光が広がり、視界がゆっくりと形を変えていく。次第に輪郭を持ち始めた世界は、まるで現実と見紛うほどの精緻さだった。
足元の石畳、柔らかい風の感触、遠くで鳴る鐘の音……
そこは、浮遊城《アインクラッド》の第一層・初期スポーン地点。中央広場には既に多くのプレイヤーが集まっており、見知らぬ誰かとの会話、物音、足音が錯綜していた。
その喧騒の中に身を置きながら、少年は一歩、その場から離れた場所へと歩いていく。少しだけ広場から外れた、見晴らしのいい高台を目指し歩いていく、道中でお店のガラスに自分の容姿が反射して映し出される。
SAOはアバターコーディネートで自分の好きなように自由なカスタムすることができる。
多くの人はそれでかっこいい美男子やイケメン、ましてや女性に変更できるなど、その自由度はとても高い。
僕の友人もそれで一生懸命にカスタムして勇者然としたかっこいいアバターを作っている。
だからこそ友人に僕は言われた。
「なんでそんな普通の容姿にしたんだ?」
と。
ガラスに映し出される僕の容姿は良くも悪くも普通の容姿。
僕は別に容姿を特別変えたいとは思わなかった。
現実世界の自分の容姿に不満を持ったこともないし、どちらかというと大好きな母譲りのその容姿が好きだったりする。
だからアバターコーディネートの際、適当にスキップしてもよかったが、あえて少し普通の容姿を体験してみたいと思い、友人から言われたように普通の容姿、黒髪に、おっとりとした普通の顔。
それが僕、”ミズト”のこの世界での姿だった。
そして歩みを再開した高台まで歩いていき、そして広大なアインクラッドの風景画しかいっぱいに広がった。
「……やっぱり、綺麗だな。」
言葉を漏らす。ベータテストの頃と同じはずなのに、こうしてまた戻ってきたこの世界はとても美しく、そしてリアルだった。
石畳を踏む感触、街の空気、空に浮かぶ別の階層――
ただのゲームのはずなのに、仮想世界だということを忘れさせるほどに、ここは"現実"だった。
そう、まるで異世界へ来てしまったかと錯覚させるほどのものだった。
久しぶりに帰ってきたこの世界について感慨深くしていたところ、背後からなじみの声がした。
「こんなところにいたんだな。」
振り返ると、黒髪のいかにもRPGの勇者のような風貌の青年がそこには立っていた。
久しぶりに見る少年の顔見て自然と笑みがこぼれる。
「うん、久しぶりにこの世界に帰ってきたことがうれしくて感慨に更けてたんだ。」
「確かに、俺もずっとこの世界に帰れる日を待ち遠しく思ってたよ。」
そしてミズトは少年に再開の挨拶をする。
「久しぶりキリト。」
「あぁ、久しぶりミズト。」
そしてキリトは僕の容姿を見てあきれたように言う。
「相変わらず普通の容姿のままだな。」
「僕は普通がいいんだ。」
キリトのからかう言葉に対してミズトはツンと返し、そっぽを向く。
更にそんな僕を見て笑いながら、キリトは高台から見える景色に目を向ける。
そう、ベータテストのときに僕の容姿に苦言を呈したのも彼なのだ。
そっぽを向いたまま横目で隣の青年を見る。
キリト。彼とはベータテスト時代に共に戦い、幼い頃からオンラインゲームで遊んできた、古くからのゲーム友達だった。
お互いにゲームが好きで、ボイスチャットで初めて話した時から意気投合し、それ以来ずっと様々なゲームをプレイしてきた。
けどキリトと仲良くなれたのはゲームが好きだったからだけではないと思う。
多分キリトも僕と同じであっちの世界からこの仮想の世界に逃げてきたから…。
キリトと会話する中でまた違うことへ試行しそうになってたタイミングで、また別の声が聞こえ僕の意識を引き戻した。
「おーい!キリトー!いきなりどこ行くんだよ…って。うん、知り合いか?」
元気な声と共に赤髪の若侍のような容姿の男が手を振りながら駆け寄ってくる。その横には、少し控えめな雰囲気の青年が歩調を合わせていた。
「あぁ、悪い悪い。相棒を見つけたから挨拶してたんだ。」
「からかいに来たの間違いじゃないの?」
冗談めかしそうに言うキリトに対して、不服そうにするミズト。
そしてその後簡単にキリトがクラインに僕ら二人の関係について話す。
「なるほど、あんたもベータテスト出身者だったのか。」
納得をしつつクラインが僕の顔を少し目を細め見つめる。
「あぁそうだ!自己紹介がまだだったな!俺の名前はクラインよろしくな!」
「えっと、よろしく。さっきキリトから紹介はあったけど改めて、僕はミズト。」
お互いに挨拶をした後にミズトはクラインの横に立つ青年に目を向ける。
「おっと、次は僕の番だね。僕はワタル。よろしくね」
ハリウッド映画に出てきそうな整った顔立ちに、ミズトは内心「かっこいいな」と思った。アバターのコーディネートもきっと時間をかけたんだろう。
ワタルの自己紹介の後、僕がよろしくと言おうとしたら間髪入れずにクラインが笑いながら言う。
「ちなみにこいつのことはワタマロって呼んでもいいからな!」
「ちょっ、クライン!変な名前を初対面の人に教えないでくれよ!」
「いいじゃねぇか!ワタマロってすごく親しみやすい名前でよ!」
「親しみやすいじゃなくて恥ずかしいだけだよ。」
ワタルはクラインの発言に頭を痛そうに抑えていた。
ワタマロ。
いいあだ名だな。
なんて僕は思った。
どうやら僕とキリトのように以前から付き合いがあるようで、とても親しそうな間柄だなと思った。
そうやってぼーっとした思考の中でふとここまでスルーしていた、ある疑問が脳裏に浮かび2人に問いかけた。
「えっとそういえばワタルとクラインは何でキリトと一緒にいるの。」
言い合っていた二人にその問を掛けると二人とも同時に動きを止めて、クラインはそうだといわんばかりにワタルから離れてミズトの肩を掴む。
「そうだった!なぁミズト。初対面でこんなことをお願いするのもあれかもだけどよ。」
そして真剣な表情でミズトにこういう。
「キリトと一緒に俺とこいつにこの世界のことレクチャーしてくれねぇか?」
ことの顛末はこうだった。
キリトは僕と違って黄昏ることもなく真っ先に武器屋へ向かい、速攻でゲーム攻略をするための準備をしに行っていた。
そしてその道中をクラインに目撃され、その迷いのない動きからベータテスト経験者だと見抜き、キリトに声をかけレクチャーを頼んだということを。
あまりの押しの強さにキリトも断るに断り切れず了承する形になったといった感じだった。
「僕が止めようとしても、クラインがずかずか声かけちゃって……」
「ふーん、なるほどね。」
そう言いながらキリトの方を見ると苦笑を浮かべていた。
ゲーム開始直後に武器屋に行って装備を整えるくらいだ。
多分僕と合流したらすぐにでも迷宮区目指して攻略に行くぞ、というつもりだったのだろう。
少し勇者然としたアバターがもじもじしている。
―早く攻略行きたいんだろうな。―
と思い少し苦笑した。
「事の顛末はわかったよ。つまり二人に戦闘の仕方とかをレクチャーすればいいんだね」
「そうだ!ワリィけど頼めるか?」
「クライン、さすがにキリトさんの友人まで頼むのは…。」
「だってよ。俺とお前二人なら、二人にレクチャーしてもらった方がいいだろ。」
また二人が言い合い?を始めそうになったので僕が言う。
「レクチャーに付き合ってもいいよ。」
そしてクラインが一気にワタルから目線を外しミズトに向き直っていう。
「ほんとか!」
「うん、僕一人で攻略に行っても面白くないし、それに…」
そして右隣にいる相棒を見ながら冗談めかしそうに言う。
「僕一人で攻略に行ったら後で相棒に背後を剣で刺されちゃうよ。」
キリトはすごくミズトに不機嫌そうなまなざしを向けていた。
こうしてひょんなことから初心者であるクラインとワタルの戦闘のレクチャーをすることとなり、武器屋で装備を整え、フィールドへ出るための門の前までやってきた。
ワクワクそうにしているクラインと、クラインほどあからさまではないが目を輝かせているワタル。
そんな二人を見てると隣のキリトが小さく僕に言う。
「帰ってきたな。」
普通の人ならどういうことと首を傾げそうな発言に、ミズトは笑みを浮かべそれに返答する。
「うん、僕らの世界にね。」
二人の少年はクラインたちとは別の意味で高揚していた。
自分たちの居場所。
自分たちの理想とする世界。
そこに帰ってきたことに。
ついに分かった主人公の名前、ミズト。
そしてわれらが英雄SAOの主人公であり黒の剣士キリトとの関係。
クラインとともに出てきたワタルというキャラクター。
まだまだ今回新たに出てきたキャラやそれぞれの関係がわからない状態ですが、それについてもこれからじっくり紐解いていきます。