問題児の巣窟と言えるゲヘナにおいても危険視されている部活が存在する。
一つは美食研究会。僅か数人しか所属していないにも関わらずその所業はかなりの物になっている。事情があるとはいえ不味い料理を提供する飲食店を爆破し、料理の為に食材を強奪するなど犯罪行為を繰り返している。そのせいでゲヘナだけではなく他の学校にもテロリストとして危険視される程である。
そしてもう一つが温泉開発部である。こちらは美食研究会よりも部員が多く、それに比例してえげつない事を平気で行っていた。温泉開発と称して建物を勝手に爆破解体して温泉を掘りだすのだ。そこに源泉があるかは一切調べず、掘れば出てくると言わんばかりに毎回毎回同じことを繰り返していた。その行いはゲヘナに留まらずゲヘナ自治区外にも及び、美食研究会共々テロリストとして危険視されている。
この両者は自由奔放なゲヘナを悪い意味で代表する部活となっており、日々風紀委員会が鎮圧に乗り出しているが捕まったとしてもいつの間にか再結成されているせいでいたちごっこのような状態が続いていた。
とはいえキヴォトス全体で見ればこのくらいの存在は当たり前と言えてしまう状況にあり、治安の悪さを象徴しているとも言えた。
故に、温泉開発部は決して踏み込んではいけない領域に土足で踏み込む形となってしまったのだ。
ガリ……ボリ……バキ……
「……」
温泉開発部部長の下倉メグは目の前で部員が
体は拘束こそされていないものの、自慢の武器である火炎放射器は無惨な姿となり果て、彼女の体のあちこちに返り血が飛び散っていた。地面に力なくへたりこみ、黄色い水たまりを作っていた。
「不味いなぁ。温泉開発部というだけあって硫黄くさい。非常食にすらしたくはねぇな」
体の半分ほどまで食べたところで目の前の化け物、喰種はそう言って顔をしかめてメグの前に放り投げた。右半分だけ残った顔には絶望の表情のまま目を見開いた死人の姿が映しさだれておりメグの直ぐ先の未来のように見えていた。
「ぁ……あ……」
「やはり食うならヘルメット団のように中途半端な雑魚集団が一番か。B、こうして食ってみて分かったがお前らの方が美味かったぞ」
「それはありがたき幸せであります! 亡き同胞たちも天国にて喜んでいるでありましょう!」
喰種のそばで控えていた軍服を着た少女、Bはそう褒められたことに顔を紅潮させ泣きそうになりながら歓喜の言葉を上げる。仲間が食い殺されている事に感謝と歓喜をする彼女はどう見ても狂ってしまっており、事実彼女の瞳に生気は宿っていなかった。
「(私もあんな風に狂っちゃえたら……)」
メグはそんなBを羨ましいと感じていた。Bの狂い方ならこの恐怖にしか見えない時間を感じなくて済むだろうから。それが最悪の方向に逃げているだけだとしてもここから逃げられるのならそれでもいいと感じてしまっている。
だが、そんなことは彼女には許されていない。入学してからまだ1年も経っていないとはいえ温泉開発部の部長を任された以上部員を守る責務があった。そして、ここにはそんな彼女と共に捕まった部員たちが数多く存在するのだ。彼女たちを残して狂って逃げる事は出来なかった。
「(何とかしないと……。でも……)」
彼女の頭ではここから逃げる方法が検討がつかなかった。既に己の武器は破壊され使い物にならず、部員たちも武器を取り上げられ丸腰の状態であった。普段持ち歩く爆弾でさえ今はなく、唯一武器になりそうなものは部員たちが被っている工事用ヘルメットぐらいだった。そんなものでどうにかなるのならこんな事態には陥っていない。
「ブラックマーケットの最奥であるここで温泉開発。……危険な集団とは聞いていましたがこんなところまでターゲットにするなんて阿呆以外の何物でもないですね。本当に危険な場所が分からず、このような目に遭っているのですから」
喰種の後ろでタブレットを持った少女が辛辣な言葉を放ってくるが実際その通りであった。温泉開発部がターゲットに選んだ場所はブラックマーケットの最奥、喰種が根城にする倉庫の前であったのだ。何時ものように周囲の建物を爆破解体し、温泉を掘ろうと集まった時を狙い、喰種による襲撃を受けたのである。突如として襲われた事で逃げ出そうとしたがそれよりも先に喰種によって気絶させられ倉庫内に連れてこられたのだ。
真っ先に目が覚めたメグが火炎放射器で攻撃をしようとしたが喰種の背中から出現した黒い触手のようなものによって破壊され、そうこうしている間に上記の状況に陥ったわけである。
「どうしますか? ゲヘナでもトリニティでもテロリスト扱いなので連れて行けば報奨金がもらえると思いますが……」
「んー。別にいらないなぁ。非常食にするにも不味いし処分で良いかな」
「っ!!??」
喰種のどうでもよさそうな声にメグは体を震わせた。このままでは自分たちは殺される。それだけは避けねばならないとメグは土下座し、ない頭を必死に働かせて懇願する。
「お、お願いします! な、なんでもするので命だけは……!」
「……こういっておりますが?」
「ふぅん。なんでも、ねぇ?」
喰種は何かを考える素振りをするとBが即座に手渡してきた誰かの腕を食べ始める。血が出ないが人間の腕を食べるという光景は恐怖を感じさせるものだった。
「お前らを生かすことにメリットがない。こいつらは俺にとって使えると判断したから生きている。若しくは非常食として生かしている。だがお前らはどうだ? 硫黄くさくて食べられたもんじゃない。生かしておく価値がない。ここで逃がせば俺たちの事が周りに知られる事になるだろう。別にそれでも構わないがな」
「絶対に誰にも言いません! たとえ誰が相手でも絶対に……!」
喰種の言葉にメグは必死に懇願する。それしか生きる道がない以上必死だった。だが、そんなメグを喰種は楽しそうに笑ってみていた。彼にとってこの状況は面白い暇つぶしでしかないのだ。それが終わればメグ達温泉開発部の命はないだろう。
それが気配でなんとなく察してしまったメグは自分たちがどんな部活かを思い出し、それを切った。
「お、温泉! 温泉を上げます! わ、私達で立派な温泉を作ります!」
「温泉か。確かにそれはよさそうだ」
メグが提案した内容は喰種の興味を引く事に成功した。先ほどとは違い暇つぶしの玩具ではなく役立つ道具かを見定める視線にメグはここしかないと畳みかけた。
「ゲヘナでもブラックマーケットでも望む場所に専用の温泉を作ります! 絶対に掘り当てます! 貴方様が満足できる立派な温泉を作ります!」
「ぶ、部長の言う通りです!」
「私たちにお任せください!」
メグの必死な叫びは他の部員たちにも伝わり、同様に声を上げた。その目は恐怖から逃れようと必死になる餌そのものであり、そんな温泉開発部のメンバーをしばらく眺めた喰種は軽く息を吐いていった。
「そこまで言われちゃぁ仕方ないな。温泉だけじゃ物足りないし豪邸も作ってもらおうかな。別荘にしたい」
「っ! お任せください! 満足してもらえるものを作ります!」
建物づくりの経験なんてないがそんなことは言っていられない。難しいモノづくりなんて今の状況に比べれば屁でもないからだ。
「良いよ。そこまで言うなら作って見せてよ」
「ありがとうございます!」
「あ、でも誰かに俺の事を言えばどうなるか。わかるよね?」
喰種は念を押すように残りの手を丸呑みした。黒と赤で彩られた視線を向けられメグは恐怖で体中の震えが止まらなくなるが必死に言った。
「勿論です! 誰にも言いません! 皆もそうだよね!?」
「勿論です!」
「秘密にします!」
「誰にも言いません!」
必死に頷く温泉開発部のメンバーのその姿は喰種の機嫌を良いものにさせたようで彼は笑みを浮かべて満足げに頷いた。
「よろしい。では温泉に入れるのを楽しみにしておこう」
喰種の気まぐれにより解放された温泉開発部のメンバーはその後今まで以上に狂ったように温泉を掘り当てようと躍起になった。元々テロリストとして警戒されていた彼女たちは更に警戒され様々な組織が捕まえようと必死になるほどだった。彼女たちはたとえ風紀委員会などに捕まったとしても行動が過激になったわけを話すことはなく真相がわかる事はなかった。
この狂ったような活動は新部長として鬼怒川カスミが就任するまで続く事になるのだった。
「まぁ、温泉なんて最初から期待していないし掘れても掘れなくてもどっちでもいいけどな」
そして、それらすべての原因となった喰種は今日も今日とてブラックマーケットを中心に暴食の限りをつくすのであった。