Epic of spring song   作:日彗

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春樹くんの異常性を少しずつ開示していくの楽しい


第十七話 vertex

 

 司のセカイで歌が生まれ、そして正式に【ワンダーランズ×ショウタイム】が始動した後、あのセカイのミクやぬいぐるみ達と少し交流した後に解散となった。

 しかしまだ問題が残っている。というのも現在、ワンダーステージの取り壊しの話が出ているのだ。

 この連休の内に採算が取れるくらい観客を呼べたら、という条件で取り壊しの話は保留されていたのだがその初日から躓いていたため割と危ない状況にあった。

 

 ()()()。つまり過去形だ。その後俺達【ワンダーランズ×ショウタイム】一日五回のショーを連休最終日まで行い、初日の失敗を帳消しにしてなお余りある成果を叩き出すことに成功した。さすがにハードワークだったため司達は限界を超えてしまっていたが。

 しかしその甲斐あって一先ずワンダーステージの取り壊しは回避することができた。正直なところ後々この話題が蒸し返されそうではあるが取り敢えず目先の問題を乗り越えられたのは大きい。力を合わせて壁を乗り越えた時こそ信頼関係が強固になる。こうして着実に前へと進み、いずれは世界一のスターになるのだろう。今のうちに色紙を大量に用意しておかなければ。

 

 

「ま、司のサインなんざとっくに持ってるけどな」

 

 

 今日も今日とて学校の屋上でひとりごちる。

 

 連休の疲れと怒涛の展開の連続で今日は放課後の練習は休みになった。それは勿論いいさ。休息は大事なことだ。休まず走り続けていればいずれ何処かで躓くことになる。躓いて足を止めるのなら御の字で、それさえなくボロボロになっていることにも気付かず走り続ければ心が摩耗し、いずれは感情を手放し始める。そうなった人間は見ていてつまらん。退屈極まりない。

 ……という感じのことを中学の頃司に話したらブチギレされた。あいつにだけは我が家の事情を相談し、全てを知られていたため尚更に。

 

 せめて出会うのが後五年ほど早ければ、と思わなくもないがそんな仮定の話をしたところで意味がない。意味のないことを楽しもうとするのが俺だが、どう足掻いても楽しくなさそうなので考えるのは辞めにする。

 

 ふとスマホを取り出してアプリを起動し、プレイリスト画面を表示させた。

 そこには『シークレット』『妹様イチオシ!!』『アニソン』『クラシック』、そして最後に『セカイ』と銘打ったリストが存在した。

 迷わず画面をタップして『セカイ』を開く。そのプレイリストに登録されている楽曲はたったの五つだけ。一番上に上がっている曲が『セカイはまだ始まってすらいない』で残りの四つは全て『Untitlle』。つまり今俺のスマホには各五つのセカイに対する通行証が入っているのである。

 俺が普段使っているセカイの狭間に通じる『Untitlle』はプレイリストの『シークレット』に保存されている。そうでもしないとどれがどのセカイの歌か分からなくなるためだ。どれもこれも『Untitlle』なんて同じ曲名にしやがって、紛らわしいんだよ。

 

 何故各セカイの『Untitlle』が手元に揃っているのか。まあひとえにセカイ改変を行ったせいである。直接セカイの構造に干渉した際に無意識に登録してしまったみたいだ。我ながら抜け目ないというか、なんというか。だが各セカイのバーチャルシンガーがこの『Untitlle』を通して俺に接触を測ろうとされても面倒なためそこは細工を施した。彼ら彼女らは俺がこの曲を持っていることにすら気が付いていないし、万が一気が付いたとしてもこちらのスマホに出入りすることはできない。それを許可しているのはセカイの狭間にいるミク達だけだ。

 

 

「……俺が使う事はまずないか」

 

「何がないの?」

 

「うっわ。突然話しかけるのやめてくれます? 心臓が止まってたら慰謝料請求するところだったわ」

 

「このくらいで心臓止まってたら生きるの大変そうだねぇ」

 

「誰のせいだと」

 

 

 フェンス越しにぼんやりと景色を眺めていると突然肩を掴まれた。

 気配は感じていたので本当は驚いてはいないが、それはそれとして先に声くらいかけて欲しいものだ。

 肩に乗っかっている手を払って視線だけをその人物に向ける。真っ先に目に入ったのは桜色の髪だった。

 

 

「で、何の用かな暁山後輩。さてはお前暇人か?」

 

「ちょ、ひっどいなあ。喋りたくなったらいつでも来いって言ったのセンパイのほうじゃん!」

 

「あ~言ったねそんなこと。あれはお前、あれだよ、リップサービスってやつだよ」

 

「最低すぎるっ!」

 

 

 俺もそう思う。

 結局俺の横に並んで同じように景色を眺めはじめた後輩に、心中で同意を示す。だが安心してくれたまえ、全部冗句だから。

 俺のスマホの画面を後ろから覗き込んできた後輩は「へぇ……」と声を漏らしてから目を合わせて来た。

 

 

「朝比奈センパイって音楽とか聞くんだ?」

 

「ん~まぁ、時々」

 

「なんか以外だなぁ。普段どんな曲聞いてるの?」

 

「アニソンを中心にJ-POPとかクラシックとかが多いかな。後はアプリ内での人気曲なんかをランダム再生させたり、取り敢えず特定の何かじゃなくて適当に流してる」

 

「あ~なんかそれっぽい」

 

「それっぽいってなんだコラ。そんなに紐なしバンジーがしたいなら今すぐさせてやるぞ」

 

「怖い怖い発想が怖いよセンパイ……」

 

 

 隣に並んで同じように景色を眺めながらくだらない雑談を交わしていく。

 やれかわいいリボンを見つけだの、やれ今期のアニメは作画が神懸っていただの。作画に関しては大いに同意するが。

 

 先日、司の想いから歌が生まれた際にどういうことか類、寧々、お嬢の持つ記憶までもが流れ込んできた。この現象については正直なところ予想外だったが、つまり三人が司と同じ想いを持ち、尚且つ『セカイはまだ始まってすらいない』を共に歌ったことで正式にセカイが彼らを受け入れたのだ。

 セカイに受け入れられたことによって三人の持つ『ショーでみんなを笑顔にしたい』という想いがセカイに組み込まれ、それが『セカイに愛され』ている俺へと流し込まれた。

 何度でも言うが想いとは感情に付随するものであり、感情とは記憶があって初めて湧き上がる衝動だ。

 人間の網膜が外界から視覚情報を受け取り、その情報を脳へと伝えて初めて人は『今』を認識する。それは他の五感に関しても同様で必ずほんの僅かな誤差が生まれる。

 故に人に限らず大抵の生命はこの誤差による『過去の記憶』をもとに感情を発露させている。これが記憶と想いが切り離せない理由なのだが……驚くことに類の記憶に暁山瑞希の情報があった。この二人まさかの同中の、それもお互いを名前で呼び合うほど近い仲だったらしい。

 

 相も変わらず世界という奴は狭いなぁと、そんなことを考えながら後輩との談議に花を咲かせていると突然何かを思い出したかのようにニマァと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 

「と・こ・ろ・で、そんなセンパイにオススメの曲があるんだけどさ」

 

「結構です」

 

「え? いやいやそんな遠慮しないで」

 

「結構です」

 

「いやもうほんと遠慮しないで」

 

「結構です」

 

「話くらい聞いてよ!?」

 

「いやだってその表情がもう、ね。なんか面倒くさそうな雰囲気を漂わせてたから」

 

 

 片手を挙げてお断りの意思表示をするが中々強情なようで諦めてはくれなかった。

 だいたいこの後輩が勧めようとする曲なんて中りが付いている。どうせ所属している音楽サークルの曲をそれとなく聞かせようという魂胆だろう。そしてあわよくば知人に勧めさせて再生数を稼ごうとしているに違いない。その手には乗らんぞ小童が。この俺を利用しようなんざ万死に値する。

 

 

「俺に勧めたいなら再生回数一億越えのものにしろよ。それ以下のものは却下させてもらうからな」

 

「い、一億!? それは流石に無茶過ぎだよ! せめて十万回とか……」

 

「桁が変わり過ぎだろ。仕方がない後輩め……」

 

 

 肩を竦めてやれやれと首を振る。

 まったく、なんて後輩思いの良い先輩なんだ俺は。こんな出来た先輩は全国広しと言えどそうそういないぞ感謝しろ。

 とはいえ僅かばかり面倒くさいという表情を表に出しながら先を促してやると、暁山後輩はやはり俺の予想通りの言葉を口にした。

 

 

「センパイ、【25時、ナイトコードで。】って知ってる?」

 

「お、そろそろ休憩時間も終わるな。じゃあ俺教室戻るわ」

 

「待って待ってっ! まだ昼休み半分も残ってるじゃん!?」

 

 

 くるりと踵を返し扉へ向けて足を踏み出した直後、いつぞやと同じように右腕にしがみつかれる。

 ええい離せ鬱陶しい。この誰もが憧れるグレートダイナミックスター先輩の時間は有限なんだぞ。具体的には野菜ジュースを補給したい。今日はまだ六本しか飲んでいないんだ。

 だいたい考えが浅はかすぎやしないかねキミ。俺ってば実はそんなに友達いないよ? 友達認定していないだけの話し相手なんかはいたりするけど。

 

 

「違うんだよセンパイ! ボクの知り合いに曲を作ってる人達がいて、その人達にオススメされたのが【25時、ナイトコードで。】、略してニーゴっていう音楽サークルの歌なんだよ~!」

 

 

 そんな言い訳を叫ぶ後輩に冷めた視線を送る。

 知り合いもなにも、お前がそのニーゴのメンバーじゃん。なにがオススメされただ、まさかこの俺にそんなくだらない嘘が通用すると本気で思っているのか。甚だ心外に過ぎる。

 

 

「あのな我が親愛なる後輩その二よ。お前の質問に対して俺が『知ってる』と答えた場合そこでこの会話は終わりになるんだぞ。という訳で俺は帰る。アディオス!」

 

「それはつまり知ってるってこと!? それともただ単に会話が面倒くさくなっただけ!? センパイの場合どっちか分かりずらいんだよ!」

 

「ならばヒントをやろう。両方だ」

 

「やっぱり最低じゃん!!」

 

 

 ギャーギャーと野良猫のごとく喚き散らすピンク頭を鬱陶し気にあしらい、結局最後はこちらが折れた。だってこのままだと制服に皺が付きかねないし。まぁ別に制服の皺を気にするほど繊細でもないんだけどネ。

 

 

「も~~……あ、結局センパイもニーゴのこと知ってるんだよね? ね、ね、どうだった? ボク、ニーゴの曲大好きなんだ~!」

 

「え? あ~~~うん、いいと思うよ? うんうん」

 

「………………………………………………」

 

「ごめんて。だから無言の圧かけるのやめな? 紐なしバンジーさせたくなる」

 

「ナチュラルに狂言を喰らわされるボクの方が怖いんだけど……」

 

 

 じっとりとした視線を受け流しながらその桜色の髪を乱雑に搔き乱す。とにかく有耶無耶にしたい時はこの手が有効なのだと俺は学習していた。主にまふゆ相手で。

 髪が崩れる~!などとのたまう後輩を解放してやると少し距離を取って髪型を整形し始めた。こいつ当たり前のように櫛を取り出したんだけどいつも持ち歩いてんのかな。え、それって必須装備? 今度司辺りにでも聞いてみよう。

 

 

「も~! センパイのせいで全然話が進まないじゃん!」

 

「ハッ、自分を改めろバカめ。そもそも端から曲を紹介して欲しいなんて思ってないんだよ。音楽なんて所詮暇つぶしだし」

 

 

 中学時代、受験を控えた司に勉強を教えるため毎日のようにあいつの家に通っていたあの時は息抜きにピアノを演奏することもあったが、あれは司に強請られたからだ。俺と司と妹様を引き合わせてくれた最大の要因であるピアノは、幼少のころは何とも思っていなかったが今では悪くない程度には思っている。そう、具体的にはクラシック専用のプレイリストをわざわざ作成する程度には。仕方がないだろ! 司との連弾楽しかったんだもん! そういえば退院したら妹様と連弾する約束してたの忘れてた。

 

 

「ニーゴの曲は一通り聴いた。良い曲だと思ったのは本当だぞ」

 

「………その割にはあまり響いてなさそうだけど?」

 

「良いかどうかと響くかどうかは別物だからな。曲も歌詞も絵も編集もまだまだ粗がある、というより経験不足が目立つ。多分そのサークルのメンバーは中学後半から高校生くらいの集団だと思うぞ。その年代……いわゆる思春期特有の感情の揺れがある。まぁ、それが視聴者の共感を得てるんだろうけど」

 

「……センパイってひょっとして探偵かなにか?」

 

 

 なんでそうなった。と言いたいところだが今回は勘弁してやろう。

 

 昔から他人の感情や心理状態を読み取るのは得意だったが、セカイと接触してからはその感覚が更に研ぎ澄まされた。人が携わる物には全て想いが宿る。音楽もショーも絵も、もっと言えば今俺たちがいるこの学校や備品である机や椅子にもだ。それが最近はより鮮明に理解できるようになった。

 とくに歌なんてものは顕著だ。なにせ人の感情という奴は声によく籠る。本人にその自覚がなく気付いていなかったとしても、俺にはそれが手に取るように分かってしまう。

 

 だからニーゴの曲なんかは正直あまり面白いとは思わない。コメント欄には寄り添ってくれてるみたいだの救われただの書いてあったが俺はそこに共感をしない。どいつもこいつもまるで自分が世界で一番不幸です、だから君達の悩みなんて大したことないんだよ、みたいな想いを込めやがって。似た者同士かお前ら。

 

 

「そんな大した話じゃない。昔から一度見聞きしたことは忘れない体質だから生きてるだけでいつの間にか人間の心理にも詳しくなっただけだ」

 

「へ~! それってカメラアイってやつ? なにそれいいなあ~!」

 

「そんな良い物でもないよ。嫌な記憶や辛い記憶なんかもかなり鮮明に思い出せるからな」

 

 

 とはいっても人の感性なんて一人一人違う訳で、もっと言えば俺の感性なんて世間一般の常識からかけ離れているわけで。何が言いたいかというと今まで生きてきて『メチャクチャ辛い!!』と思った経験はない。大抵のことは俺にとって些事だ。

だいたいカメラアイだの瞬間記憶能力だのと名前を付けたところで、結局のところただ記憶力が良いというだけの話。記憶力が悪いよりはマシなんだろうが、それなら程々でもいいだろとは思う。それか都合の良い記憶だけ狙って消せたらなぁ。………………試したことなかったけど洗脳の応用でいけるか? あ、ダメだ。その類のやつ俺に効かないんだった。クッソ、自分の精神耐性が忌々しい。

 

 う~ん、と腕を組んで考え込んでいると、何か勘違いしたのか空気を変える様に慌てて口を開いた。

 

 

「あっ、じゃあさ! もう一つオススメしたいのがあるんだ! えへへこっちは流石のセンパイもまだ知らないんじゃないかな~?」

 

 

 目前に突き出されるスマホの画面。近づきすぎて逆に見づらいため少し顔を離す。

 暁山後輩が表示させたのは某動画投稿サイトの、とあるアカウントのチャンネル。後輩は知らないんじゃないかと聞いてきたが、そのアカウントの名前は俺も知っているもので───

 

 

Ver(ヴェル)っていう人なんだけど、凄いんだよこの人! アカウント作成されてから三日しか経ってないのにもう五曲も投稿しててさ!」

 

「………ヴェル? これそういう風に読むのか?」

 

「たぶんね? 読みに関しては何も書かれてないから視聴者のみんなが勝手にVer(ヴェル)って呼んでるだけ」

 

 

 まぁ、読み方に関しては何だっていいんだが。

 

 画面に指を走らせて一番最初に投稿された曲、『黎明』を再生させる。

 画面いっぱいに表示されるのはサムネと同じイラストであり、映像はそこから動かない。しかし曲が流れ始めると同時に歌詞が様々なフォントで浮かび上がり始める。

 歌っているのは初音ミクともう一人、人間の男性の声。

 

 目を閉じてスマホから流れる曲に耳を澄ませている後輩は、何が楽しいのか微笑みを浮かべていた。

 

 

「Verの曲はなんていうかさ、こう……心臓を鷲掴みにされるような、魂を直接揺さぶられるような……自分っていう存在の核心を見透かされるような感覚になるんだよね。でも怖いとかはなくて、なんかこう指を指されてるような……」

 

「指、ねぇ……またよく分からん例え方を」

 

「仕方ないでしょ~? 本当に感覚的なことなんだからさ。でも指はボクを差してるわけじゃなくて、“あっちにも道があるよ”“向こうの道も楽しそうじゃない?”って教えてくれてるような感じでさ……視界が開けるって言うのかな? あぁ、自分が見えていないだけで本当は選択肢ってもっとずっとたくさんあったんだなぁって思わされるんだ」

 

「ふぅん?」

 

 

 晴れ渡る青空の下、天を衝くほど巨大な満開の桜を見上げるバーチャルシンガー・初音ミクの背中が描かれた構図としてはシンプルなイラスト。だが暁山後輩はミクの表情が見えないにも関わらず、その美しい花弁に見惚れていることは伝わってくる、不思議と引力のある繊細かつ力強い絵なのだと言う。そういうものか。

 

 

「……Verってどういう意味なんだろうな」

 

「さあね。ボクとしては歌のタイトルの方が気になるけど」

 

 

 ほら、と言ってこちらに表示された画面を提示してくる。

 現在Verが投稿している曲は全部で五つ。アカウント作成直後に投稿された『黎明』、二つ目は『刹那』、三つ目は『英雄』、四つ目は『飢餓』、そして五つ目は『斜陽』となっている。

 

 

「結構考察とかされてるみたいだよ。だって歌詞の中にタイトルと関連した言葉なんて何も入ってないしね。この曲名はなんらかの暗示に違いない! だってさ。共通してるのはどの曲も誰かしらバーチャルシンガーが歌ってることと、あとはイラストに必ず桜が描かれてることくらいだしね」

 

「案外何の意味もなかったりしてな。アカウント名もタイトルも、ただ適当に付けた可能性もあるだろ。作者の気持ちを答えなさい系の問題を解く時はいつもそう思うね」

 

「あっははは! もしかしたらそうかもね! でも一曲目の『黎明』なんて既に再生回数150万だよ? 投稿から三日しか経ってない、それも無名のアーティストがこの勢い! ……まったくとんでもない強敵だよ」

 

「なんの?」

 

「……………………なんでもない!」

 

 

 なんでもないことはないだろうその反応に、思わず分かりやすいなあと思考が過る。

 この曲がこんな短期間に爆発的に伸びたのはどうも有名なインフルエンサーがSNSを通じて宣伝したかららしい。なにそれ俺知らないんですけど。それにしたってたった三日で150万回はおかしいだろ。どんだけ暇人が多いんだよ。こんな曲聞いてる暇があったら働いて社会に貢献しろ。それが巡り巡って俺のためになったらいいのになあ。

 

 時間を確認すると気付けば休憩時間も残り十分程度しか残っていない。どうやら目の前の後輩もそれに気が付いたらしくスマホをポケットに仕舞いこんだ。

 

 

「じゃ、そろそろ戻ろっか。大分話し込んじゃったね」

 

「そうだなあ…………、なあ後輩、お前OWN(オウン)ってアーティスト知ってるか?」

 

「え、なに? オウン?」

 

 

 ふと思い至った俺は鉄扉に向かって歩き始めていた背中に声をかける。 

 正直伝えるか悩んだが、まあうん、なんとかなるだろ知らんけど。

 

 

「OWNだよ。こっちも最近出て来たばかりの新人アーティストなんだが、さっき言ってた音楽好きの知り合いとやらに教えてみるといい。曲の方向性がニーゴとかなり近いからもしかしたら気に入るかもしれない」

 

 

 それがどういう結果に転ぶかまでは責任を持たんが。だが一石を投じてみる価値はあるだろう。後は野となれ山となれだ。

 

 

「へぇ~そんな人がいたんだ、知らなかった。ちょっと調べて聞いてみるよ。じゃあまたねセンパイ!」

 

「授業はあまりサボるなよ。数学の小城先生が愚痴ってたぞ。『俺の授業はそんなにつまらないか……?』って」

 

「うへぇ。あの先生見ていて面白いから嫌いじゃないんだけどねぇ」

 

 

 そう言って今度こそ屋上を後にする。

 ひとりその場に残った俺は静かに息を吐き出すと再び周囲の景色へと視線を戻した。

 

 

「……………いややっぱ三日で150万回再生はおかしいだろ。どれだけ暇人に溢れてるんだこの国は。こんな曲聞いてる暇あるなら他に有意義なことに時間使えよ……」

 

 

 特に隠す必要性を感じないためここで明言しておこう。Verの正体は俺だ。

 

 数日前のワンダーランズ×ショウタイムの初公演、その前日の夜にミク達にせがまれて作った曲がある。しかしそれをもっと多くの人に届けたいのだと言われ仕方がなく作ったアカウント、それがVerだ。

 セカイの狭間におけるミク達バーチャルシンガーの役割のひとつに関わるためいくつか曲を作り、今の所それらすべてこのアカウントにて投稿している。

 ミク達は歌を作ることができない。それは彼女達の存在の根幹に関わってくるため仕方がないのだが、そのため作詞作曲、ミックスにイラストやMV編集もすべて俺一人で遂行した。途中でバカらしくなったためMVは手抜きにしたが。

 

 曲名には本当に何の意味もない。ただシンプルかつ漢字オンリーの方が俺好みだから適当に付けた。そんなくだらない理由だ。けれどアカウント名は違う。

 

 

「にしてもVer(ヴェル)、ねぇ。まあ『vertex(ヴァーテックス)』から取ったなんて分かるはずないし、しょうがないか」

 

 

 呟きは誰かに届くことなく虚空へと溶けていく。

 その名に込めた想いに気付く者は現れるだろうか。まず万が一にも居ないだろうが、今更変える必要性も感じないためこのままにしておこう。

 

 一陣の風を全身に浴びつつ、前髪が乱れるのを無視してスマホをポケットに収納する。

 今回撒いた種がどのように芽吹くのかはあの子達次第だ。あとは我が愛しき愚妹がどう動くかにもよるが、まあだいたい予想通りにはなるだろう。

 風音に搔き消されるのをいいことに、半ば確定した未来を見据えて俺は小さく息を吐いた。

 




曲のタイトルには本当に何の意味もありません。何かの伏線とかそういう訳でもありません。初投稿作品である『黎明』以外は。

初めて作った歌ということもあり加減が分からず、つい真剣に作ったこの曲にはその旋律も、詞も、イラストや歌声にも春樹くんの強い想いが込もってしまいました。その結果この曲を聞いた多くの人々はこの歌に込められた『魂を直接揺さぶるような強力無比な想い』に()てられてちょっとした依存症状を発生。僅か三日というあまりにも短い期間で150万回再生を記録、現在も伸びは加速し続けています。(二曲目からは加減を覚えた)
約一週間後、ちょっとした社会現象となりTV報道されることをこの頃の彼は知る由もなかった。
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