秘封の話 人生の丸つけ   作:きんつば

10 / 11
十話 思い入れ

 

 

――殺される。

 

青年はそう思った。

それはここでは場違いな脅威。通常であれば味わない感覚。だが、確信できる。目の前の相手は、間違いなくここで自分の息の根を止めようとしている――

 

炎天下のグラウンド。周りの歓声が、どこか遠いものに感じる。

 

猛烈な眩暈。無意識に息は荒くなる。自身を繋ぎとめているものが静かに引きちぎられるかのような苦しさ。逃げ出したい、そんな心を必死に抑える。

 

そうだ、自分はここで役目を果たさなくてはいけない。

 

その唯一の使命に縋りつく。ぐっ、とグリップを握りしめる手に力を込める。そうして、相手が放った凶弾を向かいうった。

 

――地面から這い上がってきていると錯覚してしまうほどの球威。予想していたコース、球種とは正反対のボール。このままでは、自身のスイングは空を切る。それを理解し、胸の内で舌打ちをした。手首、腕、腰、すべてを連動させ強引にそれを修正する。刹那の判断、それが功を成し、ボールはバットの下部を掠りチップ音を鳴らした。

 

9回裏、ツーストライク、スリーボール。その下のランプが二つ、赤く灯りを点している。

フルカウント。追い込まれた現実を直視する。しかし、それよりも。――目の前の相手(ピッチャー)を見て、恐怖に震えた。

 

それは明らかに、此方を睨んでいた。静かに、そして怒りを込めて。

 

 

殺意。

 

 

それが彼の夏の記憶。忘れられない未知に触れた、失われた最後の感覚だった。

 

 

 

 

―Side:Ghost Surrendred―

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ォオオオオオ!!!!」

 

 

そう叫んで、宇佐見蓮子は空振りした。

ぼすっとクッションになっている場所に逃したボールはぶつかり、地面に落ちて転がっていく。

そんなボールとは対照的に、宇佐見連子はどっしんと、勢いあまって尻もちをついていた。

 

……なんつーか、彼女のやる気でさえ空振りしていると思う。

彼女のスイングスピードは素晴らしいの一言に尽きる。尽きるのだが、それ以外がまるでお話になっていない。

まず、バットを掴む右腕と左手に間が空いている。とどのつまりジャパニーズ剣道スタイル。種目から変わってしまう。これじゃあ今にも、メェン!!と叫び出しそうである。

 

時刻は夕方近くなったころ。しかしというかやはりというべきか、それでも夏のこの季節の空は明るくて、そして暑すぎるのであった。

 

外で空振る彼女を、マエリベリーさんと室内で座りながら見る。――ここは古びたバッティングセンター。一本道になっている室内。天井には等間隔に並べられている蛍光灯。踏みしめる黒いタイル状になった床は隅々まで清掃が行き届いていなく、このぐらいでいいでしょ、みたいな管理者の心の内が手にとるようにわかる。一帯には幾分か型落ちした、ゲーセンにあるような大型機器。その他には葉緑素の無い葉がついている観葉植物と、外でバットを振るう人を観察する、またはヤジを飛ばす人のための背もたれの無い長細い黒の椅子があるだけだ。

 

「清々しい一振りね」

 

「ええ、全く」

 

こっちを見て「よーし、ウォーミングアップは終わりにしようかな~」と立ち上がりながら言う宇佐見蓮子を見、室内にいる我々は言葉を交わす。

 

続く第二球、120キロのストレート。

 

 

「――どりゃァアア!!!」

 

そうして、バットはまたしても虚しく空を切ったのだった。

なんで声だけは一丁前にだすの?まるでZ戦士みたいだな、と意味不明なことを思いながら俺は腰を上げて立ちあがる。正直なところ、初めてバットを握りしめる人は彼女のような持ち方になってしまうのは珍しくない。よくあることである。

そもそも普段生活する上で行う機会が滅多にない運動なのだ。だからまあ、彼女の全力全開フルスイングがあれであんなに速くできるのは可笑しいとも思うのだけど、宇佐見蓮子だし。きっと前世はゴリラで、現世もゴリラなのではないかと思います、まる。

 

「――蓮子さん、バットの持ち方が間違って」

 

「ちょい待ったッ!!」

 

中と外で区切られてこっちの声は聞こえづらい。なのでわざわざ外へ通じる簡易な扉を開けて、彼女に忠告をしようとした俺。それを彼女は左手をバットから離し、開いた状態でこっちに向けてその言葉に静止を訴えた。

 

「敵の施しは受けん」

 

「は?」

 

「私は私のやり方でホームランを打つ。おーけー?」

 

ぶっとばすぞ、なんて言葉が喉を通りそうになったけれども何とか堪える。

そうですかいと言って俺は扉を静かに閉め、マエリベリーさんの隣の元の場所へ座りなおした。

意地になってしまうのはスポーツではよくあることなのだろうけど、見ている人からのアドバイスに耳を澄ませる、そんな広い心は持ってほしいのです。なにが敵の施しは受けんだお前は武士かこん畜生。その打ち方で出来るのはせいぜい満月大根切りだバーローが。

胸の内で彼女への悪態を次々と、水がコップから溢れているかのスピードで繰り出している俺。

 

 

とどのつまりそんな自分でさえ、広く綺麗な心は持ち合わせていないということなのです。

今日の反省点、それが浮き彫りとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃッ!?」

 

 

腰が引けている。

 

 

完全な女の子の反応。最終的にあのバッティングスタイルであわやホームランとなりそうな打球を放ったドヤ顔の宇佐見蓮子に代わって、現在はマエリベリー・ハーンさん。初めて打席に立った女子の正しいお手本の反応をしてくれて、俺の中の女性の常識を修正してくれるのでした。マジ神。女神。アテナ様。アテナがどういう神かはよく知らないけれども。きっと美しい神である。多分。

 

「まあ私が本気出したらこんなもんかな」

 

先ほどまでマエリベリーさんが座っていた隣の場所に入れ替わって、口から自慢話述べまくり正直そろそろ顔鷲掴みにするぞ宇佐見蓮子が今ではここに座っていた。

 

 

「分かりましたから。蓮子さん、凄い凄い」

 

相手にするのがめんどくさい、と言った感情を押し殺すことなく彼女に言葉を返す。メンドクサイ、カッタルイ、ツカレルの現代社会の常識3コンボ。気分はもちろん五月病のサラリーマン。そんな気分に陥っているのでありました。将来働きたくないなんて自身の思いは通用しませんが、それでも思ってしまいます。そんな事実でさえめんどくさい。傍から見たらいい印象を抱かれない若者代表が俺なのであった。

 

 

 

「――それにしても意外ね」

 

「何がですか?」

 

宇佐見蓮子は自分のゴリラ打法を自画自賛した後、そんな疑問から話を切り出した。

 

「一真君が野球経験者なんて、意外でしょ。スポーツするのなんてめんどくさがりそうじゃない?」

 

「昔の話ですよ。才能もありませんでしたしね。これといった思い入れもありません」

 

彼女は俺が生まれた時からこんな無気力な男の子だと思っているのか。

まあ、今現在の自分が無気力人間であることは自覚していて、それを直そうという努力もしないのだからタチが悪いのは認めよう。

きっと性根が腐っているのだろうけど、そういうのは小さい頃からの積み重ねで段々とそうなっていくのだから、あながち彼女の言葉も間違っていないのかもしれない。塵も積もれば山となる。千里の道も一歩から歩まなくては辿り着かないのである。つまりそういうことなのだ。癪に障るが、しょうがないから使用がない。悲しい話である。

 

そんな俺の返答に「ふーん」と少し含みのある(俺にはそう感じられた)相槌を宇佐見蓮子は打った。

 

「あ、メリーがバントの姿勢に入ったよ」

 

しかしそんな俺の昔の話なんてすぐどこかに行って、今度はマエリベリーさんの現状へ会話は移り変わる。

 

右手でバットのグリップではなく、その先を掴んで前かがみになって次にくる球を待ち受けている彼女。

先ほどからフラフラと安定しないスイングをしていたマエリベリーさん、まだ一球もかすりはしていない事実から生まれた最後の手段が、これ(バント)であった。

しかし、あれだ。

そもそもの話、彼女は向かって来る球にビビっていたから今までかすりもしていないわけで。それを普通のバッティングスタイルよりも顔をぐっと近づけて行うバントは勿論、――出来るわけがないのである。

 

全く微動だにせず、機械から放られた軟球は彼女の顔の真横をを通り抜けた。それに遅れてビクッ!と僅かに反応を示し、次に姿勢を戻して彼女はバットの一番先を地面に下す。そうして一呼吸置いた後。彼女はまだ動いている投球機械を後目に、仕切りの扉を開けこちらの室内に戻ってきたのだった。

 

 

 

 

「無理」

 

 

 

 

開口一番、自身の可能性を完全否定。

 

「いやいやメリー。まだ球投げられてるから。せめて最後まで頑張って?」

 

「無理」

 

「そうですよマエリベリーさん。タダじゃないんですから」

 

「無理」

 

「「でも、」」

 

「むりッッッ!!!!!!!!」

 

両目をカッと見開き、彼女はこちらに不可能であると訴える。必死に。

 

「私の全細胞と過去の経験とこれまで描いてきた未来の自分が語ってくるのよ!『下手なことは言わん、やめておけ。その先は地獄だぞ』って!!私にはわかる。このまま続けたら取り返しのつかない事態に陥るって。……具体的に言うと多分、骨折するわ」

 

――マエリベリーさん、貴女実際に骨折したことないでしょ?

そんな質問は飲み込んで、彼女の様子を観察する。

恐怖から発汗作用が働いたのか額にはすこし汗がにじみ、両膝は若干震えている。揺れる瞳、定まらない焦点。

なるほど。マエリベリーさんは、運動とか苦手なのではないかと思います。言葉を濁さずに言うと、運動の音痴でしょう。運動音痴を略してう○ちって言う人は昔多くいたらしい。今では死語になっていると思うが。そういう虐めは駄目である。う○ち野郎は流石に言う方にも悪い印象を与えるよ。言う方もう○ちだよ、絶対。

 

「骨折(笑)」

 

そんな俺がどうでもいい考えをしている最中、宇佐見蓮子はマエリベリーさんを指さし笑っていた。というか腹抱えて大爆笑。お前友達なの?別にマエリベリーさんをフォローするわけではなく、事実としてだが、バッティングセンターでも骨を折ることはあるからね。フルスイングした勢いあまって転び、反射的に支えにしようと出した腕が変な方に曲がったりして折ってしまうケースは多いんだとか。

ま、マエリベリーさんはフルスイングなんて一度もしてないけどさ(震え声)。

 

「とにかくもう私は無理よ!はいもう次は一真君の番!」

 

「え?僕もやるんですか?」

 

マエリベリーさんに差し出された金属バットは手に取らず、俺はただそれを見るだけ。

そんな俺の様子を見て、隣に座る宇佐見蓮子は腕を組み、にやりと笑う。

 

「ふん、私との勝負が怖くなっちゃったのか一真く、イタイ痛いイダイ!!!頭を掴んで握力全開にしないでッ!このゴリラっ!!!」

 

ゴリラとオラウータンはお前だこの宇佐見野郎。

全くもって学習しないお猿さんである。きっとコイツのIQはやばすぎて測定不能。もちろん悪い意味でである。

 

はあ、と小さなため息とともにマエリベリーさんからそれを受け取ることにした。

 

「別に勝負してもいいですけど、どうすれば僕の勝ちになるんです」

 

バットのグリップを包み込むように右手で掴む。そうねぇ、と宇佐見蓮子は少しの間考え、そして俺の勝利条件を提示した。

 

「あのホームランって書かれた的に三回ぐらい当てたら私の負けを認めてあげよう。私も一回だけは当たるか当たらないかの位置に飛ばせたんだし、経験者なら楽勝でしょ」

 

マグレ当たりのくせに何言ってんだお前、と言おうと思い宇佐見蓮子を見ると、彼女は嫌らしい笑みを浮かべていた。ニヤニヤ状態である。

 

――ああ、なるほど。流石に、彼女もあの直径30㎝ほどの的に何度も当てるのは経験者でも難しいとわかるか。

 

つまるところ、コイツは何が何でも勝ちにきたのである。

これは推測だが、先ほど俺がアイアンクローをして自分を痛みつけられたことを彼女は根に持ってる。

全くもって繰り返しになるが、人間広い心と余裕を持つのが大事なのです。そしてそのバランスにも気に掛けましょう。

そうしないと、足をすくわれてしまいますから。

 

「……はあ、まぁいいっすよ。それでいきましょう」

 

そう力なく声を返して、仕切りの扉を開け室外へ足を運ぶ。

 

足元に五角形のプレート。白線で長方形に囲まれた打者の領域。それに入る前に、硬貨を数枚横にある投入口に入れる。切り替わるスイッチ。前にある自身の背ほどの機械がその準備に執りかかる。

 

背後ではくぐもった宇佐見蓮子の「空振りしろー」という野次の声。

テメェ…、と少し反抗心が芽生えたが。それは自分がバットを構えたと同時に、跡形もなく消え去った。

 

 

 

 

 

――構えはいつもと変わらない。変わってはいけない。それは自身の練習を忠実に再現するための集中方法。グリップの握り、力加減、肘の位置、腰の高さ。ブランクはあれど、それに異常は見られず、故に修正する必要はない。大事なのはモーション。コースの把握。最短のスイングで迫りくる球を打つタイミング。それさえ確かならば、動作の面は完全。残るは作業をするかのような起伏のない心の安定。この一瞬の時を限定し、自身を機械とする。

 

 

 

第一球。真ん中、120キロのストレート。

ステップイン。最大限まで球を引きつけてから、腰の旋回運動を開始する。

――バットの軌跡はレベルスイングを意識。でなくては自身の筋力で的を射るのは不可能だ。

 

 

 

壮烈な金属音が鳴り響く。矢のように飛んだ打球は、自身の勝利条件である的の少し下を射貫いた。

 

 

少し前までの彼女の野次はもう聞こえない。それは彼女がもう止めたからなのか、それとも自分が集中して無意識の内に遮断しているのか。それは分からない。

 

まあしかし、

 

 

 

 

あと0.1秒ほど、タイミングが合っていないか――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。