも、転倒を心配して予備策をあれこれ詰めるより、必要な準備――ここではコンビネーションのリカバリーね――だけを詰めてリンクに臨んだ方がいい、というのが俺の提案かな」

 

 光はその答えに満足しつつも、表情に出さないようにして司から色々聞き出そうとする。

「一応、予備策はどんなものがあるか聞いていいですか?」

 司は真剣な表情で答える。

「いいよ、例えば……」

 

 ライリーはそんな2人の様子を微笑ましく見つめていた。

「やっぱり光ちゃんも、司先生結構気に入ってくれてるみたいね」

 

―――

 

 翌日、フリースケーティング。

 ショート1位の光が最後、2位のミーアがその前だ。

 

 2人に大差をつけられ後がない各選手はバクチ構成に切り替えてでもくらいつこうとする。

 大半の選手は失敗して煮え湯を飲んだが、フィンランドの選手と中国の選手がそれぞれ3Aに成功して点数を大きく伸ばした。2人とも公開練習では跳べていなかったが、本番で賭けに出て勝った形となる。

 

 そんな中、子出藤絃は堅実に予定通りの構成で跳び、危なげなく暫定3位につけた。この後の光とミーアに負けたとしても5位なら、ジュニアデビューとしては十分素晴らしい成果であろう。

 

 いよいよミーアの滑走だ。

 出だしから軽快なリズムに乗せた華麗な滑走を見せる。

 何事にも動揺せず、強気な姿勢で主人公を支えるコーリエ・サンダースの役に入ったが如く、他の選手の猛追も関係ござらんと自分の演技をする。

 ショートの時と同じく、会場を興奮の渦に巻き込み支配する。その興奮が最高潮に達した時だった。

 

 ……シュタタッ

「!! バックフリップ!?」

 観客を魅せる大技に、会場に絶叫が響きわたる。

「ミーア最高!」

「すげえや!!」

 

 司は冷静に分析した。

「なかなかいい入れ方だったな。しかし、点数的には想定内に収まるだろう。

 だが、どうもアドリブで入れたようだな」

「そうなんですか?」

 光が聞く。

「ああ、向こうのコーチ陣も驚いてる。この大一番で腹を決めてアドリブで入れられるミーア選手の胆力を褒めるべきだね。バックフリップは中途半端に跳ぶのが一番良くない」

「そうでしたね」

 

 大熱狂の中ミーアの演技は終了し、キスクラにミーアが主任コーチとともに入る。リプレイ映像が流れる際、何故か観客席で跳び上がり歓喜するリアムの映像が流れ、笑いを誘った。

 

「点数は……大丈夫。想定内」

 当然の如く暫定1位。しかし、発表された点数は司の想定内だった。バックフリップは加点が取れるものではない。点数で勝てなくても観客にミーア・オセロットを印象づけることが目的の悪あがきとも見えた。

 

 そして、最終滑走。リンクに向かう光は、何か言いたそうにしていた。

「あの……司先生」

 司はそんな光に一言、

「任せた」

 とだけ言って、拳を差し出す。

 光は心得たとばかりに拳を合わせる。

 

 そして、光の滑走。

 3A+3Lo、3A+1Eu+3Sといった大技を序盤で軽々と決め、格の違いを見せつける。

 ミーアの滑走で沸いていた会場の熱も、

「これには勝てない……」

 とばかりに、一気に凍りついてしまった。

 

 ミーアの滑走とは違い、観客は息もできないくらい緊張し、氷上の光の姿に囚われる。光はそんな観客の視線を受け、討伐隊の猛追をあざ笑うように氷原を駆ける獣と化す。

 

 そして、戦いの場面を表現したコレオシーケンス。

 ライリーは目を見張る。

「あの体勢……。予定にない。まさか?」

 

 ……シュタタッ

 光も跳んでしまった。バックフリップ。

 

 会場が地面から揺れ動くほどのどよめきがスケート界に響き渡った。

 

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