七話 夏の行方
「……はぁ」
夏休みが始まって一週間が経とうとしていた。
そんな中俺は、このくそ暑い日に何故か河川敷の斜面の草むらに寝そべっている。
突然で申し訳ないが、俺は高校三年生である。繰り返して言うが、俺は高校三年生なのである。なのに何故、こんなところでのんびり横たわっているのか。
残念な話だが、誠に残念な話であるのだが今回は宇佐見 蓮子のせいではない。彼女のせいに出来たなら『宇佐見蓮子だもの。』と言って完全に納得出来た。ああそう、完全に。
しかし今回、彼女は全くと言っていいほど関係ないのである。
「こんなに受験生に優しくない母親っているのだろうか……まぁ、別に珍しくもないのかな?」
そう、坂本家の最大権力者、俺の母さんに家を放り出されたのだ。
ーー数時間前の話だ。
俺はいつも通り携帯に来ている宇佐見蓮子からの『表に出ようぜ』メールを『m9(^O^)』っと返していた。そう、そんな時である。突然俺の母親が「部屋に籠り続けてもう三日。健康に良くないからちょっと外に出なさい」と言い、返答も聞かずに俺を我が家から追い出したのだ。
まぁ、うちの母のこんな横暴ともいえる行動は珍しいことではないので、俺は冷静に家の外から「何時間ぐらいたったら入れてくれます?」と下手に出て聞いた。
するとなんと返ってきた言葉、「夕飯が出来るくらいになったら帰ってきなさい」。
そしてあの人、俺が考えられる侵入経路全てに鍵をかけました。
……まだ朝食食べて数十分しかたってないです~。勉強道具ぐらい持たせてください~。しかも突然だったので財布も持っていません。ハッ!どないせえっちゅうねん。俺は玄関前でグレた。それでも状況は何も変わらなかったが。
しかし、この時の俺にはまだ希望が残されていたのだ。
いつもこういう現象が起きてしまうと俺は中にいるもう一人の家族、妹に家に入るためにこっそりと鍵を開けてもらう。
俺の妹は中学生ながら未だに反抗期をむかえてはいないので、言うことを聞いてくれるのだ。そして俺の言うことを聞いてしまった度に母さんが妹に「奴を甘やかしてはいけない」としつこく注意するが、それでも彼女は気にすることなく俺を助けてくれる。
だから俺は妹に対していつもスマイル0円状態。兄妹愛って素晴らしい。
だが今回は勝手が違った。俺が「妹よ。すまないが開けてくれー」と言っても返答はなし。あれ、もしや今日から反抗期始まりました?と怪訝に思い始めていた俺であったが、『……えーっと』と困った様子の妹の声が家の中から聞こえてきたことに安堵する。すぐ近くで聞こえてきたので、俺が今いる玄関の扉の内側にスタンバっているらしいことが把握できた。
アレ?じゃあ困ってないで早く開けて欲しいんですけどと思い始めていた俺に、さらに小さくポツリと、妹は衝撃のカミングアウト。
『ごめん一真お兄ちゃん。……お母さんがアイスくれたの』
コイツ、買収されやがった。
「最近、ツイてない」
日光を全身に浴びて、額に汗を浮かべながらそう言う。どこか木陰にでも行った方が涼めるだろう?っという意見はごもっともではあるのだが。今回はある人物を、前から嫌々付き合わされていた人物をこちらの方から呼んでいるのである。
目の前を流れる河に、野鳥の群れがぷかぷかと浮かんで活動していた。人が多く生息しているこの町で、唯一自然が溢れたこの領域は動物たちの憩いの場であろう。
今いるこの河川敷は、俺と彼女の思い入れが深すぎて、そしてなにより忘れたい場所(リバースプレイス)だ。
そんな場所に今日はモラルハザードの化身、件の彼女、宇佐見 蓮子を召喚したいと思う。
きっとあっちは、俺が前「暇だったらいいですよ」発言をしたにも関わらず、『拙者、忙しいゆえに行けないでござる』的な感じで彼女が今までくれた誘いを毎回断り続けてるから、フラストレーションが溜まってるだろう。だから今回、逆に俺が彼女を誘えば遅刻なんかせずに、すぐこちらに来るはずだ。むしろ指定した時間よりも早くに来るかもしれない。
炎天下、冷静な分析力を発揮している自分が全くの冷静でないことに気づく。だって彼女はいつだって予想外の行動をしてくるのである。今回もどうせ遅刻してくるのではないかと、
「一真ァ!!!」
来ちゃった。計画通りである。
「ーーフフフ。一真クゥン?遂に姿を見せやがったねぇ?私は忘れないよ、君からもらった返信メール。何が『拙者、忙しいゆえに行けないでござる』と『m9(^O^)』のツーパターンの繰り返しなの?絶対忙しくないよね。もう『m9(^O^)』(コレ)に関しては喧嘩売ってるよね?ねぇ、何か言ったらどうなんだい?」
「うっへい。落ち着いてください。落ち着かないと人間は力を発揮出来ないっぽい構造になってます。知りませんけど」
まぁ、これはどう考えても俺が悪い。なのでしっかり謝罪を。そして、ある要請を彼女に頼む。
「蓮子さん。それについては謝りましょう。ですからーー少し協力していただきたいことがあるんです」
「え?」
俺の言葉にキョトンとした顔にすぐに変わる彼女。そしてそんな彼女にお構いなしに、俺は言葉を続けた。
「昼食を奢ってください」
◇
昼の12時という飲食店最大の山場を越えてしまったからか、店内はそれほど客が多くなかった。されどまばらには人数はいるので、中は静寂に包まれているはずはなく、音声が正しく認識できない一定の騒がしさがそこには広がっている。
「別に昼食を奢るのは構わないけどさぁ。ジャンクフードはどうかと思うのよ、私は。体に良くないよ一真君」
「何を言ってるんですか。美味しくて、安くて、尚且つ自分の寿命も減らせる。一石三鳥ですよ」
「……普通の人にとって最後のは不利益だと思うんだけど。やっぱり変わってるねぇ」
彼女は苦い笑いを浮かべながら俺の食事風景を眺めている。
ふむ。宇佐見蓮子が俺に対してこんな態度をとるのは結構新鮮である。いつもは俺がその役割を担っているのだが。立場逆転という奴であろうか。なんか納得いかんけれども。
ジャンクフードと聞くと、人はまず何を思い浮かべるだろうか。
俺の頭の中ではジャンクフード=ハンバーガーという等式が成り立ってしまうのだが、少し頭のいい人や変わった人ならば数多くの例を浮かべることが出来るのかもしれない。
しかし、ジャンクフード=健康に良くないという認識を覆すことが出来る物を浮かべることは、誰でも困難を極めるのではないかと思う。まぁ、ジャンクという言葉が付いているのだから、当たり前の話ではあるのだけれども。
ジャンクフードとは栄養のバランスが全く考えられていない食品のことを指す。高カロリー、高塩分なのに
ミネラルと食物繊維が不足している場合など。そんな食べ物のことだ。
もちろん栄養のバランスが悪いのだから、健康にだって良くないのは当たり前。この世の中で重要なのはバランスなのだ。何かが悪いと、別の何かも悪くなってしまう。しかし、それも捉え方によって変わってくるのではないか?いや、変わってほしい、という考えを持つのが現代の若者である俺である。
「大昔、人生50年と言って人は生活してたみたいじゃないですか。50年しかないのか、あっという間だな、よしじゃあ頑張って生きていこうって感じて。
それなのに今では書店で『50歳から~』系の人生再設計本で溢れてるんです。全く、嫌な世の中になったもんです。これじゃあまるで、それ以降もぐたぐたと呼吸し続けなくてはいけないみたいじゃないですか。もっと短くスカッといきましょうよ。ゴールを定めてあるからスタートを切れるんです。
故に、不健康な食生活に努めれば一日一日を大事にしていこうと思えるんですよ。……ジャンクフードを食べることを
「うん。一真君のそれ、
「流石に無理ですか」
「『流石に』から一真君の中の私がどうなってるか見当がついちゃうねこの野郎」
まぁ、食べたいと思ったから食べますジャンクフード、というのが本当の俺の考えである。どんな行動だって、根本的なそれに至る理由というのは欲望なわけですから、そんなもんなのです。それを誤魔化す必要も方法もないのである。人間というのは意外と単純なものだ。
「突然なんですけど、家を追い出されましてね」
「お、おう」
俺の突飛な話題変換に、彼女は戸惑いつつ反応する。
「腹が減っても財布を持っていなかったから何も買えなくて、でもかろうじて携帯だけは持ってきてたので、「それじゃあ蓮子さんにたかろう」と思って招集を促して、現在に至るわけです」
「なるほど」
彼女は自分が呼び出されるに至ったこれまでの経緯を聞き、腕を組み納得したように頷いた。そして次に、組んでいる右手から人差し指と中指をちょこっと立て、俺に言葉を返す。
「聞きたいことが2つほどあるんだけどね、いい?」
「どうぞ」
「なんで追い出されたの?」
「受験生らしく部屋に引き込もって勉強してたら、僕の母が勉強なんてしなくていいから外で太陽の光を浴びてこいやコラってな感じになって追い出されました」
「……元気なお母さんだね」
「そうですね」
言葉を濁した宇佐見 蓮子。何故濁したと判断したかというと、彼女は一瞬間が空き、なおかつこちらに視線を合わせず俺の言葉に返答したからだ。
素直に「お母さん超強いね」っと言ってもいいのだが。実際その通りであるのだし。この世界では俺tueee!は通用しないけど母tueee!は大体通じる。理不尽なんてなんのその、それが常識となっているものなのである。
「じゃ、じゃあ次、なんで私を呼んだの?あっ、そうか一真君友達いないっけ。……いやいや違うからね!わざと心を抉りにいったわけじゃないから!だからその親の仇を見るような目はやめて!黒い笑みを浮かべないでッ!!」
どうした?今日はやけに攻めてくるじゃないか宇佐見 ぽんぽ子。
目の前に置かれたコーラを一口飲む。炭酸が抜けてしまった物の方が美味しく感じるのは俺だけではないはずだ。たぶん。
「そうだッ!メリーの連絡先も教えてもらってたじゃない一真君!なんでメリーを呼ばなかったの?」
「いや、マエリベリーさんをこんな事で呼ぶのは失礼じゃないですか」
「……あれ、そうなると私は?」
言わせんなよ恥ずかしい。先程の負の笑みではなく、不敵な笑みを浮かべることで俺は彼女に答えを返す。
するとまたまた攻守交代。彼女はこれまで不満に思っていた点を、包み隠さず俺に言う。
「大体おかしいんだよっ、私の扱いが!私の送ったメールは決まってツーパターン、しかもふざけたような内容なのにメリーが送ると『お誘い頂き光栄です。しかし誠に申し上げにくいのですが、僕はその日、そちらに伺うことが出来そうにありません。なので今回はお断りしたいと思います。
日射しが強い今日この頃、熱中症にかからないようお気をつけてください。適度な水分補給が効果的です。まずは自身のお体を大事に。マエリベリーさんに悲運が訪れることなくこの夏を乗り越えられることを願っています。』だよ!?なんで!どうして!?文章量とかその他色々の待遇が天と地の差だよッ!」
興奮ぎみに語る宇佐見 蓮子。そんな彼女を横目にみつつ、青すぎる空が見える窓の方を向きながら一つだけ。
お前、よく暗記してたなと思いました。まる。
◆
水平線は、青と蒼の境界線。
時間と共に染まっていく色でさえ、やはり何処か似てしまう。
だが、視覚に頼りさえしなければ、その違いはきっと明らかなモノになるだろう。
ーーまぁそれは、とても難しいことなのだけれど。