九つの巨人全部喰う(完結)   作:雄魔雌

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01 孤独のグルメ

 腹が、減った。

 巨人の肉でもなんでもいいから、誰か俺に何か食わせてくれ。

 

 

 

 ウォール・ローゼ南部にある、地図にも載らないような寒村。土は痩せ、作物は育たず、獣の足音も聞かれなくなって久しい。冬が来るたび、家の誰かが痩せて、黙る。

 俺は、いつも腹の音を鳴らしていた。

 

 ある年の冬、母がふと呟いた。

 

「フィン、こっちに来なさい」

 

 その言葉に怒気はなく、ただ静かだった。

 十二歳になったばかりの俺は、いつも以上に鳴る腹の音を押さえながら母親に向き合った。

 

「もう、あなたの腹の音は聞いていられない」

 

 兄弟たちが目を伏せる中、母の隣にいた父が、無言で紙切れを押し付けてきた。兵団の募集書だった。

 

「明日、連れていく」

 

 俺は何も言わなかった。返す必要もなかった。

 ずっと気がついていた。いつも空腹で、どれだけ食べても満たされることのない口。作物は育たず、獣は現れず、人だけが増えるばかりの村。

 愛されていなかったわけではない。ただ、俺という存在は、愛情では賄えないほどに家族の重荷になっていたのだ。

 

 翌日、兵団の募集所で紙に名前を書いた。筆圧が強すぎて紙が破けて、兵士に笑われた。

「気合い充分じゃないか」

 気合いなどなかった。

 でも、兵士になればとりあえず食うには困らない。毎日の空腹から逃れられる。それは俺にとっても家族にとっても望ましいことだ。

 

 それなのに、どこか心は沈んでいた。

 心の奥底では知っていた。空腹よりも「追い出された」という事実の方がずっと重くて、それが自分の「空っぽ」の原因なのだということを。

 

 

***

 

 

「オレは調査兵団に入って、自由を奪い返す」

「またやってるよ」

 食堂で声高に自由を語るエレン・イェーガーを、俺は冷めた目で見ていた。

 

「自由を語って腹が膨れるわけでもないのにな」

「そういうお前はどこの兵団志望なんだよ」

 ジャンに聞かれて、匙を置いた。少し思案してから答える。

「……駐屯兵団以外にあんのかよ」

「あー悪い、まぁ上位に届かない奴はそうだよな」

 

 笑うジャンに、「いいよな、優秀なやつは」と投げやりに答える。

 正直、俺の訓練兵としての成績はそれほど悪くなかった。何でもそつなくこなす器用さがあったし、他人と合わせる集団生活も、特に苦じゃなかった。

 

 だが、入団当初の教官の叱咤を思い出す。

 どうも俺には「目的意識」というものが著しく欠けているらしい。

 

 誰かが「今日は飯が不味い」と文句を言っている。俺はただ黙々と食べ続けた。量が少なくて腹が立つとか、そういう気持ちは特になかった。ただ「足りない」。

 いつも、何かが、足りない。

 

 

 

 

 その夜、あまりにも腹が減って眠れず、フラフラと寮の外に出た。倉庫裏を通りかかると、サシャ・ブラウスがこっそり干し肉を齧っているのが見えた。

 

 彼女はこちらの気配に気づくと、一瞬硬直した。

 俺を仕留めようか迷ったのか、一瞬考えるそぶりを見せたが、結局「はい」と無理やりこちらの手に一欠けだけ投げて寄越した。サシャのその行動は意外だったが、俺は素直に小さなその肉を受け取った。

 

「ありがとう」

「ぐぎぎ……」

 

 その目はひどく悔しそうに歪んでいた。食いながら歯軋りをするな。別に誰かに告げ口するつもりなんかないんだが。俺も同じことをしに来たわけだし。

 

「人から食い物を分けてもらうなんて、初めてかもしれん」

「はい? そんなこと言う人、こっちこそ初めて見ましたよ」

 サシャは少し不思議そうに首を傾げた。

「あなた、なんて名前でしたっけ」

「フィン……ただのフィンでいい」

 

 俺達は倉庫の陰で黙って干し肉を分け合った。

「食べ物は兄弟で奪い合ってたからな」

「フィンのとこ、何人兄弟でしたか」

「もう覚えてねぇ。上も下も沢山いたけど、沢山死んだ。いつも腹を鳴らす音しか聞こえなかった」

 

 サシャは何も言わなかった。ただ、なぜか最後の小さな一片まで俺に押し付けてきた。盗み食いするほど食い意地の張った奴が他人に物を与えるというのが、ひどく不思議に思えた。

「これ、残してたんじゃないのか」

 俺がそう聞くと、

「口止め料」

 サシャはクスクスと笑った。

 

 一口ごとに噛み締めるように、サシャは目を細めた。

 その姿を見ていると、なぜか、胸がざわついた。サシャが笑って食べる姿を見ていると、なぜか「自分が持っていないもの」を直感的に感じてしまうような気がした。

 

 

***

 

 

「調査兵団が実験用の巨人を捕獲した。現場を見学したい者はいないか」

 

 教官の言葉に、一同は静まり返った。

 巨人実験の主任は調査兵団の変人として名高いハンジ・ゾエ。何をするのか分かったもんじゃない。そんな狂気の現場を見学しに行くなど、正気の沙汰ではない。誰も手を挙げようとしなかった。

 

「食事は出ますか?」

 ヘラヘラと手を挙げた俺の質問がふざけているように聞こえたのか、教官がこちらを強く睨みつける。

「ハンジに掛け合え」

 

「出るらしいぞ。サシャ、当然お前も行くよな?」

「肉はありますかね……」

「あいつら、やっぱり食い意地張ってんな」

 後ろで誰かがそう笑った。

 

 後に続いたのは、ライナー、ベルトルトの二人だけだった。

 

「サシャと仲が良いんだな」

 教官の話が終わった後、ライナーが肩を叩いてきた。

「別にそういうわけじゃ……」

「からかってるわけじゃない。お前いつも退屈そうな顔してたから、友人ができて人間らしくなったみたいで、安心したよ」

 その優しげな笑顔に、何故か不快感を覚えた。

「なんなんだあいつ。いっつも格好つけてんな」

 俺はライナーの隣にいるベルトルトに小声で言った。彼はただ苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 ハンジの実験は、予想通り狂気じみていた。

 壁外調査で捕らえたというニメートル級の小型巨人を鎖で縛り、様々な刺激に対する反応を調べている。

 ハンジは巨人の体に何度もブレードを突き刺しながら、それでいてまるで親しい友人に話しかけるかのように、巨人に声をかけ続けている。

 

「ねえねえ、どうして人を食べるのかな? 消化もできないのに!」

 

 ハンジは巨人の顔に迫り、その間も巨人は歯を鳴らし、何度もハンジを喰おうと試みていた。

 人間を喰う、それ以外の行為には何の意味もないかのような、一途な必死さで。

 

「あんな巨人でも『目的意識』があるのにな」

 思わず口にした言葉に、隣でサシャが首を傾げた。

「何ですか?」

「いや、あいつらはいいよな。目的が単純だから」

 

 ライナーとベルトルトがハンジを捕まえ、巨人の体からどこまで情報を得ているのか聞き込みをしている。真面目な奴らだ。そんなもん聞いて何が楽しいんだよ。

 サシャも他の兵士と何か話しているようで、捕えられた巨人の前に立っているのは、いつのまにか俺だけになっていた。

 

「……」

 突如、不思議な衝動に駆られた。鎖に繋がれた巨人にゆっくりと近づいて、正面からその目を見る。

 二メートル程度なら、身長だけ見ればベルトルトとそう変わらない。今は拘束されて座っているから、目の前のこいつは俺よりも小さい。それなのに頭の大きさと四肢が非常にアンバランスで、ちょっとした威圧感がある。

 

 繋がれたままの巨人が、俺のことをじっと見ている。

 その目に人を見下すようなものを感じて、心が苛立つのを感じた。

 

「お前、俺を喰うことしか考えてないみたいだけど」

 

 ハンジの狂った実験姿を眺めていた影響だろうか。つい、目の前の巨人に向かって話しかけてしまった。

 

「……いつ、俺がお前を喰わないなんて言った?」

 

 俺の声に呼応するかのように、巨人の喉から軋むような人間の声が漏れ出た。

 その不気味な声に、俺は息を呑んだ。足がすくんで動けなくなる。冷や汗が背筋を伝って流れ落ちていく。

 いくら小さくても、やはり巨人は巨人だ。人間とは根本的に何かが違う。そう思うと、どうしても恐怖という感情が溢れるのを止められなかった。

 

 なぜお前らは人を喰う。喰うことで何かを証明したいのか、それとも喰うことで人になりたいのか。

 それなら、もし俺がお前らを……喰ったなら。そのお粗末なオツムの中にある単純な「目的意識」とやらが、俺の中にも芽生えてくれるのか?

 

 

 震える心で問いかけた、その直後だった。

 目の前の巨人が突然、獣のような唸り声をあげて鎖を引きちぎろうと暴れ出した。地響きが足元から伝わり、恐怖で体が凍りついた。

 

「……っ!」

 

 地面に打ち込まれた杭が軋む音が耳に突き刺さる。鉄の鎖が限界まで張り詰め、一筋、また一筋と切れていく。

 巨人の顎が大きく開き、不揃いな歯と生臭い息が間近に迫る。眼前に巨人の咥内が赤黒く広がって――ギリギリで、止まった。

 鼻先まで迫った死の恐怖に、膝から崩れ落ちそうになる。

 

「うわっ、君、下がって下がって!」

 

 遠くにいたはずのハンジの叫び声が風を切る。ガスの噴射音とともに、立体機動装置のワイヤーが空気を裂き、一瞬でこちらに距離を詰めた。

 閃光のような刃の軌跡。

 巨人の後頭部が切り裂かれ、湯気を立てながら肉片が飛び散る。重たい音を立てて巨人が地面に崩れ落ち、熱い血飛沫が頬にかかった。

 

「あ」

 

 地面に着地したハンジは、目を丸くしていた。自分のしたことに気がついたらしい。

 

「間違えた……!」

 

 そして激しく嘆き始めた。両手で頭を抱え、砂埃も気にせずに地面を転げ回りながら叫ぶ。

「せっかくの貴重な被験体が! まだ調べ足りないことだらけだったのに!」

 

 狂ったように嘆くハンジをよそに、俺の目は、湯気を立てながら溶けていく巨人の姿に釘付けになっていた。

 膝の震えはもう消えていたが、まだ指先は震えている。頭の中で、さっきの自分の言葉が繰り返される。

 

 ――いつ、俺がお前を喰わないなんて言った?

 

 

 目の前でぐったりと項垂れた巨人のうなじが、湯気を立てながらまだ溶けずに残っていた。血も肉も、まだ蒸発していない。その生々しい光景に、心臓が早鐘を打ち続けている。

 

 一部始終を見ていた兵士達が、騒々しくハンジのもとに集まっていく。彼らの足音と興奮した声が、遠くでこだまするように聞こえた。

 一人取り残された俺の右足の上には、削り取られて飛び散った巨人の小さな肉片が、生きているかのように蠢きながら落ちていた。指の第一関節ほどの大きさで、まだ熱を帯びている。

 

 気づけば俺は、しゃがみ込んでそれに手を伸ばしていた。

 拾う必要なんかない。巨人が死ねば、こんなものはやがて煙となって消える。

 それなのに、手が勝手に動いた。理性が必死に「やめろ」と叫んでいるのに、身体は別の何かに操られたように制御を失っていた。

 

 近づけるほどに異臭が鼻を突いた。腐敗臭ってやつか? ドブの中で汚物が何週間も発酵したような臭いだ。

 生ぬるい蒸気が顔に当たり、鼻腔の奥が開き、腐臭がダイレクトに脳に伝わってくる。胸が痙攣し、胃の中身が逆流しそうになる。吐きそうだ。気持ち悪い。

 それなのに、俺は――

 

 何かに憑りつかれたように、右手に掴んでいた小さな肉片を、慌てて口に入れて――それを一気に、飲み込んだ。

 熱い。喉を焼くように熱い。そして異様に重い。まるで鉛を飲み込んだような重さだった。

 

 胃の中が燃えるように熱くなった。喉から何かが逆流しそうになる。……吐こうとした。必死で指を喉に突っ込もうとした。だが、できなかった。手が止まる。

 腹が、なんとも言えない充足感で満たされたような気がしたからだ。飢えていた空洞が満たされていく感覚。生まれて初めて食べ物にありつけた飢餓の子供のような、あふれ出る幸福感。

 

 

 

 一瞬、視界が歪んだ。

 俺は、高い位置から世界を見下ろしていた。建物が小さく、人間が虫けらのように見える。

 巨人の視界をジャックしたような感覚。生暖かい風が顔を撫で、遠くに見える人間たちが、燃え立つような飢えを刺激する。

 景色が変わる。どこかの知らない農場。優しい笑みを浮かべた女性が、俺――いや、俺じゃない誰か――の頭を優しく撫でている――

 

 

 

「……フィン! ちょっと、フィン!」

 サシャの声に俺は我に返った。

 彼女の顔が目の前にあって、俺の肩を強く揺さぶっていた。瞳に不安の色が浮かんでいる。

 

「大丈夫ですか? さっきから呼んでるのに。あれ、なんか口周りに赤いの付いてますよ」

 彼女の指が俺の口元を指している。咄嗟に手の甲で拭った。熱い感触。

「さっきの返り血で……」

 嘘をつく自分の声が、どこか他人のように響いた。言葉の裏に別の言葉が潜んでいる。

 

「いや。本当は……ちょっとだけ、巨人を食べた」

 思わず本音が漏れ出た。自分でも信じられない。

 

「はぁー……笑えませんよ。あんたほんとに変わってますね」

 サシャは呆れた顔で首を振った。彼女には冗談に聞こえたらしい。

 

 霧の中から目覚めたような感覚が全身を包み込む。

 体の中で何かが静かに、確実に変わっていく感覚。血管を流れる血液が別のものに置き換わっていくような錯覚。

 

 俺を喰おうとした奴を、俺が喰らった。

 俺が喰ってやった。

 奴は俺になった。いや、俺が奴になった?

 

 そして、心の奥底で微かな声が囁いた。

「もっと」

 

 

 

 

「ねえ、そこの! そこの君!」

 突然、背後から鋭い声が飛んできた。振り返ると、目を異様に輝かせたハンジが、まるで獲物を見つけた捕食者のように俺に向かって大股で歩いてきていた。

 

「あ……ありがとうございました。俺なんかのために、貴重な巨人を失わせてしまって」

「いやあれは私のミスだから気にしないで。で、君……」

 

 まさか、バレたのか? 背筋に冷たいものが走る。唾をごくりと飲み込んだ。

 

「さては、巨人にかなり興味があるね? さっきから、ずっと目が離せなかったようだけど」

 ハンジの目が俺の瞳の奥まで覗き込んでくる。透視されているような感覚に、息を潜める。

 

「あ、あはは……まぁ、そうですね」

「君、名前は?」

 名前を聞かれて、思わず背筋が伸びる。制服の襟元が急に締め付けるように感じた。冷や汗が滲む。

 

 巨人の肉を喰ったことはバレていない。息を整える。バレてなどいない。俺はただ、巨人に興味深々な訓練兵だと思われただけだ。

 

「第104期南方訓練兵団所属……」

 自分の声が遠くで響いているように聞こえた。

 

「フィン・トーテツです」

 

 

「へぇ。フィン……トーテツ」

 ハンジはゆっくりと名前を噛み締めるように繰り返した。その瞳に奇妙な光が灯る。

「そっか。面白い。名前、忘れないようにメモしとこ」

 小さな手帳を取り出し、何かを書き記す。その音が妙に耳に残った。

 ハンジの視線から解放された後も、胸の奥で鼓動が早鐘を打ち続けていた。

 

 

 

 

 その日の夜は、胃が熱くて眠れなかった。

 まるで火を飲み込んだような痛みと、同時に身体の奥底から湧き上がる力のような感覚。ベッドの上で汗まみれになりながら、俺は初めて感じる奇妙な充足感に酔いしれていた。

 

 夜が深まるほどに、感覚は鮮明になる。肌の下で何かが蠢いている気がした。自分の体が自分のものではないという違和感。それでいて、これまでにない明晰さで世界が見えていた。

 

 夜明け前、寝付けないまま窓の外を見ていると、寮の外でサシャの姿を見つけた。パンのようなものを齧りながら、彼女は朝もやの中を歩いている。また盗んだのか。そのうち殺されるぞ。

 なぜか、彼女の姿が以前より遠く見えた。視界の端で小さく揺れる人影。まるで別の世界の存在のように。

 

 かつて貰った干し肉の味が、口の中に残っていた。甘く、懐かしい味。

 

 窓辺に立ったまま、湧き上がるような空腹感を感じた。それは朝食を求める普通の飢えとは違った。より深く、より原始的な飢え。普段の食事やサシャに貰った干し肉では満たせないような空腹が、俺の中に燻っている。

 

 右手を見る。巨人の肉片を掴んだ、あの手だ。指先がかすかに震えている。微かに、その指から湯気が立ち昇るように見えた気がした。

 錯覚だろうか、それとも。

 

 

 

 

「エレン、ちょっといいか」

 後日、夕暮れ時の食堂で彼を見つけ、声をかけた。ランプの明かりが揺れる中、エレンは匙を持ったまま顔を上げ、少し驚いた表情を浮かべた。その目に警戒心が灯るのが見えた。

 俺が自分からエレンに話しかけたのは、これが初めてだった。これまでは彼の「巨人を駆逐する」という熱狂的な発言を、内心馬鹿にしていたからだ。

 

「お前の言う自由ってやつ、もう少し詳しく聞かせてくれよ」

「なんのつもりだよ。前はオレのこと馬鹿にしてただろ」

「考えが変わった」

 

 シンプルに答えると、俺自身でも驚くほど真実味を帯びていた。胃の奥で熱が渦巻いている。

 

 エレンは一瞬だけ躊躇ったようだったが、徐々に熱を帯びた目で語り始めた。

 壁の外の世界、向こうにある自由。巨人に奪われた人類の尊厳。彼の言葉は炎のように燃え上がり、その熱が周囲を包み込む。

 俺はもうエレンを馬鹿にしなかった。彼の言葉の一つ一つが、体内に巣食う何かを刺激する。俺はエレンの思想に共感していた。

 

「俺も、調査兵団に入ろうかと思って」

 言葉にした瞬間、体内の熱が一層強まるのを感じた。

 

「は? 何でまた……」

 エレンは食事を忘れ、純粋な驚きの表情を浮かべた。

 

「人類は巨人に喰われる存在じゃない」

 俺の声は低く、どこか饒舌になっていた。

「俺があいつらを喰い尽くす」

 

 エレンは言葉を失ったように俺を見つめた。それは同士を見つけた喜びの顔ではなく、これまでずっとヘラヘラとしてきた俺があまりにも豹変していることへの驚きの顔なのだろう。

 

 誰かのためではない。自由のためでもない。ただ、もっと喰いたかった。調査兵団に入れば、それができる。

 自分の中に湧き上がる欲望が、まるで古からの呼び声のように鮮明に響いていた。

 

 

 

 

 

 喰らったものが、己を作る。

 何かを喰らうと、自分が変わる。

 この簡潔な真実が、日に日に明らかになっていくのを感じていた。指先から頭のてっぺんまで、体が異なる感覚を宿していた。

 

「フィン、最近どうしたんですか?」

 訓練場の隅で、サシャが俺の肩に手を置いた。その温もりが不思議なほど遠く感じられた。彼女の顔には心配の色が浮かんでいる。

 

「変な顔で、何か……気持ち悪いんですけど」

 彼女の声に震えがあった。俺は何を表情に浮かべていたのだろう。

 

 俺はゆっくりと微笑んだ。今まで誰かに見せたことのない表情だった。唇の端が不自然に釣り上がり、目は何かに飢えたように輝いている。

 

「……腹が減る理由がな。最近、わかった気がする」

 言葉は穏やかだったが、その底に潜む何かが、サシャを後ずさりさせた。

 

 俺は気づいていた。サシャと自分は似ているようで、根本的に違うこと。サシャは食べ物を愛し、独り占めしようとしながらも、最後には他者と分かち合いながら食う。それは彼女にとって、人との繋がりの一部だ。

 だが俺は違う。俺はただ、取り込むために喰う。自分の一部にして、自分を変えるために。

 

 訓練場の向こうに見える夕陽が赤く染まっていた。まるで巨大な血の海のように。

 

 何かが満たされる感覚。誰のためでもない、ただ自分のための空腹。古びた本能の目覚め。

 それを満たすため、俺は巨人の待つ壁の外へと歩き出そうとしていた。

 

 胸の内側で、何かが鼓動を刻んでいる。俺自身の心臓とは別の、もう一つの脈動。

 この感覚と共に生き、この感覚に導かれるまま――俺はこれから、何になるのだろう。

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