一勝千金億女 作:ぽぽちん
しかもTS承久でクロスオーバー!? できらぁッ!
『裏格闘』。
そう呼ばれる世界がある。
それはアンダーグラウンド──いわゆる非合法がまかり通る、裏社会で行われる格闘技、その催しをさす。
世界にはそれこそ沢山の、人には言えない格闘団体があるのだが、ここ日本にも裏格闘団体があるのはご存知だろうか?
アンダードッグファイト。
殺戮武闘会。
デスファイト。
オルタナティブファイティング。
UNDERGROUND-1。
D4(DEADLY DEATH DEAD DIE)
煉獄。
そして拳願会。
メディアやSNSを通じて気軽に触れられる『表格闘』。
健全性と雄々しさ、そして華々しさを全面に押し出したソレとは真反対に、暴力性と血生臭さが滲むのは『裏格闘』。
その2つに明確に違う点があるとすれば……ルールだろう。
ルール。
それは選手達の命を守るためのものだ。
目突き、金的、関節、後頭部への打撃の禁止、肘や膝攻撃の制限、カウント制などなど。
もしも当たれば最悪死に至ってしまう。
死に至らずとも、一生涯にわたって重い障害が残ってしまう。
そういった事件を未然に防ぐために、ルールがある。
しかし裏格闘は違う。
表に比べるとルールがかなり緩い。
目突き、金的? 使えば良いさ。
関節、後頭部への攻撃? 当たり前。
肘、膝? なぜ使わない。
カウント? 用意しないよ。ごゆっくり。
だから重症者は後を絶たないし、死者が出る比率もかなり高い。
そんな事を許してもいいのか?
いいのだ。
なぜって、そっちの方が盛り上がるからだ。
客は血を見たがっている。
判定などというショボい勝ち方に興味はない。
求めているのは超雄同士の激しい攻防。
ルールに縛られず、自分を曝け出して相手をねじ伏せる。
その瞬間が見たいのだ。
だから人々は裏格闘を求める。
だからそこに金が集まる。
その熱が、狂気が、莫大な富となる。
裏興行がこれだけ出来てしまうのも、当然の帰結というものだ。
ここで、とある格闘団体の話をする。
「殺戮武闘会」の話だ。
殺戮武闘会は裏格闘団体の中ではかなりの古巣。
団体規模は中堅といったところで、所属闘技者は男性65名、女性27名。
特筆する点は、ルールなし、審判なし、反則なし、リングなしであること。
裏格闘では最も残虐性が高いと言われている。
血を見たい、という客のニーズに満点で応えられるだけでなく、闘技者の技量も高いため、根強い人気を持つ団体となっている。
「──お前わかってるな?」
そんな殺戮舞踏会のハコで、ある若い男が問いかけていた。
神経質そうな男である。
パリッとしたストライプ柄のスーツを着ている。
背は高く、腕と足はスラっと細く。
腕時計は当然のように高級時計。
髪をオールバックにまとめ。
スクウェア型の眼鏡は気取っておらず。
顔に刻まれた皺は深く、
ひと目見て一般人だとは誰も思わないだろう。
しかして実際に一般人ではい。
名を、
肩書は
広域指定暴力団──つまるところのヤクザである。
惨歯組は三大暴力団仁和会の三次団体。
立場で言えばかなり下だが、業界への影響力はそこそこ持っている。
そこまで成長できたのは、ひとえに男の能力によるものだった。
「……何が?」
「何がじゃねえ。分かってるだろう葉月。次の相手が誰か」
「知らないねぇ」
「知らないだと? あぁ知らないのか、そうかそうか──じゃあ教えてやるよッ!!!」
暗く、狭い選手控室。
打ちっぱなしコンクリートの壁に男のキンキン声がよく響いた。
「18戦10勝8敗」
「雑魚じゃないか」
「まだ俺が話してるだろうが黙って聞けボケッ! ──18戦10勝8敗、その8敗の内訳は、不戦敗だ。ソレ以外は全勝だぞ。しかも全て一分以内に! 一撃でだッ!!!」
「はンッ、それくらいでビビるかよ。私も全勝だろ」
「お前、この前の試合で相手をぶち殺しちまってノーゲームになったばっかりだろうが。期待のルーキーだったのに、二戦目でボロ雑巾にしやがって……!」
暗がりで肩を竦める存在。
葉月と呼ばれた人物だ。
井上の視線が、上を向いている。
一般男性よりも高い身長を持っている。
骨肉量ときたら男の比ではない程蓄えられていた。
その膂力でもって相手を抹殺したのは、想像に難くない。
しかし誤解しないで欲しい。
葉月は女性である。
筋肉質で大柄な男性像を、そのまま女性に置き換えたのが彼女だった。
ここ殺戮舞踏会のトップランカーである。
彼女は
「で、何の使い手なんだ? 柔道か? サンボか? それとも私みてえなボクサー崩れか? まさか空手じゃあるまいに」
「合気道だろう。多分」
「合気道、だぁ?」
くくっ、と漏れた笑い。
嘲笑だった。
そんなものが通用する筈がないと、信じた笑いだった。
「高くくってんじゃねえ。テメェが笑った合気道でここまでのし上がってきたんだぞ。戦績だけで言えばそうでもねえが、実力だけならウチのトップだ」
「へいへい。こいつぁ失礼。──それで? 私はその相手に手心でも加えろってか? 死なない程度に現実を見せてやれって?」
暗がりでも、その眼光は強い。
射抜くような眼差しに井上の背が冷える。
目が、言っていた。
"そんなバカな願いを、私が聞くとでも?"
(知っとるわ、お前が言うことを聞かねえ問題児ってことぁ重々とな……! クソ、クソクソクソッ、誰のお陰で裏を出歩けると思ってんだコラ……ッ!)
無論、口に出せるほど井上は肝が強い訳でもない。
だが今回は幸いにも。
本当に偶然にも。
二人の意見は一致していた。
「いつもなら頭へいこら下げてお願いしてたかもしれねえけどなぁ……今回ばかりは違う」
「へぇ? じゃあ」
「ああそうさ。殺せ。好きに壊せ。気の赴くままに。いや、それこそズタボロに! 親でも判別できなくなるくらいに徹底的に殺れッ!」
「くく……気前がいいじゃないか」
ニィィ、と葉月の口角が深くなる。
高密度の筋肉が喜びのあまりミシミシと軋んでいる。
裏格闘といえど殺しはそれほど容易ではない。
人を殺せば足がつく。
そして、その足を消すのは簡単ではない。
故に葉月は所属してから歯がゆい日々を送っていたのだが──思いもよらぬ朗報だった。
しかも
何とも嬉しい話だ。
非常にヤりがいがある。
「それにしても、シミッたれなアンタがよくまあそんな決断に至れたね。いいのかい? 仮にもトップ闘技者を消しちまっても」
「……お前。ソイツがなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「知るわけないだろ」
「”八百長女”。"北斗神拳伝承者"。"モラルレス"。"糞試合製造機"。”重力魔術師"。"ゴミカスセクハラレズビアン"」
「……ロクでもない名前が多いな」
「実際ロクでもねえんだよアイツは……! 若造の癖して誰彼構わずおチョクってくるわ、やたらと女選手に粉かけるわ、組の風俗無料にしろって脅すわ、勝手に試合休むわ……! そんな奴、いくら強くても要らねえよ! 分かるか、えぇ!?」
「……」
気苦労が絶えない様子に同情したのか、それとも興味をなくしたのか。
葉月は控室を後にする。
暗い控室の先は、より暗い通路だった。
目が慣れると清掃が行き届いていないのが分かる。
ホコリ。ゴミ。傷。落書き。
そして壁や床に残る、乾ききった血。
数えきれないほどの闘技者達の旅路が、そこに刻まれている。
そんな通路を、葉月はどっしりと歩いていた。
彼女のスタイルはボクシングベース。
しかし、素足である。
ステップを重要視するボクシングにおいて、素足よりグリップ力の強いシューズは必須である。
だが、葉月は拒んだ。
あくまでボクシング
その足もまた太い。いや、逞しい。
スパッツを押し上げる大腿四頭筋ははちきれんばかり。
膝から下も、しなやかさと固さが見て取れる。
蹴られればタダじゃ済まないだろう。
しかし、彼女の主体は腕だ。
高密度の筋肉で象られた巨腕。
その先についた、金属のような握り拳。
黒いオープンフィンガーグローブに包まれている。
過去にはその拳で、数十人を病院に送り、その内三名は死亡している。
当たれば折れる。
そういう拳だ。
彼女のラッシュに晒されて、無事な人間はいない。
故にこそ、葉月は登板を忌避されている。
出れば勝利する。
しかし相手は無事ではすまない。
そんな選手と誰がやりたがる?
そんな選手を喜んであてがうとでも?
いくら死を容認する団体とはいえ、登録選手には限りがあるのだ。
だから『葉月ゆう』は疎まれている選手だった。
しかし。
邪魔者を始末するという点において。
彼女ほど有用な駒は、他にいなかった。
暗い通路の先に光があった。
光と共に、音が漏れ出ていた。
喜、怒、哀、楽。
その全てがまぜこぜになった狂気の音楽。
葉月は、その音に吸い込まれるかのように光に足を踏み入れた。
『選手入場だ──ッ!!!』
熱気の籠った空間だった。
中央に5~6m四方のぽっかりと開いたスペースがある。
その空間をぐるりと囲むように観客がおり、血に飢えた観客がギラギラとした目で葉月を見ている。
天井に据え付けられたスピーカーが、ヒビ割れた音で葉月を歓待した。
『東コーナー! 8戦8勝の当殺戮武闘会きってのバーサーカー! 彼女の剛腕で病院送り、いや墓送りにされた闘技者は数知れず! 今日も凄惨な殺戮劇が見られるのか!? 身長182cm、体重89kg! 『怪物』、葉月ゆうううぅぅぅぅう───ッ!!!!!』
「出た! 怪物だ!」「待ってたぞーッ!」
「葉月ッ」「葉月だ!」「仕置人だーッ!」
「葉月ッ」「葉月ッ」「葉月ッ!!」
ワッと観客席が湧いた。
惜しみない声援が葉月に殺到する。
それは少々熱がこもり過ぎているほどだ。
葉月は笑いを隠せない。
あれだけ忌み嫌われていたのに、調子のいいことだ。
どうやら今日のお相手はそれ程までに嫌われているらしい。
なにせ普段ならありえない、コールまであるのだから。
『そして西コーナー! 今日が命日か! それとも一撃必殺か!? 触れたら最後、お前はもう死んでいる! 強さの秘訣はその気まぐれか!? 誰もが翻弄される謎の格闘家、身長162cm、体重52kg! 『重力魔術師』ッ、
「出やがったなぁッ!」「金返せこの野郎ッ!」
「クソ女がァッ!」「毎回セクハラしやがって!!」
「調子こいてんじゃねえぞ八百長女ッ!!」
「死ねッ」「死んじまえーッ」「負けろーッ!」
なるほど、異様な嫌われ方である。
清々しいほどに応援が皆無である。
ここまで嫌われていると逆に興味が湧く。
一体どんな女なのだと。
のっそりと客をかき分けて先に進むと、すでに相手は対面に立っていた。
葉月の第一印象は、本当にコイツが? というものだった。
スーツを着ている。
お洒落も何も無い、就活スタイルの黒スーツだ。
ジャケットの前は留められいない。
パンツスタイルで、動きやすさは最低限キープしている。
体型は中肉中背の若干細いより。
筋肉は必要な分だけつけたという感じに思える。
染めたのだろう。髪は金髪。
ケアはロクすっぽされずに傷んでおり、背中まで届く髪を後ろでゴム紐で結んでいる。
細い目が気怠そうにこちらを見ており。
ジロリと一瞥すると何が楽しいのか、不気味にニヤけた。
まるで、またカモがやってきたと言わんばかりに。
「アンタが”ゴミカスセクハラレズビアン”かい? どんな極悪女だと思ったら、案外普通じゃないか」
「えぇ~普通なんて言わないでぇ~。アタシ~、こう見えても美少女格闘家で通ってるんですけど~」
「何が美少女格闘家だクソ女!」「もう20代だろ!」「鏡見ろボケ!」「毎回ぶりっ子挟むんじゃねえキショいんだよ!」「さっさと死ねー!」「金返せー!」
「──やッかましいお前らッ! 何だかんだいって俺に賭けてる癖して! 後で取り分よこせや!」
ぎゃあぎゃあと客と罵り合う承久を見て、葉月は困惑を隠せない。
……これが? 本当に?
ここ殺戮武闘会は腐っても裏格闘。
酸いも甘いも噛み分ける歴戦の格闘家が集まるこの場所で、コイツが勝ち残ってきた?
到底信じられなかった。
信じられない理由はひとつ。
強い奴からは強い匂いがする。
この承久からは、それが感じられない。
全くと言っていいほど。
ただただ、胡散臭さだけがチラついていた。
まあ強かろうが弱かろうが、やることは変わらない。
いつものようにブチッと潰して、お望み通りただの肉塊に戻してやれば──、
「──なぁ。退屈させてくれるなよ」
「あン?」
「舐めてるだろ? 俺のこと。まあ別に舐めるのは自由だが……それだと一瞬でカタがついちまってつまらないんだよ」
「……あぁ?」
「カスみたいな対戦相手しかいなくて、こちとら退屈してんだ。もうここから抜けようかと思うくらいにはな。だけど、ようやく。ようやく楽しめそうな奴が来た」
ヤツの口角が、更に深くなる。
「親の仇だと思って全力で来い。──足掻けよォ?」
ぶち。
ぶちぶちぶちぶち──!
何の音か、最初気づかなかった。
すぐに、それが自分の血管の音だと気付いた。
(ぶ ち 殺 す)
「葉月ーッ!」「その糞女を殺せー!」「葉月ッ!」
「ぶっつぶせー!」「泣かせてやれー!」「殺せっ」
「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」「殺せっ」
会場を満たしていく殺意。
あがっていくボルテージ。
その殺意がとうとう限界を迎えた瞬間。
「──試合、開始ィィィィィィィッ!!!!!」
葉月は駆けていた。
長い脚を使ったステップ。
3mほど離れていた彼我の距離が一気に迫り、
承久の顔目掛けて右拳が飛んでいた。
よく伸びるジャブだ。
1秒の間に、4発。
その巨体からは信じられないスピード。
しかし承久には当たらない。
全て見切り、上半身の動きだけで避けきっている。
(へぇ──)
葉月は迂闊に飛び込まず、牽制を続ける。
上半身を集中的にジャブ。ジャブ。ジャブ。
当たらない。当たることがない。
だが構わない。
むしろそうでないと困る。
受けたら最後。
その細腕では折れてしまうだけだから。
「速ぇえッ!」「流石葉月!」
「うおー葉月好きだー!」「やっちまえ!」
葉月の拳が更に
長いリーチから繰り出される剛腕は、
ジャブ、ジャブ、フック、ジャブ、ワンツー。
至極真っ当なボクシング。
それが当たらない。当たらない。カスリすらしない。
しかしながら、葉月はそれを続けていく。
「当たらない」を続けることで、得られるものがあるから。
「当てろー!」「何やってんだヘタクソ!」
「承久死ねー!」「殺せ殺せ!」
「うお、おい……」「こっち来すぎだろ!?」
ここにはリングはない。
リングはないが、壁はある。
コンクリの壁。
コーナーポストよりも冷たく、硬い。
葉月はアウトボクシングで、承久を徐々に壁に追い詰めていた。
(やけに素直だね)
壁を背負うこと。
格闘家なら誰だって嫌がる筈である。
しかし承久ときたら、葉月の思惑通りに壁に寄せられ。
反撃もせずにジーッとこちらを見つめるだけ。
まるで品定めをするかのように。
それが不気味だった。
(……動くか)
顔面目掛けた再びのジャブ。
承久は首を傾けて避ける。
それを見越して、葉月の握りこぶしが開き、その肩をしっかりと掴む。
掴めてしまった。呆気なく。
葉月は少し拍子抜けした。
この後にテイクダウンをすれば、おもちゃ確定だ。
だが、本当にそうか?
コイツには合気道がある。
(やってみろよ。私にそれが通用するならな!)
リンゴを軽々と握りつぶす握力である。
肩の骨くらい余裕で折れる。
めりこんだ拳が肩にめりこみ。
骨を折り潰す膂力をもって寝かせ始める。
その直後、
「え?」
がくん、と体から力が抜け。
気付けば承久の代わりに地べたを這っていた。
体重を支えていた支柱が急になくなったかのような、そんな不思議な感覚だった。
呆気に取られた瞬間、視界に星が飛び散った。
後頭部を踏みつけられたのだ。
それも二回。三回。四回──
ストンピングのたびに客席から悲鳴が飛ぶ。
だが、耐えられない程ではない。
意識は全然繋がっている。
生意気な足を掴もうとすぐに手を伸ばすが、抜け目ないことに既に退避済みだった。
「まだ舐めてるだろ?」
相変わらず人をコケにするのが上手だ。
ニヤけ顔を見て顔面に血が上るのを感じるが、努めて抑え込む。
「……あぁ、舐め腐ってるよ」
「な~るほど。だから勢い余って地面を舐めてしまったと」
びきびきびきびき──!
悠々と立ち上がることができたのは、
ならお望み通り、本気で殺ってやるよ。
ウィービングを交えたステップで、ジグザグに近寄る。
ジャブが
先ほど以上に。
最早カスるだけでも致命傷になり得る、死の弾丸だ。
相手はこちらが触れる瞬間を狙っている。
反撃しないのは自分への有効な打撃を持っていないのだろう。
なら組むのは不策。
徹底的に。ただ愚直に。
アウトボクシングで立ち回る。
捕まえたければ捕まえて見ろ。
「はええッ!」「やべえノってるぞ!」
「風切り音がすげえよ!?」「やっちまえー!」
「当たれば一発だぞ!」「葉月ーッ!!」
最初の立ち回りに戻る。
打つ。打つ。打つ。
当たらずとも良いから、打つ。
そして追い詰める。
ちょこまかと逃げてるようだが壁際でも同じ動きが出来るのか?
見せてみろよ。
コンビネーションブローで追い詰め、とうとう壁際。
奴は未だに生意気な笑みを浮かべている。
「調子コキやがって……!」
「おー怖。だがお前さん、追い詰めたはいいけど、この状況でお得意の武器が使えるのか?」
「ヘッ……」
何が言いたいのかは分かる。
コンクリ壁を前にして、十全に拳を振れるのか?
そう言いたいのだろう。
なるほど、だからこそお前は余裕コいてたのか。
……甘いんだよ。
──ごッ!
「っと」
──どごッ!!!
──ごッ!!!
──がヅんッ!!!!
「お。お。お。おぉ?」
ヤツを狙う拳が壁にめり込む。
遠慮も加減のない本気の一撃。
じん、と拳に強い振動が響く。
若干の痛みが節々に染みる。
しかして、耐えられる痛みだった。
「オラ、オラオラオラァ──ッ!!!!」
「痛くねえのかよ!?」「壁に亀裂入ってんぞ!」
「掘削機じゃねえか!」「拳ぶっ壊れんぞー!!」
「やべぇぇえッ!?」「壊しちまえーッ!」
承久も流石に目を見開いている。
自分の拳が壊れてしまってもいいのか?
そう言いたげな顔だ。
……バーカ。壊れるかよ。
私のグローブにゃ、壊すための
「いつまで逃げてんだ!? えぇ!? お得意の合気でなんとかして見なァッ!」
壁際だとやはり行動が制限されるのだろう。
先ほどよりも避ける動きに余裕がなさそうに思える。
しかし……奴の顔は変わらない。
余裕が消えず、むしろなにか別の色が混ざっているようにも思えた。
侮蔑? 嘲笑?
違う。
哀れみだ。
それしかできないのか、という憐憫だ。
コイツ、ここに来てまだ私を見下してやがるッ。
──潰すッ!!!
「壁端まで来たぞ!」「もう逃げ場はねえ!」
「終わらせろ!」「殺せッ」「殺せぇッ!!」
「やっちまえ葉月ィ──ッ!!!!」
とうとう左右と後を壁に追い詰められた承久。
最早、鳥かごの中の鳥だ。
私はとうとう必殺の一撃を繰り出す。
「おぅるるるるぁあああああ──ッ!!!!!!」
溜めに溜めていた右ストレートが放たれた。
狙いは胸部。
受けは不可能。
当たれば肋骨粉砕間違いなし。
最悪、胸骨ごと心臓もぶっつぶれるだろう。
さぁどうやって逃げる承久!?
それとも、この腕を取って投げて見せるかッ!?
(そうするよなァ……!)
大きく腰を屈めて、奴が懐に潜り込む。
そう来ると思っていた。
アタシのこのストレートは流石に掴めないのだろう。
だからこそ、狙っていたこいつが働く。
間断なく放たれた左膝蹴り。
拳と同じくらい強力だぞ?
たっぷり喰らえ──ッ!
──…………!
…………!
……。
あ?
なんで当たった気配が、ねえ?
いや、別の感覚がある。
アイツの手が、触れている?
私の右腕に、這うように奴の手が置いてある。
それが二の腕に移り、肩に移り。
首筋を通って背中を通り。
そして……尻?
アイツ、私の尻を触ってる?
いや、
さらに胸を揉まれた。
掴むんじゃない、揉むだけ。
揉んで
そして、腹筋にも何かが押し当てられる。
熱い。吐息? 奴の顔か?
なんだ? 何がしたい?
そう思った瞬間、
踏みしめていたはずの地面が、消えたように。
浮遊感が襲う。
唐突に宇宙空間に投げ込まれたような感覚。
制御できない。
理由がわからない。
意味が、わからない!
何が、何が起こってやがる?!
混乱を起こす中、私の顔めがけて。
すごい勢いで壁が迫っているのが見えた。
(何しやがッ────………)
そして。
世界から明かりが、消えてなくなった。
「け、け、決着ゥゥゥゥ──ッ!!!!! 試合時間1分2秒ッ!!! やはりこの女ッ、強いッ、強すぎるッ!!! 承久国俊選手、KO勝利ィィィィィッ!!!!!」
「──ふざけるなァァァッ!!!!」「すっげええ!!!」
「テメェエエエエッ!!!」「八百長だぁぁぁッ!!!」
「最後にケツ触る必要なかっただろがァッ!」
「なんで勝ってやがんだボケェェ!」「死ねーッ!!!!」
観客のブーイングが飛ぶ中、承久はひらひらと手を回してその場を去っていく。
葉月は……頭部が壁に突き刺さった状態で気絶していた。
右ストレートが勢いあまった?
それにしてはありえない威力だった。
なにせ顔が完全にコンクリ壁にめり込んでいるのだから。
体重差を屁とも思わない、まさしく圧倒的な実力!
トップ格闘家の葉月ですら手玉に取る手腕に、統括者である井上は頭を抱える他なかった。
彼女の名は
かつて別世界の日本でその名を轟かせた、格闘家。
この物語は彼女のTS転生譚である。
この話はヴァルキュリア立ち上げ4年前の話なので、まだ葉月ちゃんはヒグマに襲われてません。