はい、第1部の最終回です!
ちょっと長めですけど、ぜひ楽しんでいってください~
………暗い。
視界が暗くて、切なくて。
息をするのも、苦しい。
「あの、モモイ……デイリークエストしないのですか?いつも、『デイリークエストより大事なものなんてない』と言っていたのに……」
「アリス……私のHPはもうゼロだよ……」
僕だって頑張ったつもりだ。お姉ちゃんたちの力になりたいと願って、ゲーム開発部の存続を願って、自分に出来ることをやってきたのだ。
確かに色々あったし、個人的に尊厳を失ったような感覚はある。それでもみんながぶち当たった壁を押しのける力になれたことは素直に嬉しかった。
最終的に『鏡』を入手することが出来たという報告を受けた時は、青空の晴れ晴れとした清涼な空気を吸い込んだ後のような達成感を得られたものだ。
だが、今僕が吸い込んでいるのは……古臭いカーペットの臭いだけ。
「えっと……ミドリ……?」
「ごめんね、アリスちゃん……知っていたけど、現実って元々こういうものなの……そう、つまりこれがトゥルーエンド……ハッピーエンドとはまた別の到達点……」
ああ…寒いなぁ……季節は寒くないはずなのに、何だかとても寒いや……
おかしいなぁ……冷たい床に直接体を当てているわけではないのになぁ……
そもそも何だこのカーペットは。10年以上使ったフワフワ感なんか疾うに薄れたようなこの質感。とても古臭くて、貧乏くさい。
「ゆ、ユズは……ユズはどこに?」
「多分、またロッカーの中に引きこもってるんだと思う。よく見て、ロッカーがたまにプルプルしてるでしょ?」
…もう、どうでも良くなってきた。
自分の存在が、養分のようにカーペットに吸い込まれていくのを感じる。このまま僕は土に還る落ち葉のように朽ちていくしかないんだ。そうなる運命なんだ。そうだ、きっとそうなんだ。
「あ、アオトも……床に突っ伏して……」
「………ハハハッ…」
もう笑うことしかできない。それも全然楽しくない笑いだ。笑うならもっと豪快に楽しく笑いたいのに、乾いた笑いしか出てこない。
『笑う門には福来る』とはなんてお花畑な言葉だろうか。こんな言葉を考えたやつはどこのどいつだ。全然福なんか来る気配がないじゃないか。
「こんな…こんなことって……」
むくりと顔だけ起こして言葉を紡ぐ。僕は苦しくなっていた息を吸いながら何とか言葉を口にする。
「戦って…戦って…羞恥心と…罪悪感を抱えた結果が……………これ…?」
僕の眼の前に映し出されている『ゲームガールズアドバンスGP』のゲーム画面。
そこにはたった一言、【ゲームを愛しなさい!】という一言が虚しく映し出されていた。
―――――――――――――――――――――――
僕らのたった一つの望み…可能性の獣…希望の象徴…
『G.Bible』はそんな存在だというのを、僕たちは信じていた。いや、信じるしかなかったという言葉が正しいのかもしれない。
後に退くにもそこは川、飲まれたらおしまいの濁流。まさに『背水の陣』と言わざる負えない状況が、ゲーム開発部の置かれた状況そのものだった。
そんな中に現れた『G.Bible』という存在。どんなクリエイターでも、『神ゲー』を作れるようになるというマニュアル。これが追いつめられたゲーム開発部にとってどれほど救世主のように映ったか、想像に難くない。
その救世主を手に入れるために、ゲーム開発部はひたすらに戦い続けた。どれほど過酷な戦いになろうと、彼女たちが諦めることはない。全ては部の存続のために。大切な仲間のために。
そんな『G.Bible』を巡った戦いの結末は、みんなが幸せになるハッピーエンドだと思っていたのに……
【ゲームを愛しなさい!】
蓋を開けたら、たった一言。
作り方のマニュアルも、具体的なアドバイスも、何もない。ただ、「そんなこと言われなくても…」と言いたくなるような言葉が一つだけ。
まさにへっぽこ占い師に高い金払った結果、適当なことを言われて終わったときのような虚無感。そして、希望を打ち砕かれた絶望感。
それが、今のゲーム開発部に流れている雰囲気だった。
「今のみんなの姿は……まるで正気がログアウトしたみたいです」
アリスさんは今の僕たちの状況を代弁してくれた。
「うぅっ………仕方ないじゃん、最後の手段だったのに!それが、あんな誰でも知ってる文章が一つ入ってるだけだなんて!釣りにもほどがある!」
分かる。本当にあれは釣りだと思う。僕たちがここまでたどり着いた労力にあまりにも見合っていない。
「知ってた!世界にはそんな、それ一つで全部が変わって上手くいくような、便利な方法なんか無いって!でも期待ぐらいしたっていいじゃん!うああぁぁぁんっ!」
モモイお姉ちゃんの慟哭に似た叫び。絶望を感じるこの叫びが、部室に反射してよく響く。
「はぁ………ごめんねアリスちゃん……私たちは……『G.Bible』無しじゃ、良いゲームは作れない……」
ミドリお姉ちゃんの失意を感じる呟き。決して大きな声ではないが、確かに聞こえる絶望の声だ。
モモイお姉ちゃんも、ミドリお姉ちゃんも、既に戦意を喪失している。突きつけられた絶望の事実は、2人の心を折るのに十分だったのだ。
2人から醸し出される雰囲気から、どんどん部室に広がっていく諦めムード。
もう、試合終了と言っても良い状況だった。
「……いいえ。否定します」
だが、そのムードの中にも関わらず、確かに否定の言葉を口にする者がいた。
決して心が折れることなく、諦めムードを払拭するような光を輝かせている存在。アリスさんが、折れた僕たちに向かって、言葉を紡ぎ始める。
「アリスは、『テイルズ・サガ・クロニクル』をやるたびに思います……
──あのゲームは、面白いです」
「え?」
アリスさんが言った、「面白い」という感想。あの日、僕が言った感想と同じ感想だ。
「感じられるのです。モモイが、ミドリが、ユズが……このゲームを、どれだけ愛しているのかを。そんな、たくさんの想いが込められたあの世界で旅をすると……」
「……胸が、高鳴ります」
「仲間と一緒に新しい世界を旅する、あの感覚は……夢を見るというのが、どういうことなのか……その感覚をアリスに教えてくれました」
「だから、待望のエンディングに近づくほどに、あんなに苦しんだのに、思ってしまうのです……」
「この夢が、覚めなければいいのに……と」
「アリスは、そう思うのです」
…心が打たれた。
あの日、僕が初めて『テイルズ・サガ・クロニクル』を遊んだ日。理不尽な難易度、よくわからないシナリオに僕は意識を飛ばしながらもゲームクリアまで進めることが出来た。思い出すと、あれは中々に苦しい体験をしたものだ。だが、「面白い」と思ったのは確かだ。
面白くないゲームはやらない主義の僕。そんな僕が最後まで遊んだ、いわゆるクソゲー。
あの時の僕はよく分からないまま「面白い」と思ったこのゲーム。あの理不尽難易度だけが、攻略してやると奮い立たせ熱中してしまった要因だと思っていたけど、本当にそれだけが「面白い」と思った要素かと言われたらそこは疑問であった。だけど、アリスさんの言葉を聞いて、分かった気がする。
確かにクソゲーと呼ばれる所以の要素が散りばめられたゲームだ。普通なら、とても遊べたものではない。でもあのゲームを遊べば遊ぶほど……
作った3人の想いが、愛情が伝わってきたのだ。
当時は分からずとも、確かに伝わっていたその想い。たとえ意識を飛ばしても、クソ要素にイラついても、最後まで遊びたくなってしまう不思議な感覚。その不思議が今日、ようやく理解できた。
自分とは違い、どうしてあのゲームが面白いと思ったのかを言語化したアリスさん。
とても楽しそうに語るアリスさんのその姿が、僕にはとても眩しく見える。
「アリス……」
「……」
「ってうわっ、ユズちゃん!?いつからそこに!?」
にょきっとモモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃんの間に現れたユズさん。ミドリお姉ちゃんの驚いた声が、部室に響き渡る。
「『テイルズ・サガ・クロニクル』の話が始まった時から……」
「最初からいたの!?」
…僕も全く気付かなかった。なんという気配遮断。ユズさんはアサシンか何かなのだろうか。
「……作ろう」
「え?」
僕がユズさんに驚いていると、ユズさんは小さく、されど力強く「作ろう」と言ってきた。今までユズさんから聞いた声のどれよりも凛として筋の入った声だ。
「わたしの夢は……わたしの作ったゲームを、みんなに面白いって言ってもらうこと。でも、私が初めて作った『テイルズ・サガ・クロニクル』のプロトタイプは……四桁以上の低評価コメントと、冷やかしだけで終わっちゃって……」
……それは、初耳だ。
自分の作った物が大量の低評価を食らってしまったら、まるで自分自身を否定されているような錯覚に陥ったのではないか。しかも1人で全て作ったとなると凄い労力がかかっているはずだ。それを否定されるだなんて……とても辛い。
「それが辛くて、ゲーム開発部に引きこもってた時……二人が訪ねてきてくれた」
……モモイお姉ちゃんとミドリお姉ちゃん。家を出て、ミレニアムに通い始めたあの時期の話。
ミレニアムに会いたい人がいるという理由で、2人はミレニアムに行くことを決めた。その願いは叶い、今では2人もゲーム開発部の一員として頑張っている。
お姉ちゃんたちからすれば、ユズさんに会うのは憧れの人に会いに行きたいという感覚だった。けれどその行動が、ユズさんの心を救っていたのだろう。
とても、温かい話だ。
「一緒に『テイルズ・サガ・クロニクル』を完成させて……今年のクソゲーランキング1位になっちゃったけど……」
「うっ……」
「……」
その話を聞いた時はビックリしたものだ。うちの姉が歴史に残るような偉業を達成していたのだから。だいぶ不名誉なものだけど。
「その後、アオトくんが遊びに来てくれて……面白いって言ってくれて……」
「アリスちゃんまで訪ねてきてくれて……面白いって、言ってくれた。それで、私の夢は叶ったの」
「心の通じ合う大事な仲間たちと、一緒にゲームを作って、それを面白いって言ってもらう……ずっと一人で思い描いてるだけだった、その夢が」
「……」
「これ以上は、欲張りかもだけど。叶うなら、わたしはこの夢が……この先も、終わらないでほしい」
「ユズちゃん……」
……欲張りなわけ、あるものか。
こんな…こんなにも素晴らしい願いを叶えて…それが続かず、終わっていく未来なんて僕は……見たくない。
あんなにも辛い思いをしたのだ。傷ついてきたのだ。幸せが落ちるところまで落ちていったのだ。
でも、ようやく幸せが上ってきて、まだまだ上っても足りないくらいの幸せが待っているはずなのに……また落とされるなんて、可哀そうなんて言葉じゃ足りないくらいだろう。
そんなことになってほしくない…いや、させない。
そんな思いは、きっとお姉ちゃんたちも同じなのだろう。先ほどまで流れていた諦めムードが嘘のように晴れていく。
みんなの顔が、切り替わる。
「……うん、よし!」
何かを決意したかのように、モモイお姉ちゃんが声をあげた。
「ねえ、今からミレニアムプライスまで、時間どれくらい残ってる?」
「お姉ちゃん……!」
「6日と4時間38分です」
およそ1週間。普通に過ごすには長く感じるかもしれないが、ゲーム作りという観点ではあまりにも少ないであろう時間だ。
だがゲーム開発部に、諦めの選択肢を用意しようとする者は1人もいなかった。
「……それだけあれば十分。さあ、ゲーム開発部一同!」
「『テイルズ・サガ・クロニクル2』の開発、始めよう!」
「「「うん!」」」
モモイお姉ちゃんの号令で、みんなが一つになる。
一度は絶望したこの展開。希望なんてもはや皆無と思ったゲーム開発部。
けれど、みんなと一緒に居たいという想いが、みんなの心を一つにした。『G.Bible』などなくたって、最高のゲームを作ってみせると。
正直、この先どのような結末が待っているのかは分からない。結局賞を受賞できずに、ゲーム開発部が無くなるなんて十分にあり得る未来だろう。むしろその確率の方が高いのかもしれない。
でもそんな難しい中でも、彼女たちはあがき続ける。おそらく厳しい戦いになるはずだ。だが、僕は信じている。ゲーム開発部が幸福になる運命を、みんなで掴んでくれると。
そのために僕も力になりたい。少しでも良いゲームが作れるように協力したい……と、思ってはいるけど…
「僕も、何か手伝えることは……ないよね…」
そう、僕に手伝えることは……多分ない。
分かっているのだ。なにせ僕にはゲーム開発の知識も技術も何も持ち合わせていない。
セミナーとの戦いのときは、何かしら力になれるだろうと思っていたが、ゲーム開発に関しては力になれるところが何も想像できないのだ。いたところでお荷物になるだけなのは目に見えている。
テストプレイヤーも頭に浮かんだが、アリスさんでその席は埋まっている。
しかも僕はミレニアムの生徒ではない。ゲーム開発のためとはいえおよそ1週間、ミレニアムに泊まらせてもらうというのは学校側も迷惑だろう。
だから僕にできることは、邪魔にならないように大人しく去ることだろうな…
「アオト……」
お姉ちゃんたちも分かっているのだろう。否定はせず、申し訳なさそうな顔でミドリお姉ちゃんは僕を見る。
別にそんなに申し訳ない顔をする必要はない。僕からすればたった1週間会えなくなるだけなのだ。直近では1カ月、ついこの間までは数カ月会えなかったことを考えると、1週間なんてあっという間だ。
だから僕は1週間、お姉ちゃんたちのために頑張って耐えよう。僕はそう心に決める。
「………いや、ある」
そして帰る準備を始めようとしたとき、モモイお姉ちゃんが声をかけた。
協力できることは、「ある」と。
「……え?」
「ある、あるよ。アオトにも協力してほしいこと……協力というよりお願いだけど」
本当…だろうか。僕がゲーム開発という専門的な分野で協力できることが…
でも、「お願い」と言っている。一体、何をお願いするつもりなのだろう……
「…私ね、こんな性格だからさ。息抜きできるものがあったら、集中できなくなっちゃうと思うの」
モモイお姉ちゃんはポツポツと語り始める。息抜きできるものがあると集中できなくなると。
確かにモモイお姉ちゃんの性格的に、息抜きできるものがあるのは集中力を乱してしまう可能性があるというのは納得できる。しかしなぜ急にその話を…
「据え置きのゲーム機だったらみんな止めてくれるし大丈夫だと思うけど……携帯型ゲーム機だったら簡単に遊べちゃうからきっと集中できない。だから……」
そう言うとモモイお姉ちゃんは、床に置いてあったモモイお姉ちゃんの『ゲームガールズアドバンスSP』、それを手に取って…
「これを、アオトに預かっておいてほしいんだ……」
僕に『ゲームガールズアドバンスSP』を渡してきた。
「……へ?」
モモイお姉ちゃんが自分のゲーム機を相手に預ける。そんな信じられない光景が、今僕の目の前で起きているなんて…
「……なっ!?三度の飯よりゲームが好きなモモイお姉ちゃんが…!?僕にゲーム機を預ける…!?」
「そっ、そんな…!?明日は雨でも降るの……!?」
「………2人が私のことをどう見ているのかは一旦置いといて…」
モモイお姉ちゃんのジト目が僕とミドリお姉ちゃんに突き刺さる。
だって仕方がないじゃないか。あのモモイお姉ちゃんが私物のゲーム機を誰かに渡すなんて光景、今まで見たこともなかったし見ることが無いと思っていたのだ。
僕と同じく、ミドリお姉ちゃんもビックリした様子で僕たちのやり取りを見ている。
「今回ばかりは集中して取り掛からないとマズいからね。これは私の覚悟の表れだと思って」
「…本当にいいの?」
「うん」
…その言葉を聞いてしまったら受け取らないわけにはいかないだろう。絶対に良いゲームを作るんだという覚悟、確かに僕が受け取った。
「……わかった、ちゃんと受け取ったよ」
「…うん、ありがとうアオト」
かつてないほど真剣な表情をしているモモイお姉ちゃん。これならきっと、大丈夫だろう。
「……よし!じゃあ僕は帰るよ。あまり時間もないだろうし」
そう、今のこの時間だって刻一刻と過ぎているのだ。悠長にことを構えていられない今、僕がここにいるところで邪魔になるだけなのだから。
「あ、そうそう。そのゲーム機のゲームは自由に遊んでも良いからね?……どうせセーブデータ全部飛んじゃってるし…」
「あ、あはは……」
その話題は流石に苦笑いせざる負えない。
セーブデータが飛んだことに対する表情があまりにも虚無顔なので、下手に触れるのは止した方がよさそうだ。
「……じゃあ、次に会えるのは1週間後だね?」
「そうだね……ごめんね?せっかくまた遊びに来れるようになったのに…」
「へ?……ううん、大丈夫!1週間くらいへっちゃらだよ!」
だからまた今度、笑顔で会えるように頑張ってほしい。
「ユズさんも、頑張ってください。また一緒に遊びましょう!」
「うん…!ありがとうアオトくん…!!」
ユズさんにもしっかり挨拶。今までの気弱そうな雰囲気はもうない。きっと、心配はいらないだろう。
「アオト……」
隣を見ると、アリスさんが寂しそうな顔でこちらを見ていた。僕もアリスさんに会えないのは寂しい。
「アリスさん……アリスさんも、今度またいっぱい遊びましょう!僕ももっと仲良くなりたいので!」
「……!!はい!アリス、またアオトと一緒に遊べるように頑張ります!」
アリスさんとは昨日の今日、出会ったばかりの人だ。故にまだ知らないこともたくさんある。だから今度来た時には、また笑って遊びたいものだ。
「…よし、じゃあみんな!頑張って!!」
「任せてアオト!!」
「絶対に良いゲームを作ってみせるから!」
「家に着いたら連絡してね―!」という声を受けながら、僕は部室のドアを開ける。
部室を出てドアが閉まる直前、僕は振り返って手を振った。どうかみんなのゲーム開発が上手くいくようにと、願いを込めながら。
そのまま部室棟を出て、外に出る。
空は夕暮れに染まり、一日の終わりが近づいているのがよくわかる。外を歩く生徒たちも、帰路に就くため駅に向かう姿が散見された。僕もそこに紛れるため、駅に向かって歩き出す。
今度ここに来るのは1週間後。少し長い時間だが、また遊びに来れることを楽しみにして、僕の住む家に帰ろう。
ビルの隙間から覗く夕日が、明るい未来を感じさせるように僕を照らしていた。
―――――――――――――――――――――――
「ただいまー……」
玄関のドアを開けて、僕は一人呟く。その声は人ひとりいないこの家によく響いた。
僕の「ただいま」に返事をするように、鳩時計の鳩がポッポーと飛び出す。タイミングが良すぎてついクスッと笑ってしまった。
靴を脱ぎ、下駄箱の中に靴を入れる。その下駄箱の上には、ミレニアム入学直前、お姉ちゃんたちが家を出る前に撮った写真が置かれており、帰ってきた僕のことを迎えてくれた。
僕を真ん中に挟むようにお姉ちゃんたちが寄り添って、一つの画角に収まっている。写真に写る三人とも、笑顔で写った思い出の写真だ。僕の眼もとが少し赤いのが気になるけど。
そのまま僕は玄関から少し先にあるドアを開け、洗面所へ。ドタドタという足音が、静かな廊下に強く響き渡った。
洗面所の電気をつけて、手洗い、うがいを欠かさず行う。温水で洗おうと思ったが、今日はそれなりに暑かったことを思い出し冷水へ。蛇口から出るぬるい水が、僕の手の汚れを落としていく。この時期はなかなか冷水になってくれないものだ。
手をタオルで拭いた後、電気を消して洗面所を後にする僕。そのまま玄関近くの階段を上り2階へ。
2階には、僕たち三姉弟の一人部屋が用意されている。階段を上がり一番奥にある部屋が僕の部屋だ。『モモイ』『ミドリ』と書かれているドアプレートを通り過ぎ、一番奥の部屋へ。ドアには『アオト』と書かれているドアプレートがぶら下がっていた。
ドアを開けて部屋の中へ。電気をつけると、青色を基調とした壁紙と、清潔感を感じる白色の天井が僕を迎え入れる。
僕は持っていたカバンを床に置き、そのまま水色のベッドに身を投げた。それなりに高反発なマットレスが、バウンドをするように僕を受け止める。
ベッドに受け止められた瞬間、栄養ドリンクを飲んで1日たった後のような疲労感に襲われる。昨日と今日で濃い一日を過ごしたせいだろう。身体は僕の想像以上に疲れていたようだ。
ベッドに横になった僕は仰向けに体制を変えた。部屋を照らす電気が直接目に当たって眩しい。なので左腕で目元を隠すように腕を置く。
「…はあぁ………」
盛大なため息が僕の口から漏れ出した。肺の中の空気が全部出たのではないかというくらいに出たため息は、誰にも聞かれることは無く、ただ部屋にこだまするのみである。
なにせ疲れたのだ。思っていた以上に。もうすぐ晩御飯の時間帯ではあるが、このまま寝てしまっても良いと思うくらいには疲れている。
それに疲労のせいか、思考が少しマイナス気味になっていた。これから1週間、お姉ちゃんたちに会えないのが憂いに感じるほどに。
1週間なら大したことはないはずなのだ。何も数カ月1人で過ごせと言っているわけではない。それなのに、どうしても1週間会えないと考えると、心にぽっかり穴が開いているのではないかという感覚に陥ってしまう。
……ダメだ、嫌なことばかり考えては気が滅入る。楽しいことを考えなければ。
そう思考を巡らせていると、部室を出る最後の方にしたやりとりを思い出した。
『これを、アオトに預かっておいてほしいんだ……』
…そういえば、モモイお姉ちゃんから『ゲームガールズアドバンスSP』を預かっていたな。
思い出した僕はベッドから起き上がり、床に置いたカバンからスマホと『ゲームガールズアドバンスSP』を取り出した。
モモイお姉ちゃんに「家に着いたよ」とモモトークを送って、『ゲームガールズアドバンスSP』に集中する。
ベッドでうつ伏せになりながら電源を入れた。すぐさまホーム画面が出てきて、ゲームの中身を色々と物色する。
ゲーム機の中には色々なソフトがダウンロードされており、どれもレトロチックなゲームばかりであった。そしてそれらのセーブデータを覗くと……
「うわ…本当にセーブデータ全部消えてる……」
これは可哀そうだ。モモイお姉ちゃんが絶望していた理由がよくわかる。
セーブデータが消えているせいかモモイお姉ちゃんは自由にソフトで遊んでも良いと言ってくれた。どれか起動してみようと思ったが、もう少し中身を見てみることに。
色々なソフト以外の色々なファイルがたくさんある中で、一つのファイルを見つけた。
「あ、『G.Bible』だ…」
あの詐欺占い師みたいな所業を叩きつけてきた釣りファイルである『G.Bible』。個人的には少し腹は立っているが、最終的にゲーム開発部の結束に一役買ったことになってはいるので、そこまで恨まないでおいてやろうと思う。あくまで恨まないでおいてやろう程度だが。
そのまま『G.Bible』を閉じ、他のファイルを物色する。これ以上、特に何かあったかと思い出していると……
「あ……」
<Key>
これは…確かマキさんが言っていた…
「『ケイ』……じゃなくて『キー』だっけ…?」
あのヴェリタスにいるマキさんですら分からないと言っていた特殊なファイル。このゲーム機のデータの中でも、特に異彩を放っているファイルの一つだ。
「………」
これは一体何なのだろう…気になる、非常に気になる。
本当に開いていいのか分からないファイル。そもそも開けるのだろうか。マキさんが分からないと言っていたので、解析は出来ておらず、開けないかもしれない。もしくは、開けはするが開いた瞬間、ゲーム機が壊れてしまうかもしれない。
これはあくまでモモイお姉ちゃんのゲーム機だ。壊してしまうのはいけないこと。
……しかし、それでも好奇心というのは止められない。目の前にボタンがあったら、押してしまいたくなるように……!
「えいっ!」
──ポチッ…
僕は好奇心に囚われたまま、<Key>のファイルにAボタンを押した。まさに一か八かの綱渡りゲーム…その結果は…?
「…あれ?開けた?」
……開けてしまった。マキさんの言い方的に開けないものとばかり思っていたものなので、なんというか意外である。
で、開けたは良いのだが肝心の中身が……
「…何も見えない……」
真っ暗である。画面が真っ暗だ。
何も見えない、何も分からない。ただ真っ暗な画面が広がっているだけだった。
ポチポチとBボタン以外のボタンを押してみても、反応なし。何かが起きる気配もなし。
すなわちこの<Key>というファイルは……何も起こらないよくわからないファイルということだ。
画面に反射する僕の顔が、明らかに残念そうな顔をしている。
「…はあぁ……」
また口から洩れる盛大なため息。そのまま僕はまた仰向けになる。右手にゲーム機を持ったまま右腕をベッドに下ろした。
何かが起きると思ったけど、特に何も起きない拍子抜けの結果。ワクワクする何かが起きるかもと思っていた僕が馬鹿だったのかもしれない。現実はそう甘くないと『G.Bible』で学んだはずなのに、学習能力のない僕である。
「どうしよ……」
このままゲームをする気にもならない。ご飯を食べたくてもあまりお腹がすいていない。お風呂に入ろうにも沸かすのが面倒くさくて動きたくない。
先ほどまで忘れていた疲労感がまた一気に襲い掛かる。ぼーっとしていたらこのまま夢の世界へと入ってしまいそうだ。
……もう、寝てしまおうか
どうせ明日は何もない日だ。寝落ちしてしまったって構わないだろう。
そう思いながら僕は目を閉じていく。そしてそのまま未知なる夢の世界へと……
──ピピピピピピピピッ
……電子音が聞こえる。
これは目覚まし時計の音かと思った僕は枕元に置いてある目覚まし時計を見るが、それは全くの勘違いであった。
──ピピピピピピッ
また聞こえる電子音。
一体何の音だ。どこから聞こえてくるのだ。
耳を澄まして音の発生源を突き止めようとする。耳を澄まして…集中して…
──ピピピピピピッ
「……ゲーム機…?」
右手に持っている『ゲームガールズアドバンスSP』。そこから聞こえてくるような気がする。
僕はすぐさまうつ伏せになり、両手でゲーム機を持ってゲーム画面を見る。
そこには……
【⦿×…◇⦿■……×■◇】
「……へ???」
真っ暗だった画面に突如現れた謎の記号。意味を成しているのか分からない文字列。通常では考えられない不気味な状況が、僕に恐怖感を与えてくる。
【⦿×は…⦿×■す……】
不気味な文字列はまだ映し出されていくも、ところどころ僕の知っている文字が出てくる。まるでちゃんとした音が出せるようになる調律のように。
【貴⦿は…⦿×者⦿×すか……】
「なになになになに……??」
怖い。ただただ怖い。不気味だ。メニュー画面に戻ろうか。
そう思いはするものの、この文字列を見るのをやめられない。なにが映し出されるのだろう、これは一体何なのだろう。恐怖心と同じくらいに、このような興味が湧いているのだ。
段々と形になっていく文字。言葉になっていく文字列。
そしてついに……
【貴方は…何者ですか?】
「…………………はえ?」
ハッキリと一つの言葉となった文字。その文章は確かに、僕のことを問いかけていた。
「し…しゃ…しゃ……
──しゃべっ…た……?」
ああ…長かった…
この小説を書き始めて半年…
タグが付いてるのに登場せず半年……
ついに…ついに…!
君を出すことが出来た……!!
本当、お待たせして申し訳ございません…!!
そして次回から第2部になります!本格的に始まるアオトのパヴァーヌ編、どうぞお楽しみに!
そして次回の投稿は少し遅れる予定です。色々と予定が入っているので…
予定の合間に書けたら出すかもですが、難しいと思うのでどうかご了承くださいませm(_ _)m