結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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88話 JGP第三戦フランス 後編

 フリーの滑走が終わり、表彰式。

 1位は日本の狼嵜光、2位はフランスのアルエット・デュボワ、3位は日本の八木夕凪となった。

 八木夕凪も3Aを成功させる等良い演技だったが、観客の声援の後押しを受けて4Sを成功させたアルエットがショートの点差を覆して夕凪を抜き、地元選手の意地を見せた。ジュニア初年度なのにそら恐ろしい選手である。

 ライリーの師、デボラの教え子のロビンはミスがあり4位に終わった。

 

 この時点で、日本の狼嵜光の女子ファイナル進出一番乗りが決まった。金メダル2つの圧倒的な内容。

 そして、このフランス大会は世代交代を如実に物語るものとなった。4位までの選手が全てジュニア初年度か2年目という内容もさることながら、4回転ジャンパーや高難度コンビネーションをこなす選手もいれば、シニアもはだしのプレゼンテーションでPCSを稼いで来る選手もおり、と、選手の魅力の幅が広く、さらには全体的なレベルが高すぎる。その筆頭が日本という、フィギュアスケーターにとっては天外魔境の地で、特に女子は異常。年の差をものともせず、ジュニアの先達を追い抜かして熾烈な争いを繰り広げている。

 いや、今年の全日本シニアすら全ジュニから推薦で出てきた者が頭角を表してくるだろうことは間違いない。

 

 その筆頭角の狼嵜光が観戦席に入ると、すぐに他の選手が集まってきた。一番はもちろん夕凪だ。

「光! お疲れ様! 改めておめでとう」

「ありがとう! 夕凪ちゃんもすごかったね。3A決めて。キレイだったよ」

「ありがとう! うれしい!」

 はしゃぎまわる2人のところに外国人選手がやってきた。アルエットだ。

 

 アルエットは英語で乱入してくる。

「カミサキ・ヒカル。すごかったね」

 光はなんとなくフィーリングで感じ取り、日本語で答える。

「ありがとう。アルエットさんの4Sも見事だったよ」

 夕凪が辿々しい英語で通訳する。

「シー、セィズ。『サンキュー。ユーアーグレート、トゥー』」…

 

 そのあとは光はスマホを取り出して翻訳アプリを使い、もどかしいながらも会話を楽しんだ。

「スターフォックスにはユイツカ・イノリもいるのね。わたし、第7戦で当たる予定だけど、どんな選手?」

「いのりちゃんは4Sもすごいけど、スケーティングが素晴らしくて、安定してステップシーケンスレベル4取れるの」

「それはすごいわね。……あ、あそこに今座ったのが、この後滑る男子のアルファング選手。昔からの知り合いなんだ。今はクラブは違うけど、家も近かったの」

 夕凪がそれに続いて誇らしげに答える。

「日本の男子のソニドリ・リオウ選手は私と同じクラブ。銀メダリストのソニドリ・シンイチロウのメイコウFSCの選手で、ソニドリヘッドコーチの息子です」

「わあ。同じクラブっていいよねー」

 ここで、光は言った。

「私も去年までは2人と同じメイコウFSCの選手で、リオウとは同じ家に住んでいました」

 話が弾んできたためか、妙な対抗意識からか、光は余計なことまで語り出した。

「わあ、同じ家に住んでたんだ。どうして?」

「えっと、わたしは孤児で、才能を認められてソニドリ家に預けられたの。今は東京で寮生活」

「わぁ……なんだかシンデレラストーリー……でも今は2人は離れ離れなのね。切ない……」

 

 なんだかアルエットが妙な妄想を始めたようなので、夕凪は話を逸らそうとした。

「アルファング選手、なんだか落ち着かないというか、元気なさそうだね。調子大丈夫?」

 それに対して、アルエットは急な小悪魔の笑みを浮かべて言った。

「知りたい? 知りたい? 面白いよ!」

 別に知りたくは無いと答える間もなく、アルエットは喋りまくる。

「今年の夏、暑かったでしょ? 暑さを逃れてリンクに来る一般客多かったのね。で、その中にアルファングの知り合いの女の子もいて、一般滑走時間に練習してるアルファング見たのね」

 なんだか話が生々しくなってきたが、アルエットは面白がってべらべら話す。

「で、滑るアルファングがカッコいいって惚れちゃって、付き合おうって言ってきて……で、先週ちゃんとフったんだけど『あんな良い子を傷つけちゃって……』って勝手に落ち込んでるの。厄介ファン。迷惑よねー」

 本当にアルファング選手が落ち込んでいる原因がそれかは眉唾だが、夕凪は共感できるところがあった。

「あーそれそれ! 日本もすごく暑かったし、ファンクラブできるほど人気の子もいるから、今年の夏、追っかけの女の子3人も……」

 

 迂闊な発言だった。光が急に夕凪を冷たい表情で睨んで聞いてきた。

「そにそれ? 理凰にそんなのいたの!? まさかそれで今もナーバスになってるとか言わないよね?」

 夕凪は「しまった」と思ったが遅かった。名古屋は男子スケーター少なすぎで、こんな話をすれば理凰の話だと丸わかりだ。

 夕凪はうっかり点火してしまった爆弾をどうしようか悩んだが、仕方なく理凰にぶん投げた。

「そ、そんなの本人に聞かないとわからないよ!」

 

―――

 

 光は、本番前なのに元気なさそうにしてる理凰を見つけ出して、獣の眼光を抑えつつ声をかけた。

「あ、いたいた。理凰。

 今年の夏は厄介ファンが多かったんだって? それでまいってるの?」

 

「? 厄介ファン?」

 理凰には最初心当たりはなかった。光という絶対的正妻が不在となったことで、今年の夏休みは追っかけがリンクサイドに控える事になったが、彼女らファンクラブは鉄の規律を誇り、ローテーションを決めリンクサイドに複数人並ぶことはなく、理凰に黄色い声はかけても粉をかけることは決してなかった。なので『厄介ファン』の認識は理凰には全くなかった。

 

 理凰が、『厄介ファン』と思い巡らせてやっと該当者かと推測したのは、鵯朱蒴の母、ペンネーム「ありのみ」こと旧姓有野美幸だった。

 同人誌を描かれた事は知ってるが、流通するモノではないので自分も朱蒴も中身は知らない。まさか光に見られた? ……もしそうなら、恥ずかしいのはそんなモノを入手して見てる光の方なのでどうでもいい。理凰はとぼける事にした。

「ファンで悩めるほど大層なファンはいないから。ファンがいなくなる方が怖いよ。この試合で大コケとかしたら……」

 そうなったらジュニア合宿でネタにされる事はおろか、来年のJGPには呼ばれない恐れもある。

「厄介ファンでもいるうちが華さ。いなくなる方が怖い」

 

 もちろん、理凰はアルエット達と光との会話など知らない。光は氷の笑みを浮かべて問い詰めた。

「へえ? そう言えば去年私に、『ファンサを真に受けて調子に乗るやつが出たらどうすんの?』とか言ってたけど、自分はファンサに精だしたりしてないよね?」

「まさか!? ……そんな余裕なんてないよ」

 理凰は、これから滑走を控えた緊張する状況で、なぜ光はそんな事聞いてくるのか訳がわからなかった。

 

 しかし、考えてみれば、ホテルで会った時から光に余裕のない対応をしてきた自覚はあった。

 今も『余裕なんてない』なんて言ってしまった事、今までの振る舞いが余裕が無く、プライベートジェットとかつまらないことにまで光との隔たりを感じている事が、ともかく何より恥ずかしかった。

 だから、それを打ち消すように言葉に精いっぱいの気合いを込めて光に誓った。

「でも、光にはリップサービスしてもいい。『トリプルアクセル、絶対飛んでみせる』」

 

 その言葉には、将来イケメン確定少年のポテンシャルが超凝縮されて詰まっていた。

「……!」

 光は思わぬ不意打ちで返ってきた100点満点の答えに心打たれた。大満足した。疑う気持ちが遠く吹っ飛んだ。

『なんで、理凰を疑ったりしたんだろう。この子にがっかりなんてできない……』

 妙な疑いをかけていた自分の方を恥じた。

 言った理凰も恥ずかしくなり、顔を背けている。

 

 光の方は理凰に感じていた執着心を抑えきれなくなっていた。

「そっか! ありがと! じゃあ、私もリップサービスしなきゃね」

 

 理凰は顔を背けたままだった。

 光のこういうところが嫌いだった。

 金メダル2つで早くもファイナル進出を決めた光なら、どんな大口を叩いても実行してみせるだろう。ファイナル優勝でも、全ジュニ3連覇でも、推薦の全日本優勝でも。

 対して自分はこの試合で3Aを全部成功しても5、6位がやっと。酷く転けたら2戦目は無しで他の1戦派遣選手に2戦目枠を回されるかもしれないとすら思ってる。

 光とは何もかも違いすぎる。

 

 だから、光のリップサービスは怖かった。

 何を宣言されようと、自分はそれに押し潰されるような劣等感を感じてしまい、先ほどの宣言に込めた気合いもしぼんでしまうだろう。

 しかし、耳をふさぐこともできない。理凰は罰として頬を打たれるのを待つ子供のように、目を閉じ顔を背けて震えながら光の言葉を待った。

 

 だが、鼓膜に言葉はこなかった。代わりに背けた頬に軽く、温かく、湿った感触があった。

 

 光のリップサービスは物理的だった。

 

「……!?」

 一瞬何をされたかわからなかった。5秒ほど遅れて何をされたか気付いた理凰ががばっと顔を上げた時には光はいなかった。

 向こうから慎一郎が来たのが見えたせいだろう。

 

 やって来た慎一郎は理凰に声を掛けた。

「光が来てたのか。そろそろ軽く身体を動かしておきなさい。……もう、アップしていたのか? 呼吸が荒いぞ?」

 

 この一部始終を廊下の陰で見ていた者がいた。

 アルエットだ。

「見ーちゃった♪ 見ちゃったもん♪」

 

―――

 

 帰りのパリまでのプライベートジェットの中、アルエットは光に「リオウという選手はすごかった。もっと話が聞きたい」と言ってきた。理凰が4位と好成績を残した事に気を良くしていた光は、ついつい、幼い頃の話等の要らない事までべらべらしゃべってしまった。

 

 恋バナが嫌いなライリーは同乗していたアルエットの叔母が気を利かせて奥のVIPルームに連れていってしまったし、司も疲れて寝てしまっていたので、彼女達のおしゃべりを止める者は誰もいなかったし、アルエットがどのような子か誰も気付がなかった。

 

 アルエットがとっても恋バナ好きで、想像力もたくましいおしゃべりな女の子であることや、人の噂が飛行機よりずっと速く飛ぶことを光が知ったのは、空港で迎えに来ていた胡荒コーチに会った時だった。




もちろん、アルエット選手は日本語がわかる能力がある訳がありません。
代わりにあるのは有り余るセンスに基づいた、無限の想像力
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