結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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93話 JGP第五戦トルコ 後編

―――女子フリー

 

 女子フリーは昨年のファイナリストであるミーアといのりの一騎討ちの構図となった。

 どの選手もすでに氷の影響は感じられなかった。本日午前の練習も含めた公式練習3回に、ショートでの滑走。これで氷に慣れられない選手はトップ選手失格だろう。しかし、ショートでの遅れを取り戻すには至らなかった。

 

 そして、ショートで2位となったいのりの滑走となる。

 冒頭の4Sをこともなげに跳ぶと、コレオでは王子との出会いを表す場面を見事に表現し、高得点を叩き出した。3Lzがギリギリだったものの減点はなく、順調なシーズン滑り出しとなった。

 

 キスクラでの点数発表を聞き、いのりは言った。

「やりましたね。先生」

「ああ。この点数なら大丈夫だろう」

 司も親指を立てる。

 

 しかし、キスクラから降りた時のことだった。

 いのりとリンク上のミーアの目が合った。

 いのりは司に聞いた。

「先生……本当に大丈夫でしょうか?」

 司も気になった。

 ミーアの目はどう見ても諦めていないばかりか、勝利を確信しているように見える。

「……計算上はね」

 そう言いつつ、司は脳内で再度検算を始めた。

 

 オーストラリア戦含め、これまでの大会で見せたミーアの手札では、コンビネーション2本目を後半に回そうが、ジャンプの出入りのアレンジで稼ごうが、いのりの点数を崩せるようには思えない。バックフリップも加点の取れる技ではない。

 

 氷には昨日のショートの時点で完全に慣れている。そうでなければ2A着地後のツィズルや、最終ジャンプにコンビネーションを跳ぶことなどできはしない。

 今日の公式練習では、各ジャンプとも回転数を抜いて確認しているだけのようだったが……

 

 しかし、あの自信のある様子。何か策があるのか?

 何か見落としがないか? 考えろ……

 

 その見落としは滑走が始まり、最初のジャンプの助走が始まった際に明らかになった。

 

 シャーッ……

 

「初手アクセル……!? 速い……ああっ!!」

 司は見落としを見つけた。手遅れだった。

 

 ショート前日及び当日では、氷に慣れず助走のスピードが定まらないようで何度もアクセルを練習していた様に見えた。しかし、氷に慣れずに助走が定まらないならショートであんな構成ができるわけがない。

 

 小雀白花も言っていた。

『ミーア選手、助走速すぎだべ。なんであんな速ぐなんのが、わがんね』

 慣れてなくても助走の速さを誤るような氷の質ではない。

 あれは、氷に慣れてなかったのではない。2種類のスピードの助走を試していたのだ。

 そう、このジャンプの為に。

 

……シュタッ

『!!! ミーア選手! トリプルアクセルを跳びました!』

 

―――

 

 ライリーは、観客席から表彰式を眺めるミーアの叔父、リアム・オセロットの隣に座って言った。

「やってくれたわね。リアム」

「やあ、ライリー。『やってくれた』って何を?」

 

 ライリーはスマホを突きつけて言った。

「白々しい……ここに映ってるの、あなたでしょ?」

 スマホの中には、近傍のアイスリンクで撮られた写真があった。

「今シーズンは『トルコの氷』が起こることを知ったあなたは、偽名を使って近場の別リンクを押さえた。ミーアが氷に慣れるための、そして3Aを隠すための練習リンクにする為にね」

 

 通常、大会期間中の練習用に他所のリンクを使うことはない。大会の実行委員会は公平性の観点からそのような行為を控えるように通告するし、そもそも通常は氷の質も会場のサイズや雰囲気も、リンク毎に違うので意味があまりない。

 しかし、この『トルコの氷』については、原因不明だがイスタンブール市内のアイスリンク全て同じような、特徴ある氷質になることが知られている。

 だからと言って、大会実行委も、誰も、まさか選手が個人練習の為にリンクを押さえるとまでは思っていなかった。

 

 リアムは口先だけの弁明をした。

「おいおい。ライリー。偽名だなんて人聞きの悪いことを言わないでくれよ。

 地元のアイスダンスのコーチに知り合いがいてね、今度そいつの結婚式の余興に一滑りすることになってる。だから、その事前練習の為にリンクを押さえてもらってたんだ。

 ……まあ、俺が滑ってない時に、俺の練習を見に来ていた姪っ子も滑ってた気はするがな」

 ライリーは呆れたような顔で言った。

「……はあ、もう。こっちの情報不足と言うわけね」

 自分の選手の為だけに大会期間中に近傍スケートリンクを貸し切るなんてことは、不公平だと見なされる行為ではあるが、罰則があるわけでもない。

 

「はは、まあ、しかし、もうお見事と言うしかないわね。

 ショートであそこまでリスク取って点数稼いだのも、ショートでトップになってフリーの最終滑走者になっておかないと、先に3Aを見せたらいのりちゃんなら4Sを2本跳ぶよう構成変更されてしまうと計算しての事ね……」

 リアムはニヤリと笑って返した。

「ショートを取られた時点で策を打たないそちらが悪い」

 

 リアムはそのまま思い出話を始めた。

「まあ、俺もこの『トルコの氷』には復讐したかったんだ。

 忘れもしない、ジュニア1年目のJGP。俺は氷に慣れる事ができず、ショートで大失敗して選手席の隅でしょぼくれていた……そう、ちょうどあの子のようにね」

 ライリーはリアムの視線の先を見て、鼻白んだ顔で言った。

「あなた。男子の試合全く見てないわね」

「何が?」

「あの男の子、ショート1位のソニドリ・リオウよ。あなたの金メダルの時の銀メダリスト、ソニドリ・シンイチロウの息子」

 リアムは訳がわからないといった顔をした。

「……? なんで彼、あんなに落ち込んでるの?」

「流石にそれはわからないわよ」

 

―――

 

「あはは。ミーアさん、光ちゃんとそんな話してたんだ」

「『いのりちゃん、今年はヒカルちゃんと同じクラブだって聞いてね。いのりちゃんのこといろいろ教えてもらったよ。仲良くていいね』」

 ミーアといのりはスマホの翻訳機能で会話を楽しんでいた。去年のファイナルの時には軽く会話を交わした程度だったが、今日は表彰式の後、ミーアから積極的に話しかけてきて連絡先なども交換した。

 

 試合では騙し討ちをするような形で優勝をかっさらっていったミーアだが、公式練習でも技を隠す事がどれほど難しく、リスクの高い事か理解しているいのりは、そのリスクを乗り越えてきたミーアに素直に脱帽し、遺恨を感じることはなかった。

 

 ミーアのほうは、今度はいのりから光のことを色々聞き出そうとしていた。今日、ファイナル進出を決めたミーアだが、狼嵜光と結束いのりは2人ともファイナルに来る可能性が高い。つまり、今ミーアがやっているのは選手交流に見せかけた敵情偵察である。

 残念ながら、いのりはミーアの意図を見抜くことはできなかった。

 

「『光ちゃん、ファイナルでは4回転跳ぶかな? 楽しみ! 4Tとか練習してる?』」

「ううん。跳ばないんじゃない? 練習してるところ見ないよ」

「(ふむふむ……練習はしてない、と)『あー。なんか心配だなぁ。腰とか痛めてるのかな?』」

「いや、それはないよ」

 ミーアは猫をかぶって、心配症のお姉さんのフリをしながら着実に情報を集めていった。

 

―――

 

 理凰は怯え、落ち込んでいた。

 いのりの敗戦を見た時、『これでアベック優勝はなくなった。朱蒴先輩も4Sは跳ばないかもしれない』と、顔を綻ばせてしまった。

 そんな理凰の表情を見透かした朱蒴は鬼のような形相で、「お前には絶対勝たせん」とだけ言って去っていった。

 絶対4S跳ぶ気だ……

 

 そこに、ミーアといのりがおしゃべりしながら通りがかった。ミーアはいのりに聞いた。

「『あの子、ショート1位のソニドリ・リオウよね。なんか元気なさそうね? なんでだろ?』」

「んーと。わからない。聞いてみるね」

 

 いのりは理凰のところに行き、理凰に話しかけた。

「理凰くん。大丈夫? そろそろ男子の試合始まるよね?」

「……」

 

 しばらくして、いのりはミーアのところに戻ってきた。

「光ちゃんに『優勝してファイナル行く』って約束したけど、守れそうにないんだってさ」

「あら。How bittersweet……日本語だと『アマズッパイ』かな」

 アルエットからの情報で光と理凰の関係に気付いているミーアは、生暖かい含み笑いを堪えて理凰の方を見つめた。

 

 いのりは不思議な顔をした。スマホとミーアを交互に見る。

「甘酸っぱい? 『bittersweet』? 『ほろ苦い』? 何が?」

「……」

 ミーアは瞬時に『ああ、この奥手な子は2人の関係に全然気付いていないな』と悟った。

 

 いのりは理凰に呆れ顔だった。

「私も光ちゃんと優勝の約束したことや、失敗した事もあるけど、滑る前からアレはないなぁ……一緒に練習した事もあるし、なんとかしてあげたいけど……」

 ミーアはいのりのその言葉を聞き、イタズラを思いついた。

「『そう、いのりちゃんは優しいね。カミサキ・ヒカルも使ってた、いいおまじないがあるよ。教えてあげよっか?』」

 

―――

 

 理凰は眼を閉じ、うつむきながら、何度も勝つイメージを掴もうとしていた。しかし、どうやっても負けるイメージと、光から失望の眼差しで見られるイメージしか浮かばない。思考が完全なマイナススパイラルに陥っていた。

 そんな状態だったので、ミーアといのりが左右後方から忍び寄るのに全く気付かなかった。

 

 ぴとっ

 理凰の左右の頬に、かたや生暖かく、かたや冷たい、湿った、柔らかいものが押し付けられた。

「……!? ……!!!!」

 混乱した理凰が一呼吸遅れ振り向いた時には、二人は一目散に逃げるところだった。

「てめっ! この……いのり! Miss Mia! Don't tease me!」

「Hahaha! 『イノリ、逃げるよ!』 Rioh. Must feel nice, being blessed by a goddess.」

「あははっ。理凰くん元気出たね! ごっですぶれすゆー!」

 二人は理凰を煙にまいて逃げていってしまった。

 

「……何なんだよ」

 後に残された理凰は真っ赤に顔を紅潮させ、立ち尽くした。幸い、脳がリセットされたためか、先ほどのマイナススパイラルに戻ることはなかった。

 

―――

 

「あははっ。ミーアさんの言うとおり、おまじないが効いて良かったです! ……もぐもぐ」

 いのりは騙されているとも理解せず、ミーアからもらった自由の女神形のコーラグミを、証拠隠滅とばかりに平らげた。

 

「You are welcome. 『どういたしまして』 ……もぐもぐ」

 スターフォックスに余計な不和の種を持ち込む事に成功したミーアは、袋からコーラグミを一つ取り出し、口に放り込んだ。

 




ミーア選手の描写まだあまりありませんが、適当に捏造してみました。
原作の方のフリーで3A跳んでたりしたらどうしよう…
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