結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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87話 JGP第三戦フランス 中編

 飛行場のある山を降りてすぐ、リゾート街の中にスケートリンクとホテルがあった。光たちがホテルに到着すると、懐かしい顔があった。

「理凰! 夕凪! 久しぶり!」

 

 夕凪が駆け寄ってくる。

「光ちゃん! 移動お疲れ様。……お疲れではない?かな? LINE見たよ。プライベートジェットに乗って来たんだって?」

「うん、そうなの……」

 なぜか後ろ暗い表情になる光に構わず、夕凪は子供のように羨ましがり、はしゃぐ。

 

「すっごーい! ねえ? もっと写真ない?

 いいなー。私たちなんて、ドイツ乗り換えでスイスに入って、大型タクシーで国境超えて来たんだよ。2時間半。山道の移動だけでくたびれちゃったよ。空港乗り換えや荷物チェックも面倒だったし」

「そ、そう……大変だったね」

 夕凪の勢いにたじたじの光。

 

 そんな二人の会話に理凰が水を差してきた。

「夕凪。やめなよ。

 光とは住む世界が違うんだから」

 

 これには光はカチンときて言い返した。

「何よ? うらやましいわけ? 私だって、偶々運良く、ライリー先生のコネで乗れただけで……」

 その言葉に理凰は取り合わなかった。

「あ、司先生いた。3Aのお礼言わなきゃ」

 理凰はチェックインカウンターにいた司に気づくと、去り際に捨て台詞まで残して光の元を去ってしまった。

「……うらやましいとか思えたらまだなあ。運が良くて手に入るものの次元が違いすぎるよ……」

 

「……もー。何あれ?」

 光がふくれる。夕凪がフォローする。

「ごめんね。ちょっとナーバスになってるみたい。

 それより聞いたよ。スターフォックスでシンクロナイズドスケーティングのチームができて、光ちゃんも入るんだって?」

 光は情報の速さに驚いたが、すぐ元気な返事を返した。

「うん! やってみたらすごく面白くって。

 でも、まだジュブナイルのチームから立ち上げ準備してて、ジュニアのチームはその後。コーチもこれから揃えるとかだからいつになるのかな……。神宮FSCの人も手伝ってくれてるんだけどね。

 ちょっと影響受けて、今回の振り付けもちょっといじったりして。見てみてね! シンクロ、本当に面白いよ!」

 夕凪は意気揚々とした光の様子に安心した。

「そう……光ちゃん、バイタリティーあるね!

 でも、負けないよ。頑張ろうね! 光ちゃん」

 

―――女子ショートプログラム

 

 八木夕凪は緊張していた。滑走順がよりによって光の直後を引いてしまった。

 今まで、光の直後に滑って調子を崩さなかった選手はほとんどいない。それどころか、光の後に滑る選手は皆軒並み調子を崩す事が多い。

 もう、光の演技を見るのはやめようかとも思ったが、ライバルである光の演技を見ないようにするのはありえない。しかも今回は「見てみて」とまで言われた。

 これで怖気付くようなら、光のライバルである資格はない。光のライバルはいのりではなくこの私だ。

 

 現在、フランスのアルエット選手が1位、アメリカのロビン選手は軽いミスがあるも僅差で2位。二人とも、夕凪の目標点を少し上回る。

 光はさらに上回るだろうから、自分はノーミスでこの2人を上回らないと4位。フリーでは新しく習得した3Aがあるから巻き返せるかもしれないが、ファイナル進出が厳しくなる圏域だ。

 

 夕凪は、震えながらリンクを見つめていた。

 

―――

 

 ライリーは司と光の出番を待っていた。

 ライリーは聞いた。

「光ちゃんの振り付け、だいぶいじりましたね。動画でも見ましたが、いきさつをもう一度まとめてもらえます?」

 司は頭をかきながら伝える。

「いやあ、だいぶ苦労しました。キッカケは光さんの『なんかこの振り付け、おかしいかも。変えたいです』という言葉でした」

 ライリーは苦笑する。去年の全ジュニのフリーの前夜と同じだ。

「ふふふ。お姫様はどんなご注文を?」

 司は説明する。

「よく聞き取ると、特に戦いのシーン『一匹で戦っているみたい、群狼なのに』というところ。確かに集団戦というより、たった一人で戦ってるような振り付けです。

 て、それが芸術性を損なっている『おかしい』違和感にどう繋がってるのか。考え、至ったのは視線のアピールでした」

「視線、ですか?」

 ライリーも光の視線、ジャッジアピールが弱いなと思って指導したことはあったが、司はどう捉えたのだろう?

「ええ、光さんの視線アピールはこれまで、技の直後の『どうだ!』と、出来栄えを確認させるアピールばかりだったんですね。戦闘でいうと倒した相手を睨みつけるような」

「……まあ、そう言われれば……知らず知らず夜鷹さんに似せてしまってましたかね」

「そうなんです。自分もそれを光さんの良さや個性と見誤ってましたが……まあ、あとは実際の演技を見てやってください。それがわかりやすいですから」

 自信満々の司の表情に、ライリーも期待が膨らむ。

 

―――

 

 やがて、光の演技が始まる。

 すぐにライリーにもわかった。視線と技の前振りが連動してる。そればかりか、会場の注目をまとめて自分の次の技に集中させる。

 

「これは……」

「ええ。これが彼女のたどり着いた、彼女の選んだ『群狼』に相応しい振り付けです」

 彼女は先頭に立ち戦う狼の一匹。しかし、他の狼を率いていることを感じさせる見返りの視線を会場中に送る。特にジャンプで後ろ向きになる時に、率いている仲間を鼓舞し、共に敵に挑もうとする、群れの長を演じている。

 

 今まで光のジャンプは「いきなり飛ぶからわからなかった」と言われるような、良く言えばスッキリとした、悪く言えば唐突感のあるジャンプだった。それで審判員が技を見過ごすわけではないから大して問題ではなかった。

 しかし、こうして思い切って、前振りでわざとらしいまでに次の技への期待を煽るような視線の誘導を入れさせると、演技全体のパフォーマンス性が大化けした。今まで静かでシンプルな演武のような印象の演技が、戦場の熱量溢れる狂乱を描いた映画のワンシーンのような広がりを見せた。

 これは、動画で見てもわからない。観客と共に作り上げられる会場の空気をも計算しないとできないことだ。

 大きく、目まぐるしい視線の動きが上半身の動きを補い、全周の観客席を巻き込むようなアピールがリンクを広く広く使っているような威容を形どった。

 

 そして、何より……光にはこれが似合っていた。

 眩く強い輝きが他の者を萎縮させ、孤高を駆ける疾走者から、観衆をまるで舞台の一部とするような、その進撃の戦闘を駆ける導き手へと変貌を遂げた。

 観客が駆り立てられ、立ち上がり、手拍子まで始まる。

 

 それに加え……

「あれ? 最初のコンビネーション、3A+3Tでなく、3A+3Loでした?」

 驚くライリーに司が答える。

「はい。演技全体のパフォーマンスが上がったので、これほど高難度なジャンプでも、演技の中に自然と組み込めるかと。3A+3Tからの差し替えは公開練習での調子を確認してからでしたが」

「……この短時間で、これほどの修正を……」

 昨年の全ジュニのフリーで行ったライリーの修正は、一晩しか時間がなかったとはいえ、「夜鷹からちょっと変えた」だけで「光らしさ」までは辿り着かなかった。高難度ジャンプを詰め込むだけでPCSを殺していた。

 そもそも、「夜鷹らしさ」から抜け切っていないばかりか、「夜鷹らしさ」の一部を「光らしさ」と見誤っていた。

 

 彼女の本質に気づいていなかった。

 そう、彼女は女王。

 女王には臣民がいなければならない。観客こそ彼女の臣民なのだ。

 

 演技が圧巻のうちに終わっても、観客の胸の中の熱いものは消えていなかった。

「……感服しました」

「ありがとうございます! これでファイナルまでいかせていただきます!」

 ヘッドコーチからのお褒めを頂けたと意気揚々とキスクラに向かう司

 やがて、圧倒的な点差で光が1位の椅子に据えられた。

 

―――

 

 そして、夕凪の滑走順

 光の点数は目標点より7点以上高い。この差を覆すのは無理だ。

 夕凪は悟った。

 

 しかし、心は決して絶望には包まれていなかった。

 むしろ、光の熱を種火として燃え上がり、光の滑走に続いてリンクに上がれることを誇りに思える。

 胸の中に湧き上がるのはなんだろう。

 ああ、これは氷の上で滑れることの喜び、氷上の人への憧れだ。

 

 光ちゃんの演技は変わった。今までのような冷たく暴力的な美しさを見せつける演技ではなく、皆を鼓舞するような熱い演技だ。

 早く光ちゃんのように滑りたい。

 私の3Lz+3Loを見せてあげたい。

 

 意気揚々とリンクに向かう夕凪

 もう、その身体は光の滑走前のように震えてはいなかった。

 

―――

 

 滑走が終わり、キスクラで鴗鳥慎一郎ヘッドコーチと得点発表を待つ夕凪

 その表情には光に挑む悲壮感の代わりにやり切った充実感が溢れている。

 慎一郎も固唾を呑んで見守る。

 

 発表された得点は自己ベストで、フランスのアルエットを抜き2位に付けた。考え得る最高の結果だった。

 慎一郎に抱き着き跳び跳ねる夕凪

 

 この日を境に、光の滑走後の選手が調子を崩すことは少なくなった。

 むしろ調子を上げてくることが多くなり、スケーターやファンからは、

 

『導きの光』

 

 と呼ばれるようになった。

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