キーカードを抜いたらデッキにブチ切れられた件   作:小名掘 天牙

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前話は多くの方に見ていただきどうもありがとうございます。
遅くなりましたが続きです。楽しんでいただけたら幸いです。


新生バベル降臨!~デッキの質も金次第~

「くっ、のっ……」

 

 ギチッと鳴ったチェーンの音に、踏み込んだ右脚の筋肉がパンパンに膨れ上がるのを感じる。額に浮かんだ脂汗が玉粒みたいになって、ポタポタと零れ落ちたアスファルトに小さな染みを作るのを薄目に見ながら、

 

「ぬがーっ!!!!」

 

何とか最後の一回転を回し、坂の上の頂へと辿り着いたのだった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

「おー、やるじゃねーか。流石はオレ様のキャスター」

 

「ハァ……うっさい」

 

「んだよ、ひでーの」

 

ぎゃははははと笑うバベルを背に、ぼくはママチャリに突っ伏しながら喘ぐように肺の中の空気を何とか入れ替えるのだった。

 バベルの改造方針として、過去最強のデッキだった『デデデ大王』を組むことに決めたはいいものの、如何せん始めての一人暮らしという事もあって相応に散財をしてしまっていた結果、見事に予算不足となっていたぼく達はこうしてカード代を工面するためにいわゆる◯ber Eatsの様な宅配のアルバイトに精を出していたのだった。と言っても、苦しんでるのはぼくだけで、後ろのバベルは後輪の車軸に立ったまま暢気に「がんばれ♥がんばれ♥」なんて、無責任に煽るだけのエールを背中越しに浴びせかけて来てやがる。

 

「なら、オレ様のおっぱい揉むか?」

 

「……その絶壁揉んでも、自分のとさして感触変わらないじゃん」

 

「はっはっは、ヘッドロォォォック!!」

 

「ちょ、痛い痛い。胸骨が当たって痛い」

 

まあ、こうして気が紛れるのは悪いことじゃないんだけどさ。

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 無愛想な依頼者に買ってきたテイクアウトの牛丼を届けてアパートを降りると、近くにあったベンチに座ってペットボトルに凍らせた氷水に口を付ける。

 

「ふぅ……」

 

「お疲れさん」

 

「んっ……」

 

木陰に隠れながら無駄にギラギラと降り注ぐ太陽に内心で中指を立てていると、隣に腰掛けたバベルが籠に入れてきたタオルで額の汗を拭ってくれる。

 

「ありがと」

 

「おう」

 

ニカッと笑ったバベルの白い顔を見上げながらお礼を言ったところで、ふと妙なことに気が付いた。

 

「ねえ、バベル」

 

「あん?」

 

「バベルって、汗とかかかないの?」

 

「ああ、それか」

 

前髪をクルクルと弄んで小首を傾げたバベルは納得したように「ま、そうだな」と頷いた。

 

「オレ様はお前に触って実体化してねぇと、基本的にこっち世界の影響は限定的なんだよ」

 

「そっか……」

 

つまり、光は得られるけど気温は至適温度と……羨ましいな。

 

「なんだ、物欲しそうな目しやがって」

 

「別にしてな……いや、羨ましいとは思ってるけ「そんなにオレ様の汗だく毛無しVラインに顔埋めて深呼吸したかったのか?」てめぇ最悪名誉毀損で訴えんぞ!?」

 

誰が野郎に顔騎されたがってるのかと。というか、お前が生えてないとか誰得情報なんだよ。なんで、自分のデッキがパイパンとか知らされなきゃいけないんだよ。

 

「ちなみに、調整次第じゃ剛毛にもなれるぜ?」

 

「やかましいわ!」

 

ケッケッケと笑うバベルの頭をひっぱたくと、丁度スマホが鳴ったので親指を押し当てて通知を見てみる。

 

「あ、さっきの人、いいねしてくれてる」

 

「お、良かったじゃねえか。これでまた一歩前進だな」

 

「本当に気持ち程度だけどね」

 

「それでも、無いよりゃいいだろ」

 

「ま、それはその通り」

 

肩を竦めてスマホを仕舞いながら、小休止を切り上げて再び自転車へと乗り込む。

 

「出発するよ」

 

「おう。いつでもいいぜ」

 

後ろに立つバベルに合図をして自転車を漕ぎ出すと、安物のペダルがキィと鳴った。

 

(それにしても、まさか『挑発する離反者』があんなに値上がりしてるなんてなぁ……)

 

両足を交互に踏み込みながら、ぼくは内心で思わずそうボヤいていた。

 若干のコスト踏み倒し能力こそあるものの明らかに使いづらい『離反者』が、ぼくの記憶するワンコインから女性偉人一人と等価交換されるまでに成り上がった理由は昨今のMWM(ジグザグ)界隈で流行している“多人数戦ハイランダー”の影響らしかった。

 TCGにおける“ハイランダー”は“シングルトン”などとも呼ばれ、概ね各カード1枚で構成されるデッキの事を指す。

 一般的にTCGというものはパワーカードは積めば積むほどデッキ強度が上がるので、優秀なサーチカードと局所的に飛び抜けて優秀なカードが大量に存在する環境でもない限り、この構築はある種のデバフにしかならない。けれど“同じカードを最大枚数集めなくても良い”という制限の緩さはカード資産を気にせずに済むという気軽さにも繋がっていて、新規参入プレイヤーの人達に対しては抜群の間口の広さを持っていた。

 で、更にこのルールをカジュアルにしたのが“多人数戦ハイランダー”で、これは対戦ゲームという面以上にパーティーゲームとしての趣が強く出ている。

 そんなルールの中だと突出した一人のプレイヤーは自然と四方八方から叩かれる傾向になる。だから、自分だけでなく他一人のプレイヤーに対してもアドバンテージを与えられる『挑発する離反者』は単純な効果だけじゃなく、ゲーム進行上のヘイト管理にも使える……と、いうことらしい。

 まあ、そっちのルールはノータッチのぼくからすると、単純に必要パーツの高騰という辛い現実だけが目の前に立ちはだかってくるんだけどね。

 閑話休題。

 そんなルールの煽りを受けて必須パーツの暴騰という事実に直面したわけだけど、現実は待ってはくれない。ぼくが作ったバベル以外のデッキ達がいつ襲撃を仕掛けてくるかも分からない中で全勝(しかもBO1)するには来月の仕送りを待ってはいられなかった。結局、即日面接無しで始められるアルバイトに勤しんでるわけなんだけど……

 

「もらい!」

 

「あ、ちょ」

 

「ンクッンクッンクッ……ぷはぁ!」

 

なんでか付いてきたバベルがさっきからちょっかいをかけてくるせいで、疲労が2割増のようなそうでもないような感じだった。

 

「お、美味いな」

 

「そりゃそうだろうね!」

 

「ほれ、お前も飲んどけ。熱中症対策は大事だからな」

 

「イヤだよ! なんで、野朗が口付けたペットボトル飲まないといけないのさ!?」

 

「おーおー照れんな照れんな」

 

「照れてなぐっ!?」

 

「そんなに照れられっと、ねじ込みたくなるからよ」

 

「んごっおっ……」

 

「くくっ……間接キスだな♥」

 

「ぶふぉっ!?」

 

「おー、飛んでった飛んでった……何メートルくらいいった?」

 

「知らないよ!ってか、知りたくもないよ!?」

 

いやほんと、どうしてこうなった……。

 

 

 

 

     ■

 

 

 

 

 で、そんなバイト生活も2週間が過ぎた頃、

 

「リストは……間違いなしかな」

 

無事に目標額を稼いだぼく達はいつものカードショップ前に、やってきていたのだった。

 

「うん、間違いないな」

 

隣からスマホの画面に映る“購入するカード”のメモを覗き込んだバベルがこくこくと頷く。ダブルチェックも完了したし、早速行こっか。

 

「おう」

 

白い歯を見せたバベルと並んでショップの押戸を開くと、真っ直ぐMWM(ジグザグ)のショーケースに向かう。

 

(さてさて、まだ残ってるかな?)

 

そんな事を考えながら、目的のカードが置かれてるであろう分類へと目を走らせるのだった。

 

 

 

 

「よし……」

 

 それから1時間後のこと、想定していたすべてのカードを予定通り購入できたぼく達はお店にあるデュエルスペースの片隅でデッキの入れ替えを行なっていた。

 汚れ防止の安い無地スリーブにカードを入れ、束ねたデッキを上から押し潰してカードとスリーブの間に入った空気を抜く。そして、枚数の点検も兼ねて、テーブルにカードを1枚ずつ並べるディールシャッフルを行う。因みに、とある流行りの漫画の影響で“ショット・ガン・シャッフル”という言葉と共に“ショット・ガン・シャッフルはカードを傷める”なんて概念がカードゲーマーの間では周知されていたりするけれど、本来の“ショット・ガン・シャッフル”はこのディールシャッフルのことを指していて、一番カードを傷めない代わりに時間が掛かるシャッフルだったりする。この辺の小話もカードゲーマー界隈では定番のトリビアだったり……ま、それはそれとして、

 

「ふむ……」

 

切り終えたデッキを置いて最初の7枚のドローを行い、手札の点検を行う。その中身を検めてから、更に二度三度とファローシャッフルを行って、もう一度ドロー。そうして、初期手札の上振れと下振れを確かめてから、さっき売らずに残しておいた数枚のユーティリティカードと一部を交換して、更に感触を確かめる。

 

「よっ」

 

「わっ!?」

 

そうして、デッキの詳細確認をしていると、不意に背中の方からムニュッと柔らかい感触が押し付けられた。その妙に柔らかくて温かい感触に悲鳴を上げると、カウンターの店員さんが訝しげな目でこっちを見てきていた。

 

「ちょ、バベル……」

 

「あん? どうしたよ?」

 

 そんな店員さんの冷たい視線に顔から火が出る様な気持ちになりながら、直前の不意打ちの犯人(バベル)に抗議の声を向けると待ち構えていた当のバベルがニヤニヤと口端を持ち上げながら黒いエナメル地に包まれた大きな胸(・・・・)を張ったのだった。

 

「……え?」

 

「なんだよ、鳩が豆鉄砲くらったような顔しやがって」

 

我が目を疑う光景に思わずそう漏らしたぼくに、バベル?が見せ付けるようにゆさゆさと自分の胸を振る。

 

「え、えっと、バベル……だよね?」

 

「他に誰がいるんだよ。まさか、最愛の相棒デッキのことを忘れちまったのか?」

 

「そうじゃないけど……バベルってもっと胸がその控え「絶壁だったってんだろ?」いや言い方ぁ!?」

 

こっちがオブラートに包んでるのにさあ。

 ケタケタと一頻り笑ったバベルは「お前、すっかり忘れてんだろ」と悪い笑みを浮かべる。

 

「オレ様は元々、デッキの構成で見た目が変わんだぜ? 当然、『バベルレス』から『デデデ大王』なんて大工事をされりゃこうもなるっての」

 

「あー……そういえばそうだっけ」

 

言われてみれば、半月前のバベルはそもそも男だった訳だしなあ。でも、なんでそんな急に、

 

「お前、抵抗もできないオレ様に無理矢理デカいもん捩じ込んだだろ?」

 

「だから言い方ぁ!」

 

そりゃ、確かに『違法酒場の呼鈴』のサーチ先にファッティを突っ込んだけどさあ!

 

「んで、どうする?」

 

「ん?」

 

「好きだろ? 巨乳。揉みてえなら構わねぇぜ?」

 

「、いや、やめとく」

 

「ちょっと迷ったな」

 

「うっさい……ん?」

 

ケケケッと悪い笑顔で顔を覗き込もうとしてくるバベルから視線を逃す様にデュエルスペースの入り口の方に視線を向けると、小学生くらいの男の子数人が伺うようにこっちを見ているのと目が合った。何かあったかな?

 

「……」

 

「!」

 

軽く会釈をすると、男の子達は少し驚いた様子で目を見開くとヒソヒソと何かを話してからタタタッと小走りでこっちにやってくる。んー?

 

「あ、あの! 対戦お願いしてもいいですか?」

 

「ああ、大丈夫ですよ」

 

その子達の言葉に頷いて、広げていたデッキ以外のカード達を仕舞うとファローシャッフルを行う。対面に座った男の子も慣れた手付きでシャッフルを始め、友達の子達が男の子の後ろへと陣取る。ふむ……

 

(これは?)

 

(多分、肝試し?)

 

そんな子供達の様子に小首を傾げるバベル。そんなバベルに、ぼくは軽く肩をすくめた。これくらいの歳の子からしたら大学生なんてまず大人も大人で、対戦を申し込むのにもそれなりに勇気がいるはずだ。けど、仲間内での対戦を繰り返すうちにもっと強い人と闘いたいと思う様になって、ショップにいた大人としては若い大人に見えるぼくが都合よく一人だったから声を掛けてみた……そんなところだと思う。

 

(なるほど。で、どうする?)

 

(んー、特には?)

 

暗に手加減をするのかと問うてくるバベルに、ぼくは内心で首を横に振る。せっかく勇気を出して対戦を申し込んでくれた子達にそういうのは良くないと思う。腕試しに大人に挑むくらいの子達じゃ、そういうのは分かっちゃうだろうしね。それに、こっちも試運転で普通に負ける可能性は全然ある訳だし。

 

(つまりは?)

 

(いつも通り全力で……かな)

 

(了解!)

 

ぼくがそう言うと、獰猛な笑みを浮かべてバベルが組んでいた腕を解き構えを取る。そして、ダイスロールで先攻後攻が決まると、どこからともなくカーン!というゴングの音が鳴り響いたのだった。

 

「先攻もらいます! 『向う見ずなイノシシ』を召喚します!」

 

「通ります」

 

『向う見ずなイノシシ』

コスト:1

強襲

このカードが攻撃するたび、防御プレイヤーは自分のデッキの一番上のカードを公開する。それがモンスターカードであるなら、そのプレイヤーはそれを自分の手札に加える。

攻撃力200・防御力300

 

 差し出された赤い色のカードに頷くと、男の子は間髪入れずに「アタックします!」と宣言する。

 

(“バーン”か)

 

その殴りかかってきたモンスターはその筋では極めて有名な、いわば看板モンスターの一枚だった。

 

“バーン”

 

 MWM黎明期から存在する由緒正しいアーキタイプで、その戦略は読んで字のごとく対戦相手やモンスターをダメージ呪文で焼き尽くす(・・・・・)というものだ。

 その戦略の明快さと奥深さ、そして何より一瞬でゲームに幕を引く爽快感から古今東西多くの根強いファンがいるデッキでもある。そして、目の前で殴りかかってきた激情に燃えるイノシシはそんな現代の“バーン”で先鋒と中軸とエースを兼ねる、いわば“現代バーンの顔”とも呼べるモンスターだ。

 

―がはっ!?―

 

「受けます。ライフは1800」

 

隣のバベルもいつもの様に生まれた靄のような人影―なぜか、ちょっと色が赤い―にタックルを食らって悶絶している。

 

「さすが」

 

「へへっ♪」

 

形振り構わない不可避の速攻。敵にアドバンテージを与えようが、それを盤面に還元される前に焼き尽くせば勝利というのはバーン使いの伝統思想だ。

 思わず呟いたぼくの言葉に、対面に座る男の子が嬉しそうに鼻の下を擦る。後ろに立つ友達の子達も定番の最強ムーヴににわかに沸き上がっていた。

 

「じゃあ、ターンを貰ってエネルギーセットから『産業スパイ』をプレイ」

 

「あっ、はい」

 

『産業スパイ』

コスト:1

対戦相手1人の手札を見て、モンスターではないカードを1枚ずつ選ぶ。その対戦相手は選ばれたカードを捨てる。

 

ぼくが提示した覗き見手札破壊(ピーピングハンデス)に、男の子が握っていた手札を広げる。

 

(『火球』、『火球』、『咆哮する火炎獣』、『バックドラフト』に……)

 

その中の見慣れたカード群の中に、少し古い見た目のカードが1枚紛れ込んでいた。

 

(『爆炎』ね)

 

『爆炎』

コスト:6

あなたはこのカードのコストを支払う代わりに火炎のエネルギーを2つ生贄に捧げてもよい。

爆炎は対象の相手に400点のダメージを与える。

 

通常、カードに記載されたコストで唱えると6コストで400ダメージと明らかに割の悪いこのカードは、効果欄に記載の一文により事実上の0コストで撃ち込まれる決戦火力としてのポテンシャルを秘めている。もちろんエネルギー2枚なんてリソースを捨てればリカバリーは不可能に近いけれど、この程度で日和っていては“バーン”なんてデッキは握れない。

 

「まあ、流石に『爆炎』かな」

 

前に使った『バベルレス』ならほぼノーリスクで『悪辣な闘士』を処理できる『火球』も選択肢だけど、『デデデ大王』の場合は後々のゲームプランを考えても『爆炎』を抜いておいて裏目はない。

 ぼくがカード名を宣言すると「はーい……」と残念そうに口を尖らせながら男の子は手札を捨て、隣のバベルが『悪辣な闘士』らしく赤靄の人影の頭部を引っ掻くようにして反則攻撃(サミング)を加える。さてさて……、

 

「エンドで」

 

「じゃあ、『火球』を2枚ともプレイヤーを対象に使ってから『向う見ずなイノシシ』でアタック」

 

「受けます」

 

これでライフは残り半分。向こうの手札もカツカツだけど、トップ次第では一瞬であの世に行ってしまう。

 

―がはっ!?!?―

 

バベルの方もボワッ!と燃え上がった火炎人間に高々と天井まで持ち上げられて、そのまま垂直に床面へと叩き付けられて満身創痍の有様だった。

 序盤からハイスパートなブレーンバスターに、ボンテージの食い込んだお尻を天井に向けたままピクピクと痙攣するバベル。……あの、大丈夫?

 

―ふぅ……ふぅ……。ああ、問題ねぇよ―

 

後頭部を抑えながら、何とか立ち上がるバベル。けれど、その目はまだ爛々と闘志を滾らせていて、“どうだ!”と言わんばかりに両手を広げる赤靄人間を鋭く睨みつけている。

 

「じゃあ、ターンを貰って……ドロー!」

 

 事実上の最終ターンになるであろうドローは……うん、

 

「『挑発する離反者』をプレイします」

 

「『挑発する離反者』?」

 

ぼくがカードのプレイを宣言すると、不思議そうに首を傾げる男の子の横でぼやーっと黒い靄が湧き上がる。

 

「『離反者』の効果で『離反者』のコントロールがそっちに移ります」

 

「あ、はい」

 

「そして、『離反者』のもう一つの効果で、ぼくは手札から『悪辣な闘士』を出します」

 

バベルの根幹である『悪辣な闘士』を差し出すと、その文面ですぐにピンときたのか、男の子は「あっ!」と声を上げる。そして、その横では一匹の靄がバベルを煽るようにチョイチョイと人差し指を曲げて、カッとなったようにバベルが突貫を繰り出す……あーあ。

 

―ぐぶぅ!?!?―

 

その瞬間、後ろに回り込んだ赤靄とによるラリアットにサンドイッチされて、バベルはドサリとその場に崩れ落ちる。床に大の字になったバベルを踏み付けにしながら、2体の靄は高々と両腕を上げて勝利を誇示した。うーん、この。

 

 

「処理を続けます」

 

 

宣言をしてカードを取りまわす。デッキ外から付与していた『違法酒場の呼鈴』ごと『悪辣な闘士』を墓地に送ると、どこからともなくカランというベルの音が鳴り響いた。

 

―てめぇらぁ……―

 

同時に地の底から響く様なくぐもった声。そこに込められた憤怒と怨念は、誰に向けられたものなのかを分かっているぼくでも、思わず身震いしてしまいそうな激情に染まっていた。

 

―覚悟は……できてんだろぉなあ? あぁん!?!?―

 

全身から血色のオーラを燃え上がらせながら、ノシッノシッと立ち上がるバベル。フーッフーッと鼻息荒く二人の靄を睨み付けると、ガンッと自分の拳を打ち合わせる。

 

(あー、はいはい。ちゃんとやるから任せてって)

 

一瞬チラッと重なったバベルの視線に頷きながら、デッキに手を伸ばして『呼鈴』で呼び出すカードを探す。

 “バーン”というデッキは伝統のあるデッキだけあって、その対処法もかなりの数が確立されていたりする。分かりやすいのは回復で、本来は直接勝利に向かわない分対コスト非でダメージよりも高効率に設計されている回復カードならば場合によってはバーンカード複数枚分を1枚のカードで引き戻すことで事実上のハンドアドバンテージを築くことが出来る。それ以外にも本体を対象に取れないようにすることで決戦火力から身を守ったり、火力の対象を別の対象に切り替えたりなんて手段もある。そして、今回ぼくがデザインした対策はこれだ。

 

「デッキから『聖盾の天使』を出します」

 

『聖盾の天使』

コスト:9

『聖盾の天使』が場に出る際、属性を一つ宣言する。

あなたの対戦相手は宣言した属性のカードを唱えられない。

攻撃力700・防御力700

 

「「「「「あーっ!?」」」」」

 

ぼくがデッキから出したカードを見せた瞬間、男の子達が声を上げる。

 “バーン”の中でも特に『爆炎』を決戦火力に用いるタイプのデッキは、基本的に最終ターンに確実に『爆炎』を撃ち込むことを前提にデッキをデザインしている関係上、デッキパーツは全てが火炎属性になっている。加えて、重いデメリットを持つカード群で通常のビートダウンより速く瞬殺コンボよりも安定しているというセールスポイントを確立している都合上、そのアドバンテージである安定感を崩しかねない他属性カードはまず入ることが無い。つまりはだ、

 

―てめぇら、こっから先は指一本オレ様の許可なく動かすことは出来ねぇと思いやがれ!!!―

 

概ねそういうことなのだった。

 ぼくが『天使』を着地させた瞬間、ボムッと音を立てて一回り肥大するバベルの肉体。ただでさえ薄地のボンテージがぱっつんぱっつんになるのもお構いなしに二匹の靄人間に対峙した瞬間、ブァサッ!!という音と共にバベルの背中から二枚一対の大きな純白の翼が花開く。……まさか、『天使』を召喚しただけでこんなになるなんてね。

 

―覚悟しやがれぇ!!!!―

 

白い羽の欠片を巻き上げながら、二匹の靄に躍りかかるバベル。当然、二匹の方も身構える訳だけど、

 

―シッ!!―

 

バベルのヘッドロックに絞り上げられて、一瞬で拘束が完了してしまう。

 

「『向こう見ずなイノシシ』と『挑発する離反者』とでアタックします!」

 

―!!―

 

そんな仲間を助けるため、赤靄に技を掛けたせいで無防備になったバベルに殴りかかる。それに加えて、バベルに万力の様に頭を絞られた赤靄の方も何とかバベルの拘束から逃げようと必死にバベルの腹に拳を撃ち込む。

 

「じゃあ、『離反者』の方はブロックで『イノシシ』の一撃は受けます」

 

―だりゃ!!!―

 

けれど、無防備と思っていたバベルに殴りかかったその瞬間、グリンッと振り向いたバベルがカウンターするように振り被った額を靄へと叩きつける。その瞬間、ガチッという鈍い音が鳴って、崩れ落ちるもう一つの靄。

 

―さて……残るはてめぇだけだなあ?―

 

―!?!?―

 

ギロッと腕の中の靄を見下すバベルと、その視線を受けて蛇に睨まれたカエルみたいに震えあがる赤い靄。

 

「『突然死』を『イノシシ』に」

 

「何も……ありません」

 

「じゃあ、『天使』でアタックで」

 

「くらいます」

 

―おらぁ!!―

 

怒号と共にロックした赤靄を地面に押し倒して、そのまま柔道の袈裟固めのような姿勢になるバベル。っていうか、あの胸のサイズだとむしろブレストスムーザー?

 

「次のターンは」

 

「ドローしてエンドです」

 

「じゃあ、ドローしてアタックで」

 

「700受けて残り600です」

 

―どうだ! どうだ、おらぁ!!!―

 

「エンドで」

 

「ターンを貰って……サレンダーで」

 

「はい、ありがとうございました」

 

完全に状況が詰んだのもあって、頭を下げる男の子。正直、自分が小さかったころとは比べ物にならないくらいマナーのいい子―っしゃおらあああああああああああ!!!!!―うん、バベルは少し黙れ。

 

「?」

 

「ああ、失礼」

 

渾身のガッツポーズで吠えるバベルのお尻を蹴っ飛ばすと、バベルが―ひゃんっ!?―と妙な悲鳴を上げてお尻を抑えた。

 

「あの!」

 

「ん?」

 

そんなバベルを見下していると、目の前の男の子の後ろにいた眼鏡の子が背中の青いリュックサックを下しながらプラスチックのデッキケースを取り出す。

 

「次、僕と対戦してくれませんか!?」

 

「ああ、もちろんいいですよ。ぼくはこれしかデッキを持ってないんですがいいですか?」

 

「は、はい!」

 

そう言って、いそいそと友達と変わって席に座る眼鏡の男の子。取り出したデッキにはMWMの販促アニメで活躍する主人公のイラストが描かれている。

 

「じゃあ、よろしくお願いします」

 

「ええ。先攻後攻はダイスロールでいいですか?」

 

「はい!」

 

男の子と代わる代わるダイスを振ってカードを引くと、再びバベルの前に新たな靄が立ち上がる。……ん?

 

「これは……」

 

―てめぇは……―

 

―Uaaaaaa……―

 

―「お前、絶対ゾンビデッキだろ」―

 

バベルの前に対峙した靄は明らかにそれまでの靄とは違う緩慢な動きと、それ以上に鼻に突き刺さるキツイ腐敗臭を立ち込めさせていたのだった。

 

(バベル)

 

―おう―

 

(取り敢えず、速攻で倒すよ)

 

―お゛う゛!―

 

鼻を抑えながら涙目になるバベル。そんなバベルの横で運良く先攻を取れたので、そのまま『酒場』から『全てを呑み込むもの』を召喚して殴りつける。

 

「あっ」

 

―Uaaaaaa……―

 

男の子が漏らした瞬間、悲しそうに呻いて消滅する靄。許せ少年、君も君のデッキも悪くは無いけど、君のデッキの臭いが悪いんだ。

 内心で謝罪しながらデッキをかき集めると、今度は隣の大柄な男の子が「次いいですか!?」とデッキを取り出したのだった。

 

 

 

 

     ◆

 

 

 

 

 あの後、結局さっきの男の子達全員と二周するまで対戦をしてしまった。結果としてはBO1で10戦8勝2敗。2回の敗北は最初の男の子に再び焼き切られた1戦と瞬殺コンボデッキを使っていた子のデッキが上手く突き刺さってしまったのの二回だった。普通の対戦や大会なら十二分に頑張った部類ではあるんだけど……

 

「ぼくのデッキ相手には負けられないからねえ……」

 

「それな」

 

隣を歩くバベルが神妙な面持ちで頷いた。

 

「取り敢えず、代替コストで唱えられるカウンターの搭載は必須だね」

 

いくらこっちが一撃必殺クラスのモンスターを二ターン目に叩きつけられるデッキだとはいえ、手が無いカードというものはまず存在しない。少なくとも10戦もやれば1戦はきちんと捌くデッキに当たる可能性はあるわけだけど、それで負ける訳にもいかないのが辛いところで。その辺を考えれば、緊急回避に使える通常コストではなく代替コストで支払いが出来るカウンターカードはメインエンジン以上に必須カードと言って良いくらいだ。流石にピーピングハンデスと代替カウンターで固めれば、何も出来ずに瞬殺という悲劇は早々訪れないはずだ。まあ、問題があるとしたらだ、

 

「高いんだよね、代替コストで唱えられるカウンター……」

 

カウンターの中でも最上級の力と最悪級のお値段を誇る代替コスト付きカウンターのお値段は良くて一枚一万円という大台だ。

 

「出費が嵩むなあ……」

 

「きついだろうけど、頑張ってくれよ。空」

 

「バベル……」

 

「お前が頑張らねえと、オレ様もお前を守り抜くことは出来ねえんだからな」

 

「あー……うん」

 

夕日をバックに真剣な面持ちでそう言うバベルに思わずぼくは視線を逸らしてしまった。いやなんていうか、中身は知っているんだけど、それでもこう見ると凄い絵になるというか……まあ、有体に言えば凄い美人だよ「はは~ん?????」……しまった。

 ぼくが視線を離した瞬間、何か凄い楽しそうな悪ーい声を漏らすバベル。恐る恐る振り返ると、ニマニマと笑ったバベルが心底愉快そうに腕を組んでいる。

 

「やっぱ、お前はこいつ(・・・)派か」

 

「……うっさい」

 

「ケケケッ。照れんな照れんな。オレ様も大好きだし、何なら男なんてみんな大好きだろ♪」

 

そして、これ見よがしに大きくなった自分の胸をタプッと揺らすバベル。いや、ちょ、近い近い近い!?

 

「ま、あれだ。バイトが辛くなったら言えよ。息抜きと空へのご褒美に一晩中揉ませるくらいはしてやってもいいからよ♪」

 

「いやいやいわぷっ!?」

 

「カッカッカ! じゃ、そういう訳だ。明日からまた頑張ろうぜ!」

 

むごー(なにが)!? んごー(いや、なにが)!?」

 

そんなぼくの悲鳴はケタケタと笑うバベルの胸と夕日に飲まれて、誰にも聞かれることなく押し潰されてしまったのだった。

 

 

 

 

 




●主人公①
火無(ひなし)(そら)
バベルの改造完了。試運転は8勝2敗と上々の出来だったけど
そもそも襲ってくるデッキ相手だと1敗も出来ないため
グランプリを超える地獄であることに気付き、軽く絶望している。
取り敢えず、一番金のかかる通常コストの不要なカウンターを購入するため
アルバイトは継続となることが確定する。


●主人公②
バベル
デッキ構造がガラッと変わったせいで4話目にして見た目が大きく変化する。
なお、呼び出したモンスターによってディティールも変わるため、
最早ほとんど変身ヒロインのノリである。
とりあえず、おっぱいはでっかくなった

バベル近影


【挿絵表示】



●裏話
今回対戦した男の子達は年齢上お小遣いに限りがあるのもあるのですが
一番好きなデッキを使い込んでいるので、既に若干人格を得始めております
(なお、そのせいでゾンビが酷い生物兵器になった模様)
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