――― 日乃出大学附属桜佳中学、文化祭
獅子堂星羅と狼嵜光はクラスの出し物の占いの館の開始前の準備をしていた。狼嵜光は今日はほとんど占い師役だ。特競部代々受け継ぐ衣装をつけると、本人の顔立ちと化粧の効果もあり、本職のロマの占い師のようだ。
「なーなー。なんか光ちゃん、JGPもすごかったけど、なんか海外で光ちゃんの正体は忍者の末裔かとかすごい話題になってるな」
光は目を伏せ、困った顔で答えた。
「……まあ、忍者でもいいけどね」
両親は他界しており、養親はよくわからない。もう忍者でもヤクザでも構わないから血縁を持つ存在がいてくれればと思う。
アルエットのせいで光と理凰の噂はスケート界隈では話題になっていたが、元の情報源からかなり想像力が豊かな脚色がなされていたこともあり、今では少なくとも日本国内はまともに取り合わないレベルのファンタジー話になってしまっていた。
昨日アルエットのファンのフランスの動画投稿者が明らかにしたところによると、「『狼嵜』という名字は日本には彼女以外確認できず、おそらく彼女はニンジャの末裔。ニンジャの技を盗んで金メダルを取ったヌケニン夜鷹純の行方を追うため、ソニドリ家に調査に入った刺客と思われる」とのこと。
なお、数日前のは「ソニドリファミリーはもっとも優れたスケーターしか跡を継ぐ事を許されないが、養子の狼嵜光がソニドリ式4Lzを跳んだために理凰は廃嫡されそうになった。光は身を引いてスターフォックスに出奔した」という考察動画だった。この動画には「狼嵜光が跳んだ4Lzはソニドリ式ではない」と反論動画がスケート選手からあがっていたが、ツッコむところはどう考えてもそこではない。
まあ、一部の動画投稿者達には「訴えられたりしないよう、ワザと眉唾に話を書く」という傾向もある。「大谷翔平の故郷の街◯◯の紹介」という動画はシャドウバンをくらっても「日本の◯◯は実は忍者の隠れ里で、大谷翔平や果心居士もこの街の出身らしい」という動画は見逃されることが多い。
そんな訳なので、光と理凰の関係も、幸いな事に数々の眉唾話に埋もれて、少なくとも国内では気にされてはいなかった。
「友達のスペインのスピード選手の子からLINEで質問来たよ。『クラスメートの狼嵜光はニンジャか?』ってさ」
「へー。何て答えたの?」
「『忍者は秘密だからわからない。表向きには巫女の末裔』ってフいといた! あはは。そうしたら……」
「そうしたら?」
「即、『ヒノカミカグラを踊るのか?』って返って来てビビった。何で5秒でそんな所につながるん!? とりあえず『宗派違う。彼女の得手は占い』ってごまかした」
そういうと星羅はスマホで占い師姿の光をパチリと撮った。
「これで、証拠もOKと」
「……そんな感じでよろしく」
光が恐れてるのは、理凰が自分との噂話で動揺して競技に影響してしまう事だ。自分が種子を蒔いてしまった騒ぎで理凰を悩ませたくない。翌々週のJGP第5戦トルコ戦に集中してもらいたい。自分はもうファイナル進出決めたし、忍者でも歩き巫女でもロマでも、変な注目を理凰から離してくれるなら何でもいい。
やがて、チャイムが鳴り文化祭開始の放送がかかった。
JGPファイナル進出の件でニュースにもなったし、光の占い師姿目当てでミーハーな子がたくさん来るかも、と思っていたが、意外な客層が列を成した。
最初の客は女子バレー部の新キャプテンだった。スマホを取り出して、選手の写真を見せてくる。
「お願いします。相談の内容なんですが……新チームの編成がまだ固まらなくて、特に、セッター候補が多すぎて……この4人のうち誰か1人をリベロに転向させ、1人をベンチから外さなければならないんです。占ってもらえますか?」
え?
……重い重い重い重い!!
文化祭の占い師に決めてもらう事じゃない!
狼嵜光は自覚はどうあれ、この体育会系校の校内で「世界レベルのアスリート」として認識されていた。そして、まだ若い中学生アスリート達の中には「狼嵜光は世界レベルの直感力を持ってるかもしれない」と考える者も少なくなかった。
どんな競技も最終的に直感で決めなければならない事は試合内外問わず多く、占いに頼る選手も実は意外に多い。若い女子ならなおさらである。
そこに「世界に名だたる狼嵜光が、今日だけ占い師」となれば、こうなるのは不思議ではなかった。
光は仕方なくデッキを選ぶ。動物系のデッキを使おう。人数分めくるか。ぺら、ぺら、ぺら、ぺら。
「……キリンのスピリットの出たこの選手、膝のサポーターって成長痛ですか?」
「はい。一番真面目に練習する子なんですけど、成長痛が去年から長く続いてて。そのせいで伸び悩んでて……」
「うちのクラブにも成長痛が遅く長く出てすごく背が急に伸びた子いて。この子も背が伸びるかもですね」
「!! ありがとうございます! では、この子は身長伸びるのに期待して一旦ベンチから外します。では、リベロに転向する子は……?」
「スカンクのカード出た子が防御力高そうかな?」
「ありがとうございます! これで決まりです! 本当にありがとうございました!」
最初からどっと疲れた。
選手の未来を左右するような相談は神経疲れる。ミケの時のような適当な恋占いとかの方がマシだった。
バレー部キャプテンが占いテントから出て行く時にチラと列を見ると、各部のキャプテンっぽい子が並んでいた。男子もいる。
まさか、こんな感じの重い相談続くの?
そのとおりだった。
―――
午前の終わり際にいのりがやってきた。
「お疲れ……、見に来たよ。朝、大人気だったね」
「なんか重い占いばっかりで疲れたよ。いのりちゃんは一人で来たの?」
「最初は萌栄ちゃんと一緒に、隣のクラスのボードゲームカフェの出し物見に来てたの。来週、うちのクラスもボードゲームカフェやるから。
『スカイチーム』って、飛行機着陸する協力ゲームやってた。面白かったけど、フランスのクールシュベル飛行場に降りようとしたら、難しくて着陸失敗しちゃった」
光はクールシュベルのことを思い出し、苦笑いする。
「あー。あそこの空港、滑走路短い上に坂道でデコボコで怖いしね。ゲームでも難しいんだ……ところで、何か占う?」
いのりは特に考えてなかった。
「あ、考えてなかった。……! あ、そうだ、これこれ」
そう言うと、いのりはスマホでどこかの外国人のブログ記事を見せた。
「これ、お姉ちゃんが見つけたんだけど、夜鷹さんじゃない?」
光も見入った。記事は、とある南米系アメリカ人の記事で、先月に京都旅行中、立ち寄った甘味処の店内を撮った写真だ。
撮影された女性の後方の席に、別の席の日本人男性が映っており、背格好が夜鷹によく似ているが、画質が悪い。
「本人に見えるけど……でも、甘味処? 夜鷹さんらしくないなぁ」
夜鷹は食事、特に外食が嫌いで、甘い物も食べないので甘味処に寄るのはおかしい。向かいに座ってる男性はどこかで見た雰囲気はあるが、こちらから見ると後ろ姿なので全くわからない。
「これ、占うね」
光は意を決して、これで占いをすることにした。
「これは夜鷹さんか。夜鷹さんは、今、どこで何をしているか……」
いのりも息を呑む。
引いたカードは「鷹のスピリット」だった。
「……間違いなさそうね」
「夜鷹さんだね」
ドンピシャのカードを引いた。夜鷹を探して鷹のカードなのだから疑う余地もない。
「何してるんだろう? うーん。鷹のイメージって、監視や狩りだっけ? 何をしていたかでもう一枚引いてみるかな」
光はもう一枚引いてみた。
「『蛇のスピリット』か。秘密や変化を意味するカードだっけ? 秘密で何かやってるのかな? 悪い方向の変化もありえないわけじゃないけど……甘いものが好きになったのかな? 循環とか再生とか知恵とか他の意味も色々考えられるけど、何だろうな……」
「……とりあえず、元気そうで良かったね。光ちゃんのコーチ辞めちゃったって聞いてたから、ちょっと心配してた」
光もホッとした笑みを浮かべ、いのりに礼を言った。
「ありがと。実は、私の秘密コーチ辞めてから何してるか気になってたんだ。元気でいることがわかって良かった。実叶お姉さんにもお礼言わないとね」
いのりは照れて掌を向けた。
「わ、わたしも気になってたから……それじゃ、もう行くね。楽しかったよ。頑張ってね」
「ありがと。また練習でね」
―――翌週
今日は立川市立西第三中学校の文化祭。2年2組、萌栄といのりのクラスの出しものはボードゲームカフェだ。
カフェと言っても飲食物は出ない。来客がボードゲームを楽しむだけの出し物で、クラスの店員役要員がボードゲーム選びやルール説明、プレイヤー数合わせに入る。
部屋の一角には謎解き脱出ゲームブースが2つあり、こちらは謎解きマニアの生徒達が自分達の趣味丸出しで作ったものだ。
テーブルやゲーム置き場に並ぶゲームは、手作りのものもあれば、生徒が持ち寄ったものもある。100円均一の寄せ集めで作られたお手製感あふれるものから、家で使い込まれた年季ある重厚な箱入りのものまで。
そんな中目を引くのは、ユニフォームやコスプレで対応する店員役だ。中でも、いのりと萌栄の衣装の目立ちようは群を抜いていた。
フィギュアの衣装なのだから当然と言えば当然なのだが。
いのりの衣装は、実叶が昔使ったお古を手直しした、白鳥の湖の衣装。萌栄の衣装は人気海外アニメ映画のお姫様キャラクター。
それぞれ、母親の手作りだったり注文品だったりするが、部活のユニフォームや簡単なコスプレとはかけられたコストが違う。その差は皆の注目度となって表れていた。
いのりの学園祭を見に来た光は、その人だかりに驚いた。
「結構お客さん入ってるわね……。いのりちゃんいるかな?」