Epic of spring song   作:日彗

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ストーリーが進まん。いい加減ビビバス編も終わらせたいのに


第二十話 核心に触れる既視感(デジャヴ)

 

 

『ねえみんな、‟OWN″(オウン)って知ってる?』

 

 

 誰もが寝静まった25時。光が灯らない部屋の中をデスクトップの明かりが照らす中、イヤホン越しに聞こえたその言葉に朝比奈まふゆはピクリと瞼を引く付かせた。

 

 『25時、ナイトコードで。』

 

 それがまふゆの所属している音楽サークルの名前だ。作曲からMVまで全てをこなしている正体不明の四人組、と世間からは言われている。だがその実、所属メンバーは全員が現役の高校生だった。

 真夜中の25時にボイスチャットツール『ナイトコード』でのやり取りのみで制作しているためお互いの顔も本名も知らないが、しかしまふゆも別段知りたいと思っている訳ではない。深夜に相当するこの時間帯での作業も家族が寝静まっている数少ない自由な時間であるため好都合だと思っていた。

 

 

『あっ、えななんも知ってるんだ?ボクもちょうど学校の先輩から教えてもらったばっかりなんだけどさ、一部で騒がれてるみたいだね~!』

 

 

 今度は別の声、MV担当のAmiaの声が聞こえてくる。

 25時、ナイトコードで。通称ニーゴでは制作した曲を四人で歌うが、作詞、作曲、イラスト、動画編集は各々に分担して作業している。例えばまふゆの担当は作詞と編曲、先ほどの『えななん』はイラスト担当になる。

 

 

「そうなの?OWNって一体……?」

 

『ボク達みたいに曲を作って、投稿してるクリエイターだよ!二週間くらい前に現れて投稿した曲全部、20万再生くらいいってるみたいだよ~』

 

「全部、20万再生?新しい人でそれはすごいね」

 

 

 普段春樹と接している時とは違う、両親や学校の教師、クラスメイトと接する時のように『いい子』の自分を演じてまふゆも会話に参加する。

 素の自分を知る者はいつからか生まれたセカイに住む白髪の少女と、幼い頃からなんだって見透かしてくる双子の兄だけだ。

 

(ほんと、くだらない……)

 

 心内でそう零す。

 まふゆが曲を作っているのは目的があるからだ。そのためだけに彼女は歌を紡いでいる。それ以外に自身を表現する術を知らないために。

 ニーゴで曲を作っているのも、ひとりで‟OWN”として活動しているのも、全部自分のため。だから投稿した曲がどれだけ伸びようと関係ない。そんなものに一切関心などないのだから。

 

 

『気がつかなかった……いつの間にそんな人が?』

 

『知らないのもしょうがないよー。 ボクだって今日知ったんだし』

 

『なんていうか、Kの曲を初めて聴いた時と同じような感じがしたのよね。言葉にできないことを全部形にしてくれる、みたいな?でもKの曲と違ってOWNの曲はすごく冷たくて……』

 

『わかるなー。あのキレッキレに鋭い感じがいいよねぇ。……でもボクのイチオシはやっぱりVer(ヴェル)かな?昨日からずっとVerの曲ばっかりきいちゃうんだよねぇ~』

 

「……ヴェル?」

 

『その人も曲を投稿してるの?』

 

 

 しかしAmiaの口から今度はまふゆの知らない名前が飛び出した。イヤホンの奥から『あ~やっぱりAmiaは知ってるよねぇ』というえななんの声も聞こえてくる。

 

(……そういえばクラスの子がそんな名前を言ってた気がする)

 

 ヴェル、とはそんなに有名なのだろうか。わからない。最近は他人の曲を聞くことなんてなかったし、SNSなどにも基本触れていないまふゆだ。ニュースになっているようなことならともかく、こういった流行などには疎かった。

 

 

「……ヴェルって、どういう字を書くの?」

 

『アルファベットで【V】【e】【r】って書くよ。ただ読みに関しては視聴者側が勝手にそう呼んでるだけで正解かどうかは分からないんだけどね~』

 

『っていうか前から思ってたけどKも雪も流行に疎すぎない?今SNSを中心にとんでもないことになってんのよ。……まぁ、正直納得しかしなかったけど』

 

「とんでもないこと?なにかあったの?」

 

『そうそう!なんせアカウント作成から今日で三日なのに既に150万再生だからね!?しかも投稿してる曲は全部で五曲!前代未聞にも程があるよ!』

 

「三日で150万再生!?」

 

『そ、それはすごいね………それに三日で五曲って、わたし達みたいに複数で作ってるのかな』

 

『さすがに個人でそれは物理的に不可能だと思うけど、ただそういう情報はまったくないんだよね。歌ってる人が男の人ってことくらいかな?』

 

 

 演技越しではあったものの、さすがのまふゆにも動揺が走る。それだけ三日で五曲投稿の150万再生という数字は異常だった。これが有名なクリエイターならばあり得たかもしれないが、新しいアカウントとなると話は別だ。それとも名のある作曲家が自分の素性を隠して投稿している?可能性としては一番高いかもしれないがやはり妄想の域を出ることはできそうにない。

 

 

『……Amia、あんたにしては珍しく情報遅れてるわね』

 

『え?』

 

 

 顎に指先で触れて思考に耽っていると、いつもよりワントーン落した声色でえななんが呟いた。

 どういう意味だろうと首を傾げているとえななんは小さく溜息を吐いた。

 

 

『ま、見た方が早いわね。今URL貼っておいたからK達も見てみたら?』

 

 

通知と共に表示されたURLへカーソルを運び、左クリック。開かれたページは自分達もよく見るとある動画投稿サイトのアカウント。アカウント名には確かに【Ver】と表示されており、ページを下にスライドさせるとそこには投稿されている五つの楽曲が───

 

 

「………………………え」

 

『う、うそでしょ250万再生!?昼見た時は確かに150万だったのに!』

 

 

 悲鳴染みたAmiaの声からは嘘を感じられない。ということは昼までは確かに再生回数は150万だったのだろう。

 ではこの僅か半日たらずで更に100万回再生されたということになるが、そんなことあり得るのだろうか。やはり有名なクリエイターが別のアカウントを作って投稿を……?

 

 

『信じられないかもしれないけど今爆発的に広がってんのよこれ。いろんなインフルエンサーが絶賛してるってものあるけど、他に歌ってみたとか踊ってみたの投稿も上がっててそれをきっかけにかなり広い界隈にまで伝わってるみたい。私も最初はぽっと出のくせにって思ってたけど、試しに一曲聴いてみたら納得しちゃった。悔しいなんて感情が湧かないくらい洗練されて、完成されてるっていうか……MVに関してはちょっと手抜き感があるけど特にイラストなんか思わず魅入っちゃったもん……』

 

『そうなんだよねぇ。なんだか迷子になってる自分に道を示してくれてるみたいな、上手く言えないんだけど中毒性が凄いんだよこれ。でも一番凄いのはやっぱり一曲目の『黎明』かな?他の曲ももちろん凄いんだけど、なんかこの曲だけ一層深みがあるっていうか………なんだろうね。上手く説明できないや』

 

『一曲目……ほんとだ、コメントでもAmiaと似た事を呟いてる人が多い。ちょっと聴いてみようかな』

 

「だったら私も聴こうかな。二人がそこまで絶賛するから気になっちゃった」

 

 

 Kに続くようにまふゆが告げる。

 すごいのはわかった。けれどやはりそれほど興味は沸かない。こればかりはどうしようもないのかなと僅かに諦めながら再生ボタンをクリックした。

 

 

『ーーーー♪』

 

「……ッ!?」

 

 

 流れ始めた歌声に思わず、息を呑む。音が耳に入った瞬間視界の中心で色が爆ぜたと錯覚してしまうほどの衝撃が脳を揺さぶった。

 

 

(……なに、これ。なにこれ。なんなのこれは……)

 

 

 動悸がして息が荒れる。

 

────わからない。

 

 視界がグラグラと揺れて足が覚束ない。

 

────わからない。

 

 自分の身体が自分の意思とは反して震える。

 

────わからない。

 

 ……怖い。身体が言うことを聞いてくれないことが怖くて仕方がない。なのに、

 

 

(もっと聞いていたいって、思ってしまう……)

 

 

 これは直感だ。この曲は自身の核心を揺らしている。まふゆが失くしたもの、見失ってしまったものをさも当然のように見つめて指を指している。

 

 

「ッ!?」

 

 

 幻覚だ。これは幻覚だと自分に言い聞かせる。だがまふゆの視界には何処までも広がる大草原と吹き抜ける一陣の風、そして天を衝く大桜の景色が見えた気がした。

 動悸がする。心臓が『まだ生きているぞ』と主張するように強く、強く拍動している。目の前の画面から目を離せない。耳に入り込む音から意識を逸らせない。

 

 

(……違う。逸らせないんじゃなく()()()()()()()……?)

 

 

 自身の中に湧き上がりつつある()()ですら今はどうでもいい。今はただ、この曲に意識の全てを注ぎたかった。

 やがて歌が停止すると、いつの間にか呼吸を止めてしまっていたらしく大きく息を吸い込んだ。

 

 

『……すごい、曲だったね』

 

「うん。こんなすごい曲を作れる人がいるんだね……」

 

 

 同じようにKも聴き終えたらしく、ふぅと息を吐く音が聞こえてきた。

 なるほど、これはえななん達の言う通りだ。この曲が伸びない筈がない。むしろ未だこの程度の再生数しかないのがおかしいとさえ思ってしまうほどに。

 知名度がまったくない無名だったから、というのが大きいのだろう。ただし一度聴いてしまえば拡散せずにはいられない。まふゆ自身、こんなにも誰かに教えてあげたいと思ったのは初めてのことだった。

 

 

(どんな人が作ったんだろう……)

 

 

 そしてここまで強く興味を持ったのも本当に久しいことだった。けれど何かが引っ掛かる。何が引っ掛かったのかまでは分からないが、昔、幼い頃に似たような感覚に襲われたことがあった気がする。

 今では断片的にしか覚えていない思い出を探っていると突然唸り声のようなものが聞こえてきた。これはえななんの声だ。

 

 

『うぅ~ん、やっぱり思い出せない……』

 

『どうかしたのえななん?なにか悩み事?』

 

『あっ、べつにそういう訳じゃないの。ただこのイラストを見た時思わず魅入っちゃったって言ったじゃない?その時の感覚と同じものが小さい頃にもあった気がするんだけど全然思い出せなくて……』

 

『えななん記憶力あんまり良くないもんね~』

 

『う・る・さ・い! けどやっぱりダメ、思い出せないや。たぶん誰かの絵を見た時の事だと思うんだけどね』

 

「……ううん、その感覚私にもわかるよ」

 

『えっ、雪も?』

 

 

 思わず漏れてしまった声をどうやらマイクは拾ってしまったらしく、えななんが反応した。まふゆは一瞬どうしたものかと考え、けれどここは正直に答えおくことにする。

 

 

「私も今の歌を聞いた感覚を昔にも感じたことある気がするの。ただそれがイラストに対してなのかメロディーに対してなのか、それとも他の要素に対してなのかまではちょっと分からなくて……」

 

『ふぅん?だったら雪もえななんもひょっとしたらVerに会った事あるのかもしれないね。二人も確かシブヤ住みでしょ?案外近くにいるのかも』

 

『もう、適当なこと言わないの。でもほんっと気になる。思い出せそうで思い出せないのってムカつかない?』

 

『まぁ、気持ちはちょっとわかる、かな……せっかく良いメロディーが浮かんだのにふとド忘れした時とか……』

 

「K、それはちょっと違うんじゃないかな……?」

 

 

 だがえななんが言わんとすることも理解できないわけじゃない。何かが喉元に引っ掛かるこの感覚をなんとか解消したい。これは嫌、なのだろうか。はっきりとそう断言できるほどではないが少なくとも胸がモヤモヤしているのは確かだ。

 

 

(知りたい、この既視感の正体を。そうすればもしかしたら、私は『私』を見つけられるかも……)

 

 

 そう思った瞬間、まふゆはその他の曲も再生し始める。現在投稿されている他四曲もまたとても素晴らしいものだった。少なくともまふゆは自身の中の『なにか』が揺さぶられたような感覚を覚えた。だが……

 

 

「……Amiaの言う通り、一曲目だけ何かが違う」

 

『だよね!?なにがって聞かれるとまったく分かんないしすっごく良い曲なのに変わりないんだけどさ、一曲目と比べて二曲目からは何かが足りない気がするんだよね』

 

『うぅん、なんだろ。投稿されてる曲は今のところ一つ一つ雰囲気が全然違う曲ばかりだから……あ、三曲目は曲調や歌詞がわたし達の歌と近い雰囲気だね。なのにタイトルは『英雄』なんだ……』

 

『ほんとタイトルに関しても意味不明よね。歌詞とまったく関係ないのばかりじゃない』

 

『うちの先輩は特に深く考えてないんじゃないかって言ってたけどね。なんだっけ、テストで作者の心情を答えるタイプの設問が出た時はいつもそう思うとかなんとか』

 

『あ~それすっごい分かる。私もいっつも『どうせ碌な事考えてないでしょ』って思っちゃうもん。徒然草だってどうせ夕飯の献立考えながら書いてたのよきっと』

 

『うん、とりあえずえななんは吉田兼好に謝ろっか!』

 

『なんでよ。謝って欲しかったら目の前に連れて来なさいっての……本当に連れて来られても困るんだけどさ』

 

 

 すぐ話が逸れてしまうえななんとAmiaにマイクが拾わない程度に溜息を零す。

 確かに曲調や歌詞から連想されるイメージに対してそれぞれのタイトルは不適切だとは思う。だが所詮曲名なんてものはただの記号でしかない。事実Verの曲は多くの人を魅了し再生回数という分かりやすい数字でそれを証明している、ようにも見えた。

 

 

(…………『桜』?)

 

 

 と、投稿されている曲全てを一通り聞いたまふゆはようやくそれらの曲に連なる共通点に気が付いた。曲、というよりサムネに使われているイラストについてだったが、どの曲にも誰かしらバーチャルシンガーが一人と大きな桜の木が描かれている。今になって思えばこれも変だ。何せどの曲も桜について歌っているものは一つもないのだから。

 

 

(桜………さくら……………………まさか、ね)

 

 

 まふゆにとって『桜』から連想されるのはいつだってたった一人の双子の兄だけだ。かつて憧れ、羨望し、そして心の底から畏怖した存在。本当の意味で何だってできるくせに何もしようとしない、どうしようもない片割れ。だから、

 

 

──── 一緒に消えてやるくらいの覚悟は出来てる

 

 

 そう言ってくれたことがまふゆにとってどれだけ衝撃的だったのか、きっと春樹は知らないだろう。あるいは理解した上で気にしていないのか。ともかく昔の春樹は絶対にあんなこと言わなかったとは断言できる。

 昔は何に対しても、それがたとえ家族であっても無関心だった兄はある日を境に急に変わり始めた。あれはいつ頃からだったろうか、細かい記憶は曖昧だ。何せその頃からまふゆは自身を見失い始めていたのだから。

 皮肉な話だ。何事も無関心でまったく笑わなかった少年が今ではよく笑い、逆に無邪気によく笑っていた少女が今ではまったく笑えなくなっている。よくもまあ対比になっているものだと自嘲した。

 

 

『………き?……雪?ねえ聞いてる?』

 

「っ、……あ、ごめんね、何の話だったっけ?」

 

『も~!だから曲のタイトルの話だって………あれ?』

 

「? どうかしたのAmia?」

 

『Verの新曲がアップされてる……』

 

『っ、もう!?』

 

 

 ガタッ、とイヤホン越しに椅子が動く音が聞こえ、続いてえななんの驚愕が聞こえる。それはKとまふゆも同じらしく急いでマウスを操作した。

 

 

「本当だ……」

 

 

 投稿された時間からまだ一分も経っていない。前回の曲もこのくらいの時間帯に投稿されていたとはいえ、あまりにもペースが速すぎる。しかしまふゆの手は動きを止めることなくカーソルを移動させて投稿されたばかりの新曲を再生させた。

 

 曲名は、『慟哭』

 

 それは悲鳴も上げられないまま絶望の海に沈み続ける少女の歌。どこまでも深く、暗く、絶望に底などないのだと突き付けてくるような歌詞に今回ばかりはタイトルもあながち間違いではないなと思考の端の端に過った。だがそんな思考もすぐ衝撃によって押し流されていく。

 サムネにはやはり一本の桜。それは静かに涙を流しながら幹に額を擦り付けているバーチャルシンガー鏡音リンのイラストだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あ~あ、なんでこんなことやってるんだっけ俺……」

 

 

 室内をディスプレイの放つ光だけが照らす中を、キーボードを叩く音とマウスが移動する音だけが響いている。現在時刻は26時。草木も眠る丑三つ時に、一人悲しく二つ並べたモニターを前にパソコンをカタカタカタカタ操作している寂しい男がいた。

 

 

「フッフッフッ。それはね、リンと春樹くんの歌をもっと多くの人に聞いてもらうためだよ~」

 

 

 訂正。男一人に少女一人の計二名だ。

 何が楽しいのか俺の膝の間に座ってニコニコとディスプレイに視線を向けているリンに嘆息して頭を撫でる。今行っている作業は音楽投稿用アカウント『Ver』の記念すべき六曲目をアップするための準備だ。記念もクソもないがな。

 今回の曲はリンのために作ったものだ。だからリンが歌えばいいと言ってるのに何故かどいつもこいつも一緒に歌いたがる。ミクといいカイトといいレンといいメイコといい……アイツらのために作ってやったのになんで俺まで歌わなくちゃならないのか。この問いに対して各バーチャルシンガー達は皆『キミと一緒に歌いたいから』としか言わない。それで納得すると思うなよ馬鹿野郎、と言いつつ今回も結局一緒に収録したのであった。

 

 

「あー疲れた。なぁリン、毎度思うんだけどこれMV必要かな?歌がメインなんだから画面はもう真っ黒でいいんじゃない?動画いらなくない?」

 

「う~ん、じゃあ動画が付いてるのと付いていないのだとどっちの方がみんな興味を持つかな?」

 

「そりゃあ当然イラストがある方だろ」

 

「だったら必要だよ!少しでも多くの人にリン達の歌聴いて欲しいもん!」

 

「くそぉ聞いた相手が悪かったか。この欲張りハッピーセット共め!」

 

「欲張りハッピーセット」

 

 

 先程まで撫でていたリンの頭に顎を乗せて愚痴を零す。

 ミク達もそうだがみんな動画投稿サイトなのだからMVは必要だと言って聞かない。アイツら簡単に言ってくれるが絵を描いてそこから動画編集もとなると手間も時間もかかる。いやもうはっきり言ってやろう、マジ面倒くさい。

 そりゃあ出来るよ?他の連中ならともかく俺なら一日あればこのくらいはさ。けど面倒くさいものは面倒くさいのだ。作詞・作曲・編曲に関しては全部脳みそ一つあれば事足りる。だが絵を描いたり編集したりするにはパソコンを使わなければならない。最新機種の高性能PCですら俺の世界に追いつけていない現状を人類はもう少し重く受け止めるべきだ。

 

 

「昔仕舞ったアレを使うか……?いやでもわざわざ封印したものをこんな事のために……でもアレがあると便利なんだよなぁ、スマホもパソコンも必要なくなるし何より世界が俺に追いつくからストレスもないし……」

 

 

 中学時代に作り、一度だけ使用して段ボール箱に封印したとある発明品がある。あれがあると少なくともこの作曲活動に関しての作業時間は今の十分の一以下にまで抑えることができるだろう。あると確かに便利ではあるがアレは中一の頃とある計画を実行するために設計した物だ。その計画も司との出会いをきっかけに破棄しているため正直なところ解放するのは躊躇われる。誰かのために、ならともかく今回に関しては完全に自分が楽をするためだからなおさらだ。

 「むぅ……」とリンの頭上で唸っていると、下にあったエメラルドの瞳と目が合った。リンはふっと柔らかな笑みを浮かべるとまるで安心させるかのような声色を発した。

 

 

「今の春樹くんなら大丈夫だよ」

 

 

 そう述べたリンは俺よりずっと小さく幼い容姿をしているにも関わらず、なぜか年上のような雰囲気を纏っていた。

 

 

「リン達はずっと春樹くんを見守ってたから、だからね、今の春樹くんなら悪い事に使ったりしないと思うの。そうでしょ?」

 

「いやぁ、正直司とか妹様に何かあったら躊躇なく機能全開で暴れまくる確信がある」

 

「だったらやめとこう!うん!それがいいよ!」

 

「ヒュー手の平クルックルゥ~。別にいいけどさぁ」

 

 

 しかしすぐに年相応の表情に戻った少女に苦笑した。こういう所があるから彼女達バーチャルシンガーは油断できない。今まで数多くのセカイと想いを見守り続けてきた彼女達の経験値とそれに裏付けされた観察力は本物だ。それに最低でも俺が生まれた時には彼女達は存在している。生きた年月という意味でも本当は俺より上なのだ。

 そう考えていると室内に扉を叩く音が響き、続いて「今大丈夫かい?」と少し声量を落した声が入口の扉越しに聞こえてきた。

 

 

「入ってま~す」

 

「それだとトイレに入ってるみたいだね」

 

「こら、女の子がトイレ何て言っちゃいけません。おトイレに言い直しなさい」

 

「大して変わらないよねそれ!?」

 

「……あの~それで入っても大丈夫かい?」

 

「あーはいはいどうぞー」

 

 

 リンとの戯れもほどほどに入室の許可を出す。別に気にせず入って来ていいと言っているのに律儀な奴らだ。

 ギィと小さく音を立てて扉を開けたのは片手にマグカップを乗せたお盆を持っているカイトだった。

 

 

「おつかれさま春樹くん、リン。ミルクを温めて来たんだけど良かったらどうだい?」

 

「わ~い!飲む飲む~!」

 

「俺ミルクティーが良い~!」

 

「だったらこれは僕が飲むことにしようかな」

 

「なんでそんな事言うの?ごめんて有難く頂戴します」

 

 

 カイトから湯気の立つマグカップを受け取って一口。砂糖を入れているのかほんのりと甘いホットミルクが食道を通過していく。本音を言うならホットミルクでもミルクティーでもなく野菜ジュースが飲みたかった。

 空いたお盆を側のローテーブルに置いたカイトが今度は俺の座っているリクライニングチェアの背凭れに手を置いてモニターを覗き込んでくる。

 

 

「進捗はどんな感じだい?」

 

「もう終わった。あとは投稿するだけだ」

 

「ふふ、さすが仕事が早いね。それはそれとして春樹くんは寝なくていいのかい?もう日付変わってるけれど」

 

「さっき寝たよ。知ってるだろ、俺が生まれつきショートスリーパーなの。一日三時間も寝れば万全なんだ」

 

 

 半分ほど飲んだマグカップを脇に置いてワンクリック。僅かなロード時間を挟んで新たな曲『慟哭』が電子の海に放流された。タイトルの意味?そんなものはない。強いて言えば字がカッコイイ。下手に横文字使うくらいなら漢字オンリーでいいよね。それに俺は本を表紙で判断しない男、タイトルくらい適当でいいのさ。

 それに投稿してしまった以上もう後は知らん。俺の手を離れた以上あの曲がどれだけ反響を呼ぼうと逆に批判を喰らおうと俺の知った事じゃない。リン達の多くの人に聞いて欲しいという願いへの義理はこれで果たしたはずだ。

 凝り固まった身体を解す様に大きく伸びをしているとカイトは小さく笑みを浮かべて部屋を見渡した。

 

 

「それにしても本当、キミには驚かされてばかりだよ。まさかセカイの狭間に家を建てるだなんて……」

 

 

 驚くと言いつつもカイトの瞳に宿る感情は九割が『呆れ』で残る一割が『困惑』だった。

 今俺は自室で作業をしている訳ではない。当たり前だ、ここが現実世界だったら想いの力によって肉体が構成されているカイト達バーチャルシンガーが実体を保ったまま現界できない。だからセカイ改変の応用でセカイの狭間に実家とまったく同じ家を新たに生み出した。以前ルールの再定義をした際に『セカイのカタチそのものに干渉すればこの何もないセカイの狭間ももう少し面白くできるかも』と思ったのだが本当にできちゃった。ルールの再定義に比べれば難易度は随分と楽だったが。

 本当はもっと新しい家にでもしようかと思ったのが、なんだかんだ言って住み慣れている家の方がやはり落ち着く。とはいえ内装は所々手を加え、ミク達一人一人にも個室を与えている。そしてもちろん水道もガスも電気も使用可能だ。これも全て想いの力によるものである。ファンタジーは現実を超越するのさ。

 

 

「隣の部屋にまふゆもいるし、あまり邪魔になるのも悪いからな。煩くするつもりは毛頭ないが作業はなるべくこっちでやりたい」

 

「キミも気遣いが出来るようになったんだねぇ……」

 

「……え、なんで今ディスられた?喧嘩売ってんのか青マフラーこら」

 

 

 しかし何の問題もないかと言われると実はそうではない。先程電気も水道も俺の想いによって再現されていると言ったが、つまりそれは現実世界に持ち越し出来ないという事だ。例えばこの家の中でスマホの充電を0%から50%まで充電したとする。その場合このセカイの狭間及び各セカイに居る間はスマホは使用可能だ。だが現実世界に戻った時、想いによって生まれた電気は全て消滅する。一気に0%に逆戻りとなってしまう訳だ。これと同じ現象が食料、飲料にも発生する。

 俺は想いの力で物質を生み出す際、それを構成する要素を原子レベルで再現している。なんとなくの曖昧なイメージよりそちらの方がずっと安定してくれるためなのだが、そうなるとここで飲み食いしたものを俺の身体は消化吸収し血肉に変えてしまうのだ。

 セカイに居る間は問題ない。喉の渇きも空腹も問題なく満たせ、味もまた俺の記憶情報から再現しているためこちらも同様問題ない。しかし人体を構成するおよそ60兆個の細胞のうちおよそ一兆個ほどが毎日新しく入れ替わっている。ここでの生活を続けるとやがて俺の肉体の大部分が想いによって構成されることになってしまうのだ。

 たとえそこまで長期滞在しないとしても食わずで七日、飲まずで三日で大半の人は死に至る。現実世界に戻った瞬間肉体が消滅するなんていう恐怖体験は御免だ。

 そのためこちらの家には大量の食糧を搬入してある。基本的には人間(おれ)用でありミク達の分はその都度新たに生み出しているのだが資金にはかなり余裕があるため好きにさせることにしていた。

 

 

「ところで春樹くん、ものは相談なんだけど……」

 

「……いやな予感がする。おいカイト、それ以上喋るなよ」

 

「また新しい曲を作ってくれないかな?」

 

「喋るなっつってんだろうがこの鬼畜が!そのマフラーマジで千切るぞ!?」

 

 

 今しがた新曲を投稿したばかりだというのに何を言っているんだこの青色は。正気か?仮にも想いを託され歌を届けるバーチャルシンガーともあろう者が作曲の大変さを知らない筈があるまいに。そもそも俺は作曲家じゃないっての。一介の高校生だっての。

 

 

「別にいいよ?お前達の使命を考えると曲は必要だし、マンネリ防止のために新曲が欲しいって気持ちも理解できる。できるけどいくら何でもペースが速すぎるだろ!今だぞ今!ほんの数十秒前に投稿したところだぞ!?その前の曲だっていつ提供したか覚えてるか!?」

 

「昨日」

 

「そうだよ昨日だよ!昨日も作って今日も作って、明日も作れと?バカか?バカなのか?世界中の作曲家の皆さんに同じこと言ってみろ、お前フルボッコにされるぞ」

 

「───でも、春樹くんならできるのでしょう?」

 

 

 それは突然に降ってわいた女性の声。ミクやリンとは違うもう少し大人びた印象を持たせるその声色はカイトの後、入口に背を預けているピンクのロングヘアーの女のものだった。

 その姿を視界に入れたカイトとリンが声を上げる。

 

 

「やあルカ、いらっしゃい」

 

「あ、ルカ!こんばんわ~!」

 

「ええこんばんわリン、カイトも。メイコ達にはさっき声をかけてきたのだけど、私もそろそろ挨拶をしたいと思って来たの」

 

 

 そしてスゥーと視線がこちらへを向けられる。その瞳はカイトとはまた色合いの違う青。カイトが大海の蒼だとするならこちらは天空の青に相当するだろう。腰部まで伸びた深いスリットの入った黒のスカートが彼女の大人らしさを引き立たせている。うーん、メイコもそうだけどなんでこんな露出多いんだろう。風邪ひくぞ。いやバーチャルシンガーだからひかないのか?そもそもセカイに病原菌がいるのか知らんけど。

 

 

「はじめまして春樹くん、巡音ルカです。ご挨拶が遅くなってごめんなさい。本当はもっと早く会いに来たかったのだけどタイミングが合わなくて……」

 

「こちらこそよろしくルカ。どうか気にしないでくれ。この家も好きに使ってくれていいし空いてる部屋があれば自分の私室にしてくれてもいいから」

 

 

 まるでラスボスのような登場の仕方だったが思いのほか物腰柔らかく丁寧な挨拶だった。ラスボスみたいな登場だったのに。

 ともあれこれでセカイの狭間にいるバーチャルシンガー全員に会えたわけだが、ピアプロしかいないのか?別にいいけどさぁ!でもIAとかいたら会ってみたかったなぁ!ミクと一緒にカゲプロの曲歌わせたかったなぁ!

 ところで挨拶を済ませたにも関わらず、ジーッと無言で見つめてくるルカに首を傾げる。なぜ無言なのだろう。よもや俺のホットミルクを横取りするつもりではないだろうな。台所は階段を降りた下の階にあるのでご自分でどうぞ。

 

 

「ねぇ春樹くん?一つ聞きたいことがあるのだけど……」

 

「はぁ、なんですかね」

 

 

 ルカはまるで子供のようなとても純粋な眼差しでこう言った。

 

 

 

「あなたは春司と司春、どっちが好み?」

 

「…………は?」

 

 

 しかし質問の内容はまったく純粋ではなかったが。

 

 

「あ、ひょっとして類春派かしら。それとも傍から見られる類司?それも悪くないわね」

 

「…………………う、う~ん、これは予想してなかったパターンが来たぞぅ」

 

 

 頭痛がした気がしたため額を押さえてみたが、そんなことしても目の前の現実が変わってくれる訳ではないため早々にやめる。いっそこれが全部夢だったらよかったのにとさえ思ってしまうが、なぜこういう時に限って都合良くいかないのだろうか。ファンタジーは現実を超越するんじゃなかったのか。もうヤダ誰かたすけて。

 

 

「あ、あ~すまんなんの話してるのかちょっとよく分からなくて……」

 

「?だから春樹くんの好みのカップリングを教えて欲しいの。ちなみに私は司春派よ。いつも強気な春樹くんが受けに回るっていうのがそそるものがあるのよねぇ」

 

「クソッ、このマグロ腐ってやがる!おいカイト今すぐこのピンク摘まみ出せ!ていうかよくそれを本人に向かって言えたなコイツ!?心臓に毛が生えてるとかそんな次元じゃないだろ!うちの子(リン)の教育に悪い!消え失せろっ!」

 

「フフフフフ、そんな事言わずに語り合いましょう?大丈夫何も怖くないわぁ。フフ、フフフフフ!」

 

「やばいやばいやばい話がまったく噛み合ってない!ちょっと全国のルカファンに土下座してこい巡音ェ!あっ、ちょっ、ジリジリ近づいてくんな!姐さーん!メイコ姐さん助けてー!」

 

 両手でリンの耳を塞いでじわじわと押し寄せてくるルカから距離を離す。

 最後に出て来たバーチャシンガーがこんなとか誰が予想できるか。俺にそっちの趣味はありません。教室のセカイにいるしっかり者のルカと交換して欲しい…………と思ったけどそうなったら妹様に間違いなく悪影響が及ぶためやっぱり却下だ。くそぉ、俺の中の『巡音ルカ』像が音を立てて崩れていくんだけどこれクリプトン社から訴えられないよな?悪いのは全部ルカ本人であって俺は被害者なんです。

 

 その後わずか数分ほどで騒ぎを聞きつけたメイコが駆けつけ、一応事態は収束した。頼りになる我らが姐さんの背中は今まで出会ったどんな女性よりもかっこよく見えた。一生付いていきますメイコ姐さん!可能なら二十四時間体制でそのピンクの貴腐人の手綱握っててください。タングステン性の首輪とワイヤーロープくらいならいくらでも用意できますんで。

 

 




蒔いた種、特に効果なし
けれどこの後KはOWNの曲も聴いてちゃんと雪との共通点を見つけることができましたとさ

今回の話に出て来た『アレ』とは、ざっくり簡単にどんな感じの物か説明するとニューロリンカーです。機能はかなりか・な・り拡張されてますが。これを使用している間は春樹くんが『電脳の王』として君臨します。それで当時何をしようとしていたのかというと、あれです、ラブマシーンがやってたやつ。世界中のインフラを崩壊させたり人工衛星を各主要都市に墜としたり……
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