一勝千金億女   作:ぽぽちん

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第二話「無職ヤクザ警察官+犯罪者」

 かうんッ。

 3つのビールグラスが、小気味よい音を立てた。

 

「まずはお疲れ様ってところだな」

 

「あぁもう、本当にな……」

 

「ウチも疲れたわぁ……」

 

 それぞれがグラスを傾ける。

 一人はぐびり、と喉越しを味わい。

 一人はごくり、と一気に飲み干し。

 一人はちびり、と舌先で楽しんだ。

 

 高級焼肉屋『皇牛苑(こうぎゅうえん)』。

 その個室に、三人の女性が集まっていた。

 

「積もる話は……ありそうだな。特にハナ。お前、惨歯組との交渉どうなったんだ?」

 

 切り出したのは天馬(てんま)希望(のぞみ)

 裏女子格闘団体『戦乙女(ヴァルキュリア)』の創設者兼オーナーである。

 今日もシンプルなパーカー姿で、ダウナー顔を覗かせている。

 

「おいおい。アタシの話も聞いてくれよ? 例の化学兵器でどんだけ気を揉んだと思ってんだ」

 

 その対面に座るはノゾミの親友の一人。

 Tシャツに革ジャンを羽織り、

 ツリ目にギザ歯、髪はポニーテール。

 見た目からして気の強そうな彼女の名は「伊織(いおり)いちか」。

 警視庁少年課の巡査部長である彼女は、元々は組対(暴力団対策課)所属の刑事。しかし手段を選ばないやり方や、ソリの合わない上司を半殺しにしたことで少年課に左遷された経緯を持つ。

 その結果として裏社会や不良たちと悪い人脈を築いたようで、警察への便宜や『戦乙女』への選手の勧誘は主に彼女が担っている。

 

「勿論イチカのも話聞くけどな? まずはウチの話を聞いて欲しいわぁ」

 

 イチカの隣に座るのはもう一人の親友だ。

 腰まで伸ばしたさらりと長い黒髪。

 桔梗(ききょう)柄の美しい着物を自然と着こなし、ほんわか雰囲気を醸す美人。

 京言葉で話す彼女の名前は「美谷(みたに)はな」。

 その肩書は独立系暴力団『神宮寺組』組長。

 元はといえば前組長が愛人に産ませた子供であり、前組長急死の報を受けて半ば無理矢理組長にさせられてしまった可哀想な経歴を持つ。

 前職がクラブホステスであるためか人を見る目に長けており、『戦乙女』では会場やスタッフの手配、集客を担当している。

 

 ビールはそこそこに、ノゾミは早速身を乗り出した。

 

「私のここ最近の悩みはもっぱらそれだよ。それで?」

 

「……姫奈ちゃんがついてきて、ウチと一緒に惨歯組に乗り込んだのは聞いとるやろ?」

 

「まあな。なんか事務所で大暴れしたとか」

 

「最初は大人しくしとったんよ~! 相手の挑発に簡単に乗ってもうて……! しかもその場に同席した相手選手をワンパンでのしてもうたんよ!? そんなの予想できひんよ~!」

 

 ふえーん、と泣きまねをするハナ。

 と見せかけて本当に涙目になっていて実質半泣きだ。

 しかし泣きながら高級肉をてきぱきと焼いていくあたり、根は図太かった。

 

「ケッ、欲張った罰だ。ウチの選手を引き抜こうとしやがって……! メイン闘技者を引っ張ったら、その間にヴァルキュリア(ウチ)を乗っ取るつもりなんだろ?」

 

「まさにそうや~。利権を丸ごと奪い取るつもりまんまんやったわ」

 

「ふざけやがって」

 

 吐き捨てたイチカがビールのお代わりを始める。

 惨歯組はやはり殺戮武闘会(向こう)のトップ選手がヴァルキュリアに移籍したことを妬んでいるらしい。

 まあ……当然の話ではある。

 ヤクザ社会はガッチガチの縦割り社会。

 そして義理とメンツを何よりも重視する性質を持つ。

 いくら選手の意思で移籍したとしても、惨歯組から見れば弱小ヤクザが急に横槍いれたようなものである。相手がケンカ腰になるのは、ノゾミ達も十分理解できた。

 

「……で、結論としては?」

 

「交渉はウチが大分不利。また選手が使えなくなったんやから別の選手も寄越せーって強請(ねだ)ってきとる。勿論やんわり断っとるけど……対処を一歩でも間違ったら抗争になりかねんわ~……」

 

「……姫奈め、恨むぞマジで」

 

 ノゾミがチョレギサラダを大口開けて咀嚼。

 ごくんと飲み込むと、鉄板の上で箸を迷わせた。

 肉の焼ける音だけが部屋に反響し始めると、他の二人もスッと箸を伸ばし、ほとんど同時に高級肉を取り始めた。

 牛タン。

 タレではなくレモン汁をかけて頬張る。

 確かな弾力、そして噛みしめると弾ける感触。溢れる肉汁と柑橘の酸っぱさが混ざり合い、何とも言えない味わいが口内に溢れる。

 美味い。

 途端に全員の顔が緩む。

 イチカなんて、膝を手で叩いて噛みしめていた。

 

「ま。その件に関しては任せろ。アタシにツテがある」

 

「ツテ……組対時代の?」

 

「まあな。丁度いい友人がいるんだ。ちーっと()()()すればいろいろと便宜は図ってくれるだろうよ」

 

 イチカは悪どい笑みをしている。

 一見して心配になる笑みだが、ノゾミもハナもこの笑みを信頼していた。

 彼女がそう言うなら、決して悪いようにはならない。

 どうせ非合法なやり方だけど、多分大丈夫だろう。

 多分。

 多分ね。

 

「そういえばイチカ、大変だったみたいやね?」

 

「お、聞くか? おい、聞いちまうか? 幾らでも話してやるよ!」

 

 ハナが話題を振ると、これでもかと食いついてくるイチカ。

 どうやら相当溜まっていたらしい。

 届いたばかりのジョッキをぐい、と半分ほど飲み干すと、それがさぁ、と愚痴り始める。

 

「──警視庁に化学兵器送りつける馬鹿がいたせいで、ここ最近忙しいったらありゃしねえ。お偉方は今回の件に大喜びなんだが、お陰で周りに目をつけられて余計な仕事ばっかり回されやがる。化学班にはしつこく顔出し要請受けていらん調書書かされるわ、やれ姫奈を今こそ突くべきだって先走る馬鹿を統制しなきゃならんわ……何より周りの見る目がキモすぎる! 同僚ですら掌返しして褒め殺ししてくんだぞ!? アタシの胃に穴が開いたらどうしてくれるんだ、えぇッ!?」

 

「おーおーどうどう」

 

「荒れてはるなぁ……」

 

 ダンダンダンッ!

 ジョッキで机を叩くイチカをなだめるノゾミ達。

 

 何を隠そう、化学兵器を送りつけたのは本郷姫奈である。

 

 元はといえばその兵器は、彼女が所属していた『神の軍勢』のもの。人類救済を名目で日本全土でテロを起こそうとして作り上げたらしい。

 しかし、そんなヤバイ品が団体解散後に紛失する。

 署内では姫奈が秘密裏に所持しているのでは? ともっぱら疑っていたのだが、なんとつい先日。そんなご禁制品の一部を、姫奈はイチカに送りつけたのだ。

 ”戦乙女で楽しい戦いが出来たお礼”。

 ただ、ソレだけの理由でだ。

 とんでもないにも程がある。

 

「……姫奈の家、ガサ入れしたら残りの兵器も出てくんじゃねえか?」

 

「無理に決まってんだろ。神の軍勢の中心人物の癖に公安のマークから外れてんだぞ? 絶対()()が絡んでる。それにだ、ンなことしたらそれこそアイツが何をするか分かんねえだろ」

 

「自暴自棄でテロは嫌やなぁ……」

 

「大体、今姫奈が捕まったらウチが立ち行きならねえしな……」

 

 その後も彼女の愚痴は続いた。

 相当溜まっていたらしい。ああだこうだ、あれがこれでそれでなんだ、と酒を煽っては口角泡を飛ばす飛ばす。そのあまりの勢いにハナもノゾミも同情し、ひたすら聞き役に徹した。

 話してスッキリするなら聞いてやる。

 それが親友の話なら、尚更だ。

 高校からの縁とはいえ、ノゾミ達は互いを大切に思っていたのだった。

 

 しばらくすると、いい感じに酒が回ってきたらしい。

 100g 2500円の焼きたての極上ハラミ肉をハナに食べさせてもらいながら、イチカはぽつぽつと零すように愚痴り続けていた。

 

「ちくしょー……アタシは忙しいんだぞ……何だって没駄繰(ぼったくり)組の捜査もしなきゃならねんだよぉ……」

 

「没駄繰組……?」

 

 ノゾミは、その一言で箸を止めた。

 

「あー……仁和(にわ)会の三次組織やね。でもどうしてイチカちゃんが?」

 

「お前ら知らねえのか? って……知るわけねえか……なんか、そこの経営する風俗店でなぁ──」

 

「風俗店で、大量昏倒事件。だろ?」

 

 イチカのただでさえ細い目が、更に細まる。

 なんでそれを知ってるのか、という顔だった。

 

「先日ニュースでやってたよ。外傷なしで全員気絶……だっけ? ガス漏れ事件じゃねえかって言ってたけど……やっぱり違うんだろ?」

 

「……あぁ。現場検証の結果ガス漏れは検出されなかった。そこの従業員と客、総勢15名は全員人の手で気絶させられてたんだよ。()()()()()()()()

 

 イチカは自分の右手で首元を抑えて、舌を剥いた。

 チョークだ。

 ようするに頸動脈を抑えられることによる失神。

 犯人は15名全員をチョークにより無傷で気絶させたのだ。

 これにはノゾミもハナも驚かざるを得ない。

 

「被害者への聞き取りの結果、原因は金銭トラブルだったそうだ。風俗を利用してた犯人が、精算時にごねて暴れた結果らしい」

 

「あぁ……没駄繰組の系列店はあることないこと言うて値段釣り上げてはるからなぁ……それにしたって暴れすぎやない?」

 

「だからアタシが駆り出されたんだよ。()()()()()()()()()()()()。従業員には空手や柔道の有段者もいた。なのにそれすら無傷で鎮圧しやがったんだ。だから、それこそ姫奈関連じゃねえのか? ガス騒ぎじゃねえのか? って疑われてなぁ……」

 

 ごくり。

 一人喉を鳴らすノゾミ。

 脳裏に浮かぶのは、つい一週間前に中華屋で出会った人物だった。

 

「どうりで惨歯組がピリピリしとる思ったわぁ。うーん、暴友会(仁和会と仲の悪いヤクザ)の差し金やろか?」

 

「勿論ソレは疑った。けど、犯人の顔は誰も見たことないそうだし、そもそも組を名乗らなかった。第一に、事を荒立てるにしてはやり方が丁寧すぎる。普通暴れるんなら怪我上等のハズだろ」

 

「それで犯人の目星は女性で、年は20代ぐらい。スーツ姿で髪は金……か?」

 

「……おいおいノゾミ。お前心当たりあんのか?」

 

「ニュースで聞いたのもあるが……まああるっちゃ言えばある」

 

 ノドカとハナは怪訝そうな顔をし始める。

 ノゾミはジョッキを一気に飲み干し、覚悟を決めたかのように二人を見つめ始めた。

 

「実は私も二人に話したいことがあるんだよ」

 

「そういや言ってたな、景気いい話なんだろうな?」

 

「さっきの話から景気よくなる気がしいひんわ~……」

 

「まあそんなに悪い話ではない……とは思う。話したいのは一つ。新しく専属契約できそうな選手が見つかった。それも、姫奈に匹敵するかもしれねえ奴だ」

 

「マジかッ!?」「マジでッ!?」

 

 修羅場なら数知れず渡ってきた二人。

 心臓に毛が生えてると言っても過言ではない、そんな二人が心底驚いていた。

 それくらい、信じられない話だった。

 あの日本一ヤバイ女子高生に、匹敵する相手がいるなんて!

 

「あくまで"かもしれない"だ。実力はまだ見てない」

 

「あァ!? お前そこが一番重要だろうがよ!」

 

「でもノゾミちゃんが言うんやったら……その素質は十分にあるって事やよね?」

 

「ある。兎にも角にも読みが強い。まるで未来予知してるかのようにこっちの行動を当てられた。姫奈に言わせりゃ……「速い」どころか「速すぎる」っていうだろうよ」

 

 風俗店で無傷で数十名で無力化する実力。

 そして、中華料理屋でこちらを手玉に取った読み。

 その2つがあるだけでも十分だ。

 たとえ姫奈に匹敵せずとも、ヴァルキュリアを盛り上げるにはうってつけだろう。

 

「オイオイオイ……あんま期待させんなよ、えぇ!?」

 

「そういう子が入ってくれるんなら助かるわぁ~、もし姫奈ちゃんより強かったら、姫奈ちゃんも少しは大人しくなってくれるかもしれへんしなぁ……! ……って、あれ。ノゾミちゃん?」

 

「なんだ?」

 

「その話って、さっきの事件とどう繋がるん?」

 

「……」

 

 ノゾミはサッと顔を逸らした。

 とても素早い動きだった。

 途端にハナの顔から、だらだらと冷や汗が流れ落ち始めた。

 

「……ち、ちなみに興味本位で聞くんやけど……その子の特徴って、どんなん?」

 

「女性で、年は20代ぐらいでスーツ姿。髪は金で……」

 

「……いや、あかん。あかんよ。あかんよッ!? その子だけはあかんてッ!? ただでさえ仁和会さんとは微妙な間柄になっとるんよ!? そこに仁和会に喧嘩売った子をウチが匿うなんてしたら今度こそ終わりやで!?」

 

「マジかよ……」

 

 ハナが大慌てで拒絶し、イチカは天を仰いだ。

 しかしノゾミは諦めないらしい。

 ここぞとばかりに力説し始めた。

 

「慌てるなってハナ、まだ犯人だと決まった訳じゃないんだ。それに、姫奈より強いかも知れない相手がどれだけいると思ってるんだ?」

 

「そうは言うけど本当に危ないんよ!? こないな事したら本気で抗争になるかも……!」

 

「分かってる。けど私はこれしかないって思ってんだ……! 私が姫奈に狙われてるのは知ってるだろ!? ソイツがウチに入れば、姫奈の標的から外れるかもしれないし、うちの人員不足解消にもつながる。そして、もしかしたら儲けもガッツリあがるかもしれないんだぞ!?」

 

「ああもう……! イチカちゃんも何か言うたって!?」

 

「……」

 

「イーチーカーちゃーんー!?」

 

 何事か考えているようだ。

 イチカはハナに揺さぶられながら目を瞑っている。

 ……しばらくして彼女の目が開くと、じっとノゾミを見つめ始めた。

 

「ソイツは本気で姫奈に匹敵するのか?」

 

「自信を持って言える」

 

「お前よりも強いのか?」

 

「ソレはもう、間違いなくな」

 

「……そうかよ。じゃあ好きにしろ」

 

「ありがとう」

 

「好きにしろ、って……えぇ? イチカちゃんどういう事!? 入れるってこと!? あかんってー! ウチの胃が破けてもええん!? 最悪コンクリ詰めになってまうんよぉ!?」

 

 どうやらイチカはノゾミの判断を尊重するらしい。

 それが損得勘定の結果か親友を思っての行動かは不明だが、イチカの身内への世話焼きっぷりはノゾミ達も知るところだ。恐らくは後者なのだろう。

 イチカはあっけらかんとした表情でハナの背を優しく叩き始めた。

 

「ハナ、腹を括れって。毒喰らわば皿までって言うだろ? もう姫奈っていう猛毒蛇がウチにいるんだ。もう一匹ぐらい増えたところで大して変わらねえって」

 

「絶対変わるってぇッ!?」

 

 うわあん、と再び泣き始めたハナ。

 説得するために、ノゾミがハナが大好きな日本酒を注文しようとしたところ、今一度イチカが口を挟んできた。

 

「ノゾミ。分かってると思うが早いウチにソイツの実力を測っておけよ」

 

「あぁ。次の試合はすぐ近くかも知れないしな」

 

「そういうことだ。あと、そいつの名前は?」

 

「承久國俊だ」

 

「じょうきゅう……?」 

 

「珍しい苗字だろ? 何となく男っぽい感じだが、本当に女だぞ」

 

 ノゾミの言葉を聞いてないのか、イチカは名前を反芻していた。

 それはまるで記憶の隅に引っかかるものがあるような、そんな素振り。

 ノゾミが首を傾げていると、イチカは何でもない、と首を振った。

 

「まあ……とやかく言うつもりはねえが、お前が呼ぶんだ。お前が世話しろよ? こっちはこっちで事件が沈静化できねえか狙ってみる」

 

「助かるよ。……ほらハナ、酒来たぞー。飲まねえのかー?」

 

「飲むわあほおおおぉぉぉ──!!!!」

 

「おー、付き合うぜハナぁ! ノゾミ、お前も飲めよ!?」

 

 こうして三人の夜は、どっぷりと更けていく。

 三人はどこまでいっても崖っぷちだ。

 だが、描かれる未来は明るく見えて仕方がないのだった。

 

 

 

 

(──承久。聞いた名前だ。確か、数年前……いや十年前くらいに、事件を起こしてなかったか? ()出身の奴がヤクザ事務所を壊滅させ、殺し屋を返り討ちにした事件……その時の容疑者に似たような名前があったが…………調べてみるか。警察のお偉方も、そろそろ(マルトク)ファイルの閲覧を許してくれるようだしな)

 

 

 

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