Epic of spring song   作:日彗

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第十二話 プライオリティメランコリー

 

 

───え? どうなっちゃったの? ねー、今ので終わっちゃったの? ……つまんなーい!

 

───なんだよ。王子、敵に助けられてるじゃん。ダッセー!

 

───なんだかよくわからないショーだったわね……

 

───最初はよかったのに、急につまらなくなったなあ。まあ、他のアトラクションに乗ろうか

 

 

 観客の声が聞こえる。

 無理もない。こんな終わり方では何が何なのか分からなくて当然だ。

 だからこそ最低限やり遂げなくてはならなかった。アドリブでもなんでも、あの場を切り抜けなければならなかった。

 本当に最高のショーをしたいと思っているのならそれは絶対の義務だ。

 

 にも関わらず、かの錬金術師はそれを放棄した。

 

 ……あーあ、結局こうなった。

 ほんのささやかな期待はあっけなく裏切られ、ここに俺の探しものはないのだと突きつけられる。

 

 まったくもってどうしようもないこの現実に、俺はひとり溜息を零した。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「……お前が、あのロボットを操作していた寧々か」

 

「………」

 

 

 低く呟かれる司の声が、表に出てきた灰色がかった緑髪の少女、草薙寧々を射抜く。

 類くんの手によって幕を降ろされたワンダーステージからは既に観客はいない。陽も傾き始めたこの時間帯に、この場にいるのは俺達だけだった。

 

 

「……今、充電したよ。これでネネロボも問題なく動く」

 

「……っ、充電を忘れてただなんて……そんな単純なことで、オレ達のショーは……っ!!」

 

「ごめん、なさい……」

 

「謝ってもどうにもならん!!」

 

 

 傍らでネネロボの点検を終えた類くんの言葉、そして目の前に立つ草薙さんに司は肩を震わせる。

 無理もない。彼にとってこのショーはそれだけ意味があったものだ。だからこそ俺も力になりたいと思案し、これだけ協力してきた。

 それは他の三人も同じだろう。それぞれが最高のショーをしたいという想いで今日に挑み、しかし失敗した。だから本当はこの失敗から次はどうするかを話し合わなければならない。

 

 

「……司くん。寧々も悪気があったわけじゃない。昨日解散した後も残って遅くまで練習していたんだ。それに充電の確認をしなかった僕にも非がある。でも、次は必ず……」

 

「次? 次だと!? じゃあ今日の客はどうなる!」

 

 

 だが天馬司はそれを許さない。

 彼の事情を知ってる身としては納得できる。昔から体の弱く、何度も入退院を繰り返してきた妹を笑顔にする為にショーをしてきたのが司だ。次などないかもしれない。これが最期になるかもしれない。それを他者よりもよく知っている彼にとって『今回はダメだったから次は頑張る』なんて言葉は言い訳にならない。

 

 

「ショーは毎日変わる。その時の一回一回が勝負だ! だからオレ達はいつだって成功し続けなければならない! お前達だって今日、このショーを成功させたかったんだろ!? なあ! そうじゃないのか!?」

 

「…………」

 

 

 司の絶叫がステージに響く。

 失敗は成功の母なんて言葉があるが、それは失敗していい理由になどならない。

 誰だって失敗なんかしたくないに決まっている。だからこそ成功させるために人は全力を尽くすのだろう。

 

 

「……全部、わたしのせいだ……」

 

 

 草薙さんのか細い声がぽつりと落とされた。

 

 

「わたしが……わたしがロボットなんか使わなくても、人前に立ててれば……」

 

「……ああ、そうだな! その通りだ! そもそも、ずっとコソコソ隠れてロボットなんかで話してる時点でおかしかったんだ!」

 

 

 ずっと堰き止められていたのであろうその想いが、怒りとなって溢れ出す。

 怒り。そう、これは怒りだ。あまりにも人間らしい感情であるそれは、時として人間関係を修繕不可能なレベルで破壊しかねない。

 

 

「人見知り? 人前に出られない!? ふざけるな!! 客と向きあわないで、最高のショーができるわけないだろうが!」

 

「司くん、やめてくれ」

 

 

 類くんが司を宥めようとするが、俺は口を挟まない。

 俺にとって大事なことは、天馬司が世界一のショースターになることだ。司がスターになる為にこの劇団が必須かと聞かれれば、俺は『否』だと答える。

 全てはかつて交わした約束の為。この【ワンダーランズ×ショウタイム】も所詮は踏み台に過ぎない。

 もちろんそれを言葉にするつもりはないが。

 

 

「ごめんなさい……!!」

 

「寧々!」

 

「寧々ちゃんっ!」

 

 

 草薙さんが駆け出す。

 彼女にも悪い事をしてしまった。こうなる事を予測して準備をしていれば、今回のショーも失敗しなかっただろう。

 だがすべては後の祭り。俺は何もしなかったし、彼らは何もできなかった。その結果が覆ることだけはあり得ない。

 

 

「……司くん、今のは言い過ぎじゃないか?」

 

 

 けれどそれで納得できるのはきっと俺くらいのものだろう。

 司が怒りを露わにしているのと同じくらい、草薙さんは自身の甘さを悔い、そして類くんもまた怒りと同じくらいの失望を抱いていた。

 

 

「客と向き合わないで最高のショーはできない。それはそうだ。間違いない。でも君は、もっと簡単な事を見落としている」

 

 

 それはまるで自分に言い聞かせるかのような声色で、しかしその瞳は鋭く司に突き刺さっていた。

 

 

 あぁ、結局こうなるのだ。だから最初に忠告をしておいたのに。単純に忘れてしまったのか、それとも頭に入らないくらい今回のショーを楽しみにしていたのか。どちらにせよ今回ばかりは俺も司を援護することはできないのだ。

 

 

「最高のショーは、ひとりじゃできない」

 

「……!」

 

 

 それはこの【ワンダーランズ×ショウタイム】が結成された日に、司に送った言葉。ショーをする上で常識である概念。

 司はそれを忘れてしまっている。より正確に言えば自分の本当の想いを見失っている。

 そういう意味では、今回のショーは司にとって良いキッカケになったのだろう。

 

 

「ずっとひとりでショーをやっていた僕が言うのもおかしな話だけどね。久しぶりに誰かとやってみて思い出したよ。同じ気持ちの仲間がいれば、ショーはどこまでも面白くなっていく。だからやはり仲間は素晴らしい」

 

 

 そう語る類くんの表情はどことなく寂しそうで、それだけにその言葉の刃は深く鋭く司に突き刺さる。

 

 

「にも関わらず君は、反省する仲間を追い詰めてなんになる? 残念だけど、君のショーへの想いはとても程度の低いものだったみたいだね」

 

「っ……! 違う!! オレはずっと、このショーを最高のショーにするために本気で頑張って来た!」

 

 

 司と類くんの口論はどんどんヒートアップしていく。その様子に隣の鳳さんも怯え始めていた。

 無理もない。自分よりずっと大きな男共が感情のままに叫んでいる。これに対して恐怖を覚えてしまうのは仕方がないことだろう。

 まったく、こんな小さな子を怖がらせるんじゃない。

 

 

「今回だけじゃない! いつかスターになるために、オレはずっと……!!」

 

「……スターに、なるために……?」

 

 

 司の言葉に類くんは考え込むように顎に手を当てて『……ああ、なんだ。本当に言葉通りなのか』と呟いた。

 あぁ、この流れはまずい。今類くんが何を考えているのか手に取るように分かってしまう。

 

 

「君にとってショーは、自分の目的を果たすための手段に過ぎないんだね」

 

「何? それはどういう……」

 

「───僕はもう、ここには来ない」

 

「な……っ」

 

 

 絶句する司を静かに見つめる類くんの瞳には、失望の感情が渦巻いている。

 この後に彼が言うであろう言葉を察した俺は、静かに足を持ち上げ……。

 

 

「それと司くん。君はスターには───」

 

 

 『ドガァァン!!』という破壊音が類くんの言葉を遮った。

 

 全員の視線がこちらに向く中、俺は破壊した観客席の側に立ち尽くしていた。

 たっぷりと時間を使って鳳さん、司と視線を流し、最後に類くんへと向ける。

 

 

「春樹、くん……?」

 

「発言の撤回はしなくていい。ただし、その先を口にするならお前を潰す」

 

「っ……!」

 

 

 自分の声に感情が乗っていないのがよく分かる。

 現状、俺の中での最重要優先事項は『天馬司を世界一にすること』だ。故に司に対して()()()()を言う奴は全て俺の敵という事になる。

 警告はした。その上で踏み込むのなら容赦する理由も情けをかける義理もなくなる。

 少々乱暴にしたせいで鳳さんを怯えさせてしまったのは申し訳ないが、これは俺としても絶対に譲れない一線だ。

 

 

「……そうか、君もそちら側なんだね」

 

「なにを今更。俺は端からそのつもりでここにいる」

 

「だったら猶更無理だね。君とは仲良く出来ると思ったんだけど」

 

「ああ。気が合うと思っていただけに残念だ」

 

 

 一見噛み合っていないように見えるこの会話だが、俺と彼の間では通じている。お互いに通じるのであればそれでいい。

 その会話を最後に類くんはステージを去って行った。

 

 

「る、類くん……」

 

「………っ!」

 

「ま、待って司くんっ! あたし……今日とっても楽しかったよ! みんなとお客さんの前でショーできて、すっごく楽しかった! だから……またがんばろう! 今度こそ成功させようよ!」

 

「鳳さん……」

 

 

 泣き出しそうに声を震わせる彼女には本当に申し訳ないと思う。

 けれど今の司にその言葉は届かない。少し頭を冷やす時間が必要だ。

 

 

「司!」

 

 

 奥歯を噛み締めて類くんと別方向に去っていく背中に声をかける。

 返事はなかったがしっかり耳を傾けてくれているのか、司は足を止めてくれた。

 

 

「『あの日』の約束を覚えてるか?」

 

「………」

 

「仮にお前が覚えていなくてもそれでいい。だが俺はあの約束を破るつもりはない。……けど、これから先も一緒にショーを続けるのであれば一つだけお前に宿題を課してやる」

 

 

 琥珀色の瞳が背中越しに向けられる。

 今のその瞳には、あの頃視た星の輝きがない。それが、少しばかり寂しい。

 

 

「『答え』を見つけて来い。天馬司がどうしてスターを目指し始めたのか、その原点を。今のお前には自分を見つめ直す時間が必要だろ?」

 

 

 だからこそその工程が必要になる。

 今の司にはセカイの連中もいる。彼はもう一人ではないのだ。

 

 小さく返事を返した後、司もまたそのままステージを去って行った。

 

 

「どうしよう、みんなの笑顔……なくなっちゃった……」

 

「……大丈夫だよ鳳さん」

 

 

 妹と比べてずっと低い位置にある桃色の髪を優しく撫でる。

 彼女は、否、他の二名に関してもそうだが、全員司と同じ想いを持っている。今回のショーでも全員を笑顔にするのだととても張り切っていたのを知っている。

 

 

「司はちゃんと戻ってくるし、類くん達を諦めることもしないよ。さっきはあんなこと言ってたけどさ、本当はみんなとショーをするのをずっと楽しみにしてたんだ。あいつにとって君たちのような『仲間』はずっと憧れていたものなんだよ」

 

 

 司がスターになるために【ワンダーランズ×ショウタイム】は必須ではないという結論は変わらない。

 しかしそれは俺の考えであって、司がどう思うかは別の話だ。天馬司にとって自身と同じ想いを持ち、同じ方向を向いている仲間というのは何よりも大切な存在になり得るだろう。

 

 

「だから、少しだけ待ってあげて欲しい。君が見出した天馬司っていう奴は、失敗も後悔も、全てを糧にして前に進もうとする男なんだ。あいつはきっと自分の『答え』を見つけてここに戻ってくる。その時はどうかあいつの話を聞いてあげて欲しいんだ」

 

「春樹くん……」

 

 

 不安気に見上げてくる瞳は微かに揺れている。それに対して俺は安心させるために笑みを浮かべた。

 

 俺の予測だと勝負は明日か、長引いても明後日には決着がつくだろう。司は行動力だけは凄まじいから、その辺りはまったく心配していない。

 

 鳳さん、草薙さんは問題ないとして、一番大変なのは間違いなく類くんだ。そこを司がどう乗り越えるつもりなのか、俺は俺のやり方で見守らせてもらうことにしよう。

 

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