結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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96話 激闘前夜

―――スターフォックス

 

「夜鷹さん、今年のJGPでちょくちょく観客席にいるところを目撃されてるよ」

 亜子の言葉に光は目を丸くした。

「嘘……私の試合の時は?」

「ちょっと待って、確か、目撃情報まとめてた人が……あった。JGPの第2、4戦でそれぞれ観客席にいるところを目撃されてる」

「い、今やってる第6戦アメリカでは!?」

「まだ演技始まる時間じゃないからわからないね。もともと観客席でしか目撃されてないから。時間になったら見てみたら?」

 

―――翌朝

 

「いなかった……」

「いなかったらしいね」

 深夜の動画配信を目を皿にして見ていた光。SNSを確認した亜子。いずれも夜鷹純の情報は得られなかった。

 

「第2、4戦って亜子ちゃんが出てた試合よね? 亜子ちゃんは見たの? 亜子ちゃんは何か夜鷹さんと関係があるの?」

「自分の試合に精一杯で、そんなのわかるわけないじゃん。第2戦に来てた朱蒴君のお母さんは『ひょっとして……』と思ってたらしいけど。

 私の出場試合と関係あるとは思わないなあ。私、夜鷹さんと何も関係ないし。偶々じゃない?」

「……私の試合には来てくれてないのに」

 恨みがましい目を向けられた亜子は困った顔をした。

「そんなふうに言われてもなあ。あ、この隣に座ってるおじさんは誰か、光ちゃんは分からない? 2、4戦とも同じ人が座ってるみたいだけど……」

「見覚えない……」

「あと、2、4戦とも、シングルだけじゃなくぺアやアイスダンスまで全部見てるみたい。スケート関係者かも? 他の人にも聞いてみたら?」

 

―――

 

 昼前、リンク練習のあがりの整理運動のタイミングで光はあちこちに聞いてみた。

「司先生、かくかくしかじか……この人、夜鷹さんの手がかりになるかもしれないんですけど」

「どれどれ……分からないなぁ。夜鷹さん、何してるんだろうね」

 司も夜鷹の事は聞きたい。光の育成方針には迷う事が多いので、今に至る経緯をライリーではなく夜鷹に直接聞きたい。……ライリー先生はそこのところ、引き継ぎ上手くできなかったようだから。

 全ジュニのあの演技まで辿り着いた、今後どうするかよく考えなければならない状況で指導を投げ出した夜鷹には一言二言言ってやりたい。金メダルを取り続け、曲かけでの転倒を許さない方針については、夜鷹の口から撤回させたい。オリンピックまでの6年間をジュニアから国内外無敗で通すことは、20余年前の男子シングルではできたかもしれないが、今の女子シングルでは不可能だ。選手生命を燃やして目指す価値のある目標ではない……まして、オリンピックでの金メダルを目指すなら。

 ……自分で言えないところが痛いところであるが。

 

「ライリー先生は分かりますかね? 夜鷹さんの隣のこの人」

「分からないわねぇ……」

 

 続いて、胡荒、蕨コーチが見る。

「誰ですかねぇ」

「分かりませんねぇ」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「?」

 蕨コーチは嘘をついていたが、なぜ嘘をつくかは分からなかったので、ライリーも流す。

 

 大人たちが頭を捻っていると、生徒たちも集まってきた。いのりも何事かと見に来たが、夜鷹純の話とわかると興味を失って去ろうとした。

 そこを光がちょっと遠慮がちに呼び止める。

「えっと……いのりちゃんはこの人誰か分かったり、する?」

 

 いのりは面倒くさそうにスマホを覗き込んだ。先日の理凰の件のせいで、この2人の仲はまだ少しピリピリしている。

「……思い出せないけど、なんかの会社のTVCMで見たかな。じゃあね」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「え!? いのりちゃん!? ちょっと待って! もっと詳しく!」

 光が慌てていのりを呼び止めるが、いのりは少しイラついて黙ったまま行こうとする。

(あああ……いのりちゃん……)

 いのりの返答が小中学生にありがちな知ったかぶりの嘘と見抜いてるライリーは気が気でない。

 

 そこで、蕨が焦ったようにあわてて口を開いた。

「あっ。それで思い出した!」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「確かその男の人、アイチホールディングスの企画部長の藤原さん。広報誌によく載ってるし、TVCMにもたまに出てる」

 

「え! 本当ですか! えと、蕨さん。その人の事教えて下さい! あと、いのりちゃんもありがとう!」

「……役に立ててよかったよ。また夜練でね」

 光に礼を言われ、いのりは困り顔で答え、そのまま去っていった。

 

「よくいのりちゃん気づいたなあ……」

 蕨がボソッとつぶやいたのをライリーは聞き逃さなかった。いのりの知ったかぶりに気づいたのはライリーだけだった。あと、蕨が逆に、知っていたのに最初とぼけていたことも。

 

―――

 

「夜鷹さんが何やってるか見当ついて良かったね、光ちゃん」

 亜子の言葉に光もご機嫌だ。

「うん。思ったよりちゃんと仕事してそうで安心した。アイタイムスの過去記事には何もなかったけど、そのうち何か発表とかあるかも」

 

 蕨は『アイチホールディングスは自動車以外もすごく色々な事業やってるからわからないけど、元々フィギュアスケート部もあるくらいにフィギュアの後援に熱心。企画部長とフィギュアスケート観戦してるからには、夜鷹さんはフィギュアスケート関係の仕事に関わってるに違いない。何かの打ち合わせを兼ねてるんだろう』と、教えてくれた。

 フィギュアに関わってるならきっとまた会えるだろう。

 光はロッカーの中にとってある夜鷹のスケート靴を確認し、笑みをこぼした。

 

―――事務室

 

 事務室でライリーは蕨に尋ねた。

「蕨さんって、現役時代アイチ自動車のスケート部でしたっけ? さっき話題になりました藤原部長とは何かご縁が?」

「……藤原さんは当時アイチ自動車のスポーツ企画課長でしたから。まあ、お世話になりっぱなしでして」

 蕨の口調は重い。『お世話になりっぱなし』と言っていたが、やはりスケート部での現役時代、芽が出なかったことの引け目を感じてしまう人物なのかもしれない、先程すぐには『知っている人だ』と答えなかったのもそれが理由かもとライリーは推測した。

 

「藤原さんって、どんな方なんですか?」

 ライリーが聞くと、蕨は極めて事務的に、ビジネス上の背景を答えてきた。

「アイチグループでも色々やってらっしゃる方ですが、今年は世界ラリー選手権がらみで色々回ってらっしゃいますね。最終戦は日本ですから、そろそろ日本に戻られるかと。

 日本では水素発電を利用してエコなショッピングモールを作る計画が進行中、というか建設始まってますが、今はそちらを主に担当してらっしゃいますね」

「……あら、お詳しい。なんで、夜鷹さんとスケート観戦なんてしてらっしゃるんでしょう?」

 『ひょっとして蕨さんは何か知ってるかも』と聞いてみたライリーだったが、蕨から答えは返らなかった。

「僕の口からはなんとも言えませんね」

 

―――夜練、リンク

 

「こっちも気合い入ってるねー」

 亜子が氷上の朱蒴に感嘆の声を上げる。

 朱蒴は第2戦ラトビアで2位、第5戦トルコで1位と、28ポイントでファイナル出場を決めた。亜子は第2戦ラトビアで2位、第4戦アラブ首長国連邦で3位で24ポイントだったので、ファイナル出場は微妙なところである。

 

 今年の朱蒴は実力をぐんぐん伸ばし、もはやユースオリンピックの日本代表選出も間違いないだろう。元々、狼嵜光が来るまでスターフォックスのナンバー1、2を争っていた選手として、ここは負けてはいられない。

 亜子も気合いを入れ直してリンクに向かった。

 

―――翌日

 

 ライリーは第6戦女子シングルの結果を確認した。

「うわ、ロビンちゃん逆転した。第3戦で負けてた夕凪ちゃんにもリベンジして1位か。夕凪ちゃん2位、蘭ちゃん3位、第4戦で亜子ちゃんに勝って2位だったブラジルの子は4位……転倒しちゃったのか」

 ここまでの結果、狼嵜光は1位2回で30ポイント、ミーアが1位と2位で28ポイント、ロビンが1位と4位で24ポイント、亜子と夕凪が二人とも2位と3位で24ポイントである。

 第7戦では、既に1位を取っている鹿本すずとベリンダ、2位を取っているいのりとフランスのアルエット、この4人がファイナル進出に絡んでくるだろう。

 

 ライリーは司に確認した。

「司先生。やっぱり、今年ジャンプを戻してきているベリンダちゃんに勝てるかが、一つ鍵になってきますかね?」

 そう聞かれて、司は虚を突かれたようなマヌケな声を上げた。

「はい? なんでしたっけ?」

 ライリーは再度問い直した。

「第7戦の鍵はベリンダちゃんに勝てるかだと思いますが、どう思います?」

 

 司は少し考えてから答えた。

「えっと、すいません。1位を取ることしか考えてなかったので。すずちゃんにも勝つつもりで戦略組んでます」

 これにはライリーの方が虚を突かれた。

「あれ? まだこれまですずちゃんに勝てたことはなかったですよね? それに、今年のすずちゃん、3A連続ジャンプに加え、4T跳びますよ? 4Tも連続ジャンプ跳ぶか心配なくらいで」

 

 これには司も頭を掻きつつ答えた。

「それはわかっているんですが……自分もいのりさんも、すずちゃんに勝てないようなら光さんには勝てないと、1位狙いです」

 ライリーはため息と笑顔をこぼしつつ答えた。

「ふう、司先生は去年のタイ戦の時から全く変わってませんね。1位だけにこだわっている……夜鷹純でも目指してるんですか?」

 これには司も勘弁してほしいといった顔をした。

「いえ。そういうわけではありませんが……ただ、夜鷹さんには3年前の名港杯の会場で、『一生かけても狼嵜光に勝つことはない』と言われてしまったことありまして、自分にはその意趣返しをしたい気持ちがあるかもしれませんね」

 

 これを聞いて、ライリーは指折り年を数え、そして苦笑した。

「3年前の名港杯って、いのりちゃんまだ初級だった頃では? 今では流石に夜鷹さんも、その発言は取り消すでしょ?」

「どうですかね……まずは光さんを一回は倒してみせないと……」

 自信なさそうに大口を叩く司にライリーは呆れて言った。

「はあ、ライバルの2人に同じ担当をあてた私が言うのも何ですが、光ちゃんは倒されちゃっても大丈夫でしょうかね?」

 司が苦笑混じりに返す。

「まあ、光ちゃんも勝ちにこだわりすぎるところのある子ですが、負けてもそれを糧にできるとは思います。いのりさんだけじゃなく、鹿本すずも伸びてきてますし、全ジュニではいるか選手も……っと、競いあうライバルが多い事は良い事であり、連勝記録はその結果としてついてこればと考えます」

 

 ライリーは満足した笑みでうなづいた。

「そうですね。では、光ちゃんのためにも、いのりちゃんをファイナルに連れて行ってあげるとしますか」

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