「───おい」
中学二年の十二月。シブヤから新幹線で約二時間の距離にある冬空に見守られた病棟。既に日は堕ち、静まり返った廊下に小さな呟きが木霊した。
背後から着いて来ていた同級生に、彼をこの場に連れてきた張本人が振り返る。
片や月明かりに照らされた金色の髪に、明星の輝きを宿した琥珀色の瞳の少年。
片や深き宵闇を連想させる紫紺の髪に、この世全てを見透かす紅月の瞳の少年。
天馬司と朝比奈春樹。世界一を目指す男と、世界に失望した化物の視線が交錯する。
「例えお前がその生涯を捧げたとしても、俺に届く事は絶対にない。お前の言う世界一になる事と俺に並ぶ事はイコールじゃない。それを正しく理解しているのか」
冷たい声だ。そう考えた直後に司は自分の思考を否定する。冷たい訳ではない。かと言って温かい訳でもない。どこまでも無機質でまるで機械のように感情を乗せていない声色だった。
「……そう、だな」
普段の彼を知る者がいたら、思わず二度見してしまうことだろう。そのくらい静かに、それでいて弱々しく天馬司は笑みを浮かべた。
「きっとお前の言う通りなのだろう。この手をどれだけ伸ばそうと、必死に大地を蹴り進もうと、オレはお前と同じ高みに登ることはできない。オレ自身驚いているが、なぜか自然と受け入れている自分もいるんだ」
司の視線が外れ、窓の外に見える無数の星々を追いかける。
空気が澄んでいるからか、邪魔な光が少ないからか。理由はどちらでも良いが、シブヤと比べてずっとよく星が見える。
そんな星々を楽し気に見つめながら、司は続けてこう言った。
「だがそれがどうした。確かに無駄だと分かってなお、歩みを止めないのは傍から見れば滑稽かもしれない。届かぬと知りながらも星に手を伸ばし続けるのは無意味なのかもしれない」
しかしな、と続けて春樹の両肩を強く握りしめた。
視線を目の前の同級生に合わせる。その瞳に光はなく、その声色に温度はない。燃えるような紅い眼とは裏腹にその無機質な瞳はまるで触れる者すべてを切り裂くような鋭さを兼ね揃えた氷の刃のようだ。だが、ただの氷というにはそれはあまりにも美しすぎる。たとえ万の宝石、億の財宝をもってしても決して届かないだろうと確信できる。人智を超えた魅力というのはこういうものなのだろうと頭の片隅に過った。
「そんなものはオレにとって諦める理由にはならん! いいか春樹、よく聞け! オレはお前を追い続けるぞ! たとえ追いつけずとも追いかけ続ける! 憧れに手を伸ばし続ける! それが未来のスターたるオレの覚悟だ!」
対して春樹もまた目の前の男の瞳を覗き込む。
どこまでも眩しい、星の輝き。だがそれは月のそれには及ばず、されどもその他の星々を凌駕する光輝。それでいてどこか日輪の如き温かさを備えている様は、まさに太陽の代理として扱われることもある明星に例えるのが相応しいだろう。
そしてその言葉に嘘偽りが一切存在しないことを正しく理解した。だからこそ、あるいは今日へと至るまでの二年間という時間の積み重ねが、今まで誰も動かすことのできなかった朝比奈春樹の
「………だったら」
それは春樹にとって人生で二つ目の強い衝動。一つ目は叶わなかった。どんな手を使っても、どれだけ探しても見つからず、最後には世界の何処にも存在しないことを証明してしまった。
「だったら、俺がお前を────」
だが今度は違う。一つ目はどこまでも利己的な自分のためだけの願いだったがこれは目の前にいる自分ではない
春樹の放った言葉に、司は心の底からの笑みを浮かべて大きく頷く。
それと同時に今までずっと抱え続けていた一つ目の衝動、それに付随する己が身さえも蝕みかねない強大な『想い』のみを自身から切り離し、これを廃棄することに成功した。
あまりにも強すぎて制御下を外れかけていたその『想い』は、これから先『ヒト』として生きる上で、そして何より彼と共に歩むためには邪魔以外の何物でもない。
故にこれは両者にとって約束であり、誓いであり、契約であり、そしてどうしようもないほどの呪いであった。
「………っ!?」
「? カイトお兄さん、ミクちゃん? どうかしたの……?」
【ワンダーランドのセカイ】に類を引き込むことに成功した司、寧々、えむの三人はバーチャルシンガーのミクとカイトに協力してもらい本当の想いを伝えるためのショーを行っていた。
ショーの内容は主人公である旅の一座の物語。目立ちたがり屋な座長に、 話を聞かない道化役者、人前で歌が歌えない歌姫の三人が森の中でひとりショーをする錬金術師と出会うところから始まる
この物語は自分たちワンダーランズ×ショウタイムを題材としたものだ。これでなければ類に気持ちを伝えることなどできないという天馬司の想いからこの脚本が作られた。
「信じて欲しい! 今度こそ、みんなをショーで笑顔にする! ……だからもう一度、オレとショーをやってくれないか?」
そんなショーもクライマックス。
ステージの上から観客席にいる類へ手を伸ばす司の、その背後でこのセカイの初音ミクとカイトは同時に同じ方向へと顔を向けた。
「い、今の感覚は……」
「うう~ん? 何かが変わったような……変わってないような? でもなにかビビビッと来たよね!」
「……間違いない。誰かがセカイを書き換えた。けれどそんな芸当、どうやって……?」
ショーはまだ終わっていない。そのため声音を下げて行われた会話にえむは首を傾げる。
そんな彼らを余所に、座長と錬金術師の会話は続いて行った。
「ショーでなら、気持ちが伝わるとでも思ったのかい?」
「ああそうだ。オレはいつだって、ショーからたくさんのものを受け取った。感動も、興奮も……『スターになってみんなを笑顔にする』という夢も! だから、オレの本当の想いを伝えるならショーしかないと思ったんだ!」
「………」
類は沈黙をもって話の続きを促す。それを理解した司は一度呼吸を整えてから静かに告げた。
「……正直オレは、お前にかけられる言葉なんて持ち合わせてはいない。お前が拒絶するのなら、諦めた方が良いのではという考えが何度も頭を過った。だが天馬司はスターになれると信じ、背中をおしてくれた友がいる! かつて交わした約束を違えぬためにも、オレはこんなところで立ち止まっているわけにはいかない!」
思い起こすのは初めて見に行ったストリートのライブ会場で、宵闇に浮かぶ紅月の瞳をもった親友の言葉。そして違えることは許されないかつての誓い。
それらが天馬司を奮い立たせる。かつて兄妹揃って羨望した相手にあそこまで言われたのだ。これで奮い立たない訳がない。
「類! 神代類! オレがみんなを笑顔にするショーを実現するためにはお前の力が必要だ! オレだけじゃない、ここに居る全員が他の演出家ではなく神代類を必要としてしている! だから!!」
再度、類に向けて手を伸ばす。
類は僅かに目を見開き、ステージ上の司を見上げた。
観客席側からはステージのライトも相まって、まるで本物の
「だから、もう一度オレたちに力を貸してくれ。もう一度、オレと一緒にショーをしよう」
力強い言葉。それに裏打ちされた彼の覚悟。
そこに嘘偽りは一切なく、故にこそその言葉に込められた想いはかつて『バケモノ』と呼ばれていた一人の男の心さえも揺さぶった。
「…………、ふふ。観客も仲間も笑顔になる、最高のショー、か。悪くないね。でも、まだまだだ。勢いだけじゃ、人の心は動かせない」
紫色の前髪が顔を隠しているため、ステージ上からは表情を確認することはできない。しかし類の言葉にえむと寧々は揃って息を呑んだ。
しかし類は小さく「さて……」と呟くと、表情に柔らかな笑みを浮かべてステージ上を見上げた。
「───それじゃあ、どんな演出をつけようか、司くん」
「それって……」
「も、もしかして……!?」
えむと寧々の喜声が響く。
かつて『バケモノ』に届いたそれが、目の前の錬金術師に届かない道理はない。
しかしそんなものは知らない彼らにとって、この決着は安堵すべきものであり、それはたった今ステージ上から手を伸ばしていた司にとっても同じことだった。
「類……!」
「おやおや、間違えないでくれたまえ。僕は類じゃない。錬金術師さ」
片眼を閉じてキザな台詞を吐くその姿に、司は満面の笑みを返した。
星の灯火が凍てついていた錬金術師の心を溶かした。これをもって司の目的は完了し、あとは何故かセカイに入って来られない春樹に報告しなければならない。
そして今度こそ、ショーを成功させるのだ。
そう決意に心を燃やしていた時、突如懐にしまっていたスマホが熱を帯び始めた。
「なんだこれは……『Untitled』が、光っている……?」
突然の事態に司は困惑の表情を浮かべる。その疑問に答えたのはこのセカイのミクとカイトだった。
「司くんの想いが歌になろうとしてるんだよ。歌は、人の強い想いでできているんだ。だから本当の想いを見つけられると、歌が生まれるんだよ」
「うんっ♪ これは司くんの中にある、『ショーでみんなを笑顔にしたい』っていう想いの歌だよっ! よーし、一緒に歌っちゃお〜っ!」
「いや、歌うって……どうやって歌えばいいんだ?」
「この歌は、最初から司くんの中にあった想いできているんだ。だから、思うままに歌えばいいんだよ」
カイトの言葉に、自然と胸の辺りを強く握りしめる。
自分の中の、想いからできた歌。『ショーでみんなを笑顔にしたい』という想いの歌。少し前ならばこんな話信じはしなかったが、今は違う。ミクとカイトの言葉がストンと胸に落ちる。不思議だが不快だとは思わなかった。
「これはオレひとりじゃできなかった歌だ。いや、あいつらの歌でもある。だから……あいつらとも、一緒に歌っていいか?」
「あたし達も歌っていいの? わーい! とっても楽しそう!」
「うん……私も、歌いたい」
「司くんの想いの歌か。それはとても興味深いねえ」
思い思いに気持ちを語る彼らを見渡し、僅かに視線を下げる。
自分はひとりではない。こんなにも仲間に恵まれている。それが心の底から嬉しいはずなのに、ただひとり中学からの親友の姿がないことだけが司の表情を曇らせた。
ミク達の話によると、このセカイに春樹だけが入れなかった理由は分からないそうだ。だがカイトは何か思い当たる節があるみたいだが、それについて語ろうとしない。
しかし春樹はセカイの存在を知っていた。何故知っているのかと問う事はしなかったが、ならばいつかこの場所に招待できる日が来るかもしれない。
「よし、歌うぞっ!!」
ならばその時は、この歌を聞かせてやろう。
そう奮い立って声を上げる。
どこからともなく流れ始めた旋律に、司達は揃って歌を奏で始めた。
◇◆◇
歌が終わり、どこからか流れていた旋律も沈黙する。
しかしたった今『想い』から生まれた歌を歌っていた四人は、肩で息をしながらも興奮に頬を上気させていた。
「……これがオレ達の……」
「とってもとーっても楽しかった~!! あたしもういっかい歌いたいっ!」
「えへへ、ミクもミクも~!」
「あ……見てごらん、みんな。『Untitled』が歌になっていくよ」
カイトの指摘にそれぞれが自分のスマホのプレイリスト画面に目を向ける。
光を放ち始める画面上では『Untitled』の文字が別の曲名へと移ろいでいった。
「曲のタイトルが変わって……!?」
「ほう……これはまた不思議な現象だねえ」
「これは……『セカイはまだ始まってすらいない』?」
「『セカイはまだ始まってすらいない』? ……あっ! じゃあじゃあ、これからたっっくさんのショーの世界が できてくってことかなっ?」
「ふふ、なら、ここからが僕達の本当のショータイムってことかな。さぁて、それならもう僕達のステージに戻らないとね、司くん?」
目の前で曲のタイトルが変わる瞬間に各々が反応している中、司はひとつ頷いてミク達に感謝の言葉を贈ろうと顔を上げた。
「───おめでとう司。うん、悪くない歌だったと思うぞ」
その時だった。
セカイにパチ、パチ、パチ、パチと乾いた音が響き、非常に聞き覚えのある声が耳に届いたのは。
全員が反射的に音の発生源へと顔を向ける。
発生源は観客席の最後列。いつから居たのか、そこには宵空に似た髪色の青年が紅月の瞳を楽し気に歪めて腰を降ろしていた。
「お、お前……どうしてここに……」
「いやあ、『本当の想い』からどんな風に歌が生まれるのか見ておこうと思って。うん、正直予想してたのと違ったけど」
「よっこいしょ……」と小さく声を発して立ち上がる。
まるでそこに居ることが当然とでも言うような自然さで、本来この場にいないはずのその男、朝比奈春樹はそう告げたのだった。
◇◆◇
セカイの改変を行い、生成したゲートを潜った先には狙い通り司のセカイが広がっていた。
無事成功した事にひとまず安堵の息を吐いた俺は司達が居るであろうステージへと向かう。
そこで見たのはステージ上でショーをしている司達と、それを観客席の最前列から見上げている類くんの姿だった。
やがてショーはクライマックスを迎え、司が類くんへと手を伸ばす。その様子はまさに見るもの全てを照らす明星のように輝いて見えた。
そして類くんの説得に成功し、続いて司の『本当の想い』から歌が生まれる瞬間に立ち会った。
正直なところあんなファンタジー染みた感じで歌が生まれるとは思わなかったが、それを言い出したらセカイの存在そのものがファンタジーだし、そのセカイを好き勝手に弄った俺の方がよっぽど不可解な存在だろう。よし、考えないことにしよう。
そうして『Untitled』のタイトルが完全に書き換わったタイミングで、俺は拍手を送りながら満を辞して登場した訳だが……。
『…………』
「……なんか言ってよみんな」
何故か全員沈黙してこちらを見つめてきた。
なんだなんだその反応は。せっかくセカイにまで会いに来たのにさ。
唇を尖らせて僅かに不貞腐れていると、青髪の青年が一歩前に躍り出た。
「先ほど、何者かによってセカイの構造が書き換えられた。そんな芸当が出来る人に心当たりはない……はずだったんだけど……」
青年、カイトの視線が突き刺さる。その目に宿る感情は『警戒』、そして『畏怖』と『敬意』。実に複雑な想いの籠った目線だった。
「キミだね、朝比奈春樹くん。キミが、このセカイを書き換えた張本人だ」
「張本人って言われると何だか悪い事をしたみたいに聞こえるな。いやまあ、良い悪いで聞かれると確かに微妙なんだけど……」
だが誰にも迷惑はかけていないためセーフだと思うワケ。ただ単に俺一人が自由に出入り出来るようになっただけの話だ。これでも意外と気を使ったんだぞ。
それにしても、そうか。このセカイの発生時期を考えるとミクもカイトも俺のことを知っていてもおかしくないのか。俺が気付かなかっただけでセカイの狭間にいるミク達同様に、このセカイのバーチャルシンガー達にも見守られていたのかと思うと少々面映ゆい。
「す、少し待ってくれないかカイト。セカイを書き換えたとは一体どういうことだ? 悪いが話についていけん……」
俺とカイトの会話の内容が理解できなかったらしく、司は頭を左右に振った。
それは他の三人も同様らしく、こくこくと頷く草薙さんと鳳さん、自身の顎に触れて神妙に考え事をしている類くんの姿がある。
「そんな難しい話じゃないから軽く聞き流してくれていいぞ。ただ俺はルールに接触するせいでセカイに入ることが出来なかったって話だ。で、それならルールを書き換えれば入れるようになるよねって考えて、ついさっき実行した」
「だからこそキミは今こうして目の前にいる、か。……俄かには信じがたい話だけど、こうして直接対面するとキミの異質さがよくわかるよ。いっそ異常と言い換えてもいい程に、キミはセカイに愛されている」
「別に愛してくれと頼んだ覚えはないんだがな」
ふん、と鼻を鳴らして片目を閉じる。
それは以前にもセカイの狭間で言われたことのある台詞だった。
ミク達曰く、俺は『セカイに愛されている』のだという。
例えば初めて各セカイを観測した際に構成された想いや感情、そして想いの持ち主たちの記憶が流れ込んできたのはこれが原因だ。
実際ミク達にそのような現象は起きておらず、俺は彼ら彼女らの過去やセカイの発生時期までも把握しているが、ミク達はそこまで把握している訳ではなかった。
しかし何度も言うが人間の膨大な記憶情報を一度に流し込まれれば常人ならばまず耐えられないだろう。それが十四名分だ。そんなもの人間の脳が耐えられる筈がない。しかも想定外なことに今回追加で三人分流れ込んできたし……。
「それはともかく、我らが座長殿もようやく自分の本当の想いを見つけ、歌を生み出したことだしそろそろ本題に入ろうか」
パンッ、と大きく手を叩いて空気を切り替える。
カイト達は俺に対して不信感を抱いているかもしれないが、それは少し後にして貰おう。俺にとって大事なことが他にもあるのだ。
カツカツと大袈裟に足音を立ててステージに近づいて行く。最前列にまで辿り着いた俺は何も言わずに再び腰を降ろした。
「全員聞きたいことは山ほどあるだろうけど、それは後にしてくれ。【ワンダーランズ×ショウタイム】のこれからについて話がしたい」
「オレとしてはどうしてお前がここに居るのかを聞きたいんだが」
「お前もしつこいな。まぁ、それもまったく関係ないって訳じゃないか……」
背もたれに全体重をかけて天蓋を仰ぐ。
質問は後にしろと言ってるのにいつも聞く耳を持ってくれない。それについても慣れた物ではあるが……。
「あ~まず、セカイへの入退場に関するルールの一つに『セカイを構成する本当の想いを共有していること』というのがある。これが前回、俺がこのセカイに入れなかった理由だ」
「……それはつまり君は、『ショーでみんなを笑顔にしたい』と思っていない、と……?」
「理解が早くて助かるよ」
類くんの言葉に頷きを返す。
それぞれの表情に動揺が走ったが、それに構わず話を続けた。
「俺自身はショーに対して何の思い入れもない。好きでも嫌いでもない。笑顔を浮かべる人達を見るのは悪い気がしないが、自分の手で笑顔にしたいとは特別思わない。……俺は、朝比奈春樹とはこういう人間だ」
それは、知る人ぞ知る事実。少なくとも中学時代までの俺を知っている人間ならば周知のものだ。
「こんなタイミングになってしまって申し訳ないが、ここがベストだった。セカイという特殊な空間、類くんの説得、そして想いから生まれた歌によって全員の気持ちが同じ方向へと向いたこの瞬間でなければならなかった」
言葉とは裏腹に微塵も申し訳ないと思っていない声色でそれぞれの顔を見渡した。
舞台に上がることに、人々を笑顔にすることに、なによりショーというものにこれと言って関心はない。ならばなぜ俺はここにいるのか。なぜ俺は【ワンダーランズ×ショウタイム】の一員としてショーをしようとしていたのか。それを語る義務が俺にはある。
「俺の目的はただ一つ、天馬司を世界一のショースターにすること。それが俺にとって何よりも優先するべきことだ。その為ならそれ以外のすべてを踏み台にしても構わないと思ってるし、その目的のために【ワンダーランズ×ショウタイム】は必須ではないとも思っている」
今度こそ全員が息を呑む中、司だけが不自然に沈黙を保っている。
それでいい。ここからは俺から彼らに対する問いかけだ。司の出る幕ではない。
「だけど司はお前達と共に歩む道を選んだ。少なくとも今は。ならば俺はその選択を尊重し、その背中を押すだけだ。───故にお前達に判断を委ねたい」
「……判断? それは、何に対してだい?」
「聡いお前ならもう分かってるだろ。この劇団に俺を置いたままにするのか、しないのか。その判断だ」
「っ、それは……」
表情を歪める類くんに対し、俺は能面の様に顔をぴくりとも動かさずそう答えた。
俺の目的を、本心を語った上で『仲間』として迎え入れるか否か。それを問うためにはやはりこのタイミングがベストだった。
「その判断権は司ではなくお前達三人に委ねる。一人でも『否』を唱える者がいれば俺は大人しく【ワンダーランズ×ショウタイム】を立ち去ろう。別に司を世界一にするための手段は他にもあるからな」
四人とは違い、俺にとってショーは絶対ではない。
四人とは違い、ショーに対する熱意などは特にない。
四人とは違い、ショーで観客を笑顔にしたいとは思わない。
そんなこと、天馬司はとうの昔に承知している。その上であいつは俺とショーがしたいと言った。全て知った上でなお、隣に立つことを望んだ。
俺を引き入れるということがどういう意味か。この世で俺の次に『朝比奈春樹』という男を知っている司はそれを正しく理解した上で俺を引き込んだ。
だからこそ今一度問わなければならない。神代類、草薙寧々、鳳えむの三名に司と同等の覚悟があるのかと。たった今目の前で明らかな異常事態を引き起こしている存在を懐に入れる勇気があるのかと。
「……ねぇ春樹くん」
俺の問いに対し、最初に口を開いたのは鳳さんだった。
「春樹くんはショー……嫌い?」
「好きでも嫌いでもない。そう答えたはずだよ」
「うん。でもね、司くんや類くん、寧々ちゃんとお話ししてる時の春樹くんは、とっても楽しそうに見えたよ。時々寂しそうにも見えたけど、けどね、あの笑顔は嘘じゃなかったってアタシは思うの」
そう言った鳳さんの方が俺よりもよっぽど寂し気に見えた。
本当に鋭い子だと思う。役者たるもの観察眼を磨くよう司には指導してきたが、彼女のもつ独特な感受性は天性の才能だ。いや、生まれ持ったその感性が育った環境によって更に磨かれ続けた結果というところだろうか。
「難しいことはよく分かんないけど……春樹くんは司くんのために頑張ってるんだよね?」
「その認識で構わない。補足するなら、司が選んだ選択を尊重する方針でかつ、こいつを世界一にするのが俺の目的だ」
「だったら、司くんがみんなみ~んな笑顔にできるショーをしたいって言ったら、手伝ってくれるの……?」
「……ああ。そもそもその想いこそが天馬司という男を象る最大の要因だからな。そこに関しては信用してくれていい」
「それならアタシは一緒にショーがしたいな! だって今はまだ興味がないってことは、これからもっともっと好きになっていくかもしれないってことだよね! それってとっっってもわんだほーい!だと思うんだぁ」
ほやぁ、という擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべ、鳳さんは肯定する。
俺に彼女の言葉を否定することはできなかった。事実、かつてそれを成し遂げた男が目の前にいる以上今度も同じようにならないなどとどの口で言えるものか。
ともかく鳳さんは納得を示した。ならばと視線をその隣へと向ける。
「草薙さんはどうだ? 俺としては是非とも君の意見を聞きたいところだが」
「……わ、わたしは、その……」
グッ、と肩を強張らせる草薙さんを見て、そういえば対面で話すのはこれが初めてだと思い出した。いつもはネネロボ越しだったし、ショーの後の一悶着の際も俺は口を挟まなかった。だからこうして彼女の人見知りが発動したとしてもなんらおかしくはない。
しかし草薙さんは少しの間視線を辺りへ彷徨わせた後、しっかりとこちらを見据えて来た。
「……あのショーの、ネネロボが動かなくなった時……わたしの代わりに歌ったのって……あんたなんだよね……?」
「あぁ、それについては申し訳ない。十中八九君のプライドを傷付けることになると理解していたが、それでもあの場を乗り切るのにあれが最善だと判断しての行動だった」
この件についてはいずれ謝罪をと思っていたため、軽く頭を下げる。
だが草薙さんはふるふるとかぶりを振ってそれを否定した。
「本当なら、わたし自身の力であの場を乗り切らなきゃいけなかった。ネネロボが動かなくなった時点でわたしがステージに立たなくちゃいけなかった。だから、その……あり、がとう。わたしの失敗をカバーしようとしてくれて」
「人間なんだから失敗して当然だ。そもそも君がステージになんらかのトラウマを抱えていたことは普段の言動から分かっていた。そしてあの場面で君はそのトラウマを超えられないと決めつけて俺は行動した。……つまるところ、俺は君を信じていなかったってことだ。言い方は悪いけどな」
「ううん、あの時は仕方がなかった。そもそも会って間もないわたし達がそんなすぐ信頼関係を築けるはずないし……。でも助けてくれたってことはさ、少なくとも良いショーにしたいとは思っててくれてたんでしょ?」
首を傾げる草薙さんに、沈黙をもって返答する。
良いショーにしてやりたい、という思いは確かにあった。だがそれは司にとっての初公演であり、今までの彼の努力が実る瞬間だと思っていたからだ。彼女達のように観客のことを思ってのものではない。
そして何より、俺はそれらに対して一切の罪悪感を抱いていない。だからこそ俺はこの場においてどうしようもないほどに異物なのだ。
しかし草薙さんはこの沈黙をどう捉えたのか、小さく笑みを浮かべた。
「だったら、うん、わたしは一緒にやりたい。あんたの言った通り過去の一件でまだちょっとステージに立つのが怖いけど……それでも、やっぱりわたしはショーが好き。ここにいるみんなと一緒にショーがやりたい……!」
本人の言った通り、恐怖を克服した訳ではないのだろう。今は治まってはいるが、先ほどのショーでは足が少し震えていた。
だがそれでも彼女にとって大きな一歩なのは確かだ。少なくともあのショーの時点では絶対に動けないと切り捨てていたのだから。
この僅か数日のうちに草薙さんは強くなった。そのきっかけもやはり司なのだろう。誰も彼もがその輝きに目を奪われる天性のカリスマ。誰よりも先陣に立ち、御旗を掲げるその姿には時々俺ですら脱帽しそうになる。
「それはつまり、鳳さんと同じ意見と受け取っても?」
確認のためにそう問いかければ、今度はこくりと無言の頷きが帰ってきた。
不思議だ。なぜ彼女達はそうも簡単に受け入れるのだろうか。確かに理外は一致している。彼女達はみんなを笑顔に出来る最高のショーを、俺は天馬司を世界一のスターにすることを目標としている。そして当の司もまた彼女達と同じ想いを持っている以上、司に協力するということは俺もまた『みんなを笑顔にできるショー』に協力しなくてはいけない。
理外は確かに一致している。が、理屈はそうでも感情が納得しないのが人間だ。それも思春期真っ盛りの彼らとなれば尚更に。
「───ひとつ、聞いてもいいかな?」
だからこそ、この反応こそが本当は正常なのだ。
類くんの金色の瞳が真っ直ぐに突き刺さる。
先日、俺の逆鱗の横でタップダンスを踊った男は今回何を尋ねるつもりなのか。それについては少々興味があった。
「春樹くん、君がそれほどまでに司くんにこだわる理由はなんだい? 君が彼に向けるその執着はただの友人というには少々納まりきらないものがある。その理由、動機を知らない事には僕は君を信用できない」
「信用と来たか。ふむ、正直その辺りは俺の過去に関わるから省略したいが、一つだけ訂正しよう。俺は友人だから司の夢を応援しているわけじゃない」
「……それはどういうことかな?」
「お前もたった今この観客席から見ただろう。あの星の輝きを。その光に目を奪われ、そして焼かれたからこそお前は再びあの手を取った。違うか?」
こちらを見つめる金色の瞳に挑戦的な笑みをお返しする。
彼はもうあの輝きを知ってしまった。あの輝きを自分の手でもっと輝かせてみたいと思ってしまった。ならば今更それから離れることはできないだろう。それほどの引力とでも言うべきものが天馬司にはある。
「確かに、役者として天馬司以上の天才はいくらでもいるだろう。世界を見渡すまでもなく、この日本という狭い島国においてさえ司を超える才能はいくらでもいる」
司自身は認めたくないだろうが、これは事実だ。今までに俺が見て来た中だけでも単純に司以上に才能のある人間はいくらでもいた。ならば逆に天馬司がもつ世界最高峰と呼べる才能は何かと聞かれれば俺はやはり『無意識に人を惹きつけ、引っ張るカリスマ性』と『ピアノ』と答える。前者は先ほど見た通りであり、後者に関してはこの俺も認めるほどだ。仮にそちらの道に進んでいたとしたら間違いなく世界有数のピアニストとして誰もがその名を耳にすることになっただろう。
「だからどうした。そんなもん全部どうでもいい。才能があろうがなかろうが関係なく、こいつはその道を往くことを選んだ。楽しいだけじゃない。辛くて苦しいことも待ち構えているその道を、それでもと笑って進むことを選んだんだ。それは俺にとって最も好ましい人の在り方なんだよ」
届かぬと知りながらも星に手を伸ばす。それがどれだけ難しく、過酷な事なのか。それは多くの人達が知っているだろう。
憧れて、夢見て、そしてどうしようもない現実に膝を折る。この世のほとんどの人間がそこで諦めて足を止める。天を見上げることさえ出来なくなり地に項垂れる。そんなありふれた有象無象に俺は一切興味がない。
俺の関心を引くのはいつだって自身の限界に挑む者だ。負けたって良い。時に足を止め、逃げ出してしまっても良い。涙を流して地に這い蹲っても良い。ただそれでもと最後に立ち上がり、目の前の絶望と戦わんとする者こそがこの世で最も尊いのだと俺は知ってしまった。
「ま、色々と語ったけど別に俺個人は君達を嫌っているわけじゃない。ただ君達が観客を含めた全員を笑顔にすることを第一としているように、俺は天馬司を世界一にすることを第一にしている。司の本当の想いがそちら側である以上、当然俺としてもその想いを尊重するが優先順位は変わらない。これは、そういう話だよ類くん。同じ方向を向いている。利害も一致している。ただ優先とするものの順位が違うだけ。だけどこれは内輪に不和を呼び込む要因になってしまう」
「だから僕達に選択権を委ねたと? 先に共有し、僕達自身に決定させることで後から文句を言わせないために」
「それは少し疑い過ぎだな。ただ黙ってたところでいつかはバレることだ。だったら早い段階で話した方が軋轢は最小限で済むだろう?」
わざわざ言わなくても良い事を敢えて語っているのはそのためだ。
当初の予定では俺は司と一緒にショーをするつもりはなかった。ただあの屋上での言葉で一時揺らいでしまったが故に計画を修正した。
くだらない嘘も意味のない嘘も戯れに吐く俺だが、一度交わした約束を違えるつもりはない。世界一のスターにする件も、一緒にショーをする話も、そして………一緒に消えてやると妹に贈ったあの言葉も。
「……君にとって司くんはそれほどまでに特別な存在なんだね」
「ああ。現状、俺にとって世界でたった二人しかいない『特別』だ。だからこそ司の成長に繋がるのなら俺は一切妥協しない」
「それが結果として良いショーを成功させることにも繋がる、か……」
考え込むように目を閉じる。僅かな間の静寂に緊張感が漂う中、類くんは瞼を持ち上げて苦笑を浮かべた。
「君は強いね。そうやって周囲に流されず自分の意思を貫く強さがある。それは司くんも同じだけれど」
「言っておくがそいつの頑固さはこんなもんじゃないぞ。精神強度はタングステン級だからな」
そのようだね、と笑う類くんに俺も釣られて笑みを浮かべる。
ただ硬いだけじゃ飽き足らず、更に常時リジェネ効果付きみたいな男だ。ただでさえダメージが入り辛いのに十のダメージを与えた直後に百回復するようなタイプのクソボス。これがゲームだったら炎上待ったなしだったな。
「フフ、ならこの件に関しては一旦保留という事でどうかな? 僕としても君と共に活動した一週間は楽しかった。そして現状、君自身は司くんの利にならないことはしない。だからこの場においては保留、ということでどうだろう」
「……逃げたな」
「逃げる事は別に悪いことではないよ。この世の大抵の問題は逃げることで解決する。逃げて、逃げて、逃げ続けて先送りにしているうちに問題はその輪郭が薄れ、問題ではなくなってしまう。今この
「その意見に関して概ね同感だが、逃げる道を選ぶことと逃げることしかできないことは全く別だぞ。それをお前の昔馴染みにもしっかり伝えておけよ」
そう言うと類くんは固まってしまった。その様子に思わず笑みを零してずっと静観し続けてくれていた我らがリーダーに視線を向ける。
さすがは司が選んだメンバーと言うべきか。本当の意味で理解している訳ではないだろうが、この異常事態を引き起こしている張本人を受け入れる辺り司に負けず劣らずの変人揃いだ。
「存外、飽きなさそうな連中だな」
「当然だ! 何せオレの仲間達だからな!」
誇らしげに胸を張っているが、つい先日までその仲間達と喧嘩別れしていただろうが。
思わずそう言いたくなったがグッと堪える。俺は空気を読める男だ。普段は読んだ上で全無視しているが。
「それじゃあ、まぁ……改めまして、朝比奈春樹です。薄々お気づきの通り普通とは少々違うように見えるかもしれませんが基本的には無害なので仲良くしてくださいな。という訳でよろしく類、寧々、お嬢」
「えっ、お嬢ってあたしのこと!?」
「もちろん。いやあ、さすがに鳳家御令嬢殿を呼び捨てにはできませんわぁ」
きっといつか、本当の俺を知ってしまった時彼らは俺に怯えてしまうかもしれない。それは仕方がないし受け入れられる。育ての親ですら幼少の頃から恐怖と憎悪と畏怖の入り混じった目を向けてくるから、その辺りは本当に気にならない。むしろ好意的な感情を向けられる方が困惑する。だって対応が大変だし。
問題なのは結果として彼らの成長を阻害してしまいかねないことだ。そうならないように立ち回るつもりではあるが、最悪司の手を煩わせることになるかもしれない。
それでも、もう少しの間はこの微温湯に浸かっていてもいいのだろうか。
ステージ上から向けられる四種の視線を正面から受け止める。
彼らが俺を拒絶しない間は、ワンダーランズ×ショウタイムの朝比奈春樹でいよう。
舞台から差し伸べられた親友の手を掴みつつ、俺は静かに想いを馳せた。
切り離したものが心や感情ではなく想いのみである以上、時間が経てば再び湧いてくるのが道理。そのため日常的に湧き出した想いを切り捨てている。
当時は無意識に、今では意識的に行っている『本当の想い』の切除、及び廃棄。
それ自体は問題ない。仮に問題があるとするのならそれは、あの朝比奈春樹でさえ持て余すほど強大な想いは一体何処へ消えているのかということ。
遅かれ早かれ、再びその想いと向き合わなければならない日はやってくる。いずれ