結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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95話 夜鷹純と狼嵜光

―――3年前、邦和スポーツランド

 

 夜鷹純は極度のコミュ障で、幼児性の強い男だ。

 そんな彼にとって、小学生のお守りは苦痛でしかない。

 誰に頼まれても断る以外の選択肢はないと思っていた。

 

 しかし、親友の鴗鳥慎一郎から「バッジテストを受ける子供達の付き添いを頼みたい」と言われた時は、さすがに引き受けるしか無かった。

 何せ、その子供のうちの一人、狼嵜光は、自分が頼み込んで鴗鳥慎一郎に預けている子供である。住むところや学校、スケートの事など身の回りのこと全て任せきりにしている。夜鷹純本人は、深夜にレッスンをする時にしか会わず、光が通っている小学校すら知らない。

 

 しかし、夜鷹もそんな無責任な預けっぱなしが世間的にはよろしくない事は理解している。2、3年に1回くらい、たまたま都合が悪くなった慎一郎に頼まれた時くらいは断れない。

「しょうがないか……」

 というわけで、夜鷹は光と理凰を連れて邦和スポーツランドにやってきた。

 

―――

 

 理凰くんを連れていくのはまだ良かった。慎一郎くんの子であり、赤ん坊の時も見ている。やんちゃなクソガキで、時折自分の事を「ジジイ」呼ばわりしてくるが、そこがまたかわいい。元気な男の子という感じだ。スケートの方は今は年相応、まあまあといった具合だが、慎一郎くんの子だし、将来伸びるだろう。

 

 光を連れていく方が苦痛だった。

 まず、スケートリンクに行くのになんでこんなフリフリの少女趣味の服を着ていくのかわからない。

 

 次に、スケートの腕はずば抜けているが、それは見た技を真似できる驚異的な動作再現性の高さからくるものだ。そして、自分の技を見とらせることで、年齢的にあり得ないほどの技量を備えるに至っている。

 つまりは、自分の技を真似して、ラクして強くなってる。コレは真似できないだろうという技を見せても、学校休んでまで練習してきて習得してきた。才能ありすぎる。むかつく。

 

 恵まれた環境なのも虫唾が走る。

 最初は面倒な家庭環境にある不幸な子と同情する事もあった。大人の気まぐれでスケートをやらされる可哀想な子と思っていた事もあった。

 預かってみたら全然違った。洛湖だか狼嵜だか知らないが、「不自由がないように」とか言ってあり得ない養育費を渡してくる。面倒だからもう、慎一郎くんに直接送ってもらっている。試合も観に来ないのに、「そろそろスケート靴を買い替えてあげて下さい」と百万円振り込んでくる。ここまでくるとむかつく。僕の最初のシューズは先生のお下がりのボロいアイスダンスの靴だった。

 

 深夜のリンク貸切も法外だ。

 リンクひと枠貸切でのマンツーマン指導なんて、僕はジュニアに上がってからしか受けた事がない。しかも、そう頻繁にしてもらえるものではなかった。

 洛湖さんとの約束だから、取ってもらった深夜枠ではちゃんと光もリンクに入れて滑らせているが、むかつく。僕はクラブに入会するまで、リンクの入場代すらも親に出してもらえなかった。

 

 これで、自分の事をコーチと慕ってくるからまた手に負えない。指導法なんてわからないから、手本を見せて「やって」と言うだけなのに、それで上達していく。

 難しい技を見せたらさすがに正直に「できません」と言ってくるが、「何事にも犠牲が必要だ。学校休んで練習したらできるよ」と言ったら、本当に学校を休んで練習してきて習得してきやがった。

 僕は試合準備の為に学校休んだら親父に張り倒されたことがある。むかつく事この上ない。

 

 一番むかつくのは、理凰くんと仲が良い事だ。姉弟のように仲良くしているところを見ると、胸が灼けるような嫉妬を感じる。僕の方は……僕がスケートを始めたせいで、澄姉さんはスケートをやめさせられてしまった。

 

 ……そう言えば、最近の光を見ていると、何故か澄姉さんに似ていると感じる事がある。理凰君と2人でいる所を見ているとなおさらだ。あの優しかった澄姉さんに……。

 ……そんなわけないかと思い直す。他人のそら似、よく似ているだけだろう。

 

 光は理凰くんに、何かアクセサリーを自慢しているようだった。小学生のくせに。ブルジョワめ。

 首から下げているペンダントを開いて、何か見せているようだが……。

 ……ペンダントが開く!?

 

 何故今まで気づかなかったんだろう。あれはロケットとかいう、中に写真とかが入るやつだ。

 夜鷹純はつかつかと2人に近づくとロケットを奪い取り、中を確認した。

 もしかして……光は、澄姉さんと何か関係が?

 

 残念ながら、ロケットの中の写真は姉ではなく、老婆のものだった。

 狼嵜のババアのか。くそ……。

 むかついたので、そのまま窓からポイっと投げ捨ててしまった。

 

「……何するんですか!!」

「? 何? 光のロケットどこ? え? 捨てた!?」

 2人に一斉に責められた。ヤバい。しまった。

 

「何するんだよ! ジジイ!」

 げしっ……

 痛い。蹴られた。理緒くん怒ってる。そりゃそうか。

 ごめんと謝る間もなく、理凰くんは駆け出して行ってしまった。

「探してくる!」

 

「……どうして、そんな事するんですか」

 光の目が怖い。小学生のくせに。

 でも、理緒くんならともかく、この子には謝りたくない。適当フいてごまかそう……。

「……スケートには犠牲が必要だって、言ってるよね?」

 我ながら無理があると思った。

 

「探してきます……」

 光は半泣きになりながら外に行ってしまった。

 まずい。どうしよう。

 

―――

 

 夜鷹が外に出ると、2人は通路から降りた前庭の方を探していた。

 

 どっちの方に投げたっけ……

 意外と飛んでないかもしれない。

 夜鷹は通路脇を確認しつつ、落下予想位置に向かった。

「この辺か?」

 自販機コーナーだった。

 

 自販機にはいい思い出がない。

 昔、クラブに入れてもらえるまで、リンクの入場代を稼ぐ為に自販機の下や返却口を漁っていた事がある。昔はよく小銭が落ちていた。

 自販機の上や周りを見てみるが、ロケットは見当たらない。下はよく見えない。

「あの手しか無いか……」

 

 すぐ近くの喫煙所に防火バケツがあった。イライラついでに一服しつつ、水を汲んで自販機のところに持っていく。

 そして、勢いよく自販機の下に流す。

 バシャッ

 これなら……

 

 ガターンッ。カラン。カラカラ……カラン

 自販機の隣のくずかごが倒れた。残念ながら、自販機下から流れてきたものも、ペットボトルの蓋や吸い殻だけだった。

「ハズレか……くそ……」

 

 水たまりに自分の顔が映った。嫌な記憶が蘇った。

『やーい。びんぼうにん!』『どろぼー』『物乞い見っけ!』

 こうやって自販機漁りをしていて、他の子にからかわれ、いじめられた記憶。

 金メダリストになり、あんな奴ら見返してやったと思ってるのに、なぜこんな惨めな記憶が蘇るのか。

 

 やってしまったものは仕方がない。

 靴底で煙草の火を消し、イライラしつつくずかごを片付ける。

 そんな時だった。

 

「ピ♪ タンタカタン♪ タンタカタンタン♪」

 光からの着信だ。くそ……。

 

 パカァン!

 

 つい、スマホを壁に投げつけて壊してしまった。

 イライラを治める為に煙草に火を点ける。

 近くにいた小学生の女の子が、怯えた目でこちらを見ていた。恥ずかしい。

 

―――現在。某リンク出入り口

 

 そう言えば、思い出した。

 あの時の女の子も結束いのりちゃんだった。あの、麦茶かけてきた子。

 

 しばらく後、名港杯で司君と合った時は、麦茶のいのりちゃんはまだ初級だった。光の友達らしかったからといって、ついつい邪険に扱ってしまった。

 それで司君まで怒らせてしまった。あれは失敗したな。

 

 あんなにアイスダンスが上手かった司君がコーチなんてやってる、しかも、小学高学年でまだ初級だった子なんて教えてるというから、もったいなくて「バックフリップ覚えてキャスト目指したら?」と薦めたこともあった。正直、司君の演技の方が見たかった。

 

 でも、あれから、いのりちゃん上手くなったなあ。あんなに上手くなるとは思ってなかった。今となってはこっちが間違ってたと思う。悔しいけど。

 あと、スターフォックスでいのりちゃん、光とうまくやってるらしい。悔しい。

 しかも、光の担当コーチも司君になってしまった。これも悔しい。

 

 僕も、理凰くんや光とはもう少し仲良くしたかったかなあ。あーあ。いろいろやらかしたし、仕方ないか。

 まあ、理凰くんとはまた近いうちに会えるか。

 とりあえずは光からは逃れられて自由だし、今やることの準備をちゃんとしないとな。

 

 そう思ってたらうるさい奴がやってきた。

「あ、夜鷹さん。いたいた。……また煙草なんて吸って。ちゃんとしてくれなきゃ困りますよ。今や、どこのリンクだって全面禁煙なんですからね」

「……タバコありのリンクとか、ダメ?」

「ダメです」

 

 夜鷹はタバコを消すとリンク内に戻った。

 

―――スターフォックスリンク、スタッフルーム

 

 胡荒亜子は、光に直球で聞いてみた。

「その、なんとなくわかっちゃったんだけど。

 やっぱり、光ちゃんの元コーチって夜鷹純さん?」

 光は驚いたが、ごまかす意味もないと思った。

「わかっちゃった? どのへんで?」

 

 亜子は失礼な言葉を隠さずに説明した。

「生徒の人間関係とかに口出しする、性格終わってるけど凄腕のコーチで、慎一郎先生からクビにされない人って考えて。

 レオニードさんの振付もらえてるからR国のメダリストの人とかかな、それなら隠してるのもわかるって最初思ってたけど、光ちゃん何度かR国のスケート用語でカマかけても反応なかったし」

 光は冷や汗を垂らした。

「はは……そんな観察してたんだ」

 

 亜子は続けた。

「で、光ちゃんのジャンプとか細かく見ると、やっぱり夜鷹さんに似ているし、光ちゃんって、見取り稽古がすごく上手だから、ひょっとして、小さい頃から夜鷹さんの指導受けてたりしたら辻褄合うかなって」

 光は笑顔になった。

「名推理です。ありがと」

 

 亜子は頭に疑問符を浮かべた。

「ありがと、って? 私、人の秘密暴いて嫌われるかな、って思ってたんだけど」

 光は否定した。

「ううん。正直、秘密にし続けるのも苦しかったし、打ち明けて相談できる人が増えてもいいかなって。ライリー先生や司先生やいのりちゃんも知ってるんだけど」

 

「そうなんだ。夜鷹さんの指導受けてたのは、スターフォックスに来るまで?」

 亜子の質問に光は答える。

「ううん。全ジュニまで。

 全ジュニの後で『僕と同じ道を歩むなら、コーチを手離すところから』って言われて。

 今、何してるんだろう……京都で目撃されてはいるみたいなんたけど」

 

 亜子は目を見開いた。

「あれ? 光ちゃん、知らないの?」




夜鷹純はどんなキャラかというのもまだ本編からは断定できるところ少ないですが、ここでは「顔には出ないがスケート赤ちゃん」の造形でいきました。ここまで幼児性強い方が、知ってる人にはかえって愛されキャラでイケると思いました。
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