翌日。
陽も暮れ始めた時間帯に俺は外出の準備をしていた。
昨日は散々なことになったが、しかし司ならば問題ないという信頼がある。あいつなら必ず『答え』を見つけるだろう。
となると俺のすべきことはあれだ、冬弥くん達のイベントを見に行くことだ。
セカイの狭間から観測した【ストリートのセカイ】。そのセカイを創った想いの持ち主『小豆沢こはね』『白石杏』『東雲彰人』『青柳冬弥』の四人が今回のイベントに参加するらしい。となれば一度顔を出しておくのも悪くない。
特に小豆沢さんにとっては今回が初めてのイベントになる。正直司達の二の前になりそうで不安だが、そこは白石さんがなんとかするだろう。この際だ、問題さえ起らなければそれでいい。
財布とスマホをポケットに突っ込んで部屋を出る。この時間に向かえばちょうど開始前には着くはずだ。
「どこかいくの?」
「おっと、まふゆか。おつかれさま、勉強の息抜きか?」
扉を開けた先には何故か妹のまふゆが突っ立っていた。
この子は勉強の息抜きにと稀に部屋に来るのだが、今回は間が悪い。というか日曜日にまで勉強しなくてもいいだろ。高校生活なんてあっという間なんだからもっと青春っぽいことしたらいいのに。
「悪いな、ちょっと学校の後輩に会いに行ってくる。部屋に入りたかったら入ってていいけど………お前も来るか?」
「……いい。知らない人ばかりだろうし、それに門限も過ぎてる」
「生憎と門限を守る必要性を感じないなぁ。そもそも何人たりとも俺は縛れんし、仮に縛ろうとするならそれ相応の代償が必要になる。それを分かってるから母さん達は何も言ってこないんだろうけどな」
クックック、と笑みを零しながら両親の顔を思い浮かべる。
とはいえ二人が俺に対して何も言ってこないのは他にも理由がある。が、どちらにせよ些末な事だ。気にするだけ無駄だし、どうでもいい。
「……ま、それなら今度どこか一緒に出掛けよう。聞く所によると電車で少し遠出したところに大きな水族館があるらしいんだよ。美味そうな魚もいるかなあ」
「……食べるの?」
「いや食べないけど、泳いでる魚見てたら美味そうに見えてこない? え、俺だけ? マジで?」
口元に手を当てて、わかりやすく驚いてますアピールをする。
だって魚見てたら食べたくなるじゃん。『あ、あれ煮物にしたら美味しそう』とか考えるじゃん。普通だよね? 野菜ジュースとの相性とか考えるよね?
ちくしょう、俺の中での常識が崩れていく音が聞こえてきたぞ。悲しいからまふゆの頭を撫でる事にする。
「まあいいや。何でもいいから行きたい場所考えておけよ。そんじゃ土産話には期待してな!」
「……うん、考えておく。いってらっしゃい」
◇◆◇
冬弥くんの話によると、今回参加するというイベントの会場は神山通りにあるらしい。
だからもうそろそろ着くはずなのだが……。
「朝比奈先輩! 来てくださったんですね!」
と、突然背後から声を掛けられた。
聞き覚えのある声に後ろを振り返ると、そこにはツートンカラーの髪が特徴的な少年がいた。その特徴的な髪と整った容姿からどこのヒーローアカデミアだと言いたくなるが、れっきとして俺の後輩である。
「こんばんわ冬弥くん。約束通り見に来たよ」
「ありがとうございます。ところで、司先輩は……」
「あ~、司はちょっと忙しいみたいで、来れるか分からないそうなんだ。ごめんね」
「……そうですか。残念です」
寂しそうにシュン……とする冬弥くんは宛ら犬の様だった。今にも耳と尻尾が生えてきそうだ。
犬と言えば、彼らのチーム名は確か『犬が嫌い』とかそんなのだった気がする。
「ところで……」
視線を冬弥くんの背後へと向ける。そちらにはもう一人、オレンジ髪の少年が佇んでいた。
「こうして話すのは初めてかな。二年の朝比奈です、よろしく東雲くん」
「いえ、こちらこそいつも冬弥がお世話になってます。一年の東雲彰人です。よろしくお願いします朝比奈センパイ」
爽やかな笑みを浮かべて差し出された手を握り返す。
彼が冬弥くんとコンビを組んでいる東雲彰人くん。人参が嫌いなのに人参のような髪色をしている変わった子だ。
「俺は何も世話なんてしてないさ。それと君も楽に喋ってくれて良いよ。好きでやっているなら何も言わないが、正直違和感がすごいからさ」
「……へぇ」
東雲くんは僅かに口角を上げていた。
大抵の人は余所行きの顔というものを持っている。ペルソナだとか猫被りだとか言い方は何でもいいが、つまり素で接する人の方が少ない。
彼もそのタイプだ。心を開いた相手ならともかく、初対面の相手なら基本的に猫を被って接する。別にそれが悪いとは思わないが、俺には違和感がえげつなく見えて正直辞めて欲しい。もう少し悪く言うなら見苦しい。
「すみません朝比奈先輩。彰人は初対面の相手にはいつもこうなんです」
「ん~、本当に遠慮しなくていいからね? 俺としてもその方が楽だしさ」
「……はあ、センパイがいいならそうしますけどね」
まだ僅かに遠慮している雰囲気があるが、最初に比べればまだマシになった。
まったく、どいつもこいつも何故素の自分を偽ろうとするのか。全員司を見習え。いつだって自分の理想を追い続けてこその人間でしょうが。
「……彰人。白石たちも揃ったみたいだ」
「ああわかった。ではセンパイ、イベント楽しんでいってください」
「ん……ああ応援してるよ。頑張って」
去って行く彼らに手を振って、ふとスマホの画面を立ち上げる。
司からの連絡はまだ来ていない。決着は早々に着くと思っていたが、はてさてどうなることやら。
「とりあえず今はイベントとやらを楽しもうかな」
◇◆◇
冬弥くんたちと別れ、ライブハウスに入った俺の第一印象は『喧しい』だった。
「あと人が多すぎる……明らかに客を入れすぎだろこれ……」
ライブハウスの中は十分に動き回る事が出来ないほどの人で溢れていた。
別に人ごみが苦手どういう訳ではないが、さすがにこの密度は鬱陶しい。本当は近くで見てあげたかったが、今回は後ろの方から見守ることにしよう。
あ、ちょっと今肘ぶつかったんですけど。痛ぇじゃねぇかコラ、骨折れてたらどうするんだ。慰謝料請求すんぞ。
名も知らないおじさんの顔を脳内に焼き付け、夜道に気を付けろと呟きながら壁にもたれかかる。
ストリートのライブっていつもこうなの? ……あー、今冬弥くん達の記憶を解析したけど毎回こんな感じみたいだ。
初めてセカイに触れ、その想いと記憶を読み取った時、俺は自身に流れ込んできた彼らの記憶を凍結保存することにした。
なにせ十何人もの他人の記憶だ。常人なら廃人になるか自我が消失するか、よくても記憶混濁くらいにはなるだろう。俺は問題ないが。
だがやはり思春期の彼らにとって知られたくないプライベートというものはある。残念ながら記憶力にはかなりの自信があるため都合よく忘れるということはできないが、記憶そのものを凍結させて隔離するくらいはできる………と伝えた時のミクの顔が忘れられない。顎が外れるんじゃないかってくらい大きく口を開けていたからなぁ。
だがそのせいで暁山後輩が『25時、ナイトコードで。』のAmiaだと気付くのが遅れた。こうなってくると他のメンバーも誰かしらの記憶にいるかもしれない。面倒くさい為わざわざ探すつもりはないが。
『次は
会場の熱気が更に膨れ上がる。
Vividsというのは確か白石さん、小豆沢さんコンビのチーム名だったはずだ。それにしてもすごい人気だが、それだけ白石さんのお父さんの影響が大きいのだろう。
「誰も白石杏という人間を見てない証拠でもあるが、本人は逆に誇らしげだな。純粋に父親を褒められて嬉しいのか、それとも生来の性格か……」
まぁ、どっちもだろうな。
彼女からは誰も自分を見てくれないこの状況に対して『私たちから目を離せなくしてやる』という自信を感じる。そこはまふゆ達にも見習ってほしい所だ。
こうなってくると心配なのは小豆沢さんがしっかり歌えるかだけだが……。
そうこうしている間に機材から音楽が流れ出し、Vividsのふたりが歌い始めた。
『ウオオオオオオオオオオ!!』
急に観客達が奇声のように大声を上げた。
思わず顔を顰めた俺は悪くないと思う。だって突然叫ぶんだもの、心臓が止まったらどうしてくれるんだ。
『ーーー♪ーーーー♪』
しかし彼女達もしっかり歌えている。この調子なら心配はいらないだろう。俺は自分の心配をすることにしよう、主に鼓膜の。
『ーーー♪ーー♪………』
「おおっと……」
しかし突然機材から音が流れなくなってしまった。
周囲も騒めき始める。せっかく盛り上がって来たタイミングでのアクシデントだ。気持ちはわかる。
おそらく機材トラブルだろう。簡単な故障であればその場で直すこともできるが、はてさて一度見てみないことには何とも言えない。
ステージの方に視線を向けてみると、小豆沢さんは急なトラブルに動けなくなっていたが、白石さんはアカペラで続行していた。
仕方がない。俺としてもこんなことで彼女達が躓くことを望んでいない。力になれるかはさておき、原因を知っておく必要はあるだろう。
「あ、やべ……」
「……お前か」
人ごみを掻き分けて舞台袖に向かうと、そこには機材の前でしゃがんでいる男がいた。
明らかに怪しい、というか十中八九こいつが犯人だろう。第三者である俺を見て顔を引き攣らせている辺り間違いない。
見覚えのあるモブ顔だ。そう、冬弥くん達の記憶にこいつの情報があった。名前は三田洸太郎、年は同じらしいが神高の生徒名簿に名前は載っていないということは別の学校に通っているのだろう。
すべて、どうでもいい。
「おいコラ小僧、お前がやったのか?」
「は、はぁ!? いや俺じゃねぇよ!」
「ほう? 俺はやったのかとしか聞いてないのに、内容も聞かずに否定するのか。墓穴を掘ったなこのモブが。現在進行形でケーブルを握ってるくせに白々しい。………表に出ろ。話の続きは署で聞くことにする」
「署!? アンタどう見ても高校生だろ!?」
「黙れ! お前に拒否権があると思ってるのか!? そんなものはありません!」
三田とやらの腕を掴んで外に引き摺り出す。まったくどいつもこいつも、どうしてもっとスムーズに事を進められないんだ。みんな運が悪すぎるんじゃないか? 運に関しては俺も人のこと言えないけどさ!
「おい! どういう事だコレは!」
「朝比奈先輩、なにがあったんですか!」
今度は誰だと思ったら、見覚えしかない二人組が目の前に立っていた。
言わずもがな冬弥くんと東雲くんだが、この二人も機材トラブルを疑ってこの場に来たのだろう。
「丁度いい、君達も来なさい。今からこいつを尋問する」
「……尋問?」
「まさかさっきの……お前がやったのか」
「それは……」
「───おい」
低く呟くと、全員の顔が一斉にこちらへと向けられた。
その表情からは怯えの感情が見える。少し脅しすぎただろうか。まぁ良い。
「もう一度だけ言うぞ。話は外に出てからだ」
◇◆◇
まったくどいつもこいつも、無駄にトラブルを起こさないと気が済まないのだろうか。
ライブハウスを出た俺は、三田もといモブAを囲むように立ちながらそう思った。
「それでモブAくん」
「え、いや、俺の名前は三田……」
「黙れ。俺がモブAだと言ったらモブAなんだ。今日からはそう名乗ると良い」
「お、横暴にもほどがある……っ!」
何やらぶつぶつと言っているモブAだったが、彼の戯言には一切興味がない為さっさと質問という名の尋問に移ることにした。
さて、何から聞こうか………よし。
「まず最初の質問だ。君は今回、自分の意思で犯行に及んだのか?」
「うっ………い、YESだ」
「何がYESだ、恰好つけてんじゃねぇぞお前」
しかし嘘を吐いているわけではないようだ。つまり誰かに唆されてやったわけではない、ということ。黒幕がいるのならそいつもとっ捕まえる必要があるが、それなら話は早い。
「二つ目の質問だ。今回の犯行は享楽的……つまり、憂さ晴らしが目的で相手は誰でもよかったのか? それとも
「……前者だ」
「はいダウト。適当な嘘吐くなよ、そういうのって想像してる三十倍は分かりやすいからな」
目の前のモブAに冷たい視線を向ける。
意外と素直な奴なのかと思えばくだらない嘘を吐きやがって。真偽を見抜くことなんざ簡単なんだよバカめ。俺は人狼では負けなしなんだ。
「う、嘘なんか吐いてない!」
「目を泳がせておいて何言ってんだこいつ」
小さく溜息を吐き、これからどうしたものかと思案していると東雲くんが肩を震わせた。
「おい! どういうつもりだ!!」
一瞬俺に言ったのかと思ったが、そういう訳ではなかった。
人の少ない場所まで来たから良いものの、東雲くんの怒声が反響して喧しい。近くの通行人が聞いたら腰を抜かすんじゃないだろうか。
東雲くんの鋭い視線に晒されたモブAは、顔を背けつつも己の心情を吐露し始めた。
「……どうもこうもねえよ。お前らも、あいつらが気に入らなかったんだろ!?」
「お前のくだらねえ嫉妬と一緒にするんじゃねえ! イベントが台無しになっただろうが!」
「ふたりとも、落ち着け……!」
ヒートアップし始める二人を諌めようとする冬弥くんだったが、ちょっと待って欲しい。君達もこの件に絡んでんの? お仕置き対象が増えちまったじゃねぇか。
「彰人が言ってたんじゃねえか、あいつらを潰すって! だから音止めて、お前らを手伝ってやったんだよ!」
「はい
頭痛を堪えるように額に手を当てていると、二人分の足跡が近づいてくる音が聞こえてきた。
目の前の光景から視線を外して振り向いてみると、そこには眼鏡をかけたクリーム色の髪の少女と、星型の髪飾りを付けた黒髪の少女の姿があった。
「音を止めたって……どういうこと?」
その一言に、まるで時が止まったかのように沈黙が降りる。
思いがけぬ邂逅に、俺は本日何度目かも知れぬ深い溜息を吐き出した。