Epic of spring song   作:日彗

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望月穂波への第一印象「聖槍抜錨する墓守そっくり(声が)」
タントオタベへの第一印象「もはやアルテマティア様やんけ。ヴィラン適正高杉くん」


第十八話 守るための言い訳

 

「うぅむ……」

 

「………」

 

「むぅ……」

 

「……なぁ」

 

「むむむぅ……」

 

「お前なんかずっと変だぞ。珍しく悩み事でもあるのか?」

 

 

 屋上から教室へと戻り、午後からの授業を全て消化しもはや帰るだけとなった今、朝からずっと唸り続けている司に声をかけてみた。

 何があったのか知らないがこいつがここまで項垂れているのも珍しい。珍しいついでに暁山後輩との会話で話題に上がった件を伝えてみることにした。

 

 

「ところで司、Verって知ってるか」

 

「……知らんが、なんだそれは?」 

 

 

 有無を言わせず司の耳にイヤホンを嵌め込む。ちゃんとウェットティッシュで拭いてあるから安心して欲しい。その位の配慮はするさね。

 最初は訝し気な視線を向けて来た司だったが、曲が流れ始めると次第に真剣な眼差しになってスマホの画面を凝視し始めた。どうやら好感触を頂けたらしい。

 一曲を通して聞き終えると、司はイヤホンを外してほぅと息を吐いた。

 

 

「良い歌だな! しかしなぜ急にこれを聞かせてきたんだ?」

 

「ちょっと後輩とこれについて話をしてさ。その後輩もえらく気に入ってるみたいで勧められたんだけど司はどうかな~と」

 

 

 春樹にそんな仲の良い後輩がいたか?などと失礼なことを宣う親友(バカ)だったが、何とか気を紛らわせることが出来たらしく表情が明るくなった。

 ミク達にせがまれ仕方がなく作ったものだったがこんなところで役立つとは。人生、何が起こるか分からんものだ。

 

 

「しかし分かり切っていたことだがお前も性格が悪いな。せっかくのファンならば自分だと明かしてやればいいものを……」

 

「いやいや別にそんな仲良いわけじゃ…………、………なんで俺だってわかった?」

 

 

 しかし次の瞬間、司は然も当然のようにVerの正体を言い当ててしまった。

 俺が作曲している事を司は知らない。何せ俺にとってはこれが処女作な訳だし。だからヒントになるようなものは何もなかったはずだ。

 そんな思いを視線に込めると司はキョトンとした表情で僅かに首を傾げ、

 

 

「なぜも何も……オレがお前の声を聞き間違えるはずないだろう?」

 

 

 と、どこかの少女漫画に出てきそうな台詞を吐いたのだった。

 

 

「……あー、あーあーあー。やっぱ声変えとくべきだったかな?」

 

「いや、特段問題ないだろう。普段喋っている時と歌っている時では声の印象が大分違う。春樹の場合特に顕著に変化があるからな。よっぽどお前に近しい人間か、あるいはこの歌を何十回、何百回とリピートし尚且つお前の歌を直で聞くでもしない限りまず気づかんはずだ」

 

「本当かよ。お前にはすぐ気付かれたのに?」

 

「長い付き合いだからな! 春樹の声ならば必ず気付ける自身があるぞ!」

 

 

 割と恥ずかしいことを言ってる自覚がないのか、司は自慢げに胸を張った。

 そういえばこいつ絶対音感持ちだったな。だがそれ自体は別に珍しいわけでもない。何なら俺や冬弥くんだってそうだし、やはりこいつがおかしいだけなのかもしれん。それにしたってちょっと怖い気がする。どんだけ俺のこと好きなんだこいつ。

 

 

「それにお前ならば曲の一つや二つ作れても何らおかしくはないだろう。むしろその位できない朝比奈春樹など逆に想像がつかん」

 

「お前俺のこと何だと思ってんの? もう少し想像力を養えよこのおバカ」

 

 

 スマホを返してもらい、ポケットに収めつつ思案する。

 どうせこれから先もミク達にせがまれて曲作りをする羽目になるだろう。だが収録する時は声を変えた方がいいかもしれない。いっその事女性の声にしてしまおうか。別に正体がバレたところで俺自身はどうでもいいが、変に目立つと面倒くさい。そもそもVerはあくまでおまけというか、正直俺の中での優先度は然程高くはない。俺にとっての最優先は依然変わらず司を世界一にすることであり、それに伴う【ワンダーランズ×ショウタイム】の活動の方が遥かに優先度が高かった。

 

 ま、それはそれとして。

 

 

「それで、今日一日何に悩んでたんだ? 相談ぐらいならいつでも聞いてやるぞ」

 

「む、むぅ……実はな……」

 

「うん」

 

「………先日から咲希が熱を出して寝込んでいるんだ」

 

「……………………………はぁ~~~」

 

 

 随分ともったいぶった挙句、司がようやく口にした言葉はつまり『妹が体調を崩した』というもので……。

 

 

「───おっ前ふざけんなよッ!! それは世紀の大事件じゃねぇか!! 授業なんて受けてる場合じゃないだろこのスカポンタンが!! 今すぐお見舞いに行くぞ!!」

 

「こうなると分かっていたから言えなかったんだ!!!」

 

 

 椅子を蹴り倒して立ち上がり、司の胸元を掴み上げる。

 よりにもよって……よりにもよって妹様が苦しんでおられる時に呑気に学校に来ていたとは! クッソ、タイムマシン! タイムマシンはどこだ!………そういえば設計理論だけ作って止めたんだった。何で作っておかなかったんだ中学の頃の俺!!!

 

 

「お、お見舞いの品も用意しないと! 何を用意すればいいんだ? リンゴか? リンゴなんだろ!? うちの妹は取り敢えずウサギに切ったリンゴ与えておけば満足してたんだけど!」

 

「ええい落ち着け! お前が心配するほどのものではない! ないから一度落ち着け春樹!」

 

「これが落ち着いていられるか! わかってんのかお前!? 妹様になにかあったら俺は人類を滅ぼすぞ!!」

 

「やめろッ!!!」

 

 

 大喝と共に手刀が脳天に突き刺さる。仮に他の相手だった場合は手刀が届く前に反撃して腕の一本は圧し折っていただろうが、相手が司の場合はそうもいかないため大人しく受け入れた。普通に痛い。

 

 

「未来のスターが暴力振るっていいのか……?」

 

「喧しい! 言葉で分からん奴には力で分からせるしかないだろう!」

 

「増々スターになろうって奴の台詞じゃない気がするんだけど」

 

 

 叩かれた頭部を擦りながらジトー、と目の前の男を睨みつける。

 だが妹様が寝込んでいらっしゃる以上、お見舞いに行かないという選択肢は存在しない。スポーツドリンクやゼリーなんかを買って行くのが良いんだろうけど、その辺りの物は天馬家に常備されているため必要なさそうだ。妹様の好きそうなスイーツを作ろうにも今からでは時間もかかる。う~む、業腹だが道中のお店で買っていくしかないか。俺が作った方が絶対美味いけど。

 

 

「こうなったらケーキだケーキ! 女の子はみんなケーキが好きなんだろ!? そうと決まればさっさと行くぞ司! 時間との勝負だ!」

 

「お前はなぜいつも咲希が関わると暴走するんだ!? ええい待て! お前を一人にすると何をしでかすかわからん!」

 

 

 肩に手を伸ばしてきた司の腕を逆に掴んで引き摺って行く。時間が惜しいって言ってんだろ。今この瞬間も妹様は一人苦しんでおられるんだぞ。

 

「あぁ妹様、どうか今しばらくのご辛抱を! すぐに我々が馳せ参じますので!」

 

 背後で喧しく騒いでいる司を無視して足早に学校を飛び出した。

 待っててください妹様! すぐに向かいまあああす!!

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 東雲少年の記憶から選んだ駅前のケーキ屋でとりあえず八種類ほど購入してお店を出る。司からは買い過ぎだと言われたが、残りはご家族でお食べなさいと伝えたら唸りながらも引き下がった。

 本当はお店に並んでいた商品全部購入して贈りたかったのだが、さすがに自重した。なんせこちとら一生遊んで暮らせるだけの大金は当の昔に稼いでいる。むしろ少しでも使っておかないと経済が回らないのではと心配しているくらいだ。万が一のことを考えて将来まふゆが進みたい道を決めた時に力になれるよう九桁程度の金額を別口座に移したりもしているが、それでもなお余りある大金が俺の口座にはあった。

 手段を知り、能力があれば金を稼ぐことなんて赤子の手を捻るように容易い。現に今も預金通帳に刻まれた数字は上へ上へと変動し続けている。というかもうそろそろ十桁の大台に乗るはずだ。ちょっとやりすぎたなぁと思わないこともないが、これだけあれば司達が怪我や病気になったとしても問題ないだろう。うんうん。

 

 

「ケーキに合う紅茶も見繕った方がよかったかな?」

 

「これ以上増やされると咲希も困るだろう。頼むからほどほどにしてやってくれ……」

 

「司、なんかお前疲れてね? だいじょぶ?」

 

「誰のせいだと……!」

 

 

 俺のせいじゃないよね?

 忌々し気にこちらを睨んでくる司の視線を躱しつつそう思案する。だって絶対に俺悪くないし。

 ケーキの入った紙箱を片手に交差点を渡る。このスクランブル交差点はいつ来ても人が多い。やはり人類は繁殖し過ぎたんだよ。今の世界人口は確か八十億を超えてるはずだ。多い多い、その五分の一もいらない。

 社会が成熟し技術や概念が先鋭化していくことが総体としての『人』を幸福にすることとは限らない。人は人以外の絶対者に管理されなければ何度でも同じ過ちを繰り返す生き物だ。

 だが残念なことに、この世には神も仏も存在しない。人が過ちを犯さぬよう管理する上位存在などどこにもいない。

 

 ならばいっそのこと、俺が人類を間引いて管理───

 

 

「───春樹。またおかしなことを考えているだろう。怖い顔をしているぞ」

 

「………………生まれつきだ」

 

「嘘を吐くな嘘を!」

 

 

 ガミガミと怒鳴る司の表情を見て逸れていた思考を正す。

 いけないいけない。妹様の件での動揺をいまだ引き摺っていたらしい。思わず思考回路が昔に戻りかけていた。あー嫌だ嫌だ、そんなくだらないことよりこの兄妹の方が遥かに優先度が高いというのに。

 適当に謝りながら天馬家へ向けて歩いていると、ふと視界の端に人の行列が映り込んだ。特別興味があったわけではないが無意識に行列の先へと視線を向けるとどうやら新たにオープンしたばかりのパン屋が原因らしい。

 

 

「……焼きたてのパン、か」

 

「おいまさかこれ以上買うつもりじゃないだろうな!? そもそも病人への見舞いの品がパンというのはどうなんだ!?」

 

「冗談だってジョーダン。さすがに買いすぎて妹様に引かれるのは俺だって避けたい」

 

 

 けど自分用に買うのはアリなのでは?と思ったが一秒でも早く妹様のもとへ向かわなければならないため断念する。

 そうして長蛇の列を横切ろうとしたその時、カランコロンと鈴の音を鳴らしてお店の中から人が飛び出してきた。前方が見えなくなるほど高く積まれた箱のせいで足元が見えなかったのか、飛び出してきた人は足を引っ掛け「きゃっ……」と小さく悲鳴を上げると俺達の目の前にその大量の箱を散乱させた。

 

 

「おっと、大丈夫ですか? お怪我などは……」

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですのでお気になさらず……!」

 

 

 思わずしゃがみ込んで目の前の女性に手を差し伸べる。

 ピンクアーモンドの髪をサイドで一つに結っているその女性は、少し戸惑った後に差し伸べられた俺の手を取って立ち上がった。

 ……あれ、この子なんか見覚えがあるぞ。見覚えどころかセカイの狭間で彼女の記憶を流し込まれたことあるな。

 

 

「む? ……おお、誰かと思えば穂波ではないか! 久しいな!」

 

「え、……つ、司さん!? どうしてここに!?」

 

 

 背後からヒョイッと顔を覗かせた司はサイドテールの彼女を見て懐かし気に声を上げた。

 望月穂波。彼女は妹様や星乃さんと同じく『教室のセカイ』を生み出した想いの持ち主であり、彼女たちの幼馴染に当たる子だ。

 だが正直に言うと今の俺の思考は別の事に埋め尽くされている。目の前の彼女が望月穂波ということは、先ほどばら撒かれたあの大量の箱の中身はまさかまさかの───

 

 

「咲希たちが中学に上がった頃から顔を合わせることも少なくなったからな。元気そうで何よりだ! む、それよりも拾うのを手伝おう。量が量だ、手が多い方が早く済むだろう? ……それにしても凄まじい量だが、まさか全部アップルパイなのか?」

 

「ぁ、ぅ……ち、違うんですっ。こ、これはその、友達や親戚にも配るために……!」

 

「穂波は昔からアップルパイが大好物だったからな! 今更このくらいでは驚かん! それによく食べるのは良いことだと思うぞ! 健康的な証拠だな!」

 

「~~~~~ッ!!」

 

 

 顔を真っ赤にして震える望月さんを見て、流石にちょっと可哀想だと思った。司のデリカシーが無さ過ぎてごめんね。俺の教育不足です。司もその辺にしてあげてよ。女の子によく食べるとかそういう事言っちゃいけないって俺でさえ知ってるんだぞ。言っちゃいけないというだけでよく食べるのは良い事だと俺も思うけどさ。

 含む所など一切ない笑顔を浮かべる司は望月さんがなぜこんなにも恥ずかしがっているのか理解できていない様子で首を傾げていた。

 

 

「えっと、うちの連れがごめんね。よく言って聞かせますんで」

 

「ぅぅ……だ、大丈夫です。すみません……」

 

 

 全くもって大丈夫そうには見えないが、わざわざ指摘してこれ以上困らせてしまうのも良くないため黙って箱を拾うのを手伝う。

 これ本当に全部アップルパイなのか……一つ一つの箱がそれなりにサイズあるんだけどこれひょっとしなくてもホールだよね?それがひい、ふう、みい……ワォ、十個もある。このサイズと量になると冷蔵庫にも入りきらないだろうし、全部食べるつもりなんだろうなぁ。甘い物は別腹とは言うが、明らかに胃袋も容量オーバーだろこれ。

 この大量のアップルパイを彼女一人に持たせていいものかと悩み、ふと司に視線を向けるとこくりと頷き返された。

 本当は早く妹様のもとへ向かいたいのだが、仕方がない。妹様の幼馴染である以上彼女の優先順位は三位タイだ。無下に扱う訳にもいくまい。

 

 

「……さすがにこの量を一人で運ぶのは大変でしょ? よければ運ぶの手伝うよ」

 

「え。い、いや本当に大丈夫ですので……!」

 

「いいや遠慮することはないぞ穂波! 一人で運んではまた足元を躓く危険性があるからな! この未来のスターにドンと任せるがいい!」

 

「お前はちょっとテンション下げてくれ」

 

 

 羞恥と心苦しさから提案を断ろうとする望月さんだったが、結局司に圧倒されて運ぶのを手伝う事となった。妹様達と幼馴染であるため望月家は天馬家とそれほど離れている訳ではない。さすがに正反対の場所とかだったら渋っていたかもしれないが、それならば俺に文句はない。

 通りを歩いていると多くの通行人が通り過ぎ様にちらちらと視線を向けてくるが、こればかりは仕方がない。この量で目立つなというのが無理な話だ。よくもまあこれだけの量をお店で買えるものだ。普通の女子高生ならそちらの方が恥ずかしがるものではないのか。JKというやつはよくわからん生態をしている。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。神山高校二年の朝比奈です。望月さん、でいいのかな? よろしく」

 

「あ、はいっ。望月穂波といいます、こちらこそよろしくお願いします」

 

「春樹とは中学からの仲だからな。咲希とは何度も顔を合わせていたが、穂波たちに紹介するのは初めてだ」

 

「いやこの間星乃さんとは話したぞ。なぜか警戒されたけど普通にいい子だった」

 

「あぁ、そういえば咲希も言っていたな。何度言ってもお前が呼び方を変えてくれない、と」

 

「ふん、バカめ。変える必要がいったいどこにある。俺にとって最大限の敬称だぞ」

 

「人前で呼ばれることが恥ずかしいのだろう。それと咲希はオレの妹だ!」

 

「それに関してはマジで心底羨ましい……」

 

 

 途中から望月さんを置いて司との談議に移ってしまったが、何が琴線に触れたのか、望月さんは楽し気にクスクスと笑みを零した。

 

 

「……あっ、ごめんなさい! お二人がとても仲良しなのが伝わって来たのでつい……」

 

「はっはっはっ、春樹は親友だからな! だが仲が良いのは穂波たちも同じではないか。昔はどこに行くにも四人一緒だっただろう?」

 

「っ、……そ、うでしたね……ははは、………」

 

「なぁ司、この話地雷みたいだからやめようぜ」

 

「むっ、なぜだ!? 昔は本当に仲が良かったんだぞ!」

 

「この淀んだ空気を察しろバカ。どう見てもお前の知らないところで何かあった感じだろうが」

 

 

 『むぅ……』と唸る司を無視して望月さんに気にし過ぎないようフォローを入れる。

 司の言いたいことも勿論理解できるが、それはそれとして彼女たちもお年頃だ。そりゃ人に言えない悩みの一つや二つ当然ある。特に妹様の入院先が遠くに移ってからは幼馴染たちとの交流も徐々に少なくなっていた。新幹線で片道二時間もかかる距離は当時中学生だった少女たちにとって重いに決まっている。料金だって馬鹿に出来ない。

 それに時間が経つにつれて環境も変わってくる。小学校から中学校へ。一年生から二年生へ。学校が変わり、学年が変わり、それに伴って周囲の反応や考え方もまたそれぞれに歪みを持ち始める。思春期真っ盛りな年頃なんてみんなそんなものだと思うが、だからこそ精神的に未成熟な子達は環境に圧し潰されそうになることがある。

 ひとえに、望月穂波もまたその一例だった。

 文武両道、勉強も運動もできる優等生。誰にも等しく優しさを、誰にも等しく寄り添いを。それは彼女のもつ生来の優しさからくるものだったが、自分だけの味方になってくれないことを嫌がる者が一定数存在する。精神的に未熟な思春期ならなおの事。

 誰にでも優しいということは決して悪いことではない。むしろそれは褒められて然るべきものだ。彼女が相手の事を想っていたのは確かなのだから。

 だがそれは全員を等しく同価値と見ているということ。特別を作らないということ。少しばかり悪く言うなら八方美人という言葉が当てはまるだろう。

 別にそれが悪いことだと俺は思わない。しかし彼女は他人にばかり気を使って自分がどう思われているかを理解できていなかった。その点に関してはまぁ仕方がない気もする。むしろ上手くやりすぎてまふゆみたいになってたら最悪だった。それを知って闇落ちする妹様なんて見たくない。そもそも闇落ちする天馬兄妹とか解釈違いも甚だしい。

 

 微妙な空気が流れ始め、沈黙が場を支配する。司もまた彼女達の間に何かがあったことを察したのか神妙な面立ちをしていた。

 やがて望月さんの家に辿り着いた。持っていた箱を手渡して家の中を数往復し運び終えると、望月さんは律儀に戻ってきてお礼を告げてくる。さすがに三人で分ければ大した苦労もしなかったためほどほどに立ち去ろうとしたのだが、そこで司が待ったをかけた。

 

 

「穂波。つかぬ事を聞くようで悪いが、咲希たちとうまくいっていないのか?」

 

「ぇ───」

 

「すまない、不躾なことを言っている自覚はある。オレは見当違いなことを言っているのかもしれん。だがもしも仮にオレの考えが間違っていないのであれば、オレに何かできることはないか? 咲希だけじゃない、オレはお前達の事も妹同然に思っている。力になれることがあれば相談して欲しい」

 

 

 真摯に向けられる司の言葉と視線に、望月さんは明らかな動揺を見せた。さすがのお兄ちゃん力に思わず敬礼したくなる。結局のところ司もまたどうしようもないほどのお人好しなのだ。

 だが、

 

 

「司そこまで。これは彼女達自身で乗り越えなくちゃならない問題だよ。俺達無力な部外者にできることはなーいの」

 

 

 司の肩に手を置いて首を横に振る。

 その優しさは今の彼女には毒になりかねない。現に望月さんは顔を青くして肩を震わせていた。

 よっぽど知られたくないのだろう。今自分たちを取り巻く状況を。そして自身に起きた悲劇とその結末を。

 司もまた彼女たちに何かがあったことを察している。そして妹同然だと語ったように、彼女達が苦しんでいる中ジッとしていられるほど天馬司は冷酷にはなれない。それがこいつの良い所でもあるがこの問題に関して踏み込めるラインはここまでだ。

 

 司はキッとこちらを睨み付けてきたが強引に背中を押してその場から離れる。これは後から質問攻めにされそうだと思いながら、ふと思い留まって後ろを振り返った。

 

 

「望月さん」

 

 

 一言、名前を呼びそれに反応して持ち上げられた空色の瞳を見つめる。

 妹様の幼馴染というだけで彼女の優先順位は俺にとって血の繋がった家族と同等にまで吊り上がる。しかし結局のところ妹様の方が優先順位は高いのだ。

 

 

「幼馴染を守ることを言い訳に使っちゃいけないよ」

 

「………っ!」

 

 

 何が言いたいのかというとつまり、望月さんが傷つくことよりも妹様が傷つくことの方が遥かに問題だということ。そのためなら今この場で心を揺さぶってしまった方が手っ取り早い。

 息を呑んでこちらを見つめ返す空色に無機質な紅が映り込む。別に無意味に怖がらせたいわけではないのだが、彼女の瞳には深層に沈めた心の傷を見透かされた恐怖が渦巻いて視えた。

 

 

「君の大切な人たちを守りたいと思うその優しさはとても素晴らしく、美しいものだ。それに対して同時に人に嫌われたくない、自分が傷つきたくないと思う気持ちもまた正しく感情のある人間ならば至極当然のこと。それに関して何も後ろめたく思う必要は無い。だから、『幼馴染を守る』ことを言い訳に使っちゃいけないよ。自分に嘘を吐いて正当化することだけはやめなさい」

 

 

 それだけ言い残して今度こそ司を連れてその場を離れる。

 幼馴染を守るために自身から遠ざけた者。そして幼馴染を巻き込まないため、自分がこれ以上傷つけられないために距離を置いた者。結局のところ彼女達の問題とはそういうものだ。

 揺さぶれるものは揺さぶった。彼女の中での俺への印象は悪くなったかもしれないが、正直そこに関してはどうでもいい。どうせこの問題に関して俺が踏み込めるのもこの辺りが限度なのだ。これ以上は過干渉が過ぎる。これでもミク達と『見守る』と約束した身だ。とはいえ口約束であることに変わりなく、またミク達も俺の好きにしていいと言っているためあまり気にしてはいないが。

 だが過干渉が過ぎれば彼女達の成長の妨げになる。それは俺としても望んでいないためやはりほどほどにしておくべきだろう。これは他のセカイの子達も同様だ。

 

 背中に浴びる視線にはもう振り返らず天馬邸へと足を進め中、頭に過ったのはまだ会ったことのない四人目の幼馴染のこと。そちらの方の懐柔は済んだことを確認しているが、であれば妹様たちは次に望月さんの問題に向き合うことになるだろう。それをどうやって解決するのか。正直望月さん本人が勇気を出さなければ何も始まらないが、勇気(それ)に関しては妹様も星乃さんも持ち合わせている。特に心配する必要はない。

 

 いつの時代、何処の国においても人は寄り添う事で勇気を与え、また受け取っている。望月さんに勇気を分け与えようとする友人がいることを、彼女はいつか幸福に思う日がくるだろう。ま、ともあれ後は彼女達の問題だ。俺は精々セカイの狭間から見守らせて貰う事にしようか。

 




優先順位ランキング

一位
 天馬司(生涯で初めて春樹の世界(こころ)を揺さぶった個人。平和な現代日本に誕生した英雄の器)

二位
 天馬咲希(生涯で二番目に春樹の世界(こころ)を揺さぶった個人。ただし春樹自身も司に与えられた衝撃が残留していた自覚があるため、一位タイではなくこの順位に。正直なところ司がいなければ咲希に世界(こころ)を揺さぶられることはなかった)

~~~~~~~~~~~~~~~~
絶対に越えられない壁
(春樹の世界に影響を与えられなければこの上にはいけない)
~~~~~~~~~~~~~~~~

三位
 朝比奈まふゆ及び両親(兄は妹を守るもの、家族は大切にするものと天馬兄妹から学習した。が、春樹にとって『家族』とは所詮ただの記号である。血の繋がりは彼の世界を動かす要因たりえない)
 星乃一歌、望月穂波、日野森志歩、日野森雫(司、咲希の幼馴染は基本的にこの順位)
 青柳冬弥(慕ってくれてるめっちゃいい子)
 セカイの狭間のバーチャルシンガー(幼少期からずっと見守ってくれていたため何かと優先している)

四位
 神代類、草薙寧々、鳳えむ(ワンダショメンバーは三位昇格最有力候補)
 暁山瑞希(ノリが良くておもしろい奴)
 桃井愛莉(癪ではあるが咲希の大好きなアイドル。春樹が生涯で唯一嫉妬した相手。おのれハッピーエブリデイ……)

五位
 その他各セカイの想いの持ち主たち(会ったことがある者、会ったことがない者問わずセカイを生み出したというだけで一定の評価は与える)


現状、二位以上を『特別』三位は『大切』として区分している春樹ではあるが、生来の精神性から春樹にとって『大切』はどうしても守らなければならないものではない。大切と言って抱え込んで置きながらそれを捨てる事に一切躊躇がないその心の在り様こそが彼の異常性の証である。
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