「さあ司くん、このシーンで重要なのは躍動感だよ。肉体を解放するんだ! 限界まで足を上げて!」
「だーっ! 体が裂けるーっ!! オレの肉体よ持ちこたえろーっ!!」
「そう言えば司、聞いたか? 明後日冬弥くん達がイベントに参加するんだってさ」
「その話今でなければダメかっ!?」
「いや夜からみたいだし、ショーが終わったら見に行こうと思って」
連休初日、つまり明日が俺達【ワンダーランズ×ショウタイム】の初公演になる。
そして司と俺の共通の知人である青柳冬弥くんから是非イベントを見に来て欲しい言われてしまった。
冬弥くんは良い子だから俺としては見に行ってあげたいのだが。
「まぁ、後で考えるか。───司ァ! 次は魔王VS勇者のシーンやるぞ! 気ぃ抜くなよ!」
「誰に言っている! オレは勇者ペガサスだぞ!?」
「いやお前は天馬司だ!!」
疲労からか、司の自己認識が緩んでいる気がする。その辺りについては一番最初に叩き込んだ筈なのだが。
もともと司は役と自分を徐々に近づけていくタイプだ。それ自体はポピュラーなため構わないが、偶に集中し過ぎて役が抜けなくなる時がある。だがそれもごく短時間の話であったため然程気にしなくても良いと判断した。
だが念のため、俺は真っ先に役を支配する術を教えた。
確固たる『自己』を確立させ、役を羽織った自分を人形のように操る手段。イメージとしては意識だけが身体から抜け出して俯瞰し、肉体の方には構築した役だけを残す感じだ。
役者は
ただしこれはかなり難易度が高いため、司も習得に至っていないが、それでも基礎があるのとないのとではかなり違う。
仮にまふゆにこれを教えていれば今のようにはならなかっただろう。何せ負の感情の類も全部
まぁ、習得できるかと言われると正直無理だろうが。大前提として絶対に揺らがない『自己』を確立させる必要があるこれは、そもそもまふゆに向いた技法ではない。
「ともかくお前に合わせてやるから好きに動け! でも怪我はすんなよ!」
「当然だ!!」
その後もワイヤーアクションや火炎放射器を搭載したドラゴンの立ち回りなどの動きも合わせていく。
少し離れた場所では鳳さんとネネロボが歌の練習をしている。みんなヤル気は十分だ。
だが演技の練習だけをしていればいいという訳でもない。ボロボロになっている客席や設備の修繕なども交えながら意見を交換し合ったり、改善点を指摘し合ったりとしているとあっという間に夕焼けが照らす時間帯となった。
最終リハーサルも特に問題なし。このショーを本番でも出来たら観客も沸くだろう。
粗い所はあるが、総じて及第点は与えられる。そのくらいには高評価だった。
「まさか本当に全ての演出プランに応えてもらえるとは思わなかった。……ありがとう。おかげでとても楽しかったよ」
「類、もう終わったかのような言い方は早いぞ。本番は、練習の10000000倍のショーを見せるぞ!!」
「出たな根拠のない数字。それが出来たら間違いなく世界一になってるよ」
「そうとも! このステージから、オレのスターへの道がはじまるのだ!」
「話聞かねぇなぁこいつ」
胸を張って大きく高笑いを上げる司に苦笑をこぼす。
それだけ明日の公演が楽しみなのだろう。張り切りすぎて空回りしなければいいが。
「春樹、類、寧々、それにえむ。 みな、オレによく付いてきてくれたな。 明日のショーは必ず素晴らしいショーにするぞ!」
司が解散の音頭をとる。
明日が本番のため、少し早いが今日はこれでお開きだ。
とはいえ自主練する者もいるだろう。今更焦った所でなにか変わる訳でもないが、それが精神を落ち着かせることもあるため特に注意はしない。もちろん俺は帰るが。
しかしふと、夕焼けを眺めながら文字通り黄昏ている鳳さんが視界に入る。いつも元気いっぱいな彼女にしては珍しく、寂しさを滲ませた表情をしていた。
「鳳さん、何か気になることでもあった?」
少し気になったため声をかける。
鳳さんは振り返ると、やはり苦笑いを浮かべた。
「春樹くん……。あたし、小さい頃からずっと夕方が苦手でね。楽しい時間も過ぎて行って、皆んなもそれぞれの生活に帰っていく。それはきっと良いことなんだけど、でもお別れを突きつけられてるみたいで……」
「こんなこと言われても困るよねっ」と言った彼女はやはり寂しそうに微笑んだ。
夕暮れには人は家に帰る。それは当然だ。だがそこに侘しさを感じるのは理解できる。
だがこの笑顔は彼女には似合わないなと、素直に思った。
「日が暮れれば帰るのは当然だ、何せ夜が来るからな。けど夜が明ければ朝が来る。朝が過ぎれば昼が来る。その繰り返しだ。だから俺にとっては別れじゃなくて、次に待つ出会いの準備みたいなものかな」
俺は彼女から目を逸らし、夕暮れに染まる空を見上げる。
夕陽は嫌いじゃない。何せ綺麗だからな。時間が過ぎる度に新たな顔を覗かせる『空』は、俺を退屈させないでくれる。
「結局のところ、俺達が何かしたところで変わらず明日はやってくる。だったら俺達にできる事は少しでも楽しい明日に変えてやることじゃないか?」
心にもないことを、と思うが彼女達の求めるものとはつまりそういうことだ。
だからこそ、より一層自分の存在を異物に感じてしまう。
そんな俺の心情を悟ったわけではないだろうが、鳳さんは僅かに声のトーンを上げた。
「……あたしね、このステージにショーを見に来てくれる人が、 みーんなニコニコ笑顔になってくれることが夢だったの」
それは練習中にも何度か聞いた言葉。
鳳えむにとって他のステージではなくこの『ワンダーステージ』は特別なのだろう。そしてその夢も、俺にはとても美しく見えた。
「だからね、明日はその夢がきっと叶うと思うの。……春樹くんも心の底から笑顔になれるような、そんなショーにしようね!」
「……………」
まさか悟られた、のか?
こちらに笑顔を向ける鳳さんからは一切の悪意は感じられない。それどころか好意的なものばかりだ。
研ぎ澄まされた観察眼……いや、おそらく生まれつきの天性の
全てを見抜いているわけではないだろうが、それでもそこに踏み込んできたのは司以来初めてだった。
「そう、だね。うん、そんなショーにできたらいいな」
だから俺は曖昧に返す。
過小評価も過大評価もしたつもりはない。だが俺は彼女を誤解していたのかもしれない。さすがは『星』を見出しただけはある、か。
「明日が楽しみだな」
今度こそ本心からそう答えた。
◇◆◇
解散し、家に帰宅した後、俺は『Untitled』を再生させてセカイの狭間に来た。
特別用があったわけではない。別に明日の公演に対して緊張なども特にない。
どうせなるようになる。人生行き当たりばったりの方が面白いだろう。
「あっ! 春樹く~ん!!」
「ウッ……」
しかし光が収まった直後、背後から何者かに衝突された。
背中に衝撃を受けながら倒れないように踏ん張る。
「おいこらミク……」
「春樹くん、実はお願いがあるの!」
背後を振り返ると真っ先に視界に入ったのはブルーグリーンの髪。考えるまでもなくミクの仕業だった。
それに対して拳骨でもしようかと思ったが、ミクは何やら必死な顔をしてしがみ付いて来た。
「わたし達に曲を作ってくれないかな!?」
「……は?」
◇◆◇
「天気快晴ッ! 気温安定ッ! 満員御礼ッ! 絶好のショー日和だな!!」
「わぁ〜!お客さんいーっぱい!」
本番当日。ワンダーステージには予想を超えた多くのお客さんが来場していた。
観客席は満席となり、立ち見の観客もいる。鳳さんの所の妙に声の低い着ぐるみさん達に協力して貰って宣伝はしてきたが、ここまで効果があるものなのか。
実は他のアトラクション人気ないんじゃ……と余計な心配をしながら舞台袖で寛ぐ。
「おや春樹くん、お疲れかい?」
「ちょっとな。昨日あまり眠れなくて」
「おや。君でも緊張することがあるんだねえ」
結局昨日はミク達にせがまれて曲をひとつ作ってやった。初めてのことだが知識はあったため然程苦労もなかったが、その曲をミク達が一頻り歌った後「もっと多くの人に聞いてもらいたい!」などと言いだして大変だった。
お陰様で睡眠時間をあまり取れていない。
だから緊張とかではない。が、そういう事にしておいた方がラクだと判断して何も言い返さないことにした。
俺に割り当てられた役は『魔王』。つまりクライマックスまで登場しないため最初の方は暇になる。勿論舞台裏でサポートやちょっとしたナレーションくらいはするが、それだけである。
いやぁ、正義を振りかざして暴力を正当化する勇者役も楽しそうだけど、悪の親玉も悪くない。個人的には正義でも悪でもない、混沌を生み出す第三の敵とか好きなんだけど、今回は妥協してやる。
ヒーローとヴィランが下等な争いをしている中美味しい所取りするの絶対楽しいじゃん。両陣営壊滅させての独り勝ちも悪くない。今度司に提案してみようかな。
そんなこんなで開演の時間が来たようで、司達が舞台袖にやってきた。
「類! 春樹! 準備は出来てるだろうな!?」
「万全だよ司くん。観客のみなさんのためにも最高のショーにしよう」
「同じく
「よし! ならば始めるぞ! ここからオレのスター街道が始まる! ワンダーランズ×ショウタイム、公演スタートだッ!!」
◇◆◇
『悪の魔王を倒すため~♪ 私は旅立つのだ~♪』
リハーサル通り滑り出しは問題ない。ドヤ顔が少々鼻につくが、観客は楽しそうに笑っている。
脚本ではこの後ネネロボ演じるロビット族の『ネ・ネー』と出会い、着ぐるみ達が演じるドラゴン、そして鳳さんが演じるドラゴンの世話係と続く。俺の出番は本当に最後のため、いけないとは分かっていても退屈を感じてしまった。
「類くん春樹くん! みんな笑ってるよ!」
「ああ、いい滑り出しだ。さあ次はえむくんと着ぐるみさん達の出番だ。頼むよ」
「なぁ類くん、俺の出番まだ?」
「君と僕はもう少しお休みだね。とはいえ裏方の仕事があるから暇ではいられないよ」
着ぐるみ達が獅子舞の要領で作ったドラゴンを巧みに操って登場していく。彼らのチームワークが高いため本当に生きているかのような動きになっている。
司も生き生きしてるなぁ、と眺めていると、今度は鳳さんが舞台に現れた。
『あたしは魔王様のドラゴンのお世話係・エムム! 王子なんて、ぺっちゃんこにしちゃうぞ~!』
『くっ! あんな巨大なドラゴン、どう倒せばいい!?』
「練習の成果が出てるな」
「うん、いい調子だね」
練習していたワイヤーアクション、火炎を吹くドラゴンとの戦いも迫力満点で問題ない。
この次はネネロボのソロパートに入る。設定だとドラゴンは歌を聞くと眠りにつくらしい。
『そうか! あのドラゴンは、歌で眠りにつくのか! 何か歌を歌って……』
『……ココは、ワタシにマカセテクダサイ。ウタを、ウタイマショウ』
そして奏でられる、草薙さんの歌声。
機械越しにも関わらず、その歌声は観客全員の心に届いているらしい。特に子供達なんかは感動に目を輝かせている。
良い調子だ。このままドラゴンが眠りにつき、そこを勇者ペガサスが討ち取る。対ドラゴン戦はそれで幕引きだ。
しかし、
『──────♪…………。』
突然、歌が途切れた。
観客の間に困惑が伝染する。それはキャストの方も例外ではない。
「充電切れ? まさか寧々、あの後もずっと練習を……!?」
『ネ・ネーどうした! お前が先に眠くなってどうする? 見ろ、もうすぐでドラゴンが眠りそうだ! みんな! ネ・ネーを一緒に応援しようじゃないか!』
司の機転でアドリブが入る。ここで観客を巻き込むのは良い判断だ。
観客からの声援が届く。しかし当のネネロボに動きが見えない。故障か充電切れか、どちみち動かなければただの木偶だ。
『う、うわ~! 応援がすごくって、ドラゴンがびっくりしちゃってるよ~!』
司のアドリブに鳳さんも合わせに行く。しかしそんな状況でもないことは分かっているが、一つ言わせてほしい。
「仕方ねぇなぁ」
「……春樹くん?」
類くんの横を通り過ぎて舞台袖に用意されていたスピーカーを起動させる。そして音量を調整してからマイクを手に持った。
ネネロボが動かないなら仕方がない。俺が代わってやるよ。
俺は少しばかり喉を調整すると、スゥ、と息を吸い、声を発した。
『~~~~~~~~♪』
『!!』
「あっ、また歌いはじめたよ!」
司と類くんの視線がこちらに向けられる。
司は状況を理解してくれたのかすぐに戻したが、類くんの方は茫然としていた。
「声帯、模写……?」
歌っているため返答できないが、正解だと答えよう。
ネネロボが歌っていた歌は覚えている。後は
幸い俺ならそれができる。とにかくドラゴンさえ倒してしまえばネネロボを舞台袖まで運んで類くんに任せられる。
仮にネネロボの続投が不可能となれば脚本の大幅改変を余儀なくされるだろう。一番は草薙さん本人が舞台に上がることだが、おそらく彼女はステージに何かしらのトラウマを抱えている。それを一朝一夕に解決することは難しい。
草薙さんには申し訳ないが、今はこれで乗り越えるしかない。他の手段だと俺が参戦して一気にクライマックスにすることくらいか? ともかく無事乗り切ったら謝っておこう。
『いいぞ! ドラゴンがうとうとしている! 今のうちに倒してやる!』
そう、とにかく今はこの場を乗り越えることを最優先にしなければならない。
司演じるペガサス王子が剣を掲げ、ドラゴンへと立ち向かう。
しかしその一歩を踏み出そうとした時、司の側に立ち尽くしていたネネロボが倒れ、司を下敷きにした。
『うわ………っ!? ぐええっ!!』
「えっ!? 王子がネ・ネーに潰されちゃったよ!?」
「まずい! 自立制御システムが……!」
下敷きにされた司が必死にもがいている。これではもはや続行不可能だ。
いやそれ以前にあのポンコツロボめ、未来のスターが怪我したらどうしてくれるんだ! ぶっ壊してやる!
『わわわーっ!? た、助けなくっちゃ! みんなー! 司くんを助けて!』
『ま、まて……!! オレはまだ戦えるぞ……!! 子供たちの応援を受けた今のオレは、ドラゴンにも負けない……!!』
つ、司……っ! 立派になったなお前……!
同様に魔王役の俺が飛び出して一気にクライマックス展開もなしだ。そんな急展開の終幕なんざ誰も望んでいない。
「残念だけど、ここまでかな……」
「類くん?」
しかし隣にいたはずの類くんが舞台に歩を進める。
彼の出番はまだ先。勇者VS魔王までお預けのはずだ。にも関わらずこのタイミングで出て行ったということはつまり。
『こうして、ペガサス王子はドラゴンたちと仲良くなったのでした。しかし王子の旅はまだ始まったばかり。王子が魔王を倒す日まで旅は続いていくのでした……おしまい』
「な……っ!」
彼はこれ以上の継続を諦め、無理矢理締めくくった。
司達が絶句している中でも、彼の表情は変わらない。それはもはやこれ以外に方法はないのだと確信している者の顔だった。
こうして天馬司のスター街道、その記念すべき最初の一歩は大失敗に終わったのだった。