Epic of spring song   作:日彗

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第六話 ターニングポイント

 

 【遠きに行くは必ず邇きよりす】

 

 中国、前漢時代の経書【礼記(らいき)】に記された一文であり、直訳すると『物事を行うには、順序を追って手近な事からやっていくべきである』みたいな意味になる。

 

 実に良い言葉だ。急がば回れ。凡人ほど時間がないと焦るものだが、それがかえって悪い結果を呼ぶことに繋がる。

 誰しもがこの考えを遵守出来るのであればもう少しマシな世の中になったかもしれないなぁ。

 

 

「だからな我が友よ、夢を追いかけるのはいいけど横着せず地道にコツコツとやる方が巡り巡って近道だったりするわけなんだよ」

 

「心配するな! オレの道はいつだって前にある! この道の果てに至った時が俺がスターになっている時だ!」

 

「なんだこいつ。いつにも増して元気良いな」

 

 

 急に立ち上がった司を眺めつつパンを一口。本当は弁当が食べたいが、キッチンを勝手に使うのも……まぁ偶に無断で使ってるが。

 

 

「そういえばお前、フェニランで働いてきたんだろ? バイト初日はどうだったんだよ」

 

「人の話を理解しないモンスターに出会い、異世界に飛ばされ、怪力の着ぐるみに脅迫された」

 

 

 あんなにも元気だった司の瞳から突如光が失われた。

 何も知らない第三者ならば『何を言ってるんだ』で終わったのだろうが、生憎と俺は知っているため神妙に頷く。

 

 

「事実は小説より奇なり、か」

 

「むしろ夢ならばどれほどよかったことか……」

 

「聞いてる分には面白いからじゃんじゃん奇を衒ってくれたまえ」

 

「面白がるな!!」

 

 

 司の怒声を聞き流しながら最後の一口を押し込み、嚥下する。

 さて飲み物………おや? 俺の野菜ジュースはいずこへ? 中身が空になってるんだけど。

 

 

「あぁそうだ春樹。少し聞きたいことがある」

 

「いやそれより俺の野菜ジュース……」

 

「さっき全部飲んでいただろう。忘れたのか?」

 

「あれそうだっけ」

 

 

 司に指摘されて段々とそんな気がしてきた。そっか、俺が飲んだのか……。

 

 

「ところで聞きたいことってなんだ? 宇宙の創世から星の終末までなんでも教えてやるぞ」

 

「その話はまた今度だな。……変なことを聞くがこのあたりで、ロボットを使ってショーをしている奴を見たことはないか?」

 

「それが紫の髪に水色のメッシュの入った身長180cmほどの男の事であれば心当たりあるけど」

 

「なに! 知っているのか!」

 

 

 グイッ、と近づいてきた司の顔を手で押し返す。

 変にテンションが高かった理由はこれか。

 

 

「この間話しただろ。最近転校してきた二年B組の神代類くんだよ」

 

「二年B組? 隣のクラスか……。フハハハ! 灯台元暗しとはまさにこのこと! 放課後に紹介してくれ!」

 

「あん? それは別にいいけど、俺、放課後先生に呼び出し食らってるからちょっと待ってもらう必要があるぞ」

 

「呼び出し? なぜだ?」

 

 

 俺は肩を竦め理由までは分からないとアピールする。

 特に校則違反などもしていないため悪いことではないだろうが、それでもやはり疑問は残る。なんで俺なんですかセンセー!!

 

 それにしてもどうやら司は類くんをショーの仲間に加えたいらしい。人選としては決して悪くはないだろう。手綱を握れるかどうかは別として。

 

 

「ま、頑張れよ司。お前のファン第一号として応援してるぜ」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 放課後になってすぐに司は教室を飛び出していった。

 類くんのクラスは隣なのだからそんなに焦らなくても良いと思うのだが、まぁヤル気がある分には構わないだろう。

 司が居なくなってしまったため、俺も職員室に向かう。

 放課後ということで部活に向かう生徒と帰宅し始める生徒で廊下はいっぱいだ。面倒くさい、道を開けろ!俺が優先に決まってんだろうが!

 

 

「失礼しまーす、朝比奈でーす。センセーいますかー?」

 

「おお来たな。早速で悪いんだがこの資料を科学準備室に運ぶのを手伝って欲しいんだ」

 

 

 職員室に入ると俺を呼びつけた少々ふくよかな中年男性が手を挙げた。

 先生の目の前の机には印刷したばかりであろうプリントの山と、新品に見えるフラスコやビーカーが置かれている。

 

 

「……このくらいなら俺じゃなくても良かったんじゃ」

 

「だって朝比奈、暇だろ?」

 

「失礼な。暇じゃないですよ! 今度はどんな悪巧みをしてやろうかと考えてたのに!」

 

「させるか! そんなことをしてる暇があったら先生を手伝え!」

 

「ちなみに報酬は出ますか?」

 

「ここにカ〇メの野菜〇活が───」

 

「先生なにしてるんですか! 速く運びますよ!」

 

「こ、こいつ……!」

 

 

 わなわなと肩を震わせている先生を無視して資料を抱える。この程度の量なら一度で運べるだろう。

 また職員室に戻ってくるのも面倒なので野菜ジュースをポケットに仕舞いこんで部屋を後にした。

 

 科学準備室は階段を上ってすぐ近くにある。正直先生を待っているのも面倒なのでさっさと行って置いてこよう。

 そう考えながら歩いていた時だ。前方から物凄い速さで人影が走って来ていた。

 

 

「あれ司か? おーい、類くん見つかっ「うおおぉぉぉぉ!」……なん……だと……?」

 

 

 もしや俺に用があるのかと思ったが、司は俺に気付くことなく雄叫びを上げながら通り過ぎて行った。

 何やってんだあいつ。廊下走っちゃいけません。

 

 

「───うっわ」

 

 

 司の走って行った方向を茫然と見つめていると、その後を追うように何かが飛んできた。

 なんだこれ、ドローン? 誰だよ学校の中で遊んでる奴は。俺にも貸して欲しい。

 

 

「……取り敢えず追いかけてみるか」

 

 

 資材を科学準備室に置いてドローンを見失わないよう走る。

 なに楽しそうなことしてるんだ。俺も混ぜろ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ドローンを追いかけた先は屋上だった。

 屋上の扉から顔を覗かせる。するとそこには司と類くんの姿があった。

 どうやら俺が居なくとも無事に会えたようだ。良かった良かった。

 

 冗談もほどほどの聞き耳を立てる。

 

 

「やあ! やっと来たんだね天馬くん。待っていたよ。僕に用があるんだろう?」

 

「何? オレが探していたことを、なんで知っているんだ」

 

 

 少し風の音がうるさいが、これなら問題なく聞き取ることは出来そうだ。

 今更だがなんで俺隠れてるんだろう。別に隠れてる必要ない気がするんだが……まぁ面白いしこのままでいいか。

 話を聞いていると司はどうやらドローンに追跡されていたことに気が付いていなかったらしい。だが落ち着けばこのプロペラ音も聞き取れるだろう。

 事実、音に気が付いた司は頭上を見上げ目を見開いた。

 

 

「む……!これは、ドローンか? カメラやマイクまでついている! これは神代が作ったのか?」

 

「フフ、そうだよ」

 

 

 司のリアクションが良いためか、類くんもとても嬉しそうだ。そうか、あれ自作だったのか……。

 

 

「それで僕への用にはそこに隠れている春樹くんも関係しているのかな?」

 

「ゲ、ヤベ……」

 

「なっ、春樹!? ……いつからそこに居たんだ? まったく気づかなかったぞ」

 

 

 昔からかくれんぼは得意だったんだが、割と衝撃的な事実を前に油断してしまった。

 これ以上隠し続けるのは無理だと判断して大人しく姿を現す。

 これならば最初から出てればよかったかな。

 

 

「やあ類くん、久しぶり。元気そうで何よりだ」

 

「やあ春樹くん、君がそこにいることは結構前から気付いてたよ」

 

 

 片手を挙げて挨拶する俺に対し、彼は笑みを浮かべてた。

 うっわこの茄子頭ムカツクー。もしや他に監視カメラでもあったのかな。

 

 だがそんな心情を表には出さず、俺もまた同様に笑みを浮かべた。

 

 

「ハハハ、今日は俺の友人を紹介しようと思ってね。こちら俺と同じ二年A組の天馬司くん。変人だから気を付けろ」

 

「……おい、人を紹介するのに変人とはなんだ」

 

「こちら最近転校してきたB組の神代類くん。変人だから気を付けろ」

 

「話を聞け!!」

 

 

 司の腕が俺の肩にまで伸び、強く揺さぶってくる。

 昼休みに紹介しろと言っていたからしてやったのにこの仕打ちはなんだ。ボクは傷つきました! 謝ってください!

 

 

「類くん昨日フェニランでロボットを使ってショーをしてただろ? それについて聞きたいんだけど」

 

「おや、僕のショーを見ていたのかい? 君達はどうやら僕のファンのようだね」

 

「ちょっっっっっと何言ってるかわからんけど、まぁいいや。それでこっちの司が君と話をしたいらしくてさ」

 

 

 司が一歩前に踏み出し、同時に俺は下がる。ここからは司の仕事だ。未来のスターのカリスマとやらを見せてもらおう。

 

 

「神代類! オレはお前を勧誘しに来た!」

 

「勧誘?」

 

「そうだ。単刀直入に言おう。このオレとともにショーをするぞ!」

 

「君と、ショーを? ……それはなかなか、おもしろそうだねぇ」

 

 

 おや、意外なことに好感触だった。

 てっきり断られると思っていたが、この調子なら案外スムーズにいくかもしれない。

 そう思っていたが、どうやら彼はそんな甘い人間ではなかった。

 

 

「ショーを愛する者同士、それぞれ頑張ろうじゃないか。それじゃあ天馬くん、春樹くん、また会おう!」

 

 

 爽やかな笑みを浮かべて立ち去ろうとする紫メッシュ。

 残念だが未来のスターのカリスマは彼には通用しなかったらしい。

 このまま行かせてしまってもいいのだが、司はどうしても彼を仲間にしたいみたいだ。あまり干渉する気はなかったが助け舟を出してやろう。

 

 

「待ってくれ類くん! 確かに司は変人かもしれないが絶対に君の期待を裏切ったりはしない! だからもう少しだけ話を!」

 

「お前はフォローしたいのか貶したいのかどっちなんだ!?」

 

「全身全霊でフォローしてんだろうが!!」

 

「いや、すまないが僕はひとりで気ままにやるのが好きなんだ。僕は僕なりに、見てくれる人が心から楽しめるショーを作っていければそれでいいんだよ」

 

 

 俺と司が掴み合いの喧嘩に発展しそうな横で、類くんは微塵も申し訳ないとは思っていなそうな顔でそう言った。

 ショーって一人でやるものだっけ? それだとただの寂しい奴になると思うんだけど。

 

 

「それならば、なおさらオレとやるべきだろう!」

 

 

 そして当然だが、そんな理由でこのペガサスを止められるわけがない。

 司は自信満々に胸を張り、大仰に腕を広げた。

 

 

「オレはスターとして、必ず客を楽しませて見せる! お前のショーを見たが、お前の演出家としての腕は最高だ!」

 

「おや、どうもありがとう」

 

「そしてオレなら、神代のどんな演出にも12,000%の結果で応えてみせる!!!」

 

 

 きっと12,000%という数字に大した意味はないのだろう。とにかくそのくらいの自身があると言いたいのだろうが、それだと類くんを置いてけぼりにしてしまうため仕方がなく口を挟むことにする。

 

 

「おい司、その数字にどんな根拠があるんだ?」

 

「根拠などない! あるのはオレ自身に対する自信だけだ!」

 

「いや威張んな」

 

「とにかく! お前のつけた演出でオレが最高のショーを見せる。どうだ、楽しくなると思わないか? 断言しよう!! オレとやるショーは、楽しいぞ!!」

 

「……フフ、君はおもしろい人だねぇ。一緒にショーをやるのはとても楽しそうだ。でも……」

 

 

 少し言い澱んだ後、類くんの視線がフェンス越しに校門の方へと向けられた。

 誰か知り合いでもいたのだろうか。だが人が多いため彼が誰を見ていたのかまでは特定できない。

 だがその後類くんは「…これも、いい機会かもしれないな……」と呟いて司に顔を向けた。

 

 

「天馬くん、僕が推薦するもう一人をメンバーに加えてもらえるなら協力するよ」

 

「本当か!? できれば神代にも演出家としてだけではなく役者として出てもらいたいと思っていたんだ! ……だがそのメンバー実力はあるんだろうな?」

 

「実力は保証する。僕と一緒に子供のころからショーに触れているからね」

 

「すばらしい! 一気にメンバーが増えたぞ春樹!」

 

「お? おう良かったな」

 

 

 無邪気に喜んでいる司に溜息を吐く。

 初めて会った時から今もなお、天馬司という男は一貫して“世界一のスターになる”という夢を追いかけ続けている。そしてそのためには目の前の変人、神代類の力が必要だと判断しての勧誘だ。

 だがこいつは分かっているのだろうか。自分がなぜスターになりたいと思うようになったのか。その根底にある想いを。

 

 

「一緒にみんなが笑顔になれるショーを作ろう、天馬くん」

 

「司でいい、よろしく頼むぞ、類!」

 

 

 司と類くんが握手を交わす。

 まぁ、想いについてはセカイの連中がサポートをするだろう。ともかく俺はこれから司たちがどのような選択をし、どのような道を歩んでいくのか、それを観客のように眺めていればいい。

 

 それだけで俺は満足なのだ。

 

 

「───それで春樹! お前もオレと一緒にショーをやらないか?」

 

 

 満足の、はずだったんだ。

 

 なのに天馬司は問いかけてくる。

 あの頃と何も変わらない力強い瞳と、太陽のような微笑みでまっすぐにこちらを見据えていた。

 




朝比奈春樹の抱える闇について

ヒント2
 朝比奈春樹が『人間性』を獲得したのは中学二年の冬、天馬司に連れられ、天馬咲希と出会った後くらいから。
 それまでの春樹を見た者は皆口を揃えて『人のカタチをした化物』そのものだと語った。
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