一勝千金億女 作:ぽぽちん
──例えば右を出す。
ストレートだ。
よく伸びる一撃。
コンマ四秒。
いや、コンマ三秒で届くそれは、鳩尾を深く貫く。
普通なら、一撃で相手を沈めるに足るだろう。
(うーん……だめですね☆)
容易く流された。
腕はあらぬ所に伸び。
勢いのまま地面に転がる自分が見えた。
──例えば足を出す。
カーフキック。
鍛えるのが困難なふくらはぎを狙った攻撃。
当たれば歩行困難になる、強烈な蹴りだ。
普通なら、これで戦意喪失するだろう。
(これもだめかぁ☆)
いとも簡単に転がされた。
軸足が狩られている。
背中を
「だめ。だめ。だめ。だめ。だめ。だめ。だめ。うーん、あれもこれも全然だめだなぁ……」
「姫奈ちゃん、さっきから何考えてるの?」
「ん~~~? ……うーん、秘密っ☆」
「えー、教えてよ~!」
皇桜女学園。
昼休憩中に窓際で
本郷姫奈。
桜色のロングヘアーをさらりと流し、まばゆい星を目の中に宿す、美しい少女。
品行方正。容姿端麗。文武両道。
先生の覚えもよく、クラスメイトからも好かれ、まさに理想のお嬢様を体現した彼女。
彼女を見て、国家転覆を狙うテロリストだと誰が思うだろうか?
「ずっとだよ? 姫奈ちゃん、最近ず~~~っと上の空。ねえねえ教えてよ。あれだったら相談乗るよ?」
「あはは、ごめんね? ありがとう。でも大丈夫。これは自分で考えたいんだ☆」
「……もしかして、恋関係……だったりする?」
「うふふふ……♡」
「あー怪しいー! 教えろこのこのー!」
ここ最近、姫奈は物思いに耽ることが多くなった。
通学中も、授業中も、友達と遊んである間も。
食事中も。入浴中も、それこそ夢の中でさえ。
気付けばその人を考えてしまう。
ひょっとすれば恋と言っていいのかもしれない。
夢中になって考えて、なお持て余すそのお相手。
承久國俊。
素敵な素敵な、自分の想い人である。
(タックルは……うーん、組み付くまでが問題かな~。そもそも承久さん許してくれなさそうだなぁ)
授業中は、勉学とともに承久へのアプローチを考え。
(ジャブの中に六道破天を混ぜるのは……ダメだよねぇ。タメが必要だからバレちゃいそう)
友人と会話をする間に攻撃方法を考え。
(いっそ投げられる前提で捕まる? ……うーん、寝技で動けなくされそう)
電車に揺られる間に戦略を考える。
ああでもない、こうでもないと頭の中でこねくり回す。
しかしどう考えようと、脳内の承久はニヤリと笑い、そのたびに自分を上回ってくるのだ。
こんな事は初めてだった。
いつもならひと目見て予測がついていた。
"この人は遅そうだ。"
"この人は勝てそうだ。"
"この人は楽しめそうだ。"
予測はあまねく全ての試合で勝利を導き、予測に裏切られたことは滅多に無い。仮に裏切ったとしても、それが敗北に繋がることはなかった。
そんな私の予測が、こう言っているのだ。
”この人には勝てなさそうだ。”
(──~~~~ッ♡♡)
震えだしそうになる体を抑えようと、自らの腕を強く握りしめる。
私が、敗北する?
それも完膚なきまでに負ける?
考えるだけでゾクゾクと背筋を電流が走った。
17年間生きてきて、感じたことのない電気信号。
ありとあらゆる手段を講じ、ありとあらゆる戦略で挑み、全神経全筋肉全精神を使い果たしてなお勝てない相手がいる……!
それはなんて悲劇で、なんて喜劇なんだろう!
そして、そんな相手を
体は火照り、唾は溢れ、握りしめていたつり革が、嫌な音を立ててきしんだ。
(あぁ……♡
まるで世界が広がったかのような。
景色に新たな色が混ざったような。
思わず踊りだしたくなるような気分だった。
戦いたい。
早く戦いたい。
戦って、
あの人の技を
そしてあの人の
逸る気持ちを抑えて、姫奈は家路についた。
「ただいまーっ☆」
姫奈の家は、豪邸だ。
とある老夫婦の養子である彼女は、そこで何不自由無い生活を送っている。
不自由無い。
それは文字通りの意味である。
姫奈が望めば、何でも手に入る。
お金も。ご飯も。服も。アクセも。本も。
プロテクターも。グローブも、ミットも。トレーナーも。
そして、
老夫婦は姫奈の願いなら何でも叶えてくれる。
姫奈が
帰宅すると、すぐにトレーニングルームに籠った。
屋敷に特設された広々としたその部屋は、姫奈専用の遊び場である。
今日は要望通り、専用のサンドバックが置かれていた。
解凍したばかりの牛肉、約150Kg。
殴り心地がもっとも人間に近しい、豪華なサンドバックである。
スポーツウェアに着替えた姫奈は、承久がそこにいると仮定して、深く深く呼吸する。
そして、とん、と手で押し、重たげに揺れる肉を静かに見定めた。
(あはっ♡)
不意に姫奈の全身から力が抜け、上半身が崩れ落ちる。
倒れる寸前に両足に力を送り込み、くん、と背筋を伸ばす。
すると倒れ込む筈の体が自然と持ち上がり、間合いが一瞬で詰まり──、
──ドドドドドッ!!!!!
連続する殴打音。
わずか1秒の間に放たれた拳は7発。
成人男性を優に超える巨体が、不自然に跳ねた。
その速度、威力ともに圧倒的である。
しかし、何よりも恐ろしいのは。
殴打した部位が、
両拳には、千切られた肉が収まっており、姫奈はソレを何の感慨もなく捨てた。
「……うーん☆」
しかし、そんな凄惨な結果をもたらした彼女は首を傾げた。
満足いっていない。そう言いたげだった。
確かに凡百の格闘家なら、これで十分だろう。
だけど承久國俊ならどうだろう?
彼女にこんな見え見えの攻撃が、通用するだろうか?
「例えば~……こう?」
肘が
拳に比べて頑丈で、格闘技ではよく禁止されがちな痛烈な打撃。
それも、姫奈の手にかかれば鋭利なナイフと同義。
抵抗もなく、ぞりっ。と肉が削がれた。
「あるいは~……こうとか?」
無拍子で放たれた膝蹴り。
肉にめりこむと、ぼぎゅ、と嫌な音が響いた。
頑丈なはずの牛の肋骨。
それが折れた音だった。
「これはどうかな?」
拳を用いたストライク。
ロシアの格闘技「システマ」が産んだ、厚手の服の上からでも通る、痛烈な打撃。
いわゆる浸透系の攻撃を受け、牛肉がくねった。
「これもいいのかな?」
足先蹴り。
足のつま先を立てた鋭い一撃。
風切り音が聞こえそうなソレが容易に肉を貫き。
足槍が大穴をこじ開けた。
「こうかな?」
バックブロー。
骨が折れる。
「こうかな?」
目突き。
肉が裂ける。
「こうかな?」
手刀。
足が取れる。
「こうかな?」
「こうかな?」
「こうかな?」
「こうかな?」
………………
…………
……
繰り返される試行錯誤。
息を切らすことなく、淡々と繰り返されるそれは1時間を過ぎたあたりで急に止まった。
疲れ果てたのだろうか? いや違う。サンドバックが、原型を留めなくなってしまったからだ
周りには肉と骨が飛び散っており、吊るされた体は無惨にも肉のがこびりついた骨だけになっていた。
「はぁ~……だめだなぁ~っ☆」
そんな解体現場で、姫奈は大の字になって寝転んでいた。
肉体は熱を持ち、肌を撫でる空調の冷気が心地よい。
姫奈は肌に張り付いた髪をかき分けてから息を整え……飽きずに考え続けていた。
(何をしても、その前に対処されちゃうなぁ。不意を打つ手段。ないのかな?)
例えば物陰から襲い掛かる。
例えば武器を使う。
例えば徒党を組んで襲う。
それこそ会話中に。
食事中に。
お手洗い中に。
お風呂中に。
(あるいは……寝ている間に? ……ううん)
それはあまりにも勿体ない。
正面から打ち破ってこそ、下した時の楽しさは何倍にもなるだろうから。
(多分、承久さんはそれでも簡単に対処しちゃいそうだけど……うふふ☆)
まだ出会って間もないのに、姫奈の中で承久はどんどん膨れ上がっていった。
承久は後の先に特化した武術家だ。
まず相手に手を出させ、その隙を狩る。
仮に手を出してしまえば、どんな攻撃だろうと先手を取られてしまうという予感があった。
ゆえに狙うべきは
機先を取り、相手に何もさせない。
そのためには何をすればいい?
(……あ。そうだ!)
姫奈はその場から飛び起きると、ウキウキで着替え始めた。
思いついたことがあるのだ。
彼女がその時、脳裏に浮かんだのは伊織イチカであった。
§ § §
「うぃ~。大漁大漁」
ところ変わって同日昼。
両手に紙袋を抱えた承久が、パチンコから出てきた。
ご満悦と言った表情で機嫌よく。
その足取りからかなり浮かれているのが見て取れる。
……朝の8時から並んだ甲斐があった。
昼過ぎまでじっくり粘って7時間ほど。
勝ちに勝って懐ホクホク。
このままキャバにシケこんでも、
承久は笑みを深めた。
やはり外はいい。
中より退屈だと称した承久だが、その利便性は比べるまでもない。
娯楽は多いし、食事もうまい。
ゆっくり寝れるし、寒さに凍えない。
何よりも目があったら襲ってくるような狂人がいないのが良い。
無論過酷な環境の方が精神は研ぎ澄まされる。
『武を極めるためには時に狂気に身を落とさねばならない』という言葉は正しいが、常に狂気に身をやるのは馬鹿のすることである、と承久は考えている。
"柔よく剛を制す、剛よく柔を断つ。"
人の生き方もまさにこれ。
何事もほどほどに堪能した方がしなやかさが手に入るものだ。
「……ん?」
ふと、承久が足を止める。
見ると街角から男が現れる所だった。
それは体格の良すぎる男性。
身長は190cmはあるだろうか。
ハンティングキャップを被り、グレーのジャケットを羽織っている。
ひと目見て鍛えられた体を持ち、衣服がパンパンに張り詰めていた。
通りがかれば誰しも一度は見てしまう威容に、承久はピンと来た。
「……」
先ほどとは別の笑みを浮かべた承久は、何もなかったかのように歩みを進めてゆく。
男は承久を立ち止まって見つめ、いざ彼女が通り過ぎようとすると、肩を並べて歩き始めた。
「承久圀俊……だな?」
「おう。そういうアンタは呉だよな? なんか用か?」
「少し、足労頂こうか」
「いいぞ。暇だし」
「……剛毅だな。殺されると思わないのか?」
「暗殺者なんだから殺すくらいならこんなに接近してこんだろ。それが武術家相手なら尚更だ」
「……」
「オラ。連れてきたいなら荷物持てよ。女はエスコートするもんだぞ」
「…………」
黙り込んだ男は、押し付けられた荷物を片手に無言で先導する。
進んでいった先にあったのは廃ビル。
あるべき扉がないその場所にずかずかと入っていくと、荒らされているものの、広々とした空間にたどり着いた。
「で。要件は? 俺に告白するつもりならやめとけよ。男にゃ興味ねえんだ」
「貴様がその気なら呉へと歓迎するがな。何、伝えたいことがある」
「伝えたいこと?」
そう言うと、帽子を外す男。
あらわれたのは
肩まで伸ばした黒髪と、黒目だけの瞳。
眉はなく、鷹鼻で、むっつりと引き絞られたその口。
対峙するだけで強い威圧感を覚えるその男の名は『
"鬼哭童子"と呼ばれ、恐れられる、呉家有数の実力者であった。
「貴様への暗殺依頼はキャンセルされた」
「あん?」
「
「なーんか最近大人しいと思ったら……もう諦めたのか。早いなー」
あの姉ちゃん元気? と聞いたが、ホリスは答えない。
どうやら生真面目な男らしい。
「貴様ほどの相手だ。今回に関しては依頼主を責められない……と俺は考える。我々も更に金と時間を貰わないと割に合わない仕事だと認識しているしな」
「ケケケ、幾ら貰ったか知らねえが無駄足だったな」
「いや……そうでもない」
ホリスはジャケットを脱ぎ捨て、首を左右に傾け始める。
コキ、コキ。
小気味いい音がフロアに響いた。
「お陰で勉強になったよ。この家業は呉の強さ故に暗殺成功が当然。しかし今回の件で、我々は敗北を知る事ができた」
「ふーん、そりゃ良かったな」
「だが、貴様のせいで呉一族の金看板に傷がついた」
ホリスは腰を落とし、肩幅に両足を開いて右手をぬぅっと前に出した。
「承久國俊。我々は貴様を許さん」
途端に増す男の無言の重圧。
空気すら震わすその圧力に、承久の笑みは深まるばかりだった。
「おいおい、暗殺はキャンセルって言ってなかったっけ?」
「あぁ。だからこれは八つ当たりだと思え」
「はた迷惑な……だが、歓迎するぜ。最近弱いものイジメばっかりしてて飽き飽きしてたんだ」
同じく、スーツジャケットを投げ捨てた承久は、両肩を回し始める。その動きは待ち切れないと言わんばかりに軽快だった。
「じゃあやろうか」
「あぁ」
途端に訪れる沈黙。
割れた窓からかすかに聞こえる小鳥のささやき。
街中の喧噪がささやき声のように耳に届く。
遠くでは車のクラクションが鳴り響き、
ビル内の雨漏りの音が、ひどく鮮明に耳朶を震わす。
二人は視線を逸らすこと無く睨み合い続ける。
視線の間で
ゆらゆらと陽炎のようなそれは急速に広がり、フロア全てを満たしそうになった、次の瞬間。
「シッ!」
ホリスがまず、突っかかった。
縦拳。
最短距離を突き進む直突きだ。
風切り音が聞こえるそれを、承久は余裕を持って躱している。
だが避けられるのは重々承知している。
右腕から放たれた拳は、即座に軌道を変えてバックブローへ。
回避した承久の側頭部めがけて放たれた。
「ょ、いしょっ!」
「……!?」
するとホリスのバックブローが意図せず加速し、地面と接続するほど下にあった重心が、不意に崩れた。
突如ホリスの眼前に広がっていく地面!
しかし彼は冷静に地を蹴り、その巨躯を自ら回転して着地する。
「──ッ」
間断なく放たれる、肘打ち。
男が放ったソレは、あっという間に承久に迫る。
まるで砲丸が超スピードで迫ってくるような恐ろしさ。
だが、承久は動じない。
視界から承久が瞬時に消えると、ホリスは自らの足首にしなやかな指先が這う感覚を覚えた。
「ムッ!?」
途端に両足が宙を舞い、視界が混雑する。
ホリスは床に激突する瞬間受け身を取り、後転とともに上段回し蹴りを放つ。
ありえない疾さであった。
だが、承久はそんな反撃にほくそ笑み、伸びた膝裏にそっと手を添わせた。
「ほいっと」
丸太のような太い足が、柔腕で流された。
バランスを取れなくなったホリスは再度地面に叩きつけられ、その妙理にううんと唸るしかなかった。
──驚嘆に値する合気の使い手。
──まさか一呼吸の間に、三回も投げられるとは。
「フン」
すっくと起き上がったホリス。
三回も投げられた彼だが、しかしながらノーダメージ。
呉として極限まで鍛えた肉体である。この程度の投げなら、いくら投げられようと蚊ほどのダメージもなかった。
「まあそうよな。お前さんレベルじゃ投げるだけじゃ決着はつかねえ」
「ならばどうする? 尻尾を撒いて逃げるか?」
「まさか。
瞬間、承久の体がブレ始めた。
もともと全身が粒子だったかのように、顔、右手右足、両手、両足が流れ。ふわ、と風に乗ってホリスの周りに撒き散らされていく。
技の名は"
風そのものになった承久を見て、ホリスは今日何度目かの驚愕に包まれた。
──パァンッ!!!!
「ッ!?」
瞬間。
ホリスの右足を強かに打つ、謎の打撃。
一撃を受けた厚手のズボンは穴が空いており。
数瞬の後に肌を青く変色させていった。
(何だ、今のは……!? くッ……!)
続けて放たれる見えない打撃。
それは腕、背中、足、胸そして顔に次々と飛来する。
まるで不可視の鞭だ。
当たるたびに破裂する、痛烈な打撃に苦悶する。
風となった承久の攻撃は全く予測がつかない所から放たれるため、ホリスは何度となくヒットを許してしまった。
「チイィッ……!」
嵐の中で冷静さを失わないホリス。
まずは間合いを取るしかない。
攻撃の正体が平手であるということはもう分かっている。
あとは起こりさえ分かれば、破ったも同然だ。
黒目を凝らし、粒子となった承久を必死に見定めようとするホリス。だが──
「~~~~~ッ!!!!!?!?」
(──見えないッ!?)
飛来する鞭打が、瞬間的に四発、ホリスの顔に叩き込まれていた。
承久は風ではなく、気付けば
『初見殺しで悪いね、おにーさん♪』
"
粒子状の体は最早実体すらなくなり、軌跡だけ残してホリスを取り囲んでいた。
巻き起こる
久しくない脅威との遭遇。
ホリスは額から流れる血を拭い、まずは包囲網から脱出しようとして……再び殴打を受ける。
打たれる。
打たれる。
打たれる。
打たれる。
肌が腫れ、肌が裂け、骨が軋み、
反撃をする暇も与えてもらえず、たまらず亀のように防御するが、承久はこれ幸いとホリスをタコ殴りにしていくばかり。鍛えに鍛えた体が悲鳴をあげていた。
(まるで攻めるときだけ鋼になる空気……!! いいか、落ち着くんだ。よく見ろ。注視しろ。本当に空気な訳じゃない。攻撃する瞬間。それを捉えればいいだけの話……!)
ホリスは縮こまりながらも、その機会を待つ。
打たせるだけ打たせてやれ。
確かに起こりは見えないが、打開策がない訳ではない。
思考を巡らせるホリスはようやく反撃に転じる。
足払いである。
承久の歩法は自分を取り囲むもの。
まずは、あの面妖な歩法を潰せれば──!
太い両足が池面を滑っていく。
しかし来たるべき感触はやはり訪れなかった。
「……ッ!!」
代わりに訪れたのは、承久の膝だった。
速度の乗った飛び膝蹴り。
それがホリスの顔面を撃ち抜いていたのだ。
鼻先が完全に潰れ、少なくない血が舞う。
しかしホリスの戦意は、それで萎えることはなかった。
その強靭な体と鍛えられた首は、膝の衝撃を吸収し、とうとう彼女の足を掴み取ったのだ。
絶好のチャンスがホリスに訪れた。
「やべ」
「──ッ!!!!!」
途端にギリリリッ、と万力のように締め付けられる承久の足。
いくら鍛えられた足とはいえ、呉一族であれば折るのは造作でもない。
嫌な音を立てて彼女の足が軋み、たまらず承久は悲鳴をあげた。
「いデデデデデッ!?!?」
ホリスは足を掴んだまま承久の体を持ち上げた。
さながら一本釣りをしたかのような構図。
足さえ潰せば、こちらのもの。
ホリスは承久をそのまま壁に叩きつけようとした……その瞬間。
承久が足を自らひねり、その両手を地面につけた。
それは逆立ちのような不安定な体勢。
ともすれば足首を自ら破壊しにいくような動きに、ホリスが不審がったが──、
「──なッ!?」
体は急にバランスを失い、高速で地面に叩きつけられてしむ。
その拍子で、せっかく握りしめた手は強制的に開いてしまい、戦況は仕切り直しになる。
まさか
ホリスの顔が歪む。
その顔は、チャンスを不意にしてしまったことへのショックはなく。
自分の予測を軽々と超えてくる相手を喜ぶものだった。
「いっつ~! 女性の足に穴開けるなんてサイテー! ヒール履けなくなったらどうしてくれるんだ!?」
「悪いが、お前だけは女扱いしたくない」
ホリスの全身は最早あざだらけ。
見た目はひどい傷を負っているようだが、まだまだ闘えると戦意を漲らせている。
一方の承久も、足に軽症を負ったが五体満足。
消耗も少なく有利なのは間違いなく承久だろう。
しかし承久は思い上がることなく、相手の出方を伺い始めた。
呉はここからが本番。
"外し"を使われれば、今のようにはいかないだろう。
下手すれば一撃で死にかねない。
(やっぱ、体重も筋肉量も減ったこの体だと打撃系は効果薄いな。確実にダメージを与えるには──そうさな、アレにすべきか)
承久が履いていたパンプスを脱ぎ捨て、歩法をやめてどっしりと構える。
しかして、その両腕だけ
高速に動かしているであろうその腕が空気に溶け、得体の知れない何かを放とうとしていた。
ホリスの第六感がその技の危険性を知らせていた。
しかしながら、今更怖気づくつもりはない。
男は意図して自分の中のスイッチを切り替えようとする。
秘技"外し"。その解放率は脅威の「80%」。
理をも操る圧倒的な武術と人を超えた圧倒的な暴力。
それが今まさに衝突しようとして──
ピピピピ。ピピピピ。ピピピピ。
ピロリロ。ピロリロ。ピロリロ。
──ホリスの上着と、承久の上着からほとんど同時に着信音が流れ始めた。
「……」
「……」
当初こそ無視しようとした二人。
しかし、しつこく鳴らされるスマホに、すっかり気分を毒されてしまったようだ。
ほどなくして構えを解いたホリスと承久は、仕方なく応答を始めた。
「んだよ。今いいところだったのに」
『また女抱いてんのかよ? お前、今日試合って知ってたか?』
「あ? んー……まあ……な?」
『絶対忘れてたろ……いいか、17時にはこいよ。絶対だぞ!』
「えー……」
『おいホリス。爺様が呼んでいるぞ』
「爺様が……?」
『あぁ。なんでも事情が変わったようだ。……まさか殺してねえだろうな?』
「逆にしてやられた所だ」
電話しながら何度も視線を交わす二人。
しかし、すでに殺気立った空気は霧散しており。
二人は渋々とその場を離れるのだった。
ホリスくらいは善戦するっしょ!(妄想)