Epic of spring song   作:日彗

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今回短いです。ごめんなさい。


第十四話 円周率は世界の真実

 

「音を止めたって……どういうこと?」

 

 

 後ろを振り返ると、先ほどまでステージで歌っていた白石さんと小豆沢さんの姿がそこにはあった。

 実に嫌な所を見られてしまった。どうしたものかね。

 

 

「…ちっ……!」

 

「やべっ……!」

 

「あっ! 逃げるな卑怯者!」

 

 

 白石さん達の姿を見た途端、モブAが走り去ってしまった。

 あの野郎、謝罪もせず逃げやがった。顔はばっちり覚えてるからな、街中であったら覚えてろよ。

 

 

「まさかあれ、彰人たちがやったの……?」

 

「待ってくれ白石。彰人はこんな真似は───」

 

「ああそうだ、オレがやった。お前たちを潰してやるつもりでな」

 

「彰人……!?」

 

「……どういうつもり!? わざわざ誘っておいてこんな真似……!!」

 

 

 こっちもこっちでちょっと目を離した隙にややこしいことしてるし。まったく、面倒くさい思春期坊や共だ。

 ………俺も帰っていいかな。

 

 

「オレは、覚悟もねえヤツが『RAD WEEKEND』を越えるなんて口にするのが許せねえんだよ。……そこのチビ、これくらいで歌えなくなるってことは所詮その程度の覚悟だったって事だろ」 

 

「初めてのイベントでトラブルなんて起きたら、どうしようもないでしょ!」

 

 

 売り言葉に買い言葉でどんどんエスカレートしていく東雲くんと白石さん。

 本気で帰りたくなってきたが、そんなことをしてしまえば冬弥くんからの信頼度が下がってしまう。俺を慕ってくれている数少ない後輩だ、できればカッコイイ先輩だと思われたい。

 という訳で仕方がなく、このあまりにもくだらない幼稚な喧嘩を諌めることにした。

 

 

「まあまあ二人とも落ち着いて。そんなに熱くなってもいいことないよ? 一度頭を冷やして話し合おう。人類はどうして言語を発明したのかわかるか? それはコミュニケーションをとり、他者を理解するためだ。世界は我々矮小な人類を中心としていない。だからこそ話し合い、理解し、受け入れるために言葉はある。さあここまでは理解できたかな?」 

 

「センパイ。意味わかんねえこと言ってねぇでそこ退いてください。邪魔だ」 

 

「……なんで朝比奈先輩がここに? まさか彰人たちとグルで……!」

 

 

 …………チッ。話の通じない低能共が。お前等の頭に入っているのはカニ味噌か? 実は哺乳類ではなく甲殻類なのか? 猿以下の知能レベルとは恐れ入るぞ。

 

 思わずこめかみに浮かびそうになる青筋を理性で押さえ込みつつ、その煩い口にそれぞれトマトジュースと人参ジュースを注げば多少は知能レベルが上がるかな、と思案する。

 人語を解せない馬鹿との会話ほど無駄な時間もない。それなら道端に咲いている花に話しかける方がずっと有意義だ。

 

 だから俺は、会話することを止めにした。

 

 

「はぁ。……3.14159265358979323846264338327950288419716939937510582097494459230781640628620899862803482534211706798214808651───」

 

「……は? どうしたんだ一体……」

 

「これって、円周率……?」

 

「───32823066470938446095505822317253594081284811174502841027019385211055596446229489549303819644288109756659334461284756482337867831652712019091456485669234603486104543266482133936072602491412737245870066063155881748815209209628292540917153643678925903600113305305488204665213841469519415116094……」

 

「うぅっ、数字が……数字で頭がぁ!」

 

「ああああ! 怖い怖い怖い怖い怖い! 助けてこはねぇ!!」

 

 

 その矮小な頭を抱えて蹲る馬鹿×2を冷たい眼差しで見つめる。

 実に単純な奴らだ。ただ数字を羅列するだけでこうも容易く無力化できる。少しは冬弥くん達を見習って欲しいものだが……いや、やめよう。馬鹿に何を期待しても無駄だ。だって馬鹿だから。

 

 この呪文染みた口撃を一旦中止して、しゃがみ込む。

 両者からは恐怖の籠った視線を向けられたが、最初に会話を拒絶したのはこいつらだ。恨むなら数分前の自分たちを恨んで欲しい。

 

 

「さて白石さん。誰が誰とグルだって?」

 

「ヒッ」

 

「おいおい、そんなに怯えないでくれよ。俺はただ質問してるだけだろ? ───誰が、誰と、グルだって?」

 

「っぁ…………な、なんでも、ない……です……」

 

「そうか! それなら別にいいんだ!」

 

 

 表情はにっこりと笑顔を浮かべ、目だけは絶対零度の冷気を宿して見つめると、白石さんは顔を真っ青にして先ほどの発言を訂正した。

 全身がガタガタと震えていたが、もはや興味もないと視線を隣にスライドさせる。

 

 

「ところで東雲少年、さっき邪魔って言われた気がしたんだけど」  

 

「ぅえ……!? な、なんのこと、すか……!?」

 

「だ・か・ら。『邪魔だ』って言われた気がしたんだけど、あれは俺の聞き間違いかな? 君の意見が聞きたいなあ俺は」

 

「な、なななな何のことかわからないすけど、き、聞き間違いじゃないっすかね………?」

 

「ははは、そんなに怖がらないでくれよ。別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ、どうも俺を舐め腐ってる気がしたからその確認をさ、したかっただけなんだよ」

 

「ヒッ」

 

 

 白石さん同様、恐怖に染まった表情で小さな悲鳴を上げる東雲少年。

 怒っていないのは本当だ。そもそもこの程度で俺の心は波立たない。俺の心を揺れ動かすことが出来た個人は、過去に天馬司と天馬咲希の二人だけだ。

 それは家族であろうとも例外じゃない。事実、まふゆの状況を知った時でさえ俺の心は微動だにしなかったのだから。

 

 二人の肩を軽く叩いて立ち上がり、ふと後ろを振り返った。

 

 そこでは冬弥くんが顎に手を当てて『……なるほど、こんな解決法が……』と呟き、その隣の小豆沢さんは怯えた目で俺を見つめていた。

 

 大丈夫、俺は怖くないよ~。礼儀を知らない馬鹿以外にはな。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 それから十五分ほどが経ち、ようやく二人も落ち着いてきた頃、静かに切り出したのは東雲少年からだった。

 

 

「……おい白石、さっきの話の続きだが少なくともお前は『どうしようもない』なんて思わなかっただろ。あの時食い下がったのはお前に覚悟があったからだ。『あのイベント』を越えるにはこんなところで躓く訳にはいかないって思ったんじゃないのか」

 

「……それは……」

 

 

 口ごもる白石さんだったが、その反応が既に図星であることの証左だ。

 少なくともこの二人には覚悟があった。何があろうとも突き進んでやるという揺るぎない覚悟が。後ろの二人とは違って。

 

 

「そこのチビにはそれがなかった。だから歌えなかった。……違うか?」

 

「違う!! こはねは本気だった! 練習だって一生懸命───」

 

「一生懸命やってりゃそれだけで本気だってのか? 笑わせんな!」

 

 

 しかし些かヒートアップしすぎだ。先程鎮火したばかりだというのにまったく若いねぇ。

 

「こらこら、せっかく落ち着いたと思ったらまた……」

 

「関係のねえヤツはすっこんで「ああ?」……なんでもないっす……」

 

 

 一瞬だけこちらを睨んできた東雲少年だったが、すぐに視線を逸らされた。

 おい、言いたいことがあるならハッキリ言わんかい。お? ドッグカフェに閉じ込めて吐くほど人参食わせてやるからさ。

 

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、東雲少年は額に大量の汗を浮かべながらも口を動かした。

 

 

「とにかく、ここは遠足気分で足を踏み入れていい世界じゃねえんだよ。……これくらいで潰れるなら、さっさと出ていけ」

 

「……っ!」

 

「あんた……! ───あ、待ってこはね!! ……見損なった!」

 

 

 東雲少年の心ない言葉によって、小豆沢さんが走ってこの場を去って行く。それを追いかける様に白石さんも離脱してしまった。

 あーあ、前途多難だなこれは。せっかく四人で一つのセカイを創ったのに仲が悪すぎる。全員が同じ方向を向けばあるいは、とも思うがはてさて。

 

 

「彰人、なぜ白石達に言わない。音を止めたのは……」

 

「それでも原因は、オレだろ。言い訳は嫌いなんだ」

 

「言い訳しないのは結構だが、説明の放棄は逃げだと俺は思うがねぇ。まったく、不器用な後輩共め」

 

 

 冷めた瞳で眺めつつ溜息を零す。

 一人で抱え込もうとするのはいいが、それではいつか限界が来るだろう。その時に誰か相談できる人間がいればいいが、少なくともこの二人はしないだろうなぁ。

 

 

「ま、それは君達の問題だからつべこべ言わないけどさ、そろそろ君達の出番が回ってくるぞ。向かわなくて良いのか?」

 

「……チッ。行くぞ冬弥、盛り上げるぞ」

 

「………」

 

「ほら行っておいで冬弥くん。君達の歌を聞くためにここまで来たんだからさ」

 

「……はい」

 

 

 ライブハウスに戻って行く二人を見送って、空を見上げる。

 大分暗くなってきたためか、少しだけ星が見える。だがその大半は街の光によって掻き消されてしまっていた。

 

 

「───春樹ッ!!」

 

 

 激しく音を立てて近づく足音。俺の名を呼ぶその声はライブの音に負けることなく鼓膜を揺さぶった。

 上に向けていた視線を横に逸らす。真っ先に視界に入ったのは輝かしい黄金の髪と、真っ直ぐにこちらを見つめる琥珀色の瞳。

 

 激しく息を荒げ、肩を上下させているその姿を見て、ああ、やっと来たのかと笑みを浮かべた。

 

 

「待ちかねたぞ司。それで、『答え』は見つかったのか?」

 

 

 ここまで全力で走って来たのであろうその男は、空に輝くどの星々よりも眩しい輝きを宿して俺の前に現れたのだった。

 





【挿絵表示】

春樹くんのイメージをイラストメーカーで作ってみました。
本当はもう少しかっこいいポーズを、とも思ったのですが彼なら平気でダブルピースくらいするなぁと。
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