俺も類くん達もまだ正式に雇用されている訳ではないため、今日は顔合わせだけして解散となった。
だが司が言うには明日から練習を始めるらしい。おかしいな、書類関係は確かに提出したがそんなすぐに採用とかって決まるのか? コンビニじゃないんだぞ。
だがそんな心配は司の隣で楽し気に笑っている少女を見て吹き飛んだ。
そうだよね、君、鳳家の人間だもんね。採用くらいゴリ押しできるんだよね。ハハハハハ笑うしかねぇ。
「ほんと、笑うしかねぇよな……」
大分日も傾き、周囲も暗くなり始めてきた。
司達とも別れたため、俺は一人寂しく帰路を歩く。
歩きながら、俺は屋上でのことを思い出していた。
「……“それ”は捨てたろうに。まったく、眩しすぎる光に目が眩んだかねぇ」
一人ごちるが当然返答なんかない。
分かっている。これは俺の問題でありエゴだ。それを司達に押し付けるつもりはない。
だって分かり切っていることだ。俺の探しものはここには無いって。
世界中どこを探しても無いんだって。
「だから捨てたんだろ、女々しい」
言葉を吐き捨てると共に、意識を切り替える。
すべて終わった話だ。司の話に乗った以上、そちらに思考を割いた方が良いだろう。
これから本格的にショーの練習をするのであれば、やはり殺陣などは叩き込んでおきたい。そう計画を立ててていたときだった。
「あれ、はるきさん!? お久しぶりですね!」
「さ、咲希……知り合い?」
耳を叩く声が脳を揺さぶるような衝撃を与えてきたのは。
息が止まる。心臓が大きく脈動し、全身の血流が促進される。
俺は声の持ち主を知っている。なぜなら彼女は、俺にとって司と同じく『特別』に位置する人だったからだ。
声のした方へ振り向くと同時に、俺は主に仕える召使いの如き所作で深く頭を垂れた。
「お久しぶりでございます。大変お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございません。妹様に置かれましては平穏であたたかな日常を送られているご様子で私も嬉しく思います」
「ち、ちょっとはるきさん!? 妹様って呼ぶのやめてよぉ! 周りにも人がいるのに!」
「ね、ねえ咲希! 本当に知り合いなの!? 絶対危ない人だよ!」
ゆっくりとした動作で顔を上げる。
正面に佇んでいたのはピンクのグラデーションのかかった金髪をツインテールにまとめている少女と、長い黒髪が特徴的な少女。
片や司の妹である天馬咲希、片やその幼馴染である星乃一歌だ。セカイの狭間から観測した『教室のセカイ』の想いの持ち主達である。
「いやはや、まさかこの様な場所でお会いすることになろうとは。兄君から復学なされたとお聞きして一度ご挨拶をと考えていたのですが」
「もう! ちゃんと話を聞いてくれないとお兄ちゃんに言い付けるからね!」
「どうぞ気の赴くままに。妹様の成される事、それ即ち善です。異論を述べる不届き者はその尽くを絶望のどん底に叩き落して御覧に入れましょう」
「───あ、もしもしお兄ちゃん? あのね、はるきさんが……」
「おおっと、本当に連絡するとは思いませんでした。ちょいと失礼」
スマホを取り出し、耳元へと持っていった妹様。だから俺はそのスマホを取り上げ、電話を切り、そして再び妹様の手元に戻す。この間僅か一秒の早業であった。
「は~る~き~さ~ん」
「ごめんって。俺が悪かったから機嫌直してよ」
怒ったように腰に手を当てて頬を膨らませる妹様に、俺は両手を挙げて降伏を宣言する。
正直なにも恐くない。むしろ天使の様に愛らしい様にほっこりした。
ポケットの中でスマホがバイブする。
なんだろうかと確認してみると、二十件を超える通知が司から送られてきていた。当然無視だ。
「ところでそちらのお嬢さんはどちら様で?」
俺の方は一方的に名前を知っているが、彼女は俺のことを知らないはずだ。
妹様の幼馴染で司とも面識があるのであれば、これから先交流を交わすこともあるだろう。
「あ、前にも話してたいっちゃんです! アタシの幼馴染の!」
「ほほう。いっちゃんさんですか。これはまた珍しいお名前で」
「ち、違います! 一歌です! 星乃一歌です!」
「どうも朝比奈春樹です。妹様とは司を通して知り合いました。以後お見知りおきを星乃さん」
そう言って恭しく礼をすると星乃さんはポカン、と呆けた後に顔を赤らめた。どうやら揶揄われていたことに気が付いたらしい。
「もう咲希! 普通に紹介してよ!」
「ええ!? 今のってアタシが悪いの!?」
「いえいえ、悪いのは妹様ではなくこの世界です。悪いのはいつだってこの世界であって決して俺ではないので悪しからず」
「今回ははるきさんが悪いと思うよ……」
何故だろう、妹様からジト目を向けられてしまった。
だが妹様が言うのであればそうなのだろう。この御方が黒と言えば黒だし、白と言えば白なのだ。
「俺が悪かったです、ごめんなさい」
「はるきさんは素直なのか捻くれてるのかよくわからないってお兄ちゃんも言ってたよ」
「なんですと。俺ほど純粋無垢な人間はそういないというのに。少々お待ちください、今抗議文を送るんで」
妹様達に背中を向けてスマホを起動させる。
えっと、司とのトーク画面は……あった。『妹様に変な事吹き込むな』送信。
「……あの朝比奈、さん」
「はい朝比奈です。どうかしたかい星乃さん」
画面を見られる前にスマホを仕舞い込んで振り返る。
星乃さんは何か怯えているような目をしているが、俺には原因がわからんなぁ。だって悪いのは世界だし。
「あの、朝比奈さんはお姉さんか妹さんっていらっしゃいますか?」
「……ああ、なるほど。そっかまふゆのこと知ってるのか」
別に驚くほどのことではない。そもそも同じ学校に通っているし、宮女は中学からエスカレーターだ。直接の面識がなくとも噂なりなんなり聞くことはあるだろう。
それに確かまふゆと星乃さんは二人とも学級委員だったはずだ。だったら尚更面識があってもおかしくない。
「それでは改めて自己紹介を。天馬司の親友にして朝比奈まふゆの双子の兄。神山高校二年、朝比奈春樹です。よろしくぅ!」
「ぜ、全然似てない……」
耳に胼胝ができるほど聞き飽きた言葉だった。よく見ろ髪はそっくりでしょうが!
それ以外についてはノーコメントということで。
「はるきさんに妹さんがいたなんてしらなかったなぁ。ねえいっちゃん! やっぱり双子だとそっくりなの?」
「……外見もあまり似てないけど性格は正反対だと思う」
「性別の違う双子は性格も反対になる傾向があるんだよ」
「へ~! そうなんだ!」
「知らんけど」
「「……………」」
おっと、冷たい目を向けられてしまった。これ以上揶揄うのは止した方がいいかな。
「まぁそれはともかく二人とも、お腹空かない? 近くに美味しいたい焼き屋さんがあるんだ。お詫びという訳じゃないがお兄さんが奢ってあげよう」
◇◆◇
「へぇ、ならその友達と一緒にバンドをするために曲をマスターしないといけない訳だ」
中学時代から司と何度か足を運んでいるたい焼き屋で、俺は購入したたい焼きを二人に手渡した。
妹様が退院されたら連れて来てあげたいと思っていた場所のひとつだ。ここのたい焼き美味しいし。
「はい、でも私も咲希も楽器に触れなかった時間が長いので……」
「それにしほちゃんに提示された曲がとっても難しいんです」
「それはまた大変そうだね。でも弾き方を教えてくれる人はいるんだろう? ならその人たちに遠慮なく頼るといい。彼女達も君達の力になりたいと思っているはずだから」
「はい。……あれ、教えてくれる人が女性だって言いましたっけ?」
星乃さんからの指摘に刹那の思考が奔る。
彼女の指摘通り、演奏を教えてくれる人というのが女性だとは一言も言っていない。ただセカイの狭間から観測している俺が一方的に知っているだけだ。
口の中のたい焼きを飲み込みながら、どんな言い訳をしたものかと考えを纏める。
「いいや? 会話の流れからして相手は女性かなって思っただけだよ。違ったかな?」
「すごいすごい! 当たってるよはるきさん!」
どうやら上手く誤魔化す事が出来たようだ。
キャッキャッと楽しそうにはしゃいでいる妹様にほっこりしつつ、もう一口。うん、ウグイス餡もいけるな。
「でも不安なんです。志歩も穂波も本当は私たちと関わりたくないんじゃないかって」
星乃さんの抱える不安。それは突然に二人から拒絶された経験からくるものだろう。
人間の心とはかくも難解だ。自分の想いすら見つからないのに他人の想いを知るなんてそれこそ至難だろう。
「星乃さんはどうしたい?」
「え?」
だが、だからこそセカイにはミク達のような存在がいるのだろう。彼女達に任せておけばいつか解決しそうだが、妹様のためにもここは少し背中を押してやることにした。
「星乃さんと妹様はこれからどうしたい? 今のまま停滞するのは簡単だ、歩み寄ることを止めればいい。だけど昔の様な関係に戻りたいと思うなら決して立ち止まってはいけない」
二人を見る。顔にはまだ不安の色が見えるがそれも仕方がないだろう。
「妹様は幼馴染のみんなと昔のような関係に戻りたいかい?」
「戻りたい。昔みたいにアタシといっちゃんとしほちゃんとほなちゃんの四人で一緒にいたいよ……」
「咲希……」
苦しそうに、しかし確固とした意志をもって答える妹様に、あの兄貴の姿を重ねた。
本当によく似ている。その心根の純粋さも、素直さも。
だからこそ、かつての俺はこの兄妹の在り方を美しいと感じたのだろう。
「ならもう一度聞くよ、星乃さんはどうしたい?」
「……私、は。……私は……」
彼女の中にも葛藤があるのだろう。一度は諦めてしまったものを取り戻せるかもしれないという期待。また拒絶されてしまうかもしれないという恐怖。
けれどそんなものは関係ない。取り戻したいものがあるのなら、相手の意見を顧みずぶつからなければいけない時もある。自分のエゴを相手に押し付けなければいけない時がくる。
彼女達に今必要なものは『それでも』と言える心の強さだけだ。だから……。
「私は……私もみんなと一緒にいたい。咲希と志歩と穂波と、また昔みたいに一緒にいたい、です」
星乃さんの出した答えに、自然と俺の口角も上がった。
「それが言えるなら大丈夫さ。君達は今、本当の想いを見つけた。なら後はその想いをぶつけるだけだ。きっと彼女達も君達と同じ想いを持っている。それだけは俺が保証しよう」
安心させるように二人の頭を撫でる。
道は既に目の前にある。あとはそれを駆け抜けていけばいい。そうすればきっと彼女達の求める場所に辿り着くことができるだろう。
「本心でぶつかって初めて伝わることもある。けれどそれは恐怖が伴う行為だ。だからこそその歩みに人は『勇気』という特別な名前を付け、これを称賛する」
言葉で語ることはとても簡単で、実行に移すことは何よりも難しい行為。
だがそれを目の前の少女達は持ち合わせていた。だったら俺のような第三者は本当になにもする必要はない。ただ道を指差し、背中を押すだけでいい。
「いつか幼馴染全員揃ったらフェニランにおいで。司に誘われて俺も一緒にショーをすることにしたんだ。君達が来てくれたその時は、
脳裏にいつも騒がしいペガサスを思い浮かべる。
だってそうだろう。たとえ本人が忘れていたとしても、その想いこそが天馬司を形成する最大の要因であり、いっそ悲願とまで呼べるほど強烈な祈りなのだから。
協力すると言った手前、今更一方的に辞めるなんて言わない。やるならとことんやってやる。
勇気という人間の美徳を持った二人の少女を眺めながら、俺はそう決意した。
たとえその果てに、再び失望することになったとしても。
朝比奈春樹の抱える闇について
ヒント4
春樹の『探しもの』と『捨てたもの』は別。
自我が芽生えた一歳の誕生日からずっと『ソレ』を探し続けていたが、小学五年の時に『ソレ』がこの世の何処にもないのだと悟った。
時間が跳んで中学二年、天馬兄妹との邂逅をきっかけに『それ』を捨てることを決断する。