Epic of spring song   作:日彗

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第四話 二人目の来訪者

 

「───言い訳があるなら聞いてやる。ほれどうした、今際の際だぞ」

 

「痛い痛い痛いっこんなこと前にもなかった!?」

 

「まあまあ二人とも一旦落ち着いて、ね?」

 

 

 セカイの狭間にて、ブルーグリーンのツインテールが特徴的な少女に対し能面のような無表情でアイアンクローをかます男と、それらを宥める青いマフラーこそがアイデンティティと言わんばかりの青年がいた。

 あまりにも混沌とした風景。すべての原因は一時間前にまで遡る。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 一日の全授業が終了し、俺は自宅へと帰還した。

 今日はなんだか濃い一日だった。そのせいか無駄に疲れた気もする。

 

 

「……ただいま」

 

 

 玄関を開け、一応声をかけてみるが返事はない。靴もないということは母さんは買い物だろう。

 それならそれで好都合。まふゆは恐らく部活だろうし、少しの間ゆっくり出来そうだ。

 

 俺は一度鞄を自室へ置き、台所へ戻る。そしてコーヒードリッパーを用意しつつお湯を沸かした。

 本当は野菜ジュースが飲みたかったが、生憎と在庫切れだ。こんな事なら帰りに買ってくればよかった。

 

 沸かしたお湯を少量だけ注ぎ、コーヒー粉をしっかりと蒸らす。その後、ゆっくりとお湯を注いでいけば完成だ。

 本当はもう少し時間をかけた方が香りも味も良くなるのだが、今日は時間優先だ。後は部屋で本でも読みながらのんびりと───

 

 

『こんにちは! 会いに来ちゃった!』

 

「~~~~~っ熱ッちぃ!?」

 

 

 台所を出ようとした瞬間、思わぬ声にコーヒーを僅かに零してしまった。

 あぁ制服にシミが……ていうかクソ熱ィ……。

 

 

「なんだなんだよどこのクソだこの野郎。つーか今この家には俺だけのはずなんだが……?」

 

『こっちだよ春樹くん! 下! 下!」

 

 

 また声が聞こえてきた。

 怪奇現象とか勘弁して欲しいんだが、そんなことも言ってられないため声の指示に従って視線を下に向ける。

 ………何にもねぇよ。強いて言うなら地面があるよ。つまり何もねぇよ。

 

 

『ポケット! ポケットの中だよ!』

 

「いや誰だよ。声だけで姿を現さないとかなんて無礼な奴だ。いいか、俺はたとえ幽霊だろうが女子供だろうが顔面にドロップキックを喰らわせられる真の男女平等主義者。よりによって俺の家に不法侵入するとは命知らずな奴めぶっ転がしてやる」

 

 

 声の持ち主に対する殺意を募らせながら、ズボンのポケットに手を入れる。とは言っても中に入っているのはスマホだけなんだが……スマホ?

 

 

『あっ、やっと気が付いた! こんにちは春樹くん! 迎えに来たよ~!』

 

「……お前、マジで、お前……」

 

 

 ポケットからスマホを取り出すと、驚くことにそこには液晶から浮かび上がるように映し出されている初音ミクの姿があった。

 なにこれホログラムじゃん。え、俺のスマホそんな機能付いてないんですけど。

 

 

「なんなのお前、現実世界に干渉できんの? 何でもありかよふざけんなよ」

 

『とはいってもこんな感じで『Untitled』を通して顔を出すことくらいしかできないけどね……』

 

 

 指先で頬を掻きながらミクは語る。

 十分だろう。これだけでも色々と使い道が浮かぶくらいだ。〇ーチューブで荒稼ぎとか出来そう。

 

 

「それで、わざわざ何の用だ? 何か理由があって声をかけたんだろ?」

 

『あ、そうだった! いくつかのセカイのわたし達が『想いの持ち主』達に接触したからその報告だよ!』

 

「ふーん」

 

『……あれ? 反応薄くない?』

 

 

 ミクがどんな反応を期待していたのかは知らないが、俺はコーヒーを零してしまった制服のシミ抜きで忙しい。火傷しなかったのは不幸中の幸いだが、シミは時間との勝負だ。

 詳しい話はセカイの狭間で聞くことにして、俺はシミとの戦いを始める。

 

 はっはっは……憶えとけよアイツ……。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 そして冒頭に戻り、セカイの狭間にて。

 

 

「ほれどうした、今際の際だぞ」

 

「痛い痛い痛いっこんなこと前にもなかった!?」

 

「まあまあ二人とも一旦落ち着いて、ね?」

 

 

 俺は内にて静かに燃える怒りの炎をミクにぶつけていた。

 こいつが邪魔さえしなければ熱い思いもせず、制服のシミ抜きもしなくて済んだのだ。やはり何度考えてもこいつが悪い。折檻だ。まずは二度とバカなことを出来なくしてやる。

 

 

「なぁミクよ。ミクさんよ。俺ってなにか悪いことしたかな? 恨まれる様なことしたかな? ほら、俺って根っからの善人で心の清い青年だろ? それなのにどうしてあんな目に遭わされたのか……説明しやがれくださいな」

 

「誰が!? 誰の心が清いの!? ねえ誰の!?」

 

「俺のだよ馬鹿が。もういい、このまま顔を握りつぶす」

 

「まあまあ、ミクも悪気があったわけじゃなさそうだし、今回は許してあげよう。ね?」

 

 

 徐々に握力を強めていると後ろから肩を叩かれた。

 さっきからうるさいな。今俺は初音コノヤロウと話して────ちょっと待て、さっきから話しかけて来てるの誰だ?

 

 ここには俺とミクしかいないはず。にも関わらずちょいちょい会話に混ざり、あまつさえ物理的接触まで。

 

 そうだ。目の前の馬鹿に気を取られて無視していたが、視界の端にチラチラと映り込んでくるこの青いロングマフラーは……。

 

 

「お前、カイトか?」

 

「そうだよ。初めまして春樹くん」

 

 

 青いマフラーに白のロングコート。俺と変わりない身長の青髪の青年。まごうことなきバーチャル・シンガーのカイトその人がそこにいた。

 

 ……そう言えば以前ミクがなんか言ってたな。確か『セカイのわたし達が本当の想いを見つける手助けをする』とかなんとか。その時にカイトの名前も出ていたはずだ。

 セカイに居るのならこのセカイの狭間に居てもなんら不思議はない。不思議はないが、だから何だという話だ。

 

 

「挨拶は後だ邪魔するな。俺はこれからこの馬鹿に折檻しなくちゃいけないんだよ」

 

「嘘だよねまだ続くの!? いきなり声かけたのは謝ったでしょ~!」

 

「謝って許されてたら警察はいらないんだなぁこれが。そして俺の腕の届く範囲では俺が国であり法だ。おとなしく召されろ」

 

「カイトぉ~! カイト助けて、カイトぉ~!!」

 

 

 手の中で泣き叫ぶミクの姿を世界中のファンが見たらどんな顔をするだろうか。ちょっと興味が出て来た。

 だがいつまでもこのままでは話が進まないため仕方がなく解放してやろう。さぁ野生におかえり。

 

 掴んでいた頭部を離すと、ミクはまるで猫のような速度でカイトの後ろに隠れた。

 

 

「で、俺を呼び出した訳は? セカイと接触したとか言ってたが」

 

「うん、そうなんだけど改めて自己紹介をしようか。僕はカイト、よろしくね」

 

「春樹だ、よろしく。それで話の続きは?」

 

「続きといっても最初にミクが伝えた通りだよ。想いの持ち主たちが各々のセカイと接触を始めたんだ」

 

「……まふゆだけ既に接触済みだったと思うが、にしても随分早いな。そういうもんか」

 

「そういうものだね」

 

 

 そういうものらしい。

 だが聞くところによると司はまだ接触していないのだとか。何やってんだあいつ。別にいいけどね。

 

 

「ふむ。なぁ、カイト。やっぱり一人の想いだけでセカイを生み出すのは珍しい事なのか?」

 

 

 こうして改めて見てみるとまふゆと司以外はそれぞれ四人の想いから生まれている。

 考えてみれば当然だろう。なにせ世界を創造するのに等しい行為だ。たったの四人でそれを為していることだけでも異常である。

 

 カイトと目が合う。とても真剣そうな青い瞳に俺の顔が映り込んでいる。

 

 

「一人の想いだけでセカイを生み出すのは珍しいか、と君は聞いたね。勿論珍しくはあるけどまったく無い訳ではないんだ。ただ、想いからはセカイや歌が生まれるけど、個人でセカイを生み出してしまうほどの強い想いというのは良い面もあれば悪い面もある。最悪身を滅ぼしかねない激情に変わることもあるだろう」

 

 

 そうならないよう支えるのもセカイにいる僕たちの役目だけどね、とカイトは閉めた。

 気にはなるが、そこまで言うならあまり気にしないことにしよう。 

 

 

「……そういえばカイトも司たちの事を知っているみたいだけど、俺みたいに想いや記憶でも視たのか?」

 

「えっ。い、いやぁ僕たちは想いを知ることは出来ても記憶までは見れないし触れられないよ。君は人一倍感受性が高いのかもしれないね」

 

「だったらなんで知ってんだよ。何か隠してないか?」

 

 

 急にオドオドとし始めたカイトになにを隠しているのかと問いただす。

 明らかに何かやましいことを抱えている様子だ。それも俺に言い辛いようなことを。

 

 

「わたし達はね、このセカイの狭間からずっと春樹くんを見てたんだよ」

 

「ちょ、ミク!?」

 

 

 一体なにを隠しているのかと考えていると、後ろのミクがあっさりと答えてくれた。

 

 この場所から俺を見ていた?

 

 どういう意味だと視線で問う。俺の予想通りの答えが返ってきた場合、この不思議空間についての評価を改めなければならなくなるだろう。

 結果として、俺の予想は的中していた。

 

 

「じ、実はこの『セカイの狭間』は君たちのいる『世界』や、想いから生まれる『セカイ』の一つ上の次元にあってね。その、『セカイ』を見守ることができる様に『世界』の方も覗くことができるんだ。……………………『Untitled』関係なく」

 

「ほう。それはそれは……」

 

 

 素晴らしい。いやもう、素晴らしい。

 カイトの証言に思わず腕を組んで考える。

 これは中々悪巧みが出来そうだ。どうしよう、ご都合過ぎるが正直ありがたい。

 それと同時にもう一つ、少し考えていた謎が解けた。

 

 

「へぇ。ふぅん。なるほどなぁ。つまり世界(セカイ)はコインの表裏ってわけかぁ。そうかそういう構造になってんのか。てことはこのセカイの狭間の更に()()()()()には───」

 

「君は本当に理解力が高いなぁ。そうだよ、君の考えている通り、君が元居た世界はここの上にある」

 

 

 カイトの言葉によって俺の仮説が確信へと変わった。

 ずっと考えていた。()()()である俺はどこから来たのか。元居た世界と似ていながら微妙に違うこの世界はいったい何なのか、と。

 まぁ、知った所で何かが変わるわけではないが、ずっと引っ掛かっていた謎が解けたおかげでスッキリした。

 

 

「それはそれとして、俺のプライバシーを覗いたことについて弁明があるなら聞いてやるぞ?」

 

「わたし用事思い出したからもう行くね!」

 

「えっ!? あ、じゃあ僕も……」

 

 

 自分たちの危機を感じたのか、ミクが走り去り、その後にカイトも続く。

 さぁて、スッキリしたついでだ。この不届き者共に鉄槌を降そうか。

 





当作品における『セカイ』について

セカイとは何処に在るのか。よくわからない異世界などではなく世界の裏側、あるいは鏡の向こう側に近い概念で構成しています。
主人公は世界/セカイをコインの裏表で例えていましたが、概ねそんな感覚です。

また、世界の構造についてですが、ビルの様なものと考えて頂けると助かります。
仮に普段司くんたちが生活している世界/セカイを一階とするのなら、セカイの狭間は二階、そして春樹くんの前世の世界が三階といった感じです。
これもあくまで概念的なもので、ようは上から下に落ちるのは簡単だけど下から上に登るのはかなりのエネルギーが必要になります。
それこそ次元を越えるほどの想い。あるいは渇望が。

ということは、セカイの狭間に直通出来ている春樹くんの『想い』とは一体どれほどの……
そもそもセカイの狭間は春樹くんの想いから生まれたわけではないのにどうして……

そういった疑問についてはまたいずれ。
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