団長と出会う前の話。
「こんなものか」
煤がついた髪や顔を気にすることもなく、赤髪の剣士__ローランドは魔剣を地面に突き立て、手を払った。
今回の依頼主はユナイテッド・シティのとある領主。
その領主の暗殺を目論む一団を荒野地帯に誘き出し、秘密裏に"処理"すること。
それが今回の任務であった。
「スターエネルギーも持たない雑兵が……権力とは恐ろしいものだな」
彼女の足元には30人ほどの人間だったものが倒れ伏している。
「……お前は満足できないのはわかっている……あまり暴れるな」
魔剣はスターエネルギーを求めている。その渇望は強さの源であると同時に、ローランドの悩みの種だ。
こんな相手では、腹ごしらえにさえならないだろう。
「少し黙れ……俺は休む」
近場の岩に腰掛け、彼女は緊張を解く。
あとは現場を撮影し、遺体を処理。報告すれば完了だ。
ものの数十秒程度。
それでも、傭兵としては必要以上の休息だ。
今回の仕事が終われば、
彼女が立ち上がり、仕事の続きを行おうとした時。
「へぇ…まさか貴女とは」
聞き覚えのある声。
ローランドは即座にブーツのナイフを取り出し、臨戦体制をとり、声のした方に警戒を向ける。
岩場で姿は見えない。
しかし、熟練の傭兵である彼女ですら気付かず接近でき、この場に現れる可能性がある者はかなり限られる。
「お前こそ何の用だ?バベルの掃除屋」
「用も何も。私が来た時点で察しているのでしょう?」
"掃除屋"カタリナ。
バベルの裏の戦力であり、元猟兵団。
ローランドの素性を知ったうえで、まだ生きている数少ない人間だ。
ローランドは警戒を緩めず、ジリジリと魔剣に近付く。
「遂に俺を殺しに来たか?
所属を変えたといっても、お前の心はまだ猟兵……責任をバベルに押し付けつつ暗殺なんて、皇帝の考えそうな事だ」
魔剣まであと数センチ。
「生憎、俺はまだ死ぬつもりはない……"奴"を止めるまでは」
魔剣に手をかけたその時。
「そんなつもりではありませんよ」
完全な死角から、ローランドの足元と魔剣にナイフが刺さる。
勘で避けはした……しかし、今のは殺意が籠った攻撃ではなかった。
「私の今回の目的は、貴女の雇い主ですから」
ローランドが事情を理解していない事がわかると、カタリナはほんの少しだけ口元に笑顔を浮かべた。
「どういう事だ?」
「貴女の雇い主、諸々の事情で上層部から"掃除"命令が出ているのですよ。
バベルの情報網で漸く分かるほど、巧妙に悪事を行っていたようなので、流石の貴女でも気付かなかったでしょう」
カタリナが岩場の陰から現れ、ゆっくり歩きつつローランドへ近寄る。
「まだ、バベルと敵対したくないですよね?
遺体の処理はこちらに任せ、貴女はこの街を離れなさい。」
「……」
ローランドは警戒を解き、ナイフをしまい魔剣を担ぎ上げた。
殺しを生業とする者の常識として、バベルと敵対する事は、それ即ち"死"を意味する。
傭兵生活の為にも、目的の為にも、ローランドにはまだ生き続ける必要があった。
それに、カタリナ……もといバベルが筋を通す事は知っている。
殺意が全く感じられないのが、その証拠だ。
「勿論、代わりの報酬金はバベルから貴女の口座に。
名声も落ちないよう、しっかりこちらで細工しておきますので。」
カタリナはローランドの横を通り過ぎ、遺体に死体袋を被せ始めた。
「……声も収まった。ついてくるなよ」
「はい。ご達者で」
もう直ぐにバベルの処理部隊が駆けつけるだろう。
カタリナが一人で現れた事自体が情けなのだと改めて実感しつつ、ローランドは急ぎ足でその場を去っていった。
「……どうかご無事で。先輩」