Epic of spring song   作:日彗

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第二話 朝比奈まふゆの事情

 

 早朝、窓から差し込む朝日を忌々しげ睨みつける男が、俺の部屋にいた。

 まあ説明するまでもなく俺のことなんだが。

 

 仕方がない。昨夜はほとんど寝ていないんだ。昨日の俺は少しおかしかった気もするし。

 やれセカイがどうの歌がどうの。どうしてあそこまでテンションが高かったのか自分でもよく分からない。今になって思えば昨日のアレは全て俺の妄想、幻覚なのではないかとさえ思う。というか幻覚であって欲しい。

 

 

「だがしかし、現実はかくも無常なのであった」

 

 

 自分のスマホに視線を落とす。そこにはダウンロードした覚えのない、見たことも聞いたこともない曲が入っていた。

 

『untitled』

 

 ミク曰くメロディも歌詞もない、現実の世界とセカイを繋ぐ鍵のような役割を持つ楽曲……らしい。正直コレについても考えることは多そうだが、ひとまず保留にしよう。なぜなら既に朝だ。朝食だ。学校だ。

 

 俺はベッドから起き上がり朝食を食べにキッチンへ向かう。

 おっとこの匂い、今日の朝食はトーストとスクランブルエッグと見た。ふっふっふ、朝は少なめで結構なのだが、まぁ文句は言うまい。

 

 

「おはよう、春樹。目の下にクマができてるよ? また徹夜でもしたの?」

 

 

 キッチンに足を踏み入れた瞬間、声を掛けられる。

 既に中には父と母、そして双子の妹のまふゆがいた。ちなみに今声をかけてきたのが妹のまふゆな訳だが……。

 

 

「ん?ん~~まぁそんなとこ。お前もあんまり夜更かしすんなよ」

 

 

 軽く頭を撫でてから空いてる椅子に座る。どうやら予想通りメニューはトーストとスクランブルエッグらしい。

 隣の席でまふゆと母さんが楽しそうに談笑しているのを横目に、ざくり、とトーストを一口齧った。

 美味い。美味いはずなのにこの家で食う飯はなんだか味気なく感じてしまう。味気なかろうが栄養は変わらないため問題ないが。

 

 しかし我が妹、朝比奈まふゆは味を感じない。いわゆる味覚障害という奴だ。

 

 味覚だけではない。本人の話だと周りが綺麗だとか可愛いだとかいうものを見ても何も感じられないらしい。さらには自分自身がわからない、と。

 コレらは先天性のものではなく、全て後天性のもの。『朝比奈家』という環境、そして『朝比奈まふゆ』を取り巻く環境が原因の心因的なものだ。

 そしてその原因には俺自身も大きく関わってくるのだが、当の母さん達は一向に気付く気配がない。

 なんでかなぁ。一目見れば分かると思うんだが……。

 

 はぁ、とため息をこぼす。

 そんな俺を見てまふゆが話しかけてきた。

 

 

「春樹、体調でも悪いの?早く食べないと学校に遅れるよ?」

 

「ああ、うん。まぁ大丈夫だろこの時間なら」

 

 

 残りを一気に平らげて席を立つ。そして流し台に皿を置いてその場を後にした。

 ここまでで一度も俺は、両親と目を合わせていない。実に、心底、くだらないことだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 洗面台の前に立ち、鏡に映る自分を見つめる。

 言うほど隈は酷くない。とはいえ昨夜は色々とありすぎたためその疲れが残っているのかもしれない。

 

 昨夜、セカイの狭間でミクに元の世界への戻り方を聞いた後、『せっかくだからどんな世界が生まれたのかもっとよく見てみようよ』と言われ渋々付き合った。

 それ自体は別にいい。問題なのはその後に起きた現象だ。

 セカイが皆ああなのか、それともセカイの狭間という特殊な空間の影響か、俺はそこでセカイを構築している想いに触れた。

 触れた、というには少々弱い。侵蝕されたと言った方が近いだろう。

 想いとは即ち感情であり、その前提には何かしらの記憶がある。要するに俺は昨夜セカイに干渉し、構成要素として組み込まれている想いと記憶を読み取ったわけだ。

 全員が十代とはいえ、総勢14名もの記憶。容量にして何TBになるのか知らないが、俺でなければ脳が焼き切れていた恐れもある。そのくらいの情報密度だった。

 

 だがおかげで分かったこともある。例えばあれらのセカイが誰のどういう想いから生まれたのかとか。

 『またみんなと一緒にいたい』という想い。

 『みんなに希望を与えられるようなアイドルになりたい』という想い

 『最高のイベントをやりたい』という想い。

 『ショーでみんなを笑顔にしたい』という想い。

 そして、『本当の自分を見つけたい』という想い。

 

 特に最後のが良くない。僅かに光が差すだけで他にはなにもない暗いセカイ。その想いの持ち主が他ならぬ───。

 

 

「いつまでそこ、占領してるの?」

 

 

 ふと聞こえた声に視線を向ける。

 噂をすれば、とは言うがどうやら少し長居し過ぎたらしい。腕を組んだまふゆが洗面所の入口に佇み、こちらを見ていた。

 なんと答えたものかとほんの数瞬思考し、

 

 

「……一緒に使うか?」

 

 

 結果としてそんな言葉が口から零れた。

 何ということでしょう。決して広いとは言えないこの空間を高校生二人が共有するなんて正気ではありません。それもそのはず、どうせ二人揃って正気ではないのですから。ハハハのハ。

 なんて考えていたら何をトチ狂ったのか、本当にまふゆが中に入って来た。

 

 

「えぇ………」

 

「……なに」

 

「いや……まぁいいんだけどね、うん」

 

 

 狭くね?いや狭いよこれ。

 まるで何事もなかったかのように隣で歯を磨き始める。うう~ん、この人口密度よ。まぁ、本人が気にしていないのなら俺がとやかく言ったりはしないが。

 兄妹揃ってシャカシャカと歯を磨いている光景は些か滑稽というか、シュールだ。会話がないのも相まって気まずい空気が流れている。

 

 

「……今日も」

 

「ん?」

 

 

 だがその空気を破ったのは、意外なことにまふゆの方だった。

 

 

「今日もお母さんたちと話さなかったね」

 

 

 だが話題のチョイスが謎だった。そんなものこの家では日常茶判事だと知っているくせに。

 

 

「何を今更、わざわざ話すようなことなんてないだろ。それより珍しいなそっちからその話題を出すなんて」

 

「……わからない。ただの気まぐれなのかもしれない」

 

 

 そう言ってまふゆは僅かに視線を俯かせた。

 

 昨夜見た五つのセカイ、その内の一つであるあの薄暗いセカイ。あれはまふゆの想いからできたものだった。

 まさか身内から出るとは。ま、それを言い出したら俺もセカイの狭間とかいうのに迷い込んじゃってるけど。

 だがあの『誰もいないセカイ』からは『拒絶』『不安』『失望』といった想いが流れてきた。一見何もない、ただとてつもなく広い場所という印象に感じるかもしれない。

 だけど俺には、脆く不安定で今にも消えてしまいそうな、そんな印象を感じられた。

 

(放置……するわけにもいかんよなぁ……)

 

 俺と両親との間にある溝はこの際どうでもいい。ンなもん犬にでも食わせときゃいいんだ。

 だが流石に妹が苦しんでいるのを放置するわけにはいかない。だが問題がいくつも絡み合って面倒なことになっている。正直今すぐまふゆをどうにかしてやることは出来ないし、行動するとしても順序がある。俺の出番は当分なさそうだ。

 

 

「いいんじゃないか? それで。気まぐれ結構。いつも言ってるだろ、思うが儘に生きろって」

 

 

 だから俺は何もしない。言葉を掛け、道を示してやることしかできない。まふゆの問題はまふゆ自身が解決しなくてはいけない。

 まふゆがこうなったあの日から俺の方針は一貫していた。

 

 

「好きに生きろよまふゆ。お前の人生、お前の未来だ。言われた通りにしか動かないなんてそんなツマラナイ生き方があるかよ」

 

 

 ポンポンと軽くまふゆの頭に手を乗せる。

 

 

「疲れた時は足を止めればいい。いっその事逃げてしまうのもアリだ。ただし明日の自分が後悔しない選択をすること。誰も責任なんか取ってくれないからな」

 

 

 まふゆは何も答えない。だがそれでいいと思う。わざわざ口に出すことを望んでいるわけじゃない。

 俺は別に両親の言うことに従うことを悪だと言ってるわけじゃない。だが嫌なことは嫌だと、やりたくないことはやりたくないと素直に伝えることも必要だ。

 母さんたちも決して意地悪をしているわけではない。だが血の繋がった家族であるにも関わらず、本音で語り合う事が出来ていない。それではまふゆの問題は解決しないのだ。

 

 

「……春樹は、消えてしまいたいって思ったこと……ある?」

 

 

 まふゆの呟いた言葉。吹けば消えてしましそうな程小さな小さな声。

 まふゆを見る。

 まふゆは控えめに口を押さえていた。

 恐らく言うつもりはなかったのだろう()()が零れてしまったことに、動揺している。

 ここまで取り乱す彼女はとても、とても珍しい。

 

 

「まふゆ」

 

 

 名前を呼ぶ。

 まふゆの目がこちらに向けられた。

 俺は呆れたように溜息を吐き、しかし一切目を逸らさずに俺とは異なる藤色の瞳を見つめる。

 

 

「ない、と言えば嘘になる。そりゃあそうだ、人間に感情なんて機能がある以上、誰だって一度くらいはあるだろうさ」

 

 

 ほんのりと嘘を交え、されどそれを悟らせないよう覆い隠す。

 だがそれを勿体ないと思うようになった。きっかけはひとつの出会い。とある兄妹との出会いが灰色だった俺の世界に色合いをくれた。

 何がきっかけになるかなんてわからないものだ。だからこそ何も知らず、何も知ろうとしていないまふゆを俺は放っておけないのだろう。

 

 

「世界って奴はお前が思っている以上に広い。だからこそ多くの人と出会いなさい。人と触れ合い、言葉を交わし、何を考え、どういう価値観を持っているのか聞いてみると良い。その経験がきっと、お前の世界にも色を与えてくれる」

 

 

 かつての俺のように、という言葉は言わないことにした。それは彼女が知らなくていい話だ。

 誰も知らなくていい、俺だけが憶えていればいい物語だ。

 

 

「少し長くなったが、まぁあまり一人で抱え込むなよ。どうしても辛くなったらいつでも相談に乗ってやるからさ」

 

 

 それを最後に、俺はその場を後にした。

 いつか本当のあの子を理解しようとしてくれる人が現れることを、切に祈りながら。

 

 




将来のことなんてどうでもいい。思いもよらない未来のことなんて誰にも分かりはしないのだから。
故に人よ、今を生きろ。『過去』を積み『今日』を駆け抜け『明日』を見据えよ。星の輝きの如き刹那の旅路。人はそれを『人生』と定義した。
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