結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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97話 JGP第七戦ノルウェー 前編

―――ノルウェー、オスロ。ソニア・ヘニースケート場

 

 いのりたち日本の選手団は、JGP第7戦の地、オスロに降り立った。

 鹿本すずは会場正面広場の、ソニア・ヘニーの銅像前に立つ。

「この人がソニア・ヘニーさんか。いのりちゃん。一緒に記念写真撮ろ!」

 

「この人、誰?」

 いのりが聞くと、すずは得意気に答えた。

「この人が、このソンヤ・ヘニースケート場のシンボル、ソンヤ・ヘニーさんや。すごい人やで。世界選手権10連覇や」

「10連覇!?」

 いのりも跳びあがる。

「そや。いまだに破られてへん大記録や。オリンピックも3連覇してるし、欧州選手権も6連覇……」

「はあ……」

 いのりは記録のすごさにため息しか出ない。すずは続ける。

「そして、何と言ってもすごいのが、引退後はハリウッドスターになったところやな。アイスショーや映画で大活躍して、当時『世界で最も裕福な女性の一人』とも呼ばれたで」

「そ、そう……」

 ハリウッドスターとかは、いのりにとってはどうでも良かったが、将来の芸能界入りも視野にある鹿本すずにとっては、ソニア・ヘニーは神様のような人物だった。

「ウチもこの人のようになりたいわあ。このスケート場に来るためにノルウェー戦選んだみたいなモンや。さあ、蛇崩先生、カメラを……」

 そこにフランス選手団がやって来た。選手団からアルエットが抜けて、銅像のところにやって来た。

「ハロー。あなたたち、日本のカモト・スズにユイツカ・イノリね。フランスのアルエット・デュポワよ。よろしく」

 お付きのスーツ姿の女性が通訳をする。

「そか、アンタがアルエットちゃんか。一緒に写真撮る?」

 すずが誘うと、アルエットは胸を張って偉そうに返してきた。

「いいけど、ワタシがセンターよ?」

 すずの目が一気に戦闘モードになる。

「ほう。ウチからセンターを奪えるとでも思ってるんか?」

 アルエットも傍若無人ぶりを発揮する。

「そっちは日本人2人なんだから、左右にバラけなさいよ」

 

 訳のわからない事で張り合って睨み合う2人にいのりが困っていると、車椅子でコーチを押しているベリンダ・ベルガマスコが通りがかった。

「あら、みんな。どうしたの?」

 去年のJGPでベリンダと顔見知りのいのりが説明した。

「このソニアさんの銅像と記念写真撮ろうとしたら、並び方で揉めちゃって」

 アルエットの通訳を挟んで事情を確認したベリンダは提案した。

「いのりちゃん、結構背が伸びたけど、まだ私より少し下ね。じゃあ、像の前に真横に並ぶんじゃなく、像と同じアラベスク・スパイラルのポーズをとって、少し斜めに並ぼう。順番は左奥が先頭になるよう背の高い順、私、いのりちゃん、スズ、アルエットの順。それで、カメラにはやや斜め後方から撮ってもらう。これで、私は先頭。いのりちゃんとスズはセンター寄り。アルエットはカメラに最も近い。真ん中後方に像もちゃんと入るし、これなら文句ないでしょ?」

「それいいですね! ベリンダさんありがとう! 2人ともそれでどう?」

 これにはすずとアルエットの2人も納得し、皆、撮影態勢をとった。

 

「蛇崩センセ、ポーズキツいから早よ撮って」

「はい。ほな、ワン、ツー、スリーでいくで」

 この写真は、ベリンダがすぐにブログにアップした。

 

―――リンク、前日公式練習

 

 会場での前日練習。

 指導陣や報道の目がリンクに注がれる。

 今大会は4回転持ちが3人もいる。主な注目の的はそこだ。

 

 ……シュタッ

「おおっ!」

 まずはアルエットの4S、続いていのりの4Sがギャラリーからの歓声を生む。

 

 しかし、それを見たすずは、

「もー。二人とも、明日はショートやで」

 と、4Tを跳ぶのを控え、代わりに3A+3Tのコンボを詰めていた。これにも歓声が上がる。

 すずの様子にいのりは、

「すずちゃん。調子悪い?」

 と聞いた。するとすずは、

「実はそうやねん。ちょっとウチの『世界一かわいいトリプルアクセル』のかわいさがいつもより10%ほど落ちててなあ……このままではいつもならひと跳びで100人は魅了できるところが90人に減ってまうで」

 と、おどけて答えた。するといのりは、

「うん。そうだね」

 と、真顔で答えたので、すずはすかさずツッコむ。

「そこは、『なんでやねん!』ってツッコんでくれんと、お客さん困るがな!」

「お客さん、って?」

 不思議な顔をするいのりに、すずは黙って後ろを指差す。

 2人の会話を聞いていたアルエットの付き人が、堪えきれず苦しそうに笑いを漏らしながら通訳している。

 

「ちょっと。うちの通訳を笑い死にさせる気?」

 アルエットが冗談半分で文句を言いにくる。

 すずは涼しい顔だ。

「これしきのノリについてこれへんと、関西では生きていかれへんで」

 アルエットはその言葉を通訳に聞き直す。

「そうなの?」

「Oui, une prime de risque est requise.……『はい。危険手当が必要です』」

 付き人は律儀にジョークを返した。

 

「ほらほら。すず。またインターバル長いで。漫才しに来たんとちゃうで」

 蛇崩が練習に戻るよう促すと、すずは、

「はーい。ほな、またな。いのりちゃん」

 と、練習に戻った。

 

 いのりはそんな2人にかまわず、司とタブレットでジャンプの映像チェックをしていた。

 そんな様子のいのりに、アルエットは上から目線で聞いて来た。

「ユイツカ・イノリ。私のクアドラプル・サルコウはどうだった?」

 

 いのりはきょとんとした顔の後、慌てて答えた。

「えっと、見てたけど、気になったのは……あっ、司先生、アルエットちゃんのジャンプ撮ってました?」

「いや、撮ってないよ」

 司が答えつつ、『練習の邪魔』と言わんばかりの冷たい視線をアルエットに送ったので、アルエットは、

「ふん! この次はよく見ておきなさいよ」

 と、怒って行ってしまった。

 

 アルエットが行ってしまうのを、いのりは残念そうな目で見送った。

「あ。アルエットちゃん行っちゃった……」

 いのりの残念そうな様子を見て、司はいのりに聞いた。

「もっとおしゃべりしたかった?」

「いえ。でも、アルエットちゃんとは仲良くしておきたかったかなと」

「はは、そうかい?」

 他国の選手とも打ち解けたいのかな、と司は思ったが、いのりの理由はもっと現金だった。

「だって、仲良くなったら司先生や光ちゃんみたくプライベートジェット乗せてもらえるかもしれないじゃないですか」

「……」

 司はズっこけた。

「練習中のおしゃべりはよくないからね。お話ししたかったらリンクの外でね」

「はい。わかってます」

 

―――同会場、喫煙室

 

「あ、見っけ」

 ライリーは会場の喫煙室で夜鷹純を発見した。

「2戦と4戦も見に来ていらしたんですね。声かけてくれれば良かったのに」

 ライリーが近寄って声をかけると、夜鷹はタバコを消しつつ面倒くさそうに返事をした。

「ライリーさんは忙しいだろうから」

 

 この男には聞きたいことが山ほどある。

 ライリーはさりげなく出口への通路を塞ぐと夜鷹に聞いた。まずは、光の件だ。

「鴗鳥先生と連絡とってます?」

「慎一郎くんとはこないだも話したよ」

「光ちゃんの事について、聞かれました?」

「? いや、何も」

「……」

 光の母親が夜鷹澄さんだという事は、まだ伝えられていないという事か。しかし、慎一郎がまだ話してない以上、自分から伝えるのもよくない。いつか伝えなければならない事だろうが……

 

 とりあえず、居所は押さえておきたい。

「連絡先交換しておきません?」

「やだ」

「光ちゃんのこともありますし、連絡先くらいは」

 光の事を持ち出して食い下がったが、けんもほろろだった。

「慎一郎君通して。

 僕、もう光ちゃんとは関係ないから」

 

 ライリーは怒りを抑えつつ、頭をひねった。

 光を夜鷹の元に戻したいわけではないので、ここでいきなり夜鷹澄の事を持ち出すのも良くない。

 と、そこで別の人間が現れた。

「おや、夜鷹さん。ライリー・フォックス先生とご歓談ですか?」

 ライリーが振り返ると、白髪混じりの眼鏡の壮年、アイチホールディングスの藤原企画部長がいた。

 

 するっ

 ライリーが振り返った隙をついて、夜鷹はライリーの脇をすり抜けると喫煙室から出て行ってしまった。

「あ、ちょっと!」

 ライリーが呼び止めたが、夜鷹は、

「この人も光のレッスンのこと知ってるから。それじゃ」

 と言って、走り去っていってしまった。

 

「ああ、夜鷹さん……。困ったお方だ」

 藤原部長が額に手を当て、ため息を吐く。いつもこの調子なのだろう。

 ライリーもため息を吐く。しょうがないので、この男から夜鷹の近況を探ろう。

「アイチホールディングスの藤原部長ですね? 蕨さんからお話は聞いてます。初めまして。スターフォックスFSCのライリー・フォックスです」

 

―――会場併設カフェ

 

 ライリーは藤原部長とカフェに行く途中、慎一郎と連絡を取り、夜鷹及び藤原部長と接触した事と、今後の方針を詰めた。

『とりあえず、光ちゃんと夜鷹さんに例のこと話すのは、シーズン後、改めて場を設けて2人を集めてという事で良いですね』

『それでお願いしたいと思います。澄さんの行方もわかりませんし。シーズン中は純君も光も混乱すると思いますので……。

 藤原さんとは別件で何度かお会いしたことがあるのですが、純君とお知り合いだとは知りませんでした。純君となにかお仕事上の関係が?』

『それもこれから聞こうと思います。わざわざ部長さんと世界あちこちのJGP会場で一緒だなんて、仕事で何かあるに違いありませんから』

 

 慎一郎との通話が終わると、ライリーは藤原部長に向き直った。

「あ、すいません。席、取れました?」

「はい、向こうのブース席に入れるみたいですね」

 うまい具合にブース席が取れた。密談には申し分ない。

「どうもすいません、藤原さん。お時間いただいて」

「いえいえ。金メダリストの方とお話の機会いただけるなんて光栄です。日本語ですいません」

 少なくともこの男は夜鷹からある程度信頼されている。でなければ、光のレッスンの事を打ち明けられるわけがない。

 

 こういう企業人からの話の聞き出しは、ライリーにとってはお手のものであった。ライリーは嘘を見抜く獣の眼光を潜めつつ藤原部長の向かいに座った。

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