キーカードを抜いたらデッキにブチ切れられた件   作:小名掘 天牙

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オレ様のちんこを返せ!!

(……え、金縛り?)

 

 それは、本当に突然の出来事だった。

 大学進学のために地元を離れて、一人上京してきてから一週間。新入生向けのガイダンスや履修登録なんかも終わり明日が初めての土曜日という夜、少し浮足立つような気分で早めにベッドに入ったところで、ぼくは突然胸を押し潰す様な圧迫感に襲われたのだった。

 最初は引っ越しなんかの慣れない作業で疲れが出たのかななんて思ったけど、よくよく体の上の感触に意識を向けてみればその圧迫感とは別に首元に伸びてくる別の違和感があった。

 

(……まさか、幽霊?)

 

その事に気付くと今度は別の可能性が脳裏を過ってくる。まあ流石に現実的じゃないし、そもそも契約の時に事故物件という説明がされてない時点で有り得ない話なんだけど。

 

(ってなると、うわぁ……)

 

そうして導き出された最後の結論に、ぼくは内心絶望的な気分になる。

 こんな真夜中に他人の家に侵入して住人に馬乗りになり、あまつさえその首に手を掛けようとしてくる人間なんて、強盗か性質の悪いストーカーくらいしかいないだろう。そして、ぼくがここにやって来たのがつい先日と考えれば、自ずと答えは一つに絞られることになる。それはつまり、ぼくが今置かれた状況が、幽霊なんかよりも遥かに絶望的であるということを指していることになるんだけど……。

 別にそんな人様に自慢できる様な人生を送ってきた訳じゃないし、何なら殆ど惰性みたいな形で進学と上京を決めた訳なんだけど、そんな人間でもそんな人間なりに好きなことややりたいことはあったし、何なら上京先からならそこまで遠くない首都圏にも行ってみたいところは沢山あった。それが退屈なガイダンスを受けたくらいで何も出来ずに御仕舞いなんて、流石にあんまりじゃないだろうか。とはいえ、文句を言っていても始まらないのは事実。まずは抵抗の方針を決めるためにも、ぼくの絞殺を企てた強盗犯の姿を拝むために、重く閉じた瞼を開くのだった。

 

「……は?」

 

そして、その瞬間視界に飛び込んできた絞殺犯の姿に、ぼくは我ながら間抜けな声を漏らしていた。

 最初に認識出来たのは白い肌だった。それも、いっそ病的なほどのそれは誰一人踏み入ったことのない雪原の様で、更に天辺からは癖一つ無い射干玉の長髪が清流の様に流れ落ちていた。まるで高価な日本人形を思わせる色彩の人影は、けれど、純和風な風貌とは裏腹にやけに派手な装いをしていた。

 スパンコールやビーズ、ラメといった煌びやかな装飾に彩られた、色鮮やかなハイカットのそれは服というよりも演劇か何かの衣装みたいで、容姿とは大きなギャップが感じられた。

 

 

けど、そんなことは全てどうでも良かった。

 

 

 ぼくが絶句したのは予想外の風貌でもなければギャップのある意匠でもなくて、そんな彼女が浮かべる表情にだった。

 吊り上がった双眸に血涙が噴き出そうな血走った眼球。蟀谷には青筋が浮かんでいて、耳元まで裂けた口元からは噛み締められた剥き出しの歯が覗いていた。

 

―あ、キレてる―

 

一目でそう理解させられる表情を浮かべた彼女はわなわなと小刻みに震えていて、その激情はいつぼくの頸に掛けられた手に向かうかも分からなかった。

 

(幽霊? ……じゃ、ないよなあ。流石に)

 

あまりにも強盗ではありえない格好と表情に思わず一度却下した可能性を引っ張り出してみるものの、やっぱりその可能性もありそうにない。そして、湧いては消える可能性に悶々としているぼくの上で、その女子プロレスラーっぽい恰好をした日本人形がブワッとその長髪を逆立てたのだった。咄嗟に身構えるぼく。首に手が掛かっている以上、既にチェックメイトも良いところだけど、それでもまだ生存本能は健在だったみたいだ。そして、

 

 

 

 

「オレ様の!!!ちんこを返せ!!!!!」

 

「ちょっと待った。流石にそのセリフは想定外なんだけど?」

 

 

 

 

なんか、とんでもないことを言われた。

 

「ぼくは未だかつて自分以外のちんこなんて触れたこともなければ取ったこともないからね? その言い方じゃ、まるでぼくがきみと誰かのちんこを取り合ってるみたいじゃん。っていうか、そもそもきみ誰? 自慢じゃないけど上京してきてこの方友達らしい友達も出来てないから、ぼくが顔を忘れたとは考えづらいんだけど?」

 

つい反論してしまったけど、それが悪かった。それまでわなわなと震えつつも辛うじて冷静を保とうとしていたらしい彼女の顔が一瞬で真っ赤になり「しらばっくれんじゃねぇ!!」という怒号が夜の2時に安アパートの一室から響き渡ったのだった。

 

「いや、しらばっくれてなんか「今日! オレ様から取り上げただろうが!! オレ様のちんこ、『共倒れの塔』を!!!!!!」……ん?」

 

そして続けられたなじみ深い(・・・・・)言葉に、ぼくは思わず動きを止めた。

 彼女が口にした『共倒れの塔』という言葉をぼくは知っていた。知っていたというか、知り尽くしていた。

 ぼくは十年来のカードゲーマーだ。それも『モンスター・ウィザード・マジック』、通称MWM(ジグザグ)と呼ばれるカード一筋の紙廃人だ。そのぼくが現在愛用しているデッキは『バベルズ』と呼ばれるモンスターを軸にしながらもコンボ性とコントロール性を兼ね備えたミッドレンジ(中速デッキ)……だった(・・・)。そう、だった(・・・)だ。

 『共倒れの塔』を主軸にした『バベルズ』は直前の環境を支配していた、大量のコントロールカードと少数精鋭のモンスターで殴り切る『毒牙のサイ』を軸にしたそのまんまのデッキ『毒牙のサイ』に強く出れることから草の根大会で密かに広がりを見せて、とうとう環境の主役にまで躍り出ることになる。……ことになるのは良かったんだけど、『バベルズ』はここで一つ大きな問題に直面することになる。

 まず『バベルズ』の主軸である『共倒れの塔』は次の様なカードだ。

 

『共倒れの塔』

コスト:3

あなたの場にモンスターが出るたび、それとそれじゃない他のモンスターを消耗させる。それらは次のターン回復しない。

……

 

その性質上、()を着地させてからモンスターを展開することで相手を縛り上げ、最後に余剰分のモンスターで殴り切るのが基本戦術になる訳だけど、これが同型対戦、いわゆるミラーマッチになった場合、とてもかったるい状況になる。

 まず、基本はモンスターの出し合いで相手の縛り合い。そして、縛り合いを逃れた少数の優先度が低いモンスターが最後に相手をチクチクと殴りつけて勝敗が決するというのが常だった。そして、そんな不毛な闘いをくり返すうちに、ぼくはあることに気が付くことになった。それは、『バベルズ』の同型対戦ではキーカードである『共倒れの塔』の有無よりも、単純に引けたモンスターの枚数が勝敗を分けているというものだった。

 考えてみれば当然の話で、相手だけでなく自分まで縛る『共倒れの塔』のコントロール力はターゲットとなるモンスターの数が相手よりも多ければ多いほど効果的なカードだ。逆に言えば消耗させるべき対象が多すぎると相手を縛り切れず、相手に押し切られることになる。そして、そんな『バベルズ』同士の対戦を念頭に置くと、『バベルズ』を『バベルズ』たらしめている『共倒れの塔』が明らかにミラーマッチのノイズになっていた。

 試しに『共倒れの塔』を抜いた『バベルズ』を回してみたところ、純正の『バベルズ』には連戦連勝。一ターンに一枚しかないドローにおいて発生するノイズ(“塔”)が、そのままモンスターの球数となって大きく対戦の天秤を傾けることになるのだった。

 そして、リストの見直しとモンスターの選定、最後に微調整を行ったのが就寝前。この『共倒れの塔』の無い『バベルズ』、名付けて『バベルレス』を持って最寄りのカードショップに行くのが明日の一番の予定でもあった。そんな『共倒れの塔』だけど……それのことだとは思えないんだけど、

 

「オレ様は!お前のデッキ、『バベルズ』だ!!!」

 

「いやいやいや」

 

続いた言葉も完全に支離滅裂だった。っていうか、『バベルズ』は元のデッキの名前なんだけど?

 

「チッ、まどろっこしいな!」

 

混乱するぼくに、胸の上にいた女の子は舌打ちをするとその場ですっくと立ちあがる。意外とむっちりとした太腿に編み上げのロングブーツというマニアックな一面を晒しながら仁王立ちになった彼女は両腰に手を当てて薄い胸を張りながら「刮目しやがれ!」と高らかに宣言する。

 

 

そしてその瞬間、その身体がパァッと発光してバサバサッという音と共に右半身が弾けたのだった。

 

 

「え?」

 

ぼくはその光景に、そう呟くしかなかった。

 逆巻く暴風に舞い踊る無数の紙吹雪。ただし、その紙吹雪の片面は見慣れた黄色い無地のビニールになっていて、もう片面には個性豊かなイラストと長い説明文が半々に描かれている。

 どう見てもカードだ。それも、ぼくが愛してやまないMWM(ジグザグ)のデッキそのものだった。っていうか、スリーブがどう見てもぼくの『バベルレス』のもので……、

 

「えっと……つまり、ぼくのデッキ?」

 

「フンッ、やっと気付きやがったか」

 

「ぐふっ」

 

不満そうに鼻を鳴らした彼女……バベルレス(・・・・・)は飛んでいたカードを取り込んで元の人間の姿に戻ると腕を組んでドカッとその場に座り込む。重い。

 

「うん、分かった。いや、正直呑み込めてはいないんだけど、一先ずそういう前提で話すべきなのは分かった」

 

「まあ、今はそれでいい」

 

「それで、きみがぼくの前に現れた理由なんだけど……」

 

「最初に言った通りだ」

 

ぼくをキッと睨みながらバベルレスは苛立たし気にトントンと自分の腕を指で叩いた。

 

「オレ様のちんこ、バベルズのキーカードである『共倒れの塔』をデッキに戻せって言うためだ」

 

「その心は?」

 

「オレ様はな、こんな見た目だが“男”なんだよ」

 

「えぇ……」

 

カードゲームのデッキが人間になった上に、見た目が女の子だけど元が男って大分設定が複雑骨折なんだけど?

 

「お前が!オレ様をこんな身体にしたんだろうが!!」

 

「その言い方やめて。その言い方」

 

人聞きが悪すぎるからさ。

 

「……さっきも見せた通り、オレ様の体はお前が作ったデッキで出来てんだ。だから、デッキの中身が変わるとその分の変化が出る」

 

「うん」

 

「で、お前が昨日の夜にオレ様から取り上げた『共倒れの塔』四枚はな、オレ様のちんこだったんだよ」

 

「oh……」

 

そういうことか。つまり、彼……彼女の言う“ちんこ”とはまんま『共倒れの塔』のことで、彼女?の言う「ちんこ返せ」とはすなわち『共倒れの塔』をデッキに入れろということな訳だ。

 

(っていうか、『共倒れの塔』を触るたびに、ぼくはバベルレスのちんこに触ってた事になるのか?)

 

「オレ様は男なんだ。強く、気高く、美しい男なんだ」

 

一瞬脳裏を過った悍ましい考えに思わず身震いをしていると、ぼくの上でぽつぽつと語り出したバベルレスが真剣な表情でぼくを見下してきた。

 

「キャスターだって分かるだろ? もし自分がちんこを取られたらどう思うか」

 

「それはまあ、痛いほどに」

 

「だろ! だからキャスター、オレ様のちんこを返してくれ。オレ様の股間にそそり立つ特大サイズのバベルの塔を」

 

 

 

「うん……断る」

 

 

 

「……は?」

 

 ぼくが答えを告げた瞬間、バベルレスはポカーンと口を開いたまま、何か信じられないものを見る様な目でぼくの方を見下してきた。

 

「いや、おいキャスター。お前、オレ様の話聞いてたか?」

 

「もちろん、全部聞いてたよ?」

 

「お前も男でオレ様も男。当然、ちんこの無い辛さは共有できたはずだよな?」

 

「それも当然」

 

「じゃあ、なんで」

 

「いや、だってさ……『バベルズ』のままじゃ勝てないじゃん?」

 

「……」

 

ぼくの告げた答えに、バベルズはついに絶句したみたいだった。

 

「今の環境じゃ一番想定しなきゃいけないのは『バベルズ』同士のミラーマッチだし、そこで勝つには『共倒れの塔』よりもモンスターが欲しい訳じゃんか。なら当然デッキに『共倒れの塔』は入れるだけ損だろ」

 

ぼくが事情を伝えると、はじめ呆気に取られていたバベルレスは徐々に顔を俯かせてフルフルと肩を小さく震わせ始めた。やば、流石に言い過ぎた「はーはっはっは!! やっぱ、穏便に交渉をなんて考えたオレ様が甘かったんだ!! 一方的にちんこを取り上げられたんだから、オレ様も有無を言わさずちんこを取り返すべきだったんだな!!!」

 

「えっと?」

 

「フンッ!!!」

 

「え? うわっ!?」

 

何やら不穏なことを口走り始めたバベルレスに思わず声を掛けようとしたところで目の前にいたはずのバベルレスの姿がフッと掻き消える。そして一拍後、ぼくの首筋をむっちりとした弾力のある分厚い何かが挟んで、そのままギリギリと締め上げたのだった。

 

「どうだ? キャスター。このまま顔面潰されたくなきゃ、オレ様のちんこをさっさと返すこった」

 

「いぎ、だ、誰が……」

 

「ほーん? なら、もう少しパワーアップだ。お前がYESと言うまで、オレ様の三角締めがお前の頸を締め上げ続けるぜ?」

 

「ぎいぃぃぃ……!?」

 

容赦なく絞り込んでくる太腿の圧迫感に、思わずバベルレスの脚をタップしそうになる。けど、それは駄目だ。それだけはするわけにはいかない。それをしたら、せっかく思い付いたコンセプトが日の目を見ることなくパーになっちゃうんだから。

 

「おら! おらっ!! 観念する気になったか!!!」

 

「ま、まだまだぁぁぁ……」

 

「良い根性だ! どこまで耐えられるかなあ!?」

 

「あがががががががが!?」

 

そうして窄まる三角に、ぼくは何とか歯を食い縛る。

 深夜に突然始まったプロレス技耐久レース。その不毛な闘いは結局時計の長針がもう一蹴するまで続いたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 翌日、

 

「そういえば今更なんだけど、バベルレスって付喪神か何かなの?」

 

「オレ様をその名で……まあいい」

 

ぼくとバベルレスはアパート近くのカードショップに向かう道中で、そんなことを話していた。

 

「付喪神ってのは長い時間が経った物に精神が宿った妖怪だろ? オレ様達MWMのデッキもそういう意味じゃ付喪神なのかもしれねえけど、基本的にはデッキそのものじゃなくて、MWMW(ジグザグワールド)っつー異世界みたいなところに生まれて生活してんだよ。んで、デッキが汚れたり破れたりしてもそんな問題はねえけど、デッキコンセプトを崩されるとロストって言ってMWMWからも消えちまうんだ」

 

「ふーん……あれ? でもそれじゃあ「おい、着いたみたいだぜ。キャスター」っとと」

 

どうやら、目的のオフィスビルの一階にテナントで入っていたらしく、立ち止まったバベルレスの指差す方向を見て、ようやく位置に気が付くくらいだった。

 

「じゃあキャスター、改めてルールの確認だ。今日の店舗大会で負けたら即刻オレ様のちんこ(『共倒れの塔』)を元に戻す。優勝したら仕方ねえから暫くはそのままにしとく……これでいいな?」

 

「うん、いいよ。あくまでも思い付きでの変更だから、負けるならバベルレスにしておく理由が無いし」

 

「よし、じゃあ行くぜ!」

 

そう言って、パンッと自分の顔を張って気合を入れてからのっしのっしとお店に入ろうとするバベルレス……なんか、本当にプロレスラーみたいだな。

 そんなことを考えながらぼくも初めての都会のカードショップに足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 初めて入店した都会のカードショップは拍子抜けするくらい想像通りの見た目だった。

 

(考えてみれば当然か)

 

いくら立地が違うとはいえ、カードショップなのは同じで、客層なんかはそう大きく変わる訳じゃないからね。強いて違うところを上げるなら、カードの品揃えくらいだ。

 今日の店舗大会の登録を済ませてから軽くショーケースやストレージを回っていると、店員のおじさんの「MWM大会に出る人は集まってください」という声を合図に似たような格好のゲーマーがぞろぞろと対戦ブースに集まっていく。

 

「くくっ、やっぱ対戦は胸が躍るな」

 

「そう?」

 

隣のバベルレス―いや、もう“バベル”でいいか―が、野趣の溢れる笑みでギラッと白い歯を見せる。……そういえば、笑顔とは本来攻撃的なものなんて話もあったっけ。

 

「お願いします」

 

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 対面に座った会社員らしいおじさんに一礼をして、デッキケースから『バベルレス』を取り出す。ぼくがシャッフルをしている間も隣のバベルが腕を組んだままジッとぼく達を見下してくるんだけど、どうやら他の人達からは見えていないらしく、何なら机や仕切りといったブースの備品類なんかも気にせずすり抜けて、ぼくの隣に立っていた。

 

「先攻後攻はダイスで良いですか?」

 

「ええ。じゃあ私の方から」

 

「6。ぼくの方は……9。先攻をいただきますね?」

 

「ええ。どうぞ」

 

「じゃあ、メインフェイズに入ります」

 

おじさんの言葉に頷いて、ぼくは手札の一枚をエネルギーゾーンにセットする。

 その瞬間、比喩表現抜きにどこからともなくゴング音が響いて、同時にバサッとマントを脱ぎ捨てたバベルが空中で中腰になりながら真正面を睨み付けた。すると、バベルの前に似たような体勢で立つ、黒い人影の様なものが靄になって現れたのだった。

 

(……え?)

 

「? どうかされましたか?」

 

「へ? あ、すみません。えっと、『新緑の苗木』をプレイします」

 

「通ります」

 

「じゃあ、エンドで」

 

「ターンを貰います」

 

隣で起きている現状に混乱しながらもカードを並べると、バベルがそれに合わせる様に鋭くミドルキックを繰り出す。相手側の人影も負けじとチョップで応戦してくるけれど、まだ有効打が決まる様子はない。

 

「あの?」

 

「あ、えっと、そちらも苗木ですよね。通ります。ターンを頂いても大丈夫でしょうか?」

 

「ええ。どうぞ」

 

「じゃあ、ターンを貰って、苗木で攻撃します」

 

「食らいます」

 

「じゃあ、次に『豊かなる使い魔』を召喚します」

 

「豊かなる使い魔ですか……ちょっと珍しい構成ですね」

 

「あはは……」

 

考え込む様な会社員のおじさんに、ぼくは誤魔化す様に頭を掻いた。ぼくが苗木でビートダウンをした瞬間、隣のバベルが放ったキックがスパンッと靄に炸裂して、更に追撃のフライングニールキックを放つ。流石にその追撃は回避されたものの、ドサッとリング?に倒れたバベルは素早く起き上がって、更に積極的に前に出ようとしていた。

 

「取り敢えず、『共倒れの塔』を出しますね」

 

(ここだ)

 

そんな中、差し出されたカードにぼくの中で少し緊張が走る。予想はしていたけど、これが今回の仮想敵だ。このデッキに勝てるかどうかが、今日のぼくのデッキの試金石になる。

 

「通ります」

 

「じゃあエンドで」

 

「貰います」

 

帰って来たターン、まずは『咆哮する火炎獣』をプレイして相手側の『苗木』を焼き落すと、隣のバベルが意表を突いた回転チョップを靄影の顔面に打ち込む。そして、まっさらになった盤面で自分の『苗木』と『使い魔』を走らせると、今度はその場で跳び上がったバベルが綺麗なドロップキックを炸裂させた。

 

「あの?」

 

「とと、すみません。エンドです」

 

「まあ……貰いますが」

 

「すみません、本当に」

 

物凄く変なものを見る目で見られていることに冷や汗が流れるのを感じながらターンを返す。見ると、ジャッジをしている店長さんがさっきからちらちらとこっちを窺っている様な気がした。

 

「『潜伏する肉食竜』キャスト。対象は『火炎獣』で」

 

「『火炎獣』を消耗させます」

 

「エンドで」

 

一先ず、落ち着いてターンを受け取り、ドローに入る。なんか、視界の端でバベルが黒い靄からスリーパーを食らっていた気がしたけど、努めてそれは意識しないようにする。

 

「じゃあ、こっちは『暴虐の大蛇』を召喚します。CIPでの回収は消耗している『火炎獣』で」

 

「む……」

 

ぼくがキャストしたカードを見て、相手のおじさんの表情が変わる。本来デメリットになっているモンスター回収効果も『塔』の影響下では新たな浮き駒を産む出すメリットになるし『暴虐の大蛇』自体はデメリット持ちのモンスターな分、素の攻撃力と防御力は『肉食竜』よりも二回りほど大きくなっている。シンプルなパワーカードの押し付けに長考に入る対戦相手。ちなみにバベルの方はといえば、首にかかった相手の腕を振り解くと素早く後ろに回って、「だりゃっ!」と豪快なジャーマンスープレックスを決めていた。

 

「ターンを頂いてこちらも『火炎獣』を召喚します。CIPの対象は『使い魔』で『塔』の能力で『大蛇』を消耗させます」

 

「じゃあターンを貰って二枚目の『使い魔』と『火炎獣』をキャストします。『火炎獣』はそちらの『火炎獣』で、苗木でパンチです」

 

「うーん、厳しいなー」

 

叩きつけられた『火炎獣』のアドを取り返す様に、立て続けにモンスターを召喚する。隣では睨み合ったバベルと影が激しいビンタの撃ち合いをしている。

 

「じゃあ、『オオスズメバチの巣』を」

 

お互いに一歩も引かない激しい攻防の間、相手は『バベルズ』の切り札とも言うべきカード『オオスズメバチの巣』をキャストする。これによりばら撒かれたトークンがぼくの盤面を一気に制圧して封殺し、事実上の追加ターンを演出してくる。同時に、しばきあいに負けたバベルが黒い影にのしかかられて、顎を掴み上げてキャメルクラッチで固められてしまう。

 

「ぐ、ぐぎぎぎぎっ」

 

苦悶の表情を浮かべて何とか手を泳がせるバベル。っていうか、そこってロープとかあるの?

 

「あの」

 

「あ、すみません。じゃあまたターンを貰います」

 

「ええ……何か、気になることが?」

 

「あー、まあ」

 

「そうですか……」

 

訝る様なサラリーマンさんだったけど、それ以上は何を言うことも無くターンを差し出してくる。多分、ここまで盤面が固まれば後は『スズメバチ』と『肉食竜』で押し切るだけという安心感もあるんだろう。

 

 

けど、この状況こそ、ぼくの望むところだった。

 

 

「キャスト、『御祓い』」

 

「『御祓い』……あっ」

 

「対象は『スズメバチ』で」

 

ぼくが指差したカードに、相手のおじさんは渋い顔になる。大量のトークンをばら撒く都合上勘違いされやすいけれど、『オオスズメバチの巣』はモンスターじゃない。『共倒れの塔』と同じマテリアルに分類されて、それゆえに『御祓い』の様な軽量の除去で簡単にどかすことが出来る。しかも『スズメバチ』は膨大な攻撃力を有する代わりに本体である『巣』を除去されるとこれによって出したトークン全てが死亡するという弱点を抱えていた。

 本来、純正の『バベルズ』だと『御祓い』を搭載していたとしても、エネルギーを縛られている関係上1ターン待たないとこの切り返しは出来ないんだけど、今回のぼくのデッキにはコスト軽減能力を持った『使い魔』がいる。そのおかげで、エネルギー分のカードさえあれば即時で2コストの『御祓い』をキャストすることが可能だった。

 

「『肉食竜』でアタックしてターンエンドで」

 

殆ど決まった勝敗にもまだ折れず、『肉食竜』を突っ込ませてくるサラリーマンさん。隣では荒く息を吐きながらもニヤッとした笑みを浮かべるバベルの前で顔も見えないはずの黒い影が明らかに動揺しているのが見て取れた。

 

「『極彩蝶』」

 

「通ります」

 

自ターンで壁になる低コストモンスターを召喚。バベルは「撃ってこい」とばかりに相手を挑発する。

 

「……『肉食竜』で攻撃」

 

「『蝶』で防御」

 

デッキトップを確認した相手は渋い顔で何もキャストせずに『肉食竜』を突っ込ませてくる。どうやら、ここで無駄牌になる『塔』を引いてしまったらしい。予定通りに『蝶』を使い捨てると、胸板をバチーンと蹴られたバベルが「まだまだぁ!」と更に相手を挑発する。

 

「ターンを貰って、『スズメバチ』に消耗させられていたカードが全部回復します」

 

ぼくの宣言に合わせて、バベルズが何か―多分・コーナーポスト―をよじ登る様にして黒い影より一段高くに上る。

 

「そのまま一斉攻撃ですが」

 

そして、攻撃宣言に合わせてダンッとそのコーナーポストの最上段を踏み切る。高々と宙を舞ったバベルは艶のある長髪を煌めかせて大きな半円を描いた。そして、

 

「通ります」

 

相手の回答と同時に、大きなお尻で仰向けになった影のどてっ腹へと墜落する。両脚をVの字にして着弾したバベルのフライングセントーンの威力に、反動で黒い影が一瞬だけビクンと跳ねた。

 

「じゃあ、メインフェイズ2で『発火符』をそちらに」

 

「負けました」

 

留めの軽火力を使うと、バベルがそのまま影のカバーに入る。既に動けなくなった影はそのまま抵抗することなく、最後のスリーカウントまでが決まったのだった。

 

「っしゃああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

綺麗にスリーカウントで快勝して雄叫びを上げるバベル。ぼくからは見ることが出来ないんだけど、まるで大量の観客を前にメインカードで格上からピンフォールを取ったみたいな反応だった。

 

「あの」

 

「あ、何度もすみません」

 

声援に応える様にデモンストレーションを行うバベルに気を取られていると、またサラリーマンさんに声を掛けられて、ぼくは慌ててデッキケースに手を伸ばす。喜んでるところ悪いんだけど、MWMの大会は基本サイドチェンジありのBO3(二本先取)だ。一先ず、今の動きは良い感じだったし、このまま最後まで押し切りたいところだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで初めての店舗大会をとんとん拍子で勝ち進んでいったぼくは、決勝卓の三本目に来ていた。

 相手のデッキは『バベルズ』と並ぶ環境のトップデッキ『食物連鎖』。事実上のコスト増幅マジックである『供物経典』から3エネルギーを捻出して中量級のモンスターを速いターンから叩きつけるビートコントロールデッキだ。

 ぼくの『バベルレス』も決勝卓まで来ると流石に種が割れていて、分からん殺しや『バベルズ』への偽装も利かなくなっている。

 一本目はエネルギーモンスターを丁寧に処理されて敗北。二本目は最速で繋いだ『暴虐の大蛇』で押し込んで勝利。そして、三本目、

 

「はぁ……はぁ……」

 

度重なる連戦でボロボロになりながらもまだ隣のバベルの目に宿った闘志は消えていない。ただ、この戦いは既に消耗戦の域に入っていて、完全にお互いトップデッキ勝負に陥っている。ぼくの盤面はゼロで相手の盤面には回避能力を持った軽量モンスターが1体。けど、この状況だと200点でも攻撃力があるだけで100000点並みの驚異だった。

 ただそれでも、この『バベルレス』には大量のモンスターと除去にも使える軽火力が大量搭載されていて、『共倒れの塔』のトップデッキという裏目は無い。それだけでも安心してこの勝負に身を任せられる。これは、間違いなくこのデッキに行き着いた成果だろう。だから、

 

 

「なんか……引けっ!」

 

 

そう言って引き込んだ、デッキ最上段の一枚。そこに描かれていたのは……

 

「『悪辣な闘士』を召喚!」

 

ぼくが差し出したカードに、対戦相手が思わず「うわ、マジか」と呟いて頭を抱える。

 『悪辣な闘士』。コストは5と『暴虐の大蛇』に並ぶこのデッキのエネルギートップに位置するカードだが、その攻撃力は700もある大蛇とは対照的に300しかない。その代わり『消耗状態になるたびにゲーム外にあるコスト3以下のマテリアルを場に持ってくる』という特異なサーチ能力を有している。そしてこの盤面なら、次のターンまでに『闘士』が除去される可能性は限りなく少ない。どうやら、バベルも同じ考えなのか爛々と輝く両目で対戦相手の隣で倒れ込む黒い影を睨み付けながら舌を出して首を掻き切る仕草をする。

 そして戻って来たターン、トップで引いた軽火力で相手の回避能力持ちのモンスターを除去すると、満を持して本命の『闘士』で殴りつける。同時に消耗状態になる『闘士』の能力が誘発してサイドデッキから『天使の甲冑』を持ってきて『闘士』に装備させる。すると、隣のバベルの全身を『天使の甲冑』に描かれている白い翼のついた赤いエナメル質なアーマーが覆って、完全防備状態となる。

 

 

 

「オラァ!!!!!!」

 

 

 

そして撃ち込まれた渾身のスティンクフェイスに、黒い影は一瞬ビクッと痙攣してそのまま掻き消える様に消滅してしまう。

 やがて、晴れ晴れとした表情で「っし!」と拳を握ったバベルの隣で、店長さんが「優勝は火無(ひなし)(そら)選手です。おめでとうございます」というアナウンスがされたのだった。

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

思わず立ち上がって頭を下げると、疎らにだけどぱらぱらと拍手をしてもらう。そして、優勝賞品代わりの割引券を貰って、この日の大会は無事に優勝で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 店舗大会での帰り道。あれからフリー対戦で常連さん達と話をしながらデッキリストを公開しあったり、今のメタゲームについての意見を交換していたらすっかり夜になっていた。

 大会用のガチデッキとは別のファンデッキとの対戦も面白くて、隣にいたバベルも楽しそうにわちゃわちゃと襲い掛かって来る黒い影の奇怪な必殺技を受け止めていた。

 そんなバベルはといえば、今は晴れやかな表情でぼくの隣をテクテクと歩いている。

 

「なあ、キャスター」

 

「なに……って、今更だけど、そんなキャスターなんて畏まらなくても、普通に名前でも何でも呼んでくれていいよ」

 

「そうか? じゃあ空」

 

「なに?」

 

「あの場面でばっちりオレ様を引けたな」

 

「あー……」

 

そう言って、ちょいちょいと肘でつついてくるバベルに、言わんとすることを理解する。

 

 

『悪辣な闘士』はぼくが初めて剥いたパックから出てきたレアカードだった。

 

 

当時はまだレアカードの価値以前に『ゲーム外』という言葉の意味も分からなかったし、カード資産自体が少なかったから意味を理解した後もしばらくは殆どバニラみたいな扱いだった。

 それでも、ずっと好きで使い続けていて、『バベルズ』が流行った後はシナジーを考慮した結果、変わらずぼくのエースカードとしてデッキの中心に据えられている。……あー、そっか、

 

「だから、バベルはそんなプロレスラーみたいな恰好してるんだ」

 

『悪辣なる闘士』そのイラストの中心では、ショートタイツ一丁の悪い顔をした見るからに悪役レスラーといった風貌の男がリングの上にいる他のレスラーを手に握ったフォークで痛めつけている。若干リングコスチュームのデザインが違うにせよ、見た目や闘い方に至るまでバベルズが女子プロレスラー風味なのは、つまりそういうことなんだろう。

 

「なんだ、気付いていなかったのか?」

 

そんなぼくの反応に楽しそうに笑うバベル。どうやら悪戯が成功したみたいな気分らしく、クックと少し悪い笑顔で喉を鳴らしている。

 

「てっきり、『バベルズ』が本体というかコンセプトなのかと思ってた」

 

けど、冷静に考えてみたら、『共倒れの塔』を抜いたにもかかわらず、ロストみたいな大事にならずにいられたのはそういう事情からなんだろう。

 

「いや、オレ様のちんこは立派な大事だからな?」

 

「大物だけにってやかましいわ」

 

ペチリとその頭を軽く叩くと、バベルがけらけらと楽しそうに笑い声をあげた。

 

「っていうか、ぼくが負ければ『共倒れの塔』は元通りなんだから、バベルとしては負けた方が良かったんじゃ?」

 

「あ……」

 

「おい」

 

どうやら、対戦に熱中しすぎて、すっかりそのことが考えから抜け落ちていたらしい。

 

「……仕方ねえだろ。オレ様だって対戦で負けんのは大嫌いなんだから」

 

「まあ、気持ちは分かるけどさ」

 

一度対戦が始まったら、一々負けることなんて考えていられないよね。

 

「ま、しょーがねーな」

 

そう言って、チェッと舌を鳴らしたバベルがこっちを振り向いてニヤッと白い歯を見せる。月光を背に負った長い髪の毛やラメ入りのリンコスから零れる燐光がきらきらと輝いてどこか幻想的に思えた。

 

「しばらくの間はお前のデッキに付き合ってやるよ」

 

「そっか……ありがとうバベル」

 

「おう」

 

「じゃあ、よろしくね?」

 

「任せな」

 

そう言って、ドンッと薄い胸を打ったバベルを見て、ぼくはふとあることに気が付いた。

 

「そういえば、バベル」

 

「あん? どうした、空」

 

「勝手にバベルって呼んじゃってるけど、バベルは実際には『悪辣な闘士』のデッキなんだよね?」

 

「だな」

 

「じゃあ、バベルって呼び方は適当じゃない気も」

 

「あー、気にすんなってそんなこと」

 

「そう?」

 

ひらひらと手を振るバベルに首を傾げると、当のバベルは言葉通り気にした様子もなく「おう」と頷く。

 

「確かにオレ様の核は『悪辣な闘士』だけどな、だからといって“ヴィシャス”とか言ってたら、それこそまんま過ぎんだろ」

 

「まあ、それは確かに」

 

「それにな」

 

「うん」

 

「お前が付けてくれた“バベル”って呼び名、結構気に入ってんだぜ?」

 

「そうだったの?」

 

「おう」

 

頷いたバベルは少し遠くを見る様に目を細める。

 

「十年来の相棒であるお前が付けてくれたんだ。オレ様からしたら何よりの贈り物だっての」

 

「ならよか「それにな」うん?」

 

タッと走って、くるりとこっちを振り向いたバベルが再び月を背負って仁王立ちになる。ただ、その表情はさっきの物静かなものとは違って、なぜか分からないけどやけに自信ありげな色が浮かんでいた。

 

 

 

「オレ様のバベル(・・・)は本気を出せば20セン「言わせねぇよ!?」

 

 

 

夜とはいえ、往来のど真ん中でとんでもないカミングアウトをしようとした愛用のデッキを引っ叩く。

 ぼくに叩かれたバベルは軽く自分の頭を抑えながらもケッケッケッケと変な笑い声をあげながら夜の家路をパタパタと走り出したのだった。

 

 

 

 

 




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