Epic of spring song   作:日彗

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多くを見た。多くを聞いた。多くを知って多くを得た。
誰よりも遠く、誰よりも高く、誰よりも深くに至ったからこそ示せる道があるのだと、そう語った少年は進むべき方角を見失った迷い子に道を示す。
それはかつての贖罪か、それともただの気紛れか。
「どひゃ~!野菜ジュースゲロウマァーー!!」
……ただの気紛れかもしれない。


第二十一話 思うが儘に、阻むものなし

 

 初めてルカと出会ったあの日から一週間が経過した。

 結局ルカの分の曲も作ることになり、彼女からは急がなくてもいいと言われたが司達との活動がある以上なるべく仕事を溜め込みたくないためやはり速攻で終わらせた。量はもう十分だろうから当分はそっちの仕事をするつもりはない。ミク達は寂しがっていたが少し休ませやがれくださいな。

 

 まふゆの件についても結局蒔いた種は特に意味をなさなかったらしい。覗いていたミクの話によると一瞬話題には出たようなのだが例の頭クルクルピンクがすぐにVerの話題に切り替えたのだという。余計な事しやがってあのピンクめ。ルカといいハッピーエブリディといいやはりピンクは鬼門か。お嬢も割と予測不能なところあるし。

 ていうか何がVerだこの野郎。なんか知らん間にバズってるし、再生回数がいつまでも加速し続けててちょっとミク達と談笑してる隙に千五百万再生突破してたし。この間テレビで報道されてるの見た時は飲んでる最中の野菜ジュース零しそうになったぞ。勿体ないから死んでも零すつもりはないけど。それに最近はDMで曲の依頼が来たり絵師について聞かれたりとマジで鬱陶しい。あの曲は全てミク達のために作ったものであってお前達有象無象のために作ったものではない。絵師?描いたのは俺だ文句あるかこのハゲ。

 

 ……そういえば『K』なる人物からもDMが届いてたな。生憎ナイトコードをインストールする予定はないしまふゆに正体がバレるとめんど……都合が良くないため軽く作曲活動について意見交換をして終わった。アドレスからして恐らく本名は『カナデ』というのだろう。今どき自分の名前をアドレスにする奴なんて珍しいが………ふむ、今なにかが引っ掛かった気がする。具体的には凍結保存させている望月さんの記憶情報あたりから。まあいいや捨ておこう。

 ちなみにVerの正体は女ということにしてある。明言した訳ではないが女口調で物腰柔らかな文章を送っていたからそう勘違いしてくれるだろう。これで一安心だ。

 

 

「やあ冬弥くん、お疲れさま」

 

「……お疲れ様です朝比奈先輩。珍しいですね、図書室にいらっしゃるなんて」

 

 

 勝手に一安心した所でそろそろこちらの問題をどうにかしようと動くことにした。

 神山高校の図書室のカウンターに座る冬弥くんに挨拶をして正面に居座る。図書委員の冬弥くんはこの時間ならいるだろうと踏んできたがビンゴだったみたいだ。本を借りたい他の生徒からしたら邪魔でしょうがないかもしれないが少しだけ我慢して欲しい。 

 

 

「まぁ確かに最近はあまり来ないかな。一年の頃はよく通ってたんだけど」

 

「そうなんですか。よければオススメの本を紹介しますけど」

 

「ん~……いや、それはまた今度お願いしようかな」

 

 

 曖昧な笑みを浮かべて冬弥くんからの提案を流す。

 この図書室に蔵書されている本は既に制覇している。一つ残らず俺の脳内書架に納められているため一字一句違えず暗唱することさえ可能だ。新刊なら話は別だが、本を紹介されても読んだことあるものばかりになってしまうだろう。

 それに今日は用事がある。具体的にはそう、冬弥くんの薄く腫れた左頬のことについて。

 

 

「東雲少年と喧嘩でもしたのかい?」

 

「……喧嘩したつもりは、ありません」

 

「なら一方的に殴られたと?そっちの方がずっと問題だけど」

 

「…………」

 

 

 気まずそうに視線を泳がせて無言になった冬弥くんに苦笑を漏らす。

 別に問い質しているつもりはない。彼らの現状については粗方把握済みだった。

 彼ら東雲彰人、青柳冬弥のチーム『BAD DOGS』は現在解散の危機にある。具体的には冬弥くんの方から東雲少年に対しもう一緒にやらないと宣言したらしい。冬弥くんの心情を知っている俺としては言葉足らず過ぎるだろと言いたくなるが、仕方がない。この子はもともとそういう子だ。

 

 

「君はもう少し我儘になっていいと俺は思うけどね。楽しかったんだろう?彼の隣で歌うのは」

 

「……先輩がどこまで知っているのか知りませんが、俺はもう、彰人と歌うつもりはありません」

 

「自分のような中途半端な人間が傍にいたら、本気で夢を追いかけている彼の足を引っ張ってしまうって?いらない心配だと思うけど」

 

 

 事の発端は数日前、彼らが出場したイベント後の話だ。

 そのイベントでは小豆沢さん達『Vivid』も出ていたらしいのだが今回は大成功に収めたと聞いている。セカイのミク達からのアドバイスもあって小豆沢さんも一つ殻を破ったらしい。イメチェンしていたのは驚いたけど。

 そんな彼女達の歌を聞いて東雲少年は二人が本気で『伝説の夜』を超えようとしていることを理解したみたいだが、しかし冬弥くんはまた別のものを感じてしまった。

 白石さんと東雲少年は本気で伝説を超えようとしている。小豆沢さんはその例のイベントとやらを体験した訳ではないが、それでも一緒に最高のイベントをしたいという覚悟を持っている。僅か数日でめちゃくちゃ成長していてお兄さんビックリだよほんと。男子三日合わざればというが、どうもそれは男子に限った話ではないようだ。

 

 

「朝比奈先輩は俺を説得しに来たんですか。もう一度彰人と歌え、と……」

 

「いいや、君の好きにするといいさ。君の人生なんだから君のやりたいようにやればいい。嫌なものは、嫌と言っていいんだ」

 

「………それ、は」

 

「似たようなことを司にも言われたんだろ?それを忘れていないのならそれでいいんだよ。君の想いの赴くまま、思うが儘に生きたらいい。君が本気でそうしたいと思っているのなら俺はそれを尊重する」

 

 そう、冬弥くんが本心から一緒に歌わないと言うのなら俺はこれ以上なにも言わない。そっかとだけ言って立ち去って終わりだ。

 けれど本心から言っている訳ではないとその態度から滲み出ている。表情に出にくい彼だが俺からしたら随分とわかりやすい。そも冬弥くんは存外器用じゃない。頭の回転は速いし気配り上手ではあるが自分を貫くことに関してはめっぽう下手くそだ。こればかりは育った家庭環境やらから形成された本人の性格である以上仕方のないことではあるのだろうが。

 

 

「……このこと司先輩には、」

 

「言ってないよ。司は何も知らないし、教えるつもりもない。けど仮に教えたとしてもあいつは俺と同じことを言うだろうね。結局の所どの道を選びどうやって歩いて行くのか決めるのは本人だ。君が選んだ選択をあいつは無下にしたりしないさ」

 

 

 自分の夢を追いかけ始めた司には出来るだけ余計な情報を与えたくない。しかし実のところ本人が感づき始めている。幼馴染であり弟分だからか普段以上に勘が鋭い。今回俺がわざわざ直接冬弥くんの下に出向いたのはそのためだ。

 本人が知ってしまったら必ず力になろうと動こうとするだろう。仮に妹様達のように見守ることを納得させたとしてもどうしても気にしてしまう。そこもあいつの美点ではあるが、だからこそ与える情報はできるだけ慎重にしていきたい。伝えるべき情報(もの)、伝える必要のない情報(もの)というのは確かに存在する。今彼らが抱えている問題について司に伝えるのは当分先の話になりそうだ。

 

 

「別に説教がしたかったわけじゃないんだ。ただ大切な後輩が悩んでそうだったから、まぁたまには司みたいに先輩らしいことしてみたくってね」

 

 

 窓の外に視線を移して微笑を浮かべる。俺は司のような『良い兄』にはなれないし、恐らく良い先輩にもなれないだろう。これまでも、そしてこれからも、俺は俺の成したいことを為すだけだ。だからそれはもう諦める。適材適所、そういうのは俺以外の誰かに任せればいい。

 

 

「やりたいことをやりなさい。動機なんて、所詮言い訳だ。大層なものだろうと他人から貰った偽物だろうとそこからやりたいという衝動が生まれたのならそれが本物なんだよ冬弥くん。なにも難しく考える必要なんてないんだ」

 

 

 例えば命を救われた経験から医者を目指し始めた子がいたとする。それはとても立派で素晴らしいことだと周囲は絶賛した。であれば、ただ親が医者だからというだけの理由で同じ医者になるべく勉強している子は立派ではないのかと言われると、答えはやはりNOだ。素晴らしいだの美しいだのは知らんしどうでもいいが、動機が異なり同じだけの熱量を注げていなかったとしてもその目標のために努力を積み重ねている現実は変わらない。変わらないのであればそこに差などないのと同じだ。

 

 

「君は少しばかり優しすぎる。君は東雲少年のことを思って一緒に居るべきではないと考えたんだろうけど、今君がしていることは優しさの押し付けだよ。……君の御両親が『君のため』と言ってしていることと大した違いはない」

 

「っ!そんなこと……!」

 

「ない、と胸を張って言えるのか?相棒と呼んでくれた彼の夢を蔑む発言をし、彼の意思を拒絶しておいてそれらすべてを『彰人が夢を叶えるため』と宣っておきながら、それでも自分は違うとそう言えるのか?」

 

 

 苦しそうに顔を歪め息を呑む冬弥くんに小さく小さく息を吐く。

 俺は今かなり酷なことを言っている。仮にも相談を受けに来た先輩が後輩に向けて送る言葉では決してない。けれどこういうキツイ言葉を誰かが投げかけてやらなければならないのだ。こればかりは司には出来ないし、させるつもりもない。闇の底を照らし引き上げるのがあいつの役割であり、であればこういう嫌われ役は俺の役割だろう。事実を見せつけ、正論を突き付け、現実を直視させる行為は彼がこれから精神的に成長するために必ず必要なファクターとなる。結果として『今』傷ついたとしても長い目で見ればこれが最適解になる────かどうかは正直本人次第だが壁を越えずに成長なし。これが原因で唯一俺を慕ってくれていた後輩がいなくなってしまうかもしれないが、それならそれで仕方がない。たとえ俺が嫌われようが恨まれようが、彼自身の問題が解決するのであれば司が気を取られるようなことにはならない。それならば俺が躊躇する理由など皆無だ。

 

 

「君が違うと言うのならそれでもいいさ。けど何も話さず相談もせず、自分勝手に押し付けることはある種の『逃げ』だよ。何せ理解してもらうことを諦めてるわけだからな」

 

「…………俺は、俺の選択を間違っているとは思えません。何度も考えました。けどやっぱり、父に反発したいだけの俺が一緒にいては駄目なんです。俺は彰人の隣にいるのに、彰人と同じものを見れていない。……俺には彰人達や司先輩のような自分の決めた道を心から信じて進む、そういう覚悟がないんです」

 

「だったらそれを本人に直接伝えるべきだ。それが君の考えであり本心なのだと、正面から。そうしないと彼はこの先誰とも組まず誰とも組めず、ただ君の幻影に縋って落ちぶれていくことになる。……人の意味や価値というのは自分が付けるものじゃない。たとえ君自身が必要ないと卑下したとしても、そんな君を誰よりも必要としている人間もいるんだ。その事実をもう少しちゃんと受け止めた方が良い。それでも考えが変わらないのであればそれが君にとっての『正解』ということなんだろう」

 

「俺にとっての、正解……」

 

「人に意味や価値を付けるのはいつだって他人だ。だけど選んだ選択が正解かどうかを決めるは自分自身なんだよ。それだけは絶対に人に委ねてはいけない」

 

 

 人の力を借りるなと言っている訳ではない。ただ選択権は本人だけが所有しているものだ。だから───誰からも頼られる『良い子』な優等生として生きる選択をするのなら本当はその選択に胸を張るべきだった。誰に何を言われても最後に選んだのは自分なのだと、この生き方こそが自分の選択なのだと誇るべきだった。まふゆの最大の失敗はそこにある。人に押し付けられた理想だろうと理想に生きる道を選んだのはあの子自身だ。足りなかったのは理想に殉する覚悟、心の強さだけ。貫き通すことができないのなら初めから別の選択をすればよかった話で、そしてその選択肢が見えていなかったあの子にそれを示してあげることが兄として俺がすべき義務だった。

 その義務を放棄したことこそが俺の罪の一つなのだと、そう俺に言ったのは誰だったか。まぁ、そんなこと俺に言えるのは司しかいないんだけど。あいつ怖いもの知らずっていうかズバッと言ってくるんだよなぁ。陰口しかできない有象無象と比べて百万倍マシだが。

 と、そこで休憩時間終了を告げるチャイムが鳴り響く。残念ながらここまでのようだ。

 

 

「長々と語ったけどさ、今言ったことは全部無視してもいい。君にとっては所詮他人の戯言だ。こんなもの話半分に聞き流すか頭の片隅に留めておく程度で良いんだよ。それも含めて君の決断であればそれこそが君にとっての善になるんだ」

 

 

 ぽん、と軽く頭部を撫でてやると下を向いていた冬弥くんの視線がこちらを捉えた。

 

 

「あまり焦り過ぎるなよ。君自身が納得する方を選べば良いし、どっちも納得できないなら納得できる方法を模索すれば良い。君にもちゃんと力になってくれる人達がいるんだから」

 

 

 その程度であれば俺も司も文句は言わないし協力も惜しまない。とはいえ冬弥くんへの揺さぶりはこれで十分だろう。あとは片割れのオレンジ頭にも声をかけてみるか。まったく世話のかかる坊やたちだぜ。

 

 ただそれはそれとして早くセカイと接触してくれ。いい加減あそこのレン達が可哀想で見てられないから。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「やあやあ東雲少年、おっつ~」

 

「……うっす」

 

 

 放課後、フェニランでの練習を終えた夕方。各自寄る所があるからと別々に帰宅していると神山通りを何やら物寂し気な背中で歩いているオレンジ髪を発見した。せっかく陽気に挨拶したのに元気がない。理由は、まあ、冬弥くんの件で間違いないだろう。他で彼がここまで悩むことなんて早々ないだろうし。

 

 

「練習帰り?」

 

「……まぁ、そんなとこっす」

 

「そっか。今ちょっと時間ある?小腹が空いたからカフェにでもと思ったんだけど男一人じゃ寂しくてさ」

 

「この時間に?夕飯に響くんじゃ……」

 

 

 何やら警戒しているらしく訝し気な眼差しを向けられる。というか夕飯って君、育ち盛りの食べ盛りが何言ってんの。歌唱なんて見た目以上にカロリー使うんだからちゃんとエネルギーを補給しておかなければいけない。伝説を越えるためだか何だか知らないが肉体が充足していなければ精神が病んでいく。心・技・体の関係性は割と本気で重要なため司への演技指導の際にも取り入れているくらいだ。

 

 

「君なら多少は問題ないだろ?けどこの辺のお店に詳しくないから………そうだ少年、どこか良い店知ってる?できればそうだなぁ、美味しいパンケーキを提供してくれる所だと嬉しんだけど」

 

 

 切り札として彼の好物であるパンケーキの名前を出すとピクッと肩が震えた。実に反応が分かりやすくて助かる。もう一押しで堕ちると確信した俺は全人類が大好きな魔法の呪文を唱えることにした。

 

 

「先輩が好きなだけ奢るからさ、息抜きだと思って付き合ってよ」

 

 

 他人の金で食う飯ほどうまいものはねぇよなぁ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 奢ると言った途端に目の色を変えた東雲少年に案内されたカフェに入り、店員さんに案内された席に座った俺達はメニューを広げた。個人経営の小さなお店みたいだが品揃えは意外と豊富らしい。後は野菜ジュースが置いてあれば完璧だったんだが。

 

 

「ほう『季節限定スーパーDXパンケーキver3.10』……なにこれ。え、なにこれ……」

 

「ここの店長がそういう趣味らしいんで品名にその影響が出てるみたいっすよ。オレも初めて見た時驚きました」

 

「良い趣味してんな店長さん。あとで挨拶させてほしいわぁ」

 

 

 雑談もほどほどに注文を済ませる。少年が例のDXとアイスティー、俺がチーズケーキとコーヒーを頼んだ。野菜ジュースがない以上何を頼んだって一緒だ。そして俺は紅茶よりコーヒー派である。紅茶を飲むなら自分で入れた奴じゃないと嫌だ。変な所でこだわるなと司に言われたことがあるが、こだわりを持たずに美食家を名乗れるかって話だ。名乗ったことないけど。

 

 

「パンケーキ食べないんすね」

 

「パンケーキの美味しい店とは言ったけど俺が食べるとは一言も言ってないよ。好きなんだろう?パンケーキ」

 

 

 頼んだ品が運ばれてくるまでもうしばらくかかるだろう。出されたお冷で口を湿らせて俺は目の前に座る東雲少年を見据えた。

 

 

「さて、では話を聞こうか少年?」

 

「……は、それはどういう」

 

「どうもこうも悩みがありますって顔に書いてあるぞ。まるで抜け殻のようで見てられないから先輩らしいことしてみようと思って」

 

 

 だがその悩みの内容も原因も全て知っている。つくづくセカイの狭間は便利なものだ。仮になかったとしても彼らの反応は至極分かりやすいため問題なかっただろうが、前提として知っているかどうかというのは大きな差になる。知は力なり、とはこういうことだ。

 

 

「冬弥くんと喧嘩したんだって?」

 

「っ、……別に、そういうわけじゃなねぇっす」

 

「嘘つけ。喧嘩じゃないなら一方的に殴ったってことじゃないか」

 

 

 窓の外から差し込む西日に目を細める。

 二人揃って喧嘩したことを否定するとは仲が良いというか、波長が合っているというか。相棒とはよくいったものだ。お互いを高め合える相互関係。そういう相手がいることは何よりも幸福なことだということを彼らはまだ完全に理解できてはいないのだろう。

 

 

 

「それで喧嘩の原因はなんだったんだ?」

 

「どうでもいいでしょそんなこと。ただ、あいつがオレのことを仲間だと思ってなかっただけの話だ」

 

「“だけ”と言う割には随分と寂しそうに見えるけどねぇ」

 

 

 クツクツと喉を鳴らす。それに対して面白くなさそうにそっぽを向いた東雲少年に、たまらず声を上げて笑った。

 これがリアルツンデレというやつか。男のツンデレになんの需要があるんだと思っていたが、なるほど。中々どうして面白い。

 

 

「別に喧嘩すること自体は悪いことじゃない。人の心なんてのは千差万別だ。同じ方向を向いてたとしても、必ずどこかで衝突はある。どちらも真剣だったなら尚のことね」

 

「……わかんねぇすよ。急に『オレ達の音楽にはなんの意味もない』なんて言われて………」

 

「意味がない、か。冬弥くんの勘違いの一つはやっぱりそこなんだろうな」

 

 

 思わず苦笑が漏れてしまったが俺は悪くないと思う。

 意味なんてものを問いだしたらキリがない。なんだったらこの世の大抵のものには最初から意味なんて在りはしない。だから人は無名無価値無意味のモノにひとつずつ名を与え価値を付与し意味を見出してきた。それこそが人が人である所以だ。だから意味がないのではなく正確には『意味をまだ与えられていない』または『冬弥くんにとって意味を与えるほどのものではない』が正しい。そして冬弥くんにとっての音楽が後者であることだけは決してないだろう。というか今回の場合冬弥くんにとっては意味も価値もあったがそれを素直に言えなかったというだけのことだ。哲学でもなんでもない、思春期特有の捻くれから生じた摩擦。正直な所彼らの問題があまりにも低レベル過ぎて笑いそうになる。培ってきた演技力を駆使して表情には出していないだけだ。

 

 なんて考えていると店員さんがパンケーキとチーズケーキ、そしてアイスティーとブラックコーヒーを運んできたため一時会話を中断する。なにあの……なに?あれ本当にパンケーキか?サイズがちょっとしたホールケーキ並にあるんだけど。何段積んであるんだろ。……あ、八段だ。夕飯前とかなんとか言っておきながらめちゃくちゃ食うなこいつ。

 つい先ほどまでちょっとシリアスな話をしていたのにパンケーキが届いた瞬間子供のように目を輝かせている。食事中にするような話でもないため構わず俺もフォークに手を伸ばす。

 一口サイズに切り取ったチーズケーキを口に運ぶと、ほのかなレモンの酸味と香りが口内を満たしていく。これはコーヒーより紅茶のほうが合いそうだなどと考えながら、俺は静かにコーヒーを流し込んだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「意外と美味かったなあそこ。今度司達も誘ってみるか」

 

 

 夕飯前だというのに見事完食してのけた東雲少年を連れて店を出る。この店電子決済使えてよかったー。今ちょうど現金切らしてたから。

 それはともかく、せっかく奢ってやったのだからと近くの公園に引き摺って行く。本人はイヤそうな顔をしていたが知った事じゃない。あの馬鹿デカいパンケーキを食べた瞬間から貴様に拒否権はないんだよゲヘへ。

 時間も時間のため公園で遊んでいる子供もおらず、静寂が俺達を包み込む。手っ取り早く目についたベンチに並ぶように座らせた。

 

 

「で、冬弥くんの考えてることが分からないのが怖いのか?」

 

 

 日も傾いてきていてあまり時間もかけられないため直球で攻める。こういうのはウダウダやるほうが効率が悪い。時にはストレートに言った方が上手くいくものである。

 東雲少年からの返事が返ってくる前に俺は続きを口にした。

 

 

「冬弥くんはずっと前から不満を抱えていたんじゃないのか?君とコンビを組んでいる現状に、目指している目標に。それを誰にも相談できず一人で抱え込んだから今みたいな状況に陥って、」

 

「そんなのがあったら気付いてたに決まってるだろッ!」

 

 

 言葉を遮って声を荒げた。

 もしかしたら何か前兆があったのかもしれない。だけどそれに気付けなかったことを認めたくないという気持ちからだろう。

 

 

「オレが一番あいつの近くにいた!オレが一番あいつを理解していたんだ!それなのに……!」

 

「けれど事実として冬弥くんは君とコンビを続けていくことについてずっと悩んでいたぞ」

 

「………は?」

 

 

 呆けた顔でこちらを見つめてくる視線を流し、ポケットから野菜ジュースを取り出した。

 

「まさか彼の悩みが父親のことだけだと本気で思っていたのか? それだけで理解したつもりでいたと? ハッ、それは傲慢すぎるだろう」

 

「なっ……んで、あんたにンなこと………!」

 

「そう怒るなよ、と言いたいところだが結構結構。怒るってことはつまり、君がまだ冬弥くんとのコンビを諦めていないという何よりの証拠だ」

 

 

 ストローを突き刺して一口飲み込む。先程まで飲んでいたコーヒーとは比べることすら烏滸がましい美味に思わず涙が零れそうになった。持っててよかった野菜ジュース。

 

 拳を握り締めてワナワナと肩を震わせている様子を横目に肩を竦めて問いを投げかける。

 

 

「一つ聞きたいんだが、冬弥くんは本当に君と歌いたくないって言ったのか?自分の中で変に解釈した訳ではなく?」

 

「……いや、あいつは『お前とはもう歌えない』って……」

 

「そうだろう。『歌いたくない』ではなく『歌えない』。だったらそこには何かしら理由があるはずだ」

 

「け、けどあいつは……!」

 

「今日の昼、冬弥くんと直接話した。彼は言ってたよ、自分は彰人たちのように本気になれていない。父親に反発したいだけの自分が一緒にいてはいけないってさ」

 

「………は?」

 

 

───どう思うよ少年。

 

 

 そう目線で問いかける。

 つくづくおかしな話だ。コンビとして、チームとして活動しておきながらお互いの事を全く理解できていない。

 相手の事を思いやり、自分を卑下する少年は例え嫌われることになったとしても離れる道を選んだ。そんなもの、相手は何ひとつ求めてなんていないのに。

 だからこそ彼もまた冬弥くんの真意に辿り着くことができなかった。そりゃそうだ。夢を侮辱され意味がないとまで言って来た相手が実は自分を卑下するあまりに出た言葉だなんて思う訳がない。不器用にも限度というものがある。

 この二人はもっと話し合うべきだった。相棒だからというその関係性に甘えて過ごした結果がこれだ。

 それが悪い事だとは思わない。普通のコンビ。普通のチームであればそれでもいいのだろう。

 だが本気で取り組んでいた彼等だからこそ、冬弥くんは彰人くんほど本気になれているのかと自分を疑い、相棒に相談する事もできず一人悩み苦しんだ。

 誰かが悪いという話じゃない。これは起こるべくして起きたことだ。そのタイミングがたまたま今だったというだけで、ひょっとしたらもっと早くに起きていた可能性もある。

 

 

「冬弥くんには、それが必死に考えた末に出た回答ならその結果に後悔しないと断言できるのなら好きにしろと伝えた。そして彼は自身のエゴを押しつける道を選んだ」

 

 逆に言えばそれは同じことをされても文句は言えないということだ。『私はエゴを押しつけます。だけどあなたのエゴを押しつけないでください』なんてそんなバカな話はないだろう。やられたらやり返す。目には目を、というのはハンムラビ王が君臨していた紀元前18世紀から続く人界の摂理だ。

 

 

「……なぁ彰人。世の中人間なんて掃いて捨てる程溢れてる。お前と気が合う相手、共に高め合える相手だってまだ出会えていないだけで必ずどこかにいるんだろう。だからこれが最後の質問だ。お前の目的を達成するために、青柳冬弥は必要なのか?」

 

「───当たり前だ」

 

 

 即答だった。

 一心に向けられるその瞳には僅かな怒気と苛立ちが見える。感情豊かで真っ直ぐ。妥協を許さず他人にも自分にも厳しい性格。そんな彼だからこそ惹かれる人間がいて、そんな彼だからこそ冬弥くんは絶対に夢を叶えて欲しいと願った。

 

 

「そうか、当たり前か。……いいね最高の返事だ。わざわざこんな回りくどいことをした甲斐がある」

 

「……?あんたなにをってそれオレのスマホ!いつの間に!?」

 

「へへ、店を出る時にちょちょいっとね」

 

 

 ポケットから取り出したそれは先ほどの喫茶店で彰人からスった彼のスマホ。いい加減じれったくなってきたから強硬手段に打って出ることにした。

 奪い返そうとしてくる彰人の手をスイスイと躱してパスワードを入力しロックを解除。この間も彰人は「なんでパスワード知ってんだ!!」と叫んでいたが当然無視だ。そのまま流れるように音楽アプリを起動させてっと。

 

 

「お、あったあった。はい少年」

 

「返せ!!ったく……あん?なんだこれ『Untitled』?こんな曲入れたか……?」

 

「さっさと行って俺なんかよりもっと良いアドバイス貰ってこい。それが彼女達の仕事だ」

 

「彼女達……?あんた、さっきから何言って……うわっ、なんだ光が……!?」

 

 

 スマホが突然眩く発光し、彰人は素っ頓狂な声を上げた。スゲービビるやんこの子。反応が大きくておもろいわぁ。

 光が彰人の身体を包み込むのを少し離れて見守る。冬弥くんに揺さぶりをかけ、彰人の意思を確固たるものにした。これで本当に俺のすることはもうない。

 

 

「にしてもまったく、さっすが慎英さんの息子。諦めの悪さは父親譲りかな」

 

 

 みんな、どいつもこいつも難しく考えすぎだ。世界はお前達が思っているよりほんの僅かばかり単純だというのに。

 光が納まると先程までそこにいたはずの人影は綺麗サッパリと消えていた。

 あとはセカイの連中がなんか上手いことしてくれるだろう。あーあセカイって本当便利だなぁ!

 




今回春樹くんが行動した動機

・司くんが気にして練習に支障が出る恐れがあるから

以上!それ以上も以下もない。マジでない。最悪嫌われたとしても「まあ仕方がないか」で済ませるような奴です
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