秘封の話 人生の丸つけ   作:きんつば

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Back:Sister E
十一話 旋回


 

 

 

 

 

「もう、振り返ることもないだろうから」

 

 

彼は、私にそう言った。

 

 

ーSister Eー

 

 

 

 

思い出せばそれは、紫色をした夕暮れのことだった。

お墓参りの帰り道。今からちょうど五年前の出来事。連れ添って長く延びている、透けた黒い影がやけに印象的に瞳に映った。

ポケットに両手を入れたまま、私の隣を歩く彼。淡々と、黙々と歩くその姿に自分(私)はどう思ったのか。その時、小さく声をかけた。

 

「お兄ちゃんは強いね」

 

「……なんで?」

 

少し間を置いての返答。だけどその歩調は変わらずに、彼は私を置いてけぼりにするよう。

 

「だって私、お兄ちゃんが泣いたところを、一度だって見たことないんだもの」

 

そんな()に少し躊躇いつつも、私は答えを返す。それは勇気を振り絞っての言葉で。自分にとって、大事なことを伝えようとしようとして。でも、彼は、そんなのはお構いなしに。

ふぅん、そうか、と。

なんてことのないように、貴方は私に言葉を返しました。

 

そうして続けて、

 

「まぁ、泣く必要はないからなあ」

 

と、言いました。

 

そんな言葉の意味と忌み。

それを()が知ることはなかったのです。

 

 

 

 

 

 

 

「う……ぁあ……」

 

そう言えば、窓は閉めきったままだった。

暑いという感想をまず抱き、次にやってしまったという過去の行いに叱責を。彼女の一日は自身を咎めることから始まった。

 

その彼女、宇佐見蓮子の住む部屋はむわっとした、むせ返るような熱気に包まれていた。それは彼女の起きた時間が昼に近い時間帯ということと、夏にも関わらず部屋の窓を全て閉めきって寝に入ったことから起きた結果であった。

 

つまるところ、エアコンをガンガンにかけて寝て、それをオフにするためのタイマーが彼女の起床時間よりも大分早かったのだ。故に汗をかいた肌にシャツは張りつき、居心地がとても悪い、しかしベッドからは動きたくない。スーパー悪循環デフレスパイラルに陥っているのが彼女の現状だ。

 

宇佐見蓮子自身、かったるい、とは思わなくもないのだけれど、それでもなんだかどうにかなってしまいそう。そんな心持ちなのです。と、そう思いながらゆっくりだらだらとベッドから起き上がって、後頭部を数回右手でかいて、背伸びをぐっとしてからようやくベッドから足をおろして立ち上がった。

 

まずはベランダに通じる窓を全開に。

そうして、

 

「洗剤、買いにいかなきゃな……」

 

そんな言葉を溢した。

 

 

 

 

 

 

今日は素晴らしい一日である。

 

 

俺こと坂本一真の一日は、誰にも見せたことがないほどの清々しいドヤ顔から始まった。

別に自分自身が何かを成し遂げたわけではない。しかし、ドヤ顔。

 

通称「どうよ?すごいやろ?崇め奉ってもいいのよ?」を表すこの表情はふとした幸福で零れるものなのだ。やったぜ。成し遂げたぜ。どんなもんなのだぜ、ってな感じである。

 

その理由は、大したことでもないのだが、なんと今日を合わせて三日、俺は宇佐見蓮子による何の武力介入なく家に引きこもれているのだ。快適、気楽、潔癖、幸福の4kである。やっぱストレスからの解放も合わせて5kにする。それほどの人生充実なのだった。

 

もちろん、俺の敵は宇佐見蓮子だけではない。我が母からの「お前部屋から出て何かしてこいや」と言う勅命はすでに下っている。だが、宇佐見蓮子のストレスから耐性が出来た俺にもはやそれは無駄である。今の俺を追い出したいと言うのなら、その三倍は持ってこいというのだ(迫真)。

 

「お兄ちゃん」

 

そんな気分は王様状態の俺に、部屋の扉ごしから声をかけられる。

 

「なんだ?」

 

「私今から自主練に行ってくるけど、何か帰りに買ってきて欲しいものある?」

 

俺に声をかけた人物は、家族である俺の妹であった。

なんと出来た妹なのか。

 

……というより、これは俺が部屋から出ずに度々「ちょっと帰りにコーラ買ってきて。ペプシじゃないぞ」と伝え続けたことから産み出された彼女の習慣なのであった。悲しみの副産物である。なんていうか切ないなぁと感じるのでした。

とりあえず自分も彼女に習って、習慣化した言葉を返す。

 

「コーラ買ってきてくれ。カロリーゼロのやつじゃないぞ」

 

「わかってるって。それだけ?」

 

「ああ、頼んだ」

 

俺の言葉を聞き、分かったと了承をして彼女は部屋から離れていった。

自主練習をすると言っていたから、きっと外にある公園で壁当てでもしてくるのだろう。

 

何の気なしに、俺は窓の外を見る。

空は晴れているけれど、少し遠くからは黒色をした雲の群れが押し寄せているのが目に入る。その進む速度は速い。もしかしたら雨が降るかな、なんて心の中で呟く。度々ある感想。よくある予感。

 

まぁ、しかし、

 

「自主練……自主練ね」

 

と、自分の真面目で従順な妹の言葉を、繰り返して呟く。

 

いやだって、お前のその自主連の成果ーーこれから発揮する機会はあるの?

 

 

 

 

 

 

 

「ぐわぁあああ!なんてこったい!!!」

 

宇佐見蓮子は一つの重大なミスを犯し、帰り道半ばで叫んだ。

 

その重大なミスーーー洗剤を買いにきたのに、その肝心の洗剤だけ買い忘れるという凡ミスである。しかもその事に店から大分離れてから気づいた。めんどくさいやつである。

 

「くそぅ、くそぅ……くやしいなあ、泣けないなんて……くやしいよ」

 

このぐらいで泣けるわけないでしょ、そんなに落ち込まないでくれない?、とこの場に友人のマエリベリー・ハーンがいたらツッコミをいれていただろう。宇佐見蓮子の喜怒哀楽はツッコミをいれざるを得ないオーバーリアクションが多い。

 

しかし時々、「へぇ、メリーの家からGが出たんだ。ふーん、……ホウ酸置いとけば?」のように冷めた反応をすることがある。普通の女性なら恐怖し反射的に叫んでしまいそうな話題もスルーである。ちなみにマエリベリーはこの瞬間に宇佐見蓮子という人物を完全に理解した。悟った。こいつ少女漫画派じゃないな、絶対ジャンプ派だ、と。

 

 

「今から戻るのめんどくさいなぁ……ああ、やってられない」

 

買った日用品とレトルト食品の入ったビニール袋を片手に下げ、がっくりと肩を落としながら、取り敢えず道を引き返すことにした彼女。その足取りは重い。どうすれば私は救われるのだろう?とまるで今宗教に勧誘されたら一発OKしてしまいそうな心持ちの中、彼女は歩を進める。

 

 

その進む道の途中、ある公園で珍しい光景、というより珍しい人物を目にして立ち止まる。

 

 

ボタンのついた白の半袖のスポーツTシャツ。ベルトを巻いた白の長ズボン。深く被っている鍔つき黒帽子。その人物の左手にある茶色のグローブを見て、後に、宇佐見蓮子はその様になっている相手にーー驚いた。

 

 

 

身体に一つ、大きな捻りを加えた。

その一連の動作。力を溜め、圧縮されたそれは、今にも爆発しそうなほど。

右足一本で立つ不安定な姿、しかし、震えなど微塵もない。その人物の目線は深く、これから放たれる自身の力の行方を理解している。それをただ、宇佐見蓮子は見守った。

 

ーー瞬間、その身体が旋回運動を開始する。

まるで一つの独楽になったかのよう。一本の芯を軸にしての、流麗でいて、かつ俊敏な回転。その流れに逆らわず、自身の右手にしなりを加え、その人物は真横から白弾を射出する。

 

その白球の速度は、宇佐見蓮子が初めて見たバッティングセンターでの球速よりも速く感じれ、事実、それよりも圧倒的に速かった。ここにスピードガンなる速度計測器があったら、それはこう示していただろうーーー球速、139キロと。

 

フォロースルーを終え、壁から弾かれたボールを受ける人物。その全てが洗練されていて、それは熟練の技であることが理解できる。そして、宇佐見蓮子が何よりも驚いたのは、それを成した人物がーーー女性であったことだ。

 

開いた口が塞がらないとはこのことか、と宇佐見蓮子は思った。

同じ女性でありながらこうも違う。170cmあるかないかという、女性からしたら高身長の部類に属する背丈。小麦色に焼けた肌に、快活な笑みを携えながら白球を持つ清涼さ。背中に柔らかく纏められた一束の黒髪が、素直に綺麗だという感想を呟かされる。

 

 

宇佐見蓮子は、反射的に一歩踏み出した。

その女性が活動している範囲へと、彼女は介入を開始する。

そうして野球少女の近くに立ち、その少女が宇佐見蓮子の接近にビクッ!と驚愕を表した後、一言。

 

 

 

「へい彼女、バットは持ってる?」

 

 

 

マエリベリー・ハーンがその場に居たらこうツッコミをいれる。

「どうして蓮子はいつもそうなの?」と。

 

 

つまるところ投手VS打者の一対一。

一方は熟練者で、もう一方は初心者に毛が生えてさえいない、突然バットを要求する不審者である。

 

 

 

 

 

件の人物であるマエリベリー・ハーンは退屈していた。

 

「……はぁ」

 

自分のやるべきことを全てやり終え、今日という一日を優雅に過ごそうとしていた彼女にとって今、驚愕な事実が判明したのだ。

 

そもそも自分、今大してやりたいことが存在していない、と。

 

「……宿題とか、そんな早く終わらせなくて良かったのかも」

 

マエリベリー・ハーンは友人の宇佐見蓮子と違い、『自堕落な生活を送る』ということを苦手とする人物であった。

暇になったからといってだらけるということを良しと出来ないのである。自由な時間が出来たのなら何か有意義なことを、と思考を廻らせる。遊ぶのなら遊ぶ、勉強するのなら勉強する、と目的を持って行動することを得意としているのだ。そんな彼女に今の状況は過酷なものだった。

 

「蓮子にとりあえず今何をしてるか聞いてみる……いえ、あの子はメールとか送っても、反応を返さないことが多いし。きっと携帯を携帯していないのよ。なによそれ。意味ないじゃない。もしくは、寝る前に携帯の充電を忘れて電池切れになっているか。……使えない携帯を携帯してるのは携帯なの?そもそも携帯は……やめましょう」

 

落ち着くため一つ深呼吸する。

そうして思い直して、次の行動へと移す。

 

「だったら一真君に………一真君って、受験生よね?流石にダメじゃないかしら。いや流石もなにもダメに決まってるじゃない。そもそもがおかしいのよ。一真君だって勉強したいに決まってるわ。ただでさえ蓮子という言葉に出来ない邪悪の被害を受けてるのに、今私も遊びに誘うと『マエリベリー、お前もか』みたいなニュアンスの返信が帰ってくるに決まってるじゃない。止めておきましょう」

 

また一つ大きく深呼吸する。

そうしてまたまた次の行動に移そうとして、しかし、それは、

 

「……あれ?もしかして」

 

そこで、また一つマエリベリー・ハーンは驚愕の事実を発見してしまった。

 

 

 

「私友達、少なすぎ……?」

 

 

きっとこの場に宇佐見蓮子と坂本一真が居たらこうツッコむ。

 

「え?今に始まったことじゃなくね?」と。

 

 

 

 

 




魔神柱狩らなきゃ(使命感)

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