結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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85話 アウトフォクシーズ 後編

「司先生! あれは!?」

 ライリーの問い詰めに司が困惑して答える。

「いや、さっき鯨臥さんや蕨さんと話してましたが……まさか!?」

 視線を向けられた鯨臥はイタズラっぽい顔で答えた。

「いやあ。すごく目を輝かせて『シンクロやってみたい!』って言うんで、試しに体験してもらおうかと。まずかったかな?」

「いえ、まずくはないですが……」

 ライリーも言葉を濁す。体験とか言われて、いきなり曲かけに参加とか言っても……まあ、光ちゃんならできるか。

 

 目で見た技や動きの再現性に凄まじく優れている光にとって、急拵えでシンクロの列員に参加するということは難しいことではなかった。もちろん、完成度は他のメンバーに劣るものの、地力の違いでカバーして見事に滑ってみせている。

「え? 光ちゃん飛び入りで滑ってるの? 私、絶対無理……」

「一応さっき、動画見たり動きや振り付け教えてもらったりしてたけど……あんなの光ちゃんじゃなきゃ絶対無理よ」

 いのりと亜子もショックを受けている。

 

「ははは……。器用だなあ、光さんは。」

 司も乾いた笑い声だ。

「なんだか、スターフォックスにも慣れてきて、コーチも変えてから、かなり自由奔放なところが出てきましたよね。初めの頃は周りに合わせようと自分抑えてたのが、自分が1番で司先生より優位、と思うようになってますね。あれは。

 こないだの国際戦優勝の影響もあるのでしょうが……ちゃんと手綱握ってくださいよ」

 ライリーは司にそういうと、鯨臥コーチに何か耳打ちした。

 鯨臥はそれを聞くと、最初驚いて目を見開き、次いで爆笑した。

 

―――

 

 ジュニアチームの演技が終わると、光は列中から飛び出してきて、真っ先にライリーの元に来て興奮して叫んだ。

「ライリー先生! スターフォックスでもジュニアのシンクロチーム作りましょう!」

「!?」

 光の目はイッていた。

 

 狼嵜光の本性は狼だ。

 狼は群れを尊び、群れで行動する。

 天才少女、絶対女王と呼ばれても、いつも光は自分と共に並んで駆ける者たち、群れの存在に飢えていた。

 だからこそ、怖じずに自分に喰らいついてくるいのりにも執着した。

 

 そんな光にとって、このシンクロナイズドスケーティングは自分の内に秘めた欲望にジャストフィットだった。

 群れと共に並び、群れと共に駆け、群れと共に跳ぶ。

 これこそが私の衝動! 

 それを見つけた光は居ても立っても居られなかった。

 

「いのりちゃん! 亜子ちゃんもやろう! ジュニアのチーム作ろう!」

「ええ!? あの、光ちゃん……」

「光ちゃん。私、すぐ大会なんですけど」

 あわてるいのりと、冷たい目の亜子。

 

 ライリーがひきつり笑いでとりなす。

「あはは。光ちゃん。あなたもみんなも大会近いからね」

 しかし、そんな言葉で光に灯った炎は消えなかった。

「じゃあ、JGPファイナルの後ですかね? シリーズの後とかにならないですかね?」

 明らかに舞い上がっている光をライリーは受け流しつつ、リンクの方に眼を向ける。

「とりあえず、まだ曲かけ練習あるから。そっちに集中しなさい」

 これには光も素直に従う。次の曲かけもシンクロのチームだ。

「はいっ!」

 

 元気よく返事した光だったが、意識はシンクロチーム結成に向けて暴走していた。いのりの隣に陣取ると、シンクロの魅力を宣伝し始める。

「すごかったよ、シンクロナイズドスケーティング! みんなで表現するのって、1人でやるよりずっと幅広い表現ができるし、みんなと同じタイミングでジャンプ決められた時なんて鳥肌立っちゃう! いのりちゃんもやってみない?」

 いのりはたじたじだ。

「え、えっと……」

 

 光はそこに畳み掛ける。

「シンクロを滑ってみると、すごく自分の表現の世界が広がるし、一つ一つの技も他の人と合わせて比較することで見直せるし……いのりちゃん?」

「……」

 いのりの様子がおかしい。リンクの方に目が釘付けになっている。

 

「くくく……」

「ふふふ……」

 ジュナやライリーまで笑いを堪えている。

「?」

 光もリンクの方に目を向けると……

 

 クリスタル・メッセンジャー・トーク。社会人チームに混じって司がいた。

 

―――

 

 先々月にみっちり合わせていた司にとって、急な飛び入りでも皆と合わせて滑ることは造作のないものだった。

 それどころか、先々月と同様、チームをよく見て動きの鈍いところを補い、良いところを引き出すように立ち回り、チーム全体のパフォーマンスを上げている。

 

 ただ合わせて滑ってみせただけの光が、「もっとこういうふうに滑りたい!」と思っていたところを、司は光の目の前でやってみせた。

 光は棒立ちで、顔を赤らめて司を見つめていた。

 いのりはドヤ顔だった。

 

 滑走を終えた司が戻ってくるのを、いのりはキラキラ目を輝かせて迎えた。

「司先生! すごいです! お疲れ様でした。感動しました! ちゃんとチームの一員になってて、みんなを引っ張ってて!」

「楽しんでもらえてどういたしまして。光さんもどうだった?」

「え!? あ、はい……すごくいい見本になりました」

 光はすっかり気を抜かれていた。

 

 そんな光の様子を見て、ライリーは計算どおりとほくそ笑む。

『思惑どおり。司先生の滑走を見れば、有頂天になってる光ちゃんも司先生を見直し、大人しくいう事を聞くようになるだろうと思ったらそのとおりだった』

 ライリーは司に目配せしながら口を開く。

「光ちゃんったら、すっかりシンクロが気に入ったようで、いのりちゃんや亜子ちゃんに、すぐシーズン中にでもジュニアチーム立ち上げないかなんて言い出して。

 司先生、どう思います?」

 

 司はライリーの意を受け、現実的なところを口にする。

「うちはまず、ジュベナイルのチームの立ち上げからですかね。コレだけでも結構ギリギリ、コーチ足りないくらいですしね」

 ライリーがそれに続けて畳みかけ、残念そうな顔をつくりつつ追い打ちをかける。

「司コーチも胡荒コーチもシングルと掛け持ちでのコーチだから。ジュベナイルチーム組む時はそれでなんとかなっても、ジュニアのチーム組むとしたらシンクロの方メインでやってくれるコーチ1人と……やっぱあと1人は専任でなくても欲しいわね。うち、世界戦とかで忙しいコーチ多いし。シーズン中は苦しいかな。

 そもそもシンクロのジュニアチーム組もうとすると、選手の人数も足りない。今いる選手が全員シンクロ掛け持ちでやりたいってならともかく。半分くらいがシンクロしてくれるとしても選手足りないわよね……」

 

「そうですか……」

 まとめにかかったライリーの分析に光がつまらなそうな顔をする。そこでライリーは付け足す。

「ジュベナイルチームから上がって来た子がノービスになる頃にはジュニアチーム作らないといけないかもね。『もう、君は大きくなったからシンクロできません。シンクロやるなら、よそのクラブ行ってください』とはいかないから。その時には光ちゃんもシングルと掛け持ちして入ってもらうかな」

 これくらい言っておかないと、シンクロやりたさに神宮のチームに入ると言いかねない。

「うう……」

 光が残念そうに頭を垂れる。

 

 そこへ光の後ろから思わぬ援護射撃が飛んで来た。鯨臥コーチだ。

「いやいや、ジュニアチーム作ること発表したらそれで人は来るよ。ジュニアに上がる前にシングルやめたけどシンクロならやりたい、なんて子は意外に多いから。東北の方から来ようと考えてる子もいるくらいだよ」

「え? ええ……そうですか……」

 ライリーは思わぬ伏兵に言葉を詰まらせる。

 

 鯨臥は、にこやかに、しかしはつらつと持論を展開する。

「あと、狼嵜光ちゃんはシンクロ試して見た方がい思うなぁ。なんか、特異な才能あるみたいだし。すると、彼女と一緒に滑りたいと思う子も集まるだろうし。

 コーチの人手の方は……やっぱりここはこうするかな。

 おーい! 蕨くん!」

「はーい。なんですか? 師匠」

「!?」

 

 シンクロのジュニア及び社会人チームのコーチ、蕨辰雄がやってきた。まさか?と、ライリーが目をぱちくりさせる。

 そんなライリーに構わず、鯨臥がマイペースに物事を進める。

「スターフォックスさん、ジュベナイルのチームの立ち上げに、ジュニアチームの立ち上げも視野に入れてるから、今シーズンからしばらく手伝ってきなさい」

「ういっす。了解っス」

 蕨コーチは二つ返事で返事する。

 

「え? いいんですか?」

 ライリーが目を丸くすると、鯨臥が手をひらひらさせて笑う。

「いいのいいの。先約あるから、来シーズンいっぱいまでだけどね。フルに使ってくれてもいいよ」

「フルタイムで!? それは……」

 チーム立ち上げも大変だが、JGPの出張続きで猫の手も借りたいところ。来シーズンまでの期限付きとは言えフルタイムで派遣してくれるのは凄く助かる。

 しかし、お世話になり過ぎて気が引ける。だが、断る事はできそうもない。

 

「ありがとうございます!」

 フリーズしたライリーに代わって、光が90度頭を下げて礼をする。ライリーもフリーズから復帰し、慌てて頭を下げる。

「うんうん。頑張ってね」

 鯨臥はにっこりえびす顔で微笑んだ。

 

 そんな様子のライリーの脇を司がつつく。ライリーがハッとして振り返ると、亜子が冷たい目でこちらを眺めていた。

「ライリー先生。そろそろ私の曲だから滑りますね。朱雀君もすぐですよ」

「あ! あらあらごめんなさい」

 この2人は来週末にはJGP第二戦、ラトビア戦だ。

 なんだか話が早く進み過ぎて大変だが、しっかりしないと。

 

 気を取り直して当面の目標に目を向け直すライリーに、ジュナが質問してきた。

「ライリーさん。大事な事忘れてません?」

「え? ええと……亜子ちゃんや朱雀君のラトビア戦じゃなくて」

「いえ、そうではなく」

 

 そこでジュナはしなを作って言った。

「立ち上げる新チーム、名前決めないと」

「……」

 

 チーム名は、ライリー・フォックスの『フォックス』からとって『裏をかく者、出し抜く者』という意味の『アウトフォクシーズ』となった。

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