一勝千金億女   作:ぽぽちん

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えぇッ!?この令和の時代に「愛気」の二次小説を!?
しかもTS承久でクロスオーバー!? できらぁッ!


序章「退屈させてくれるなよ」

 『裏格闘』。

 そう呼ばれる世界がある。

 

 それはアンダーグラウンド──いわゆる非合法がまかり通る、裏社会で行われる格闘技、その催しをさす。

 世界にはそれこそ沢山の、人には言えない格闘団体があるのだが、ここ日本にも裏格闘団体があるのはご存知だろうか?

 

 アンダードッグファイト。

 殺戮武闘会。

 デスファイト。

 オルタナティブファイティング。

 UNDERGROUND-1。

 D4(DEADLY DEATH DEAD DIE)

 煉獄。

 そして拳願会。

 

 メディアやSNSを通じて気軽に触れられる『表格闘』。

 健全性と雄々しさ、そして華々しさを全面に押し出したソレとは真反対に、暴力性と血生臭さが滲むのは『裏格闘』。

 その2つに明確に違う点があるとすれば……ルールだろう。

 

 ルール。

 それは選手達の命を守るためのものだ。

 目突き、金的、関節、後頭部への打撃の禁止、肘や膝攻撃の制限、カウント制などなど。

 もしも当たれば最悪死に至ってしまう。

 死に至らずとも、一生涯にわたって重い障害が残ってしまう。

 そういった事件を未然に防ぐために、ルールがある。

 

 しかし裏格闘は違う。

 表に比べるとルールがかなり緩い。

 

 目突き、金的? 使えば良いさ。

 関節、後頭部への攻撃? 当たり前。

 肘、膝? なぜ使わない。

 カウント? 用意しないよ。ごゆっくり。

 だから重症者は後を絶たないし、死者が出る比率もかなり高い。

 そんな事を許してもいいのか?

 いいのだ。

 なぜって、そっちの方が盛り上がるからだ。

 客は血を見たがっている。

 判定などというショボい勝ち方に興味はない。

 求めているのは超雄同士の激しい攻防。

 ルールに縛られず、自分を曝け出して相手をねじ伏せる。

 その瞬間が見たいのだ。

 だから人々は裏格闘を求める。

 だからそこに金が集まる。

 その熱が、狂気が、莫大な富となる。

 裏興行がこれだけ出来てしまうのも、当然の帰結というものだ。

 

 ここで、とある格闘団体の話をする。

 

 「殺戮武闘会」の話だ。

 殺戮武闘会は裏格闘団体の中ではかなりの古巣。

 団体規模は中堅といったところで、所属闘技者は男性65名、女性27名。

 特筆する点は、ルールなし、審判なし、反則なし、リングなしであること。

 裏格闘では最も残虐性が高いと言われている。

 血を見たい、という客のニーズに満点で応えられるだけでなく、闘技者の技量も高いため、根強い人気を持つ団体となっている。

 

「──お前わかってるな?」

 

 そんな殺戮舞踏会のハコで、ある若い男が問いかけていた。

 神経質そうな男である。

 パリッとしたストライプ柄のスーツを着ている。

 背は高く、腕と足はスラっと細く。

 腕時計は当然のように高級時計。

 髪をオールバックにまとめ。

 スクウェア型の眼鏡は気取っておらず。

 顔に刻まれた皺は深く、()()()()()

 ひと目見て一般人だとは誰も思わないだろう。

 しかして実際に一般人ではい。

 

 名を、井上(いのうえ)菅谷(すがや)

 肩書は惨歯(さんば)組の組長。

 

 広域指定暴力団──つまるところのヤクザである。

 惨歯組は三大暴力団仁和会の三次団体。

 立場で言えばかなり下だが、業界への影響力はそこそこ持っている。

 そこまで成長できたのは、ひとえに男の能力によるものだった。

 

「……何が?」

 

「何がじゃねえ。分かってるだろう葉月。次の相手が誰か」

 

「知らないねぇ」

 

「知らないだと? あぁ知らないのか、そうかそうか──じゃあ教えてやるよッ!!!」

 

 暗く、狭い選手控室。

 打ちっぱなしコンクリートの壁に男のキンキン声がよく響いた。

 

「18戦10勝8敗」

 

「雑魚じゃないか」

 

「まだ俺が話してるだろうが黙って聞けボケッ! ──18戦10勝8敗、その8敗の内訳は、不戦敗だ。ソレ以外は全勝だぞ。しかも全て一分以内に! 一撃でだッ!!!」

 

「はンッ、それくらいでビビるかよ。私も全勝だろ」

 

「お前、この前の試合で相手をぶち殺しちまってノーゲームになったばっかりだろうが。期待のルーキーだったのに、二戦目でボロ雑巾にしやがって……!」

 

 暗がりで肩を竦める存在。

 葉月と呼ばれた人物だ。

 井上の視線が、上を向いている。

 一般男性よりも高い身長を持っている。

 骨肉量ときたら男の比ではない程蓄えられていた。

 その膂力でもって相手を抹殺したのは、想像に難くない。

 しかし誤解しないで欲しい。

 葉月は女性である。

 筋肉質で大柄な男性像を、そのまま女性に置き換えたのが彼女だった。

 

 葉月(はづき)ゆう。

 ここ殺戮舞踏会のトップランカーである。

 彼女は()()()()()()顔で、井上を睥睨(へいげい)していた。

 

「で、何の使い手なんだ? 柔道か? サンボか? それとも私みてえなボクサー崩れか? まさか空手じゃあるまいに」

 

「合気道だろう。多分」

 

「合気道、だぁ?」

 

 くくっ、と漏れた笑い。

 嘲笑だった。

 そんなものが通用する筈がないと、信じた笑いだった。

 

「高くくってんじゃねえ。テメェが笑った合気道でここまでのし上がってきたんだぞ。戦績だけで言えばそうでもねえが、実力だけならウチのトップだ」

 

「へいへい。こいつぁ失礼。──それで? 私はその相手に手心でも加えろってか? 死なない程度に現実を見せてやれって?」

 

 暗がりでも、その眼光は強い。

 射抜くような眼差しに井上の背が冷える。

 目が、言っていた。 

 "そんなバカな願いを、私が聞くとでも?"

 

(知っとるわ、お前が言うことを聞かねえ問題児ってことぁ重々とな……! クソ、クソクソクソッ、誰のお陰で裏を出歩けると思ってんだコラ……ッ!)

 

 無論、口に出せるほど井上は肝が強い訳でもない。

 だが今回は幸いにも。

 本当に偶然にも。

 二人の意見は一致していた。

 

「いつもなら頭へいこら下げてお願いしてたかもしれねえけどなぁ……今回ばかりは違う」

 

「へぇ? じゃあ」

 

「ああそうさ。殺せ。好きに壊せ。気の赴くままに。いや、それこそズタボロに! 親でも判別できなくなるくらいに徹底的に殺れッ!」

 

「くく……気前がいいじゃないか」

 

 ニィィ、と葉月の口角が深くなる。

 高密度の筋肉が喜びのあまりミシミシと軋んでいる。

 裏格闘といえど殺しはそれほど容易ではない。

 人を殺せば足がつく。

 そして、その足を消すのは簡単ではない。

 故に葉月は所属してから歯がゆい日々を送っていたのだが──思いもよらぬ朗報だった。

 殺人(コロシ)が肯定される。

 しかも()()は惨歯組が持ってくれる。

 何とも嬉しい話だ。

 非常にヤりがいがある。

 

「それにしても、シミッたれなアンタがよくまあそんな決断に至れたね。いいのかい? 仮にもトップ闘技者を消しちまっても」

 

「……お前。ソイツがなんて呼ばれてるか知ってるか?」

 

「知るわけないだろ」

 

「”八百長女”。"北斗神拳伝承者"。"モラルレス"。"糞試合製造機"。”重力魔術師"。"ゴミカスセクハラレズビアン"」

 

「……ロクでもない名前が多いな」

 

「実際ロクでもねえんだよアイツは……! 若造の癖して誰彼構わずおチョクってくるわ、やたらと女選手に粉かけるわ、組の風俗無料にしろって脅すわ、勝手に試合休むわ……! そんな奴、いくら強くても要らねえよ! 分かるか、えぇ!?」

 

「……」

 

 気苦労が絶えない様子に同情したのか、それとも興味をなくしたのか。

 葉月は控室を後にする。

 暗い控室の先は、より暗い通路だった。

 目が慣れると清掃が行き届いていないのが分かる。

 ホコリ。ゴミ。傷。落書き。

 そして壁や床に残る、乾ききった血。

 数えきれないほどの闘技者達の旅路が、そこに刻まれている。

 そんな通路を、葉月はどっしりと歩いていた。

 

 彼女のスタイルはボクシングベース。

 しかし、素足である。

 ステップを重要視するボクシングにおいて、素足よりグリップ力の強いシューズは必須である。

 だが、葉月は拒んだ。

 あくまでボクシング()()()であり、足技、組技も得手としているからだ。

 その足もまた太い。いや、逞しい。

 スパッツを押し上げる大腿四頭筋ははちきれんばかり。

 膝から下も、しなやかさと固さが見て取れる。

 蹴られればタダじゃ済まないだろう。

 しかし、彼女の主体は腕だ。

 高密度の筋肉で象られた巨腕。

 その先についた、金属のような握り拳。

 黒いオープンフィンガーグローブに包まれている。

 過去にはその拳で、数十人を病院に送り、その内三名は死亡している。

 当たれば折れる。

 そういう拳だ。

 彼女のラッシュに晒されて、無事な人間はいない。

 故にこそ、葉月は登板を忌避されている。

 出れば勝利する。

 しかし相手は無事ではすまない。

 そんな選手と誰がやりたがる?

 そんな選手を喜んであてがうとでも?

 いくら死を容認する団体とはいえ、登録選手には限りがあるのだ。

 だから『葉月ゆう』は疎まれている選手だった。

 

 しかし。

 邪魔者を始末するという点において。

 彼女ほど有用な駒は、他にいなかった。

 

 暗い通路の先に光があった。

 光と共に、音が漏れ出ていた。

 喜、怒、哀、楽。

 その全てがまぜこぜになった狂気の音楽。

 葉月は、その音に吸い込まれるかのように光に足を踏み入れた。

 

『選手入場だ──ッ!!!』

 

 熱気の籠った空間だった。

 中央に5~6m四方のぽっかりと開いたスペースがある。

 その空間をぐるりと囲むように観客がおり、血に飢えた観客がギラギラとした目で葉月を見ている。

 天井に据え付けられたスピーカーが、ヒビ割れた音で葉月を歓待した。

 

『東コーナー! 8戦8勝の当殺戮武闘会きってのバーサーカー! 彼女の剛腕で病院送り、いや墓送りにされた闘技者は数知れず! 今日も凄惨な殺戮劇が見られるのか!? 身長182cm、体重89kg! 『怪物』、葉月ゆうううぅぅぅぅう───ッ!!!!!』

 

「出た! 怪物だ!」「待ってたぞーッ!」

「葉月ッ」「葉月だ!」「仕置人だーッ!」

「葉月ッ」「葉月ッ」「葉月ッ!!」

 

 ワッと観客席が湧いた。

 惜しみない声援が葉月に殺到する。

 それは少々熱がこもり過ぎているほどだ。

 葉月は笑いを隠せない。

 あれだけ忌み嫌われていたのに、調子のいいことだ。

 どうやら今日のお相手はそれ程までに嫌われているらしい。

 なにせ普段ならありえない、コールまであるのだから。

 

『そして西コーナー! 今日が命日か! それとも一撃必殺か!? 触れたら最後、お前はもう死んでいる! 強さの秘訣はその気まぐれか!? 誰もが翻弄される謎の格闘家、身長162cm、体重52kg! 『重力魔術師』ッ、承久(じょうきゅう)~~~~~國俊(くにとし)ィィィイィィィッ──────ッ!!!』

 

「出やがったなぁッ!」「金返せこの野郎ッ!」

「クソ女がァッ!」「毎回セクハラしやがって!!」

「調子こいてんじゃねえぞ八百長女ッ!!」

「死ねッ」「死んじまえーッ」「負けろーッ!」

 

 なるほど、異様な嫌われ方である。

 清々しいほどに応援が皆無である。

 ここまで嫌われていると逆に興味が湧く。

 一体どんな女なのだと。

 のっそりと客をかき分けて先に進むと、すでに相手は対面に立っていた。

 

 葉月の第一印象は、本当にコイツが? というものだった。

 

 スーツを着ている。

 お洒落も何も無い、就活スタイルの黒スーツだ。

 ジャケットの前は留められいない。

 パンツスタイルで、動きやすさは最低限キープしている。

 体型は中肉中背の若干細いより。

 筋肉は必要な分だけつけたという感じに思える。

 染めたのだろう。髪は金髪。

 ケアはロクすっぽされずに傷んでおり、背中まで届く髪を後ろでゴム紐で結んでいる。

 細い目が気怠そうにこちらを見ており。

 ジロリと一瞥すると何が楽しいのか、不気味にニヤけた。

 まるで、またカモがやってきたと言わんばかりに。

 

「アンタが”ゴミカスセクハラレズビアン”かい? どんな極悪女だと思ったら、案外普通じゃないか」

 

「えぇ~普通なんて言わないでぇ~。アタシ~、こう見えても美少女格闘家で通ってるんですけど~」

 

「何が美少女格闘家だクソ女!」「もう20代だろ!」「鏡見ろボケ!」「毎回ぶりっ子挟むんじゃねえキショいんだよ!」「さっさと死ねー!」「金返せー!」

 

「──やッかましいお前らッ! 何だかんだいって俺に賭けてる癖して! 後で取り分よこせや!」

 

 ぎゃあぎゃあと客と罵り合う承久を見て、葉月は困惑を隠せない。

 ……これが? 本当に?

 ここ殺戮武闘会は腐っても裏格闘。

 酸いも甘いも噛み分ける歴戦の格闘家が集まるこの場所で、コイツが勝ち残ってきた?

 到底信じられなかった。

 信じられない理由はひとつ。

 ()()だ。

 強い奴からは強い匂いがする。

 この承久からは、それが感じられない。

 全くと言っていいほど。

 ただただ、胡散臭さだけがチラついていた。

 

 まあ強かろうが弱かろうが、やることは変わらない。

 いつものようにブチッと潰して、お望み通りただの肉塊に戻してやれば──、

 

「──なぁ。退屈させてくれるなよ」

 

「あン?」

 

「舐めてるだろ? 俺のこと。まあ別に舐めるのは自由だが……それだと一瞬でカタがついちまってつまらないんだよ」

 

「……あぁ?」

 

「カスみたいな対戦相手しかいなくて、こちとら退屈してんだ。もうここから抜けようかと思うくらいにはな。だけど、ようやく。ようやく楽しめそうな奴が来た」

 

 ヤツの口角が、更に深くなる。

 

「親の仇だと思って全力で来い。──足掻けよォ?」

 

 ぶち。

 ぶちぶちぶちぶち──!

 

 何の音か、最初気づかなかった。

 すぐに、それが自分の血管の音だと気付いた。

 

(ぶ ち 殺 す)

 

「葉月ーッ!」「その糞女を殺せー!」「葉月ッ!」

「ぶっつぶせー!」「泣かせてやれー!」「殺せっ」

「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」

 

 会場を満たしていく殺意。

 あがっていくボルテージ。

 その殺意がとうとう限界を迎えた瞬間。

 

「──試合、開始ィィィィィィィッ!!!!!」

 

 葉月は駆けていた。

 長い脚を使ったステップ。

 3mほど離れていた彼我の距離が一気に迫り、

 承久の顔目掛けて右拳が飛んでいた。

 よく伸びるジャブだ。

 1秒の間に、4発。

 その巨体からは信じられないスピード。

 しかし承久には当たらない。

 全て見切り、上半身の動きだけで避けきっている。

 

(へぇ──)

 

 葉月は迂闊に飛び込まず、牽制を続ける。

 上半身を集中的にジャブ。ジャブ。ジャブ。

 当たらない。当たることがない。

 だが構わない。

 むしろそうでないと困る。

 受けたら最後。

 その細腕では折れてしまうだけだから。

 

「速ぇえッ!」「流石葉月!」

「うおー葉月好きだー!」「やっちまえ!」

 

 葉月の拳が更に疾走(はし)る。

 長いリーチから繰り出される剛腕は、颶風(ぐふう)をまとって承久を襲う。

 ジャブ、ジャブ、フック、ジャブ、ワンツー。

 至極真っ当なボクシング。

 それが当たらない。当たらない。カスリすらしない。

 しかしながら、葉月はそれを続けていく。

 「当たらない」を続けることで、得られるものがあるから。

 

「当てろー!」「何やってんだヘタクソ!」

「承久死ねー!」「殺せ殺せ!」

「うお、おい……」「こっち来すぎだろ!?」

 

 ここにはリングはない。

 リングはないが、壁はある。

 コンクリの壁。

 コーナーポストよりも冷たく、硬い。

 葉月はアウトボクシングで、承久を徐々に壁に追い詰めていた。

 

(やけに素直だね)

 

 壁を背負うこと。

 格闘家なら誰だって嫌がる筈である。

 しかし承久ときたら、葉月の思惑通りに壁に寄せられ。

 反撃もせずにジーッとこちらを見つめるだけ。

 まるで品定めをするかのように。

 それが不気味だった。

 

(……動くか)

 

 顔面目掛けた再びのジャブ。

 承久は首を傾けて避ける。

 それを見越して、葉月の握りこぶしが開き、その肩をしっかりと掴む。

 掴めてしまった。呆気なく。

 葉月は少し拍子抜けした。

 この後にテイクダウンをすれば、おもちゃ確定だ。

 だが、本当にそうか?

 コイツには合気道がある。

 

(やってみろよ。私にそれが通用するならな!)

 

 リンゴを軽々と握りつぶす握力である。

 肩の骨くらい余裕で折れる。

 めりこんだ拳が肩にめりこみ。

 骨を折り潰す膂力をもって寝かせ始める。

 その直後、

 

「え?」

 

 がくん、と体から力が抜け。

 気付けば承久の代わりに地べたを這っていた。

 体重を支えていた支柱が急になくなったかのような、そんな不思議な感覚だった。

 呆気に取られた瞬間、視界に星が飛び散った。

 後頭部を踏みつけられたのだ。

 それも二回。三回。四回──

 ストンピングのたびに客席から悲鳴が飛ぶ。

 だが、耐えられない程ではない。

 意識は全然繋がっている。

 生意気な足を掴もうとすぐに手を伸ばすが、抜け目ないことに既に退避済みだった。

 

「まだ舐めてるだろ?」

 

 相変わらず人をコケにするのが上手だ。

 ニヤけ顔を見て顔面に血が上るのを感じるが、努めて抑え込む。

 

「……あぁ、舐め腐ってるよ」

 

「な~るほど。だから勢い余って地面を舐めてしまったと」

 

 びきびきびきびき──!

 

 悠々と立ち上がることができたのは、承久(コイツ)こそ自分を舐めている証拠か。

 ならお望み通り、本気で殺ってやるよ。 

 ウィービングを交えたステップで、ジグザグに近寄る。

 ジャブが(はし)る。

 先ほど以上に。

 最早カスるだけでも致命傷になり得る、死の弾丸だ。

 相手はこちらが触れる瞬間を狙っている。

 反撃しないのは自分への有効な打撃を持っていないのだろう。

 なら組むのは不策。

 徹底的に。ただ愚直に。

 アウトボクシングで立ち回る。

 捕まえたければ捕まえて見ろ。

 

「はええッ!」「やべえノってるぞ!」

「風切り音がすげえよ!?」「やっちまえー!」

「当たれば一発だぞ!」「葉月ーッ!!」

 

 最初の立ち回りに戻る。

 打つ。打つ。打つ。

 当たらずとも良いから、打つ。

 そして追い詰める。

 ちょこまかと逃げてるようだが壁際でも同じ動きが出来るのか?

 見せてみろよ。

 コンビネーションブローで追い詰め、とうとう壁際。

 奴は未だに生意気な笑みを浮かべている。

 

「調子コキやがって……!」

 

「おー怖。だがお前さん、追い詰めたはいいけど、この状況でお得意の武器が使えるのか?」

 

「ヘッ……」

 

 何が言いたいのかは分かる。

 コンクリ壁を前にして、十全に拳を振れるのか?

 そう言いたいのだろう。

 なるほど、だからこそお前は余裕コいてたのか。

 ……甘いんだよ。

 

 ──ごッ!

 

「っと」

 

 ──どごッ!!! 

 ──ごッ!!!

 ──がヅんッ!!!!

 

「お。お。お。おぉ?」

 

 ヤツを狙う拳が壁にめり込む。

 遠慮も加減のない本気の一撃。

 じん、と拳に強い振動が響く。

 若干の痛みが節々に染みる。

 しかして、耐えられる痛みだった。

 

「オラ、オラオラオラァ──ッ!!!!」

 

「痛くねえのかよ!?」「壁に亀裂入ってんぞ!」

「掘削機じゃねえか!」「拳ぶっ壊れんぞー!!」

「やべぇぇえッ!?」「壊しちまえーッ!」

 

 承久も流石に目を見開いている。

 自分の拳が壊れてしまってもいいのか?

 そう言いたげな顔だ。

 ……バーカ。壊れるかよ。

 私のグローブにゃ、壊すための道具(鉄板)がついてんだよ。

 

「いつまで逃げてんだ!? えぇ!? お得意の合気でなんとかして見なァッ!」

 

 壁際だとやはり行動が制限されるのだろう。

 先ほどよりも避ける動きに余裕がなさそうに思える。

 しかし……奴の顔は変わらない。

 余裕が消えず、むしろなにか別の色が混ざっているようにも思えた。

 侮蔑? 嘲笑? 

 違う。

 哀れみだ。

 それしかできないのか、という憐憫だ。

 コイツ、ここに来てまだ私を見下してやがるッ。

 

 ──潰すッ!!!

 

「壁端まで来たぞ!」「もう逃げ場はねえ!」

「終わらせろ!」「殺せッ」「殺せぇッ!!」

「やっちまえ葉月ィ──ッ!!!!」

 

 とうとう左右と後を壁に追い詰められた承久。

 最早、鳥かごの中の鳥だ。

 私はとうとう必殺の一撃を繰り出す。

 

「おぅるるるるぁあああああ──ッ!!!!!!」

 

 溜めに溜めていた右ストレートが放たれた。

 狙いは胸部。

 受けは不可能。

 当たれば肋骨粉砕間違いなし。

 最悪、胸骨ごと心臓もぶっつぶれるだろう。

 さぁどうやって逃げる承久!? 

 それとも、この腕を取って投げて見せるかッ!?

 

(そうするよなァ……!)

 

 大きく腰を屈めて、奴が懐に潜り込む。

 そう来ると思っていた。

 アタシのこのストレートは流石に掴めないのだろう。

 だからこそ、狙っていたこいつが働く。

 間断なく放たれた左膝蹴り。

 拳と同じくらい強力だぞ?

 たっぷり喰らえ──ッ!

 ──…………!

 …………!

 ……。

 あ?

 なんで当たった気配が、ねえ?

 いや、別の感覚がある。

 アイツの手が、触れている?

 私の右腕に、這うように奴の手が置いてある。

 それが二の腕に移り、肩に移り。

 首筋を通って背中を通り。

 そして……尻?

 アイツ、私の尻を触ってる?

 いや、()()()()()

 さらに胸を揉まれた。

 掴むんじゃない、揉むだけ。

 揉んで()()()()()()

 そして、腹筋にも何かが押し当てられる。

 熱い。吐息? 奴の顔か?

 なんだ? 何がしたい?

 そう思った瞬間、()()()()()()()()

 踏みしめていたはずの地面が、消えたように。

 浮遊感が襲う。

 唐突に宇宙空間に投げ込まれたような感覚。

 制御できない。

 理由がわからない。

 意味が、わからない!

 何が、何が起こってやがる?!

 混乱を起こす中、私の顔めがけて。

 すごい勢いで壁が迫っているのが見えた。

 

(何しやがッ────………) 

 

 そして。

 世界から明かりが、消えてなくなった。

 

 

 

「け、け、決着ゥゥゥゥ──ッ!!!!! 試合時間1分2秒ッ!!! やはりこの女ッ、強いッ、強すぎるッ!!! 承久国俊選手、KO勝利ィィィィィッ!!!!!」

 

 

 

「──ふざけるなァァァッ!!!!」「すっげええ!!!」

「テメェエエエエッ!!!」「八百長だぁぁぁッ!!!」

「最後にケツ触る必要なかっただろがァッ!」

「なんで勝ってやがんだボケェェ!」「死ねーッ!!!!」

 

 観客のブーイングが飛ぶ中、承久はひらひらと手を回してその場を去っていく。

 葉月は……頭部が壁に突き刺さった状態で気絶していた。

 右ストレートが勢いあまった?

 それにしてはありえない威力だった。

 なにせ顔が完全にコンクリ壁にめり込んでいるのだから。

 体重差を屁とも思わない、まさしく圧倒的な実力!

 トップ格闘家の葉月ですら手玉に取る手腕に、統括者である井上は頭を抱える他なかった。

 

 

 彼女の名は承久国俊(じょうきゅうくにとし)

 かつて別世界の日本でその名を轟かせた、格闘家。

 この物語は彼女のTS転生譚である。

 




 この話はヴァルキュリア立ち上げ4年前の話なので、まだ葉月ちゃんはヒグマに襲われてません。
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