Epic of spring song   作:日彗

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野菜ジュ……おいやめろデスベジル!?世界から野菜を消すとか正気じゃねぇ!冗談抜きでブチギレ案件なので春樹くんの前では言わないように。


第十九話 百薬の長、その名は―――

 

 

「望月さんはさ、中学の頃イジメにあってたんだよ」

 

 

 望月さんと別れ、天馬家に続く道を歩く中こちらを睨みつける琥珀の瞳には怒りの色がありありと漲っている。『いい加減説明してくれるんだよな?』という声が聞こえてくるようだ。別に司に対しては隠す必要もないと判断して彼女達の事情を説明していく。

 

 

「お前も知っての通り、あの子って優しいだろ? それも相まってクラスメイトや友人の悩みやら愚痴やらを聞いて慰めたりしてたらしいんだけど、ある時その愚痴で悪く言われていたクラスのリーダー格の子がそれを知ってこう言ったんだ。『誰にでもいい顔をする八方美人だ』って」

 

「…………それが原因でイジメの対象にされたと言いたいのか?」

 

「事実これが原因になったみたいだぞ。ただ本人も最初は耐えてたんだがその様子を心配した星乃さん達すら陰口の対象にされた。それで望月さんは彼女達を守るために自ら距離を置くことを選んだんだが……」

 

「ならば幼馴染を守ることを言い訳に使うなと言ったのはどういう意味だ? 言い訳もなにもその通りのように聞こえるが」

 

()()()大切な幼馴染を守るためだった。けど今はそれだけじゃないってことさ。クラスメイトにイジメられたトラウマから彼女は高校生になってからもクラス以外の友人とは仲良くしなくなった。今望月さんの根底にあるのは『自分が傷つきたくない』『もうイジメられたくない』という自己保身だよ」

 

「……それは、別に何も悪くはないだろう」

 

「だから俺もそう言った。悪いのは幼馴染を守るためと自分に嘘を吐いていることだ。他者に優しさを向けることはもとより、自身を守ることもまた悪でも恥でもない。けど望月さんはそれを後ろめたく思ってる。だから自分に嘘を吐いて正当化しようとしてるのさ。本当は後ろめたく思う必要なんてどこにもないんだけどなぁ」

 

 

 肩を竦めて苦笑を漏らす。絶望の質も深さも感じ方は人それぞれ。俺にとって大したことのない些事でも、彼女達にとってはどうしようもないほど大きなものなのだろう。それについて理解することは出来てもやはり共感することは難しそうだ。

 

 

「後は望月さん自身が前に進まなくちゃいけない。彼女も心の底では昔のように幼馴染と一緒にいたいと思ってるからな」

 

「……この件、咲希はどこまで知ってると思う?」

 

「まだ何も知らないと思う。星乃さんもわざわざ入院して大変な状況の妹様に言わないだろうし、復学した今でも中々話しづらい内容だからな。ともあれ時間の問題だ。遅かれ早かれこの問題に直面するだろうけど……」

 

 

 と、話している内に天馬邸に辿り着いてしまった。何度見ても立派な家だ。鳳家はこれより遥かに大きいのかと思うと………え、そんなに大きくして何の意味があんの?家なんて普通の一戸建てで十分だよ。掃除が行き届かなくなっちゃう。

 普段ならインターホンを鳴らす所だが、今日は司が共にいるためその必要もない。懐から鍵を取り出して鍵穴に差し込んでいる司の背を眺めながら俺は言葉を投げかけた。

 

 

「お前は何も言って来ないんだな。聞きたいことなんて他にもあるだろうに」

 

「……聞きたいことは既に聞いたからな。それにあまり知りすぎてもオレでは持て余してしまう。これが咲希達自身が乗り越えなければならない問題だというのなら、オレにできる事はせめて側で支えることくらいだろう。自分の無力さにはほとほと呆れるがな」

 

「そんなことないさ。側に居てくれる人がいるってのはそれだけで救いになる。お前の気持ちはちゃんと妹様にも伝わってるよ」

 

「だと嬉しいが………だがあまり誰彼構わず喋らない方がいいと思うぞ。お前の抱える情報は質も量も桁が違う。最悪先ほど話していた中学時代の穂波と同じ状況になりかねんからな」

 

 

 それもそうだと心配そうな目でこちらを見つめる司を見て思う。

 情報とは一種の毒だ。使い方次第で薬にも猛毒にもなる扱いの難しいもの。特に本人しか知らないような完全プライベートのものとなるとなおさらに。

 今ではセカイの影響で彼女達の記憶を持っているためこれほど細かい個人情報までも有しているが、仮に記憶がなかったとしても彼女達の過去に何があったかなど一目見て、少し話せば容易に想像できる。本人がどれだけ必死に隠そうと結局答えはいつも()()にあるのだ。まぁ、それが原因で小、中学の頃に俺も少しばかり陰湿ないじめを受けたりもしたが。靴を隠されたりとか机がグラウンドに運ばれてたりとか。

 だが正直なところ誰にどれだけ嫌われたところで心底どうでもいい。そんなもので俺の世界が動くのであればそう苦労もしない。それはそれとして鬱陶しかったため主犯どもは翌日には制裁した。おかげでいじめもなくなりました。

 

 

「なにより、皆その情報源を気にするだろう。セカイのことについてもそうだったが、お前が何をどこまで知っているのか、誰から漏れたのかと相手は訝しみ気味悪がる。……お前自身その情報源については語る気がないのだろう?」

 

「え? いや別に。いつも言ってんじゃん、『見れば理解()かる』って」

 

「それで納得する奴などいるか! それなら話さな方が遥かにマシだ!」

 

「えぇ、本当の事なのに……」

 

 

 本当に見れば理解()かるのにどうして皆疑うのか。俺から言わせれば逆になぜお前たちは理解できないんだと言いたい。そういえば中学の頃まではよくこの紅い目を『全部を見透かされているようで怖い』と言われていたが、高校に上がってからはめっきり言われなくなった。これも人として成長している証だろう。たぶん良い事だ。なにせまふゆにさえよく怖がられていたくらいだからな。

 自分を見つけたいなんて言ってるくせに、自分の知らない奥底の『自分』を見透かされる事を怖がる。んなもんどないせいっちゅうねん。見れば分かってしまうんだから仕方がないだろう。こっちだって見たくて見てるわけじゃない。

 

 うだうだと言い訳を呟いている内に鍵の開いた扉を潜る。もはや見慣れた玄関口だが、ふと視線を下に向けるとなぜかローファーが三足並んでいた。一足は妹様の物だとして、残りの二足は……。

 

 

「妹様のお友達かな?」

 

「そのようだな。咲希が学生生活を満喫しているようでオレは嬉しいぞ!」

 

「そこまでいくと兄妹っていうよりもはや親だな。でも気持ちはものすごくわかる。俺も嬉しい……」

 

 

 初めて会ったのが病院のベッドの上だったこともあって妹様がただ元気でいるだけで心から喜ばしく思う。だからこそ体調を崩したと聞いて天変地異でも起こしかねないほど動揺したのだ。おのれウイルスめ、いつかこの星から撲滅してやる。

 司の案内に従って先を歩く背中を追いかける。中三の頃はほとんど毎日来ていたが、最近は来る頻度も少なくなった。大型連休の時なんかは泊まって司の受験勉強を手伝ったものだ。休憩の時間に演技の練習したりピアノ連弾したり……あれ、休憩なのに全然休んでないな。息抜きにはなっていたみたいで司の成績はみるみる向上していたが。

 当時から既に朝比奈家ヒエラルキー最上位にいた俺は門限を破ろうが無断外泊しようが何も言われなかった。というかあの頃はむしろ文句を言わせないよう圧力をかけたりしていた。今になって思うと少し申し訳ないことをした気がする。一応連絡だけは入れていたが、あの頃はまだ情緒発達途上というか今より少し荒れていたもので……うん、反抗期ってことで勘弁してもらおう。

 吹き抜けになっている司の部屋には何度もお邪魔しているが、妹様のお部屋に入った事は一度もない。最近まで入院されていたから当たり前だがそれを抜きにしても女子の部屋に入る機会なんて早々ない。まふゆ?あれは妹なので例外です。

 やがて一つの扉の前で足を止めた司は控えめに三回ノックを鳴らした。

 

 

「咲希。オレだが、入ってもいいか?」 

 

 

 体調を気遣ってか客がいるからか、いつもより静かに告げた司の声に部屋の中から反応が返る。なんだか慌ただしいというか、慌てる声と僅かに物が倒れる音が聞こえてきた。室内の状況が容易に想像出来てしまうが返事が返ってくる前に司は握ったドアノブを捻り扉を開けた。

 

 

「む、やはり来ていたのは一歌達だったか! 久しいな!」

 

「お、お邪魔してます司さん」

 

「……お邪魔してます」

 

 

 開けた先には驚いて倒してしまったのであろう小さな雑貨類を直している星乃さんと、もうひとり灰色の髪を短く切り揃えている少女がこちらに視線を向けて来た。

 だが本当に申し訳ないが、今俺の視線は彼女たちではなくその奥へと一直線に向けられている。奥の、ベッドの上に横たわる金髪の彼女に。

 

 

「……あ、おにいちゃんお帰りなさい。はるきさんまで来てくれたの……?」

 

「ああただいま咲希。体調の方はど、」

 

「お邪魔させていただいております、妹様。体調を崩されたとお兄様から伺いましたのでお見舞いに参りました。本来であればすぐにでも参上したかったのですが遅れてしまい申し訳ございません。ですが、聞いていたほど体調は悪くないご様子。この調子であれば快癒までそうかからないでしょうが、治りかけが一番危ないとも言います。どうかお身体を大切に、お大事になさってください。一日も早く御快復されることを切にお祈り申し上げます」

 

「――――、」

 

「――――、」

 

「……一歌も咲希もどうしたの。そんな鯉みたいに口を開けて」

 

 

 全てを無視し、司の言葉さえ遮って妹様のベッドの側に膝を付く。熱のせいか妹様の顔は赤く火照っているが額には熱冷ましシートが貼られているため一言謝ってから頬に手を触れた。

 ……37度8分。ヘッドボードに置いてあるスポーツドリンクは半分以上減っているため水分もしっかり補給しているらしい。それならば一応安心ではあるが、しかし万が一がないとは言い切れない。あぁクソウイルスめ、本当に地球上から撲滅してやりたい。

 

 

「こちらお見舞いの品もご用意しましたのでご快復されたら是非お召し上がりください。少々余分に用意させていただきましたのでご家族の方とどうぞ」

 

「―――――、」

 

「―――――、」

 

「だからどうしたの。ずっと口開けて」

 

 

 なんだろう、先ほどから妹様の様子がおかしい。こちらの言葉に何の反応も見せずただぽかんと口を開けている。視界の端では星乃さんも似たような反応をしていた。司は呆れたように額を押さえているが。

 

 

「体調がすぐれない時は野菜ジュースが一番です。これさえあれば人生は豊かになります。こちらも余っておりますのでお一つどうぞ。ご安心を、まだ三つほど残っておりますのでどうかお気になさらずお受け取り下さい」

 

「あ、よかった! いつものはるきさんだ!」

 

「うん! 一瞬別人かと思っちゃった!」

 

「え、本当に? これでいつも通りってヤバ……」

 

 

 何故か突然元気になった二人に困惑する。そんなに野菜ジュースが欲しかったのだろうか。ふっ、リピーターが増えるのは俺としては大変喜ばしいことだ。奢ってあげるからじゃんじゃん飲んでくれたまえ。

 ま、俺としては類の奴に飲ませたいところなのだが。まさかあいつが大の野菜嫌いだったとは。類は俺が今まで出会った人の中で最も俺に近い存在だと思っていたが意外と相容れない部分も多い。先日の件や野菜のことが無かったとしても、キャラが似ている問題がある。おのれ神代、ミステリアスな紫キャラは俺一人で十分なのに。こうなったらクール系キャラに転向するしか………でもそれじゃあ楽しくないしやっぱり却下だな、うん。

 

 

「ってそんなことより咲希。ちゃんと休まないとバンドを組む話、無しだからね」

 

「え、ええー!?そんなー!」

 

「それが嫌ならはやく治す。バンド、やるからには本気でやるって言ったよね?」

 

「うう~……」

 

「志歩の言う通りだぞ咲希。まだ体調が万全ではないならもうしばらくゆっくり休むといい」

 

「むぅ……」

 

 

 膨らませた頬を隠す様に布団で口元を隠す妹様と、兄の顔で優しく撫でる司はこう、なんというか……え、尊い。なにこの兄妹めっちゃ尊い。やっぱ国宝に認定して保護しないとダメだろこれ。はぁ~~~~~~~写真撮っとこ。

 

 

「……わかった。ごめんねいっちゃん、しほちゃん。はるきさんも。少し休むね」

 

「何言ってんの。咲希が謝る必要なんてないでしょ」 

 

「そうだよ咲希。私達の事は気にしないでゆっくり休んでね」

 

 

 そう言って部屋を出て行く星乃さん達に続くように俺達も部屋を後にする。今来たばかりではあるが長居しているとゆっくり休めないだろうという判断だ。

 しかし司に続いて部屋を出る際、ふと大切そうに額縁に入れて飾られている二枚の色紙が目に入り、小さく笑みを浮かべた。

 一つはワンダーランズ×ショウタイムとしての『朝比奈春樹』のサイン。これは司経由で妹様に渡してもらったものだ。わざわざ額縁にまで入れてくれるとは思わなかったがそれだけ大事にしてくれていると思うと悪い気はしない。

 だがその隣。一緒に飾られているもう一枚の色紙に描かれたサインは、かれこれ五年以上も前にあらゆるメディアで取り上げられていた俺達の世代でその名を知らぬ者はいないと断言できるほど有名だったとある少年の芸名(なまえ)。子役としてデビューし、時には絵画で、時には芸術で、時にはスポーツで、時には学問で。ありとあらゆる分野で劇的な記録を残し、いくつもの世界記録(ワールドレコード)を塗り替えて見せた少年がいた。あれはその少年が彼女に贈った最後のサインだ。

 どうしようもないほど愚かで、どうしようもないほど自分勝手な男のサインにどの程度の価値があるのか知らないが、それでも妹様が喜んでくれるのであればそれ以上考えることは無粋に値するだろう。

 

 

《さくら》

 

 

 それがかつて【神童】ともてはやされた少年の名であり、自身は井の中の蛙だと信じ、世界はきっと広いのだと勝手に期待して勝手に裏切られた愚者の名だった。

 シンプルにこの三文字だけが描かれた色紙を宝物にするのだと、いつかの春、妹様の住まう病室で渡した時彼女は笑ってそう言っていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「紹介しよう! オレの友人の春樹だ!」

 

「どうも雑な紹介をされてしまいました、神山高校二年の朝比奈です。好きな十刃(エスパーダ)はアーロニーロ・アルルエリ。どうぞよろしく」

 

「はあ……?」

 

 

 妹様の部屋を後にした俺たちだったが、司が是非紹介したいと言って星乃さんともう一人の少女の前に立たされた。本当に紹介する気あるのかこいつ。せめてフルネームで伝えるべきだろ。

 

 

「星乃さんは久しぶり。元気そうでよかった」

 

「あっはい! その節はありがとうございました」

 

「………俺なにかしたっけ。俺のしたことなんてたい焼き奢ったくらいじゃない?」

 

「いえ、朝比奈さんが相談に乗ってくれたおかげで私も咲希も迷いを捨てることができたので……」

 

 

 星乃さんはそう言うが、正直俺が相談に乗らなくとも彼女達なら自力でどうにでも出来ていたと思う。彼女達の中では既に半ば答えが決まっていた。俺はただ背中を押しただけだ。あとたい焼き。

 

 

「あっ、それとこの子がこの間話してた、」

 

「……どうも、日野森志歩です」

 

「よろしく日野森さん。君のお姉さんにはうちの妹が大変お世話になっておりまして……」

 

 

 名前だけという簡単な自己紹介を終えると灰色髪の少女、日野森さんはすっと視線を逸らした。わかるわかる、初めて会った人って警戒するよね。寧々も星乃さんも小豆沢さんもそうだったから気にしなくていいんだよ。………あれ、警戒されてるの俺ばっかりじゃね?おかしいな、七不思議に登録されてもおかしくないだろこれ。

 

 

「む、姉というと雫か?」

 

「部活が同じらしいんだよ、弓道部」

 

「弓道……アーチェリーなら経験あるが……」

 

「ああ~中学の林間合宿か。懐かしいなおい。今となっちゃいい黒歴史だ」

 

「お前が何本も矢をダメにしたせいで教師陣がひたすら頭を下げていたのが印象深いがな」

 

「な、何があってそんなことに……」

 

 

 日野森さんにお姉さんの日野森雫の件でお礼を述べた後、そこから巡ってかつての失敗談が話題に出されてしまった。あれは俺にとってもそこそこ苦い思い出である。あの頃はやんちゃだったから……。

 過去の思い出を脳内再生させる俺と司に、星乃さんが問いかける。

 

 

「アーチェリーは中心に近いほど高得点になる競技だからな。必然誰もが的の中心を狙う訳だが……」

 

「一射目から的のど真ん中を射抜いてさ。そこで思った訳なんですよ、『あの矢を二の矢で貫通させたら弁償しないといけないのかな』って」

 

「……え?」

 

 

 懐かしいなぁと頷き合う俺と司に、星乃さん達は揃って頬を引き攣らせる。なにかおかしなこと言っただろうか。いやまあ、世間一般から見ればおかしなことしか言ってない自覚はあるが。

 

 

「それで合宿場のスタッフさんに聞いたら矢なんて元から消耗品だしそこそこ年期もあるから壊れたとしても気にしなくていいよって言われて」

 

「それを壊してもいいと拡大解釈したこの大馬鹿は二の矢で初めの矢を貫き、続く三の矢で二の矢を貫き……と最後の一本以外全ての矢を駄目にしたのだ」

 

「……………」

 

「いやあ、あの頃は若かった。やるからには最高得点狙いたくて」

 

「お前ならば先に放った矢に当たらぬようにもできただろう。にも関わらず執拗に中心の一点だけを狙うから嫌がらせかと思ったぞ」

 

「ふんバカめ知らんのか? 的の中心直径十二.二㎝の円はどこに中てても十点だけど更に内側にある四㎝の円はinner10と呼ばれている。狙うなら断然こっちだ」

 

「なにがお前をそこまで駆り立てたのかまったくわからん……」

 

「ほんとにな。何が楽しくてあんなことしたんだろ俺……」

 

「ねえ一歌、この人たち何の話してるわけ?」

 

「わ、私にもよくわからない……」

 

 

 しみじみと語る俺に対し司は肩を落とし、星乃さんと日野森さんは大量の『?』マークを浮かべた。

 だってアーチェリーは弓道と違って得点制だし、だったら最高得点叩き出したくなるじゃん。まぁ、あの頃の俺はそう考えたってだけで今の俺ならまた違ったことをするが。的の中に星形作るとか。矢の数に制限が無ければにこちゃんマークとかもできるんだけどなあ。

 だがこうして過去に想いを馳せていてもしょうがない。どれだけ足掻こうと積み重ねて来た過去が無くなることなどあり得ないのだ。タイムマシンとかあれば話は別だけど。でもあれって一歩間違えたら因果律が崩壊してこの宇宙を成り立たせている土台が崩れかねないんだよなぁ。昔はそれを利用した『宇宙丸ごと心中計画』を立てたりもしたが、そんなことをしたら当然妹様にも被害が及んでしまうし………あっ、タイムリープなら問題ないじゃん! 今度設計理論構築しておこう。

 

 

「そういえば日野森さんと一緒ってことは例の作戦は成功したんだな。おめでとう」

 

「いえ、完璧に弾けるように練習したんですけど演奏中に咲希が倒れてしまって……」

 

「なし崩し的にバンドを組むことにしました」

 

「あははは───おい司、妹様が熱を出したのって今日じゃないのか」

 

「昨日からだ」

 

「それを早く言えよ! そうしたらもっと手土産用意できたのに!」

 

「うるさい! 本当は話す気などなかったんだ!!」

 

「なんでそんなこと言うの!? 泣くぞこの野郎! いい年した大の男が大声で泣き叫んでもいいのか!」

 

「や、やめろ見苦しい!」

 

 

 俺と司があーだこーだと言い争う中、それを傍から見ていた星乃さんはくすりと笑みを零して「お二人とも仲が良いんですね」と言ってきた。なぜ今それを言うんだろうか。確かに喧嘩するほどとは言うし、そもそも喧嘩に発展するほど興味関心のある相手がそう多くないから間違ってはいないが。

 

 

「まったくお前という奴は………それはそうと一歌、志歩、二人にはまだ礼を言っていなかったな。昔の様にまた咲希と仲良くしてくれること、心から感謝する」

 

「そ、そんな頭を上げてください! 私達の方こそ昔みたいに一緒にいたくてしてることなんです!」

 

「だからこそ、だ。咲希はよく窓の外を見ながら『またいつか四人で一緒に星を見たい』と言っていた。咲希にとってはただお前達と共にいられるだけで幸福なことなのだろう。だからこそ一歌、志歩、お前達も咲希と同じ想いでいてくれたことが心の底から嬉しいんだ」

 

 

 下げていた顔を上げた司の表情はこれ以上ないほど優し気に微笑んでおり、そこからは妹への惜しみない愛を感じられる。

 相変わらずすごいなぁこいつ。やはり理想の兄とは司のような奴のことを言うのだろう。基本、大抵のことは出来る自負があるが司の様な『良い兄』にだけはなれそうにないと痛感する。世のお兄さんお姉さん方をもう少し見習うべきかもしれない。

 

 

「……オレにとってはお前たちも等しく妹のようなものだ。本当はあまり首を突っ込むべきではないのだろうが、それでも悩みがある時は話を聞くことくらいはできる。だから────もし穂波のことで相談があればいつでも来るといい。力になれるかはわからんが最大限の助力は約束しよう」

 

「っ……、……知って、たんですか……?」

 

「ここに来る途中で穂波に会ったんだ。その際に少し話をしてな、状況をすべて把握している訳ではないが察せられることもある」

 

 

 息を呑んだ星乃さんに対し、司は僅かに視線を下げて小さく息を吐いた。

 

 

「もちろん、穂波には穂波の事情が、一歌達には一歌達の事情があるだろう。だが……」

 

 

 一瞬、司の視線がこちらに向けられる。その視線に込められた意図を瞬時に理解した俺はこくりと頷き返した。

 

 

「……どうやら穂波も一歌達と同じ想いなのだという事はわかった。その点に関しては安心するといい! 後はお前達の想いを全力でぶつけてやれ! それでも駄目だった時はオレも協力しよう! 宮女だろうとどこだろうとすぐに駆け付けてやるぞ!」

 

「それはやめなさい」

 

 

 コツン、と。

 バカな事を言いだした司の頭を軽めに小突く。いくら何でも女子高に突撃させる訳にはいかない。未来のスターならば周囲にどう見られているかもしっかり考えてもらいたいものだ。いつかスキャンダル起こしそうで心配になる。

 

 

「こいつの暴走はともかく、望月さんも君達と同じ想いでいるのは確かだよ。前にも言った通り後は君達のやり方でその想いを伝えてあげるといい」

 

 

 想いでぶつかる。想いをぶつける。結局のところ今の状況を打破するにはその方法が一番手っ取り早く、そして後々のためにもなる。

 司も俺も、相談ぐらいならいくらでも乗ってあげることは出来るが、実際に行動するのは彼女達だ。特に妹様は優しすぎるから、望月さんの事情を知ったら無理に関わって困らせたくないなんて考えるかもしれない。自分よりも他人を優先してしまうのが彼女の良い所ではあるが、同時に悪い所でもある。そのため可能ならばその際には星乃さん達に妹様の想いを支えてもらいたい。

 妹様にはどうか自身の望む形の幸せを享受して欲しい。それが俺の願いだ。

 

 

「……司さん達はどこまで把握してるんですか?」

 

 

 そう聞いてきたのは日野森さんだった。先ほど司は全てを把握している訳ではないと言ったが、それにしては詳しすぎると疑心を抱いたのだろう。当然といえば当然の帰結だ。

 けれど彼女には悪いが、納得させられそうな答えは返せない。だから嘘と真実を織り交ぜて適当に誤魔化すことにした。

 

 

「中学時代、君と望月さんの身に何があったのかは知ってるけどそれ以上はなにも。とはいえ司が言うように察せることもある。まあでも仲直りはなるべく早めの方がいいかもね。余計なお世話かもしれないけど、司みたいに第三者に首を突っ込まれても迷惑だろう?」

 

「オレのなにが迷惑だというんだ!」

 

「うるさい! 心配する気持ちはわかるがもう少し手段を考えろって話だバカ! 女子高に突撃するスターなんざ聞いたことないわ!」

 

「だが兄として妹とその友人達を大切にするのは当然のことだろう!」

 

「だーかーらー、やり方考えろって言ってんだろがァ! お前がそんなことしたら俺の計画に支障が出るんじゃボケェ!!」

 

 

 パシィン、と。

 今度は少し強めに頭部を叩いた。こちとらお前を世界一のスターにするために色々と考えてるのに全部台無しにする気か。いや別にいいよ? 多少の誤差なんてどうにでもなるし、そもそも計画性のない行き当たりばったりの方が意外性があって俺は楽しいから。だけどこっちは本気で天馬司を世界一にしようとしているのだ。その辺りの事をもう少し配慮して欲しいが、まぁ無理なんだろうねクソったれ。もう一発引っ叩いてやろうか。

 本人を前に盛大にため息をついて思考を切り替える。これ以上人の家の前で長々と話している訳にもいかない。ご近所さんへの迷惑というより天馬家への印象を悪くしないためにだが。

 

 司と睨み合っていると星乃さん達に苦笑を向けられたため、肩を竦めて首を左右に振る。司のせいで恥ずかしい所を見られてしまったが、まあ良い、今日の所は勘弁してやることにする。

 空を見上げれば既に茜が差しておりいい加減帰る時間だ。門限的にはまだ余裕はあるが……そもそもまともに門限を守ったこともないが帰りに近くのドラッグストアにでも寄ってペットボトルの野菜ジュースでも買って行こう。あれ、紙と違って蓋しめられるし便利だよね。どうせ一気飲みするんだけど。

 星乃さんと日野森さんももう帰るらしく、一言挨拶を交わした後二人の背中が見えなくなるまで司と共に見送る。彼女達に関してもう俺にできる事はなさそうだし後は静観するしかない。強いて言うなら司が暴走しないか見張らないとだが、その心配もいらないだろう。こう見えて聡い男だ。自分の役割はしっかり理解してくれている。

 

 その後二人の背中が完全に見えなくなった後、司にも別れの挨拶をして帰路に立つ。

 空に差す茜色。即ち夕焼け。日が沈むまでの昼と夜の境。お嬢はこの時間があまり好きではないと言っていたが、この時間が過ぎれば夜が来る。夜は、彼女たちが動き出す時間だ。

 

 

「さて、撒いた種がどう芽吹くか。最悪停滞さえしなければいいが、そこはあの子達次第かな」

 

 

 少なくともあの後輩は人を見る目はある。察しも良いしコミュニケーション能力も問題なし。特段酷いことにはならないだろう。たったの二回しか話した事ないが、その程度にはあの後輩を信用していた。

 俺が動くには、まふゆが行動を起こしてからでなければならない。彼女たちがそのきっかけになってくれることを祈るばかりである。

 




ちょっとだけ情報開示

《朝比奈さくら》
 小学一年で子役としてデビュー。初めて出演した映画でその圧倒的存在感から絶大な人気を獲得。その後さまざまなドラマや映画、テレビ番組やラジオなどにも出演している。
 しかしそんな彼だったがデビューからおよそ四年後、彼が小学五年の頃に突如芸能界を引退。理由は一切明かされていないがSNSでは病気や死亡説なども挙げられているとか。引退した理由は家族を含めて誰も知らない。ただし引退する直前、彼は家族に「これ以上続ける必要性がなくなった」「時間の無駄だった」とだけ呟いた。

 芸名の由来? ……桜は春の樹だからね。彼が今どこで何をしているのか、それを知っているのは《さくら》の正体を知る朝比奈一家と天馬兄妹(とその両親)ぐらいである。それ以外はまっっったく気が付いていない。だって子役時代は髪と同色のカラーコンタクトを付けてたし、引退してから体格もかなり変わってるし。でも一番の理由は今の彼とテレビに出ていた頃の彼では雰囲気も印象も全然違うこと。何せ中学後半でようやく人間性を獲得して今の性格になったもので。

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