理性は心の代用足りうるか?   作:飛龍 蒼龍

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一応貴女は私の来客ですから、私からなにか出さなければなりませんね
紅茶とコーヒーどちらを飲みますか?


ええ、ここまで大変だったもの

とあるアパートの一角にて、カチ、カチ、カチ、というデジタル化の進む現代ではまず聞くことの出来ない、古ぼけた振り子時計の無機質な音が響く

 

丁寧に扱われ、調整を行われてきたこの時計は今も正確に時を刻み続け、もうすぐ昼時であることを告げている

 

暖かな春の日差しが窓から差し込み、部屋に置かれた本棚を明るく照らしている 部屋を見回せば、本棚からそう遠くない位置に一人の青年が分厚い参考書を片手に腰掛けているのが見える

 

どうやら、この蛋白な部屋の主のようだ

 

彼はパタン、と分厚い参考書を閉じる

よく見ればその参考書は付箋が多数貼られ、使い込まれているのが分かる

その使い込まれた参考書の題名は『全てを結ぶ学問、統一場理論』

 

「もう昼か、簡単に冷凍食品で済ますか」

 

 

彼が呟いた言葉はこの1人しか居ない部屋にて、誰の耳にも届く事など有り得ず ただの空気の揺れとして静かに消えるはずだった

 

「ねーねー! お兄さん、その冷凍食品って何?」

 

突如として彼の目の前に1人の少女が現れた

いや、正確にはつい先程まで認識できていなかったと言うべきだろうか

彼の目の前にいる少女はあまり見ない、緑と銀の混じったような髪の色をしていた 顔はとても整っていて、人形のような美しさをも感じさせる

そして、室内なのにもかかわらず、何故か黒い大きな帽子を深々とかぶっている

 

瞼を閉じた目玉のようなものと、そこから伸びた紐のようなものが体をぐるりと1周しており、少し不気味だ

 

彼は少女の身体を軽く見回したのち、驚いた様な反応も無しに口を開く

 

「君、どこからこの部屋に入った? 目的はなんだ?」

 

少女は何処か遠くを見つめるような、見つめていないような、やや焦点の合わない目を彼に向け話し始めた

 

「私ね、古明地こいしって言うんだよ! この部屋には無意識に誘われ入ってきたからわからない」

 

無意識……それは最近、精神物理学と脳科学、両方の分野にて科学的に証明されたものだ

 

 

 

「いや無意識とは? この部屋は窓もドアも全て施錠してある 君はどうやってこれを破壊せず入ったというのか」

 

 

「えー、お兄さんとずっと一緒にいたのに気づいてなかったの? 」

 

彼は少し考え込んだ、と思えば、突然何かに気づいたようでハッ、とした表情でこいしを見る

 

 

「一緒に……? まさか、今朝のごみ捨てに行った時か?」

 

 

対するこいしはやっと気づいて貰えたのが嬉しいのか、口角が少し上がり、ニコニコしている

 

「そーそー! お兄さんから私と同じ匂いがしたから着いてきたんだよ!」

 

 

「同じ匂い…? 匂いってなんだ……しっかり体臭には気をつけているがそんなに臭うのか?」

 

 

「そんな事より お兄さん、私お腹空いたの! 話はいつでもできるけどお昼は待ってくれないよ!」

 

 

「いや、俺には君に昼食を奢る義理は……」

 

ない、そう言いかける前に彼は一つのことを思い出した

──そういえば、賞味期限の近いパスタがあったはずだな、と 彼は何時もなら自炊やテイクアウトで済ますので今日のように冷凍食品を食べる機会はあまり巡ってこない

 

ならば、期限が過ぎて食べ頃を逃すくらいならこの少女に渡してしまおう

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

冷凍食品とは非常に便利だ

本来なら一生をかけて料理技術と食材を集め、そうしてようやく手に入るような一品をたった数分で食べる事が出来るのだ まさに文明の利器様々と言うやつである

 

古明地こいしはパスタをフォークでクルクルと巻いて口に運ぶ

 

「このパスタ美味しいね!」

 

 

「ここ最近の冷凍食品はどれも美味しいものばかりだからな」

 

 

そして、彼もまたパスタを食べる

元々、彼はパスタは1食しかないと思っていたため別のものを食べるつもりだったのだが、冷蔵庫の奥からもう1つ出てきたのはとても幸運だった

 

先に口を開いたのは彼の方だった

 

「それで、どうしてこの部屋に……いや、俺に着いてきたんだ? なにか特別なことがあるならともかく、俺はそこら辺にいる普通の浪人生だ」

 

 

「さっきも言ったでしょ? お兄さんから私同じ匂い……同じ雰囲気がしたって!」

 

 

「いや、同じ雰囲気…似ても似つかないと思うのだが」

 

彼は手で顔を抑えながら、はぁ、と溜め息をつく

 

 

「そんな訳の分からない理由で許してやれるほど俺の心は広くない」

 

彼は携帯端末を手に持ち、実際に通報しようとした

しかし、脳裏に一つの考えがよぎる

 

 

──そもそもこの子は他の人に見えているのか……?

 

彼も先程やっと認識ができたこの少女、古明地こいしは本当に他の人に見えているのだろうか?

もし通報したとしても、警察がこいしを見えなければ意味は無い それどころか、彼が精神異常者としてみなされる危険性もあった

 

と、なれば通報するのはあまりにもリスクが高すぎる

 

倫理観に縛られた現代人である彼にとって、暴力など以ての外だ

それに彼は腐っても一応は大人である、そんな彼にとってこんな可愛い少女を殴る勇気などは無い

 

 

 

「…いや、見た目も言動も少し幼いしな……子供の犯行ということで今回ばかりは目を瞑ってやる」

 

 

ものは言い様である 言葉だけならまるでイタズラした子供を許す心の広い人物に見えるが、対抗する手段が無い以上、何とか言葉で追い出すしかない、というのが実態である

少なくとも現時点でこの男にこいしへ対抗する能力がない以上、この部屋における主導権はこいしにある

 

 

 

しかし、彼の期待は裏切られた

 

「私ね、お兄さんともっと一緒にいたいなって思ったんだ!」

 

 

「だから、これからよろしくね!」

 

 

 

 

こうして、2人の奇妙な共同生活が始まった




それでは、コーヒーを頂戴しましょうかね
甘いものには苦いものが一番合うもの
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