界を穿つ魔法使い   作:黄金の20面ダイス

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タヴはゼーリエたちに坑道のアルカニストの存在を報告し、マインド・フレイヤーの異端者が送り込まれた理由を考察する。タヴとゼンゼはリューデル村の坑道調査へ向かうが、そこで二人を待ち受けていたのは制御不能となった禁忌の存在だった。一方、ソリテールとリヴァーレはヴァイゼの結界を解くべく行動を開始。次元を超えた中継基地では、失態を犯したウリサリッドが焦燥と怒りを滲ませ、計画の修正を決断する。


#11:異端者たちの秘策

 穏やかな陽光が広間に差し込み、部屋を温かく包んでいる。壁際には無数の古びた魔導書が整然と並び、この部屋の主が長きにわたって膨大な研究を積み重ねてきたことを静かに物語っていた。広間の中央に置かれた椅子にはゼーリエが深く腰掛けている。その気だるげな瞳は、目の前に立つ異界の魔法使い──タヴに静かに注がれていた。

 

 彼が《Tongues(言語会話)》による翻訳で言葉を紡ぎ、報告を始めようとしたところ、ゼーリエが眉をひそめ、小さく手を振った。彼女はタヴの使う魔法の翻訳が耳障りだとして、いつものように《エレクティオリンガ(思念を重層翻訳する魔法)》を無言で施す。タヴは小さく頷いて礼を示すと、静かに話し始める。

 

 ゼーリエが座る椅子の左右には、一級魔法使いたちが静かな佇まいで控えていた。ゼーリエの右手側にはゼンゼとファルシュが、左手側にはゲナウとレルネンがそれぞれ並び、表情に注意深い警戒を秘めつつ、中央で報告を行うタヴの言葉に耳を傾けていた。タヴは落ち着いた声音で、フリーレンたちが遭遇した坑道での出来事を静かに語り終えた。

 

「……そこで一点だけ、俺が気になったことがある」

 

 タヴが小さく息をつきながら言うと、ゼーリエがゆっくりと頬杖をついて問い返した。

 

「気になったこと……?一体何だ?」

 

 タヴは静かな声音で続ける。

 

「フリーレンたちが坑道で倒したマインド・フレイヤーの中に、《Arcane Magic(秘術魔法)》を専門的に使うアルカニストと呼ばれる個体がいたことだ」

 

 ゼーリエは薄く目を開けて、やや面倒くさそうに問い返した。

 

「それで?お前はそのアルカニストとやらが気になっているのか?」

 

 タヴはその問いに対して、静かに言葉を継ぐ。

 

「アルカニスト自体というより、その個体が送り込まれている理由が気になっている。マインド・フレイヤーの社会において《Arcane Magic(秘術魔法)》は禁忌で、アルカニストみたいな個体は異端者として忌避される存在だからな」

 

 ゼンゼが静かに視線を向け、問いを挟んだ。

 

「《Arcane Magic(秘術魔法)》はそちら側では主要な魔法体系なのだろう。マインド・フレイヤーにとって何故禁忌なんだ?」

 

 タヴは慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「マインド・フレイヤーが通常使う術は《Psionics(超能力)》という精神を媒介にしたものだ。奴らの社会はエルダーブレインという巨大な脳の《Psionics(超能力)》を通じて統制されている。それぞれの個体がエルダーブレインの精神的な支配下で行動する」

 

 タヴはそこで一旦言葉を区切り、一同の顔を静かに見回してから続ける。

 

「だが、《Arcane Magic(秘術魔法)》の習得には多くの魔導書を読み解き、外部の魔力を制御するための技術的な修練が必要だ。その過程で異端者は、エルダーブレインの精神制御に抵抗するための防護魔法を使い始めることが多い。結果として、次第にエルダーブレインとの精神的な繋がりが薄れ、反逆のリスクが一気に高まるからだ」

 

 ゲナウが腕組みをしたまま、静かな声音で言葉を挟んだ。

 

「なるほど……。統制できない個体をこの世界に送り込んだ理由が気になるわけか」

 

 タヴは頷き、言葉を選んで続ける。

 

「そうだ。特にここは閉ざされた次元で、外部からの監視も難しい。そんな状況下で反逆の可能性がある個体を送り込んだのは、何かしら特別な理由があると考えるのが自然だろう」

 

 一同が押し黙り、重い沈黙が広間を支配した。その静けさを破ったのはレルネンだった。彼は慎重に言葉を選びつつ、自らの考えを含めた疑問を静かに問いかける。

 

「リスクを冒してまで異端の存在を送り込む理由は……通常のマインド・フレイヤーには困難な、専門的で特殊な任務があるからということでしょうか?」

 

 レルネンの言葉に一同の視線が集中する。タヴは落ち着いた声で答えた。

 

「その可能性はある。例えば、精神的な能力では解除が難しい封印や結界を破る任務、あるいは魔法施設の解析、さらにはこの世界の魔導書を解読するといった任務だな」

 

 説明を受けたゼンゼが静かに目を細める。

 

「他の目的である可能性はあるか?」

 

 その問いを聞いたタヴは「ある」と言葉を区切り、説明を続ける。

 

「新技術の実験や検証目的だ。近年の技術の進歩や情勢の変化で、マインド・フレイヤーの価値観にも僅かだが変化が生じている。戦略上有効と判断すれば、限定的に《Arcane Magic(秘術魔法)》を認める傾向が出てきた。実際、《Psionics(超能力)》と《Arcane Magic(秘術魔法)》を融合した新たな術式や兵器の開発を進めているとの情報もある。その性能試験をこの世界で行っている可能性が考えられる」

 

 彼はそこで一息つき、小さく肩を竦めながら付け加える。

 

「あるいは、単に失っても痛くない捨て駒同然の戦力として送られているだけかもしれんがな……」

 

 しかし、説明を聞いていたゲナウが「待て」と低い声音で割り込む。

 

「異端者共はエルダーブレインとの繋がりが弱いのだろう?そいつらが危険な任務を素直に引き受けるとは思えんな」

 

 ゲナウの言葉にその場が静まり返った。一同は真剣な視線をタヴに向ける。タヴは短く頷き、慎重な表情を浮かべながら言葉を選ぶ。

 

「確かに、忠誠心の薄い異端者が、無償でエルダーブレインの命令に従うことはないだろう。だから、そいつら自身にも任務を受け入れるだけの利益を提示されているはずだ」

 

「利益とは、具体的に何ですか?」

 

 ファルシュが静かな声音で尋ねると、タヴは言葉をゆっくりと紡いだ。

 

「異端者たちはコロニー内ではいつ排除されてもおかしくない立場だ。だから、常に生存すら危ぶまれる状況にある。だがエルダーブレインが提供する任務を引き受ければ、研究の場や材料、資源などを与えられ、一時的にせよエルダーブレインの庇護を受けられるとかな」

 

 一同の視線が厳しくなったことを感じ、タヴはさらに言葉を続ける。

 

「仮に実験や特殊な任務が成功すれば、その成果によってコロニー内で研究の正当性を認められ、立場や地位が向上することもあり得る。アルカニスト自身にとっても、生存や立場を安定させる重要なチャンスというわけだ」

 

「なるほど……エルダーブレイン側と異端者側の利害が一致した可能性があるわけか」

 

 ゼンゼは静かな瞳で呟いた。ゲナウもまた納得したように頷き、腕組みを解いて考え込むような姿勢を取る。その表情は次第に険しくなり、重く静かな声音で口を開いた。

 

「だが、もしお前の言う通りならば……送り込まれた異端者たちは、自らの命を人質に取られているも同然だな。目的を果たすためにどれほど強引でなりふり構わない手段を取るか分からない。かなり厄介な状況になるぞ」

 

 ゲナウの言葉に、一同の表情が険しく引き締まる。静かな広間に再び重苦しい沈黙が降り、ゼーリエは気だるげに小さくため息をつく。

 

「ややこしい話だな。それでお前はどうするつもりだ?」

 

 タヴは視線をゼーリエに向けて答える。

 

「俺自身が現地に赴き、詳しく調査したいと思っている。そこで何かを発見した場合は、排除も視野に入れている」

 

 ゼーリエは椅子にもたれかかり、片眉を上げて静かに告げた。

 

「ふん……まあ、お前一人で調査に向かわせても問題ないだろうが……政治家連中や保守派の幹部たちが異界の人間が単独で動くのは危険だと騒いでいる。私が強引に黙らせることもできるが、今後お前が協会内で円滑に動くには、あまり得策ではないだろう」

 

 ゼーリエは一級魔法使いたちに視線を移した。

 

「誰か現地に同行し、監視役でも補佐でもいいから務めてやれ」

 

 彼女はふと悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「まあ、私が自ら同行してやっても構わんがな」

 

 その時、ゼンゼが静かに一歩前に踏み出した。

 

「ゼーリエ様、それには及びません。私が同行します」

 

「ほう、お前が行くのか?」

 

 ゼーリエは静かに問いかけた。ゼンゼは淡々と答えを返す。

 

「はい。一級魔法使いは理不尽な逆境を覆す存在でなければなりません。それに、個人的にマインド・フレイヤーの目的が気になります」

 

「それならばゼンゼに任せよう」

 

 ゼーリエは静かに頷いた。ゼンゼはタヴに視線を移した。

 

「準備を始めるが、懸念点はあるか?」

 

「いや、助かる。一人で調査するのは面倒だと思っていたからな」

 

 タヴは軽く肩を竦め、軽い調子でゼンゼに応える。ゼンゼは無表情のまま小さく頷く。

 

「それは良かった。現地では何が起こるか分からんからな、油断なく行こう」

 

「ああ、分かっている」

 

 二人は無言で視線を交わし、静かに広間を後にした。扉が静かに閉じられた後、ゼーリエは再び椅子にもたれかかり、ゼーリエはどこか面白がるように片眉を上げ、扉をしばらく見つめていた。

 

「ゼンゼが自分から立候補するとは少々意外だったな……。しかし、あの二人なら相性は悪くないかもしれん」

 

 ゼーリエの言葉を聞き、控えていたレルネンが静かに頷いた。彼は穏やかな表情で口を開く。

 

「ゼンゼ殿は、以前に若手魔法使いたちがタヴ様に対して反感を抱き、揉め事になった際も、いち早く仲裁に入っていました。彼女が協会内で最も彼に対して中立的であり、協力的な姿勢を持っていることは間違いありません」

 

 ゼーリエが小さく「なるほどな……」と息をつきながら呟くと、ファルシュが少し遠慮がちに言葉を添えた。

 

「ゼンゼさんは一見冷血なように見えますが、案外繊細で情に厚い人です。タヴさんの境遇に対して、何か思うところがあったのかもしれませんね」

 

 その言葉にゼーリエは気だるげに笑みを浮かべると、横でゲナウが静かな声音で付け加える。

 

「自称、平和主義者で争いを好まない、優しい魔法使いらしいからな。まさに適任だろう」

 

 ゲナウの言葉に一同が微かに頷き合い、再び静かな空気が流れる。ゼーリエは視線を正面に戻し、表情を少しだけ引き締めた。

 

「……今回の件も含めてだが、状況は複雑だ。単に異界の脅威が迫っているということだけでは済まない」

 

 ゼーリエの声音に、広間の空気が引き締まり、彼女は重々しい口調で言葉を続ける。

 

「既に協会へ各国から派遣されている兵士や魔法使いたちの中にも犠牲者が出始めている。その報告が各国の指導者や貴族たちに伝わり、対処を求める声が強まっている……。外交上の問題や政治的な軋轢まで起こりかねん状況だ」

 

 ゼーリエの言葉に広間が重苦しい静けさに包まれた。一級魔法使いたちはそれぞれ複雑な表情を浮かべ、深刻な空気がその場を満たしている。彼女はゆっくりと顔を上げ、一級魔法使いたちに視線を巡らせた。

 

「レルネン、お前は協会内の保守派や政治家連中の動きを探れ。彼らが無駄な騒ぎを起こさないよう、適当に宥めておけ」

 

「承知いたしました」

 

 レルネンは静かな声音で頷き、恭しく一礼した。ゼーリエは次にゲナウに視線を移した。

 

「ゲナウは血の気の多い現場の兵士や魔法使いたちを見張っておけ。内部で揉め事が起きないように、未然に防げ」

 

「仰せのままに」

 

 ゲナウは表情を崩すことなく淡々と応えた。ゼーリエの視線が最後にファルシュに移る。

 

「ファルシュは引き続き各地の情報をまとめ、異界との関連性がある報告を優先して精査しろ」

 

「分かりました、ゼーリエ様」

 

 ファルシュは素直に頷き、小さく頭を下げた。ゼーリエは再び気だるげに椅子の背もたれにもたれかかり、深いため息をついた。

 

「まったく……政治というのは本当に面倒だ。これだから組織の長なんてやりたくないんだ……」

 

 ゼーリエは閉じられた扉を眺めながら、静かに目を閉じた。

 

 *

 

 静寂に包まれた廊下に、二人分の静かな足音が響いている。窓から差し込む柔らかな陽光が、白い大理石の床を温かく照らし出していた。タヴとゼンゼはゼーリエの広間を後にし、並んで協会内の通路をゆっくりと進んでいった。周囲に他の人影はなく、二人の間には静かな空気が流れている。

 

 ゼンゼがちらりと横に立つタヴの表情を確認し、小さな声で問いかける。

 

「《Teleport(瞬間移動)》の目的地はリューデル村だったな。場所のイメージは掴めているか?」

 

 タヴは僅かに頷き、落ち着いた表情で答えを返す。

 

「ああ、フェルンから村の位置について詳しく聞いている。ただ、念のために地図で周辺の地形を再確認しておきたい」

 

「分かった。地理資料室へ案内しよう」

 

 ゼンゼは無表情のまま小さく頷き、ゆっくりと足を進めた。静かに続き、二人は並んで廊下を奥へと向かう。静かな足音だけが廊下に響いた。ふと何かを思いついたようにゼンゼが口を開く。

 

「ところで、《Teleport(瞬間移動)》についてだが……移動先に人や物体があった場合、衝突の危険性はないのか?」

 

 タヴは軽く首を振り、すぐに丁寧に説明を返した。

 

「その心配は要らない。《Teleport(瞬間移動)》は移動先として指定した領域の中で空いている場所を自動的に見つけ出し、術者や同行者を安全に配置する仕組みになっている」

 

「なるほど……だが、もしも目的地全体が人や物体で埋め尽くされていたらどうなる?」

 

「その場合は魔法の発動自体が失敗する。術者にとっても移動先にとっても危険が生じないように、配置が不可能な場合は魔法が自動的に取り消されるようになっているんだ」

 

 ゼンゼは静かに頷き、その話を注意深く咀嚼した。術の構造や理論を一つひとつ頭の中で確認するように慎重に問いかける。

 

「つまり、《Teleport(瞬間移動)》という一つの術式の中には、膨大な状況に対処するための複雑な仕組みや術理が幾重にも組み込まれているわけか……。まさに魔法研究者たちの血と汗の結晶だな」

 

「そうだな。この魔法が完成するまでには多くの失敗や事故があり、今の安全な仕組みになるまでには、膨大な時間と労力が注ぎ込まれてきたらしい」

 

 タヴは静かに語りながら、長い時間をかけて培われたウィザードたちの知識と努力に改めて敬意を抱く。二人はそのまま地理資料室へと静かに足を進め、資料室の重厚な扉を開いた。中には協会が収集してきた精巧な地図や村落の情報が整然と並べられていた。

 

 壁沿いに並ぶ書架には、膨大な量の貴重な巻物や書物が静かに息づいている。大きな机の中央には詳細な大陸地図が広げられ、その上には細かな文字や記号がびっしりと記されていた。タヴはゆっくりと地図に近づき、フェルンから聞いた情報を慎重に再確認していた。

 

「リューデル村はオイサーストから北東に馬車で一日半の距離……。村の東には深い森があり、西側と北側は丘陵地帯に囲まれている、と」

 

 タヴは指先で地図の位置を辿りながら、細かな村の情景を頭の中でさらに鮮明に描いていく。

 

「村の中心には古い石造りの井戸があって、そのすぐそばに大きなオークの樹が立っている……」

 

 タヴが静かに位置を確認する横で、ゼンゼは《自身の髪の毛を自在に操る魔法》を駆使して、調査用の資料や道具を手際よく整理していた。灰茶色の艶やかな長髪が魔力の影響下で静かに動き出し、巻物を巻き取り、精密な地図をまとめ、魔導具や測定器具を整然と収納していく。その鮮やかな作業に、タヴは思わず感心の眼差しを注いだ。

 

「あんたは随分と野外調査に慣れていそうだな」

 

 タヴが静かにそう問いかけると、ゼンゼは作業の手を止めずに答える。

 

「何度か古代の迷宮の攻略や遺跡の調査にも関わったことがある。私は研究室に籠って書物を眺めているよりも、実際に自分の目で確かめる方が性に合っているらしい」

 

 タヴは軽く眉を上げ、微かに笑みを浮かべてゼンゼに視線を向ける。

 

「それは少し意外だな……あんたはどちらかというと、大量の書物に囲まれているタイプに見えたからな」

 

 ゼンゼは作業を僅かに止めて、小さく口元を緩めながら答えた。

 

「書物や文献を調べることも嫌いではないが、外の世界には本だけでは決して理解できないものが無数に存在する。君のような異界の存在を知って、改めてそう感じたよ」

 

 タヴはその言葉に静かに頷いた後、ゼンゼが巧みに髪を操る姿を見ながら、再び興味深げに問いかける。

 

「その髪の毛を操る魔法も相当器用だな……。髪を媒介にする術なら、髪を長く伸ばした方が魔法の効果は高まるだろうが、その長髪は日常生活ではかなり不便じゃないのか?」

 

 ゼンゼは軽く髪をまとめながら、小さく頷きつつ返答した。

 

「確かに髪が長いほど魔法の精度は高まる。ただ、日常生活においては煩わしさが地獄のように増える。正直、それについてはあまり考えたくもないほどだ」

 

「なるほど、実用性との兼ね合いか……」

 

 タヴは納得し、再び静かに地図へと目を落とした。しばらくしてゼンゼは再び髪を使い、最後の荷物を整理し終えると、ふとタヴへ視線を向ける。

 

「そういえば、君はこちらの世界に来てからしばらく経ったが、普段の生活にはもう慣れたのか?」

 

「完全に馴染んだとは言えないが、少しずつ慣れてきている」

 

 タヴは軽く肩を竦め、小さく笑いながら言った。

 

「食べ物や習慣、言葉の違いにも最初は戸惑ったが、この世界の人間は比較的理解のある者が多くて助かっている」

 

「それなら良かった。協会にいる間は、君が問題なく過ごせるよう私も気を配るつもりだ」

 

 ゼンゼの言葉にタヴは小さく頷き、静かに礼を示す。ゼンゼは自身の準備を終え、真剣な口調で尋ねた。

 

「それで、《Teleport(瞬間移動)》の準備は整ったか?」

 

「ああ、大丈夫だ。リューデル村のイメージも明確に掴めている。《Teleport(瞬間移動)》を問題なく発動できるだろう」

 

 二人は静かに頷き合い、地理資料室を後にする。重厚な扉が音もなく閉じられ、資料室は再び静かな静寂に包まれた。

 

 協会の廊下を抜け、ゼンゼとタヴは屋外広間へと向かった。途中、無言で並んで歩きながら、タヴは改めてリューデル村への移動に意識を集中していく。ゼンゼもまた、表情を崩すことなく、落ち着いた様子で彼の横を歩いていた。

 

 広間に到着すると、二人はその中心へと静かに足を踏み入れた。柔らかな陽光が満ち、空はどこまでも澄み渡り、屋外広間は穏やかな空気に包まれている。周囲では協会の魔法使いや職員たちが談笑や作業をしていたが、タヴが転移の準備を始めるのに気付くと、視線が次第に集まってきた。

 

 タヴはポーチからシュタルクに借りた木彫りの飾り──《Associated object(関連物品)》を取り出し、それを右手に握りしめた。周囲をぐるりと見回し、しっかりとした声で呼びかける。

 

「これから《Teleport(瞬間移動)》を発動する。魔力の影響が周囲に及ぶ可能性があるから、関係のない者は離れてくれ」

 

 周囲にいた魔法使いや職員たちは即座に反応し、速やかに距離を取った。彼らの視線はどこか興味深そうであり、異界の魔法使いが行使する魔法を、遠巻きにして静かに見守っているようだった。

 

「これで大丈夫だな」

 

 ゼンゼが静かな声音で言うと、タヴは軽く頷き、真剣な表情で集中を始めた。彼の足元を中心として、ゆっくりと風が生まれ、次第に渦巻きながら力強く巻き上がっていく。徐々に巻き起こるその風は周囲に魔力の気配を放ち、広間に漂う空気が一気に緊迫したものへと変わっていく。

 

 タヴの瞳には青白い閃光が宿り、嵐を操る彼特有の魔力が鼓動を刻むように高まっていった。周囲の風はさらに勢いを増し、激しくなびく彼の髪やローブを舞い上げる。足元から青白い稲妻が生じ、ゆらめく魔力の渦は周囲の空間を揺らめかせ始めていた。

 

「嵐を司る魔力よ、俺の血脈を通じて扉を開け……」

 

 低く重厚な声音で言葉が紡がれる。ゼンゼはタヴの傍で静かな瞳を閉じ、風と稲妻の奔流の中で冷静に呼吸を整えていた。タヴは更に右手を掲げ、《Associated object(関連物品)》を術の中心として魔力を集中させる。術の発動を前に、鮮明なリューデル村の光景がタヴの頭の中に浮かび上がる。

 

「俺たちを運べ、《Teleport(瞬間移動)》──!」

 

 タヴが鋭く声を上げると同時に、青白い稲妻が地面を激しく駆け抜け、風が猛然と吹き荒れた。渦巻く魔力は一気に頂点に達し、巨大な魔力の柱となって二人を覆う。周囲にいた魔法使いたちは思わず目を細め、その強烈な魔力の輝きを見つめていた。

 

 二人の身体は強い光とともに空間に溶け込み、瞬く間にその場から消え去る。残された広間には徐々に静けさが戻り、やがてただ穏やかな陽光だけが何事もなかったかのように降り注いでいた。

 

 *

 

 薄く雲がかかった空の下、ソリテールとリヴァーレはヴァイゼ周辺の丘陵地帯をゆっくりと歩いていた。先ほど破壊したギスヤンキの位相アンカーの残骸がところどころに無残に散らばり、破壊による魔力の残滓が周囲の空気を微かに振動させている。強力な魔術が放たれた痕跡が、この地に濃密に刻まれていた。

 

 リヴァーレが以前のギスヤンキ・ナイトとの決闘で負った火傷の傷痕は、既にほとんど跡形もなく癒えている。あれほど重度だった火傷が短期間でここまで回復するのは、強力な自然治癒能力を備える大魔族の身体だからこそだ。

 

 少し離れた場所では、途中で遭遇し従わせた二体の野良魔族が、倒れたギスヤンキたちの遺体を興味深げに探っていた。彼らは元々このヴァイゼ付近の丘陵地帯を無秩序に徘徊し、無差別に獲物を狩る危険な存在であった。

 

 そこへたまたま通りかかったギスヤンキ偵察隊に襲撃され、危うく命を落とすところをソリテールとリヴァーレが救出した。彼ら二人の強烈な魔力と圧倒的な力を目の当たりにした野良魔族は即座に服従し、今では従順な従者として働いている。

 

「ギスヤンキとかいう奴らは複雑な武器を使うんだな……」

 

 一体の野良魔族が声を漏らしながら、手に取った奇妙な形状のクロスボウをまじまじと眺め回している。その横ではもう一体が銀色に輝く特殊な剣──ギスヤンキの銀剣を拾い上げ、しげしげと観察していた。

 

 リヴァーレはその様子を腕を組んだまま一瞥すると、興味なさげに視線を逸らす。一般的に魔族というものは人類が生み出した魔法や技術に興味を示さないものだ。だが、異界からやってきたギスヤンキの装備にはさすがに少しばかり好奇心を刺激されたらしい。ソリテールは興味深げに装備を眺め回している野良魔族の傍に歩み寄り、冷静な口調で淡々と解説を始めた。

 

「それは魔導工学的に強化されたクロスボウよ。弦を自動的に引き絞り、矢の装填まで補助してくれる機構が内蔵されている。この世界で一般的に使われているどの弩よりも速射性が高い……まあ、頻繁に精密な整備が必要だけれどね」

 

 野良魔族が「これは便利だ……」と感心して呟くと、もう一方の魔族は銀剣を手にし、好奇心を隠さず問いかける。

 

「この銀剣はどうなんだ?特殊な魔力を感じるが」

 

「それはギスヤンキの伝統的な武器ね。アストラル界由来の特別な銀を使っている。持ち主の精神と魔力に直接共鳴して、まるで身体の一部のように自在に操れる仕組みになっているのよ。剣自体が強い魔力を宿しているから、使い手が強ければ強いほど真価を発揮するわ」

 

 ソリテールが丁寧に解説すると、二体の野良魔族はその魔導的な装備品を珍しそうに眺めながら嬉々として意見を交わし始めた。彼女はそれを横目に小さく肩を竦めると、どこか面白がるような冷笑を浮かべた。

 

「ただ、一つ忠告しておくと……ギスヤンキは自分たちの装備が外部に渡ることを極度に嫌うわ。特に銀剣に関しては、失ったとなれば必ず奪い返しに来る。命が惜しいならさっさと手放した方が身のためね」

 

 ソリテールの冷静な忠告に、野良魔族たちは途端に慌てふためいた。彼らはギスヤンキ偵察隊との戦闘で、その容赦のない攻撃性と異常な執着心を既に目の当たりにしており、その記憶が強く蘇ったのだ。二体の魔族は手にしていた装備品を慌ただしく地面に戻した。その様子を見て、ソリテールは軽く微笑んだ。リヴァーレはそんな彼女の姿を興味深げに見つめ、小さく口を開いた。

 

「随分とギスヤンキの文化に詳しいじゃないか。連中について研究でもしていたのか?」

 

「もちろん研究はしているわ。今やギスヤンキはそこら中にいるし、それに加えて情報提供者もいたから」

 

 リヴァーレはその言葉を聞き、わずかに楽しげに口角を上げ、記憶の中で思い当たる節を辿りながら尋ねる。

 

「情報提供者……もしや、界を穿った、あの変わり者のことか?」

 

 ソリテールは冷静に頷き、皮肉めいた口調で淡々と言葉を返した。

 

「ええ、あいつよ。向こう側の勢力をこちらに引き入れた張本人だけあって、異界の事情にはとりわけ精通しているのよ。ありがたいことに、そのせいでギスヤンキの研究も随分と捗ったわけだけれど」

 

 リヴァーレはその皮肉に軽く納得したように頷き、わずかに口元を緩めた。

 

「なるほどな……。それならお前が詳しいのも納得だ」

 

 ソリテールは周囲に散らばったギスヤンキの残骸を一瞥し、小さく息を吐いた。

 

「さて……これでギスヤンキの増援手段は一時的に潰れた。次はマハトを封じているヴァイゼの結界を本格的に解析しましょう」

 

 二人は野良魔族を伴い、ヴァイゼ周辺へと移動を開始した。ソリテールは片手をゆったりと掲げ、《飛行魔法》を静かに発動する。四体の魔族の身体はゆっくりと宙へ浮かび上がり、そのままなめらかにヴァイゼの方角へと空を滑った。

 

 程なくして黄金郷ヴァイゼの近郊に降り立った彼らの目の前には、金色に輝くヴァイゼを覆い包む巨大な結界が広がっていた。結界の前に立つと、ソリテールはゆっくりと前に進み出て、その表面に静かに指先を触れた。途端に、微かな波紋が結界を伝い広がり、魔力の流れが薄く浮かび上がる。

 

「なるほどね……」

 

 リヴァーレは腕を組んだまま、ソリテールの後ろでその様子を見つめていた。野良魔族たちは興味深そうに結界を眺め、周囲を警戒するように視線を巡らせている。その時、結界の奥から一つの気配が動き、こちらへと静かに近づいてきた。その人影を見つけた野良魔族たちは思わず息を呑み、目を大きく見開いて声を漏らす。

 

「あれが……七崩賢のマハト……!」

 

 結界の向こうからゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる者がいる。その姿は周囲の空気を一瞬にして張り詰めさせるほどの存在感を放っていた。肩にかけた豪奢なマントが風を受けて静かに揺れ、柔らかな赤紫の髪は流れるように背中に垂れ、僅かに揺れている。頭部には精緻で美しい二本の角が伸び、端正で中性的な容姿は彫刻のような美しさを湛えていた。

 

 冷たく静かな瞳は、感情の一切を感じさせず、まるで凍りついた湖面のように透き通り、深淵な静けさを内に秘めている。異様に整ったその表情からは一切の感情が読み取れず、ただ静謐な威厳を保ったまま、結界越しにこちら側を静かに見つめていた。

 

「久しぶりだね、マハト……」

 

 ソリテールはわずかに微笑み、結界越しにマハトへと話しかける。だが、すぐに自嘲気味な微笑に変わり、短く息を吐いた。

 

「と言っても、この結界のせいで私の声なんて聞こえないか……」

 

 ソリテールは軽く肩をすくめると、何もない空間にそっと手を伸ばした。その瞬間、彼女の指先から揺らめく淡い魔力が浮かび上がり、そこに一冊の精巧な魔導書が鮮やかに姿を現した。静かにページを開き、結界の表面に浮かぶ魔力の流れと術式を慎重に照合していく。

 

「これでも私はね……君が一世紀前に話した、人類との共存という夢物語の結末を見てみたいと思っているの。いつか必ず訪れる、その悲劇的な結末をね」

 

 ソリテールの言葉を傍で聞いていた野良魔族たちは互いに顔を見合わせ、混乱気味に小さく囁き合った。その横でリヴァーレは相変わらず不敵な笑みを浮かべ、興味深げにその様子を眺めていた。ソリテールは軽い笑みを浮かべ、淡々と言葉を続ける。

 

「でもね、その結末を見る前に人類と魔族が異界の者の手によって滅亡してしまうのは、さすがにつまらないわ……だからこそ君に加勢してほしいのよ」

 

 ソリテールは魔導書からゆっくりと目を上げる。結界の解析を続けながら、静かに佇むマハトの姿を真っ直ぐに見据えて語った。

 

「なぜ君ほどの高みにいる魔法使いが、この結界を解除できないのかよく分かったわ。これは、人類の様々な国や民族の魔法理論が複雑に組み合わされている……まさに叡智の結晶ね。人類の魔法を深く理解していなければ、構造を紐解くこともできない。魔族には破れない術式だわ」

 

 ソリテールは結界の魔力を指先で丁寧に感じ取り、小さく独り言のように呟く。

 

「ただ、生憎私は、好き好んで人類の魔法を研究している変わり者だからね……」

 

 その言葉を聞いたリヴァーレが小さく笑いながら近づき、静かな声音で言葉を挟んだ。

 

「どうだ、その結界を解除できそうか?」

 

 ソリテールは結界の解析を一時中断し、リヴァーレに軽く目を向け、小さく首を傾げて答える。

 

「そうね……時間さえあれば問題なく解除できると思うわ」

 

 言い終えると同時にソリテールは結界の解析を再開する。マハトは結界の向こうで静かにその様子を見つめ続けている。その姿はまるで凍った彫像のようで、微動だにしない静かな佇まいを崩さなかった。やがて結界の術式を簡単に照合し終えたソリテールは、最後に短く息を吐き、小さく呟いた。

 

「少なくとも二ヶ月といったところかしらね、完全な解析には」

 

「二ヶ月か……」

 

 リヴァーレは軽く頷き、小さく息を吐いた後、少し考え込むように言葉を続ける。

 

「前にここを調査していたギスヤンキ共が使っていた位相アンカーはさっき破壊したが……二ヶ月の間に、他の地域から増援が来る可能性はあるな。マインド・フレイヤーとかいう連中にもこの場所を発見されるかもしれぬ」

 

 リヴァーレは不敵な笑みを浮かべ、どこか面白そうに口元を歪めた。

 

「まぁ、そうなった方が退屈はしないがな」

 

 ソリテールは淡々と微笑みながら静かに答える。

 

「敵が来た場合は都度対応しましょう。それに、今は『神技のレヴォルテ』が北部高原で派手に暴れているはずだし、私たちがここにいる間の時間稼ぎにはなってくれると思うわ」

 

 その言葉にリヴァーレは興味深げに片眉を上げ、小さく笑みを漏らした。

 

「レヴォルテの動きはお前の指示か?」

 

 ソリテールは軽く肩を竦め、どこか皮肉めいた笑みを浮かべて応じる。

 

「まさか。あのレヴォルテが私の言うことなんて聞くはずがないでしょう?まあ、ほんの少し背中を押してあげるくらいはしたかもしれないけれど……」

 

 ソリテールは楽しげに微笑みながら言葉を切り、再び目の前の結界に意識を戻した。二人のやり取りに、ヴァイゼ周辺の丘陵地帯は再び静かな沈黙に包まれた。マハトは結界の向こうでただ静かに二人を見つめ続け、その瞳には何の感情も浮かばないまま、静謐な光を放っていた。

 

 *

 

 リューデル村には穏やかな午後の日差しが降り注ぎ、暖かな風が吹いていた。村の中心には、古い石造りの井戸が佇んでいる。その傍らには大きなオークの樹がそびえ、広げられた枝葉が穏やかな日陰を作り出している。村人たちはいつも通り、それぞれの仕事や談笑を楽しんでいた。作物を手入れする者、荷車に荷物を積み込む者、そして井戸の周りで和やかに語り合う者たちが、静かな日常を過ごしている。

 

 しかし──突然、静かな空気が変化を始める。穏やかに晴れていた空は急速に雲が渦巻き、どこからともなく鋭い風が村の中央に吹き始める。

 

「ん……?急に空が……」

 

 村人の一人が異変に気づき、訝しげに空を見上げる。直後、青白い閃光が空を裂き、その光が周囲を明るく照らした。轟音に近い魔力の震動が村の空気を激しく揺さぶり、小さな稲妻が周囲に弾け飛ぶ。突風が強烈に吹き荒れ、井戸の周囲にいた村人たちは咄嗟に手をかざしてよろめく。

 

「な、何が起きたんだ……!?」

 

 村人たちが狼狽し、口々に困惑の声を漏らす。その光と嵐がゆっくりと収まっていく中で、村の中央──井戸の前には二つの人影が静かに立っていた。魔力を帯びた突風は収まり、村の空気には再び静寂が訪れる。

 

「魔法……?」

 

 村人の一人が小さく呟くと、全員が茫然と立ち尽くしたまま、二人の突然の来訪者をじっと見つめる。彼らの前に現れたのは、奇妙な取り合わせの魔法使いたちだった。

 

 一人は紺色と白を基調としたローブに身を包んだ若い男性だった。精悍な顔立ちには異界由来と思われる文様が右頬に刻まれており、左右で色の違う瞳は深い叡智を湛えている。背中には魔法使いが使うような杖──クォータースタッフを背負っているが、一方で右腰には明らかに魔法使いらしからぬ鋭利なウォーピックが吊り下げられている。その高い身長と堂々とした佇まいは、村人たちに不思議な威圧感を与えていた。

 

 もう一人は、小柄で少女のような顔立ちの女性だった。穏やかで整った顔つきだが、表情は硬く、口元はきりりと引き締められている。その瞳は冷静で、明らかに幼さを超えた鋭さがあった。華奢な体躯には紺色と白の装飾が施された魔法使い特有の衣装を身にまとい、肩には旅人が好んで用いる革製の携行鞄が丁寧に掛けられている。灰茶色の非常に長い髪が風に静かに揺れ、片方の瞳を隠すように垂れ下がっていた。隣に立つ青年よりずっと小柄で、その身長差はゆうに頭一つ分以上はあった。

 

 二人の魔法使いの突然の出現に、村人たちは恐怖というよりも戸惑いの表情を浮かべている。若い魔法使いの男──タヴが村人たちの混乱に気づき、申し訳なさそうに僅かに頭を下げた。

 

「驚かせてすまない。俺たちは大陸魔法協会の魔法使いだ。決して怪しい者ではないから安心してほしい」

 

 彼の言葉に村人たちは少しだけ安堵したが、驚きと戸惑いの表情はまだ完全には拭い去れないでいる。その時、やや遅れて村の奥から初老の男──村長が息を弾ませながら二人のもとへ慌ただしく駆け寄ってきた。

 

「あ、あなた方は大陸魔法協会から……?もしや、あの坑道で見つかった触手の怪物──マインド・フレイヤーの一件でいらしたのですかな?」

 

 村長は半ば縋るような視線をタヴとゼンゼに向ける。ゼンゼが静かな口調で村長に向けて穏やかに答えた。

 

「ええ、その通りです。マインド・フレイヤーの件を調査するために参りました」

 

 村長は心から安堵したように深く息をつき、わずかに表情を緩める。

 

「それは本当にありがたい……。先日、冒険者の方々がその怪物を討伐してくださった後に、協会へ連絡して人員の派遣を頼んでくださると言っておられましたが、お二人が駐留のために派遣された方々なのですか?」

 

 村長の言葉にゼンゼはわずかに首を振り、静かな声音で答えを返した。

 

「いえ、私たちは村に駐留する正式な人員ではありません。今回、一時的に坑道の件を調査するためだけに来ました」

 

「なるほど、そうでしたか……」

 

 村長は一瞬だけ落胆の色を浮かべるが、すぐに姿勢を正し、真剣な表情を取り戻して頷いた。

 

「何はともあれ、協会の方々がこうして直接調査を行ってくださるならば、我々としても大変心強く思います。何か必要なことがありましたら、遠慮なくお申し付けください」

 

 その申し出にタヴは穏やかな表情で応じた。

 

「感謝する。俺たちはすぐに坑道へ向かい、調査を開始したいと思ってる。その過程で村の方々に協力をお願いするかもしれないが、よろしく頼む」

 

「もちろんですとも!村を代表して、最大限ご協力させていただきます」

 

 村長は深く頭を下げ、村人たちも静かに頷き合った。その様子をゼンゼは冷静な眼差しで静かに見つめていた。

 

「では、さっそく坑道へ向かいましょうか。村長殿、場所をご案内いただけますか?」

 

 ゼンゼの静かな申し出に村長はすぐに表情を引き締めて答えた。

 

「もちろんですとも。坑道は村の外れにございます。私がご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 

 村長は数人の村人たちを伴い、タヴとゼンゼを案内するために村の外れへと歩き始めた。二人は静かな足取りで村長の後に続き、村人たちも静かな眼差しでそれを見送った。木立の間を縫うように続く道は、手入れがされているとは言い難く、所々草木が生い茂っている。日差しは徐々に柔らかくなり、午後の空気がひんやりと湿り気を帯びていた。

 

 道中、ゼンゼは村長に静かな視線を向け、落ち着いた口調で尋ねた。

 

「マインド・フレイヤーが討伐されてから今日に至るまで、何か村におかしな変化や異常な現象はなかったでしょうか?」

 

 村長は少し考え込むように顎を撫でながら、申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「いえ、幸いなことにあの日以来、特に変わったことは何も起こっておりませんな。村も以前の平和を取り戻しております。村民たちも不安が残りつつも、日常に戻れているようです」

 

「なるほど……」

 

 ゼンゼは静かに頷き、村長の話を聞き終えると再び前方へ視線を戻した。彼女は隣を歩くタヴに静かな声で囁くように話す。

 

「今のところ村に被害は出ていないみたいだな」

 

「そうみたいだな。ただ、この地域に送り込まれたのはアルカニストを含む異端者だからな。単純なコロニー拡張が目的ではない可能性が高く、村に手を出さなかったのは、目的に含まれていなかっただけかもしれない……油断は禁物だ」

 

 タヴは冷静な声音でそう返し、ゼンゼも小さく頷いて同意を示した。

 

 二人は慎重な面持ちで村長や村人たちの先導に従い、静かに坑道の入口へと歩を進める。途中の草地や岩陰にも特段の異常は感じられないが、それでも彼らは周囲を注意深く観察しながら進んだ。柔らかな午後の陽光が周囲を静かに照らし、穏やかな風が優しく二人の頬を撫でていったが、その背後には僅かな緊張感が漂い続けていた。

 

 やがて坑道の入口が目の前に現れた。岩肌をくり抜くように作られた坑道は入り口付近がやや崩れかけており、中から冷たく湿った空気が静かに漏れ出していた。坑道を前に、村長がやや緊張した様子で二人に向き直った。

 

「ここが例の坑道の入り口です。あの異形が現れて以来、誰も近づかなくなっていましたが……冒険者の方々が討伐してくださった後も、村人たちは不安から近づきませんで……」

 

 タヴが坑道の入口に辿り着いた途端、全身を冷たい戦慄が駆け抜けた。かつて人々が利用していたはずの坑道は見る影もなく荒れ果て、入口の周囲には生い茂る蔦と草木が絡まり、奥は息苦しいほどの闇が広がっている。坑道の深部から漂い出す湿気を含んだ冷たい空気は、まるで生き物の吐息のように肌にまとわりついた。

 

 タヴが生まれながらに備える嵐の魔力──《Storm Sorcery(嵐の魔法)》は、彼に強く何かの存在を訴えかけていた。タヴの澄んだ瞳に青白い稲妻のような光が揺らぎ、微かな風が彼を中心に渦巻いて消えた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 ゼンゼは敏感にタヴの変化を感じ取り、眉をひそめながら小声で問いかける。

 

「ああ……ここはよくないな。村の人たちは戻ったほうがいいだろう。何かが坑道の奥にいるかもしれない。村へ戻る道を急いで引き返してくれ」

 

 タヴの声は低く、緊迫した響きを帯びていた。その言葉を聞いた村人たちは不安げに表情を曇らせ、一斉に互いを見交わした。村長を中心に頷き合い、即座に坑道入口から背を向け、早足で村へと戻る道を辿り始める。彼らは時折不安げに振り返りながらも、着た道を急いで引き返していった。

 

 村人たちが完全に視界から離れたのを確認すると、ゼンゼは注意深くタヴへと視線を戻した。

 

「そこまで警戒するほどとは……よほどの異常が感じられたか」

 

「まだ確証はないが、何か普通じゃない気配が漂っている。慎重に進む必要がある」

 

 二人は短く頷き合い、静かに坑道の内部へと歩を進めた。

 

 坑道に足を踏み入れた途端、周囲を取り巻く闇が一層濃く深くなった。だがタヴにとってその闇は脅威ではない。彼には《Devil's Sight(悪魔の目)》──通常の闇も魔法の闇も鮮明に見通す能力が備わっている。この程度の暗さならば、昼間と同じように視界を確保できる。

 

 微かな湿り気と腐朽した木材の匂いが鼻を刺激し、周囲の岩肌は不気味な苔に覆われていた。坑道の奥へ進むほど空気は冷たく、魔力の微かな痕跡が二人の肌に刺さるように伝わってきた。

 

 タヴは背中に携えていたクォータースタッフ──《Arcane Focus(秘術焦点具)》をゆっくりと手に取り、低く静かな声音で呪文を詠唱した。

 

「《Detect Magic(魔法感知)》」

 

 タヴは集中力を研ぎ澄まし、自らの精神を一点に凝縮させた。この魔法は《Concentration(精神集中)》を要する魔法であり、その集中を保つことで、周囲に漂う魔力の微細な残滓を鋭敏に察知できる。感覚が急速に研ぎ澄まされ、魔力が波紋のように周囲に広がり始めた。続けて彼はもう一つの呪文を唱える。

 

「《See Invisibility(不可視視認)》」

 

 不可視の存在や、通常の物質界に重なる霧めいた幽玄の世界──エーテル界に属する存在すらを見通す魔法が発動すると、坑道の闇が微かに揺らめき、普段は捉えられない領域の存在すらも視界に鮮明に映し出された。

 

 一方、ゼンゼも慎重に魔力を高め始めた。彼女は静かに目を閉じ、小声で魔法の詠唱を行う。

 

「《グリューエン(闇を見通す魔法)》」

 

 ゼンゼの瞳が一瞬銀色に輝き、坑道の闇は彼女にとっても鮮明な視界に変わった。さらに彼女は意識を集中し、周囲にある微細な魔力や不審な動きを探知する範囲を広げていく。二人の魔法使いは静かな足取りで、感覚を交差させながら坑道の奥深くへと慎重に踏み込んでいった。

 

 静まり返った坑道の中では、二人の足音と抑えられた呼吸だけがかすかに響いていた。薄暗い闇は粘つくように身体にまとわりつき、奥へ進むほど不安が濃くなる。岩肌は荒れ果て、崩れかけた壁や天井の隙間からは細かな砂塵が静かに舞い落ちていた。遠くから水滴が岩盤を叩く音だけが規則的に微かに響いている。

 

「坑道というより……墓所だな」

 

 タヴは低い声で呟きながら、手にしたクォータースタッフを強く握り直した。それと同時に、坑道の奥から異質な何かの気配が伝わってきた。

 

「……!」

 

 鋭敏な感覚を持つタヴはその異質さを即座に感じ取る。鼻を刺激するような強い酸の臭気が、ごく微かな気流に乗って漂ってきた。彼の《Storm Sorcery(嵐の魔法)》による魔力が、内なる嵐のざわめきと共に警告を発するように揺らぎ、両目の中に小さな稲妻のような光が一瞬灯る。

 

「どうした?何か感じたのか?」

 

 ゼンゼが即座に声を潜め、緊張を帯びた視線をタヴに向ける。

 

「間違いない……この臭いは酸だ。坑道の奥に何かが潜んでいる」

 

 タヴの言葉にゼンゼは小さく頷き、静かに息を吐くと慎重に魔力の探知範囲をさらに広げた。二人は再び足音を殺し、慎重に坑道の奥へと進んでいく。冷えた空気が重く肌を刺し、湿り気を帯びた坑道は、次第に空間を広げていった。

 

 やがて狭く崩れかけていた通路が広がり、前方に奇妙な明るさが見えてくる。その先に広がったのは、明らかに人工的に整備された巨大な地下空間だった。天井には規則的に並んだ魔力を帯びた光源が淡く灯り、薄明かりが空間全体を静かに照らし出している。

 

「ここか……」

 

 ゼンゼは静かに呟き、鋭く周囲を見回した。空間の中央や奥には、激しい戦闘の痕跡が残されていた。坑道の床や壁には魔法による焦げ跡や破壊の跡が散乱している。数日前にフリーレンたちが討伐したはずのマインド・フレイヤーやインテレクト・ディヴァウラーの遺骸が転がっているはずだった──。

 

 しかしタヴはその光景を目の当たりにして息を呑んだ。そこにあったのは、単なる死骸ではなく、何らかの生物によって激しく食い荒らされた痕跡だった。マインド・フレイヤーの遺骸は引き裂かれ、内臓が剥き出しとなり無残に散乱している。

 

 そして、インテレクト・ディヴァウラーの死骸に至っては、酸による明らかな腐食跡が残り、形状が判別できないほどに溶かされていた。地面には異様な粘性のある体液が溜まり、独特の酸臭が鼻を強く刺激する。

 

「これは……」

 

 ゼンゼが唖然とした様子で息を漏らし、即座に鋭い目を細めながら遺骸を観察し始める。彼女は周囲に散乱する残骸や腐食跡を慎重に確認し、その異常な状況を分析する。タヴもまた地面に屈み込み、洞察力を研ぎ澄まして酸による腐食痕を凝視した。

 

「マインド・フレイヤーの遺骸は脳だけを綺麗に取り除かれている……しかも身体の損傷具合からして、触手状の器官で強引に脳を摂取したようだ」

 

 タヴは静かにそう呟きながら、腐食痕に視線を向けたまま鋭い分析を口にした。

 

「インテレクト・ディヴァウラーの死骸もまた、特有の強力な酸性体液でほぼ原形を失っている。このような捕食行動をとる生物は限られてくる」

 

 ゼンゼは坑道のさらに奥へ視線を向け、注意深く何かを探した。その瞬間、彼女の視線が壁の一角に注がれる。

 

「おい、あそこを見ろ」

 

 彼女の示した先には、坑道の壁に開けられた巨大な掘削跡があった。その穴は明らかに巨大な生物が穿ったもので、滑らかで螺旋状の奇妙な模様が規則的に刻まれている。

 

「これは人形の生物が掘った道ではない……」

 

 ゼンゼが静かな声で呟き、タヴは掘削跡に慎重に歩み寄ってその内壁を確認した。滑らかに磨き上げられたかのような跡には微かに粘液質が付着しており、そこから強烈な酸臭が立ち昇っていた。

 

「間違いない……ネオセリッドだ。ここにあった死骸を食い荒らしたのはそいつだ」

 

「ネオセリッドとは何だ?」

 

 ゼンゼは鋭い視線をタヴに向け、すぐさま問い返した。タヴは慎重に頷き、静かな口調でゆっくりと説明を始める。

 

「脳変成に用いられなかったマインド・フレイヤーの幼生がそのまま成長を続け、幼体成熟したものだ。ネオセリッドは本能的に知性ある生物の脳を好んで捕食する。だが知能は低く、行動を制御するのは極めて困難だ。だから奴らの文化において、ネオセリッドを生み出すことは許されない禁忌だ」

 

 タヴは言葉を区切り、目を細めながらさらに説明を続ける。

 

「マインド・フレイヤーの幼生は本来、専用の培養水槽で厳重に管理されている。脳変成の儀式に用いるため、適切な餌を与えられて成長をコントロールされるのが普通だ。しかし、何らかの理由でコロニーが崩壊し管理体制が破綻すると、餌を与えられなくなった幼生たちが共食いを始める。その末に一匹だけが生き残り、水槽を脱出し、周囲の生物を捕食して成長を続け、ネオセリッドへと進化することがある」

 

 ゼンゼはその説明を聞き、タヴの意図を理解して即座に返した。

 

「つまり君は、この坑道周辺にマインド・フレイヤーのコロニーが見つからないことを踏まえて、ここは意図的にネオセリッドを作り出すために用意された場所だと言いたいのだな?」

 

 タヴは「そうだ」と明確に頷き、緊迫した面持ちでゼンゼを見つめながら口を開く。

 

「この空間がやたらと広く設計されている理由も、ネオセリッドを飼育・管理するためだと考えるのが妥当だろう。最初から兵器として利用しようとしていた可能性が高い」

 

 タヴは深く息を吐き、冷徹な瞳で巨大な掘削跡へ視線を移して考えを巡らせる。

 

「だが、この大きさまで育つには最低でも十年はかかるはず……どうやって急速に成長させたのか……?」

 

 彼の口調には明らかな疑問が混じっていた。ゼンゼは険しい表情で坑道内に残された惨状を再度見渡したあと、タヴに静かに言葉を返した。

 

「君が推測した通り……マインド・フレイヤーはこの坑道で新技術の実験を行っていたのかもしれないな……」

 

 ゼンゼはそう告げると、再び慎重な表情で付け加えた。

 

「だがそうだとすると、フェルン三級魔法使いたちが坑道に入った時点でネオセリッドの痕跡が見つからなかったのは気になるな……その巨大生物をどこに隠していたんだ?そしてなぜ今になって急に活動を始めたのか……?」

 

 ゼンゼの問いにタヴは少し考え込むように首を振り、言葉を返した。

 

「その不可解な点については調査が必要だな。ただ、今はネオセリッドに対処することが優先だ。あの怪物は鋭敏な精神感知能力を持っていて、高い知性を持つ生物の存在を遥か遠方からでも察知できる。まだ近くにいる──」

 

 タヴが言葉を終える間もなく、突如足元の岩盤がかすかに揺らぎ始めた。低い地響きが次第に強まり、床に転がる小石が小刻みに跳ね始める。異常な兆候に二人は即座に構えを取った。

 

「下に何かいるぞ!」

 

 ゼンゼの警告が坑道に鋭く響いた。その直後、地表が徐々に泥のように溶け崩れ始める。土石はまるで水に触れたかのように急激に液状化し、地盤が急速に緩んでゆく。

 

「これは……酸で地面が溶かされている!」

 

 タヴが緊迫感を帯びた声を発すると同時に、彼の体内で魔力が本能的に反応する。《Tempestuous Magic(疾風を呼ぶ魔法)》が無意識に発動し、疾風が彼の全身を包んで強制的に押し流すように後方へ吹き飛ばした。

 

「《フォルティーラ(瞬間的に跳躍力を強化する魔法)》」

 

 ゼンゼは即座に跳躍力を魔法で強化し、崩落する寸前の足元を蹴って後方へ飛び退いた。タヴとゼンゼが回避した直後、二人が立っていた地盤が激しく陥没し、大量の泥状土砂が後方へ勢いよく噴出した。その中心部から紫色に輝く巨大な異形が、液状化した土砂を飲み込みながら滑るように地中から這い出した。

 

 現れたのは──ネオセリッドだった。

 

 その姿は常軌を逸していた。巨大な胴体は坑道を満たすほどの異様な大きさで、体表は紫色を帯びた粘液状の体液で濡れ、光を異様に反射させていた。頭部はおぞましく四方向に裂け、無数の鋭敏な触手が絶えず蠢いている。その口腔から絶えず滴り落ちる腐食性の酸は、床の岩盤すら容易く溶かし、坑道に強烈な臭気を撒き散らした。

 

「……なんだこれは……」

 

 ゼンゼは絶句した。普段の彼女らしくないほど、その顔に明らかな動揺と嫌悪感が浮かんでいる。自分が知るどの魔物とも違う、このあまりに異質な存在に彼女の精神が戸惑いを示していた。

 

「これがネオセリッドだ……」

 

 タヴは険しい表情を強め、圧倒的な存在を静かに睨み据えた。かつて自らが遭遇したどの個体とも比較にならないほど強大であり、兵器として生み出されたゆえの魔力が全身から放たれている。タヴの内に宿る嵐の魔力がその異常な存在に強く反応し、指先に痺れるほどの圧力を感じ取っていた。

 

「マインド・フレイヤーにとって魔法使いの脳は最高の獲物だが……奴らにとってはなおさら特別なご馳走だ。坑道に入ったときから既に感知されていたのだろう」

 

 タヴの声には抑制された怒りと強い警戒心が滲んでいた。ゼンゼはその言葉を聞き、鋭い視線で周囲を警戒しながら、小さく唇を噛み締めた。

 

「結果的にここまで誘い込まれていたということか……」

 

 二人が即座に構えを取り直すと同時に、ネオセリッドは再び身体を起こし、強烈な咆哮を坑道内に轟かせた。その叫びは通常の音とは異なり、聴覚だけではなく精神を直接圧迫する魔力を帯びたものだった。

 

 タヴは激しい頭痛に襲われ、思わず片手でこめかみを押さえながらも冷静に魔力を高めて精神への干渉を押し返した。その隣ではゼンゼも眉を僅かに歪めながら額に指を添え、鋭い苦痛に耐えつつも平静な精神を保ってネオセリッドの恐怖の衝動を振り払う。

 

「こんなものを兵器として使うなんて、正気の沙汰じゃないぞ……!」

 

 ゼンゼの声は小さく震えていたが、それでも彼女は毅然とした態度を失わずに精神を集中させる。

 

「全く制御できていないな……迷惑極まりないものを残してくれたものだ──!」

 

 タヴは自身の魔力を解き放った。嵐の化身たる《Storm Sorcery(嵐の魔法)》──その力がタヴの内側から荒れ狂う暴風の如く湧き上がる。彼の周囲に突如として激しい風が巻き起こり、その髪や衣服が凄まじく翻った。《Wind Soul(風の魂)》の力によって身体がふわりと地面から浮き上がる。坑道の内部は人工的に作り出された広大な地下空間であり、天井の高さは十分にある。タヴは宙を自由自在に飛翔し、ネオセリッドの巨体を見下ろすように素早く位置取りを整えた。

 

 ゼンゼもまた自身の魔力を無言で解放する。彼女の身体が僅かに浮き上がり、《飛行魔法》が発動する。魔法使いとしての修練により詠唱の必要なく発動するその魔法で、ゼンゼは即座に空中に浮遊した。同時に、灰茶色の極めて長い髪が魔力を帯び、不気味に光を放ちながら無数の鋭い槍状へと変化する。その槍は宙をゆったりと漂いながらも、鋭敏に周囲を取り囲んだ。

 

 巨大なネオセリッドは、巨体を激しくのたうち回しながら、彼らの動きを本能的に感知して襲い掛かった。巨躯の中心部から無数の巨大な触手が繰り出され、その間から大量の酸性の粘液が坑道内に勢いよく撒き散らされた。酸性粘液に触れた岩盤は侵食され、表面が激しく泡立ち、猛烈な煙とともに瞬く間に溶け崩れ始める。岩盤は急速に脆弱化し、徐々に泥状へと崩れていった。

 

 タヴはそれを回避しつつ反撃するため、空中で片手を高く掲げた。

 

「《Call Lightning(招雷)》」

 

 タヴは詠唱を終えると同時に、意識を集中させ、精神集中の維持を始める。この魔法は通常、ドルイドが習得する自然との調和を必要とする術だが、タヴは嵐を司る血脈《Storm Sorcery(嵐の魔法)》の魔力により、本能的に扱うことが可能だった。

 

 彼の呼びかけに応じて坑道の天井付近に巨大な雷雲が瞬く間に形成され、その中心から強烈な稲妻がネオセリッドへと奔流のように降り注ぐ。炸裂する雷光が空間全体を鮮烈に照らし出し、轟音が坑道内を激しく震わせた。

 

 しかし、ネオセリッドは精神障壁を展開する。さらにマインド・フレイヤー種族が持つ生得の《Magic Resistance(魔法抵抗力)》により、稲妻がその巨躯に直撃する直前、魔力の軌道が微かに歪み、その雷撃は効果的なダメージを与えることなく表面で拡散されてしまった。

 

 攻撃が防がれた直後、ネオセリッドは大きく口腔を広げ、大量の強酸性の粘液をタヴに向かって勢いよく吐き出した。その酸は地面や壁面を焼き溶かしながら迫り、猛烈な腐食音と白煙が立ち昇る。

 

「まずい……!」

 

 タヴは即座に反応した。《Tempestuous Magic(疾風を呼ぶ魔法)》を行使し、強烈な疾風を纏いながら自らの身体を横へ滑らせるように素早く移動し、寸前で強酸性の攻撃を回避した。酸性の粘液がタヴのすぐ側を掠め、背後の岩壁に激しく叩きつけられる。岩壁の表面は即座に泡立ち、激しく蒸気を噴出しながら腐食され、表層が崩れて大きくえぐれた穴を生じさせた。

 

 タヴは回避の動作を終えると同時に、瞬間的に集中力を研ぎ澄ました。《Metamagic(呪文修正)》の一つである《Quickened Spell(迅速術)》を用いて素早く術式を構築しながら、天井付近に維持し続けている雷雲を操作し、右手を前方へ突き出す。

 

「《Eldritch Blast(怪光線)》──落ちろ、《Call Lightning(招雷)》!」

 

 彼の掌から四条の鮮烈な魔力光線が放たれ、同時に雷雲から強力な稲妻が炸裂してネオセリッドの巨躯を襲う。強烈な稲妻と光線が絡み合うように同時に撃ち込まれるが、ネオセリッドの厚い外皮と精神障壁により、有効打には至らない。

 

 一方ゼンゼも魔力を込めた灰茶色の長髪を自在に操り、無数の鋭利な槍となってネオセリッドへ猛然と突撃させた。鋭い魔力を宿した髪が敵の巨体を貫こうとするが、ネオセリッドの防御は予想以上に強固で、その攻撃をことごとく弾き返す。

 

「通らないか……」

 

 ゼンゼが苦々しく声を漏らした瞬間、ネオセリッドは激昂したように触手を荒々しく振り回し、凄まじい速度で彼女に反撃した。巨大な触手が彼女の身体を狙い澄まして襲いかかる。

 

「くっ──!」

 

 ゼンゼはとっさに髪を防御態勢に切り替え、魔力を込めた髪を渦巻く盾状に展開した。触手の猛烈な一撃が髪の防御を直撃すると、強烈な衝撃が周囲に拡散したが、辛うじてその攻撃を受け止めることができた。

 

 彼女は即座に後方へ飛び、距離を取って体勢を立て直すと、再び攻撃の魔法を発動する。《ゾルトラーク(一般攻撃魔法)》が彼女の掌から放たれ、白色の魔力は凝縮された鋭利な矢のようにネオセリッドへと突き進む。だがそれすらも敵の堅牢な外皮と強力な障壁に阻まれる。

 

 二人は動きを止めず、空中を自在に飛翔しながら攻撃を続けている。ゼンゼは魔力を込めた長髪を鋭利な槍と化し、幾度となくネオセリッドの巨躯を鋭く貫こうと試みる。タヴも、《Call Lightning(招雷)》で生み出した雷雲から稲妻を降らせて敵を攻撃する。

 

 しかし、ネオセリッドは攻撃を受け続けることに苛立ちを覚えたのか、突如として激昂した。強烈な咆哮が坑道内に響き渡り、四本の巨大な触手が猛烈な勢いで暴れ回る。本来であれば一定の間隔を置いてしか吐けないはずの強酸性の粘液が、異常な頻度で吐き出され続ける。そのあまりにも不自然な攻撃頻度は、明らかに兵器運用のための人為的な改造を示唆していた。坑道の壁面や天井は侵食され、岩盤の成分が分解されて瞬く間に崩落を始める。岩壁は次々と泥状に溶け崩れ、坑道内部の構造が崩壊を起こし始めた。

 

「天井が崩れるぞ!」

 

 ゼンゼの鋭い警告が坑道内に響き渡る。天井が激しく軋み、無数の岩石が崩れ始め、二人は即座に空中を飛び回りながら回避行動を続けた。ゼンゼは咄嗟に位置取りを変えるため、《レヴァレイド(短距離の空間を跳ぶ魔法)》を行使する。彼女の姿が瞬間的に空間を跳躍し、安全な位置に再配置される。タヴもまた素早く位置を変え、《Wind Soul(風の魂)》の風に乗って空中を舞いながら、落下する岩石と強酸性の攻撃を巧みに回避した。

 

 だが、ネオセリッドが暴れ回ったことで坑道内の状況は急激に悪化し始めていた。巨大な体躯が激しくのたうち回ることで、数千トンにも及ぶ荷重が地盤に不規則な衝撃を繰り返し与え続ける。強烈な物理的衝撃が坑道を支える岩盤や支柱の強度をじわじわと低下させ、緻密に張り巡らされた支持構造が徐々に悲鳴を上げ始める。

 

 さらに追い討ちをかけるように、ネオセリッドが吐き散らす強酸性の粘液が坑道内部の岩盤を侵食した。酸が岩壁や支柱に触れると即座に激しい腐食が始まり、岩石の成分が急激に溶解して泡立ちを起こす。それに伴って生じる高熱とガスが坑道内の地下水を沸騰させ、周囲の土壌を擬似的に液状化させ始めた。支えを失った土砂が濁流となって流動し、坑道の側壁や床を押し流しながら次々に破壊を連鎖させていく。

 

 強烈な酸による侵食、巨大なネオセリッドの体重が生み出す衝撃、そして液状化した土砂が混ざり合い、坑道全体の構造を崩壊へと導いていた。坑道内部は激しく震え、爆発的に土砂が吹き上げられ始めた。猛烈な砂塵が舞い上がり、視界を急速に奪っていく。

 

「このままじゃ生き埋めになる──」

 

 ゼンゼが切迫した声を上げ、即座に後退しようと試みたが、背後の出口は既に崩れ始めている。逃げ場を失った状況に一瞬戸惑ったゼンゼの瞳に、僅かな動揺が浮かぶ。

 

「こっちだ──掴まれ!」

 

 その刹那、タヴが叫ぶ。彼の全身からは《Wind Soul(風の魂)》の力が限界まで解放され、暴風が猛烈な勢いで巻き起こっていた。タヴは疾風に乗って空中を鋭く滑空し、ゼンゼの目前に一瞬で迫った。ゼンゼは驚きつつも反応し、タヴに向かって腕を伸ばす。その腕を力強く掴んだタヴは瞬間的に魔力を集中させ、《Dimension Door(次元扉)》を発動する。

 

 二人の姿は即座に坑道から消失し、次の瞬間、坑道の真上約百五十メートルの上空に出現していた。魔法で宙に静止する二人の眼下では、坑道全体が激しく崩壊し、岩盤が爆発的に砕けて猛烈な土煙が巻き起こっている。ゼンゼは空中で呆然とした表情を見せたが、すぐに気を取り直して隣にいるタヴに向き直る。

 

「助かった、礼を言う……あのままでは崩落に──」

 

 ゼンゼが静かに感謝を伝えようとしたその時、地面が再び凄まじい勢いで隆起した。大地が盛り上がり、岩盤が砕け散りながら、巨大な紫色の影が激しい衝撃と共に地上へ姿を現した。

 

「地上まで追ってきたか……」

 

 ゼンゼの声が響く中、ネオセリッドは地面を引き裂きながら紫色に輝く巨大な姿を完全に露わにする。瓦礫を撒き散らし、巻き上がる土埃の中で異様な咆哮を放つと、四本の巨大な触手を周囲に蠢かせた。そして、ネオセリッドの巨体が地面から離れ始める。

 

「あの巨体で浮かべるというのか……!?」

 

 ゼンゼは信じ難い光景に瞳を見開き、唖然と呟く。ネオセリッドの巨体には竜や翼獣のような翼も飛行を支える筋肉もなく、その巨大な体躯と重量を浮かせるために必要な生物学的機構は一切備わっていない。

 

 《Psionics(超能力)》による《Levitate(空中浮揚)》──明らかに飛翔するための構造を欠いた肉塊が、世界の理を捻じ曲げるように重力に逆らい浮遊するその姿は現実離れしていた。それは見ているだけで息が詰まるような威圧感を二人にもたらす。

 

「ネオセリッドもマインド・フレイヤーと同じ《Psionics(超能力)》を有している……《Levitate(空中浮揚)》もその一つだ」

 

 タヴは忌々しげに吐き捨てながらクォータースタッフを強く握り締め、眼下でゆっくりと浮かび上がってくる禍々しいネオセリッドを睨みつける。

 

「あれが地上で暴れれば、リューデル村どころか周辺地域全体が壊滅するだろう。ここで奴を討つしかない……!」

 

 タヴの言葉にゼンゼも同意を示し、小さく頷いて髪を魔力で再び鋭く引き締めた。二人の魔法使いは空中で即座に構えを取り直し、眼下の巨体を鋭く見据え、再び迎撃態勢を整えた。

 

 *

 

 異界の漆黒の虚空に漂う歪な漂流岩──そこに築かれた秘密の拠点があった。ここはマインド・フレイヤーたちの中継基地の一つであり、外界との交通を担う主ラインから半位相空間に半ば隔離され、外部からの発見や侵入は極めて困難である。この拠点は彼らにとって未だ未知である、封印された原始世界に対して、密かに戦力を送り込むための中継地点として機能していた。

 

 基地内部の中心には巨大な水晶体が浮かび、その表面から淡く燐光が発せられている。この水晶体こそが、エルダーブレインの念話を次元を超えて中継する重要な装置であり、基地内全ての情報伝達を統括していた。

 

 薄暗い基地内には低く一定の間隔で脈動する魔力が満ち、周囲には数体のマインド・フレイヤーが静かに念話を交わしながら監視任務にあたり、その足元には異形の魚人クオトアや、脳髄を這う小型の怪物インテレクト・ディヴァウラーなどの眷属が控えていた。

 

 その静謐を破ったのは、位相アンカーから生じた激しい魔力の波動だった。水晶体が突然眩く脈動し、空間に鮮明な歪みが生じる。異界から転移した禁忌のアルカニスト──《Arcane Magic(秘術魔法)》を自在に操る異端者のマインド・フレイヤーが、焦燥を滲ませつつ中継基地へと戻ってきたのだ。

 

 アルカニストは周囲を《Psionics(超能力)》で素早く探り、直ちに目的の存在を見つけて急ぎ接近した。その先にはマインド・フレイヤー社会の貴族階級──ウリサリッドが威厳ある姿で鎮座している。エルダーブレイン直轄のこの極秘プロジェクトを監督する立場にあり、その威圧的な触手がアルカニストを静かに睥睨した。

 

【報告いたします……。現地でネオセリッドの管理と飼育を担当していた班が壊滅し、坑道に設置した位相アンカーも破壊されました。さらにネオセリッドの緊急停止措置が発動せず、完全に制御を失っています……実験個体および記録の回収は困難です】

 

 アルカニストの念話には恐怖と焦りが滲み、触手も小刻みに震えていた。ウリサリッドはそれを受け取ると同時に、全身の触手を苛立たしげに震わせる。彼は現地のネオセリッド飼育班とは異なり、物資の補給や位相アンカーの整備を担当する別任務のために離れた拠点に配置されていた。そのため、飼育班が壊滅した際には難を逃れ、連絡が途絶えた状況の確認に赴き、即座に基地へ報告に戻ったのである。

 

【壊滅しただと……役立たずどもめ!緊急停止措置は位相アンカーが破壊された際に自動で実行されるはずだ。なぜ正常に機能しなかった?ネオセリッドは今どうなっている!?】

 

 その強烈な精神波は空間全体を震わせ、足元で控えていたクオトアやインテレクト・ディヴァウラーたちが強烈な圧迫感に耐え切れず、一瞬発狂しかけるほどだった。アルカニストは即座に震える触手を動かし、必死の弁明を念話で送り返した。

 

【申し訳ございません……!原因はまだ不明ですが、ネオセリッドが予想を超えた速度で進化し、停止措置に耐性を獲得した可能性があります。または、ネオセリッド胸腔内に埋め込まれた信号喪失を検知するグリフに何らかの異常が生じ、停止措置が発動しなかった可能性もあります。現在、ネオセリッドは坑道内に潜伏中と思われますが、このままでは現地人に発見されるのも時間の問題──】

 

【もういい、黙れ!】

 

 ウリサリッドはアルカニストの念話を即座に遮断し、全力のサイオニック念動力を放ってアルカニストを支配下に置いた。アルカニストは激しい精神圧迫を受け、その触手がぐったりと垂れ下がった。

 

【貴様らに現場を任せるべきではなかった……!この計画のために、どれほどの時間と膨大な脳髄を費やしたと思っている?エルダーブレイン様の威信が地に落ちたのだ……!】

 

 ウリサリッドの念話は激しい怒気を孕み、触手の震えが空間全体を微かに揺さぶった。アルカニストはその念話による精神攻撃に抵抗できず、ただ静かに屈するのみであった。

 

【正直に答えろ。貴様が余計な真似をして、ネオセリッドの制御プロトコルに手を加えたのではあるまいな……?】

 

 ウリサリッドの鋭い尋問に対し、アルカニストは即座に念話で答える。

 

【違います、決してそのようなことは……!私は即座に報告すべきだと判断し──】

 

【貴様の処分は後だ】

 

 ウリサリッドはアルカニストを冷酷に遮り、周囲に控えるマインド・フレイヤーたちに念話を一斉に放った。

 

【対処班を編成せよ。現地のネオセリッドは直ちに処分し、計画の痕跡を抹消せよ。同時に現地に残存する実験記録を完全に回収しろ。失敗は決して許されぬ!】

 

 念話による強烈な命令を受け取ったマインド・フレイヤーたちは即座に動き出し、その足元で控えていたクオトアやインテレクト・ディヴァウラーなどの眷属を伴いながら、迅速かつ整然と対処班の編成準備を進めていった。

 

 ウリサリッドはその光景を静かに見届けながらも、内心では激しい怒りと焦燥感が燃え上がっていた。今回のネオセリッド兵器化計画は、エルダーブレインの命で自らが指揮した極秘プロジェクトである。その失敗は自らの威信とエルダーブレインの名誉を著しく損なうだけでなく、彼自身の社会的地位にも深刻な影響を及ぼす。

 

【異端者どもを信用した私の失策だ……。ネオセリッドという忌まわしい存在を兵器化する計画など、最初から無理があったのか……】

 

 ウリサリッドは自問するように念話を漏らし、触手を苛立たしげに揺らめかせた。しかし直後、その感情を完全に抑え込み、再び冷徹な念話を周囲に送った。

 

【準備が整い次第、即刻出撃せよ。我々の威信とエルダーブレイン様の名誉にかけて、任務を全うしろ】

 

 念話による明確な命令が中継基地の空間を鋭く貫くと、部隊編成を完了したマインド・フレイヤーたちが動き出す。小規模かつ機動力を重視した編成で、指揮官を含む古参のマインド・フレイヤー四体と数十体のクオトアが肉壁として随伴し、迅速な偵察能力を有するインテレクト・ディヴァウラー四体が伴われていた。さらに最後尾には異様な浮遊生物──マインドウィットニス一体が随行した。

 

 マインドウィットニスは、巨大な一つ目を中心とし、十本の眼柄を不気味に蠢かせながら宙に浮かぶ異形だ。その大口には吸血魚を思わせる円状の鋭い歯が並び、その周囲にはマインド・フレイヤー譲りの四本の太い触手が蠢いている。対処班は位相アンカーの前に整然と並び、魔力の波動に身体を包まれる。巨大な水晶体が輝きを増し、次元を超える道筋が開かれると同時に、魔力の奔流が猛烈な渦となって空間を切り裂いた。

 

 まるで次元そのものが呻きを上げるような圧倒的な轟音が響き渡る中、マインド・フレイヤーの部隊は次々と光の渦の中に踏み込み、次元の裂け目を通じて瞬時に現地へと転送されていった。光の渦が消失した後、基地内は再び深い静寂と張り詰めた空気を取り戻した。ウルティサルドは念動力で拘束されたアルカニストへ鋭い視線を送り、再び念話を突き刺すように放った。

 

【貴様の処分は計画の修正が済んでからだ。それまではここで待機せよ】

 

 アルカニストは自らの触手を静かに垂らし、深い恐怖と焦燥に支配されながらも、ただ念話で服従の意を示した。

 

【承知いたしました……】

 

 ウリサリッドは眼前の水晶体をじっと見据えながら、怒りと悔恨の念を静かに渦巻かせる。もはやこの失敗を無かったことにはできないが、少なくともエルダーブレインに報告する前に処理することができれば、致命的な失墜は避けられる可能性がある。

 

(全ての痕跡を消し去り、この計画の失態を挽回する──それが今の私に許された唯一の手段だ)

 

 ウリサリッド──名をクヴォラントという──は触手を細かく震わせながら念じ、冷徹な決意を固めていた。この異界の中継基地は再び重苦しい緊迫感に包まれ、静寂が支配する空間へと戻っていった。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。
更新は不定期ですが、じっくり丁寧に進めていきますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。
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