「みんな! 脚本が完成した! 今度のショーはこれを上演するぞ!」
「ほう? 初っ端からオリジナルでいくのか」
翌日の放課後、今日から本格的に練習を始めることになった俺、司、類くん、鳳さん、草薙さんの五人はワンダーステージでそれぞれストレッチに励んでいた。
そんな中での司の声である。最初くらいパクリ(他意なし)でも良いと思うが。
あとどうでもいいことではあるが、俺の衣装が用意されていた。黒を基調としたスーツとシャツ、そして細めの赤のネクタイというどこかのスーパーエリートエージェントのような衣装なのだが、これ誰が用意したんだろう。俺のサイズとピッタリでちょっと怖い。
「へぇ、司くんが書いてきたのかい?」
「ああ、そうだ。スターたる俺にふさわしい一作になっているぞ!」
『へー。つまりこの脚本であんたの頭のレベルがわかるの?』
「くっ……いちいちつっかかってくるロボめ……! この脚本が高尚すぎて理解できなくても解説してやらんからな!」
「まぁまぁ落ち着けって。脚本に自信があるのはわかったからさ」
喧嘩し始めた二人を宥めつつ話を逸らせる。
何なんだこの同レベルの会話は。お前ら仲良しか。
なんとか司達の暴走を押さえ込んでいると、ふと思い出したかのように司の顔がこちらへと向けられた。
「そうだ! もうひとつ大切なことを発表しよう」
「大切なこと? 脚本以上に?」
そんなものあっただろうかと首を捻る。
各それぞれの配役は脚本があって初めて成り立つ。演出家である類くんの仕事もそこからだし、そもそも脚本が無ければ練習もできない。
だが司の口から飛び出したのは、もっと根本的で意外な事実だった。
「劇団名だ! 公演をするなら劇団名が必要だろう?」
「……えっ、今までなかったの? 劇団名」
「ないな!」
「なかったね~」
「マジかこいつら。俺はてっきり過去にワンダーステージを使ってた劇団の名前を引き継ぐんだと……」
「この天馬司がスターに駆け上がる第一歩だぞ! ならばそれに相応しい名前でなければならん!」
「ん、んん~~~まぁ、分からんでもないが……」
あまりにも自信満々に胸を張るペガサスに、俺は肩を落とした。
確かに劇団名がまだないのであれば、それは最優先で付けなければならないだろう。なんせ名前が無ければ宣伝も広報もできやしない。知名度がなければショーを見に来るお客さんもいなくなる。
けれど、えぇ……今更……?
「それで、なんて名前にしたんだ?」
「その名も、『劇団ペガサス☆インザスカイ』!!」
「はい解散解散~。みんな片づけして帰るよ~」
「待て待て待てぃ!!」
手を叩いてまだ始まってすらいない練習をお開きにしようとした所、司が大声で止めに入った。
待ても何ももう終わりだよこの劇団。ネーミングセンス皆無なのは知ってたがこれは流石に俺でも擁護できない。
俺は頭痛を堪えるように眉間をほぐして司と向かい合った。
「司、正直に言わせて貰うが、それはダサい」
「ダ、ダサいだと!? この名前のどこがダサい! これほどまでにセンス光る名前があるか!」
「黙れ! センス云々以前の問題なんだよ! そもそも俺はそういう無駄に長い名前が好きじゃないんだ! な~にがペガサス☆インザスカイだ! ☆マークがなんか腹立つ!」
「な、なんだと~!? だったらお前らに他のアイデアがあるのか!?」
「『画竜点睛』」
「そんな劇団名があってたまるか!」
「このくらい普通にあるんだよ! 見識が狭すぎるんじゃありませんかァ~!?」
睨み合う俺と司。ここまで意見が対立したのはいつ以来だろうか。
このままでは埒が明かないと判断したのか、類くんが隣の鳳さんに声をかけた。
「えむくんはどんな名前が良いと思う?」
「ん~。『おひさまの世界のサニサニパワー♪』とか、『お花畑の世界のハナポンサクサク☆』とか?」
『……教育テレビ番組?』
「話聞いてた!? 星を付けたい気持ちはわかるけどダサいだろ!? それと覚え辛い!」
「というかいやに“世界”に拘るな。何か意味でもあるのか?」
鳳さんのこだわりが引っかかったのか、司が疑問を提示する。
俺としてはそこよりもハナポンサクサクに意義を唱えたいところではある。なんだハナポンサクサクって。ハナポンって誰だ。
「あのね、ワンダーステージはショーでいろ~んな世界になれるの!」
鳳さんの話を要約すると、つまりワンダーステージのショーは演じる度に観客に全く新しい世界を見せる『ワンダーランド』なのだという。だからこそショーの時間になるとみんなが笑顔になれるのだと。
その話を語る彼女の目には強い光が宿っており、おそらく彼女の憧れたかつてのワンダーステージはそういった場所だったのだろうと想像できた。
「だったらそれでいいんじゃないか?」
「ほぇ?」
「そうだね。このステージが生み出すワンダーランドで、素晴らしい時間を過ごしてほしいんだろう? そんな思いを込めて、名前を考えてみたらいいんじゃないかな」
「むむ……ワンダーランドで……素晴らしい時間を……?」
類くんのアドバイスに難しい顔をして考え込む。
『ワンダーランド』という単語は司との相性も良い。それを基にして劇団名を考えるというのは方法としてアリだろう。
『時間……ショータイム、とか? くっつけると、ワンダーランズショータイム……になるのかな』
「わ~っ! かっこいい! じゃあ台本の表紙に書こ~っと!」
「お、おい待て! どう考えても『劇団ペガサス☆インザスカイ』の方が」
「それはない。お前はいい加減諦めろ」
司から受け取った台本に鳳さんは黒のマジックを走らせていく。
正直あまり長い名前というのは俺の好みではないが、司の案や鳳さんが出した二つに比べればずっとマシだ。司には悪いがこのまま決めてもらうことにする。
「できた! 『ワンダーランズ×ショウタイム』!」
「……この『×』はなんなんだ? あと、なぜ『ショウ』なんだ? 伸ばし棒だろうそこは」
「『×』はかけ算だよ~!ショーをやった分だけワンダーランドが増えていくから! で、『ショウ』なのはなんだかカッコイイから!」
なぜか突然鳳さんのセンスが光り出した。さっきまでハナポンとか言っていた子はどこに行ってしまったんだ。
やはり鳳財閥の御令嬢。言動からは想像つかないが、実は高度な教育を受けて育ったのかもしれない。
「だったら『×』にちょっと細工して『セーニョ』マークにするのはどうだ? 音楽記号なんだが要するに繰り返すって意味になる。ショーを観る度観客に何度でも新しいワンダーランドを見せられるっていうならピッタリだと思うけど」
「おお~! それすっごくいいと思う! 春樹くんの案を採用します!」
「ありがたき幸せ」
割と適当な発言だったのだが、なんか採用されてしまった。とりあえず胸に手を当てて礼をしておこう。
『ワンダーランズ×ショウタイム……ま、意外と悪くないね』
「うん、僕も嫌いじゃないよ。直感は大切なものだ」
「という訳だ司。名前も決まったことだし座長として締めてくれ」
「うぐぐ……はぁ、まあいいだろう。大事なのはショーの内容だからな」
よほど自分の案に自信があったんだろうが、結局まんざらでもなさそうな笑みを浮かべた。
「名前も決まったことだし、これから気合をいれて行くぞ!」
「うんっ! がんばろーっ! おーっ!」
「「おー」」
『……お、おー』
◇◆◇
司の書いて来た脚本【ツカサリオン】はオーソドックスな英雄譚だ。
主人公の王子ペガサスは、人々を苦しめる魔王を倒すべく旅に出る。
道中、仲間を見つけ村を苦しめるドラゴンを退治。
そして最後は魔王との一騎打ち。魔王を倒したペガサスは英雄として町に戻っていく、というストーリーだ。
「いろいろと言いたいことはあるが……なぁ司」
「ああ!」
「主人公の名前がペガサスはダサくね?」
「ダサいとはなんだ! それはオレに対する侮辱だぞ!」
「いやだってダセェよ。なんだペガサス王子って、【ツカサリオン】はなんだったんだ。タイトル回収くらいしろよ」
百歩譲ってシナリオは良いとする。観客は子供の方が多いだろうし、シンプルで分かりやすい内容の方が楽しめるだろう。王道とはより広く親しまれているからこそ王道なのだ。
だけどやはり気になってしまうこともある。例えばキャラの名前とかだ。
なんなんだ『ネ・ネー』って。いくらなんでも安直過ぎるだろう。
「司くん、いい演出を思いついたんだけど、少し聞いてくれるかい?」
「おお、早速か! どんなアイディアだ?」
まだ話は終わっていないのだが、司め逃げやがった。
しかし俺も類くんの演出に興味があるので一緒に向かうことにする。
「まず、観客が王子ペガサスに深く感情移入できるように、過酷な旅の始まりへの強い決意を表現したい」
「ふむふむ」
「───そこで、雷を落とそうと思う」
「おい急に不穏になったぞ」
得意気な笑みを浮かべる類くんに、司の表情が凍る。
これはつまり、人工的に雷を生成しようって意味なのだろうか。たかがショーの演出で?
「ちなみにどうやって?」
「それはね……おおっと丁度いいところにプラズマを発生させる装置が───!」
「いやいやいや! なぜそんなものがある!?」
「こんなこともあろうかと用意しておいたのさ司くん」
「いい顔をするな! だいたいそんなものどう考えても危険だろう!」
「装置を舞台上に固定しておけばお客さんは安全だよ。触ったら死ぬけど」
「よし採用!!」
「勝手に決めるな!!」
司の平手が後頭部に直撃した。
なんてことするんだこのペガサス。親父にもぶたれたことないのに!
俺は後頭部を擦りながら司にジト目を送りつける。
「でもかっこいいぞプラズマ発生装置。派手で目立つぞプラズマ発生装置」
「!? め、目立つ……!!」
思いのほかクリーンヒットしたらしく、司が目に見えて動揺し始めた。ここが攻め時だろう。
類くんの持ってきたプラズマ発生装置をジーッと観察している司ににじり寄る。
「た、確かに、目立つな。雷が落ちるステージなど前代未聞……かなり話題性がある」
「だろう? 観客もた~っくさん来てくれるだろうなぁ~」
「うっ」
「必然的に主役も目立つんだろうなぁ~」
「……………………類、…………ちょっとくらいならやってもいいぞ」
「え?」
堕・ち・た。
思いのほかチョロかった司だが、これなら類くんもやる気がでるだろう。モチベーションというのは大切だ。司が12000%で応えるって言ったのに否定してばかりでは盛り上がるものも盛り上がらない。なにより俺が楽しくない。
「べ、別に目立つからという理由じゃないぞ。斬新さはスターのショーに必要不可欠だからな!」
「……へぇ。それじゃあドラゴンと戦うシーンで火炎放射器を改造した装置を使ってみてもいいかな?」
「いいね類くん採用!!」
「お、おい勝手に……」
「あとは魔王と戦うラストシーンで十メートルほど飛んでみるのはどうだい? 以前、足元から強風を当てて浮かせる装置を作ってみたんだ。あのシーンで使ったらきっと面白いだろうなあ」
「たったの十メートルでいいのか? 二十までなら余裕だぞ。ああでも司はまだ十メートルくらいが限界か…………採用!!」
「オ、オレのあずかり知らぬところで話がどんどん進んでいく……だがどちらも目立つ……! ならばスターとしてやるしかない……!」
「よく言ったぞ司ァ! だったら類くん、ここのシーンではドローンを何機か使いたいんだけど……」
「ならせっかくの屋外ステージだし滝も作ってみようか!」
『……これ、どう収拾つければいいわけ?』
演出の話に夢中になって、気が付けば日が暮れあたりは暗くなり始めていた。
結局今日は碌に練習もできなかったが、脚本の詰めは粗方終わったし万々歳だろう。
「明日は朝七時にここに集合! 入園用のスタッフカードは各自持って帰るように!」
「「「『はーい』」」」
◇◆◇
途中まで帰り道を同じくしていた司と別れ、一人で神山通りを歩く。
一人になると暇だな。誰もいない帰り道は退屈すぎてつまらん。
夕焼けを眺めながら、ミク達でも呼び出して話し相手になって貰おうかと考えていたその時だった。少し離れた場所から聞き覚えのある声が聞こえてきたのは。
反射的に近くの物陰に隠れて確認する。俺の記憶が間違っていなければ、今の声は……。
「お、ビンゴだな」
顔だけを覗かせてみると、そこにいたのは宮益坂女子学園の制服を着た生徒。花里みのり、桐谷遥、桃井愛莉、日野森雫の四人だった。
この四人は『ステージのセカイ』を生み出した想いの持ち主たちである。そのため直接の面識がなくともこちらは一方的に知ってるわけだ。
特に日野森雫に関しては『Cheerhul*Days』の脱退のニュースがあったばかり。どうも不穏な会話をしているみたいだし、少し聞き耳を立ててみよう。
「愛莉ちゃん………ねえ。愛莉ちゃんにひとつ、お願いしてもいい?」
「え?」
そもそもこれはどういう状況なのだろう。それこそミク達に聞いてみないと分からない。
「私、愛莉ちゃんにもう一度、アイドルをやってほしいな」
「え……!?」
自分はアイドルを辞めたのに、友人にはアイドルを続けろという。日野森雫はどうやら想像以上に人間らしい理不尽さをお持ちのようだった。
実に素晴らしい。人間そのくらい欲に忠実な方が良いと俺は思うよ。そもそも自分のやりたいことを我慢する理由がわからん。
この辺りはさすが司の幼馴染だ。アイドルに興味なかったけどこれから推しにしていこう。……そういえばアイドル辞めたんだっけ。
「さっきね、すごく嬉しかった。私のことをちゃんと見てくれる人がいたんだって。あの一言で私、本当にたくさんの希望をもらえたの」
「でも……!」
「愛莉ちゃんは昔も今も、ずっとアイドルだよ。辛いとき支えになる言葉をくれたのも、それに“本当のアイドルになる夢”を教えてくれたのも全部、愛莉ちゃんだった」
けれど話の流れが分からないためまったく感情移入が出来ない。やはり状況を説明してくれる奴が必要だ。
俺はスマホの電源を入れてミクの名前を呼んだ。これで届くかは分からないが、今もセカイの狭間からこちらを見ているのなら気付いてくれるはずだ。
そしてどうやら本当に俺の想いが届いたらしく、スマホからホログラムが映し出された。実に手頃で大助かりだぜ。
『初めまして! キミが春樹くんね、話はミクたちから聞いてるわ。私はメイコ、よろしくね』
「チェンジで」
スマホをポケットに仕舞いこんでアイドルっ娘達の観察を続ける。
しかしポケットの中からしつこく奇声のような音が響いて来たため、諦めて現実を見ることにした。
『せっかく挨拶しに来たのにこの対応は酷くないかしら!?』
「喧しい。なんでこのタイミングで新キャラ登場なんだよ。タイミングを考えてくれませんかねぇ」
栗色のショートボブに赤いショート丈のトップスとミニスカートの女性。先程の紹介どおりなら目の前の彼女がバーチャル・シンガー“MEIKO”で間違いないのだろう。
こうなってくると後出てきていないのは誰だ? リンとルカ……IAやテトの名前をミクは出していなかったが全部で六人だけなのだろうか。
メイコはわざとらしく溜息を吐くと、恨みがましそうな目をこちらに向けてきた。
『それで、ミクを呼んでたみたいだけどどうかしたの?』
「状況把握できる奴から情報が欲しかったんだ。ほらあれ」
そう言ってアイドルっ娘達の方を指差す。それだけでメイコは察してくれたのか「ああ、そのことね」と納得してくれた。
『それなら私が知ってるわ。説明してあげる』
「マジっすか、さすがは
『……次その呼び方をしたら、スマホの検索履歴をミク達に晒すわ』
「え?」
◇◆◇
「うわぁ、なんか予想してた以上に酷いことになってるなぁ」
メイコから状況の説明を受けた俺は、そのおぞましさに腕を擦った。
日野森さんの脱退を知った桃井さんが殴り込みに行って? さらに他の3人も桃井さんを追って? Cheerhul*Daysのメンバーと揉めた? ……うっわ、しかも会話の内容が……うっわ。
「女の子って怖いなぁ……」
『また一つ賢くなったわね』
「知りたくなかったよそんなもん」
芸能界の闇は知ってるつもりだが、そんな人間関係の闇は知らん。これだからチームプレーって奴は嫌なんだ。
「まぁいい、切り替えよう。このまま盗み聞きを続行する」
『あら、出て行かないの?』
「バカ言うなよ。全員知らない相手なのに出て行けるか。俺はこう見えて小心者なんだよ」
『……どの口で?』
この口で。
という冗談は置いといて、実際俺が飛び出してどうするって話だ。アイドルに声をかける男は不審者かナンパかストーカーって相場が決まっている。百歩譲ってスカウトか引き抜きだ。
生憎と俺は豚小屋にお世話になるつもりはないため、ここで静観することにする。
「……やめて! 私にはアイドルをやる資格はないの!」
おっと、メイコと話していたせいで聞きそびれてしまった。今はどういう状況なのだろう。あまり良くないというのは分かるが。
「アイドルをやる資格がない……?それって、どういうこと?」
「……いえ。深い意味はないです。ただ、言い間違えただけで。私のことは気にしないで。……私は、今は学生として普通の生活を送りたいの。……3人とも、頑張ってね。応援してる」
「あ……遥ちゃん!」
一人走り去っていく桐谷遥を茫然と見送る他三名。
あれ、これってもしかして結構マズイ展開なのでは? 本当、どこのセカイも前途多難すぎる。
「せっかく説明してくれたのに悪いなメイコ」
『それは別にいいのだけど、あの子達大丈夫かしら……?』
「まぁ……大丈夫だろ。たぶん」
セカイの連中がいるし、そもそも俺には何も出来ない。神高生が宮女生に関わる難易度をご存じか。
だがこれ以上ここに留まる理由もなくなったため、俺も帰ることにした。
メイコという話相手がいるおかげで退屈はしない。暁に染まる空を眺めながら、俺達は談話しつつ帰路についた。
春樹くんの衣装の製作者は司くん。何時作ったのか、どうしてサイズがぴったりなのか。それについて今は『朝比奈春樹にとって天馬司が『特別』であるように、天馬司にとって朝比奈春樹は『憧れ』だったから』とだけ言っておきましょう。