一勝千金億女   作:ぽぽちん

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第三話「レズと呉」

 眠ることを知らない、夜半の繁華街。

 ネオンぱらりと散らされた光の街では、様々な人が行き来していた。

 

 ホステスを連れた恰幅のいい男がいた。

 酔っ払ったサラリーマンがいた。

 笑顔で客引きするアルバイトがいた。

 ホストに絡まれる女がいた。

 飲み会ではしゃぐ大学生がいた。

 ドレスを纏い客を品定めする女性がいた。

 

 そんな賑やかな大通りから少し脇道に逸れると、ぐっと光量が減り、人通りも減る。

 そんな通りにあるのは怪しげな店ばかりだ。

 エステ。サロン。スナック。

 ソープ。パブ。マッサージ。

 そして雑居ビルに乱雑に詰められたそんな店の一つ。

 ”オルレーヌ”という店から、ある人物が出てきた。

 その内の一人は、スパンコール入りのドレスを纏うコギャル。

 もう一人は、金髪スーツ姿のニヤケ顔の女性だった。

 

「マジお姉さんテクニシャンだった~、ねぇねぇ。また来るよね?」

 

「にょほほほ、また暇あったら行くわ~」

 

「マー? ほんと来てよねっ! 私待ってるよ!」

 

 ぎゅっと両手を握られて鼻の下を伸ばしてるのは、金髪スーツ女である。

 これ以上なく、だらしない顔をしている。

 女がコギャルの頬にふざけてキスをすると、キャー!と黄色い声があがった。

 

「んじゃまたな~」

 

「ばいばーい!」

 

 そうして店を後にする女。

 またの名を、承久國俊。

 強さを探求する求道者であり、その傍らで女漁りをするモラル激低女である。

 

 天馬希望にスカウトされてから、いやスカウトされる前も風俗街に入り浸っていた彼女である。

 最近はレズ風俗にドハマリしてるようで、様々な店に顔を出しては女に溺れている。

 また無駄に恵まれた格闘センスをスケベに活かして、どんな相手でも満足させるスキルを身に着けている。

 お陰で嬢からの逆リピート率は非常に高い。

 アフター誘われたり、飯を奢ってもらったりもして、日々面白おかしく過ごしていたのだった。

 

「いや~、女の体……最初は微妙だと思ってたがいいなぁ~。何回イっても体力の限り楽しめるのは最高だ」

 

 ジャケットを肩にかけ、ニヨニヨと不気味な笑みを浮かべて歩く承久。

 実を言うとこの女、元は男である。

 正確に言えば、()()()()()()()()()()()()

 前世では裏社会で暴れに暴れ続けた承久。

 老衰で死んだ後、どこの神様の気まぐれか、承久はこの世界に生まれ落ちていた。

 当初は非常に驚いていた承久。

 しかしその切り替えは非常に早かった。

 素早く世界に順応すると同時に、前世の記録──終生を格闘家として捧げた、その知識、経験──を体に馴染ませ。

 気付けば向かうところ敵なしの、クソレズ格闘家になっていたのだった。

 

「とは言え……男の快楽とは全然別モンだな。たまには息子が恋しくなる」

 

 股間を撫でてごちる承久。

 女の身になって真っ先に承久が悩んだのは、男に抱かれるべきかどうか、であった。

 何度も言うが、元々は男なのだ。

 転生したとしても当然精神は男のまま。

 ソッチの気は勿論ないので「抱かれるよりは抱きたい」と女ばかり抱いていた彼女。

 ”折角の機会だし、抱かれてみてもいいかも”

 そう考えて早25年。

 すっかり処女をこじらせてしまった。

 

「……今更抱かれずともええか。やっぱ美人美女だな」

 

 革靴の音が狭い街路を反射する。

 だんだんと、まわりから人の気配が薄れていく。

 承久の足取りは確かなようだが目的がなさそうに見え。

 故意か偶然か、どんどん人気のない暗がりに進んでいた。

 

 そうして。

 とうとう承久は裏路地にたどりついていた。

 

 ビルとビルの狭間。袋小路にぽつんと開いた、空きスペース。

 バスケをするには手狭だが、数人がたむろするにはうってつけの場所。

 どう考えても用向きはなさそうなソコに、承久は立ち寄っていた。

 

「──おら。隠れてねえで出てこいよ」

 

 背後に向かって声をかける。

 すると何秒かして、ぞろぞろと何人もの足音が鳴り響いた。

 

「ケッ、自分から捕まりに来たって訳か?」

 

 振り返り見れば、ずらりと並ぶ十人ほどのイカニモな男達。

 堅気には見えない、柄物のスーツを全員が着ており、何だか物々しい道具まで握っている。

 

 野球バット。

 ナイフ。

 短刀(ドス)

 アイアンナックル。

 袋棍棒(ブラックジャック)

 スタンガン。

 

 多種多様な武器達が、宵闇の中で光っていた。

 

「ヒュ~。物騒だねぇ。それで俺に何の用?」

 

「ここまで来てとぼける必要があるのか?」

 

 群れの中からリーダー格と思われる存在が前に出る。

 その男は、没駄繰組の若頭だった。

 スキンヘッドで顔に大きな傷があり、いかにも暴力団です、という顔つきをしている。

 

「いやぁ。俺っていたるところで恨まれてるからさ。どこのどいつの話か分からねえんだよね」

 

「気狂い女が。テメェ、この前「ヴェロニカ」でウチの店員に暴力働いた挙げ句、金を払わずに逃げただろうが」

 

「……あぁ~アレね。はいはい。いや、ありゃ正当防衛よ。だって2時間で1万円ぽっきりっつーから入ったのに、いざ払おうと思ったら十万円って言うんだぜ? 流石にボリすぎ。あんなの誰だって暴れるだろ」

 

「ワレ、オプション色々つけとったろーが。それを後であーだこーだ言うんは恥ずかしくないんか?」

 

「そもそも生きてるのが恥ずかしい、お前ら暴力団に言われたくねぇなぁ」

 

「……それが遺言でいいんだな?」

 

 若頭が顎でさすと、男たちが承久にゆっくり迫る。

 彼らは組の戦闘員である。

 どの男も承久より背が高く、体格が非常にがっしりしており、格闘技出身や軍隊あがりが複数人混ざっているようだ。

 

 全国ニュース(メジャーデビュー)でメンツを潰された没駄繰組である。

 確実かつ徹底的な報復のために、わざわざ過剰と思える戦力を呼び寄せていたのだ。

 

「ったく、チンピラってのは生き方にはプライド無いくせに、なんでメンツだけは異様に拘るのかねぇ……」

 

「よう回る口だのぉ……決めた。テメェは風呂に沈めるなんて生優しい真似はしてやらねえ。四肢を切り取って臓器(モツ)抜いて、ヘンタイに売りつけたるわ。自分の所業を悔やみ続けろボケ」

 

 すでに男達と承久の距離は、数mもなくなっていた。

 だというのに、承久は構えない。

 両手をポケットに入れて、ニヤニヤ笑いのまま。

 それが気に入らなかったのだろう。

 まずは余裕を崩してやると、先頭のナックルをつけた男が、襟を掴んで殴ろうとする。

 あっさりと襟を掴まれた承久を見て、若頭はチッと舌打ちする。

 素人が、イキりやがって。

 承久の運命を悟り、タバコに火をつけ始めると──、

「ギャッ!」

 ──思った通り、悲鳴が聞こえてきた。

 そして、肉をしたたかに殴りつける音も。

 次に聞こえてくるのは命乞いか、さらなる悲鳴か。

 ふぅー、と一息ついてから視界を戻すと、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「……あ?」

 

 承久は先ほどと同じ姿勢のままで。

 何故か、男の方が彼女の足元でボロボロになって倒れていたからだ。

 

「テメェ、調子乗るんじゃねえ!」

 

 ナイフを持った男が躍りかかる。

 しかし承久まであと少し、という所でガクンッ、と急に痙攣し、その場で倒れ込んでしまう。

 その喉には指先大のへこみがくっきりと残っていた。

 

「ゴラッ、死ねコラァッ!!!!」

「何しやがったワレァ!?」

 

 ドス、ブラックジャック持ちが同時にかかる。

 しかしドスを持った男は正反対の方向に吹っ飛ばされて伸び。

 ブラックジャック持ちは曲芸のように空中回転して、承久の背後の壁にぶちあたった。

 

「は? え? あぁ?」

 

 若頭が眼前の光景を理解できない間も、承久による無双は続く。

 

 スタンガン持ち。

 横回転して壁に突き刺さる。

 鉄パイプ持ち。

 自分の顔にパイプがめり込んで気絶。

 チェーン持ち。

 地面に顔を押し付けられて動かなくなる。

 拳銃持ち。

 発射前に分解されて、両腕と両足の関節を外される。

 

 素手でかかろうが、武器でかかろうが、結果は鎧袖一触。

 傍目では何もしていないのに、気付けば相手が倒れている。

 まるで狐に化かされているかのような光景だった。

 

「もう終わりか?」

 

「あ……あぁ……あああ」

 

 既に承久は若頭の目と鼻の先にいた。

 背後には、下っ端達の死屍累々。

 百戦錬磨の若頭も流石に規格外すぎて、言葉もあげられなかった。

 なんなんだ……何だよコイツは!?

 

「ひぃッ」

 

「あ。逃げた」

 

 へっぴり腰で逃げる若頭を、承久は歩いて追いかける。

 まるでシャチが、獲物をいたぶるように、じっくりと。

 若頭は息を切らしてほうほうの体で逃げるが、その足音は決して途切れない。

 

「おーい、どこ行くのー。おじちゃーん」

 

 路地影に隠れた男。

 懐から慌ててスマホを取り出し、どこかに連絡をし始める。

 

「クソッ、な、なんだアイツッ! なんだアイツは! 畜生ッ!!!!」

 

「おじちゃんどこ行くのっ」

 

「ひぃッ!?」

 

 距離はあった筈なのに気付けば先回りされた若頭。

 驚きのあまり腰が抜けたのか、その場でヘタりこんでしまう。

 

「さっきまでの威勢はどしたんでちゅか~? 俺の四肢をもいで臓器抜き出してヘンタイに売るんじゃないんでちゅか~?」

 

「くくく、クソッ、早く出ろッ! でろぉッ!」

 

「頼みの綱は来ないのかな~? じゃあやっちゃおっかな~?」

 

 承久は心の底から笑顔を見せている。

 楽しそうにパキ、ペキ、とわざわざ両手から音を立てている。

 まるでこれから殺戮劇が始まるよー、と言いたげなポーズだ。

 若頭はすっかり怯え、脂汗を流して携帯に吠え続けるばかり。

 大変滑稽で結構なことだ。

 さて、まずは腕でも折ろうかしら。

 そう考えたところで何事か勘付き、承久はその場からステップ。

 すると、先程まで立っていた場所に黒い矢が突き立っていた。

 

「クロスボウか」

 

 じろり。

 暗がりを睨むと、その先から軽やかな声が響いた。

 

「ご連絡ありがとうございますー。ターゲットはこの人でー?」

 

「そそ、そうだ! ソイツをぶっ殺せ! 何をしたっていい!」

 

「ちょっ早で来たのと、ちょーっとお相手さんが強そうなんで、別途追加料金発生しますが構いませんかー?」

 

「何だって良い! 殺せぇ!」

 

「りょーかいですー」

 

 その一言を受けて、暗がりからゆっくりと姿を表す。

 それはどこにでもいそうな若い女性だった。

 年頃は大学生ぐらいだろうか?

 Tシャツ、ホットパンツ、そして黒タイツ。パンクファッション風の服を着こなしているその女は、右手にクロスボウを下げ、左手にスマホを持っていた。

 黒髪ショートヘアーで、丸いサングラス、耳には十字架のピアス。

 目元はぱっちりと大きく、快活な雰囲気を漂わせる。

 唯一特徴があるとすれば、()()()()()

 カラーコンタクトでもつけているのだろうか、黒目と白目の比率が常人とは逆転していた。

 

「ということですので、恨みはないですが殺されてくださいー」

 

「その目……(くれ)一族か?」

 

「あれー。ご存知でしたかー?」

 

「あぁ。()()()()()()()何回か会ったことがある。ヤりあうのは久々だ」

 

 呉一族。

 

 それは「禁忌の末裔」の名で知られる暗殺集団。

 飛鳥時代より数えて、1300年続くという非常に古い歴史を持つ一族。

 白地と黒地が反転したような目が特徴で、一族の人間は例外なくこの風貌をしている。

 また呉一族は時代ごとに最新の武術を導入しつつ、高名な武術者の血を積極的に取り入れる、いわば品種改良を行ってきた結果、生まれながらにして強靭な体を持つ習性を持つ。

 

「そうですかそうですかー。では是非噛み締めて死んでいただければー」

 

 日常に暗殺が組み込まれた一族である。

 表情、トーンは日常会話のそれと変わらないのに、濃厚な気が承久に向けられていた。

 それは一般人なら対峙しただけで動けなくなるほどの殺意。

 少女はクロスボウを装填すると、構えたまま肉薄し始める。

 

「遠距離戦じゃねえのかよ」

 

 くくっ。

 承久が楽しそうに笑うと、すぐに射出される矢。

 音もなく飛来したソレは、承久の胴体に()()()()()()()()()

 いや、突き刺さったかのように見えただけだった。

 最適化された回避動作が、すり抜けたかのように錯覚させたのだ。

 

「どの道、貴方ほどの実力者だと遠距離は効かないと思いまして―」

 

 クロスボウを投げ捨て、暗殺者が取り出したのはスタンバトン。

 高圧電流を流すチタン警棒である。

 触れれば動けなくなるばかりか、激しい光で瞬間的に視界を奪う、厄介な武器だった。

 闇夜に瞬く電流が裏路地を明滅させ、二人の影を色濃く象る。

 

(手慣れてやがるな。流石は呉ってところか)

 

 ──ふぉんッ、ふおんッ!

 

 光の軌跡を残して振るわれる、一触即気絶の凶器。

 決して大振りにはしない、ショートな動き。

 それは急所を狙ったものではなく、どこかしかに当たる事だけを狙っている。

 故に承久は大げさな回避を取らざるを得ない。

 だからこそ相手も、その回避にあわせて肘や蹴りで牽制を入れてくる。

 非常に理にかなった、洗練された動きだった。

 

 とはいえ。

 その程度で詰まされるほど、承久は浅くはないのだが。

 

「やっぱり当たりませんねー」

 

「こっちはこのまま朝まで逃げ続けてもいいんだぜ?」

 

「暇ではないので付き合いませんよー……むーん、やむを得ませんかー」

 

 すると、今まで以上に間合いに入り込む暗殺者。

 それは大振りで、防御を考えない一撃。

 あまりにも隙だらけだった。

 なら好きに投げさせてもらおうと考えた承久だったが──次の瞬間、背筋がピリついた。

 "何かヤバイものが来る!"

 直感に従うままに間合いを取ると、それは起こった。

 

 ──ばぢンッ!!!!!

 

 暗殺者の半径数m内で起きる、局地的な大スパーク。

 スタンバトンを中心にして起こったそれは、裏路地を一瞬だけ昼間に変えた。

 まばゆい光の中、承久は少女の全身が電流に蝕まれる姿を見た。

 

「オイオイオイ……」

 

 たちまち周りに漂う、肉と繊維がコゲる臭い。

 その不快さに眉をひそめる中、自爆した暗殺者は目尻に涙を浮かべるも、ケロりとしていた。

 

「けほっ……バレちゃいましたか」

 

「よもや自爆特攻かますとは……お前さんドMか?」

 

「ただ慣れてるだけですー。貴方も一度食らってみたらどうですか? 案外痛くないかもですよ?」

 

「御免(こうむ)る」

 

「痛いのは一瞬だけですのにー」

 

 バチバチバチッ。

 再び電気を放出する暗殺者に、承久は後ずさる。

 承久とて攻撃するには相手に触れざるを得ない。

 しかし触れたら最後、電流が流されて動けなくなる。

 なるほど見事な格闘家対策である。

 手立てはないのだろうか?

 承久はしかし、そんな窮地を前に不敵な笑みを浮かべていた。

 

「確かにその攻撃、凡百の格闘家には効くかもしれねえが、俺には効かねえぞ?」

 

「またまたぁ、そんな強がりをー……え?」

 

 じりじり、とにじり寄っていた暗殺者。

 しかしその動きがすぐに止まり、顔色が変わった。

 何が起こったのか、理解できない顔だった。

 

「腕、手……え? なんでバラバラ……?」

 

「どうした? 俺の手がどう見える?」

 

 後ろから戦闘を見守っていた若頭も、承久の姿を見て開いた口が塞がらなかった。

 左半身は変わらず、右半身だけが()()()()()

 右足は、まるで引き延ばしたかのようにあらぬ位置に存在し、右腕はそもそも肘から先がなくなっているように見えた。

 脳の予測を大幅に上回る動きが、認識の誤認を生んでいたのだ。

 それはまるで部屋を飛ぶ蠅を、急に見失うかのように。

 

「大した大道芸ですねー……キモいですー」

 

「大道芸かどうか、試してみたらどうだ?」

 

「……」

 

 挑発された暗殺者は、不思議な動きをしている承久に飛びかかる。

 肩口を狙ったバトン。

 しかし全くといっていいほど抵抗なく承久の体を貫通。

 そのまま2回、3回と振り回すが、残像を空しく素通りするだけ。

 まんまと虚を掴まされている。

 初めて暗殺者に焦りの顔が生まれてくる

 左手、右手、獲物をスイッチして攻撃しても掠りもしない。

 ならば、と今一度自爆を試みる暗殺者。

 バトンのスイッチを入れ、電子音がか細く鳴り始めた所で──

 

 ──ばっっちいぃぃぃんッ!!!

 

「うわぁッ!?」

 

 たまらず叫ぶ少女。

 武器を握る右腕に、異変が起きた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 同時に勢いよく、上に弾かれる右腕。

 思わぬ衝撃に手からバトンが離れ、どこかに飛んでいってしまう。

 

「やっぱなぁー。その自爆攻撃、溜めがいるんだろ? スイッチ押してから発生までラグがある」

 

「……ッ」

 

「さぁこれでビリビリ攻撃は出来ねえぞ。どうすんだ姉ちゃん? ん?」

 

 青ざめる暗殺者。

 彼女が青ざめたのは、武器を奪われたから、ではない。

 自分の右腕を見たからだった。

 

(な、なにこれぇー!?)

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 あの一瞬で、どうやったらこんな事が出来る!?

 コイツは一体どういう何者なんだ!?

 全身に鳥肌が立って仕方がない。

 ひょっとしたら雷庵(兄様)にも、匹敵する実力なのでは?

 まさかここで、殺されてしまうのでは──!?

 そう考えた瞬間、彼女は全力を出さざるを得なかった。

 

「フウウうぅぅあぁッッ──!!!!」

 

 空手の息吹に似た呼吸の後、少女の体が不自然に脈動し始める。

 血管が全身に浮き出て。

 筋肉は隆起し。

 目は充血し。

 全身がはち切れんばかりにパンプアップしている。

 穏やかな草食獣の雰囲気が、瞬く間に荒れ狂う肉食獣へと変貌していた。

 

 "外し"。

 

 呉一族のみが行える、秘伝の技。

 脳のリミッターを自分の意志で外し、パワーとスピードを得る禁技である。

 

「へぇ。これが、本家本元の"外し"ってやつか」

 

「よくご存じですねぇッ! では、これからどうなるかもお分かりでしょうーッ!」

 

 虎のように限りなく身を屈め、その有り余る脚力で肉薄した少女。

 無手の心得もしっかりあるようだ。

 流れるように打ち込んでいく殴打、蹴技は美しく、その継ぎ目は見当たらない。

 一般人はおろか、プロの格闘家でもその攻撃を見切るのは至難の業だろう。

 だが。承久はやはり動じていない。

 ゆらり、ふわりと少女の周りを歩けば、その全てを柳のように躱し続ける。

 脳が錯覚を起こす、独特な歩法で相手を翻弄し続けているのだ。

 

 当たらない。

 当たらない。

 当たらない。

 当たらない!

 当たらないッ!?

 

(なんで、なんで捕らえられないのー!?)

 

「外しっつーのはようするに『火事場の馬鹿力』を狙って出す技だ。そうだろ? けど、それで恩恵を得られるのは身体能力の向上だけ。脳の回転があがる訳じゃねえ」

 

 直打ち。蹴り。裏拳。ロー。目突き。

 渾身のコンビネーションが全て空を切ると、万策尽きたと考えたのだろう。

 我武者羅に攻撃しようとする呉の少女。

 その結果は火を見るより明らかだった。

 勇み足が見事に払われたと思えば、呉の少女は勢いよく地面に叩きつけられていた。

 

「ぎッ!?」

 

「俺には通用しねーよ」

 

 即座に叩きこまれた首筋への一撃。

 それは意識を刈り取るには十分だった。

 

「……まさか呉が出てくるとはな。でもあんま大したことねーな。実力はピンキリなのか?」

 

 ぱっぱっと服についたホコリを落としながら相手を見下ろす承久。

 確かに、見たところ現役女子大生のようである。

 暗殺者として若すぎるというのはあるかもしれない。

 承久はじろじろと倒れた暗殺者を観察する。

 

 ……うーん、結構いい体してるな。

 胸も大きいし、太もももいい。

 襲われたんだし、ちょっと味見してもいいかも。

 無防備な体に手を伸ばそうとして、ふと思い出す。

 

「あ。そういやヤクザのおいたんどうしたっけ」

 

 本当に存在を忘れていた承久。

 ギヌロ、と先ほどまでいた場所を見てみると──いない。

 とっくのとうに逃げ出してしまったらしい。

 

「チッ、先にボコしておけばよかった。不完全燃焼ー」

 

 まあそんなこたぁどうだっていい。

 まずは目の前の生焼けJDを楽しむべきだ。

 承久は彼女を担いでどこかにシケこもうとして……気づく。

 腰のバックル。

 そこについたランプが、謎に点灯している。

 これってもしかして──

 察すると同時に、周りを覆う殺気が急に増えていくのが分かった。

 

「抜け目ねぇな。仲間を呼んでやがったか」

 

 なるほど。プロフェッショナルだ。

 その手際の良さに思わず拍手したくなった。

 

「なら味見はお預けだ。じゃあな、生コゲビリビリJD」

 

 最後に暗殺者の尻をひと撫ですると、承久は足早にその場を離れるのだった。

 




 呉の暗殺者は本作オリジナルです。
 呉っていっぱい居るし……いいよね?

 呉 譜闇(クレ フアン) 19歳。
 私立大学に通う現役女子大学生。趣味は暗殺、飲み歩き。好きな物はクロスボウ。
 暗殺は9歳でデビューし、率先的に暗殺の仕事を行うやる気のある子。
 快活で思いやりがあり、とても優しい子だとは兄弟の談。
 大学のテニスサークルという名の飲みサーでお持ち帰りを狙った先輩を全員ぶっ潰すほどの酒豪でもある。
 外しの開放率は22%と控えめ。
 ちなみに本人の暗殺成功率は85%。(他の兄弟のサポートありなら100%)
 今回明確に黒星をもらい、しばらく凹むことになる。
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