キーカードを抜いたらデッキにブチ切れられた件   作:小名掘 天牙

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おはようございます。小名堀天牙です。
前話を読んでくださりどうもありがとうございます。
ご感想、ご評価、お気に入り登録、とても励みになりました。
今回も完全に趣味全力ですが、よろしければご感想ご評価などいただけますと幸いです。
ではノシ


お゛、ぉ゛ぐっ……お゛〜………………

 ピピピピッ! ピピピピッ! ピピp「うるさ……」。

 突如、揺蕩う様な微睡を切裂いてけたたましく鳴り響いた電子音に、ぼくの意識は無理矢理現実世界へと引き上げられた。あまりにも急激な覚醒に潜水病にでも掛かったかの様な頭痛を覚えながら、その怨みを込めて枕元の目覚まし時計を殴りつけると、ようやく思考の方が追い付いてくる。そして、数度の呼吸を経て瞼を開くと、

 

 

 

「よ。ぐっすり眠れたか?」

 

 

 

なぜか、上下逆様でこっちを覗き込んでくるバベルと目が合った。

 

「わっ!?」

 

起き抜けの至近距離という不意討ちと、(本人には言いたくないけど)テレビでも見たこのないような美貌を前にして、ぼくは反射的に飛び退いてしまう。

 

「「あ……」」

 

その瞬間、ぼくとバベルの声が重なる。

 しょせんは新大学生向けの割引セールで買った格安ベッド。当然、人一人が好き勝手動き回れるような面積がある訳もなく、ぼくの体はふわっと浮遊感に包まれる。ベッドの上では首だけでブリッジをしたまま目を丸くしているバベル。そして、

 

「あだっ!?」

 

ぼくはものの見事に背中から固いフローリングへと墜落したのだった。

 

「ったた……」

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

打ち付けた背中を摩っていると、ベッドの上からヒョコッとバベルが顔を出す。その心配そうな表情が浮かぶ現実離れした容姿に、ぼくはつい「やっぱり、夢じゃないんだよなあ……」と呟いていた。

 一瞬、キョトンとした様に目を瞬かせたバベルだけど、すぐにニヤーッっという顔になる。

 

(うわ、これ面倒臭いやつだ)

 

たった一日の付き合いだけど、バベルがどういう性格なのかはあらゆる意味で分からされている。

 

「なんだ空。お前、まだ(・・)オレ様のことを自分の妄想か何かだとでも思ってたのか? ったく、人生の半分以上を共にした相棒なのにそりゃ悲しいぜ」

 

「あー……ごめん?」

 

「ま、オレ様みたいな絶世の美少女と突然同棲なんて言われたら、昨今のこましゃくれた童貞小僧は自分の正気を疑わずにはいられねぇだろうけどよ」

 

「おい」

 

わざとらしいウソ泣きに謝ると、とんでもない裏切りにあった。

 

「おはようさん。空」

 

「うん、おはよ。バベル」

 

それでもぼくが体を起こすと、嬉しそうにニカッと笑っておはようを口にするバベル。快活で男らしい笑顔に、ぼくもついそう返してしまう。

 

「今日は早いのか?」

 

「あ、うん。今日は一限から講義入れてるからさ」

 

そんな他愛もないことを話しながら一先ず朝ごはんの準備のためにシンクに向かうと、後ろをバベルがトテトテと付いてくるのだった。

 

 

 

 

 朝ごはん……と言っても、白米にスーパーで買ってきた安売りの惣菜とインスタントのスープだけの簡単な食事を二人分。まあ、大したものじゃないんだけど、向かい合って座ったバベルが妙に嬉しそうだから悪くはない。机の上のパソコンを点けて動画サイトを開くと、新規カード情報やデッキ構築論、直近の大会の結果なんかが流れ出して、そのたびにバベルとはあーでもないこーでもないと会話が弾んだ。

 

「あれ? なあ空、そろそろ時間がヤバくねえか?」

 

「へ? あっヤバッ!!」

 

ただ、ちょっと話し込み過ぎたみたいで、ふと気が付くとバベルの言う通り画面端に8:40の文字。大学までは自転車で15分だから、かなりギリギリだ。

 そして、慌てて立ち上がったところでベッドの隅に掛かっている服に気が付く。そういえば、起床からここまで、きちんと着替えていなかった。

 

「いや~ん、エッチ~♥」

 

「ぶふっ!?」

 

直ぐにベッドに掛けたジーパンとシャツに手を伸ばしたところで、今度は背後からとんでもない不意討ちが飛んできた。いや、本人はこの程度でどうこうなるようなタマ(・・)じゃないし、何なら『悪辣な闘士』の時点で立派なおっさんのはずなんだけど、見た目と声だけは物凄い美少女なせいで、好んな反応をされると演技だと分かってても焦ってしまう。

 

「なんだぁ? オレ様に見られて興奮しちまったのかぁ?」

 

「いやいや、バベルの本体は『悪辣な闘士』じゃん。本体知ってるのに興奮はありえないからね!?」

 

そんなぼくの内心は当然百も承知なバベルはわざとらしい演技を引っ込めると、代わりに『悪辣な闘士』の名に恥じないニヤニヤとした人の悪い笑みを浮かべながら愉しそうにぼくを見上げてくる。

 

「ま、そういうことにしといてやるよ」

 

「そりゃどうも! それより、もう行ってくるからね!」

 

「おう、気を付けて……」

 

「? どうかした?」

 

「ああ、いや」

 

玄関に置きっぱなしにしていたリュックサックを取り上げながら靴を履いていると、なぜか見送りに出てきたバベルが一瞬目を見開いて硬直した。けど、それ以上何かを言うこともなくフルフルと首を横に振るので、ぼくも「そう?」とだけ言って外に出る。

 

「戸締りだけよろしくね!」

 

「分かった分かった。全部やっとくから、安心して行ってこい」

 

「行ってきます!」

 

走り出した後、一瞬見えたバベルはなぜかとてもいい笑顔をしている様な気がした。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 間延びしたチャイムの音がキャンパス内に響いて、熱く量子コンピューターへの思想を語っていた助教授の先生がワタワタと後片付けに取り掛かるのを傍目に、ぼくも落書き混じりのノートを閉じて撤収作業に入る。

 一限目こそギリギリの出席だったけど、それ以降は特にトラブルもなく、無事に今日最後の一コマが終わった。

 

(後はバベルと夕飯の材料を買いに行くく「よ。ちょっといいか?」え?)

 

そんなことを考えていると、不意に後ろの方から誰かに呼び止められた。振り返ると、確か同じ講義に出ていた同級生?が三人並んで立っていた。

 

「えっと……」

 

「俺は池尾。で、こっちは小松と牧田」

 

「あ、よろしく。ぼくは」

 

「知っているよ。火無だろ? 珍しい苗字だから覚えてたんだよ」

 

「あ、そう?」

 

そう言ってにこにこと笑いながら、池尾君が「な?」と隣の二人に目をやる。

 

「それで、池尾君達は何かあったの?」

 

「何かって程じゃないんだけどな。火無ってカードやってるんだろ?」

 

「カード? ああ、MWM(ジグザグ)のこと?」

 

「そうそう」

 

頷く池尾君達に、ぼくも「うん。やってるよ」と頷き返す。

 

「実は俺達も同じでさ、これから近くのカードショップに行こうかって話をしてたんだよ。そしたら牧田がもう一人MWMのデッキを持ってるやつを見たって言ってたから。な?」

 

「そうそう」

 

池尾君の言葉に、隣の牧田君が頷く。そして、「どうだ?」とでも言うように改めて向き直る池尾君。

 

「じゃあ、良い?」

 

当然、ぼくは即答した。TCGプレイヤーとして、同じゲームを対戦しあえる仲間は何よりも貴重だ。なんて、言うとちょっと臭いけど、

 

「おう」

 

誘ってくれた池尾君達に感謝しながら、ぼくは三人の中に加わって三人が見つけたというカードショップに向かうのだった。

 

 

 

 

「最初はじゃんけんで」

 

「うん」

 

「よし」

 

「じゃあ……」

 

「「「「じゃんけんぽん!!」」」」

 

 カードショップに到着したぼく達は早速対戦ブースに入ると、四人掛けのテーブルにリュックサックを置いてじゃんけんをする。まずは軽い自己紹介を兼ねたパーティーゲームのノリで、普通の1対1じゃなく4人対戦をやろうかという話になったわけだけど、

 

「あ、ぼくからだね」

 

「じゃあ、火無から時計回りで」

 

「オッケー」

 

他三人がチョキでぼくがグーだったので、そういうことになった。

 いつも通り、ヒンズーとファローを組み合わせたシャッフルをしていると、他の三人も慣れた手つきで思い思いのシャッフルをしていく。大会とかならその辺はきちんとしないといけないけど、フリー対戦だから固いことは言いっこなしってことでそれぞれデッキを置いて手札を取る。

 

「よっ」

 

「!?」

 

そして最初のドローをとデッキに手を伸ばしたその瞬間、狙いすましたかの様に伸びてきた手がポンとぼくの肩に置かれる。

 

「? どうした? 引かないのか?」

 

「あ、ううん。ごめんごめん、引く引く」

 

「「???」」

 

不思議そうにする3人に謝りながら、手札からエネルギーをセットしてから『極彩蝶』を出してターンを渡す。

 

(……バベル)

 

そして、次のプレイヤーである小松君が山札を引いたところで、ぼくは出来る限り声を抑えながら肩に置かれた手の方に目だけを向けた。

 

「よっ。空」

 

すると、案の定そこにはプロレスラーが着るようなリングコスチューム姿のバベルが腕組みをしたままニヤニヤとこっちを見下ろしてきていた。

 

(なんでいるのさ?)

 

「おいおい、つれないこと言うなよ空。空あるところにバベルありってな!」

 

(訳が分からないんだけど!? っていうか、家の鍵は!?)

 

「ま、種明かしをしちまうと、お前オレ様の本体持って家を出ただろ?」

 

(あ、うん。それは当ぜ……え? もしかしてそのせい?)

 

「そういうこった」

 

そう言って、誇らしげに自前の(ぼくの胸)とそう変わらないぺったんこな胸を張る。

 

(じゃあ、鍵の方も)

 

「掛けなくても一飛びだな」

 

(それなら安心「っと、それより来たぜ。気合を入れな、空!」あ、ターンもらいます」

 

パンッと両頬を張って前屈みな戦闘態勢に入るバベルに、ぼくもターン開始を宣言して1枚カードを引く。すると案の定3人の後ろに靄が出来てバベルと対峙した。

 

(まずは小手調べ……)

 

 『極彩蝶』と2枚のエネルギーを消耗させて『豊かなる使い魔』を出しつつ『火炎札』で池尾君の焼き殺すと、隣のバベルがムンッと力こぶを作って池尾君の前に立った靄にラリアットを見舞った。

 多分、池尾君のデッキは純正の『バベルズ』だ。1対1なら、ぼくの『バベルレス』の方に分があると思うけど、どちらかと言えばミッドレンジ型のビートダウンにあたる『バベルレス』とコントロール力のある『バベルズ』では継戦能力に関して言えば明確に向こうに軍配が上がる。

 そうなると、勝ちを目指すには相手の出鼻をくじきつつ、こっちが先手を取って殴り付ける必要がある。

 

「エンド」

 

「じゃあ、火無の『使い魔』に『暗殺』」

 

「ぷあっ!?」

 

すると、今度は小松君がすかさずぼくの『使い魔』を『血の暗殺』で除去する。そして、ピーピーングハンデスでぼくの手札を覗き込む。

 

「ぐうぅぅぅ……」

 

初手の『暗殺』でビンタをくらい、更にハンデスでミシミシと首を絞められるバベルが苦しげにロープを求めて手を泳がせるけど、ここにロープってあるんだっけ?

 そんな事を考えながら、急いで小松君に手札を渡す。中身は『双剣の騎士』『暴虐の大蛇』『憤激』×2。『騎士』と『大蛇』のパッケージに渋い顔をしたものの、すぐに『憤激』を落としてターンを渡す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

隣ではスリーパーから解放されたバベルが床に手をついて荒く息を整えながら、何とかその場で立ち上がった。

 

(大丈夫? バベル)

 

「心配すんなよ。オレ様は……最強だ!」

 

ギラッと両目を光らせて、再び三つの靄に対峙するバベル。そんなバベルを他所に続く牧田君はエネルギーをセットするだけでターンエンド。そして、ターンを貰った池尾君が1ターン遅れで『共倒れの塔』を着地させた。

 

「……」

 

それを見て、唯一手札を知っている小松君がチラッとぼくの方に視線を向けて来る。

 

(ま、そうなるよね)

 

ターンを貰うと、即座にエネルギーチャージから『双剣の騎士』を『増幅コスト』込みで唱える。

 

 

『双剣の騎士』

コスト:3

『双剣の騎士』場に出たとき、それが火炎で増幅されていたなら、好きな対象に200点のダメージを与える。それが陽光で増幅で増幅されていたなら、モンスターではないマテリアル1つを対象とし、それを破壊する。

攻撃力200、防御力200

 

 

出来れば後1ターン引きつけて、両方の増幅で唱えたかったんだけど仕方ない。陽光の力で増幅された『騎士』が着地すると、純白のリングコスチュームを輝かせたバベルが獰猛な笑みを浮かべて目の前に建立された固い石塔に掴み掛かり、そのぶっとい塔をメリメリメリッと引き抜くと、そのまま大きな弧を描いて先端の三角屋根を地面の上へと叩き付けた。豪快なぶっこ抜きジャーマンで『塔』を粉砕したバベルはムクリと起き上がると、荒く肩で息をしながらも「見たか!」とでも言う様に会心の笑顔を向けてきたのだった。

 

「さあ、ドンドン行くぜ、空!」

 

「エンド」

 

バベルに視線で頷きながら、隣の牧田君にターンを渡す。徐々に複雑な分岐を始めた4人対戦。その行く末はどうなるか……

 

 

 

 

「お゛、ぉ゛ぐっ……お゛〜………………」

 

結論:負けました。

 

 

 

 

「よし!」

 

 虚ろな目をして口の端から涎を零しながらピクッ……ピクッ……と痙攣をするバベルを見上げてサレンダーを宣言すると、対面に座った小松君がガッツポーズをする。

 最終的に試合を決定付けたのは小松君が用いるデッキ『領土拡大』に搭載の『極彩の檻』による攻撃制限で、いくらか火力が搭載されているとはいえ、基本的には素直に殴るタイプのビートダウンデッキな『バベルレス』では多人数戦という的の多い状況では手が届かなかった。

 他の二人、池尾君と牧田君の『バベルズ』と『食物連鎖』を乱戦の末に何とかマットに沈め、鉄壁の布陣で待ち構える小松君の『領土拡大』を相手にしても闘志を絶やさなかったバベルがぼくの投了宣言と同時に解放されてべシャリと近くに崩れ落ちると、隣でバベルの首を絞め上げていた小松君の靄が称賛に応えるように両手を挙げながら、ゆっくりとその姿を消したのだった。

 

(えっと……これ、大丈夫かな?)

 

リンコスの食い込んだ大きなお尻だけを突き上げて、うつ伏せのまま痙攣を続けるバベルにどうしたのものかと困っていると、カードを畳んだ池尾君が「いやー、遊んだ遊んだ」と笑いながらリュックサックを背負って席を立つ。

 

「そうだ。せっかくだし、このまま人狼ラーメンでも食いに行こうぜ」

 

「お、良いじゃん」

 

「賛成」

 

「火無はどうする?」

 

「へ? あ、ぼくも行きたいかな……」

 

「よし、じゃあ決まりだな」

 

そう言ってお店の出口に向かう3人と、轟沈したままのバベル。一先ずバベルに触ってみると問題なく掴めたので、気絶したままのバベルを何とか背負って3人を追いかける。幸いと言うべきかこの状態のバベルは殆ど体重がないらしく、ぼくの力でもそんなに不自然にはならない程度に誤魔化せた。唯一変に見える手をポケットに入れてカードショップの外に出ると、待っていた池尾君達と並んで向かいのラーメン屋の列に並ぶのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

「オレ様は負けてねぇからな」

 

「あー……うん」

 

「タイマンならオレ様の勝ちだったからな!」

 

「まあ、多分それはそうかな」

 

 帰り道、意識を取り戻したバベルはご機嫌斜めで、ぼくの背中に子泣き爺みたいにへばりついたまま、さっきの多人数戦の結果に対する物言いを口にしていた。まあ、最後は池尾君の『塔』の処理でマテリアル除去を使い果たしちゃったのが直接の敗因だから、1対1なら勝てたというバベルの主張はぼくとしても同意するところではある。ただ、一応自転車を漕いでいる身としては全ての意識をバベルに割くわけにはいかないところがあって、

 

「なあ、聞いてるのか?」

 

それがバベルにはご不満なようだった。

 

「……いいよなー、お前は。オレ様が気絶している間もカード仲間とラーメンかー」

 

「それはゴメンて」

 

人狼ラーメン独特の食欲を唆る豚骨とニンニクの薫りに、途中で目を覚ましたバベルのお腹の音が終始グーグーと背後で響いていたものの、状況が状況だけに最後まで羨ましそうにしているバベルに食べさせることが出来なかった。

 

「今度、家人狼頼むからさ」

 

「絶対だぞ? 約束だからな?」

 

「ん。約束約束」

 

「それから、オレ様の調整もな! あんの陰険塩試合レスラー、次会ったら絶対にフォール取ってやる!」

 

「はいはい……?」

 

どうやら、結構本気で食べたかったらしく、食い気味に要求してくるバベル。けど、あれ?

 

「あん? どうかしたのか、空? もしかして、オレ様のナイスバディにメロメロか〜?」

 

「いや、流石に自分ので見慣れてるレベルの胸で欲情する趣味は無いんだけど。っていうか痛い痛い」

 

バベルが「うりうり〜」と胸を押し付けてくる度に胸骨が当たって地味に痛い。何なら、女の子の体とはいえレスラーの腕力で押しつけられているせいで、割り増しで痛い。

 

「ま、見事にド絶壁だからな。本来、男だし」

 

「自分で言うんだ」

 

「それに空は巨乳好きだろ?」

 

「否定はしないけど、何でそれを?」

 

「ネットの履歴」

 

「おい」

 

「着エロもトップレスとか大好きだよな。後は星形ニプレスとかも」

 

「マニアックな方の趣味までバラすなと」

 

「何なら、用意してくれりゃ着てもいいぜ?」

 

「あ、それは別にいいや」

 

「はっはっは……ヘッドロォック!」

 

「あ゛だだだだ!?ちょ、転ける転ける!!」

 

「空、どんな時でもオレ様達は一緒だぜ?」

 

「男に言われても嬉しくなだだだ!?」

 

「はぁーはっはっはぁ!!!」

 

バベルのヘッドロックを食らって、グネグネと蛇行する二人乗りの自転車。時間が時間だから向かってくる自転車は皆無だけど、日中だったら確実に事故ってるよね、これ。

 

「勝利!!!」

 

「ったた……」

 

結局、ヘッドロック疾走を続けること数分。ぼくのギブアップを最後に、バベルが背中で勝鬨を上げる。そんなバベルの雄叫びを聞きながら、ぼくはさっきふと気になった事を聞いてみることにした。

 

「ねえ、バベル」

 

「ん?」

 

「今更の質問なんだけどさ、バベルはどうしてぼくの前に現れたの?」

 

「なんだ、空はオレ様の股間に生えたパーフェクトビクトリーストロングバベルのことを忘れ「いや、そこは忘れてないけどさ」んじゃあ、どうしたんだよ?」

 

「いやさ、バベルの話だとぼくが『共倒れの塔』を抜いたせいで身体が女の子になっちゃったから出てきたって話じゃん」

 

「あぁ、そうだな」

 

「けど、その割には昨日の今日で、もうその事を言わなくなったよね」

 

「なんだよ、空はオレ様が四六時中ちんこちんこ言ってる方が良いってのか?」

 

「そういう訳じゃないけどさ。でも、最初の迫力ほど怒ってはないよね?」

 

「…そりゃ「それともう一つ」なんだ?」

 

「さっき話てて気付いたんだけど、ぼくがバベルのデッキを作ってから十年になるよね」

 

「ま、そうだな」

 

「けど、その全部に『共倒れの塔』が入ってた訳でもないよね?」

 

「……」

 

ぼくの確認に、背中のバベルがとうとう黙ってしまった。とはいえ、疑問に思っちゃったものは疑問に思っちゃったものだしなあ……。

 ぼくが『悪辣な闘士』を自引きしてデッキを組んだ時間は、ぼくのMWM(ジグザグ)歴とほぼほぼイコールだ。その間十年。毎日の様にバベルを触ったし、毎日の様にバベルを改造した。それこそ、ビートダウンにコントロール、時にはサーチ能力を生かしたコンボデッキまで、およそ全てのアーキタイプに手を出したと言っても過言じゃないだろう。何なら、バベルが『バベルズ』になったのだって、ここ1年くらいのことでしかない。そんな長い『悪辣な闘士』歴の中で、バベルが一度も女の子になったことがないとは考えづらかった。もちろん、バベルの生態を全て分かっている訳じゃないから法則性も知らないし、それこそ付喪神のごとくつい最近人間の姿になった可能性もあるけれど……。

 

 

 

「……はぁ。流石はオレ様のキャスターだ。変なところで勘が働くよな」

 

 

 

果たして、背中の方から聞こえてきたのは、そんな何とも嬉しそうにも誇らしそうにも聞こえる言葉だった。

 

「一応言っとくけど、半分は本心なんだぜ? オレ様は基本的には男だし、何なら小学校だった時の空が初めて組んだオレ様は殆ど素のオレ様(『悪辣な闘士』)だったからな」

 

「あー、そりゃそっか」

 

「すげえよな、オレ様の能力とかもよく分かってなかったから、取り敢えずオレ様で殴るだけのビートダウンデッキ」

 

「まあ、子供の発想だからさ」

 

「けど、最高に楽しかった」

 

「そ」

 

「おう」

 

頷いたバベルがククッと喉を鳴らした。

 

「ただ、もう一つの理由があるのも、その通りだ」

 

「それは?」

 

「それは……」

 

口を開きかけたバベル。けれど、そのバベルの口から、ぼくの質問への答えは紡がれなかった。

 

「! 空、前!!」

 

「!?」

 

代わりに響いた鋭い怒声。その声に慌ててブレーキを握る。

 

(なんで……)

 

目の前に突然現れた人影に、ぼくは内心で思わずそう呟いていた。

 ここは緩めの一直線な下り坂で人が出てくるような横道も無い。それに、いくらバベルと話し込んではいたとはいえ、無灯火でもなかったのにこんな至近距離になるまで気が付かないなんて、本当にありえるのだろうか。

 

「くっ!!」

 

 やけにゆっくりと接近する人影に、咄嗟にハンドルを切って身体を倒す。当然、自転車はバランスを崩して横転するけれど、このまま直撃するよりはマシだ。

 

「ぐっ!?」

 

ガシャンッという音と同時に全身を冷たいタイルの感触が突き抜けて、一瞬理解が追い付かない衝撃に頭が恐慌状態に陥る。ただ、情報を受け取るだけの五感は思考とは正反対に鋭敏なままで、滑走していく自転車の向かう先をやけにはっきりと捉えて離さなかった。

 幸いな事に、ぼくの自転車は横転して広くなった表面積に引っ張られて急激に減速していく。そして、人影の足元まであと数センチのところで、完全に停止したのだった。

 

「よかった……ぐっ!?」

 

ホッと安心したのも束の間、今度は意識していなかったはずの激痛に襲われて、思わず顔を顰めてしまう。後ろの方から聞こえてきた「空っ!!」という悲鳴に大丈夫と返そうとしたところで、続くバベルの「逃げろ!!」という声がやけに耳に残った気がした。

 

「え?」

 

けれど、バベルの言葉に理解が追い付くよりも先に、ぼくの視界は白い濃霧を思わせる靄で覆い尽くされていた。それも、視界全てが塗り潰される様な異様な白。けれど、

 

「あ、な……っ」

 

まるで絵の具みたいなそれは、見ているだけで異様な胸のざわめきと、悔しい、悲しい、無念……そんな濃縮された負の感情を掻き立ててきたのだった。

 

 

 

 

「オレ様のキャスターに触るんじゃねぇ!!!!」

 

 

 

 

けれど、そんな曇天を通り越した雨霧を、地鳴りの様に響いた怒号と同時に疾走り抜けた白い閃光がガツッという鈍い音と共に吹き飛ばしたのだった。

 

「っし!」

 

スタッとタイル地の歩道に着地して、十字に交叉しているフライングクロスチョップを決めた両腕を解く。そして、前屈みになると「来るぞ! 構えろ、空!」と吠えた。その声に慌てて身構えるけど、今度は「バカ、そっちじゃねえよ!」という怒号が続く。

 

「えぇ……?」

 

「オレ様達の構えって言ったら、一つしかねえだろ!」

 

「いやいや!? 明らかにそんなことしてる場合じゃないだろ!?」

 

「逆だ逆!! こんな場合だからこそやらなきゃならねえんだよ!!」

 

「えぇ……」

 

流石のぼくも、こんな状況でのまさかの指示に思わず閉口してしまう。いや、そんな事してる暇があるくらいなら、さっさと自転車を起こして逃げた方が……

 

 

 

「安心しろよ、空」

 

 

 

けど、そんなぼくの視線に気付いたのか、フッとこっちを向いたバベルがギラッと獰猛な笑みを浮かべた。

 

「お前にゃ、このオレ様が……相棒のバベル様が指一本触れさせねえからよ!!!」

 

「!!」

 

そんなバベルの啖呵に、モゾモゾと不可思議な蠕動を繰り返していた靄がピタリとその動きを止めた。その目も鼻も口も無いはずの頭部らしきパーツをバベルに向けて、ジッと佇む靄。普通なら表情もくそもないはずのその頭部に、けれどぼくはなぜか強い憎しみと……それ以上の嫉妬が見えた気がした。

 

「!?」

 

一瞬、その靄の発する負の気配に呑み込まれそうになる。けど、すぐにこっちを向いたバベルと視線が重なると直前の悴む様な瘴気が嘘の様に掻き消えていった。………………

 

 

 

「ああ、もう!!」

 

 

 

ぼくは腹に力を入れて、背中のリュックサックに手を伸ばした。

 正直、正気じゃない。っていうか、明らかに現実じゃない。けど、この状況で四の五の言っていたら、それこそ目の前の非現実が、ぼくとバベルを襲おうとした何かが本当に現実のものとなってしまう。

 

「カードゲーマーがカードを引かなくなったら、それこそおしまいなんだよ!」

 

半分は宣言。そしてもう半分は自分に言い聞かせるため。闘いの前にバベルがそうするように顔を叩いて、ケースからデッキ(バベル)を取り出す。

 握ったデッキは二つに割って押し込み、二つに割って押し込み。一度順番を入れ替えてから二つに割って、また押し込む。

 カードゲーマーなら誰もがやる当たり前のファロー&ヒンズーという二種類のシャッフルの組み合わせ。MWM(ジグザグ)を始めてから何万回とやってきた動作。こんな状況にこんな時でも、手だけは滑らかに動く。そして一息でシャッフルが完了して、デッキを指で挟んで掴み取る。扇みたいに広げたカードの枚数はぴったり7枚。

 

「バベル!」

 

「っし、いくぜ!!」

 

ぼくの合図に、迷わず駆け出すバベル。

 

「エネルギーチャージから『新緑の苗木』をプレイ」

 

「しっ!」

 

そして、いつも通りの初手に合わせてガシッと手四つになる。

 

「……」

 

対する靄の方はのっぺりと揺蕩ったまま反応らしい反応を見せない。けど、その手にはバベルと同等の力が込められたのか、腕力で押し込もうとしたバベルが逆に押し返されて、真正面から互いの両手を握り合う体勢になった。

 

「ドロー『火炎札』!」

 

「だりゃっ!」

 

デッキトップを捲って、引き込んだカードをノータイムで切る。すると二人の均衡が崩れたのか、バベルのヘッドバッドが炸裂した。更におまけで『苗木』を突っ込ませると、残ったエネルギーで2枚目の『新緑の苗木』を場に出す。

 

「……」

 

対する靄の方は、おまけとばかりに貰ったバベルの張り手にも反応らしい反応を見せることはない。けど、ぼんやりと佇んだままのその体がぐぐっと一回り程大きく膨張した気がした。

 

「……お前、『HELLO・ゲリラ』か」

 

そんな人型の靄と対峙しながら、バベルが不意にぽつりと呟いた。

 

(『HELLO・ゲリラ』?)

 

傍から聞けば何の脈絡もない単語の組み合わせ。けど、そんなバベルが口にした言葉がなぜか妙に引っかかっ……あれ?

 

「ねえ、バベルそれって「後で説明する。それより、今はオレ様を!」っと」

 

バベルの言葉にすぐにデッキトップを捲る。引いたのは『暴虐の大蛇』。普段ならボードアドのロスに繋がるそのカードをぼくは迷わず追加のエネルギーと合わせて着地させる。デメリットが誘発して『苗木』が手札に戻って来るけれど、代わりに場に出た攻守ともに700の大型モンスターの力を得て二回り近く大きくなったバベルはその筋肉質になった右腕を曲げてググッと大きな力瘤を作ると、ぐるんっとそれを回して対峙する靄の喉首に狙いを定める。そして、次のターン……。

 

「だらっしゃぁ!!!!!!!」

 

もう一回り肥大しつつも、相変わらず動こうとしない靄に、バベルが渾身のラリアットをぶち込む。

 一瞬、白靄が不自然に肥大した両腕で受けようとするけれど馬力の優劣は明らかで、バベルの剛腕に殴りつけられた靄の体はパンッと風船が弾ける様に萎んでしまう。

 

(反撃は……多分、無い)

 

靄の雰囲気と頭の中にある一つの可能性から、もう一枚引いた『大蛇』を盤面にいる『苗木』を餌にして着地させる。身体に漲る力からそのことを察したのか、背中を向けたままのバベルはバンッと自分の掌に固く握った拳を打ち付けた。

 

(次が4ターン目……)

 

案の定と言うべきか、目の前の靄はアクションらしいアクションを見せることなくまたヨロヨロと立ち上がって、バベルと真正面から相対した。

 

「空!」

 

「うん」

 

そんな靄に一瞬痛ましいものを見る様に目を細めたバベルは、けれどすぐに声を張り上げて次のカードをと示してくる。引き込んだのは……『バックドラフト』!

 

「全エネルギーを使って『バックドラフト』をプレイ!」

 

「!!!」

 

ぼくがカードを掲げると、ゴウッ!!と音を立てて灼熱の炎に巻かれるバベル。そのしなやかな長髪が渦を描く螺旋状の炎に巻き上げられて、ゆらゆらと陽炎の様に棚引いた。そして、バチバチと弾ける火の粉を撒き散らしながら、よろめく靄に突貫するバベル。一瞬、ぺちりと飛んできた弱々しい反撃には物ともせず前進すると、その腰を折り曲げさせてガッチリとその腰の部分をクラッチする。

 

「見てろよ空!」

 

そして、バベルが咆哮する。

 分厚い両腕で高々とバタつく靄をリフトすると、そのまま地面を蹴って大きくジャンプする。

 

 

「これがオレ様の……バベルズボム!!!!!!!」

 

 

その瞬間、ズシンと辺りが揺れた。バベルの渾身の一撃に周りの空気が圧倒されて、道を行く自動車の窓ガラスがビリビリと揺れた様に錯覚までした。そして、長い黒髪を掻き上げながらゆっくりと立ち上がると、ゲームが終わったのかシュルルルルと逆再生みたいに萎んでいつもの普通サイズに戻るバベル。

 

「終わったの?」

 

「ああ」

 

そんなバベルに声を掛けると、振り向いたバベルがコクリと頷いた。一応指に挟んだりしながらプレイしていたカードをまとめてデッキケースに仕舞いながらバベルの隣に立つと、その視線の先にはさっきの靄が大の字になったまま小さく痙攣をしていた。

 

「まだ、生きて」

 

「ああ。けど、これ以上何が出来る訳でもねーよ」

 

そう言って俯いたバベルの前で、ふと靄人間が顔を動かした。

 

―ナンデ……オマエダケ……―

 

「!?」

 

「……」

 

不意に聞こえてきた、不自然な片言の不協和音。その恨みがましい声に思わずバベルを見ると、バベルはゆっくりと目を閉じて少しだけ頭を下げたのだった。

 

「さ、帰ろうぜ」

 

「あ、うん……」

 

そして、顔を上げたバベルに頷き返して、道端に投げ出される形になっていた自転車を引き起こす。時間にすればほんの数分のはずなのに、まるで何時間も経ったかの様な妙な倦怠感を覚えながら自転車に乗ると、後ろに乗ったバベルはぼくの腰に腕を回してギュッと手を握ったのだった。

 

 

 

 

 

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